少なくとも、5分の1くらいは本気である

観光客も多く、夜半まで人の気配が絶えないユクモ村にも、静けさが訪れる真夜中のこと―――
 
自宅の入口からこちらを窺う気配を感じ、影丸は目を覚ました。
入口に背を向けた状態のため目視することはできないが、長暖簾をそっと押し上げる微かな音や、ゆっくりと階段を昇る足音が、その侵入者がこちらに近付いてくることを告げている。
この村の中で、物盗りの類が出ることもないだろうし、ハンターである自分に奇襲をかけようとする輩がいるとも思えない。
しかし、何かしら自分に仕掛けようとするならば、それ相応の報いは受けさせなければ。侵入者をどう片付けてやろうか、そう考えていた影丸であったが―――

(…何をやってるんだ、あの阿呆は)

こそこそとしている人物の気配が、馴染みのあるものだと気付き、心の中で溜息を吐いた。
本人なりに気配を押し殺しているのだろうが(おそらく、ハンターとしてのスキルまで使って)、隠しきれていない。一般人が相手なら通用するだろうし、大型モンスター相手でも狙われにくくする程度はできるだろうが、静かな村の中で、しかもハンター相手に不法侵入しようというには、あまりにもお粗末すぎる。
あの阿呆をどう鍛えてやろうか、そんなことを考える影丸を余所に、一歩、また一歩と気配が近付く。ベッドの脇まで来るとしばらく動きを止めたが、こちらに腕を伸ばしてくるのを感じ、一番近付いた瞬間を狙い、その腕を掴んだ。

「―――ッッッ!?」

余程驚いたのだろう、その侵入者が手にしていた何かが、枕元に転がった。
しかし、悲鳴を上げることだけは、必死に堪えたらしい。さすがに、こんな夜更けに悲鳴を上げられでもしたら、周囲からどんな目で見られるか分からないので、そこは褒めてやってもいいだろう。
とは言え、このまま済ませるのも面白くない。影丸は、逃げようとする侵入者の腕を強く引き、身体を反転させた。勢いよく引っ張られ、べしゃりとベッドに突っ込んだその人物が、慌てて身体を起こそうとするのを遮り、肩口を強く押さえつける。

「闇討ちとはいい度胸だな、阿呆弟子よ」

寝ていると思った人間に組み敷かれ、仰向けの状態のまま怯えた表情で硬直している弟子―――レイリンを見下ろし、影丸は唇の端を吊り上げた。
 

 
「―――それで? こそこそと闇討ちに来た理由を、言ってみろ」

呆れたような表情でベッドに腰掛ける影丸の前には、床に正座させられたレイリンの姿があった。ヘルムは膝の上に置かれているものの、ナルガS装備を着込んでおり、傍から見れば、闇討ちだの暗殺だのと言われても仕方ない出で立ちではあるのだが。

「や、闇討ちなんかじゃないです! そんな恐ろしいことできません!!」

狼狽えながら反論する様は、いつもの阿呆弟子以外の何物でもなかった(動揺するあまり、聞き捨てならないことを口走っているが)

「闇討ちじゃないんなら、こんな夜更けに何の用だ」

レイリンはしばらく迷っていたようだったが、言い逃れはできないと覚悟を決めたらしく、小さく息を吸い込み、口を開いた。

「あの、さんから、聞いた話なんですが…」

そう前置きをして、闇討ち―――もとい、不法侵入の理由を説明し始めた。

さんがいたところでは、『くりすます』という風習があるそうなんです。良い子にしてると、『さんたくろーす』さんが、プレゼントをくれるそうで」

その言葉が終わるのを待たず、影丸の手が伸ばされる。反応が遅れたレイリンが逃げようとするより早く、額の辺りを鷲掴みにすると、そのまま思い切り力を込めた。

「…ほう、それは俺に対する嫌みか」

ぎりぎりと、遠慮なく頭を締め付ける痛みに、レイリンがじたばたともがく。

「い、痛いです、師匠っ」

なんとか影丸の手を引き剥がそうとするレイリンだったが、単純に力で勝てるはずもない。本人は必死なのだろうが、影丸にとっては子供相手にしているようなものだった。

「さんたくろーすさんは、その子が寝ている間に、枕元にプレゼントを置いていくって聞いて。目が覚めたら枕元にプレゼントがあるって、なんだか素敵だなと思って」

もがきながらも早口で必死に言い募る姿は、小動物がちまちまと動き回るのを思い起こさせる。少しだけ口元を綻ばせると、影丸は手の力を緩め、ぺしりとレイリンの額を叩いた。
視線を下ろせば、先程から所在無げに枕元に転がったままの、小さな包みがある。掌に納まる大きさのそれには、赤い服を着て白い髭を蓄えた老人の、可愛らしいマスコットが付いていた。

「これが、その『さんたくろーす』とやらか」
「はい!さんに教えてもらって、作ってみました」

事もなげにレイリンは言うが、ほとんど裁縫をしない影丸から見ても、この布製マスコットにそれなりの手間が掛けられているのが分かる。
この弟子、普段は何もない所で転ぶわ、荷物をぶちまけるわ、かなりの鈍臭さを発揮しているが、料理や裁縫などの家事に関しては、驚くほど器用にこなすのだ。

(この器用さの半分でも、狩りに回せればいいんだが)

影丸がそんなことを思っているとは露知らず、レイリンはにこにこと笑っている。その様子を横目で見ながら、影丸は包みを手に取るとぐるりと一回転させ、気になっていたことを確認した。

(…やっぱりな)

予想通りというか、なんというか。丁寧に包装された小さな包みに、差出人を示すものは何ひとつ付いていなかった。

「お前、これじゃ誰から贈られたか、分からないだろ」
「ちゃんと名乗るさんたくろーすさんもいるそうですが…。大抵の場合は、差出人は付いてないそうなので、そのようにしてみました」

満足げに頷くレイリンとは対照的に、影丸は肩を落として盛大な溜息を吐いた。

「その話を知ってる奴ならともかく、差出人の分からんものなんざ、不気味だろうが。知らない奴からの贈り物を、開けようとは思わんぞ、普通」
「それは…そう、ですけど…」

先程までの楽しそうな笑顔はどこへやら、一気にレイリンの表情がしょげ返ってしまう。

「まぁ、名乗らなくても、この村で俺にそんなことを仕掛けようとする人間は、お前ぐらいだからな。すぐに犯人は分かっただろうが」

影丸の言葉に、レイリンの表情が、ますますしょんぼりとしたものになっていく。
言い方は皮肉めいてしまったが、こういうことを自分にやろうと―――喜ばせようとする人間は、限られている。
その中で、今一番近くにいるのはお前だから、おのずと差出人は分かる。そう言ってやればいいのだろうが、如何せん慣れておらず、こういう言い方になってしまうのだ。

「…この、中身。お前が選んだのか?」

すっかり意気消沈しているレイリンの気を逸らそうと声を掛ければ、ゆっくりとレイリンが頷いた。

「さんたくろーすさんは、その子の欲しいものが分かるそうですが…。私には、師匠の欲しいもの、分からなかったので。…すみません」

謝るようなことではないのに、目を伏せて申し訳なさそうに言う姿に、思わず苦笑が漏れる。

「俺の欲しい物、ねぇ…。無くはないけど」

そう呟けば、俯きがちだったレイリンの顔が上がり、表情も明るいものへと変わった。

「知りたいか?」
「はい、今後の参考にします!」

期待を込めた眼差しで見上げてくるレイリンに、悪戯心が頭をもたげる。唇の端が吊り上りそうになるのを抑え、殊更ゆっくりと、その言葉を告げた。


「―――お前」


発した言葉は、たった3文字。しかし、レイリンがその意味を理解するまでに、数十秒の時間を要した。
レイリンは、ぱちぱちと数度瞬きを繰り返した後、小首を傾げ何かを考え込んでいたが―――
 
はたと動きが止まった、次の瞬間。その顔が、耳まで真っ赤に染まった。それはもう、見事な程に。

 
「なんてな」


口を開くも声にならず、目を見開いたままのレイリンの姿がなんとも可笑しくて、真顔で言えたのはそこまで。一度吹き出してしまえば笑いを噛み殺すこともできず、目の前で少女が憤慨する様も、それを止める助けにはならなかった。

「そ、そういう、冗談は! よく、ないですッ」

からかわれたと思ったのだろう。勢いよく立ち上がってそう叫ぶと、レイリンは長暖簾を押し退け、ドスファンゴもかくやという勢いで、部屋から走り去った。
その直後、派手に転ぶ音が聞こえたが、いつものことなので気にしないことにした。
 
 
ようやく笑いも治まり、すっかり静まり返った部屋にひとり残された影丸であったが―――

「まるっきり冗談ってわけでも、ないんだがな」

誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。
 
そう。冗談では、ないのだ。自分でも、予想していなかったことだけれど。
 
手にしたままの贈り物に視線を落とせば、レイリン手製の「さんたくろーす」が、柔和な笑みを浮かべている。
いい年をした男にくれてやる物じゃないだろうと思う一方、これを作っているレイリンの姿が思い浮かび、柄にもなくこそばゆい気持ちになってしまう。数年前の自分では考えられなかっただろうが、この変化も、あの愚直な少女が一因となっているのは否めない。
人生、何が起こるか分からないものだ。そんなことを考えながら、影丸は包みを枕元に置き、ゆっくりと横になった。
 
中身が気になるが、楽しみを後に取っておくのも、悪くない。
今は、それをゆっくりと味わう余裕が、あるのだから。
 
大きく息を吐き出した後、ほんの少し―――いつもより、ほんの少しだけ穏やかな笑みを浮かべ、影丸は瞳を閉じた。



何これ、影丸が格好いい、だと……?!

私が書くより、遥かにかっこよくなる貴方に全力で恋するこの頃。
イメージとしては、アイルー編終了後の影丸とレイリンらしいです。

それにしても、この二人は何だかすったもんだしてるのが似合いますね!

いつもアドホックパーティーに一緒に出かけてくれる女神あずみ様作の小説。
ありがとうございました!


2011.12.19