愛しさだけでは、物足りない

「はーい、じゃあ、今日もお疲れー!」
「お疲れ様」
「おつかれっしたー」

 木材で作られた大きなジョッキを掲げ、カコンッと軽快な音を鳴らす。
 冷えたエールをぐっと煽れば、充足感に満ちた三人分の溜め息が響いた。

「ぷはああ! 今日もエールが美味しい、最高!」
「おっさんくせえなあ」
「影丸には一番言われたくない台詞だ」

 調査拠点アステラの食事処――はセルギス、影丸と共に、肴を片手に酒を口に含んだ。
 ユクモ村などで過ごしていた時は、夜になると一日の締めくくりとしこうして頻繁に集まった。新大陸にやって来ても、その日課は変わらない。他の研究員やハンター達が大勢集まり賑やかな食事処で、一日の労苦を労いあった。

「今日は二人とも、何処に行ってたんだっけ?」
「俺は龍結晶の地に、バゼルギウス狩り。セルギスは」
「古代林の森で、フウワクイナ探し」

 すごい、分かりやすく極端だ。

「いや、元ハンターの知り合いがな、生態観察とか環境生物探しが大好きな奴で……。頻繁に連れて行かれるもんだから、俺にもうつってしまったらしい」
「フワフワクイナって、あれだろ、恐ろしく発見率の低いふわふわの白い小鳥だろ」

 アプトノスなど草食獣と共存関係にあり、彼らの背に五羽ほどの群れになって現れるそうだが、恐ろしく出現率が低いという。そして、警戒心が非常に高く、近付こうものなら風の速さで逃げ出すらしい。隠れ身の装衣なしでは、まず捕獲は叶わないのだという。
 だが、見た目もさえずりもとても愛くるしく、魅了され血眼になり探す者は後を絶たない。

「捕獲への道は遠いな……各地を飛び回っているが、なかなか発見しない」
「はあー……マメだねえ。俺はろくに探しもしてないのに」

 ああ、うん、分かる。影丸は、絶対にしないだろう。捕獲ネットを放つより、目に映る大型モンスターの尻を追いかける事を選ぶに違いない。

「そのわりにはお前、妙にレア環境生物と遭遇しているだろう。ゴワゴワクイナを脇に抱えて帰ってきた時は驚いたぞ……」
「ケストドンの背中に、なんか変なのが飛び跳ねていたから、道すがら捕まえただけだ。ちょうど隠れ身の装衣も持っていたし。つうか、その運を宝玉集めの方に回して欲しいわ……」
「知り合いが聞いたら発狂するな。レイリンにいたっては、比較的見つけやすい虹色ヘラクレスすら未だに捕まえていないのに」
「あそこまでいくと、逆にすごいよね……」

 今日も今朝方から早くにアステラを出発し、発見数の多い場所を見て回ったらしいが、まったく見つからなかったらしい。どうして私だけ、と嘆く姿はもはや恒例となりつつある。
 ちなみに今日は明日に備えて早く就寝し、また朝方出発し挑戦するらしい。この場に居ないレイリンはきっと、夢の中でも捕獲ネット片手に走り回っている事だろう。

「ああ、そういや今日、龍結晶の地で星みたいな模様のついた綺麗な魚を釣ったな」
「は?! おま、それ、カセキカンス……」
「なにそれ、珍しいの? へえ~今度見に行こ」
「おー、水槽に放ったから、好きな時に来い」

 エールと肴を追加し、雑談に花が咲く。気心の知れた友人同士の楽しい時間は、あっという間に過ぎ――。


「ここでの生活も、すっかり板について、長くなったねえ~」

 良い具合に酒が回り、ほろ酔い状態になっていた。

「まあなあ。何ヶ月も経ってんだから、馴染みもするだろーよ」

 影丸はそう淡白に言うが、はしみじみと思うのだ。
 ギルドが二十年近く調査を続けてきたという、古龍達が海を渡り新大陸を目指す現象――“古龍渡り”。
 “白い風”を紋章とした第五期団の派遣となり、ついに長年の謎が解明されるに至った。その腕を買われギルドから推薦された“推薦組”の中でも、飛び抜けた実力と人柄から多くの人に慕われる“空から来た五期団ハンター”と“食いしん坊編纂者”の活躍によって。
 自らの死期を悟り海を渡ったゾラ・マグダラオスを見送り、彼が最期に惹かれた“新種の古龍”と対峙し、一つの物語は帰結を迎えた。だが、現大陸へ帰ろうとする者は居らず、影丸、セルギス、レイリン、オトモアイルー達も、区切りを迎えユクモ村へ戻るという選択肢はなかった。
 もちろん、にも。
 新大陸は広く、まだまだ未解明なところも多い。この地に魅せられたハンター達はきっと、眠りについた古龍達によって育まれてきたこの大陸に、骨を埋める覚悟で調査を続けるのだろう。その姿を、叶うならば最も近い場所から見ていたい――それが、今のの願いだった。

「でも、仲良くなったアステラ生まれの人達に、いつか現大陸を見せてあげたいねえ。ユクモ村とか、渓流とか、たくさん」

 特に、ハンター達のまとめ役であり、調査団総司令の孫でもあるリーダーには。
 アステラ生まれのアステラ育ちな彼に、新大陸では見られないモンスターや食べ物を、是非とも見せてあげたいものだ。

「なんだ、の好みは、リーダーか」
「そういうんじゃないけど、でも気風が良くて、頼もしくて、かっこいいよねえ~。本当、そう思う」

 空から来た五期団ハンターに並び、その存在感と頼もしさから彼も数多くのハンターから慕われている。彼の周りには、いつもたくさんの人が集まっているのだ。その理由は、も日頃肌で感じ取っている。彼はいつか、一角の人物になるのではないだろうか。
 ……これは想像だが、彼を好きになったという女性も多いに違いない。アステラで活動する女性達と秘密の集会をすると、いつも彼の名が出てくるくらいなのだから。

「あの立派な腕に座って、高い高いって持ち上げられてみたいなあ~うふふ」

 ぐびっと機嫌よくコップを傾けるその両隣で、セルギスと影丸の目が僅かに細くなったけれど、は気付かなかった。

「というか! そっちは?」
「は?」
「何がだ」
「新大陸に来て、志が同じな色んな女の人がいるじゃない!」

 調査拠点アステラには、たくさんのかっこよくて素敵な女性ハンターが。アステラの頭上にある、かつて第一期調査団を運んだ大型船であり今は集会場である“星の船”には、とびきり美人と評判な受付嬢がいる。
 アステラでの生活は十分に長い。色っぽい話の一つや二つ、この二人にはあるんじゃなかろうか。

「影丸もセルギスさんもかっこいいしさ~」

 セルギスは、身長もあり体格もがっしりとし、ハンターと呼ばれる者らしい頼もしさに溢れている。赤茶色の短髪は少々目立つ色合いだが、物腰は非常に穏やかだ。血の気の多いハンター諸侯を取りまとめる素質もある。の感覚で言えば、いわゆるヨーロッパ圏の顔立ちで、話していると安心を抱く人物だった。
 影丸は、多くのハンター達のように横幅の恰幅はないが、しなやかな長身で、恐らくはその外見を裏切り筋肉がついているだろう。シキの国という龍人族が多く暮らす土地の生まれらしく、黒髪黒目の、いわゆるアジア圏の顔立ちをしている。彫りは浅く顔立ち自体は親しみやすいが、獰猛な性質は滲み、随所で危険な鋭さを放っている。いい加減に見えて現実的な性格をし、人を皮肉ったように笑えば正に悪役として相応しい風体となる。なのに、笑うと少年みたいに無邪気な表情を見せる。

 二人とも、性格や面立ちなど異なるが――共通して、文句なしのイケメンだった。

 付き合いが長く見慣れてしまったでさえ、ごくたまにキッとするのだから、アステラには彼らを好いた女性もけっこう存在しているのではないだろうか。

「ふふふ、誇らしいですなあ~~」
「何でお前が誇らしいんだよ」
「酔ってるなこいつ」
「よってないです~いつも通りに楽しいだけです~~」

 ヒック、としゃっくりをあげながら、はセルギスと影丸を見る。呆れたように頬杖をつく影丸の顔も、苦笑いを浮かべるセルギスの顔も、やはり整っている。何をしても似合うなんて、顔の良さは狡いな。

「この二人に『愛してる』なんていわれたら、たぶんどんな女も一発で落ちちゃうね~」

 何の気もなしにこぼれたその言葉に、セルギスと影丸は意味ありげに互いの顔を見合わせ、口角を持ち上げた。

「ほーん……なるほどねえ」
「俺達が口説けば落ちる、か」
「うんうん、落ちるよ絶対~ヒック」
「――なら、やってやろうか」
「――それが良い」

 ……ふぁい?

 何を言われたのかと考える間もなく、ひょい、と手元からジョッキを奪われてしまう。そして、がらんどうになった手は、ごつごつした大きな手に包まれていた。

「――

 隣から、セルギスがずいっと身体を寄せる。唐突に埋められた距離と、近付いた彼の面立ちに、口の中に残っていたエールがゴギュッと妙な音を立て喉を下った。

「セ、セルギスさん、な、なに、なにを……ひッ」

 武器を握り続けた太い指が、するりと、あまりにも優しくの指先へと滑った。それを恭しく持ち上げ、口付けるように口元へ運ぶと。

「愛してる。お前がいれば、他に何も望まない」

 微笑みと共に向けられた言葉が、の耳をくすぐるようになぞる。まったく構えていないところから来た甘やかさに硬直していると――今度は反対側から別の手が伸びた。

「あんまり、他の野郎ばっか見るな」

 後ろから抱きしめるように、胸の前へ腕が回される。影丸の腕だった。とん、と背中がぶつかり顔を横へ向けると、まったく思いもしない至近距離から影丸の顔が飛び込む。先ほどまで酒気を帯びたほろ酔いの表情をしていたのに、猛獣のような凶悪な笑みを浮かべ、を真っ直ぐと眼差しで射貫いてきた。

「あんたを一番愛してんのは俺だろ。だったら俺だけを見ていろ、いいな」

 耳の奥へと流し込まれる、微かに笑う低い声――背筋が、ぞくぞくと粟立った。

 片方は、甘やかに微笑む西洋のイケメン。
 もう片方は、獰猛に牙を覗かせる東洋のイケメン。
 性質も容貌も異なるイケメンから、これまた系統の異なる口説き文句が紡がれている。

 似合い過ぎるだろう、この二人。なんという恐ろしさだ、乙女ゲーか野郎ども。
 いや、気にすべきは、そこではなく――。

「い……ッイケメンの! 無駄遣い!」

 は勢いよく立ち上がると、セルギスと影丸の間から慌てて抜け出した。

「も、もお~……! 私をドキドキさせて、ど、どうするよ! まったくもう、水持ってくるからね、酔っ払いども!」

 は一息にそう言い切ると、テーブルを離れ、巨大なかまどの前で腕を組む料理長のもとへ駆け寄った。かつて大団長のオトモアイルーをしていたという、一際大きく存在感のある隻眼のアイルーは、を見るなり首を傾げた。

「……どうした、
「な、何が」
「随分、顔が赤いじゃねえか」

 料理長に指摘され、初めては自らの頬に触れた。じゅっと、火傷しそうなくらい、熱を灯していた。

「あ、あはは……飲み過ぎちゃったかな~。あの、お水を貰ってもいいですか」
「構わねえけどよ」

 はそそくさと小走りで、飲み水を入れた樽へと駆け寄る。緊張を吐き出すように溜め息をついたが、まだ背中がむず痒い心地がした。
 まったく、これだから、酔っ払いは。冗談だろうけれど、なにもあんな風に言わなくても……――。

「……冗談、だよね?」

 桜色アイルーの時代から、これでも彼らとの付き合いは長いと自負している。
 真に迫った声音と眼差しで、距離を詰められた事は――今まで、あっただろうか。

 ドッと、心臓が跳ねる。いやいや、まさかそんな。酔ってしまっただけだと必死に言い聞かせが、脳裏で何度も繰り返される“愛してる”の響きに、顔の熱は当分引きそうになかった。

 困ったな、どうやったらいつもの顔に戻れるだろう。


◆◇◆


 賑やかに活気づいた食事処で、そのテーブル席だけは切り取られた静けさが漂っていた。

「……おい、セルギス」
「何だ」
「あの反応は、どっちだ」

 ぽつりと落とされた影丸の問いかけに、セルギスは微かに眉を顰めた。

「分からない。脈ありとも、玉砕とも受け取れるが」
「おい、止めろ。玉砕とか、恐ろしい事言うんじゃねえッ」

 お前が聞いてきたんだろう、とセルギスは溜め息を吐き出す。
 影丸は何か誤魔化すようにジョッキを持ち上げると、温くなったエールを一気に飲み下した。

「つうか、くっそ恥ずかしいな! 何だこれ、鳥肌立ってきた! かっゆい!」
「騒がしい奴だな。まあ、お前の口から、あんな言葉が出るとは思わなかったぞ」
「おう、そっくりそのまま返すわ」

 総毛立った腕を擦りながら、互いの顔をちらりと見合う。そして――影丸とセルギスは、二人揃って、長い溜息を吐き出した。

「あんな風に言うっつう事は、あんまし伝わってなかったみたいだな」
「分かりやすく接してきたつもりだったんだが……まあ、だしなあ」

 分かってはいたが、しかし――面白くはない。
 好いた女の口から他の男の名が出て、挙句気があるような素振りを見せられ、平常通りにいられる男がいるものか。

 ユクモ村時代から今に掛け、そこそこ長い時間を共に過ごしてきた。ありふれた日常だけでなく、多くの伝承と対峙する不思議な体験もしてきた。もはや単なる友人という言葉に収まらないくらい、築かれた関係は強固に結ばれているだろう。親しみが恋心に変わるのも、別段驚く事ではなかった。


 ――新大陸に来て、志が同じな色んな女の人がいるじゃない!


 多くいる。だが、それだけだ。
 結局、追いかけていたのは、いつも決まって一人の女だけだった。
 ハンターでもなく、研究員でもなく、調査員でもない――逞しさは頭三つ分くらい飛び出ている、一般人。青毛獣の爪の首飾りを宝物にするその女を、ずっと追いかけていた。

 巨大な竜や獣を狩り続けてきたハンターが、何の力もない、下手したらアステラ研究員よりも貧弱かもしれないただの女を、必死になって追い求める――その姿はきっと愉快なものだろう。

 他の女に目移り出来ていたら、こんなに面倒な事にはなっていなかった。つくづくそう思う。
 けれど止めるという選択肢は何処にもなく、欲情に近い衝動を燻ぶらせながら、あの後ろ姿を見つめている。いつか彼女を汚すかもしれない劣情は、この瞬間も膨れているというのに。

 しかも恋敵が、一番信用できる奴というのだから、なおタチが悪い。

 セルギスと影丸は互いに視線を交わし、小さく笑った。

「まあけど、面白い事聞いた。俺らが愛してるって言えば、落ちない女はいないんだとよ」
「だったら、そうすべきだな」

 酒の席の他愛ない冗談だが、乗っかってみるのも悪くない。

 ――とりあえず、が戻ってきたら、もう一度言ってやろう。冗談ではなく、本心からの言葉であると、嫌でも理解するように。

 セルギスと影丸は、狩りへ臨む時のように獰猛な笑みを浮かべ、彼女の戻りを楽しみに待った。



恋愛色強めに仕上げた、セルギスと影丸の話。
我が家のオリジナルハンター達ですが、どちらも平等に人気でありがたいです。

そして、セルギスは【王子様系】、影丸は【オラオラ系】になった模様(笑)。
どちらが、お好みのヒーローでしょう。


2019.11.25