あの日望んだ夢は、いつか

九尾吊りお紺の、天界での住居地は、下界の鳥居千万宮のように幾つもの朱塗りの鳥居が立ち並び社への道を仰々しく飾っている。
神の住居とは、その神が自ら見出して得るもの。彼女の生前が関係しているのであれば、皮肉めいた様相である。だが、日々の生活を送るのは大きな社の中ではなく、その裏に佇む小さな茅葺屋根の家屋であった。
干し柿が簾のように軒へ吊るされ、質素な竹の籠が玄関の両脇を飾る。家屋の中も、何の変哲もない土間と、小上がりの囲炉裏、そう広くない板の間とあるだけだ。神とつくと無意味に浮かぶ、豪華絢爛な装飾品はなく、素っ気なく置かれているのは簡素な桐タンスと燭台……。もよく知るものは、どれも庶民の暮らしと馴染み深いものばかりだ。
だが仰々しいものよりも、こちらの方がの個人的な好みである為に、変な緊張を抱かず落ち着けた。
確か、彼女本人も言っていたが、生前暮らしていた住居だとか。寛容さと忍耐が特徴な土の女神、それも高位の存在となっても、その本質は変わらないようだ。

交神の儀でやって来た当初の頃と同じ感想を再度思いながら、お紺より差し出された温かい緑茶を口に含む。そのの斜め隣では、お紺が囲炉裏に薪をくべている。

「うん、美味い」
「そうかい、そりゃあ良かった。もう少し、飲んでおいきな」

にこり、と微笑んだ艶やかな彼女から、かつて見た凶暴な雌狐の風貌は微塵も無い。
シュンシュン、と小気味良い湯の沸騰する音が響いて、天界にありて穏やかな空気を彩る。

「アンタも、まさか氏神になるなんてねえ」
「そうだな、俺も不思議な気分だ」

は、苦く笑う。それに含まれた意味を知ってか、お紺は悪戯っぽく瞳を細める。

「あんなに熱烈な別れ方をしたのに、って?」
「……まあ、それもある、かな」

なにせ自分の命が残り僅かだという事実を知っていた事もあって、お紺と最後に過ごした交神の儀の一ヶ月―――それはもう、口が裂けても言えないほどだった。思い出しただけでも、羞恥心の方が上回る。
だが、お紺は楽しそうに笑みを浮かべており、の反応に気をよくしている。それが、彼女の方が人生経験も長いという証拠にも繋がるのだろうか。
「そうだねえ」彼女は言いながら、座り直す。紫の美しい着物の襟元に、彼女の金色の髪がさらりと流れた。ふわり、とそれの掛かった横顔は、懐かしむように、けれど悪戯さは無く、呟いた。

「アンタが一生懸命にやって来た事が、神様の意志の無いところできっと、認められたんだよ」
「そうだろうか」
「そうさね、他の神様はどうかは知らないが、あたしは少なくとも納得しているよ」

の隣で、お紺はクスクスと笑った。その笑みはやはり、生前見ていたものと同じ……一ヶ月の交神の儀を彼女と過ごした刻と、同じだった。
あれから、は老いて氏神となって召された。お紺との間に授かった子に、当主の座と一族の教え、自身が学んできた事を全て譲り渡して。
こうして、再びお紺と相見える事になろうとは思わず、嬉しいのやら悲しいのやら複雑な心境でもある。彼女の言う通りに、二度と会わぬ別れを前提にしていた為だろう……。

「いや、まあ、何だ。また会えて良かったよ、お紺殿」

湯飲みに継ぎ足されていく茶の湯気が、二人の間に立ち上る。
お紺の浮かべた笑みは、ひどく優しい暖かさを含んでおり、の胸をむず痒く撫でていく。けれど、決して気が悪くなる事はなく、舞い降りた静寂が心地よくもあった。

しばしの時間、何をするでもなく談笑していたとお紺であったが、外がうっすらと藍色がかってきた事に気付いて、は顔を上げる。
天界の昼夜の変化などさしたるものでもなく、気持ち程度の日没だが、それでも長居はいけないだろうと彼は立ち上がろうとした。

「すまない、お紺殿。つい長居してしまった、居心地が良いせいかな」

よいせ、と手を床につけ片膝を立てた時、お紺より「ちょいとお待ちな」と声を掛けられる。

「そんなに急がなくても良いだろう」
「いや、だが」
「……全く、相変わらずばっさりしてるねえ。女の気を読む事が出来ないんだから。あんたらしいと言えば、あんたらしいけど」

呆れたように溜息をつくと、が口を開く前にさっさと立ち上がり、彼の隣に移動する。驚いて目を丸くしたを、お紺はそっと見上げ、彼ら以外に誰もいないのに内緒話を囁くように告げた。

「せっかく、久しぶりに会えたんだから……もっと、側に居ておくれよ」

妖艶に、けれど寂しさも垣間見せる、色の漂う声と仕草。それはかつて、も耳にした声とよく似ている。
そういえば、前にも同じ事を言われた。あんたは女の気を読めない、と―――――。

「……まあ、無理に引き留めるつもりは、ないけどさ」

お紺はそう言って、美しい顔をそうっと背けた。は膝立ちの体勢を解くと、再び囲炉裏の前で座り、お紺の顔を覗き込んだ。

「いや、何だ、すまない。お紺殿」
「……馬鹿だね、そこで謝るかい普通?」

お紺はクスリと笑って、の青い目を見つめた。以前と同じ、裏表のない穏やかな目……けれどお紺を見出したその中に、普段とは異なるものが滲んでいる事をお紺は気付いて微かに震えた。

「では……お言葉に甘えて、長居をさせてもらおうか」

それでもそこは、年上の威厳で表へ出さず、笑みを返した。


気持ちばかりの日没を迎えた後、お紺は慣れたように厨( くりや )に立って軽食の支度などをしていた。死んだ身であるも、他の神々と同じく食事をして腹が満たされる事もないので「別に構わないのに」とお紺へ言ったが、彼女は「良いんだよ、あたしがしたいだけだから」と笑うものだから、はそれっきり何も言わなかった。
優しい金色の髪が流れる後ろ姿は、鼻歌さえも飛んでいるように見えるほど、本当に楽しんでいるようだ。

……ああやっている姿を見たのも、久しぶりかもしれない。

は、密かにそう思っていた。一ヶ月の交神の儀の期間、あれこれの世話をしていたのは九尾吊りお紺で、彼女はその時へ……。

( 今、この時は、あんたがあたしの――――― )

は思いだし、静かに振り解く。

そうしている間に、お紺は軽食に付け加えて熱燗の準備までしてくれていた。せっかくだから、と囲炉裏の前ではなく長屋の縁側に移動し、肩を並べて夜風に吹かれる事にした。こうしていると、二人だけのささやかな宴のような様相だ。

の持った杯に、ゆるりと熱燗が継ぎ足される。満たされはしないが酒の酔いは存在しているようで、温かく身体を巡っていく。
ただそれだけでなく、心地よく全身を撫でる夜風に混ざって香る、隣のお紺の香の方が温かさを増長させていた。

「お紺殿も、ご一献」
「ふふ、そうかい?」

空の杯を渡し、そこへ熱燗を注ぐ。お紺は艶やかな赤い唇に笑みを浮かべたまま口をつけ、くっと飲み干した。

「酒まで用意してもらい、すまない」
「何言ってんだい、あたしが好きにしてるんだからあんたが気にしなくて良いんだよ」

彼女はにこやかに笑う。品があるけれど、親しみを抱かせるそれは、きっとお紺の気質が現れているからなのだろう。

もともとお紺は、相手に尽くす事を喜びとしている。生前、駄目亭主と散々周囲からも言われ、お紺の願いをろくに聞いてくれた事だってないような、身勝手な男にさえも、彼女は離れる事無く側にいたのだ。最期は自身のその優しさに身を滅ぼし鳥居千万宮で自ら首を吊ったが、優しすぎて、同時に脆すぎる、彼女らしい性質であるとは思う。

平凡だが居心地の良い縁側と、その先の庭の風景に、うっすらと藍色がかった空と月影が重なって浮かび上がる。
流れた静寂は、決して気まずくはなく、二人の時間を引き延ばすようであった。

「……そうかい、あんたが此処にいるのは、死んじまったからなんだものねえ」

不意に、お紺が呟いた。は杯を手にしたまま、そっと彼女を見る。
浮かび上がった狐の女神の横顔は、感慨深く、けれど僅かな切なさも込めて小さな笑みをこぼしている。

「……悪かったね、あたしに何も出来なくて」
「何故、お紺殿がそう言うんだ」

が驚いてそう返すと、彼女は笑みを深めて思い出を語るように呟いた。

「ふふ、覚えてるかい? 交神の儀」

思わず、は動きを止める。お紺は知ってか知らずか、その艶やかな声で続ける。

「あたしの事を知りたいって言った若造は、もうその時老いて死ぬ間際……。それでも、あたしの事求めてくれたっけかねえ」

お紺は、そっと目を閉じた。
交神の儀の為に、天界へ上がってきた一族の男。
ほんの少し動いただけで直ぐに息が上がるほど、見た目の若さに反して身体の内側はボロボロだった。かつて槍の名手として妖怪の討伐に赴いて、狂った雌狐とも戦った勇士は、もう薄れていた。
けれど、狐美姫の間で槍を構えたあの姿を、お紺はその時も見出していたのだ。

武器を握り続けた、武骨な大きな手。
戦いに身を起き続け、それ以外の惰弱なもの全て排他した立派な肉体。
こざっぱりして、優美な言葉も紡げないくせに誠実な、不器用さ。
そして何より、もっと別の女神を選ぶ事も出来ただろうに、わざわざお紺の願いを聞き入れ彼女を選んだ、その律儀さ。

女として、どれだけあの一ヶ月が嬉しかった事か。

あの人も子どもが出来ればきっと変わると信じて、願い続けた百と一日後。神社で、泥まみれに汚れていたあの子を拾った。神様は、あたしの事を見ていてくれた! これで亭主も、変わってくれる。そう思った。けれど束の間、あの人は別の女と立ち去った。その絶望感と怒りに、我が子と思って拾った子の首を絞め、自らも命を絶った。
なんて、わがままで愚かな女。
狐になったのも、今になって思えば、当然の報いだったのだろう。
それを、母親に選んでくれた男の誠実さ。雌狐であったのに女として扱ってくれた優しさ。それが嬉しくて、老いた男の身に鞭を打つように悦楽を求めたのに、何の迷惑も見せず応えてくれた事。

あの一ヶ月、幸福だったのは一体どちらだったろう。

「―――――あたしは、あんたから貰ってばかりだったよ。

お紺はたおやかに微笑み、身体を寄せた。隣り合った腕に、お紺の寄りかかる重みが心地よく触れる。ふわり、と強く香った彼女の匂いに、は微かな目眩を覚える。

「あんたにね、言いたかったんだよ。あたしみたいな女を選んでくれた事も、一ヶ月過ごしてくれた事も、ありがとうってね」

満ち足りた声で、彼女は告げる。は杯を床へ置くと、寄りかかったお紺の肩をぎこちなく抱いて、その手を指先で握る。

「礼を言うのは、俺の方だ。お紺殿」

お紺の狐の耳に、の声が掠めていく。その低い声が、妙にこそばゆく、けれど心地よい。

「あの一ヶ月、老いた俺を亭主に選んでくれて、ありがとう」

お紺は、ハッと目を見開く。が、ほどなくし、ユルユルと穏やかに細めると、笑みの混じる吐息を吐き出した。

――――― 今、この時は、あんたがあたしの亭主でいておくれな。

交神の儀の為にやってきたへ、お紺は最初にそう告げたのだ。彼もまた、自分と同じ気持ちでいる事に、年甲斐も無く嬉しく思った。

「……あんた本当に、いい男だよ」

呟いたお紺は、顔をそっと上げて、の瞳を覗き込み近づく。もまた、微かに首を下げ、互いの吐息が届く距離にまで寄った。




あの交神の儀の時も、この小さな小屋で過ごし、飾りっけのない小さな畳部屋で二人枕を並べた。
簡素な格子戸から漏れた、ささやかな月明かりと、燭台の篝火。そこに浮かび上がる、男女の姿。
あの時、が交神の儀を行うのは初めてと聞いて、お紺は女の性を疼かせたものだ。もともとお紺は石女だった為に、そちらの技術と知識は多くを蓄積し、また彼女の相手に尽くす性格と穏やかさも相まって、が籠絡されるのは時間の問題であった。長らく妖怪であったお紺も、男の肌に触れるのも触れられるのも久方ぶり。よってその一ヶ月、ともかく濡れた悦楽が続いたのは、言うまでもない。
の身体が老いていなければ、その倍は身体を繋げていたのだろう……。
だがお紺は、満ち足りていた。好いた男に抱かれて、わがままを聞き入れて望む事をさせてくれる、その幸福感。お紺は、から多くを貰った。自分が彼に、ちゃんと返せているのか不安になるほどに。
彼は一ヶ月の後に天界を去り、そしてお紺は交神の儀で授かった子としばし過ごして、のもとへ送り届けた。それからほどなくし、彼は世を去った。
あまりに幸福過ぎた一ヶ月、凶報に咽び泣いた。けれど、感謝の念を彼女は抱いていた。ありがとうと、ただひたすらに。

彼が氏神となって天界に上ってくるとは、思わなかったが。

だが、こうしてまたあの時のように身体を寄せ合って、甘い時を共有する事が出来るなんて。不謹慎かもしれないが、お紺は嬉しかった。

――――― ただ、少し異なったのは。
あの時と何もかも全てが同じでは、無かった事だ。


布団の上に座り、隣り合って肩を並べる。取り立てて上質な布団ではないけれど、妙に懐かしい感触がし、の背がむず痒く震える。
お紺はそれを知ってか、相変わらず微笑んでの身体にもたれ掛かる。艶やかな、けれど少女のような期待の混ざる笑みだ。
流れる沈黙が、不思議と心地よい。薄暗い、仄かな月影に、とお紺の息遣いが響く。
ふと、視線が交わり、吸い寄せられるようにごく自然に互いの唇が近づく。ふわり、と羽が触れるみたいに、軽く重なった唇に、ぞくっとお紺は震える。一度離れ、それからまた触れる。今度は、薄く唇が開かれ、ぴったりと触れ合った。

「……ッん……」

紅で彩られたお紺のまなじりが、甘く緩められる。
身体の向きを変え、お紺の豊かな肉体がの胸に寄せられる。は、それを抱き寄せ、足の間に抱える。着物を着ていても分かる、優美な感触。女性らしい細さを両腕でしっかり抱えると、お紺もの胸に両手を重ねて身を委ねた。その広さと逞しさは、思わず甘く溜息を吐いてしまうほどである。
乱暴に蝕むのではなく、互いを味わうように緩やかな口付け。温かく、口内から解かれるような……。

――――― 温かい?

お紺はふと、思い至る。
此処は時が止まった場所。下界のように流動的な変化が皆無であって、温もりも同様に格別感じるものではなかった。
……そう、交神の儀でと身体を重ねるまで、温もりを感じる事は無かった。
今はお紺と同じく時が止まっているのに、酷く温かく包まれる。何故だろう、そうは思ったがお紺にとってさほど重要な疑問でもなく、の唇が柔らかく吸ってくれる事が今は心地よく埋め尽くしている。
きゅ、と身を寄せた時、の唇が離れた。それと同時に、遠ざかる心地よい感触。お紺はハッとなり、その唇を追いかけるように顔を動かした。無意識だった為に、内心慌てたものの、は意図を汲んだようで、再び顔を寄せた。

「お紺殿、口を」

……普段のカラリとした声が一転し、低く這うような響き。少し濡れた唇が紡ぐの声に、お紺は口を薄く開く。
途端に、はそれを塞いだ。自らの舌を、お紺の口内へ忍ばせて。

「!」

ぞわ、とお紺の背が戦慄いた。細めた瞳が、微かに甘く潤み、の胸に縋る。
の舌、一体いつぶりだったろう。あの時はお紺があれこれと教えて手玉に取っていたが、今回は違う。お紺の柔らかい舌を、熱心に、けれど決して乱暴さはなく絡めていく。思いも寄らずに身体を震わせたが、お紺は直ぐ様反撃をするように、くっと唇を深く合わせ、絡めてきた舌を吸う。
の切れ長な瞳が、微かに揺れ、細められる。
その反応にお紺は笑みを浮かべると、チュウッと音を立てて唾液ごと唇を食む。

「んん、ぷぁ……ッふふ、もう少し、しておくれな」

お紺は口付けの合間に囁くと、先ほどより一層深くに、さながら互いをかじり合うように唇を重ねる。
ゆったりとした口調であっただろうが、お紺の身体は既に熱を灯しており、が掻き抱くたびに震えていた。少し息苦しい、けれど心地よくて、口付けだけで頭が溶けそうだ。

ふと、は手の動きを変える。押しつけられた彼女の豊満な肉体は、かつて一族当主で後に槍の教えの基礎を築いた使い手の心を容易に陥落させ、抱き寄せるだけではの心は足らなくなる。ほっそりとした背を下った手が、帯を掴む。お紺も、ふっとその感触に気付いて、自ら緩めようと身体を離したが。
――――― ぐ、とその距離を埋め、お紺の胸の上にの手が重ねられる。

「ッ! ん、ふ……ッ」

ぬる、と行き交うの舌の熱さと、胸をなぞるの長い指。着物の上からでも分かる、武器を握り続けて武骨になったそれは、時折力を入れながら撫でさする。ぞわぞわとし、口付けが一層甘さを増すが、同時に物足りない切なさが込み上げてくる。
それでも、帯を緩める手は酷く緩慢で。
彼の性格か、相手を気遣う気質があるのだろう。嬉しいが、身体が年甲斐もなく切なさに震える。それに、まるで宝物でも扱うような仕草に、僅かな戸惑いも混じる。

お紺の濡れた目が、何を求めているのか、明確に表れ始める。
「お紺殿」の声が、かじるような口付けの合間に響く。ぴく、と揺れた狐の耳が、妙に可愛かった。色香を増すと、凄艶なまでに美しさが際立って、本当に狐やもしれないとは改めて思う。
「後ろ、倒すぞ」帯が解け、シュルリと引っ張ると同時に、お紺を布団の上に寝かす。その身体は力が抜け、の力に反す事なく、豊満な肉体をの眼下に見せた。
お紺の上気した頬と瞳は甘く緩まり、濡れた赤い唇から吐息が何度も弱く漏れる。帯が無くなった事で帯紫の着物がはだけ、その下にあった四肢が薄い月光に映し出されている。若い娘よりも円熟に柔らかくなった肉体は、なだらかな女性らしい輪郭さえも色っぽさが滲んでいる。特に、呼吸に合わせ上下する胸や、ほっそりとした腰から続く尻や太股は……。

( ……これは、かなり、くるな )

交神の儀の時とは、明らかに異なる自身の肉体。
死を迎え魂となった事から、あの時の不自由な呪縛は一切ない。
つまるところ、身体はの感情や煩悩に対し、実に忠実なのである。

必死に抑えつつ、仰向けになったお紺の上へと影を落とすように覆い被さる。
ぴく、と揺れる狐の耳に顔を寄せると、低い声で呟く。

「触って、良いか。お紺殿」

落ち着いた、けれど急くような響きも混ざっているそれが、吐息混じりに耳の中へと滑り込んで擽る。お紺は小さく声を漏らしながら、たおやかに微笑んでを見上げる。
「触っておくれな、好きなように」持ち上げた手で、の頬を撫でる。その指先の仕草に、の後ろ頭が軽く目眩を起こしてふらつく。

微かにお紺の身体に掛かっていた着物を全て落として露わにし、外気にさらされ期待に震えている胸に、手を這わせる。の手にも収まらぬ、大降りな乳房。柔らかいが質量があり、しっとりと手のひらに吸い付く。
ふく、と息を噛んだ音が、お紺の唇からこぼれる。
包んでいた指を曲げ、指先を埋めてこねた。それに合わせ、首筋や鎖骨などに舌が這わせられ、お紺は震えた。

「あ……ッちょ、じ、焦らさないでおくれよ……ッ」

細い指が、の首筋を撫で、髪の毛先や耳の後ろをくすぐる。
布団の上で揺れた四肢が、の腰や足を掠めていく。滑らかな誘惑は懇願にも似ており、は頭を下げる。形を変える、豊かな乳房を視界に収め、薄く口を開ける。その仕草をお紺は見つめ、期待で肌を熱くさせた。
乳輪や輪郭ばかりを弄られて、固く尖った頂を、の薄い唇が食んだ。

「んァ……ッ!」

《怒槌丸》か《雷電》を受けたような痺れ。お紺の四肢が跳ね、の腕に力のない手が触れる。滑った感触に蝕まれて背筋のぞくぞくとした感覚にしばし浅く息を吐いたが、次第にそれをトロンと受け入れ、緩く微笑む。

「ふ……ッ小母さんの胸、まだそんなに悪くない、だろう?」

ぱち、と視線がぶつかり、は笑みを返した。少しバツが悪そうな、気恥ずかしそうな笑み。お紺は気を良くしたが、瞬間、が唐突に甘く噛んだものだから、無防備な口からまた声が跳ねて飛び出した。
敏感になった其処でされると、刺激も心地よい快楽に繋がって、お紺の空だから熱が引かなくなる。

……胸だけなのに、気持ちいい。

お紺は、心地よさに身を蕩けさせる。
比べるわけではないが、お紺が愛したかつての亭主は、目先の快楽にばかり捕らわれてろくな愛し方をしてくれなかったような気がする。お紺はそれでも喜んで、亭主の獣じみた情交に身を差し出したが……。
今はどうだ、互いの熱を高めながらも、まるで双方を愛すように穏やかだ。
交神の儀の時も、はお紺を手荒に扱わなかった。今も、いや今はそれ以上にもっと、丁重に扱う。本当は、その裏側で欲望が渦巻いているだろうに。の口から漏れる息遣いは熱く、何度も吹きかけられるお紺はそれだけでたまらない気分になる。
交神の儀で、獣じみていたのはむしろお紺だったのかもしれない。

「あ、ん……ッいいよ、。あたしが、今度は……」

身体を起こそうとした時、の頭がずれる。お紺は、「え」と目を丸くした。彼の赤い髪が、お紺の胸を掠め、腹を掠め、徐々に下っていく。唇の感触も下がっていき、お紺はドキリとした。
足に掛かっていた着物を払われ、彼の視界にはお紺の肢体がさらされる。ぐ、と武骨な手で、投げ出された柔らかい太股に這わせて掴むと、腕を回して持ち上げる。必然的に両足が開かれ、お紺の秘めた場所が露わにされた。

「きゃッちょ、ちょっと、あんた」

ぞくん、と腹の奥が疼く。が何をしようとしているか、直ぐに理解した。無意識の内に伸びた手が、の頭を掠める。彼はそこで顔を上げ、お紺を見上げた。
熱を孕んだ、真摯な眼差し。お紺はまた、身体を震わせた。

「あ、あたしの事はいいよ。そんな、風に……」
「何故」
「何故って……」

慣れているはずなのに、酷く戸惑った。は、不意に笑うと、あのカラリとしたお日様のような笑みで告げた。

「あの時は、俺の身体が不自由だったばかりに、貴方には世話になった。今は一度死んだからかな、あの時の重さが全く無いんだ。
だから、今度は俺が貴方に奉仕しよう、お紺殿」

びく、と太股が震える。熱い吐息が、吹きかけられる。

「……それに、俺は心の水に富んだ男。貴方を喜ばせたいのだが―――いかがか」

そう、真っ直ぐに言われると……。
触れてもいない内から、お紺の秘所が濡れ、蜜がこぼれそうになった。生娘ではないのに、年甲斐もなく少女みたいな心境になり、「好きに、したらいいよ」と言った声には期待が満ちていた。
はまたニコリと笑うと、今度こそ頭を下げて口を開いた。

――――― ぷちゅ、と音を立て、はそこに口付けた。

「ッひぁ……ッ!」

ぎゅ、とお紺は自らの胸の前で片手を握り、もう片方の手で布団の布地を掴んだ。
跳ねた下半身をは押さえ、舌を伸ばす。円熟した女性の匂いと舌先に触れる蜜を分けて、さらに奥へ進ます。
そういえばお紺も、交神の儀の時に似たような事をしてくれたが。なるほど、こういう気持ちになるものかと、はうっすら思っていた。

びく、びく、と絶えず跳ねるお紺の四肢が、を求めて熱さを増す。
どういう風にしてくれるのかと期待したが、彼の慈しみ方は想像以上だった。舌先で熱心に舐め回しながら、お紺を伺いながら丁寧に強弱をつける。技術云々は置いて、酷く心安らいだ。もちろん、それと同等に快楽が巡った。

……ふと、何故戸惑ったのか考えた。
亭主からこんな風に愛してもらった事はないような気がする。だから当然、普段秘めている場所を、こんな風に慈しんでもらった事もない。女隠をむしゃぶられて搾取されるばかりで、今のように身を委ねる安心感は……あっただろうか。
いつも自分から誘い、愛するしか無かったのに。それが、今は……―――――。

ねっとりと、溢れてくる蜜が、自身の尻を伝っていく。

「あ……ッ……ッ」

心地よい温かさに、お紺の表情が甘く綻ぶ。
いつか亭主に放り投げ出されるのではないか、そんな不安に駆られ快楽で繋げた焦燥感が、解けて無くなるのを感じた。
僅かに強張っていた両足が、の頭を挟む。ねだるように絡まった足の柔らかさと、溢れんばかりの甘い匂いに、の目が細められる。
思わず、強く吸ってしまった。
お紺の目が、見開かれる。

「ッふァァ!」

お紺の身体が、明らかに今までと異なって、大きく飛び跳ねた。痙攣する彼女の肢体から、蜜がとろりと溢れ出る。

「は……ッはぁ……ッ」

しなだれた身体に浮かぶ汗と、力のない息遣い。お紺が気をやったのは分かった。は小さく笑い、一度身体を離した。あ、とお紺が残念そうに顔を起こしたが、その瞳もまた見開かれる事になる。
ぐい、と下半身が持ち上げられ、大きく足を開かれる。の肩にその足が掛けられ固定されると、しとどに濡れた秘所が月光に映し出される。
生々しくひくついた其処を、ぼうっと見つめる。動く事もままならず、こうやって開かせて見る事も出来ずに口惜しかったが、今はようやく叶った 。
は、再び顔を下げて舌を伸ばす。慈しむ心地よさから一転し、指も加えて激しくかき混ぜる。
一度達した秘所は、立て続けに与えられる快楽にビリビリと痺れ、呆気なくまた気をやった。掠れた嬌声がすすり泣きに変わるまで、の口はお紺の其処を何度も愛した。
その時間は、決して長くは無かったはずだけれど、酷く延々と続けられた気がした。極限まで敏感にさせられ、天国か地獄か定かでない。

「ひ……ッも、もう……ッあ、あたま、おかしく……ッ」

弱々しく、お紺が声を上げる。
だが、ぷちゅ、と強く吸われ、お紺は再びその身体を仰け反らせた。弓なりになった背が、消え去らず留まる悪寒に震えっぱなしであった。
金色の髪が乱れ、かんざしが落ちて広がる。乱雑な艶やかさが、の神経を侵す。
そ、とお紺の足を降ろして寝かせる。びく、びく、と震える中、お紺の瞳がを見上げる。早く、情けをくれと、甘く訴える。

「すまない、そろそろ」

しゅ、と帯を緩めて白衣をはだけさせる。見た目に違わず、逞しい身体の輪郭が現れ、お紺は甘く息を吐いた。戦い続け、無駄なものを排除し引き締まった腹部や、筋肉の筋が浮かぶ肩周り……女ならきっと、誰もが見惚れるだろう。
落ちた衣に続いて、袴と下帯が緩められる。思わず自分でも、最盛期ぶりの高まりようだなと笑えるくらいに、下半身は既にはちきれそうであった。老年期ではこうもいかなかったので、嬉しいやら悲しいやら。もっとも、お紺のように美しい女性の痴態を見ていれば、こうもなろうか。男ならば。
お紺は、自らゆるりと足を開くと、覆い被さったの首に腕を回す。

「こん、どは、あたしの番……ッあたしの中に、おいでな。

ふわり、とお紺が微笑んだ。
……今も昔も、この笑みが見たいと、思っていたのだろう。狂おしく世を恨んだ雌狐は、幽鬼のように近寄り難い美しさで。今は今で、恨みから解放され母性に満ちた艶やかさに満ち。
老体に鞭を打って天界に上り、お紺と交神の儀を果たしたのは、きっと……一族の義務だけでは、無かった。

ぐ、とお紺の足を抱えて、腰に絡ませる。お紺もそれに応えて、の首を抱えた。

「あ……ッ」

震えた声が、漏れる。ひたり、と押しつけたの剛直を、お紺の秘所は容易に飲み込んでいく。けれど、みっちりと包み込み、抱えたまま奥へと導こうと蠢く。

「ふ……ッ」

は奥歯を噛みしめ、腰を進ませる。背に響く痺れが、達しないように気を入れる理性を簡単に打ち壊すようだ。
が、身体を押しつけて背を撫でるお紺の手と、絡まった彼女の四肢に、それも呆気なく崩壊する。
お紺の腰の横へ手を置き、柔らかい太股にもう片方の手を這わせて掴む。緩慢な挿入をかなぐり捨て、一気に奥まで貫く。
微かに苦しげな色の混じる声が、お紺より上がる。が、のそれが胎内に入ってきた大部分の歓喜が勝り、苦さもあっという間に甘やかさに変わり、お紺は喜んで受け入れた。

ズ、ズ、と緩やかに動いていたのは最初だけで、直ぐにそれは激しく打ち付けられる強さへ変わる。
全身が、熱くなる。貪欲に、快楽を求め始める。

「あ、あ……ッ!」

交神の儀の時とは違うに、お紺は快楽に呑まれながら戸惑った。
胎内から犯すの剛直は、力強くお紺を翻弄し、熟し切った女の肉体にその動きや感触が刻まれていく。必死に絡める四肢は震え、の求めるまま揺さぶられる。
……それもそうだ、あの時の彼は老年期で、もうままならない状態でもあった。お紺が求めるままに応えるだけでも精一杯であったが、今はその呪われた呪縛からも解き放たれている。肉体を離れた魂は、恐らくが願った形となった。きっと今の彼は、一族の歴代当主であり、語り継がれる槍の名手であった修羅の時の……最盛期であった彼なのだろう。
そして、何より彼は、心の水に富んでいながら、肉体は火に勝っている。つまりは……。
お紺は、震えた。優しく抱かれながらも、その激しさに懸念すら抱いた。 ちゃんと、彼を満足させられるだろうか。多くを既に与えられているのに、自分ばかりが満足していないだろうか。
ずぷ、ずぷ、と響く音が増すごとに、お紺はそう思った。

「ねえ……ッ……ッん、ィ……ッ」

く、との顔を引き寄せる。互いが吐き出した吐息は互いへ掛かり、微かな目眩を起こす。

「ち、ちゃんと、んッ……き、気持ち良い、かい?」

胎内に収まって前後に揺れるのそれを感じて、声の語尾が跳ねたりする。どれだけ上手く伝わったか分からないが、の目はふっと笑みを浮かべた。色を含んだ、女とは異なる男の艶めかしさというのだろうか。「ああ」と呟いた声の低さと明確に滲んだ心地よさに、お紺はビクリと震える。

「交神の儀の時も、これくらいだったら、良かったのにな」

俺の身体が、と付け足し、お紺をすっぽりと抱きすくめる。ぴったりと重なった胸と胸が、心地よく熱を灯す。
そうしながらも、胎内に埋めた欲望は揺れ動く。

「ん、良かった……ッあ、あたしも、気持ち良いから、あ、あんたにもッ」

ちゅ、ちゅ、とお紺の形良い唇が、の顎や首筋に口付ける。はたまらず声を漏らし、急に込み上げてくるものに動きを加速させた。
繋がった箇所から、のそれが震えるのが分かる。疼きが高まり、お紺はキュウッと下腹部に力を込めて期待し待ち構えた。腕をの背に回し、弱く引っかいて、絡みつく。

そのまま、どうか。

しがみついてくるお紺から、そう聞こえたような気がする。
は、低く呻くと、柔らかい肢体を強く抱き込み、ズンッと最奥を穿つ。
その瞬間に、奔流のように放たれる熱い精に、お紺は全身を震わせて受け止める。仰け反った喉から歓喜の声が甘く響き、背筋が戦慄く。
蠢いて締め付けるお紺の内壁の動きに、は治まるまで動けず、一滴も彼女は胎内へ飲んでしまった。

「ッふ……く……ッ」

びく、と震えるが、妙に愛しい。お紺は微笑み、精悍な顔立ちを伝った汗の筋を拭う。

「ん……ッふふ、ありがとうねえ、

実を結ぶ事は、決してないけれど。
もう会う事が叶わないと思っていた男より、二度も抱かれた証。
お紺は甘美に酔う面持ちで、自分の上で心地よさそうに呼吸を繰り返すを、満足げに見上げていた。
の瞳が、お紺を見た。少し頭を屈め、お紺の唇を吸う。お紺はそれを当然拒まず、ゆったりと口付けた。

……の唇が、離れたと思った時、抱きしめられた身体が解放される。離れた温もりに名残惜しさを覚えたものの、お紺は布団に仰向けのままそっと息を吐く。
―――――が、の腕が伸び、お紺の足が持ち上げられる。
え、と何度目かの驚きに目を丸くしていると、一方の手で背を起こされ、横向きにされる。グリ、と未だお紺の中へ収まっているの自身が擦り、彼女の唇から甘く声が漏れる。持ち上げた足を曲げさせて、同じように横向きにさせる。
そのまま、は膝立ちとなり、お紺の腰を掴んで掲げた。

「あ……ッ?!」

さらり、と金色の髪が流れる。今自分が如何なる格好をしているのか悟り、お紺は肩越しに振り返る。上半身は肘をついて伏せているのに対し、未だと繋がっている為に腰を持ち上げられ膝を立てており、さながら野生の獣たちの姿と同じである。

「いや、何だ……俺ばかりでは、申し訳ないだろう」
「い、いいよ、あたしは……ッ」

先ほども達し、二度も三度も気をやっているのだ。くったりと身体は力が入らず、の手に支えられていないと崩れてしまうほどである。
だが、熱を帯びた青い目に、身体が疼く。期待で、また震えそうになる。
戸惑う様子の中で、もそれを見出し、身体をそっと倒した。お紺のうつ伏せになった腹部へ腕を回し、持ち上げる。武骨な手が、敏感な頂を指の間で摘み、手のひらで包み込む。

「言っただろう、奉仕をすると。貴方を喜ばせたいだけだ、お紺殿」

狐の耳に、低い声が滑り込む。「んんッ」彼の声だけで、お紺の下半身が熱を増す。
きゅ、と締め付けてくる内壁に吐息を漏らし、はゆるりと腰を揺らした。直ぐに硬さを取り戻した自身が、狭いお紺の内側を広げて、再びみっちりと埋められた。
ぱちゅ、と水を増した音が響く。動くたびに、お紺のむっちりとした尻に腹部が辺り、心地よい振動だった。次第に速さを増し、お紺は布団に顔を擦らせて背後から突かれる快楽を甘受する。

「あ、あ……ッ!」

頭の後ろが、痺れる。声が、止まらなくなる。
全力で愛すの身体に、お紺は甘い懸念を抱きながらも、心地よく身を任せていた。強く求められているのに、乱暴さはなく、幸福感で胸中を埋め尽くす。年齢を増して艶っぽくなった彼女の声は、さらに甘く鳴り響いており、聴覚からをさらに煽る。

「あ、だ、駄目、奥はァ……ッ!」

ズン、ズン、と厭らしい振動が、お紺が揺らされる。遠慮なく穿たれ、言葉に反し無意識の内に腰を揺らした。
それに応えて、は何度も内側から擦り上げる。獣じみていながら、暖かく心地よい情交で、互いの神経が痺れていく。
しとどに溢れる蜜が、放たれた精を交えて互いの足を伝っていく。それも今は気にならず、汚いとも思わない。
布団を濡らして交わった二人には、今一度快楽の波が押し寄せる。収縮しだしたお紺の内側で、は往復する。

「い、いく……ッあ、い……ッあァァ……ッ!」

今までの比でない絶頂に、思考が真っ白に弾ける。振り乱した金色の髪と乱れた肢体に、も彼女を背後から抱きしめて再び精を放つ。収まりきれずに溢れた蜜と白濁とした精が、ドプリとこぼれた。




甘い余韻が、静寂に満ちる。
互いに衣服をはだけさせたまま、布団に横たわり身体を寄せ、不思議と引き延ばされる気怠い空気が心地よい。
の身体にぴったりと寄せたお紺に、彼の腕枕が差し出されて、こつりと遠慮なく乗せる。
若い子を相手した為か、多少の疲労感はあるが、それも今は気持ちの良い感覚だった。求められて嬉しくはない女は、そういやしないだろう。金色の髪を無造作に梳かれて、お紺は小さく笑う。

「――――― 今も、この時だけは亭主でいさせてくれるか」

が、静かに告げる。お紺は顔を上げて、彼の目を見つめた。青い目は、ただ真摯に、お紺を射抜いた。
彼女は口を開いたが、一度思いとどまって閉ざす。
これからもずっと、などと告げてはならない事くらいお紺も知っている。彼や、彼の一族たちが課せられて、宿願を果たすまでは永劫続く、呪われた血筋。お紺とて神の名に加わったからには、とも行った交神の儀を再び別の者とするのだろうし、も氏神となったのだから望めば応じるのだろう。
そう遠くはない未来で、きっと。

……けれど、いつか、終わる時が来るのであれば。
それを望んでも、良いのだろうか。

お紺は、たおやかに微笑むと、狐の耳をぴょこりと揺らして見せる。
そのあどけない仕草を、は見つめて微かに目を丸くする。

「――――― 今は、あんたが亭主だよ」

それでも満足するのだから、今はそれで、十分だ。
神と氏神、時が止まった者同士、先は長いのだから、気楽にいこうじゃないか。

の腕の中に抱きすくめられたお紺は、満ち足りた溜息を漏らし、瞳を閉ざした。



九尾吊りお紺の裏夢。
なんか、途中からこれ女性向けっていうより男性向けじゃなかろうかと思い始めました。
気のせいですよね。

需要があるかどうかはさておき、お紺が好きな私は自給自足で満足してます。
……人妻、萌え!! ( 黙れ )


2012.06.10