君のせいもあるでしょう

ゴッドイーターたちが戦場へ赴く際に着ている衣服というのは、アラガミの侵入を防ぐ【アラガミ装甲壁】に用いられる技術が応用されている。【偏食因子】うんたら、というやつだ。
見た目はただの服で何の防御も無さそうであるが、この服によってアラガミからの攻撃を半分は無効化してくれている。多少の被弾では、破けたりしないし焦げたりもしない。
ただ、勿論衣服という点では、過信は禁物であるので……。


――――ビリリリッ


さすがに許容量以上の攻撃を受ければ、こうなる。


半壊したエイジス島で咆哮を上げる、ヴァジュラ神属の接触禁忌種――ディアウス・ピター。怒れる壮年の男神の面を持ち、漆黒に染まる四足の巨大な獣神の姿をした、帝王と恐れられるアラガミだ。その巨体から繰り出すしなやかな攻撃や、電撃の槌は、多くのゴッドイーターを死に至らしめるほど。
激しく鳴り響く帝王の声は、引き裂かれ結合崩壊したマフラー形状のマントを荒々しく揺らし、その巨体に電撃が帯びてゆく。活性化状態となった帝王は、見るからに凶悪さを倍増させていた。

……だが、そんな帝王を前に。

彼の神を誅するべく出撃し今まさに対峙していた、フェンリル極東支部の主戦力であり花形、他支部にも名を馳せる第一部隊――討伐隊はというと。

帝王に純白のイーブルワンを振り被ったソーマは、目を見開き。
後方から援護射撃をしていたアリサとコウタは、ハッとして。
帝王の振り下ろした前足の爪から、ギリギリのところで逃れたは、はたと首を傾げ。

ほんの一瞬だけ、咆哮に混じった明らかな異音に、各々が驚いていた。

「あれ?」

一拍遅れで、は呟いた。何だか、妙に上半身が開放的というか、軽いというか、涼しいというか。やけに背中と胸に、風の涼しさが感じられる。は自身を確認しようと飛び退き、ディアウス・ピターから距離を取る。だが見下ろすより早く、アリサの布を裂いたような甲高い悲鳴が響いた。

「キャァァァァァー! さん、せ、背中!」
「え、背中?」

は確認しようと左手を背後に回し、自らの背を探る。あれ、何だか素肌の感触がする。などとが呑気に思っていると、活性状態になり暴れ狂うディアウス・ピターが元気よく猛突進で突っ込んでくる。そんな事をしている場合でもないと改めて意識を集中させ、は神機を持ち直しディアウス・ピターの巨体をひらりとかわした。
だが、普段彼女が好む、漆黒のロングコート【スイーパーノワール】が翻るが、その振動がやけにまばらだった。例えるならば、マフラーがバタバタと揺れるような、あの感覚。違和感が拭えず眉を寄せていると、ふと目に付いたのは、横切ったディアウス・ピターの前足である。鋼をも引き裂く帝王の鋭利な爪の間に、ピラピラと揺れる、何か。日頃鍛えられた動体視力で確認すると、それはどうやら黒い布地のようで。

「……んん?」

はそれが、やけに見覚えがあった。

あれ、つまりじゃあ……。

は、帝王の爪に挟まったものが、自らのコートの切れ端(サイズ大)と理解すると同時に、背中と胸の妙な開放感の訳も知った。
ものの見事にかわした瞬間、背中を大部分と胸部も少々、衣服をもぎ取られたらしい。つまり現在、の背中は剥き出し、胸もサクヤ顔負けの横チラ状態。そりゃスースーするわけである。

「あちゃー。やっちゃったねえ」
「あちゃー、じゃないですよさん!」

真紅のアサルト銃――レイジングロアの銃口がディアウス・ピターへ向けられ、火花を散らしてオラクル弾が盛大にぶち込まれる。心なしかその横顔は、怒りに歪んでいた。(何故怒っているのかは不明)

さん、だ、大丈夫?! 怪我してない?!」

アリサの発砲を援護するように、コウタも引き金を引き充填されたオラクル弾を発射する。その声は妙に上擦っているようでもあったが、当のは「大丈夫」とあっさり返し、神機を持ち直す。

「うん、まあ、背中は開放的だけど……ピター倒れそうだし、このまま行くよ!」
「ええッ?!」
「ちょ、さん、激しく動いたら……!」

二人の弾幕を通り抜け、は再びディアウス・ピターに張り付く。ソーマがギョッと目をむいたようにも見えるが、そんな事を気にしていられない。ショートブレードを、何時にも増して忌まわしく感じる前足へ薙ぎ払う。その動きに合わせて、裂けたコートがはためいた。

「ほら、集中集中、私の背中くらい気にしない!」
「背中どころじゃないですよ! 腰と胸まで見えそうです! てゆーか絶対ソーマに見えてますよ!」
「え、マジ? ソーマァァ! 俺と代わってェェェ!
「ッだ、誰が見るか、誰が!!」
「あー! 見えるのは否定しないんですね! コウタもソーマもドン引きです!

ディアウス・ピターが吼え、雷撃を放つ。巨体の黒い獣神が荒ぶるエイジス島、しかしそれと対峙するゴッドイーターたちの声の方が非常に響き渡っていた。とても極東支部の主戦力とは思えない光景である。

「ちょっと、もう、皆集中!」

部隊長の彼は現在、別任務の為隊に居ない。
このメンバーの中で年長であるは、任せられた責務に応えようとそう言ったけれど。

「誰のせい、だ!!」

一同――特にソーマから強く突っ込まれた挙句、の方が悪者扱いされてしまった。正論を、言ったはずだというのに。

激しい銃弾の嵐の中を、帝王はその身に浴びながらも突進を繰り出す。鋭い牙を剥いて、凶暴な顎が開かれた。
――――が、その眼前で。従来の枠を大いに飛び越えた、ソーマ渾身のチャージクラッシュが脳天に叩き込まれる。帝王の巨体は、音を立てて地に臥し、頭部はものの見事に粉砕された。

その姿は鬼気迫るものがあり、は後に「あんなソーマ初めてみたよ」とこの場に居ないリーダーへ漏らした。




「……少しは恥じらいましょうよ、さん。男前過ぎます」
「いやいや、ごめんね」

謝ってはいるが、の表情に申し訳なさは皆無である。それを見て、アリサは溜め息をこぼす。さながら、駄目な姉を叱る妹のような光景だ。

ディアウス・ピターのコアもしっかり回収し、任務を終えたらメンバーは、現在帰還のヘリを待っていた。アナグラとエイジスは貨物輸送用通路で繋がっているものの、ヘリの方が何かと都合が良いのだ。例えば、追加指令があった場合はそのまま急行出来る利点があったり。
アラガミが消えたエイジスには、周囲を囲む海原の波の音と、しんと凪いだ静けさが満ちている。頭上に広がる崩れた天井からは、流れてゆく灰色の雲と青い空が見え、これが夜ならば星と月影の美しい光景も眺められるだろう。先ほどまでアラガミとの激しい戦いが勃発していたとは、思えないほどの静けさ。けれど肌に感じる何となしの不穏な気配は、ここはアラガミの支配地である事を教えてくる。

そんなエイジスの、先ほどまで戦場となっていた場所のド真ん中で、はあられもない姿であっけらかんと笑っており。アリサは呆れ、細い肩を落とした。周囲の見張りも兼ねて、ソーマとコウタ(鼻に詰め物済み)は背を向けて視線を逸らしている。

「だから、あんまり動かない方が良いって言ったのに」

いや、それは本当にごめん。でもアラガミと戦ってる時に、服なんか気にしてられなかったから。
と、現在の格好でが言っても説得力がない為、「ごめんね」とただ謝った。
最初は背中と横腹がばっさりと見えていただけの状態であったのだが、何せショートブレードで飛んで跳ねての戦いをしたものだから、結果としてさらに事態は悪化。ロングコートは、袖が腕に唯一通っているもののすっかりずり落ちてしまって。その下にあった白いシャツは、後ろ半分がないせいで風にバッサバッサと揺れて。……下着のブラジャーについても、察してくれるとありがたい。
そんな状態で、呑気に「無事に終わって良かったねえ」と笑うときたら。
アリサが悲鳴を上げ、ソーマが珍しく顔を真っ赤にして絶句し、コウタが鼻血を噴き出して、状況を混乱に陥れた。彼女はようやく、自身の姿を確認して驚くに至る。
何処までも、無頓着。

「まさか、ここまでビリビリになるなんてね」

最早コートの意味を成さないそれを脱いで、目の前に掲げてベロリと広げる。今はいないシオが纏っていた、フェンリル軍旗よりも酷い有様だ。悲しくなるくらいに、風にパタパタと揺れている。
新調しなくちゃいけないなあ……結構高かったんだけど、これ。

「もうちょっと恥ずかしがって下さい」
「いや、結構恥ずかしがってるんだけどね? でもほら、皆見慣れてるだろうし……ツバキさんの胸とか、サクヤの服とか。私のなんか目の毒よ」
「それとこれとは別物ですよ。現にコウタなんか鼻血出して……本当、ドン引きです」
「だって仕方ないじゃん!」

背を向けたコウタが、声を荒げる。鼻にティッシュを詰めた彼の顔を想像すると、つい笑ってしまう。
その時、大きな溜め息をついたソーマが、気だるそうに神機を肩に担いで言った。

「どうでもいいが、さっさと何とかしろ。ヘリが来るぞ」

……それもそうだ、ヘリが来られちゃそれこそ大変だし。
そうだね、とはいつもの声で返事をして、ボロボロに裂けたコートを床に置いた。

「とりあえず、どうしようかな。シャツが後ろ半分ないし……あ、後ろで結べばいいかな」
「それ良いですね……って、いきなり脱ぎださないで下さいさん!」
「だって、ブラジャーまで後ろ半分持っていかれちゃって、カパカパして気持ち悪いんだもの」
「だから、そういうところが男前過ぎるって……」

頼むから何とかするなら早くしてくれよ!! ……あ、鼻血ぶり返してきた。ソーマ、ティッシュ」
「……コウタ」

哀れみの滲むソーマの声に、うるさい、と言いながらコウタはティッシュを詰め直す。
が、健全な反応をする可哀相なコウタを余所に、とアリサはあーでもないこーでもないと格闘し続ける。耐えるコウタの顔ときたら、もう気の毒なほどに真っ赤に染まっていたというのに、二人は気付かないで際どい会話ばかりするものだから。無我の境地で居たはずのソーマも、痺れを切らした。
響き渡るほどにチッと大きく舌打ちをするや、神機を足元へ乱暴に置く。ガシャリと鳴るその音に三人分の視線が集まったが、ソーマは構わずフードを外し、着ていた青のコートをガバッと脱いだ。急ぎすぎて袖が絡まったが、無理矢理取り外し、それをポイッと背後――とアリサへ放り投げた。

「ソーマ?」

普段は深いフードに隠れがちな、ソーマの頭を見つめる。色素の薄い髪と、褐色の肌。ピアスがあしらわれた耳は、振り向かない。コートの下に着ている黄色いシャツが、妙に視界に眩しく感じられた。

「めんどくせえから、それ着てろ。アナグラまで貸してやる」

ぶっきらぼうに、へそう告げた。振り返りはしないが、素っ気ない素振りを含む声に彼の気遣いが滲んでいる。

「おお、ソーマかっこいい……」

呟いたコウタの顔は、これでもかとティッシュを詰め込んでいた。

「……テメエはかっこ悪いがな、コウタ」
「うっせ! 健全な男子はこうなるの!」

ソーマとコウタのやり取りを、しばし見つめる。確かに、そっちの方がてっとりばやいね。はポンと両手を合わせ、放り投げられたコートを手繰り寄せる。

「ソーマ、さんには優しいんですねぇ」

アリサの目が妙に半眼であるが、当のソーマは「うるせえ」の一言で一蹴する。

「ふふ、ありがとうソーマ。助かるよ。洗って返すね」
「……ッさっさとしろ」

ぴくりと揺れた肩に笑みを向け、はコートを目の前に持ち上げて広げる。前半分しかないシャツは、アリサがいそいそと裾を引っ張り背中で結んでくれた。腹と腰は見えているが、コートを着てしまえば問題はないだろう。よいしょ、とはコートの袖に左腕を通した。脱ぎたての為、まだ内側に温かみがある。それから、赤い腕輪が装着された右腕を注意深く入れ、全体に羽織った。ボタンは胸の前の三つだけを留め、鎖骨と腹は覗く状態となる。ポフポフとコートを整えた後、は「いいよ」とコウタとソーマに声をかけた。
二人は振り返り、を見る。ある意味では目に毒だった格好をしていた彼女も、今は青いコートのおかげで胸が隠れている。しかし……。

「おお……ソーマのコートを、さんが着てる……」

物珍しげに、コウタが呟く。その呟きに、ソーマが眉を上げて「うるせえぞコウタ」と横から言葉を落とす。

「だって事実じゃーん……え、何その顔。もしかして照れて……」
「貴方の方が、何その顔、ですよ」
「だから仕方ないじゃんか! さんのおっぱい見たら誰だって……ンブッ!!

ツカツカ、と早足に歩み寄ったアリサの手のひらが、コウタの顔面を静かに叩いた。
二人のやりとりをは微笑ましく見守ったが、ふと自身を見下ろしてコートの袖や裾を持ち上げていじる。ソーマはそれを横目に見て、「何をしている」と尋ねた。

「ん? んーやっぱり大きいなあって」

は、と。ソーマが声を漏らす。

「コート。男の人の服なんて、着るの初めてだから」

腕も、肩も、丈も。どれもに丁度良いところなんてない。大きくゆったりとしていて、ブカブカという表現がよく似合う。これが、ソーマには丁度良いのに。
それが何だかおかしくて、はクスクスと笑った。

「ソーマもやっぱり、男の人だねえ」
「ッうるせ……何だと思ってたんだ」
「ううん、男の人だって、ちゃんと思ってたよ。でも、ふふ、ソーマのコートかあ」

気まぐれにクルリと回ってみる。ソーマが途端に「止めろ馬鹿」と言うけれど、別にそれくらい良いじゃないと思うは笑みが止まらない。

さん、今度俺のコート貸します!」
「コウタ、貴方のそれコートじゃないですよ。それに何か、汗臭そうです」
「ちょ、それ俺に対する壮絶な偏見なんだけど?!」

アリサの冷ややかな眼差しに、コウタが弁明をする。「俺だってちゃんと洗濯くらいするよ?!」だが、受け入れて貰えそうにない。
は肩を揺らしてひとしきり笑った後、そっぽを向いたソーマに近寄る。コートがない分、彼の長年のゴッドイーター生活で鍛えられた体躯の質感がよく見て取れた。十八歳ながら、がっしりとした肩周りに腕。黄色いシャツと黒いネクタイが、大人びた印象の中に年相応の空気を漂わす。

「本当、ありがとうね」
「……別に」

素っ気なく告げ、床に置いていた神機を持ち上げる。
その時、頭上でヘリコプターの近づく音が聞こえた。バラバラバラ、とプロペラの旋回する音が響く。

「あ、到着したみたいだね」

空を仰いだを、ソーマが僅かに盗み見る。

「……アリサの、言う通りだとは思うな」
「え?」
「アンタは、危機感が無さすぎる」

ソーマを見上げると、彼の目が鋭くを見下ろしていた事に気付く。

「……次から、よくよく気をつけろ」
「う、うん、ごめんね」

アナグラからの帰還用のヘリコプターが、頭上に現れる。ゆっくりと降りてくるその影が、中央に広がった。巻き起こる風で髪が遊ばれ、コートがはためく。バラバラバラ、と響くプロペラ音が聴覚のほとんどを占める。

その時。

「……心臓に、悪いんだよ。どっちの格好も」

ソーマの呟きに、はハッとした。
その彼は視線を逸らし、降り立ったヘリコプターへと向かって歩き始めていた。バラバラ、バラバラ。響く音の中、はその背を見つめた。
十八歳でも、十分に広い背。伸びた背丈。それでいて、風に揺れる髪から覗いた横顔は、まるで羞恥心を堪えるようにしかめたような――――。

さん、行きますよ!」

アリサに呼ばれ、は慌てて神機と脱いだロングコートを拾い上げて駆け寄った。けれど何故か、妙にソーマの言葉が残っていて。


――――……心臓に、悪いんだよ。どっちの格好も


は、急に気恥ずかしさに襲われる。今になって押し寄せてたそれに困惑し、青いコートを胸元で掴む。内側にあったのは、の熱か、ソーマの微かな温もりか、定かでない。

困ったな……ヘリの中で、どういう顔していよう。



ソーマのコートを着てみたかった。そんな話。
それより妙にギャグ風味になりました。アリサ、めんご!(笑)

2013.06.20