優しい恋人と5題


■ 柔らかいベッドの上で
■ 縁側のネコ
■ 隣の助手席
■ 不意打ちのキス
■ いつまでも一緒






■ 柔らかいベッドの上で ( シュバリオ )


――――― うみねこの鳴き声が、微かに聞こえた気がした。
未だはっきりとしないの思考は、微睡んでふわふわとしているけれど、朝である事は理解していた。
軟らかい白いシーツと上掛けが、温もりを帯びてひどく心地よく、直ぐには瞳が開かない。だが、そうっと自分の身体の上で何かが動いた感覚に、幾らか普段より早く目覚めた。

少し、いやかなり、重い。
でも、暖かい。

は目を擦って、のろりと身体の向きを変えた。
未だ若干寝ぼけた視界へ真っ先に飛び込んだのは、灰色の獣毛だった。
其処ではまだ頭は目覚めず、ふわふわの毛が覆う広い胸から視線を上げて、太い首、人間以上に広い肩、そして薄く口を開いて呼吸する犬の顔を見てゆき。
の眠気は、全て吹き飛んだ。

……シュバリオ=ダレフ隊長。

いや別に驚く事でも無いのだが、カリフォスのトップに属する部隊長の顔を朝から見て、やや虚を突かれたのは致し方ない。
けれど、ベッドの暖かさと柔らかさと、静かな心地よさにそれも直ぐ吹っ飛んで、特に騒ぎはしなかった。
ああ、そうか、この重いのは……彼の腕か。
ゆったりと回されているシュバリオの腕は、太くいかにも強靱であった。けれど、幼子のように力の抜けきった無防備さは、普段見ないだけに微笑ましく、安らぎさえ覚えるほどである。

……今こうして眠るシュバリオの姿を見ていると、とても、国を守る部隊長とは思えないほどだ。

弛緩してやや垂れた犬の耳も、薄く開いた口も、触れて温かい毛皮も、全てが今ではにとって慣れ親しんだ存在である。
日常に戻れば、剣を握り続ける覚悟をもって、揺るぎない忠誠心を国に捧げる部隊長に戻る。それも彼の魅力であるし、そんな彼を凄いと素直に思っている。
けれど彼の、眠る時に見せる緊張から解放された無防備さは、何人にも見せないのだろうと思うと、改めてまじまじ見つめてしまう。
は少し身体をずり上げ、彼の顔の位置に自身の顔を合わせ、しばしぼんやりとその顔を眺める。
だが揺れたベッドの振動に、シュバリオの瞳は直ぐに開いた。さすがは鍛え方が一般人と異なると云おうか、寝ぼける事無く彼はを見つめた。

「おはようございます、シュバリオさん」

ふわ、と表情を緩めると、目の前でシュバリオがやや狼狽えたような様子を見せた。だが、「ああ」と小さく呟いて、次いで「おはよう」と不器用げに囁いた。掠れた低い声が少しの色っぽさも含んでおり、ドキリとさせてくる。は笑みを返し、横向きにした身体を身じろがせる。

「起こしましたか?」
「いや……朝は何時も早いから、問題はない」
「ふふ……そうですか」

シュバリオのダークグレーの瞳が、無防備に笑うを捉え、細められる。

「……せっかくの休みだ、もう少し寝ていよう」
「シュバリオさんも、そういう事を言うんですね」
「……貴方限定で、だが」

パタパタ、とシュバリオの耳が揺れた。は笑みを深め、頷いた。

「そうですね、もう少し……ゆっくりしましょうか」

ぽふ、と枕に頭を押しつける。
すると、の身体に触れていたシュバリオの腕が、恐る恐るといった風に動き、彼女を手繰り寄せた。大きいな腕なのに、の力なんて敵いっこないのに、ぎこちなくやんわりと。

――――― ああ、もう、とても。

「……温かいですね」

再び眠りに落ちる手前で呟いたの言葉に、シュバリオは口角を上げた。

「……ああ、そうだな」

微睡みに溶けてしまいそうな、柔らかさと温もりの心地よさ。
おそらくきっと、胸に引き寄せた彼女の存在のせいだ。
シュバリオは潰さないよう注意を払いながらも、の後に次いでそうっと瞼を下ろした。

恐ろしいほどに、温かく―――幸福だと想える、朝方の一瞬の事である。



▲モドル






■ 縁側のネコ ( ジゼル )


ジゼルと逢う約束をし、は港に停泊している彼の漁船を探して辿り着いた。其処には、自らの漁船の甲板に座って樽か何かに寄りかかる、彼の姿が出迎えてきた。

「……はて、珍しい」

いつも何かしら動いている彼が、今はうつらうつらと眠っている。
漁業を営む漁師というものは不定期な職である事は以前より知っていたが、もしかしたら急に忙しくなったのかもしれない。さてどうしたものか、起こすのも何だか悪いし、けれど一応約束でもあるわけで……としばし考えるであったが、ユラユラと小波に揺れる漁船は、柔らかな陽射しまで注いで揺りかごのように見えた。
以前ジゼルが「俺が居る時ならば船の出入りは自由だ」と仏頂面を赤くさせて告げた言葉も思いだし、はそうっと船に乗り込んだ。小さな声で「お邪魔します」と誰に告げるつもりでもなく呟いて。

樽に寄りかかるジゼルの隣に立つと、はしゃがみ膝をついて腰を下ろした。
普段は冷静さの強いあの精悍な顔立ちは、無防備に緩んで。
漁業の荒仕事で鍛えられ長身な筋肉質の肉体は、ゆったりと寄りかかり。
陽射しを受けた褐色の肌と、黒髪が、キラリと光ったように見えた。

……きっと、仕事が大変だったんだ。

はやはりそう思い至り、瞳を閉ざしたジゼルの横顔を見つめ、小さく笑う。
何かの足しになればと持参した、下町の一番人気お菓子店のゼリーは物陰にカサリと置いた。

……しかし、改めてこうやって見ると。
普段は鋭く、張りつめたものを覚えさせる彼が、何だか猫のようだ。

はまなじりを穏やかに緩めて、よいしょっとジゼルの隣に座った。全然質も幅も違う肩を寄せて、同じように樽に寄りかかってみる。なるほど、確かに暖かくて、まるで日溜まりのようだ。少し陽射しが日溜まりよりも目映いが、被ってきた帽子をギュッと目深に直せば問題ない。

「お仕事お疲れさまです、ジゼルさん」

囁くように呟いて、はすうっと瞼を下ろす。ぎこちなく頭を褐色の肩に乗せ、静かに力を抜いてゆく。
これはこれで、ゆったり出きる日であると思う事にした。

その時、ジゼルの片目が微かに開き、金色の瞳がを見つめた。しばし驚いたように目を丸くしていたけれど、ふと、ゆるりと弧を描いた口元は音を立てずに笑みを浮かべてた。誰にも聞こえないほどの小さな声で何かを呟いた後、再び片目の瞼を下ろした。
その時、彼が普段漁師仲間にも絶対に見せない優しげな面もちであった事を、は気付かなかった。



▲モドル






■ 隣の助手席 ( シュバリオ )


故郷はド田舎のゴマ粒エルド諸島、現在は一介の初級事務官でこじんまりとした生活を送る凡人。そんなの移動手段といえば「自らの足が進む限り何処までも」の徒歩と、賃貸アパートの共用自転車くらいである。
海の見える、広い長閑な道を走り抜ける四輪の車は、まさに憧れ。横を通り抜けられながら、チリンチリンとのんきにベルを鳴らすのが常である。

……が、まさかこんなに簡単に、その憧れが夢叶うなんて思っていなかった。

「……凄い、ですね……」

目の前に現れた、漆黒の四輪の車。使い慣れた質感であるのに、その無機質さに異様な気迫が纏われているように思うのは、この車を乗る主がためなのだろうか。
ぽかん、と口を開けて呆けるの前で、主であるシュバリオは「少し古いタイプだが」と広い肩を竦める。
なにぶん、生まれ育ったエルドの街でだって、車という高価な乗り物は数える程度しか見かけた事がない。カリフォスの中心島にやってきて、ようやく何度も視界に捉えるようになったくらいだ。田舎者には、古いも新しいもよく分からない。
しかもそれが、獣人用の大柄なものともなれば……ただ一言、「凄い」と思うだけだ。

「ほ、本当に、乗せてもらって、良いんですか……?」
「もちろんだが」

ガチャリ、と運転席の隣の、助手席のドアが開かれる。はその車内をひたすらに見つめて、シュバリオに導かれるまま手を引かれる。
彼女の驚嘆している表情を、シュバリオは普段よりも幾らかまなじりを緩め楽しそうに見下ろしている。おっかなびっくり足場に片足を置くの手は、無意識のうちにシュバリオの大きな手を握りしめていた。

「わ、私、こんなに綺麗で素敵な車なんて乗った事ないです」
「そうか、それは光栄だ」

そう言ってを助手席に座らせると、普段絶対に対等にはならない視線の高さが丁度良く定まる。

「それほど、緊張し構えなくともよい」
「そ、そうなんですけど……車なんて、農道走ってる馬車とかあとは一昔前のものとか、そんなものばかりで」

……って、そんな事ばかり言ってると、本当にみっともないだろうか。
は口を閉ざし、シュバリオをちらりと伺いながら見下ろすと。
彼は開かれたドアの横に佇み、長身な背を真っ直ぐにして口元を緩めている。パタパタと、あの長毛の素敵な尻尾を揺らしながら。
……ここ最近、些細な悩みも彼の横に揺れる尻尾を見ると安心するようになってしまったが、彼は気付いているのだろうか。
いやこの様子だと、きっと感情がダダ漏れである事は、気付いていない。
それを告げるという事もせず、は小さく頬を綻ばせた。

「だが、あえて言えば、私も同じようなものなのかもしれないな」
「え?」
「隣に女性を乗せて走るのは、身内以外では初めてだ」

恐らくこの瞬間こそ、無意識の事だったのだろう。
が目を真ん丸にした時、シュバリオは自分が何を口走ったのか察してピタリと動きを止めてしまった。あれだけ揺れていた尻尾も、急に止まって硬直し垂れ下がる。

しばしの沈黙が気まずさを漂わせるが、は先ほどよりも一層笑みを深めてシュバリオへ告げた。

「じゃあ、私が第一号なんですね。光栄です」

にっこりと微笑んで、が嬉しそうにするものだから。
シュバリオは心臓が飛び出すのではないかと思うほどに、屈強な身体の奥で鼓動が跳ね上がった。小さく咳払いをし誤魔化したけれど、彼女の笑みにやはりどうしようもなく嬉しくなって、白くて小さな手を一度握った。



▲モドル






■ 不意打ちのキス ( ジゼル )


ジゼルと共に足を運んだ自然公園は、七色の如く色鮮やかな花々で埋め尽くされていた。
海の国と聞いて印象の浮かぶ、水の蒼さや潮風は全く無く、豊かな緑と小高く続くなだらかな傾斜の大地に咲く花の数は、思わず声を漏らすほどだ。
地図上ではこじんまりとし、長閑な島国カリフォスといえど、中心島の国土面積は決して狭くはない。海岸部は言わずもがな海産物や漁業で賑わっているし、城下町は街並み美しく店も充実している、自然だって文句無く豊かで恵まれている。広大な自然公園の一つや二つ、あっても可笑しくないけれど、なにぶんの出身は凄まじいド田舎。ゴマ粒サイズの島である意味有名なエルド諸島なもので、自然公園を埋め尽くす花の色と種類、そして豊かな香りの孕む空気は感嘆ものである。
隙間無く埋め尽くされた花畑の中を、ゆったり進むは、見慣れない花弁を見渡して笑みを浮かべていた。

「此処の自然公園の名前は聞いていたんですが、やっぱり満開の時期は凄いですね」

人の数もさることながら、花の数も。告げたの背後で、「そうだろうな」と低い声が答えた。

「この時期は、外からの観光客も多くなる。港の方に居ると船の出入りがよく分かるからな、わりと有名らしい」
「へえ~……友達に教えて貰って良かった。でも、それよりジゼルさん……」
「何だ」
「私服になると、途端に海の男には見えなくなりますねえ」

などと振り向いたが呟けば、ジゼルは金色の目を細めて「阿呆か」と冷ややかに言った。が、その声は普段よりも幾らか穏やかで、笑みを浮かべた口元は綺麗な弧を描いている。
多少の粗暴な仕草も、今は照れ隠しや誤魔化しているようにしか見えず、はジゼルの悪態を笑って受け止めた。
それに実際、今の彼はとても……漁師という職業に就いている者とは思えないほどだ。外見で言うには失礼かもしれないが、普段タンクトップとボトムの簡易スタイルのおかげでかなりやんちゃをしているように見えていた。だが、今は長い足を印象付けるズボンと、胸元の見えるVネックのシャツ、そして袖を捲くったジャケットと、褐色の肌によく似合う服装のおかげでモデルのようにしか見えない。もともと彼は、精悍な顔立ちな上に長身で存在感も顕著であった、私服にもなれば正にその通りの姿になる。

普段の姿でも分からないというのに、今は普段に増してシャチの亜人であるという事を忘れてしまいそうだった。

ただ、その持ち前の鋭さも相まって、色鮮やかな賑わうお花畑は、少々似合わない。
が笑うと、ジゼルは一層照れ隠しに眉をひそめた。だが、小さく呟くように声を落とす。

「……彼女と出掛けるのに、いつもの漁業スタイルは不味いだろ」

ジゼルの骨ばった手が伸び、くしゃりとの髪を撫ぜる。鋭く尖った歯を覗かせ、微かに笑みを浮かべてみせた。
これでシャチの亜人であるというのだから本当に不思議だが……それを含んでも、やはり彼は見た目によらず優しいと、は思った。

それからしばらく花畑の中を散策し、花の海を堪能した後、休憩がてら直ぐ近くにあったソフトクリーム売り場でバラ味というものを購入した。綺麗な赤い色に染まったそれを上機嫌に食べるの隣で、ジゼルは呆れたように目を細めている。

「……そんなもの、よく食べる気になるな」
「いやほら、限定品とか弱いんですよ私。それに、エルドじゃあこんな珍しいもの置いてないから」
「冒険しすぎだろ……着色料大量に混ぜてんじゃねえのか、その見てて毒々しい赤」
「失礼な! 普通に美味しいですから、香りも良いですし」

んもう、とはパクリと赤いソフトクリームに食らいつく。ミルクの濃厚な甘い味と仄かなバラの香りに、直ぐに顰めた眉も元通りになった。
無難が一番だろうに、と呆れる彼が飲んでいる物も、見た目のやんちゃさから反して甘いキャラメルラテなので、それはそれで違和感がある。意外にこの人甘党だよなあ、とは横目に見ていた。

「……それ、本当に美味いのか?」
「美味しいですよー。あ、ジゼルさんも食べてみます?」

此処はまだ口を付けてないので、どうぞ。は自身が舐めていたソフトクリームを、反対側に返して差し出した。だが、彼は「いや」と言っての手を押し留める。美味しいのに、とが肩を落とし呟こうとした―――瞬間。
ずい、と身を寄せて近付いたジゼルの顔が、の視界を埋め尽くして覗き込んだ。

「――――― 俺は、こっちで良い」

その低い声は、頭の中で鳴り響いたような錯覚がした。
目を真ん丸にして動きを止めたに見えたのは、ジゼルの鋭い金色の瞳だけだった。間抜けなくらいに無防備に構えていた唇に、ジゼルの薄いそれが重なったのはほぼ同時の事で。
時間としてみればほんの一瞬だけであったのだろうが、ひたりと隙間無く触れ合った唇は、急に熱を集めて震えた。

「……あま」

ジゼルはそう呟いて直ぐに離れたけれど、はしばし状況が掴めず呆然としていた。
彼が口にしていたほろ苦いキャラメルラテの味が、ソフトクリームの味を溶かした時、ようやくジゼルから口付けをされた事を明確に察して、それこそ顔を真っ赤に飛び跳ねた。

「ちょ、ジ、ジゼルさ……!」

慌てふためいて、がバッと横を見ると。

「……顔、赤いです」

自分も恐らく大概だったのだろうが、ジゼルの顔は予想外に赤かった。彼の特徴的な褐色の肌色の頬が、はっきりと赤みを帯びている。
がぽつりと呟いた直後、ジゼルの手刀がズビシッと真上から落ち、脳天が痛みを訴える。
ジゼルは金色の目を粗暴に細め「うるせえよ」とぶっきらぼうに低く告げたが、そんな顔のままされると気恥ずかしさが煽られてくすぐったくなる。
痛みがジンジン響く頭の天辺を押さえ、しばしソフトクリームを見下ろしていたであったが、ふと呟きをこぼした。

「……キャラメルラテ、美味しかったです」

ブフーッ、と噴き出すような音がジゼルから放たれる。華やかな彩りの世界には、およそ似合わない音色である。
ええッと再度見上げると、彼は酷く咳込みながら半眼でを睨んでいたが、先ほどよりも一層顔を赤く染めていた。

「……お前、わざとか」
「え、何がです」
「もっかいしてくれと、言ってるようなもんだぞ」

ジトリと告げられて、が慌てたのはいうまでもない。いや決してそんなつもりでは、と彼女が弁護するにはもう既に遅かったらしく。
の前には、既にジゼルの影が落ちていた。

「――――― そんな顔で言われても、効果ねえよ。馬鹿」

言うや、ジゼルは鋭く笑って、先ほどとは打って変わりゆったりと噛みついた。
それはジゼルさんもそうでしょう、と思うの言葉は、混ざり合ってとろけた味に消えてしまった。



▲モドル






■ いつまでも一緒 ( シュバリオ )


毎日が、お祭り騒ぎという事でもない。珍しい事が起きる事もなければ、身の回りで際立った変化が訪れる訳でもない。
ありふれた日常が続く、どこまでも平凡な此の国で、この日も気付けば静かな夕暮れを迎えている。

すっかり人の気配が薄れた、外門まで敷かれた広い一本道に、二つ分の足音が響く。低く重い足音はゆっくりと、コツコツとヒールの鳴る軽い音はそれより少し早く。
夕焼けの赤から、暮れの深まる影に染まる煉瓦の道には、薄い人影が伸びていった。
いつもと変わらぬ庭園も、大通りも、立派な外門も、見慣れて珍しい景色ではない。けれど、二人並んで歩くだけで穏やかな空気が増して、安らぐほどに心地がよい。種族も背格好も、何一つとして異なる彼と彼女が肩を並べる光景は、第三者からは恐らくなんて不釣り合いでちぐはぐな組み合わせなのだろうかと思われるところなのだろうが。

相手の事を知りたい、触れたい、過ごしたいという優しい感情は、可笑しいところなんて何処にもない。

「――――― あ、シュバリオさん」

サワサワ、と静けさを増した風に、の声が一つこぼれた。
ちょうど、立派な外門を潜ったところで、シュバリオの足が止まる。その隣で、も立ち止まった。
王宮自体が小高い高地にあるので、二人の目の前にはなだらかな傾斜が下っており、その先には夜を迎える為明かりの灯った城下町が仄かに浮かんでいた。そしてさらにその先、この国の象徴でもある海は、太陽の沈む茜色とひっそりと静まりかえる藍色で染まっている。

一つの絵画的光景も、見慣れてしまえば日常の一コマに過ぎない。
けれど。

「一番星、見えてきましたね」

が目一杯首を上げた先の高い空には、ぽつんと輝く星が一際存在を放つ。茜色から夜の色に染まる空は、染みるほどに静かだった。
ああ、と呟いたシュバリオは「きっと明日も晴れるな」と続ける。

――――― こんな日常が、彼と彼女にとっては何よりも大切なものであった。

「そうですね、明日も晴れると良いですね」

笑ったが、シュバリオへ顔を向けるとやや傾げて微笑んだ。
シュバリオも、犬の顔ながらぎこちなく笑みを返すと、ピンと立った耳を今ばかりはやや垂れ緩める。

「……ああ、明日も」

シュバリオはそう呟くと。
ふと、二メートルにも到達する恵まれすぎている身体を折り曲げ、の顔に自身の顔を近づけた。彼の腰に着けた二本の剣が、涼やかな音色を立て揺れる。
は顔を見上げさせたまま、笑みを浮かべそうっと目を細める。差し出した小さな手で、シュバリオの大きな灰色の手を取って指先で握る。

その時、煉瓦の敷き詰めた道に伸びた影は、ゆっくりと重なって一つになっていた。


また明日も、海の国らしい陽射しが降り注ぐ、平凡な目映い日であって。
――――― 貴方に、どうか逢えますように。



▲モドル

というわけで、【Lump】様より【優しい恋人と5題】です。
現在出ているキャラの、尻尾隊長ことシュバリオと、隊長人気の後ろで密かに爪を研いでいた漁師ジゼルです。

管理人の、各お題の一口メモもしくは感想はこんな感じ。
楽しかった、素敵なお題セットはたくさんあるのでまたチャレンジしたいです。

1:いつの間にそこまで進んだんですか
2:たぶん身体を乾かしてました
3:中世の車をイメージしてもらえれば幸いです。隊長は何しても似合う
4:末永く爆発しろ
5:末代まで祝ってやる

( お題借用:Lump 様 )

2012.12.01