私の死期を捏造するのは止めて下さい

一隊を率いる長という立場上、時間の合う合わないがどうしても付き纏う。
男女交際を受けたが何から始めれば良いか分からない、難しくは考えずにまずは相手を知る事から始めようと思い至ったので、この互いの時間については重要でもあった。
職務の邪魔にならず、かつ時間が合う時に会える場所。そう思った時、丁度良いのがやはり。


「こんにちは、シュバリオさん。午前もお疲れ様です」
「ああ、お疲れ様」
「お隣良いですか?」
「是非」

穏やかな陽射しが木漏れ日となって降り注ぐ、広い中庭の一角。
植え込みの木に隠れたベンチに、ちょこんと隣り合って座るとシュバリオ。
官職向けの食堂もあるので、中庭で昼食を取る者は少ないが、特に日陰のベンチは周囲の木もあって見えない。人の目を気にせず昼食が取れるので、此処はのベストポジションであった。
その場所でシュバリオに会えたら時間がある、会えなかったら忙しい、そういった自然な約束を取り交わして、数日。わりと良好な……お弁当仲間?になりつつあったものの、交流を深めるには絶好の時間であった。色々と、質問も出来るので。

「シュバリオさんは、食堂は利用しているんですか?」
「たまに、という程度だ。は、いつも持参しているな」
「一人暮らしなもので、外食より作って持ってきた方が安上がりなんです」

包みから取り出したパエリア ( 昨晩の残り ) をスプーンですくい、口へ運ぶ。

「この間は、サンドイッチをありがとう。とても美味しかった」
「いえいえ、お口に合って何よりです。……あ、何気なく渡してしまいましたが、シュバリオさんの嫌いなものではなかったですか? 獣人の方々が食べるものは、何なのかよく分からなかったのですが」
「獣人が食べるものは、人間とそう変わらない。全体量が多い事と、肉の摂取量が多いくらいだろうか。から頂いたものも、特に苦手なものはなかった」
「そうですか、良かった」

にこりと笑うと、シュバリオの目が細められる。
シュバリオの事であるから、恐らくの作るものよりも、ずっと美味しく高価なものを口にしているだろうに。彼は存外、見た目以上に心の穏やかな人物だと思う。
それにしても、座っていても、頭の位置はよりもシュバリオの方が、やはり高い。体格差も、近付いた事で一層感じ取れる。もしもが彼の膝の上に座れば、恐らくすっぽりと隠れてしまうだろう。

……獣人とは、入り混じって生活してきたけれど。
やはり、その差を感じずには居られない。

だが、の作ったものを美味しいと言ってくれるし、同じものを食べて共有出来るだけで、十分だ。
人間と獣人の間の隔たりが無い事がこの国の良い事であり、そのような細かい事も気にしないのが、の性格であるのだ。



「――――― アンタらは学生かっつーの!」

……とまあ、突っ込みを入れてくるのが、の友人である美人と評判なラナだ。
ウキーッと亜麻色の髪を掻き乱し、彼女は机に座って呻いている。ちなみに執務室の机の位置関係としては、の正面である。この距離が、友人関係を築いてくれたといっても良い。

「うん、まあ、清く正しい男女交際だと思う」
「清く正しいってレベルじゃないわよ、完全に学生の弁当仲間みたくなってんじゃない!

も思った事を、ラナは倍の力を込めて力説する。
念のため付け加えるが、今は職務時間中。此処に他の事務官が居れば「ラナーうるさいぞー」と呑気に注意をするのだが、生憎今はとラナを除いて皆用事で出払っている。
まあ、居ようが居なかろうが、ラナの態度は変わらないが。これで初級事務の影のマドンナといわれているのだから、不思議である。

「まあ……ダレフ隊長だから、仕方ないか。武官の中でも、生真面目さはトップみたいだし? アンタが『知るところからお願いします』なんて言っちゃあ手も出さないだろうし?」
「だって本当に知らないもの」
「うーん、まあ、しばらくは平気かしらねえ」

ラナは言いながら、へ書類を手渡す。それを受取りながら、「こないだも言ってたわね、何よそのもったいぶった言い方」と尋ねた。
羽根ペンの先を、インクの中にチャッチャッと付け、余分なインクを縁に落とす。

「だって、ねえ……アンタ、ダレフ隊長と身長差あるじゃない?」
「うん。あの人、二メートル前後はありそうだよね」
「で、しかも体格差もあるわけだ」
「そうね、隊長だものね。鍛え方も違うだろうし」
「……~~~~~ッ」

あっけらかんと返すの前で、ラナが突っ伏して声にならない叫びを上げる。そして、バッと顔を上げるや「まだ分からない?!」と語尾を荒げた。

「わ、分からないって……何がよ」
「言わせないでよ、察してよ!」

もう、鈍いんだから!とラナは一人憤慨している。一体どういう事やら、とが呆れながら羽根ペンの先を真新しい紙へ近づけると。


、アンタ絶対、ベッドの上で殺されるから! ダレフ隊長の、アッチのサイズが合わなくて!」


――――― べきり、と羽根ペンのペン先がへし折れる。

折れたペン先が、思いも寄らぬ方向へ吹っ飛んでいったが、そんな事を気にする余裕は一瞬にして奪われていた。
ラナが何を口走ったのか一瞬分からず硬直していたが、次第に言葉の意味を理解し、思わずゴフッとむせた。

「ちょ、ラ、ラナ、ゴホッな、何を言っ……ゲホッゴフッ!
「驚きすぎでしょ……。想像付かなかったの?」
「想像なんかするかー! そんなもん!」

恋愛上級者は、ベッド上の事にまで考えが及ぶのか! どうせ私は初心者だ!
の顔が真っ赤になる様を、ラナは正面からしげしげと見るや、「でも交際する上では大事でしょ?」と腕を組む。

、アンタ身長160センチくらいでしょ。どうすんのよ、ダレフ隊長2メートル超えよ? 横幅はないけど、あの身長で、その上アッチの方まで大きかったら」
「う、う……ッ」
「恋愛経験ないのは知ってるけど……気を付けなさいよ」

不意にラナが声音を低くするものだから、は気弱に視線を泳がせる。
自分の死に場所が、そういう事情の時は、ちょっと嫌だな……ではなくて。

「だ、大丈夫よ……多分。今は」
「……大丈夫だと、良いわね。冷静で真面目なダレフ隊長だって、男だけど」
「……」


その後しばらく、はちょっぴりシュバリオと気まずくなってしまい。
落ち込んだシュバリオが部隊に対し少しばかり当たるようになって、彼女の元には武官たちが訪れ後を絶たないようになる。
執務室の茶菓子が棚に収まらなくなってきたと、同僚たちは悲鳴を上げている。

その発端を担ぐ友人のラナは、吹き出しそうになる笑い声を必死に抑え、事態を楽しげに見ていたとか。

王宮の一角は、今日も今日とて平和である。



良くも悪くも何でも物申す友人ラナ。
サンバ状態な隊長の尻尾が、しょんぼりしてればいい。そして自らの部隊に当たり出す。
平和かつ賑やかな日常の1コマ。

2012.07.17