離れがたい、出会いと別れ

 ――619、生体反応ロスト

 ああ、また。

 ――620、生体反応ロスト

 また、果ててゆく。

 ――617、ロスト

 主人のため、躊躇うことなく、命を投げ出してゆく。


 これで、何度目だろうか。大勢の強化人間たちを調整し、アーマードコア――ACをそれぞれに合うようカスタマイズし、戦場へ送り、そして最期を見届けるのは。

 電子画面に映し出される、“ミッション完了”の文字。そしてそれと同じ位置には、機体反応並びに生体反応が消え失せた強化人間の識別番号が綴られている。たった、3行だ。これが、過酷な任務をやり遂げた彼らの、最期の足跡だ。
 これまでの強化人間たちが等しくそうであったように、3人もやはりその道を望んだ。きっとそうするのだろうと、初めて対面したときから覚悟していた。それでも――目の前で見届け、喪失を覚えないほど、心はいまだ死にきれていないらしい。この甘ったれた部分は、さっさと捨てたほうが良かったのだが、それが出来たのなら幼い頃にとっくにやっていたのだろう。

「――617、やっぱり貴方は……最後の最後まで、迷わなかったね」

 惑星封鎖機構が所有する特務機体“カタフラクト”に会敵した彼は、620に守られ、カタフラクトに単騎で突撃した。打ち破るだけで、機体は限界だったはずだ。しかし、それでもなお、彼は文字通り最後の力を振り絞り、崩れかけた機体を動かした。迷うことは、なかったのだろう。レーザー砲台へ飛び込み、そして――……。

 ミッション前、笑いながらACに乗り込んだ3人の両目には、同じ覚悟が宿っていた。この最重要ミッションを必ず成功させ、ウォルターへ報いるのだという、壮絶な覚悟が。ゆらゆらと揺れる炎のようなその覚悟の中に、彼ら3人の命は含まれていなかった。

 ――いつも、ありがとう。

 ――行ってくるよ、嬢ちゃん。

 ――戻ったら、また、笑いながら出迎えてくれよ。

 馬鹿だと、なぜ死んだのだと、そのような侮辱はしない。あの3人だけではなく、これまで共に仕事をした猟犬たちも、傭兵だからという理由だけで戦場を望んだわけではないのだ。最後まで誇りと尊厳を持ち、戦場へ向かった。
 父親も、そうだったように。

 だからこそ――どうか、言わせてほしい。

「……お疲れ様、みんな。ありがとう」

 届くことはもうない言葉を口にすると同時に、頬を温かい雫が伝い落ちた。

 ――カツン、鋼鉄の床を鳴らす音が響いた。
 背後から近付いてくる気配。手の甲で乱暴に頬を擦った後、背面へ振り返った。

「……ウォルター、ミッション成功ですね」
「……ああ」

 杖をつきながら、ゆっくりとやって来た男は、ただ一言だけ呟いた。ほんの少し前まで3人を導き、戦地でのオペレーターも務めた男の声音は、素っ気なく、淡々としていた。自身の足掛かりのため3人を失った男は、一見すると数刻前と何も変わらない。しかし、自らのために躊躇なく戦火に身を投げた強化人間たちを看取り続けた彼の面には、計り知れない苦悩が窺えた。

 冷徹な調教師、ハンドラ・ウォルター。自身の目的のために猟犬を操ると言われている彼は、けして熱の通わない冷血漢ではない。むしろ、その逆だ。きっと彼はこの界隈で、誰よりも強化人間たちのことを――。

「……あいつらは、仕事を果たした。あとは、俺の仕事だ」
「……うん」
「……

 静かな声音で呼ばれ、は彼の両目を見る。

「お前も、もう休め。あいつらの調整を、夜通ししていたんだろう」

 ふっと、呼気をこぼす。疲れているのは、彼も同じだろうに。

「……そうですね、そうします。でも、もう少しだけ」

 もう少しだけ、ここにいたい。錆と油の匂いだけが充満する空っぽのガレージだが、せめて胸の奥の痛みが落ち着くまでは、帰らぬ3人を見送っていたい。
 そう返したに、ウォルターは「そうか」とだけ呟いた。他人であれば「死人を想っても仕方ない。さっさと割り切って次の仕事に向かえ」くらいは言うだろうに。ウォルターは、悲しくなるくらい、優しい。

 杖をつく男は、踵を返しゆっくりと遠ざかっていく。よりも遙かに年上で、父親とも言えるほど年齢の離れた彼の背中は、今日は酷く頼りなく見えた。

「ウォルター」

 たまらず、その背を呼び止めていた。

「私は、大丈夫だからね。私は、ずっと……ここで待ってるから」

 彼にとっては、重荷かもしれない。それでも言わずにいられなかったの言葉を、彼はどんな風に受け止めたのだろう。何も告げないその背中は、薄暗い通路の奥へ消えてしまった。

 ウォルターは、きっと、新しい猟犬を探しにいったのだろう。617、619、620――3人がその身をもって切り拓いたルビコン3への道。多くの企業と惑星封鎖機構の醜悪な思惑に揉まれながら、その道を駆ける強い猟犬を。


◆◇◆


 それからしばらくし、ウォルターは新たな強化人間と共に戻ってきた。
 ハンドラ・ウォルターの人物眼は非常に高く、その目利きが外れることは滅多にない。ゆえにハンドラーの猟犬は誰もが精鋭で、この界隈ではそれなりに名が知られている。先の任務をやり遂げた3人も、そうだった。
 ……しかし、ウォルターが選んだ新たな強化人間は、これまでにはないタイプだった。
 ハンドラーのもとには、昔から様々な強化人間が集まった。幼い頃からガレージに入り浸り、たくさんの強化人間と交流を持ってきたにとって、驚くようなことはもうないと思っていたのだが……これは、初めてのことかもしれない。

 ストレッチャーに乗り、ACと共に運ばれてきた強化人間は、頭の天辺から爪先まで透明なフィルムで何重にも覆われていた。人の輪郭すら定かでないその身体には、大量のチューブがつながり、様々な機材によって守られている。肉体的に、何か大変なダメージを背負っているのだろうか。
 とはいえ、はそれ自体に驚きはしない。似たような姿でやって来た強化人間もいた。既に見慣れているため、これに関しては驚くものはなかったのだが――。

「強化人間……第4世代……え、これだけ?」

 それくらいしか書かれていないデータに、一瞬動揺する。
 ウォルターが懇意にしている、強化人間を保存・所有している管理者は「よくもまあ飽きないものだ。在庫処分の手間が省ける」と毎度のことながら皮肉っぽく言い、そしてこの強化人間を見せた。曰く、「機能以外は死んでいる」そうだ。相当な長い間、倉庫の片隅に保管され、放置されていたのだろうか。あの管理者の怠慢か、あるいは経年による記録の劣化か。企業に属さない独立傭兵には間々あることだとしても、性別、年齢、経歴――そのほとんどの項目がまっさらなデータファイルなど、初めて見た。
 何の役にも立ちそうにない管理者の手土産から視線を外し、ウォルターを見やる。

「脳深部に埋めたコーラル覚醒デバイスにより、脳の奥が焼かれている。だが、生きている。こうしている、今も」

 コーラル覚醒デバイス。それは旧世代型の強化人間出術に用いられた、脳に多大な負担と影響、そして後遺症をも与える技術だ。

 強化人間――機体と神経をつなぎ知覚接続することにより、肉体の延長として機体を操ることのできる処置が施された存在を言う。その強化人間には、ルビコンで発見されたコーラルという物質が用いられた。その技術が確立された現在、強化人間手術は、第10世代まで発展を遂げた。
 第7世代から第10世代が、コーラルになり変わる代替技術が用いられた、いわゆる最新技術だ。というのも、第6世代以前、それもより古い世代に施されたコーラル技術は、あまりに劣悪だった。その最大の特徴は、脳の深部にコーラル管理デバイスを埋め込むこと。頭の中を文字通りに開き、異物を挿入する手術だった。初期においては、その劣悪な出術と10%にも満たない成功率により「実験」とまで言われたという。さらに過酷なことに、コーラル管理デバイスの埋め込みに成功したとしても、そのデバイスから漏れるコーラルが脳に焼け付き、障害や後遺症といった様々な危険をもたらす。その焼け付きを中和するのが第7世代以降の技術のため、残存する旧世代型はそれほど多くはない。好んで、旧世代型でいようとも思わないのだろう。

 そして、の目の前にいるのは、第4世代。第10世代まで技術が発展していることを思うと、第4世代は相当過去の技術だ。脳の深部を焼かれた状態のまま今日まで眠っていた……このまっさらな白紙の過去に、何があったのだろう。

 しかし、フィルムに覆われた強化人間を見つめるウォルターの瞳には、静かな、けれど迷いのない光が宿っていた。この状態であっても、何かを感じ取ったのだろうか。彼のその目を、疑うつもりはない。その人物眼に認められ、救い出されたものは大勢いる。ウォルターに見出され、そしてウォルターのために戦い、ルビコンへの足掛かりの一つとなった、の父親もそうだったのだから。

 強化人間に、最新も旧世代もない。同じ命と尊厳を持つ、一人の人間だ。

「……うん、そうね。でも、少しだけ時間はもらいたい。次の仕事までには私も間に合わせるけど、せめてもう少しフィルムとチューブは減らさないと」
「……ああ。お前に、任せる」

 は頷き、ストレッチャーへ歩み寄る。ぴくりともせず横たわっているが、バイタルメーター等の情報を見るにその意識は確かに目覚めている。脳波により音声を自動変換するデバイスは取り付けられているが、さて、どうだろう。

「はじめまして。ハンドラー・ウォルターのところにいる、整備士のです。よろしくね――621」

 これまでと同じように、笑みを含んで話しかける。デバイスから、ザザッとノイズが響いた。

『………………』

 管理者曰く、機能以外は死んでいる、だった。恐らく、感情に関わる繊細な部分もまた消失しているのだろう。譫言のようにの名を呟く声は、機械による音声だけではない無機質さが感じられた。しかし、繰り返し反芻する様子は、なぜだか小さな子どものようにも感じられる。は、不思議と微笑んでいた。

「そう、。覚えてね、621」
……覚える…………』
「うん、ありがとう。目覚めたばっかりで、疲れているでしょ? 少し休んで……それからまたお話しましょう」

 返事はない。ノイズが一瞬走った、それだけだった。途方もない歳月の眠りから、ようやく覚めたばかりなのだ。負担も相当なはず、今はこれでいい。

 脳深部に埋めたコーラル覚醒デバイスにより、脳が焼かれた強化人間――C4-621。
 それが、長い間放置された強化人間の識別名であり、これから共にハンドラーのもとで働くことになる、新たな仕事仲間の名前だった。

「これから一緒に仕事をするんだから。621」

 そう、仕事が始まる。この人は、これからルビコンへ向かうのだ。企業や惑星封鎖機構と衝突しながら、ACと共にルビコンの空を飛ぶ。

 ――この人は、どうなるのかな。ねえ、617。

 憂いと、不安と、願いが綯い交ぜになるの前で、621はただ静かに無機質な電子音を響かせていた。


完全に脳をコーラルで焼かれてしまったので、AC6を書くことにしました。
なお管理人なりにフロム脳で変換している部分が大多数ですので、あらかじめご了承ください。
何にもないから、妄想と考察の余地がある。いつものフロムです。

最初はサランラップぐるぐる巻きだけど、これからちょっとずつ外れていくと嬉しい。

617、619、620の雄姿と621の姿を見たい方は、ストーリートレーラーをどうぞ!


2023.10.08