嫌い、憧れ、嫌い

――――― これは、師弟関係である、飲んだくれベテランハンター影丸とドジっ子を越えたドジっ子ハンターレイリンの、オトモアイルーのとある話である。


レイリンのオトモアイルーである、青銀色のアメショーアイルーのコウジン。旦那様であるレイリンが新米ハンターの頃から付き従った古株で、現在は上位ハンターの誉れあるオトモへと立派に成長した。
それは、数々の狩猟経験からだろうが、レイリンが「ハンターの技術を教えて欲しい」と半年も粘りに粘って頼み込んだ影丸の存在も、少なからず影響があるだろう。
新米ハンターと新米オトモのあの頃、出会った当初の影丸は常に血の匂いを纏わせているような、近づいた瞬間に噛み殺されそうなほどの殺気が滲んでいた。そんな男にレイリンが「弟子になりたい」なんて言い出した日は、コウジンは猛反対して説得していた。あんなおっかない人を師にするなんてどうかしてる、弟子になったところで酷い暴力でも受けるのが関の山だ、と。けれどレイリンは聞かずに、どんなに手痛く追い返されても影丸の前に現れ頼み込んでいた。ずいぶんと長い忍耐が叶ったのか、ついに彼女は弟子入りを果たした。レイリンの喜びようといったら、何とも複雑な気分にさせたものだ。
まあもちろん、その後のスパルタ教育は、現在でもユクモ村でも名高いものとなった。

それもあって、ハンターとオトモの双方ともに成長したけれど……。
コウジンは、最初から影丸が嫌いであった。
そして、同じように、どうしても好きになれないものが、もう一人。いや、正しくは一匹。
影丸の最年長の付き合いであるという、隠密模様のメラルーのヒゲツ。常に物騒な装備をまとう、オトモだ。
彼は、とてつもなく、怖い。


この日は、調合の道具が少なくなり農場の設備だけでは事足りなくなってきたため、狩猟ではなく渓流の採集ツアーに出かけていた。
もちろん、レイリン……だけでなく、嫌いな影丸もいる。相変わらず、ナルガS装備一式纏い顔も布で覆ってしまっているため表情は判別しにくいが。

「師匠、師匠、待って下さ……ッんぶ!!

自分の旦那の、あの懐きようも相変わらずだ。何もないところで転げながらも、いわくつきなグリーブをベッコンバッコンと慣らしてちょこちょことついて回る。

「……」

……気に入らないニャ。
旦那様は何でアイツがそんなに良いんだニャ。

コウジンは、むすっとし、影丸の後姿を見た。今までユクモ村にやって来た多くのハンターを目にしていたが、筋骨隆々なものを思えば幾らか細くしなやかな身体つきをしている。が、やはり鍛え抜かれ備わった筋肉量は一般人にはない空気を纏わせる。旦那様が女性のせいか、並ぶとその外見の違いを比べられ、長身だという点もはっきりとうかがえる。
……面白くない。慣れた光景ではあるけれど、面白くない。
コウジンは、段々と募る不満に、つい背中の武器に手をかける。ウラガンキンの上位素材の端材で作ってくれた、ガンキンSネコ鉄塊だ。ぐいっと持ち、背後からあのナルガヘルムの頭に殴りかかってくれようかと不穏な行動に出るその手前。
コウジンの前に、赤い線の彩る漆黒の大剣が立ち塞がった。

「……懲りない奴だニャ、お前は」

大剣と同様に、漆黒の鎧と兜を身に着けた、隠密模様のメラルー……ヒゲツが、肩越しに睨んでいる。《覇龍》と呼ばれる、火山の峡谷に棲む巨大な漆黒の飛龍の端材から作られた装備一式と、このメラルー自前の眼光が相まって、とんでもない威圧感だった。
で、出たな、おっかニャいヤツぶっちぎり一位!
コウジンは、うぐっと声を詰まらせて、ジリジリ下がる。ヒゲツは半眼になり肩をすくめると、背中に大剣を戻す。

「悪いが、うちの旦那にはもう手出しさせないニャ。あと、みっともないから諦めろニャ」
「う、うるさいニャ!」

ぼ、ボクだってもうレベル20Maxのオトモだニャ。コイツくらい、片手でグギッとやれるニャ。もう、怖くなんか―――――

「余計なことをしてみろ、今度お前の部屋のマタタビ全部焼却処分してやるニャ」
「ごめんなさいニャ、もうしませんニャ」

怖かった。

コウジンがガバリッと身を伏せると、ヒゲツは信用していなさそうな目つきであったが、視線をそらした。
何て恐ろしいヤツニャ、マタタビを燃やし尽くすなんて、それでもメラルーかニャ。
と、言ってやろうとしたが、アカム装備の威圧感満点のヒゲツに対しそれは自殺行為となりかねないため、胸中で留まる。
実際、コーナーに追い込まれてボッコボコにされたのは数え切れなかったりする。

過去、レイリンがあんまりにも影丸に懐いているのが腹立たしくて、背後から殴ってやったこともある。とある狩猟クエストで、対象モンスターと戦っている時だ。
そうしたら、どうだ。隣にいたヒゲツの冷静な表情が、まるで獅子のように激昂し、気がついたらコウジンをボッコボコにしてきた。
以来、コウジンの中でヒゲツは、恐怖の権化でしかない。
あの頃はレベル差があったから、今ならむしろ返り討ちに出来るかもしれないと思ったのだが、年季の違いか何ら通常通りに、むしろ過去以上に完膚なきまでにのされたものだ。
アイツ、絶対、おかしい。
そう思ったことも多いけれど、新米オトモだったコウジンを現在まで鍛えてきたのは、他ならぬヒゲツであったりするため、やはり言えなかった。

冷静で、勇敢で、眼光鋭い怖いヤツ、けれど旦那様想いのメラルー。それがコウジンの苦手とする、影丸のオトモであるヒゲツであった。

コウジンがふと顔を上げると、レイリンはあのふわふわした笑顔を浮かべ、影丸と何か話をしている。心なしか、木漏れ日の受ける頬は、ほんのりと赤く、狩場であることを忘れさせるくらいに幸せそうである。コウジンは、口を閉ざし、静かに眺める。ヒゲツもそれを辿るように視線をやり、そして言った。

「……盗られた、と思ってるのかニャ」
「別に、違うニャ」

否定はしたが、ヒゲツの言葉はその通りであった。恐らく、影丸をずっと気に入らないのは、守るべき旦那様が自分が守れていないことと、あの大好きな笑顔が他人の男に向けられているから、なのだろう。
結局のところ、新米の頃からあまり変わっていないのだ。自分は。
分かっているが、それをヒゲツに言い当てられるのも非常に腹立たしい。

「別に、影丸が近くにいたって、何ともないのニャ! ふーん、て思うだけニャ!」
「そこまで聞いてないニャ。あとうちの旦那呼び捨てにするな」

ヒゲツは呆れ声を漏らしつつ、足元の草をかき分け薬草やツタの葉などを採取する。
コウジンもムスッとしながら、隣のキノコを引っこ抜く。手元が少々乱暴になっているのは、気のせいでない。

「ヒゲツだって、そういうことあるニャ。ふーんって、思うことだってあるニャ」

ヒゲツは、黙々と採集を続ける。一通り草を集めたら、今度は倒木の幹に上がり、バリバリと木を剥がす。
ぐ、む、無視する気ニャ……!
人がせっかく話しかけたのに、とますますコウジンはムスッと不貞腐れる。性格か、ヒゲツは口数も多くない。けれど、決して反応がないわけではなく、「分からニャくもないが」とかなりの空白をもって返ってきた。

「思っているということは、自信がないということニャ。そういう時は、俺はトレーニングしていたいニャ」
「……優等生みたいな返答ニャ」
「面白みはニャくて良い、要はその気持ちをどう繋げるかニャ」

剥いだ木を、ポーチにギュッとしまっていく。ヒゲツは一通り採集した後、立ち上がりある一点を見つめる。彼の旦那様の影丸だが、あいにくコウジンには表情が読み取れない。だが彼には分かるのだろう、何処か穏やかに目を細めていた。

「でもそれ以上に、感謝しているニャ」
「感謝?」

思ってもない単語が出てきたため、コウジンは思わず素っ頓狂に口を開けてしまった。

「旦那はああ見えて、結構大変な道を歩いてきたニャ。最近はレイリンさんのおかげで、ずいぶん空気も良くなったニャ。
レイリンさんだけでなく、コウジン、お前にもな」

相変わらず、フンッと鼻を鳴らして妙に上から目線であったけれど。
コウジンは、少しだけ最初の頃を思い出した。
まだ影丸とレイリンが、師弟となって間もない頃だ。レイリンに連れられやって来た、影丸の農場。数多くいる彼のオトモアイルーらにも挨拶をしなければ、というレイリンの真面目な性格から足を運んだのだが。
この時のコウジンはとにかく不機嫌であった。いつレイリンが殺されるのかと気が気でなく、もちろん影丸どころかそのオトモアイルーも十分に危険対象と認識していた。
そのため、にこやかに頭を下げ握手の意で手を伸ばしたレイリンの手を、彼は掴んで押し留めた。

「ボクは、よろしくなんて言いたくないニャ。旦那様は、ボクが守るから良いのニャ!」

今思えば、この時は本当に何も知らない野生のアイルーと同じだったと思う。
レイリンの「こら、そんなこと言っちゃダメ」と叱る声も、聞く耳持たずそっぽを向く。影丸のオトモアイルーらは顔を見合わせ、対応に困っているようだった。

そうニャ、旦那様はボクが守るニャ。だから、コイツらなんかと仲良くなんてしないニャ。

むしろそれを、誇らしく思っていた。だがコウジンの耳へ不意に届いた、地に剣を突き立てた音は、ドキリとさせた。

「……その心意気、嫌いじゃないニャ」

アイルーにしては、低い声。くつろいでいたらしいそのアイルーは、隠密模様と言われる、真っ黒なメラルーで、コウジンも何度も見てすっかり覚えてしまったオトモだった。常に影丸の隣にいて、鋭い眼光が印象的だったからなおさらなのだろう。
以前見たジンオウS装備ではなく、この日はレウスS装備に身を包んでいた。真紅の鎧と兜、焔立ち上る真っ赤な剣は、碧色の装備とは異なる威圧を与える。一瞬ひるんだコウジンの前へ、そのメラルーは佇んだ。

「名前は? 俺はヒゲツというニャ」
「よろしくしないから、名前なんて教えな……」
「コウジンよ」
「ニャァァァァァ!!」

旦那様……!
思わず振り返ると、レイリンはすっかり影丸のオトモアイルーらと打ち解けていた。「まあまあ座ってニャ」「こんがり肉もあるニャ」などとまるで歓迎パーティーさながらの和んだ空気。
さっき仲良くしないって明言したよね?! と怒りにブルブル震えるコウジンの正面で、ヒゲツと名乗ったメラルーが「コウジンか」と頷いている。

「勝手に名前を呼ぶニャ! ボクはお前たちなんかとつるむ気はないニャ!」
「主人愛で、近接武器、バランス。ニャるほどな」
「~~~! 話聞け、ニャ!!」

どんぐりハンマーを、思わず振りかざした。背後で、レイリンの驚いた声が聞こえた。
けれど、そのハンマーは、赤い剣に容易く受け止められてしまった。それどころか、ガキィィンッと鍔競り合った振動によってコウジンは後ろへと跳ね返って転んだ。

「ニャ、ニャ……!?」

バタバタと両脚を動かし立ち上がると、ヒゲツは特に表情を変えずに剣を戻した。
そうして背後から聞こえる、少しばかり哀れんだアイルーの声。

「止めといた方がいいニャー、ヒゲツはうちで一番の力自慢ニャ。旦那様にも一番長くついてて、右腕と化しちゃってるニャ。えーと、コウジンって言ったかニャ? アンタじゃまだヒゲツには敵わないニャ」

こんがり肉とこんがり魚を並べるそのアイルーには、目もくれずにヒゲツを睨んだ。同じ背丈で同じ体型なのに、何でそのような余裕を持つのだ。八つ当たりじみたことを考えていたが、胸を引っ掻き回されるような苛立ちがついつい表情と声に出る。

「何なのニャ、アンタ――――」
「守るという言葉は」

妙に静けさを纏った、声音だった。
コウジンの頭が、急に熱を引いていく。

「実力が伴ってこそ意味を成すものニャ。真っ直ぐな性格は嫌いじゃない、が、お前は一度頭を冷やして自分に必要なものを知るべきニャ」
「ニャ?! ニャんでアンタにそんなこと、」

言われなければならない、と続くはずだった言葉は、最後まで言い終えることはなかった。
刹那、鼻先へ赤い剣先が突きつけられる。一切の無駄を省いた、動き。
本当に一瞬で、コウジンは驚くあまりペタリと地面に座った。

「―――― 勝負だニャ。お前が勝てば、俺を含んだアイルーたちはそちらに関わらないでいるニャ。
ただし俺が勝ったら、実力が伴うまでオトモの教育から挨拶云々の常識まで、全部叩き込んでやるニャ」

……意外に根に持つタイプらしかった。ヒゲツの眉間には、分かりづらかったが、ピクピクとシワが寄せられていた。
レイリンがオロオロと見守る中、唐突に始まったガチンコバトル。だが結局コウジンがボッロボロに負かされて終了した。
今思えばあれが始まりであるが、あの時「守るには相応の実力が伴わなければならない」と言った彼の言葉は、もしかしたら過去の彼の戒めなのだろうかと、思っている。ヒゲツがそれを以後口にすることはなかったけれど。

今も、ヒゲツに勝つということがない。
そして、影丸とヒゲツと好きにはなれない。

……ボクはボクのやり方で、旦那様を守るニャ。

「おーいヒゲツ、エリア変えるぞ。戻って来い」
「コウジンもおいで……あ、待って下さい師匠!」
「別に置いてかねえから落ち着……あーあーまたこけやがって」

呼ばれ、ヒゲツは颯爽と走り出す。アカム装備を纏うメラルーの後姿を見つめ、コウジンも駆け出した。

冷静で、勇敢で、眼光鋭い上に怖い、けれど旦那様想いのメラルー。

好きになれそうはない、けれど。
ヒゲツのように、なりたいと思ったりはする。

( 絶対、言ってやらニャいけど! )



そんな物語があれば良いと思ったので、作ってみた。
とはいえしょせんアイルーメラルーなので、人間から見れば遊んでるようにしか見えないです(笑)

アドパでもガンガン殴りにくるコウジン君なら、有り得るかなと。
多分きっと今でも好きじゃない。けど尊敬はする。二人はずっと、こういう喧嘩してればいい。
そんなツンデレな彼らに、キスしてやりたいこの頃。( 待て )

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【補足説明】
ヒゲツ:管理人の出撃回数第一位の子。完全物理スキルの近接だけれど、よく尻尾をもぎ取る出来た子 ( 実話 )
コウジン:あずみ様のオトモ。よくハンマーで殴ってくる ( 実話 )


2011.08.17