はじまりの世界と世界のはじまり

 数十年近くハンターズギルドで続けられている、古龍渡りの謎の解明と、新大陸の調査。
 五回目の公募に名乗りを上げ、海を渡り拠点アステラへやって来てから、既にもう数ヶ月が経過している。
 初めて大陸を踏んだあの日から、今日に至るまで――心を踊らす高揚は、まったく尽きなかった。



「これは、凄いな」

  は呟きと共に、感嘆の溜め息をこぼした。

「青と白の表皮が綺麗な、華奢な体躯。対して、四枚の翼は大きく無駄がない。空の世界に、見事に特化している」
「分かりますか、正にそうなんです。リオレウスとは違う方向で、空中戦を制する竜で……なんというか……」
「美しい」
「それです!」

 モンスターの生態研究などを主な任務とする第三期団の調査員が、嬉しそうに笑う。「こんな風に話してくれるのは、先生方や同期の調査員以外、あまり居ませんよ」不思議そうに告げる彼の傍らで、 は小さく吹き出しつつ、目の前で眠る美しい飛竜を見つめた。

 “陸珊瑚の台地”における、生態系の頂点に位置する飛竜――レイギエナ。
 “風漂竜”の呼び名に相応しい、新大陸の空に君臨する竜は、あまりにも美しい。

 ハンターたちに捕獲され拠点にやって来たこの竜は、詳しく観察した後に導蟲に匂いを覚えさせ、印を記録し再び自然界へ帰す。人が手を出さずとも竜の生命力は高いため、傷ついた鱗や表皮はすぐに癒える。陸珊瑚の台地で、風を従え、優雅に羽ばたくだろう。

 ――まったく、本当に面白いな。新大陸は。

「それにしても、 さんはなかなかの観察眼と知識をお持ちですね。うちの研究員としてもやっていけるんじゃないですか」
「はは、まあ、生態観察が元々趣味だったというのもあるから」

 ハンター時代は、依頼を終えた後やツアーの最中に、あちこちを歩き回り、モンスターたちの動向を眺めていた。多くの人に変わった趣味だと言われてきたが、おかげで土地の歩き方や特徴なんかは全身で学んだ。これに関しては、関係機関の職員たちにも負けないと自負している。
 ただ、研究員という肩書きは、必要ないものだった。
 自分なりに自然界を渡り歩き、その神秘に触れ、竜や獣たちを知られたら、それだけで満足なのだ。もちろん、知らないものを理解したいという知的好奇心はあるが、自らの力のみでそれを成したいと思うのは……ハンター時代に染み付いた慣習か。

「そういえば、 さんは以前ハンターだったんですよね。一人で拠点の外へ出掛けても大抵の事は対処できるし、度胸もある。私達は戦う事に関しては素人ですから、大いに助かっていますよ」
「そうだな、主に三人の先生方からよく無茶振りされるな……あれ採って来いとか、これ見つけて来いとか……」

  の呟きに、思い当たるものはあるのだろう。調査員は苦く笑う。

「まあ、ともかく、これからもお願いしますよ」
「ああ、こちらこそ」

 レイギエナの記録へ戻ってゆく調査員に手を振り、 もその場を離れた。
 さて、拠点の仕事は終えたし、これからは自分の自由時間だ。
 どうしようかな、と考えていた、その時。

「――おい、

 不意に、自らの名を呼ぶ声が耳を掠めた。
 足を止め、周囲を見渡す。そして、拠点に持ち込まれる物資を全て捌く“流通エリア”と称される一角で、軽く手を挙げる人物に目が留まった。
  と同じく、新大陸の調査に志願して踏み入れた、友人のセルギスだ。

「おお、セルギス。今、戻ったのか」
「ああ。なかなか立派なレイギエナが捕獲されたらしいじゃないか」
「綺麗だろ。こうして近くで見ると、本当に見事だよ。実物は全ての本に勝るというが、まったくその通りだな」

  が熱心に言えば、セルギスは肩を竦め、新大陸でも変わらないなと笑う。

「まったく、生き生きしている。向こうと同じくらい、いやあれ以上か?」
「ああ、まあ、ぶっちゃけ――たッッッのしくて仕方ないな!

 現大陸と異なる、様々な土地と、そこに築かれた生態系。
 悠然と暮らす、見た事のない動植物と、多くのモンスターたち――。
 毎日が未知との遭遇で、あっという間に一日が目まぐるしく過ぎてゆく。はっきり言って、ここでの生活は、めちゃくちゃ楽しい。思わず拳を握ってしまう。

 ハンターズギルドで数十年前から続けられてきた新大陸の調査の、新たな調査員の募集が出たと聞いた時、 はその場で応募を即決した。
 あの時も僅か一片の不安すら無かったが、改めて思う。新大陸へやって来て良かった、と。

 しかし、 は既にハンターではなかったので、拠点内の作業や調査団の補助的な仕事を行う作業員のようなもので志願したのだが……。
 モンスターの生態観察が趣味である事と、狩猟や地形の歩き方などのノウハウが蓄積されている元ハンターという事があり、生態研究所のお手伝い要員として仕事変更を受けるとは、想像していなかった。
 おかげで、“先生方”と慕われている老いてなお元気な三人の老竜人の学者たちから、遠慮なくお使いという名の無茶振りをさせられる事も少なくない。
 それにかこつけて、新大陸の土地や生態系の観察が出来るので、結果としては趣味に没頭できている。
 新大陸での生活は、文句のつけようがなく充実していた。

 ――ただ。
 近頃では、編纂者として、あるいは研究員として在籍してみてはどうかと言われる事が増えてきた。
 気になるところがあるとすれば、そのくらいか。

「ふうん……研究者とか出来そうだけどな。お前なら」

 セルギスの言葉に、 は思わず苦く笑う。

「あー駄目だ。一回そういうところに行ったけど、なんか違うんだよ」

 ハンターを辞めた後、そういう機関へ踏み入れた事があったが、結局、長く続かなかった。その理由は、自身ではっきりと理解していた。

 自らの目で、手で、足で、土地を見て渡り歩き、身をもって学んでゆく―― の根幹にあるその感覚は、剣を担ぎ、防具を着込み、常に危険と隣り合わせだった、あの頃の矜持そのもの。
 言うなれば、これは の意地である。
 未だに、忘れられないのだ。剣を握っていた、あの時を。
 それだけだ。

「こういう自分勝手な奴は、研究者には向かないさ」
「そうか? まあ、確かに今の方がお前の性には合っているのかもしれないな。お前と一緒に行くと、毎回観察が本番で、依頼がおまけ扱いだったしな」
「俺に付き合ったのは、お前だけだったよ」

 他愛ない言葉を交わしながら、 はセルギスと肩を並べて歩き出す。自然とその足は、流通エリアの上の階へと繋がるリフトに向かった。

「お前も探索帰りだろ? 何か食べよう、身体が資本だ」
「ああ。……なあ、
「うん?」
「前から聞きたかったんだが、お前は、ハンターに戻ろうと思った事は無かったのか」

 リフトへと伸ばしかけた指が、宙で止まる。
  は振り返ると、背後に佇むセルギスを見つめた。

「どうした、いきなりの質問だな」
「いやな、前々から気になってたんだよ。お前は変な奴だが、ハンターとして十分に実力があっただろう。辞める事に対して、すぐに踏ん切りがついたのかと」
「貶してんだか褒めてんだか……光栄だよ、友人」

 ハンターに戻る、か。まあ確かに、一度も考えてこなかった、とは言えない。

 己の身一つで戦う重みを、遥かに巨大な竜たちを倒す昂揚を、人々の生活を守る喜びを、全て覚えている。この味は忘れようとしても、恐らくは生涯、忘れる事など出来ないだろう。老いて、死を悟る、その間際まで。

 ――だが辞める事に関しては、意外にもあっさりと、踏ん切りがついた。

「セルギスは、結局また、ハンターに戻っただろう? 七年も行方知らずになって、動けないほどにやられたくせにさ。懲りずにまた、この場所にお前は立ってる。何かに、突き動かされたんだろう。その何かを知る方法が、セルギスの場合はハンターで、俺の場合は観察だった――たぶん、それだけさ」

 セルギスは、静かな面持ちで笑う。そうかもしれないと呟く声には、七年前にはなかった、不思議な柔らかさがあった。
  はリフトを掴むと、片足を乗せ、上へと向かう。その後ろに続いたセルギスを、 は盗み見た。

 ――セルギス、友人よ。
 姿を消していた空白の七年間で、きっとお前は、何か大変な事に見舞われていたのだろう。

 崖から滑落した後、動く事すら出来ず、ユクモ村から離れた人里で療養していたなんて言ったが……それが嘘だという事は、一発で分かった。だてに新人時代からつるんできた親友ではない。声を聞けば、顔を見れば、何か隠している事は容易に嗅ぎ取れた。
 しかし再会を果たしてから、セルギスはその事を明かそうとしない。いやもしかしたら、明かせないのかもしれない。
 もうしばらくの時間が経てば教えてくれるかもしれないが……なんにせよ、彼が過ごしただろう七年間は、きっと想像すら出来ないものに違いない。

 隠されている事について、特に憤りはない。そんな事より、彼が戻ってきてくれたという事実の方が重大だから、多少の隠し事など些細な事だった。

(言えない事は、俺にだってあるんだから)

 自分自身でさえ理解出来ていないし、何故こうなってしまったかも全く身に覚えがない。そして誰かに言ったところで、こんな事、妄言であると嘲笑されるだけだ。
 長い付き合いの友人にも……さすがに、この事を軽々しく明かせないでいる。今も、この瞬間も。

  は人知れず溜め息をつくと、普段のように、明るい声音で尋ねた。

「じゃあさ、俺からも聞きたいな、セルギス」
「うん? 何をだ」
「お前が、新大陸へ来ようと思った、その理由は」

 セルギスは僅かに目を丸くし、顎を指で撫でた。

「此処に来た理由なあ。俺は……そうだな、ハンターっていう人間を続けるためかな。結局此処に戻ったんだ、最期まで貫きたいのかもな」
「ほほう。なかなか詩人だな、セルギス」
「うるさいな。そういうお前はどうなんだ」

 セルギスに質問を返され、 はやや考え込み。

「……俺は、分かるような気がしたからかな。例えば“自分”のルーツとか」

 そう呟けば、セルギスは不思議そうに瞳を瞬かせた。意図を図りかねている彼の面持ちに、思わず噴き出してしまう。

「――なんてな。新大陸に居る、新しいモンスターたちをたくさん見たかったんだ。海を渡る、十分な理由だろう?」
「ふ……お前らしいな」

 やがてリフトは二階部分に到着し、動きを止める。アイルーたちが働く料理場は、すぐそこであった。

「……ああ、そうだ。俺さ、この後、古代樹の森に行くんだ。良かったら、セルギスも行かないか」
「ん? 古代樹の森か……すぐそこだしな、構わないぞ。何をしに行くんだ?」
「ふっふ……コダイジュノツカイと、マボロシモルフォっていうのを探すんだ。どうやら森にだけ出る環境生物らしい」

 途端に、セルギスはぎょっと目を剥き、微かに口元を強張らせた。

「レアな生物らしくてな、どうも見つからないんだ。目を増やせば見つかるかもしれない」
「おい、それ絶対、徹夜コースだろ?!」
「言質は取ったぜ、今さら嫌だなんて言わせないからな! 元気ドリンコ忘れるなよ!」

 大きく足を踏み出し、先へと進む。その後ろからセルギスの声が聞こえたが、待ってはやらない。
 時間は山ほどあるが、限りがあり、無限ではないのだ。
 途方もなく広がった世界は、楽しまなくては損だろう。

 ――そう、例えば。
 ある日、突然、前触れもなく舞い込んでしまった、妄言のような現実も。


(モンスターの“言葉”が聞こえるだなんて、こんな馬鹿げた事が起きるとは!)


 誰にも理解される事のない、この冗談のような現実。その理由は、現大陸では分からなかった。しかし、新大陸でなら。古龍たちが海を渡り、辿り着くこの場所でなら。何か、分かるような気がした。

 だから俺は、此処に来たのだ。


 ――さあ、新大陸を、もっと謳歌しよう。



MHWを男主人公でも楽しみたい。
そんな思いで書きました。

前々から、男主の方も“声”が聞こえるようにしたかったので、これで今後はいきいき創作生活が送れそうです。

モンハンには、雄と雌で名前や外見が分かれたモンスターが居るんですよ。
ディアブロス亜種とか、リオレイアとか、ケルビとかね!

新大陸には古代竜人という特別な存在が居るので、捗りそうですね。もう見るからに色んな秘密を知ってそうじゃないですか、古代竜人。とても創作向けだと思うんですよ、新大陸は。

男主にも、導きの青い星が輝いていて欲しいと願います。


(お題借用:OTOGIUNION 様)


2018.03.11