看板アイルー、誕生

アイルーとして、ユクモ村に斡旋される事となったとカルト。
カルトはオトモアイルーになるという事で、影丸かレイリンかセルギスかの旦那様を選ぶ選択肢が生まれた訳であるが、はというと、とても戦うなんて事は出来ない。武器を持った事も無ければ、喧嘩だってかつてろくにした事は無いのだ。
不安の二文字が思わず過ぎったが……アイルーの斡旋はそういったハンター相手ばかりでは無いらしい。道具屋のお手伝いや、同じアイルーが働く集会浴場のお手伝いなど、平たく言うと従業員らしい職もあり、ほっと安堵した。
それならば、自分に出来そうな仕事は例えば道具屋のアルバイトだったり、事務職を生かして簡単な帳簿取りだったり、そういうものだな。はうんうんと頷き、ネコバアと話をしていたのだが……。

……まさか、このような方向性になるとは。
思っても無かった。

は、項垂れた頭を下げ、自身の身体を見下ろした。
相変わらず、桜色のアイルーの身体であるが……ただ一つ違うのは。
白い糸で清楚な花の刺繍を縫い上げた、紺色の小学生サイズな着物を纏い、その上にレースをたっぷりとあしらったエプロンを被っていた。
頭には、ご丁寧にヘッドドレスまで付けている。
……衣装は文句無く可愛いのに、物凄く、不思議な気分だ。

そんなの表情に気付いていないのか、彼女の後ろではすっかり盛り上がる女三人が居た。

「キャー! 可愛いー!」
「集会浴場の、新しい看板アイルーの誕生ですね」
さん、似合いますよ!」

ギルドの受注カウンターにいる、受付嬢二人と、製作者レイリンである。
女三人集えば何とやら、褒められているはずであるのに妙に複雑な気分になる。
さながら大正時代に見られるような、和服の給仕衣装自体は確かにとても可愛いが、着ている自分は似合っていると思えないのである。普段、このような可愛らしい服を着た事が無い為の違和感か。
それを除いて考えれば可愛い制服であるのは間違いないので、それ以上妙な部分にまで考えを巡らせるのは止めにした。それに、服を作って貰ったのだから、新たな従業員として受け入れられているのだと、前向きにいかなくては。
の後ろでは、製作者のレイリンが満足そうに両手を合わせて、「新しい集会浴場の看板ですね~」と笑っている。

「でも、ただの掃除とかドリンクの持ち運びとかの、アルバイトなのに……こんなに可愛くしてもらって」
「似合ってますよー?」

きょとり、としたレイリンの方が可愛く思えた。
女性陣の賑やかさを聞きつけたのか、温泉内に居たドリンク屋と番台の二匹のアイルーが現れて、彼女らへ声を掛けた。

「これはこれは、随分と賑やかですニャ―――」

扇子を広げ、いつもの調子で笑う番台アイルーは、取り囲まれてい和装の給仕服に身を包んだを見るやカッと目を見開いた。

「ニャー! 素晴らしいですニャー!」

びく、と身体を揺らしたの反応は気にもせず、番台アイルーは誉めそやす。
そうでしょうそうでしょう、と大きく頷く女性陣の気迫もあっては会話に参加出来なかったが、要約すると集会浴場の新しい目玉アイルーになる、との事らしい。

「……もっと可愛い、若い女の子のアイルーにしたら良いのに」

言っちゃ何だが、見た目はどうか分からないにしろもう若さをアピール出来ないと思うのだが、とは一人呟いていたが、それをドリンク屋アイルーが隣で静かに否定する。

「服の事は置いといて、アンタ呑み込みも早そうだし、良いアイルーが来てくれるようで助かるニャ」
「そうですかねえ」
「そういうものニャ。ついでに、温泉が繁盛するなら年は関係ないのニャ」

……つまり、繁盛の為にこれを着ていろ、という事だろうか。何だか体よく丸め込まれたような気もしたのだが、「是非その格好で」「これでさらに繁盛する」とまで言われてしまうと引くに引けない為、はこの着物とエプロンの給仕衣装を受け入れる事にする。
馴れてしまえばきっと、違和感も無くなろう。
ただ、これで本当に温泉が繁盛するのかどうかは疑問となって残ったままだったが、新しい職場になる集会浴場の先輩方に認められたと考える事にし、はひとまず新たな衣装を見つめた。

決意改めたアイルー生活。
出鼻がくじかれた気もしないでもないが、可愛い制服に身を包み温泉で働くのは、明日からであった。



大正時代っぽい、着物にフリルエプロンって最強。
むしろこれは私の願望を満たす話になりました。


2012.03.01