もう誰も知らない私

そよそよと、今日も清々しい風が吹き抜ける渓流の地。
緑と水の恵みに富んだその地で迎えた明朝は、朝露を纏った草木が目映く輝いていた。

穏やかな滝が流れ落ちるせせらぎの側に、は今静かに座って水面を見つめていた。
清水の流れは透き通り、反転した世界を映し出す。もちろん、の現在の姿も、偽りなく―――――。

『……これが、今の私……』

呟いた声も、獣の鳴声に変わっている。けれど、その鳴声は、ブルファンゴのような土臭さではなく、かといってジャギィの甲高く煩いものでもない。
まるで、歌うような柔らかさ。キュオオ……と響くそれは、他人事のように「随分綺麗な声だな」なんて思ってしまった。
まあ、やはりショックは受けたけれど……。
なにせ、さらさらと流れる穏やかな水面には、どう見ても……その。

竜が、映ってるようにしか、見えない。
ファンタジーの世界やゲームの定番の、竜、ドラゴン。
そう、あの姿。

ドキドキノコを食べて気絶した後、は洞窟の中で目覚めた。その時、周囲にはよく知る影丸やレイリン、カルトやヒゲツ、そして人の姿に戻ったセルギスが居た。あの時、彼らが神妙な顔で戸惑っている事が不思議であったけれど……思えば当然だ。
桜色のアイルーは、今度は竜になっていたのだから。
四肢を見下ろして予想はついていたのだけれど、アイルーのサイズから随分と大きくなったものだ。しかも、モンハンの世界の代名詞の竜ときた。

……正直を申せば、あまりのショックに、再び地面に倒れこんで精神的瀕死状態に追いやられた。今もだが。

ようやく復帰して、再度水面を覗き込んだ……何度見ても、其処には竜が横たわっている。……ドキドキノコの効力とは、本当に恐ろしいものだ。
しばしそうして、自らの姿でもある竜の身体を眺めていたが。次第に、言うほど悪くない容姿であるように思えてきたのは、これまで培った図太さのおかげだろうか。

煌めいた朝の陽射しに照らされた竜の体躯は、淡い桜色が微かに滲む純白の鱗でみっしりと覆われおり、ツヤツヤと滑らかな質感がある。
尻尾も長く、先端までしなやかに動くし、背中の翼は大きく立派だと思う。蝙蝠の翼のように翼膜が張っているけれど、形状と外見は限りなく鳥類のそれと同じだ。
ひとしきり長い首を後ろに向けた後、その視線を足下へと下げる。
の感覚で言うところの手に当たる、細い前足と、足である後ろ足は、太く逞しくは無いけれど肉付きが良くすんなりと伸びている。猛禽類の鉤爪に近い攻撃的な手足で、指先から伸びる鋭利さは自分のものながらドキッとする。
身体のほとんどは、竜と呼ぶに相応しい機能が揃っている。けれど、変化してしまった現在の竜の顔は、とても穏やかで気品ある顔立ちだった。確かな知性の感じられる大きな瞳、鳥の形状に近いくちばし、そして首の後ろにまで伸びる一対の長い角。
まあ、顎を開くと鋭い牙がずらりと揃っていたけれど、座っている分にはとても優しそうに見え……見え……なくもない。
少なくとも、今まで見てきたセルギス―――巨大なジンオウガと比べれば、随分大人しそうな品があるように思う。
肉体的にも、至るところ刺々しさ無くなだらかな輪郭を描いているので、妙に女性っぽさがある。いや雌か。

……自分で言って、悲しくなってきた。
アイルーの姿の時にも思っていた事を、再びは思い浮かべる。

そういえば、身体のサイズは……どうだろう。
今一つ比べられるものが周囲の木々くらいしかないのでピンと来ないが、頭から尻尾まで眺めてみても、多く数えたってせいぜい十二メートル程度。竜と呼ぶには少し小柄で、サイズだけ見れば鳥竜がむしろ似合いだ。
大人二人か、あるいは頑張っても三人程度しか、この細さだと乗れないだろう。

にょきにょき、とぎこちない仕草で四肢を動かして見る。アイルーの時よりも、さらに自由が効かず不便である。
ゆらゆら揺れるしなやかな尻尾を、おもむろに気合で振ってみたら、予想外な方向へ曲がって、その辺の木にベチリと当たって痛かった。……使い方も、まだまだ全然である。


改めて、眺めてみた結論。
とっても綺麗な、白い雌竜の姿だった、という事に行き着いた。


……ゲームに出るゴブリンだとかオークだとかの姿じゃあないだけ、随分まともだと思う事にした。
こんなに綺麗な竜で、良かったじゃない自分。
そう励ましたの頭上には、太陽が覗いていた。



――――― さて、現在の姿を認識したところで、ひとまず現実に向き直る第一歩を踏んだ。
次に彼女が思う事が、まずは……。

『お腹、減った』

クルル……と情けない声がクチバシから落ちる。それでも綺麗な声なのだから、この竜は一体何なのだろう。
はぐっと身体を伸ばすと、少々ぎこちないながら歩き始め、食事をしに出かける事にした。

渓流でのサバイバル生活はおかげさまで長かったので、食べられるもの食べられないものの区別はカルトよりみっちり教わっている。
それに渓流は、豊かな緑と水に恵まれた豊潤な土地、歩けば至るところで木の実や山菜、野の果物が数多く見受けられる。
むしろが今案じているのは、この竜の身体での歩行であった。なにぶん、この四つ足体型で歩くのなんて当然初めてであるし、背中の翼なんてお飾りだ。しかも立ち上がったら、その視線のなんて高い事……地面が既に遠く、悲鳴が出そうになった。
とぼとぼと歩きながら、身体の使い方だって覚えなくちゃいけないわねえ、と言い難いストレスに溜息が出る。

『セルギスさんも、こんな苦労したのかな……』

思い浮かべたセルギスは、ジンオウガの姿で苦笑いを浮かべていた。
いつかああやって、滑らかに歩けるのだろうか。


――――― 小川のほとりから、不器用げに移動する事、およそ数十分。
砂利の多かった地面は、木々の群衆へと踏み入れた事で草花が生す大地へと変わり、足の裏がひんやりと湿る。周囲の景色も、悠々と伸び空を覆うまでに茂る深緑の豊かな大木ばかりだ。頭上で煌めいた木漏れ日が、の視界にも時折光を伸ばし、音を吸い込んだ静寂を彩る。
何だかんだで、心配の種であった四本の足は滞りなく進み、既に慣れ始めていた。人間の二足歩行と異なり原始的であるのに、慣れてしまうとは……秒単位でアイルーの姿からも遠ざかって少々悲しいが、まあこんなものとにかく慣れだ、その内気にならなくなるだろう。アイルーの姿だって、慣れたのだから。
はポジティブンに考え直し、腹を満たす事だけを考えた。

だが、サクリ、サクリ、と獣道を進む淡い桜色の差す純白の竜の、目立つ事。
草木の中でも隠れる事は無く、存在感を絵にしたようなものだから仕方ないが……。

手頃な実のなる樹木を探し出して、悠々とそれをくちばしで取って咀嚼する。
もしかして、肉を食べなくてはならないのだろうかと不安にもなったが、木の実を幾つか食べればお腹も満たされるので、食事面はとても安堵したものだ。
竜も、木の実で満足出来るらしい。とてもエコ。
林檎に近い、甘酸っぱい実を頬張って幾つか腹に納める彼女の側を、のんびりとガーグァが横切っていた。


その後は、が普段寝泊まりをする洞窟へと戻った。
渓流の、滝の流れるその裏の巨大な鍾乳洞ではない。その周囲に展開する森林に突っ込み、厳しい傾斜を昇っていった先の岩場の洞穴だ。
鍾乳洞は人間も現れるし飛竜の巣にもなる事が多い、もっと目立たない場所で見つかりにくい所の方が良い、という助言を馴染みの彼らから賜ったのである。
見た目は綺麗な白い竜でも、中身は一般人な女。とても他のモンスターたちと争えないし、面倒事には勿論遭いたくない。この姿になってしまった以上、避けて通れぬ世の掟……専門的に狩るハンターたちと、弱肉強食な大自然が、現実に存在するのだ。何処までそれで通るか分からないけれど……出来うる限りは、慎重に避けてゆく事に越した事は無いと、も思っている。

ごつごつした岩盤で、ぺったりと腹這いに伏せて丸まってしばし休憩する。
こうやっていると、本当にアイルーの時とも違う生活だと思わざるを得ない。無論、人間の時とも。
……いや、もうアイルーの頃から自分のかつての顔も、容姿も、思い出せないでいた。今でもあの頃のように戻りたいとは思っているので、薄れていく記憶の数には愕然としてしまう。
けれど、アイルーの姿になっても竜の姿になっても、幸運であった事は幾つか知っている。

それは、親しくなった人々と、過ごせる事である。


「――――― ー! 来たのニャー! 何処に居るのニャー?!」
「――――― おい、そんな大きな声で……」


少し近い場所から不意に響いた、聞き覚えある二つの声。
ピクン、と羽根の形をした耳を動かして、は顔を上げた。ぐっと身体を起こして立ち上がると、しゅるりと音を立て薄暗い冷たい洞穴を出た。そのまま傾斜を降って、木々の間をすり抜けてゆくと、ガサリと茂みを割って砂利の地面を踏みしめる。
キュオ、と鳴いてみせると、キョロキョロと周囲を見渡していた二匹のアイルーが振り返り、を見上げた。
一匹は、一般的なベージュの毛並みの、どんぐりハンマーを抱えたアイルー。もう一匹は、漆黒の鎧に身を包んだ隠密模様の眼光鋭いメラルーで、にとってはどちらとも見知った子たちであった。

「ニャ、起きてたのニャ! お前もうちょっと分かりやすいとこに居ろニャ」
「カルト、あまり大きな声を出すな……誰か居たらどうするニャ」

ヒゲツより静かに注意を受けても、カルトは悪びれた様子なく同じ声量のままを見上げ告げた。

「ほら、。ユクモ村からお土産ニャ、色々持ってきたのニャ」

カルトは背負っていた鞄を下ろすと、その中身を見せる。アイルーが背負える程度なので鞄自体が小さく多くの物を詰められる訳ではないけれど、その気遣いだけで十分だった。
キュ、と鳴いてみせ、四本の脚を折って身体を横たえる。そうするとようやく彼らに近づいたけれど、首を下げないと視線すら合わせられないのだから、本当に自分は大きくなってしまったと、はこっそりと思う。

あれから、カルトはユクモ村で暮らすようになった。オトモアイルーの夢を叶える道を歩み始めたらしく、未だ彼の主人は決まっていないけれどヒゲツのもとで修行の日々を送っている事は、も色々と聞かせて貰い知っていた。
野生で生きていた彼が抱いた大胆な夢は、現実になろうとしている事……は、素直に嬉しいと思う。本当に、良かったと。
はこんな姿になってしまったけれど、変わらずカルトは話をしてくれるし、ヒゲツも以前のように足を運んでくれる。それだけでも、十分恵まれていた。セルギスは、誰にも伝える事無く、誰にも知られる事無く、七年も過ごしたのだから。

……そういえば、親しくなった影丸やレイリン、セルギスは、を気遣ってかそれとも接し方を迷ってか、あまり足を運んではくれないな。

もっとも彼らはハンターであり、特にセルギスは人間の生活に戻って今は何かと忙しいのだから、仕方ないが……アイルーから竜になってしまったとどう対話すれば良いか戸惑っているのだろう。

私は気にしないよ、話を聞かせてくれるだけで嬉しいよ。
そう伝えたい彼女の声の声は、歌うような竜の鳴声にしかならない。

だが、そんな彼らとは対照的に、カルトやヒゲツ、レイリンのオトモアイルーのコウジンは、早くに慣れてくれた。もともとアイルーやメラルーといった獣人族は順応性が高く好奇心旺盛で知能もそこそこ高い、土地のモンスターとも滅多に争う事はしないほどだから、【白い竜=】と脳内方程式はすんなり馴染んでしまったのだろう。
その証拠に、よいせと横たわった大きなの身体に歩み寄ると、何の躊躇いも無くお腹に寄りかかってきている。もぐもぐ、とユクモ村から持参した食べ物を頬張る姿は、とても竜を前にしているとは思えないほどで。
ともあれ、以前と変わらない接し方をしてくれるカルトやヒゲツなどに、は本当に感謝している。

「少しはその姿も、慣れたみたいだニャ」

くいっと見上げたカルトは、の薄い堅殻で覆われたお腹をぺちぺちと叩く。肉球のくすぐったさに声を漏らすと、その振動は思いの外お腹が大きく揺れてしまったようで、二匹は前のめりに倒れそうだった。

……小学生ほどのサイズなアイルーでは、十メートル超えの竜のほんの些細な動作には耐えられない。姿が変わった事で生じる勝手の違いにも、早く慣れなくては。
ごめんね、と謝ってみるも、やはり言葉は通じない。赤い羽根の装飾があしらわれた漆黒の兜を直しながら、「キュイキュイ鳴いてる声しか聞こえないのは、不憫だが……」と残念そうに声を潜める。

「何か、意志の疎通が出来る手段があれば良いが……の仕草だけでは、全てを理解するのは難しいニャ」

意志の疎通、か……。ふと思案するヒゲツの頭の天辺を見下ろして、も静かに考えてみたけれど。
ヒゲツの隣に居るカルトは、「まあその内何とかするニャ、今はこれでも分かるニャ」と笑っていて。

……うん、そうね、とは笑みを浮かべた声を漏らした。

「あ、そういえばヒゲツの兄貴。影丸とかセルギスたちが話していた事、一応にも伝えておくニャ?」
「……ああ、そうだな」

ん? 何か、あったの?
くっと長い首を下げ、視線の高さを二匹に合わせる。覗き込むを、二匹はしばし眼差しで何かを交わした後、へと告げた。

「どうも影丸とセルギスたち、今のが成ってる竜が気になったみたいで、ギルドには内緒で色々調べていたらしいのニャ」
『私の、姿……?』

は、小首を傾げた。
ドキドキノコの呪いじみた副作用のおかげで、変化してしまった自らの身体。桜色を帯びた純白の竜であるが……それ以上特に考えていなかったものだから、その言葉は少々驚いた。

「……俺も、旦那と共に多くのモンスターを見てきた訳だが」

ヒゲツは、低く呟いて腕を組んだ。その神妙な横顔が、意図せずに緊張をもたらす。
どう告げようか迷う彼の様子は、只ならぬものを覚えさせる。
だが、カルトは相変わらずあっけらかんとした顔と声のまま、ヒゲツの言葉を繋いでへ言った。

「なんか知らないけど、の今のその姿って、初めて見た竜らしいニャ」

――――― 初めて、見た?
違和感が、を包んだ。そよそよと吹く風に揺れたせせらぎの水面は、困惑する竜の顔を映し出す。
ヒゲツは溜め息をつくと、ようやく長い沈黙を破って語り始めた。

「……最初から、妙に気がかりではあった。俺の記憶にもなければ、旦那やセルギス、レイリンさんの記憶にも無い。人の目に付かない山中に隠れるよう言ったのは、もともとそれが少し絡んでいたニャ。
それで、ユクモ村に戻ってからギルドには隠し直ぐに調べてみた結果―――の姿の該当する竜種は、見つからなかった」

今までの狩猟風景、生物図鑑、上位ハンターの権限で見られる限りのギルドの蔵書……それら全てを手に取ってみたものの。
結果としては、桜色を帯びた純白の鱗の、四つ足の小柄な竜の情報には行き着かなかった。
別大陸の古龍の中に、似たような骨格の竜が存在したものの、それとはおよそ合致しない。

ヒゲツはそう言い切ると、一度息を吐き出して。
静かに、続けた。

「ドキドキノコのせいだろうが、貴方が変わってしまったこの竜は、世界では未だ認知されていない竜種……つまり、《新種の竜》、《未確認生物》に該当するらしいニャ」

――――― 未確認生物。
世界では未だ認知されていない、新種の竜。

ヒゲツの放った言葉は、あまりに途方もない事でもあり、妙に実感なくに響いた。「それの何が、そんなに険しい顔をさせるのだろう」と疑問すら浮かぶ。
彼女が、かつて人の姿で生活していた世界ではそもそも存在しない竜という生き物。よもやそれに自分が変化してしまった事実は、アイルーの姿になっていた事もあって諦めはもうついた。もうどのような種類であっても、どうしようもないとも思っている。
また、の知る限りでも、この世界には多種多様なモンスターが多く存在しており、未だ人の知らない事象や種族、未開の地があるのだろう。そして、その及ばぬ数多くの英知の中の、一つの種がこの竜である。

……何が、問題なのだろうか。

のその不思議そうな空気が伝わったのだろう、ヒゲツは真っ黒な腕を伸ばし、のくちばしを撫でる。不器用げな手は小さかったけれど、その温かさは確かに伝わってきた。その温もりに混じる、気遣いも。

「……モンスターが暮らす厳しい辺境の世界で、その地で暮らす人間とは貴方が思う以上に好奇心が強く、知識欲と探求欲がある。特に、モンスターの生態を調べる研究所の者や、ギルドの者などは、一般人の比ではない」

呟いたヒゲツの声は、強張っていた。
ドキリ、とに冷たい悪寒が伝う。

彼が、何を言いたいのか、朧気に分かってしまった。

「……どのような手段を取るか分からないが、まず俺たちでも《想像のつく手段》は使ってくる。
未知の生き物を解明する為になら、生け捕りだろうが生死問わず討伐だろうが、平気でやってのけるだろう」

かつてセルギスがジンオウガの姿であった時。
彼が告げた言葉を、は思い出していた。そうだ、モンスターとは大自然で生きる者であるけれど、人とモンスターの間には共存はしても一線が引かれていると言っていたではないか。
人の営みの中に、モンスターは入れない。まして竜なら、誰が受け入れよう。

つまりは、今の―――白竜は、迷わず狩猟対象になるのだ。
或いは、彼らの言う通りにこの姿が新種の竜種であるのなら、もし人目に付けばどのような事態になるか、想像出来るものではない。

「……いや、恐ろしいのはむしろハンターだ。昔からハンターというものは命知らずで変に度胸があり、多くのモンスターの生態が判明してきたのは彼らの行動が貢献している。
……だが言ってしまえば、何も知らないハンターはを見れば、間違いなく手を出す。俺も旦那たちも、そんな世界に居るから、よく分かるニャ」

のくちばしを撫でたヒゲツの手が、キュッと握られる。
微かな震えは、にも伝わっており、彼女はじっとヒゲツを見つめた。
……そうか、そうだな。今の自分は竜で、ハンターたちからしてみれば討伐すべき生き物だ。
かつていた世界でもそうだった、人里に降りてきた猪や猿、熊はやむを得ず殺す。人の生活を、守る為。


――――― セルギスさんが感じていたものって、きっとこれね。


かつて人であった自分が、竜となって同じ人から殺される恐怖。そして、現実。
は、不思議と静かに飲み込んだ。
七年もの間、セルギスはそれを耐えた。そして退けるだけの力を身につけた。
だがには、今のには、耐え忍ぶ事は出来ても、退ける事は出来ない。竜に変わって数日、未だ彼女のあらゆる肉体の機能は使いこなせていないと言って良い。

ヒゲツが案じているのは、恐らくその部分であるのだろう。白く美しい竜、けれど中身は一般人であるという事を。

「ヒゲツの兄貴」

カルトは、耳を伏せヒゲツを気遣う。

「大丈夫ニャ! だって、アイルーの姿でも下手っぴながら渓流で暮らしてたのニャ、きっと、これからだって大丈夫ニャ」

何の根拠もないけれど、底抜けに明るいカルトの声は、多い被さろうとした重い空気を払う。ヒゲツは小さく息を吐くと、ようやく笑った。

彼らを見て、は少し頷いた。

『……そうね、そうよね』

同じ人から、襲われるかもしれない現実。覆しようがないのであれば、がすべき事は一つである。
アイルーの時に腹を括ったように、この姿で出来る事をするまでだ。

『うん、大丈夫だから。きっと。ヒゲツたちが心配する事に遭わないよう、するから』

伝わらない言葉は、鳴声となって彼らへ届く。けれど、僅かでも感じ取れたのか、ヒゲツの表情も穏やかになり、カルトはニッと笑ってみせた。

「素直にやられてる理由もないニャ、はこれからもっと竜の身体に慣れてくニャ」

さすがは世話焼きで、何だかんだ義理堅くつき合うカルトだ。ふふん、と鼻を鳴らして腰に手を当てて立ち上がった。

「そうニャね……何はともあれ、まずはその翼ニャ!」

ピッと、彼の指先が天辺を向く。その視線を追うと、のほっそりした背の上に折り畳まれている大きな翼へと辿り着く。
今のところ、全く使う事無く折り畳まれたままで、完全にお飾りとなっていたこの翼。
カルトはそれを見上げながら、「飛べるようになるニャ!」と意気揚々と告げた。

『ちょ、カルト、そんな簡単に出来る訳ないでしょう?』

ようやく四つ足で歩く事に慣れてきたというのに。無理無理、とが器用に前足を横に振ってジェスチャーをすると、カルトは「そんな事ないニャ!」と鼻息を荒くし始めた。

「やろうとすれば何でも出来るニャ、もっと頑張るニャ!」

……何だろう、この感じ。以前にもあったような気がする。

などと思っていると、今度はヒゲツまでも「そうだな」と頷いた。

「飛べるようになれば、格段に移動手段も増えるし、もしもの場合にも直ぐ離脱出来るニャ。それにやはり、地上に居るより空の方がまだ見つかり難い、ハンターからも、一般人からも」
『あぐッ……正論……ッ』
「ほらニャ、ヒゲツの兄貴も言ってるから、早速今度飛ぶ練習ニャ!」

えいえいおー、とカルトが腕を上げる。気の抜ける応援を送る彼の表情は、明らかに面白がっている。教官……今度はサバイバルではなく飛行訓練ですか……。
むむむ、とはしばし唸ったけれど、確かに彼らの言う通りでもある。長い時間考えた後、了解しました、という意味を込めて一声鳴いてみる。酷く気落ちした、掠れた声であったが、彼女の前足にはヒゲツとカルトが何か早速計画を練り初めているので、もう嫌とも言えない空気だ。

……秒速で、人どころかアイルーからも離れてしまっている気もし、後ろ頭が重くもたれたる。だが、そんな事をいつまでも云っていられない環境下であるのは、も知っている。

……飛べる、のだろうか。
ようやく四足歩行に慣れたというのに。

だが、もしも飛べるのであれば、人やアイルーの頃には至れない空を舞う術を得るのであれば……世界が広がり、逃げる手段が増える。
は、自らの翼を見つめて、小さく揺らしてみた。



カルトとヒゲツについては、多分すんなり受け入れそう。
問題はハンター組たちですが。

という事で、夢主はオリジナルな竜になってました。
世界観はモンハンだけど、見た目はモンハンではないので、苦手な方はご注意をば。
桜色を帯びた、白い四足の竜。生態系不明、目撃情報不明、いわゆる【未確認モンスター】状態です。
でもそれはなんぞ?という方もいると思うので、イメージ図はこちら。日記の落書きですが、大体こんな感じ。相変わらずの落書きクオリティー。

→こんな感じです

これを見たとある方が「オリジナル竜になったら面白いですねえ」なんて言っていたのでネタを拝借!

2012.10.09