横暴にもなりきれず

「――――死にたくなければ、俺に関わるな」

神機使いとなったばかりの、新人の頃だ。
試験やメディカルチェック等を終えたゴッドイーターなりたてのが、配属された先で既に活躍している先輩に挨拶をして回った時。
年下の少年に、あろう事か告げられたこの一言は、今思い出しても衝撃的であった。
まあ、確かに、中には「一緒に頑張ろう」と温かい声を掛けてくれた人から、「よろしくやるつもりはない」という人まで、様々な神機使い達が居た。
人類最後の砦。八百万の不死の神――アラガミを屠る者。富の独占。居住区で暮らしていたの耳にも、よく届いていた言葉。神機使いたちの所属する組織【フェンリル】――その極東支部に選出され、意思に関係なく使い手となった彼女は、改めて神機使い――ゴッドイーターの仕事と、その厳しさ、現実、実際の光景を見た。新人なりたての時は、十八歳前後だったか、既に心は大人となっていた彼女は、新人なりに理解した。この場所は、各が理由を持って神機を操る戦場なのだと。
だが、「関わるな」とあからさまな拒絶を見せたのは、後にも先にも記憶にあるのは、彼一人だけである。
突然言い放たれ、呆気に囚われた。だが彼女を放置して、その少年はさっさと何処かへ行ってしまった。太ももの脇に下げられた右腕には、赤い腕輪がはめ込まれている。とも同じ、赤い腕輪。
青いコートを纏い、フードは目深に被り、顔も瞳も見せず伏せた、周囲との関わりを自ら断つ事を望んで体言したような姿。十五歳ほどだろうか、と曖昧な風にしか抱けなかったのは、の目にも少年の顔が見えなかったからで。
時折覗かせている鼻から下の顔の輪郭は、強張って愛想の欠片も無い。ぴくりとも揺れないへの字の唇、褐色の肌、銀色の髪。の第一印象は、あまり良くは無かった。

けれど。
周囲が口々に囁いた、不気味さも、死神っぽさも、は特に共感はせず。

無愛想な少年というのが、その後ついて回ったイメージだった。



年齢のわりに、ソーマは大人びている。確か今は、十八歳であっただろうか。も二十歳を超えたが、彼の振る舞いは何処をとっても年相応でない。それは初対面の時からも変わっていないイメージの一つである。相変わらず彼は一人で居る事を好んでいるから、なのだろうが。
雨宮ツバキ教官より指示された任務を終え、極東支部――通称アナグラへ帰還し、エントランスに踏み入れてまず目に入ったのも、そんな姿だった。
ソファーに浅く腰掛け、猫背気味の体勢でコーラの缶を持っている。屋内でありながら、目深にフードを被り、視線を狭める。周囲を見ようとしないその眼差しは、伏せて無関心だ。無論、一人。

「や、ソーマ」

コツ、とローヒールの靴が音を立てる。臆する事無く歩み寄ると、ソーマの頭が揺れた。下げた視線がの足を捉え、ほんの一瞬だけソーマは斜めに見上げた。影を落とすフード、銀色の髪の向こう、青の瞳と交わった。
いつも思う、ソーマの瞳はまるで獣だ。古来に生きていたという、データバンクで見た狼の鋭さを秘めている。既に絶滅しているが、こちらの狼は現在まで孤高を貫いて一人で生きている。
「お前か」短く、低い声で、それだけ告げる。ソーマの顔は、再び伏せられた。
本当、愛想もない。は苦く笑ったけれど、最初の頃と比べたら断然苦に思わない。彼がそういう人物であるのと、同じ部隊のメンバーとしての慣れ等が、ここ数年で理解したのである。また、第一部隊のリーダーであるリンドウや、同隊員のサクヤからも「言うほど悪い奴じゃない。あれは単にぶきっちょなだけだ」という言葉を幾度となく貰っている。
おかげでは、ソーマから何度も「黙れ」だの「構うな」だの言われ続けながら、話しかけてきた。いや、へこまなかったと言えば嘘である。そのたびに影でしょげては気合いを入れ直す日々であった。

……もっとも、彼が未だ自分の事をどう思っているのか、見当もつかないが。(鬱陶しい、と思われている可能性大だとは考える)

「ソーマの方は、これから任務?」
「……ああ」
「そっか、気を付けてね」

ソーマは、を見ない。だが、短すぎる言葉は明後日の方角ではなく、へきちんと向けられているので、それで十分だった。最初と比べれば、本当に関係としては、改善出来ているのだから。
リンドウのように、ソーマの刺々しさを笑って流してむしろ煽り立てるくらいの気概を持つのが、夢でもあるが……それはまだ、要らないか。
は心の中で思い、ふう、と呼気を漏らす。そういえば、帰ってきたばかりだから喉が渇いた。ソーマの手に持っているコーラが、酷く美味しそうに見える。

「私もジュース飲もっかな。美味しそう。……っと、ヒバリちゃんに帰還報告しなくちゃ」

じゃあね、とソーマに手を振って、は背を向けた。勿論その後ろから、掛けられる言葉は無い。が、は気にせず、階段を下りて受付カウンターへと近寄った。の姿を、直ぐにオペレーターの少女――竹田ヒバリが見つけ微笑んだ。朱色の髪と、朱色の瞳に似合う、明るい笑み。

「お帰りなさい、さん」
「ただいま、ヒバリちゃん。第一部隊所属強襲兵、、1100で帰還しました」
「了解です。……今回の任務も、ご無事で良かったです」

ヒバリの細い指が、コンピューターのキーボードの上を軽やかに踊る。さすが手馴れているだけあって、カチャカチャと手早く入力しながらと言葉を交わす。

「うん、またアナグラに戻ってこれて良かった。いつも安心する」
「ふふ、そうですね。……さんに、追加、及び緊急要請の指令なし。ゆっくり休んでいて下さい」
「了解」

またね、と片手を上げ、は受付カウンターを離れる。その足は、区画移動用エレベーターではなく、自動販売機へと向かった。確か、硬貨は幾らかポケットに入っていたはず……と、ジャケットを探りながら進む。
指先に硬貨の感触を感じ、それを掴んで引っこ抜いたところで、自動販売機の前に青いコートの後ろ姿を見つけた。お、と足を止める。伸びざかりの、青年のしなやかな背。ソファーに座っていたソーマだ。
追加でまた飲むのかな。お腹ぽちゃぽちゃになりそうだけど。
などと思いながら近付くと、ソーマが微かに首を振り向かせ、を見た。ぱち、と視線がぶつかる。は笑って、彼の左隣についた。

「新しいジュース、入ってたりする? ……って、直ぐには変わんないか。何にしようかなー」

無難に紅茶かな、と思って、多くは無い紅茶のエリアを指で辿りながら迷う。ゆっくり五拍程度の沈黙を挟んだ、その時、ぶっきらぼうな低い声が「おい」と小さくの耳を叩いた。呼ばれたまま、は顔を右へ向ける。フードを被ったままのソーマなので、相変わらず見えるのは顎と、ちらりと見える陰った目の周りくらいだ。
なに、と声を出そうとしたの前へ――――急に、何かが差し出される。
ズイ、と眼前、鼻先に突きつけられたそれに、思わず背が仰け反る。あんまりに近すぎてその物体が何なのか分からなかったが、手だけは反射的に伸びていて、突きつけられたそれをパシッと取った。
冷たい、濡れた感触。先ほどまで神機を掴んでいた手のひらに、心地良く響く冷たさだ。
あ、と。は声を漏らし、胸の前で見下ろす。いつも高確率で選ぶ、紅茶の缶。

「ソーマ、これ」

再び、顔を上げる。だが、そのソーマはさっさと階段を昇り始めており、猫背の青い背は猛スピードで遠ざかってゆく。は慌てて、缶を握り締めて追いかけた。手すりを掴み、下段からソーマを呼び止める。

「ソーマ!」

人の疎らなエントランスに、の声は思いの他大きく響いてしまった。周囲から人の視線を感じ、口を閉ざす。
階段を昇りきったソーマが、いかにも煩わしげに身体を斜に構えて、を見下ろした。普段は見え辛い、彼の精悍な顔立ちがよく見える。褐色の肌、銀色の髪。ついでに、むすりとした口元も。
声量を落とし、微笑んで彼女は告げた。

「紅茶、ありがとうね」

言えば、案の定ソーマは「別に」と冷たく呟くが、生憎怖くも何ともない。むしろ、ソーマの珍しい心配りに、頬が緩んで仕方ない。
それだけか、と途端に逸らされる視線。「あ、それと」が付け加えると、ソーマの視線が戻る。
紅茶の缶を持った手を上げ、そっと振る。

「任務でしょ? 行ってらっしゃい――――また、後でね」

ソーマの目が、微かに見開く。何か言おうとしたのか、唇が揺れたが、思い出したようにきつく真一文字に結ばれる。フードを直し、ソーマは足早に階段の側から離れてしまった。その直後、出撃ゲートの開閉音が重く響いたので、きっと任務に出たのだとは下段から思う。

「……ふふ、今度は私から、コーラをご馳走しようかな」

は手すりに寄りかかって、プルタブに指を掛ける。引っ張り、プシュ、と音を立てて開いた缶の飲み口を、口元へ運んだ。

それにしても、ソーマはあれで誤魔化したつもりだったのだろうか。
離れるまで、の見上げていた彼の表情は、分かりやすいくらいに。気恥ずかしそうに、歪んでいたのだ。

不器用な彼の、年相応の、青年の顔。どう振る舞えばいいか迷った末の、ぶっきらぼうな仕草。

には、そう見えた。
笑みをこぼし、そっと冷たい紅茶を口に含む。普段飲んでいるはずの自動販売機の紅茶が、何だか何時もより美味しく感じたのは。
思いの他、彼女も少し、うかれていたせいなのかもしれない。

なにせ最初言われたのは、関わるな、という拒絶なのだから。



そんな不器用で無口でやる事は曲がってないソーマを、愛そうか。

(お題借用:as far as I know 様)

2013.05.16