ちょっとドキドキ?

「――――― 少しお願いがあるんだけど、良いかな」

農場にて話し込んでいたセルギスと影丸の前に、そう言って笑ったが現れた。すっかり馴染んだ白いユクモ村衣装に身を包み、頭から外したユクモ笠は背中へ掛けており、いつもの彼女であったが、浮かべた笑みに違和感も含まれてセルギスと影丸は僅かに首を傾げて向き直った。
「何だ、改まって」と影丸が言うと、は手に持っていた竹の粗末な物入れを取り出した。影丸は不思議そうに見つめていたが、セルギスには覚えのある代物である。彼女が、確か桜色のアイルーの時いつも腰につけていたものだ。
は、おもむろにその蓋を開けると、竹筒を傾ける。そうすると、中からころりと何かが転がって陽の下に現れた。

折れた、生き物の鋭利な爪。

灰色に近い黒の爪身は、の白い手のひらで無骨な存在感を放つ。鈍く光を反射させている様子から、何の加工もされていない事は明瞭な事実である。が、何故か……凶暴な輪郭は、無いように思える。

「……何だ、それ。竜の爪じゃあ無いな、随分小さいし」

どちらかと言えば、小さな獣の爪に近い。影丸の言葉に、は少し笑みを深めた。

「渓流で暮らしていた時、慕ってくれた子の爪なの」
「渓流?」
「――――― アオアシラの、爪」

愛おしげに、けれど切なく、の瞳は爪を見つめた。そっと手のひらで包み込むと、冷たさばかり感じて、生きた感触は返ってこない。だが、触れて呼び起こされるこの爪のかつての持ち主との想い出は、温かいものばかりだ。しばし見下ろした後、は顔を上げて告げた。

「これを、首飾りとかに、加工出来ないかなって」
「爪を、か」
「……可愛い子だったのよ。臆病で、引っ込み思案で、でも優しい子だったのよ」

今はもう、居ないけど。
小さく震えた声は、笑みを湛えていたが、その奥にある感情を明確に映し出す。事情をよくは知らない影丸も、それにはさすがに言及出来ず「そうか」と曖昧な返事しか出来なかった。セルギスはギュッと杖を持ち直すと、危なげにへ歩み寄り、肩に触れる。

「モンスターの素材の扱いは、加工屋の親父さんが一番だ。其処に行こう」

揺れた赤銅色の髪から、セルギスの瞳が真っ直ぐとを見下ろす。
農場の仕事がまだ残っているという事で、影丸とは其処で別れ、とセルギスは共にユクモ村中心地の市場通りを目指した。その道すがら、昔話を語り合うように、が手のひらで包んだアオアシラの爪について言葉を交わした。

「モンスターの、しかも牙獣種というそう頭の良くないアオアシラが、お前を助けたんだったな」
「私が、アイルーの姿であったからかもしれませんが。人の姿なら、どうか分かりませんね」

は小さく笑っていたが、爪を見下ろす瞳は何処までも優しい。凶暴なアオアシラが、いつも後ろをついて回っていたあの渓流の風景に、よく似ている。
……あの時、ユクモ村近郊へ来なければ、あるいは今もその光景を見れたのだろうか。セルギスの疑問はこの《世界》にとって切り捨てられるべきものであり、ハンターという職業柄幻想は抱かない性質であるが……。は、そうもいかないのであろうとセルギスは思った。少なくとも、彼の目に映っていたアイルーとアオアシラは、種族を超えていた。
コツ、コツ、と緩慢に進む杖の歩幅に合わせ、ゆったりとの足が進む。賑やかな空気が近付いて来た時、が再び口を開く。

「今でも、正直、よく分からないんですよ」
「ん……?」
「人とモンスターの在り方とか、掟ですとか」

トントン、との足が駆け足に進み、セルギスの少し前で振り返った。

「アイルーの生活と、モンスターの言葉が分からなければ。モンスターは怖いもの、必ず殺すべきものって思っていました。でも……」
「今はそうではない、という事か?」

は、苦く笑った。

「人には人の生き方があるし、モンスターにはモンスターの感情がある。どっちかの肩を持つとか持たないとかの話ではなくて、広い意味でモンスターと人の共存の仕方を、知りたいのかもしれないです」

なんて、学者みたいな大それた言葉ですね、とはくすぐったそうに頬を掻く。
つまるところ、自分は恐らく、人とモンスターが本当に討ち討たれの激しい間柄しか築けないのか、知りたいのだろう。
この世界の人々にとっては、モンスターという存在が隣り合う事自体が当然であり受け入れているが、はそうでない。それもあって、この所そんな風に考えるのである。かと言って、人が悪いとか、モンスターが悪いとか、そういう事を決め付けたい訳ではない事も付け足す。
全ての根本に居る、あんなに穏やかな顔をし去った、幼いアオアシラ……彼の声は、まだ耳に残っている。

「私が思う事は、取るに足らないものですけどね、この世界だと」

だったら、私一人くらいそう思っていても、良いのではないか、と。
セルギスはの言葉をじっと聞き、「そうか」と微かな笑みを浮かべた。

「良いんじゃないか、そう思っていても」
「そう、ですか?」
「ああ」

だが、と彼は静かな声で付け加えた。

「モンスターを忌み嫌う人も居れば、人を忌み嫌うモンスターも居る。それは、努々忘れないようにな。ユクモ村では単純に追い払う存在だが、都心に多く居る貴族などにとっては捕らえて飼い慣らす奴も居る、一つのステータスらしい。また、未発達の地域では単純にモンスターという存在を知らず神あるいはそういった存在と崇め恐れる人も居る」
「人とモンスターの付き合い方も、人の数国の数だけある、という事ですね」
「……お前は、どうありたい?」

セルギスの疑問は、軽い声音であったが、眼差しは真摯さを帯びていた。は、ふっとまなじりを和らげると、「それを含めて、私はもっと他の土地も見てみたいです」と返した。

そうしている間に、賑やかな空気の中へととセルギスは踏み入れた。市場通りは、普段と違わず行き交う人々の姿も多く、店先からは活気ある声で呼びかけている。それをすり抜け向かう二人の前に、ユクモ村のハンター御用達の武器・防具の加工屋が視界に映る。無骨ながら、使い込まれた鋼の槌を持った龍人族の老人が、片手を上げた。小柄ながら、職人の気質がうかがえる。

「アイヤー! なんじゃ二人して、デエトっちゅーやつかい?」
「デートであれば、親父さんのところには来ないさ」
「言うのー、そりゃそうじゃが! で、ワテに何の用があるんけぇ?」

セルギスはちらりとを見ると、からアオアシラの折れた爪を受け取り、加工屋へ差し出す。「これを、彼女に合わせて首飾りにしてもらいたい」
加工屋は不思議がりながらも、それを受け取って見つめた。さすがは多くのモンスターの素材を見てきただけはあり、セルギスが説明せずとも「アオアシラの爪じゃな」と判断した。

「ふうん、まあ、構わんよ。プレジェントっちゅーやつじゃな、セルギス!」
「……親父さん」
「はいはい、分かっとるわい」

加工屋は爪を持って、店先の椅子に腰掛けると、側にあった工具で早速作業を始めた。「すぐ終わるけぇ、其処で待っててくれの」
無骨な鋼の槌は近くに立てかけ、研磨機のようなもののスイッチを上げる。キュイーンッと甲高い音を鳴らしながら、爪を綺麗に形を整た後、水桶に入れて汚れを洗う。さらに綺麗に磨いて、表面に何かを塗って艶を出すと、穴を開けて紐を通す。その間、ものの数分の事で、本当に待たずに作り上げてくれた。

「ほれ、こんな塩梅でどうじゃい」

トコトコ、と加工屋が歩み寄り、腕を掲げた。艶を持ち爪先も傷がつかないよう丸められたアオアシラのそれは、くすんだ灰色から青みも帯びた銀灰色へと変身を遂げていた。さながら鉱石にも近い輝きを持っている。いつの間にか金具まで付けてくれたのか、しっかりと紐は通され、ビーズのような青い欠片が飾られ、一級品のアクセサリーのようだった。
が想像していたものは、本当に爪を紐に通してはい完成、というものであったが、大いに上回る仕上がりに、職人の技術を感じる。が、こんなに綺麗にしてもらって……。

「あ、あの……お代は幾らほどに」

恐る恐る、とが尋ねると、加工屋はにっこりと笑い、「別に要らんよ」と手を振った。よいせ、と鋼の槌を肩に担ぐ。

「でも……こんなに、綺麗にしてもらって」
「うん? ああ、余り物じゃし、青い石もそこらで余ったマカライト鉱石の破片じゃし、良いんじゃよ」

それにほら、と加工屋は不意ににやついた笑みを浮かべる。

「セルギスの、プレジェントだしの!」

セルギスの顔が苦く笑い、「……親父さん」と呟く。もう諦めたようだ。

「ともかく、ワテぁ気にしておらんし、ほれほれ早速つけんしゃい」

ほら、と差し出された青熊獣の爪の首飾りを、はそっと受け取る。見た目よりも軽く、心地よい質量が手のひらに乗る。「ありがとうございます」と首を下げ、今度ドリンク屋で一本奢ります、と告げれば、加工屋は嬉しそうに首を縦に振っている。
早速、作りたての首飾りを掛けようとしが、セルギスの大きな手がそれを持ち上げる。
あれ、と見上げたの隣を、セルギスは杖をついて過ぎ、彼女の後ろへ回り込む。杖を腕に挟み、バランスを取りながら佇むと、の首に作りたてのそれを掛けた。
肩へ新たに加わった重みは、心地よく、すっと心に馴染んだ。は自らの髪を上げて、首飾りの紐を隠すように再び下ろして流す。胸元でキラリと光った、磨かれた爪とマカライト鉱石の輝きは、少しもったいない程綺麗であったけれど……。

( アシラくん )

あの子の肉体も、魂も、此処にはないけれど。アイルーの時のように、側に居てくれる気がした。

「ありがとうございます」

振り返り、セルギスを見上げると、彼は思いのほか近い場所に顔があった。精悍な顔立ちと、三十歳前後の落ち着いた男性らしさにドキリとするが、彼は何ら変化を見せずに「いや」と首を振った。

「よく、似合う。この爪の持ち主も、喜ぶさ」

は頷き、胸元のアオアシラの爪をそっと指先で撫ぜた。
その仕草はやはり穏やかで、彼女のアオアシラへの想いが強く感じ取れる。
きっと、喜んでいるだろう。あのアオアシラも。
言葉にはならなかったけれど、眼差しでへと告げ、静かに口を閉ざした。

「ふぅむ、なかなか、お似合いじゃの!」

加工屋がそう笑った為、は再び礼を言い、首飾りは大事にしますと笑みを返す。が、加工屋から向けられている笑みは、妙にニヤついて面白がる節もあった。
はて、何だろう、ととセルギスは小首を傾げ合ったが、加工屋は笑みを深めるばかりである。

「いやいや、ワテが言ったのはそっちじゃあ無くて」

加工屋は、とセルギスを交互に見るや、笑みを含んだ声で告げた。

「おめぇさん方、二人の事だて」

とセルギスは顔を見合わせ、そして何とも言えぬ気恥ずかしさに互いにそらし咳払いをした。
が、加工屋だけが楽しそうに身体を揺らし、「やっぱり、デエトっちゅーやつじゃな!」と言っていた。



加工屋の口調はいつも迷子。じゃっかん管理人の地元の訛りが混じってるのは気にしない。

アシラくんの爪は、首飾りに。あとついでに人間編の共通設定も此処で付け足しておきます。
人間とモンスターの関係、これを念頭に置きつつ人間編は好き勝手に書いてまいります。

( タイトル借用:Lump 様 )

2012.02.25