あの美しき横顔

 穏やかな、まともな狩人だと思ったのだ。
 背中に聖布を垂らす、分厚い灰色のローブを着込んだその男は、驚くほど物腰の柔らかい紳士的な人物だという印象を初対面から抱いた。対象は違えど互いに狩り人、これから協力し情報を交換し合わないかと持ちかけてきた。見ず知らずの土地において、信頼するに値する、数少ないまともな人物だと疑う事などまったく無かった。
 だから、彼が何度も口にし、知りたがっているようだった“穢れた血族”、“カインハースト”というものを探してみようかと思ったのだ。俺の名を綴った招待状を悪夢の始まりを迎えたヨセフカ診療所で見つけ、カインハーストの地へと至り血族の長である女王アンナリーゼと謁見を果たし、未開封の招待状をもう一通手に入れる事が出来た。これまでのささやかな感謝を込め、良かれと思い彼に手渡したのだ。
 ――もっと、躊躇うべきであった。
 結局のところ、俺達は互いの事など、あまりにも知らな過ぎたのだ。




「おお、これは、カインハーストの印章……」

 未開封の招待状を手に取ったアルフレートは、何処か陶然とするように呟きを落としていた。

「聞いた事があります。かつてカインハーストの貴族どもは、こうした気取った招待状を用いたと。素晴らしい……」
「そうらしい。ヘムウィックの辻から、乗れるだろう」
「ああ、なんという。あなたに感謝します」

 これも我が師、ローゲリウスの思し召しでしょうか。貴方と血の加護に感謝を。
 微笑んだアルフレートは、それまでにない喜びを浮かべていた。数え切れないほどの狩りに身を投じ、血と獣の匂いに塗れてしまった己でも、まだ真っ当な事も出来るのだと身勝手にも思ってしまった。
 本当に、身勝手で、愚かな事だ。あまりにも、浅はかであったのだ。



 カインハーストへすぐさま出発したのだろう、聖堂街から姿を消したアルフレートを追った。
 墓地街ヘムウィックからも見える、湖のただ中にひっそりと佇んだ厳かな廃城――カインハースト。
 遠い古い時代、ビルゲンワースという神秘を紐解く学び舎で、地下遺跡から聖体が発見された。それは後に、医療教会の発端となり、ヤーナムを医療の街にまで発展させる、極めて特別な血を宿した遺物であった。
 その血こそ、現在、獣の病を発症させる原因であった。
 アルフレート曰く、ビルゲンワースに裏切り者が現れ、その禁断の血はカインハーストの城へと持ち込まれた。かねてより血を嗜む風習のあったという貴族諸侯はこれを口にし、人ならぬ穢れた血族が生まれたのだという。
 そして、処刑隊を率いてカインハーストの血族達を浄化したのが――ローゲリウス。アルフレートの師である。

 だが、ローゲリウスは、全ての血族を浄化出来なかった。カインハーストには、不死の女王が存在していたのだ。故に救いの重石として殉教者となった偉大な師を、穢れた血族、呪われた地に囚われるなどあってはならない。師を解放し、列聖の殉教者として正しく祀りたいのだと、アルフレートは語っていた。

 あの時は、立派な事を言う人物だと、愚かにも思っていた。その言葉の意味を知りもしなったから――このような結果になったのだ。


 狩人の夢の灯りを通じ、カインハーストの女王の間へと向かうと――そこにアルフレートの姿は無かった。
 ひっそりと鎮座する玉座にも、女王の退廃的な美しい姿が無い。その代わりにあったのは、鮮やかな血と肉片がおびただしく飛び散った、真っ赤な血濡れの玉座一つと、未だ蠢くピンク色の肉塊であった。女王の鉄の仮面も、華奢な身体を包んだドレスも、全て等しくすり潰され、もはや人間の形など有さない肉の塊と成り果てていたのだ。

 血族特有の、血の甘やかな香りが充満している。血族の長にして不死の者、最後の一人の結末は、おびただしい血によって彩られた。

 これが、アルフレートの望みか。
 物腰の穏やかな、紳士的な狩り人。聖布を背負った彼の中に潜んでいた、凶暴な本性を、初めて垣間見た心地がした。

(アルフレートは、何処に行った)

 血塗れの玉座からは、長い階段に向け、点々と赤い足跡が続いている。男のものだろうその痕跡は、女王のもとを離れ、この場を去ったようだ。
 では、何処へ。
 玉座で蠢く女王の肉塊を丁寧に持ち上げ、懐へしまい、女王の間を後にする。狩人の夢を経由し、アルフレートと最初に出会ったあの場所へと訪れるも、そこには祭壇があるだけでアルフレートの姿は無かった。

 ……原型が無くなるまですり潰し、女王を殺害し、満足しどこぞへ消えたのだろうか。しかし思い起こせば、穢れた血族に対し並々ならぬ執念を抱いていた。望みを叶え行方知らずになるなどという、こんなありふれた単調な終わりを迎えるだろうか。

(……とはいえ、何処に向かったか分かりはしない)

 アルフレートを探すにしても、ヤーナムは広い。少しを休息を挟んでからだ。
 使者の灯りを通り、ヤーナムの市街地へ足を進めた。



 長い夕暮れから、ついに月の浮かぶ夜を迎えた街には、ますます気が狂れた者が多数発生していた。
 獣の呻き声と、閉じこもった人々の発狂する叫び声はそこかしこから聞こえている。診療所で目覚め、街を歩いていた最初の頃は、扉を叩けばまだ人の言葉が返ってきたものだが、今ではそれすら聞こえない。もはや、まともな住人など、一握りのみだろう。
 そんな数少ないまともな人間にも、“変態”の兆しは訪れている。
 出会った頃から何かと身を案じ、助力をしてきてくれたギルバートの家からは、言葉も出せないほどに咳き込み続ける音が鳴り響いている。最初のように窓を叩いても、彼は応じなかった。動く事すら、もう、ままならないのだろう。
 これまでの“悪夢”でそうだったように、また今回も、彼の介錯をしてあげなければなるまい。
 そしてそれは、もう間もなくの事なのだ。



 美しい、白く輝く満月。
 大きな分岐点は、もうすぐそこに迫っている。

 歩き慣れた細い路地を通り抜け、の住居へと向かう。角を曲がれが、彼女の家はもうすぐに――。

 しかし、辿り着いたその瞬間、進んでいた足が止まった。住居の前が、不自然なほどに散らかっている。積み重なっていた木箱が、叩き潰されたのか粉々になり、辺りに木片を散らしている。たまらず駆け寄れば、滴り落ちた血の痕跡をはっきりと目の当たりにした。

 ――まさか。

 血と狩りに慣れた心臓が、ドッと、嫌な音を奏でる。急き立てられるように閉ざされた扉を蹴破り、中へと入れば――無残に荒れ果てた部屋が、目の前に広がった。
 窓硝子はことごとく割られ、ひしゃげた枠と共に辺りに飛散している。カーペットごとテーブルがひっくり返され、戸棚は横転している。が腰掛けているソファーなど、強力な何かに押し潰されたのか、中身が飛び出すほどに破損していた。

 血と獣と、病が蔓延するヤーナムで、人らしさを思い出せる唯一の場所が。
 僅か一時でも狩りを離れ、狩人を忘れ、ただの男として振る舞えた何にも代えられない場所が。

 パキリ、と音を立て破片を踏みしめる。家具が散乱し荒れ果てた住居の中には、ティーポッドと、二組のカップが割れて転がっていた。いつからか、テーブルには常に二組のカップが並べられ、俺が訪れた時は呆れながらもそれに紅茶を注いでくれた。血と獣の匂いを洗うあの香りが、微かに、届いた気がした。

 身を翻し、外へと出る。住居の前に滴った血の痕跡は、点々と路地へと続いている。それを辿り、路地を進んでゆくと、大通りへと導かれた。
 硬く閉ざされた大門、その手前には夜空を焦がさんばかりの炎が燃え盛っている。夕刻から絶えず燃え続けている炎は、夜となりいっそう浄化の輝きを放っている。その天辺に磔にされ掲げられた獣は、暗鬱な夜を彩るようだった。

 この大きな炎の傍らには、正気を失くした獣狩りの群衆が大勢集う。しかし、今は違う。全て、ことごとく、無残に叩き潰されていた。
 無人となった大通りに、しかし笑い声が響き、人影が炎に照らされている。

 獣を焼く浄化の炎の側に居るのは――。

「はは、ははは! ああ、師よ、ご覧下さい! 私はやりました、やりましたぞ!」

 夜空を焦がす炎の色を浴び、誇らしげに広げた両腕。金色三角形を模った奇妙な兜を被った男は、夜空を仰ぐ。灰色の装束と、その背に垂らした聖布が、くるり、くるりと、炎と熱狂に染められ翻っていた。

「女王だけでなく、住人に紛れ込んでいた生き残りまでも、潰してやりましたぞ! 貴方の憂いは無くなり、穢れた血族を滅ばした聖者とし、後世へ語られるでしょう!」

 狂喜するその後ろ姿へ、ゆっくりと、近付く。炎の色は、俺の身体も染めていった。

「どうだ、市民に紛れ込んだ、穢れた売女め! 日陰に身を隠し、何人を惑わそうとも、“その姿”ならば何も出来まい! 浅ましく厭らしいお前達の血など、何処にも残しはしない! 全て等しく、潰えるがよいわ!! ふふ、ふふはははは……私はやったんだあーッ!!」

 アルフレートの足元へ視線を下げれば、女王の間で見た光景と同じものがそこにあった。
 おびただしく広がり、生々しく濡れた血の海。そして、“彼女”であったのだろうものが、べちゃりと、無造作に飛び散っていた。

「……アルフレート」
「……おお、貴方でしたか!」

 どうにか声を絞り出した俺とは対照的に、アルフレートは金色三角形の兜の向こうで、目に浮かぶような喜色に満ちた声音を放った。

「どうです、素晴らしいでしょう? 市街地に紛れ込んでいた血族をすり潰してやりました。貴方からいただいた招待状により無事にカインハーストへ辿り着き、あのおぞましく厭らしい売女も同じように変えてやりましたよ。ご覧になっていただけましたか? いかに不死とて、あの肉塊の姿ならば、もはや何人も惑わせはしないでしょう!」

 それを正義と疑わず。
 それを栄誉と疑わず。
 金色の三角形の兜の向こうにあるアルフレートの瞳は、さぞや醜く笑っているのだろう。 

「これで師を、列聖の殉教者として祀れます……私は、私はやったんだ!! ヒャハ、ヒャハハハハハ!!」

 ――狂っている。

 昂然とし響き渡るその声に、背骨が戦慄いた。繰り返すこの獣狩りの悪夢で、思い浮かべる事もなく麻痺した畏怖の念が、久方ぶりに過ぎった。
 盲目的に己の師を渇仰するその様に、己の事を差し置き、もはや狂っていると、明確な侮蔑を抱いた。

 ただ一人の血族でありカインハーストの女王、アンナリーゼは、女王として誇り高く、けして愚かな様子は無かった。処刑隊による粛清の惨劇を受けてもなお、美しく玉座に降臨し、しかしその血で報復しようとはしていなかった。
 など、異邦人としてここへやって来ただけの、ただの女だ。遠い昔にこの地を離れ、舞い戻ってしまった末裔であり、彼女自身は己の血の甘さと熱さを知りもしない。

 美しく、凛とした血族の女――どちらも、初めから何か害する意思など、持っていなかった。
 それを、車輪ですり潰し、肉塊へ変える事が、正義だと。

 ――否。断じて、否だ。

 幾度も、目の当たりにしてきた。の死を、おぞましく陰鬱な悪夢の世界を、何度も渡り歩いてきた。
 だが、これほどまでに醜悪で、臓腑の奥からえずくような、愛しい人の末路はあっただろうか。
 この結末だけは、この悪夢だけは、けして許されない。けして、受け入れてなるものか――!

「……アルフレート……」

 ノコギリ鉈の柄を、強く握り締める。声高に狂喜するその背に向け、ギザギザの刃を振り下ろす。

「アルフレートオオオオオオオ!!」

 処刑隊の灰色の装束が、血飛沫に染まる。アルフレートの大きな身体が崩れ落ち、膝をついた瞬間、その背後から握りしめた拳を突き込んだ。
 手袋から染みる血と肉の温かさを感じながら、内側の肉を掴み、力任せに引き抜く。迸った鮮血が、顔に掛かる。それを拭う事なく、前に倒れ込んだアルフレートを見下ろした。

「ゴフ……ッ! ど、どうしたんですか、貴方?」

 血を吐き出しながらも、アルフレートは地面から身を起こした。内臓に腕を入れられてもなお立ち上がる、それこそ狩人が狩人たる証である。アルフレートは赤く濡れた車輪を担ぎ、何処か戸惑ったような様子で俺を見た。

「何故、私に刃を向けるのです? 貴方も、血に呑まれ、狂ってしまわれたのですか?!」
「狂う、か」

 自嘲の笑みを、口元に浮かべる。狂っているのは、果たしてどちらだろう。

 友人だと、数少ないまともな友人だと、心の底からそう期待していた。だが結局のところ、人の本心など分からぬものなのだ。アルフレートの根幹に絡み付いている、ローゲリウスへの狂信的な傾倒ぶりと、恐ろしい獣性に気付かなかった通りに。俺もアルフレートも、真に互いの事を理解はしていなかったのだ。

 ああ――愚かだったな。未開封の招待状を見つけた時、もっと考えるべきであったのだ。

 ノコギリ鉈と、ローゲリウスの車輪が、音を立て衝突する。すると、車輪に施された仕掛けが動いた。武骨な外観を有する大ぶりな車輪は、叫び声に酷似した音を奏で、二つの車輪へと姿を変える。処刑隊の粛清時代に多くの血族をすり潰してきただろうその武器からは、赤黒い怨念が吹き出し、聖職者の武器らしかぬ本性を露わにした。

「可愛そうに! 貴方、あの売女に唆されたのですね!」

 知らず内に、ギリ、と歯を噛み合わせていた。
 売女。あのを、売女などと称するのか。ならば、お前は、何なのだ。

 重く落とされる車輪の一撃をかわし、ノコギリ鉈から別の武器を持ち替える。かつて狩人達が活躍した最初期の時代、民衆から狩人を募るほどその名を響かせた、英雄ルドウイーク。彼の代名詞となった、聖剣の銘を与えられた大剣だ。銀色の刃を輝かせる長剣を、背に負った黒い鞘へ納め、両手で肩に担ぐ。醜い声を響かせる車輪を、渾身の力で叩き落とした。

「嫉妬! 嫉妬ですか、ああ、獣狩りの狩人が嫉妬など!」

 アルフレートの言葉は、ほぼ狂気のそれ。理解など出来ないが、嫉妬、なるほどそれは否定出来ないなと片隅で思った。

 このヤーナムで、唯一正気を得られる拠り所であった。この人を守り、呪われた軛から解放し、夜明けを共に迎えよう――一度たりとも叶わない“最初の約束”を果たすため、この獣狩りの夜を続けている。そうして悪夢を繰り返すたびに、出会い、愛し、身体を重ねてきたのだ。
 その彼女を、自分以外の男に暴かれ、好き勝手に弄ばれるのは、耐えがたい事である。
 ならば、それは確かに、嫉妬と呼ぶべきものなのかもしれない。
 もっとも、この感情は、嫉妬と呼ぶにはあまりに重く、愛情と呼ぶには恐ろしく暗い色をしているが……。

「――俺の事よりも、アルフレート、お前はどうなんだ?」

 車輪の向こうで、アルフレートの頭が微かに動いた。

「ローゲリウスが真に何を願っていたのか、お前は本当に知っているのか?」

 招待状に導かれ辿り着いたカインハーストの廃城。はらはらと雪が落ちる灰色の空の広がる、廃城の最上階に待ち構えていたのは――殉教者、ローゲリウスその人だった。
 もはや人ではなく、亡者の姿となったローゲリウスは、先に進む事を阻むように襲い掛かって来た。そして彼を倒した先に、女王の間があり、血族の長である女王アンナリーゼが玉座に一人腰掛けていた。
 あの状況から鑑みて、ローゲリウスは血族に囚われていたわけではない。自ら進んで、その地に止まり、アンナリーゼを秘匿していたと言って良い。
 処刑隊を率いて血族を粛正したローゲリウスが、いかなる思いで不死の女王に鉄の仮面を被せ、女王の間を閉ざし、人ならざる枯れ果てた亡者になってまで番人とし居続けたのか。
 殉教者の列聖に加わりたいだけで、処刑隊を率いて血族をことごとく葬ったはずがあるまい。

 いいや、それどころか――ローゲリウスは、真にカインハーストの地から解放されたいと、思っていたのだろうか。

 異邦人であり、記憶の失くした俺には、何の関係もない事だ。招待状に名が記されていた理由も、分からなかったのだから。だが、見ようとすれば、いくらでも可能性は生まれるだろう。
 その内のどれを信じるかは、自由だとしても――。

「……浅い、浅すぎる。アルフレート、お前の脳は“瞳”を宿すに値しない。師の思いを知りもしないで、聖者を語るなよ」

 その時初めて、けして揺れる事の無かったアルフレートの空気に、躊躇が生まれた。
 赤黒い怨念を放つ車輪を、大剣で弾き、即座に鞘を再びに背に戻す。がらんどうになったその胴体へ、深く、長剣を突き刺した。

 肉を抉り、臓腑を貫き、背中を突き破った感触が、はっきりと感じられた。
 アルフレートは車輪を落とし、大きな身体を激しく戦慄かせる。分厚い手袋をはめた手を持ち上げ、俺の肩を掴むと、血を吐き出しながら震える声で呟いた。

「……私の行いが、師の願ったものでなくとも……どうか、師の祀りを……頼みます……」

 大きな身体が、ずるりと、地面へ崩れ落ちる。金色三角形の兜の向こうにある彼の面持ちが、どんなものか、見ようとは思わなかった。深く息を吐き出し、アルフレートに背を向ける。

「すまない、、遅くなってしまった」

 ごうごうと燃え続ける巨大な焚き火の傍らに、膝をつきしゃがむ。
 しかめっ面ばかりし、不器用に照れ、ぎこちなく微笑むあの面影は、もはや足元の“彼女”には存在しない。片手で持てるくらいに、すっかり小さくなってしまった。
 未だ乾かぬ血溜まりの中から、そっと、を掬い上げる。これまでもそうしたように、優しく、胸元に抱いた。肉の塊となっても脈動する女王とは違い、今のはしっとりと冷たく、けして身動ぎをする事はない。それが、女王と末裔の違いだろうか。やはり彼女は、血の秘密を抱えただけの、ただの人間の女なのだ。

 ――ああ、まったく、何故。

 どの悪夢でも、彼女が迎える末路は、全て凄惨なものだった。
 遠い昔に血の掟から逃げ出した、その罪だろうか。舞い戻った末裔を、呪われた地は許そうとしない。
 だとしても、この結末だけは、駄目だ。には、相応しくない。
 血の医療を拒み、狩人への恨みと感謝でせめぎ合い、それでも優しい情を捨てられずにいる、美しく毅然とした彼女には、まったくもって相応しくない。
 そうだろう。

、貴公に、炎など似合わない。獣を悪戯に炙るだけの炎など、似合わないだろう」

 血と獣に塗れた場所ではなく、もっと静かな――例えば、狩人の夢の、あの一面に咲き誇る白い花園のような。
 きっと彼女には、清廉な場所が似合う。もしくは、何にも侵されない、平穏な日常の風景もきっと似合うだろう。

「――必ず、見つけてみせるからな」

 抱き寄せるように、そっと胸元へ引き寄せ、市街地を離れる。小さくなってしまったは、とうに冷たくなってしまっているのに――何故だか、温かく感じた。



の肉片』

ヤーナムの民の、哀れな結末。
裏切り者に課せられた呪いがもたらす、最も暗く、そして最も相応しい最期である。

しかしそれを拒むというのならば、探したまえ。彼女に似合う場所を、迎えるべき夜明けを。
終わらぬ悪夢の中を、何度でも。


(お題借用:スカルド 様)


2019.08.25