マトリョーシカ・ハート

最初から、気に入らない女だった。
当時の天界での最高権力者である太照天夕子に連れられたとはいえ、全く面識のない小娘ごときが急にデカイ顔をするなど、猫の女神―――赤猫お夏にとっては非常に面白くない出来事で、初対面から仲良くしようなんていう考えは毛頭無かった。
ただでさえ、裏切り者の風の女神……片羽ノお業の子どもなのだから。
だがその小娘は、あっという間に力を付けどの神々にも負けぬほどになってしまい、お夏とて立場が危うくなるのは時間の問題だった。それでも、彼女の態度は決して変わらなかった。

お夏と同じく、あの小娘を気に入らない虎の男神は胸に《放る子》と刻んで蔑んだ。
そうしてお夏は、あの女の宮に火を放ってやった。

そうしたらどうだ、その後見事に二人ともども下界に落とされた。虎の男神は妖怪に変わって地獄へ、お夏は猫に変えられ人里へ。
そら見ろ、これがあの綺麗ぶった皮を被る女の本心だ! お夏の叫びは、小娘についた神々にも届かなかった。


――――― その後、猫となって下界に落とされたお夏を待っていたのは、いわれのない酷い仕打ちだった。
川に放り投げられ、石礫の的にされて死に。
魚屋に捕まって、油をかけられ火だるまにされて死に。
猫には無駄な命が九つあるというが、それを全て消費するまでお夏は二度と天界に戻る事が叶わなくなっていたのである。九度も。九度も死ななければならないなんて、思った通りのえげつない奴だ。
お夏は燃えさかるような憎悪のもと、天界に戻らない代わりに《紅蓮の祠》の最奥で人間を祟る事に決めた。


――――― ただでは済まさない、あの女には絶対報復してやる!


お夏の復讐心は募るばかりで、少女の美貌を狂気に歪めその時を待った。
そうして幾らか時間が過ぎた時、ある話を聞いた。あのカマトト女が、なんと自らの血を分けた弟を殺すべく、人為的に朱点童子を生み出してけしかけるという、えげつない話を。
さすがと言おうか、何の躊躇いも無く一度失敗した事を繰り返す大博打に挑むとは。だがお夏はこれをまたとない機会と思った、あの女の思い描く通りにはさせてやらないと。
お夏は、あの女とその弟の母親である天女―――片羽ノお業に、この話を明かした。お前の娘は、お前の姉と何の関係もない一人の侍をくっつけ朱点童子を生み出し、息子を殺すようだ、と。お業は思った通りに自らの息子のもとに向かった。その理由なんぞどうでもいい、結果として三番目の朱点童子は二つの呪いをかけられ、カマトト女の作戦はすっかりねじ曲がった。

自分には何の関係もない。
たとえ神々がどんな下手な手出しをしようが、自分はこの場所で世を祟り尽くすだけだ。

そうして高笑いをした彼女のその後は……二度と戻るまいと思っていた天界へとあげられる、という呆気のないものだった。
しかもそれが、かつてお夏の復讐心で呪いをかけられた第三の朱点童子一族なのだから、皮肉なものだ。せっかく此の世に呪いを放って、いつか全てが赤く燃え盛る様を見てやろうと思ったのに。
結局自分は、あの女の計画に巻き込まれているらしい。

神と人間の間に生まれる、忌まわしい者……朱点童子。
二つの呪いによって命の長さを決められているが、このままもしも成長していれば恐らくは、お夏はもちろんの事、あの女……太照天昼子も、黄川人も、恐らく超すほどの力を得るのだろう。

全く持って、こいつらは恐ろしい。さすが同じ生まれの、血を分けた兄弟だけある。
お夏は、そう胸の中で吐き捨てた。だが彼女が思うのは、やはり昼子への嫌悪感ばかりであった。
たとえ何十年、何百年と経とうと、あの女の存在が光を増す分だけお夏の激情も膨れていくのである。




――――― 《紅蓮の祠》から天界に戻ってたお夏は、諸々の神より不安がられた放火の兆しも無く暮らしていた。
猫の姿も持つ彼女は、その性質に違わず非常に気まぐれで感情も掌握しきれない。
いつまたあの女神の炎が天界に灯るかと、恐々としたものであったが……当初危惧された事態は、とんとなく平凡であった。

だが。
この日は、どういう訳か少女のような愛らしい美貌を、いつぞやの時のように歪めていた。
白猫の神性を持つ彼女、鮮やかな紅色の髪から立った猫の耳を伸ばし、白い頬から伸びたヒゲをピリピリと揺らしている。
隠すつもりのない明らかな不機嫌さに、機知の神はとばっちりを避けて通った。
天界の最高神―――太照天昼子にも恐れず火を放ったほどの気概もある彼女、その実女神の中で第五位の地位にある実力者。その炎の性質は、多くの火の神の中でも十二分に抜きんでている。
そんな彼女に、だ。このような状態の中話しかける者はいやしないだろう。

( 何だよ、何だよ、あの女! )

お夏の胸は、激しい憤りで満ちていた。ずんずん、と突き進む彼女の足下からは、陽炎のように炎の力が滲み出ている。寸でのところで爆発はしていないが、もし些細な針先さえも触れれば一瞬でふきこぼれ、彼女の周囲には紅蓮の大火が迸るに違いない。

お夏は先ほど、ある神に呼ばれた。彼女が毛嫌いし、かつて多くの嫌がらせをしてやった太照天昼子、この時の止まった天界の最高神だ。
お夏はもちろん、あれから勢いも何も衰えずに嫌悪感は拭えていないし、使者が来た時には顔を隠さず顰めてやった。が、まあ暇も多くあるわけだからと、気まぐれに応じ昼子のもとへ向かったのである。
だが久方ぶりに見た昼子に、お夏は正直なところ圧倒された。彼女が朱点童子ゆえか、止まる事なく力を身につける最高神の威光……お夏はもう、自分では歯が立たない事を知った。白妙の着物で抑えた彼女の力は、お夏の翡翠の瞳でも見えていたのだ。
けれど力関係で怯むわけにはいかないと、昼子に向かって彼女は「下界に突き落としたアンタが、あたしに何の用だい」と啖呵を切った。どうせ、下界では大変な事をしてくれましたね、とかその辺だろう。そう思った。
……だが。それに返ってきたのは、予想外な言葉だった。

「このたび、久方ぶりにお会い出来た赤猫お夏様に、謝りたいと」

……謝る?
お夏は一瞬面くらい、大きな瞳をさらに大きくさせた。

「九度も命を散らさねば天界に戻れぬなど、貴方様が私をお恨みになる事はごもっとも。それでも、九条一族の皆様方より解放され、こうして再び天界に座した事はとても嬉しく思っております。
容易にお許し頂ける事とも勿論思っておりませぬが、それでもどうか我が思いを届けたくこうしてお声を掛けました」

外見の年齢に関しては、お夏と昼子もあまり変わらない。いや、もしかしたらお夏の方が幼く見えるかもしれない。だが、毅然と語る昼子の姿と、呆気に捕らわれたお夏とでは、一体どちらが長く天界に居たのか分からない。
しばし硬直していたお夏であったけれど、直ぐにそれも弾け飛んだのは言わずもがな。何を身勝手な、お前が真にそう思っているわけもあるまいに、そう声を荒げた彼女だが、昼子は慎ましい謝罪の姿勢を決して崩す事無く、声音を変える事無く、お夏の言葉を全て受け入れていた。そうして、九条一族の名もよくよく出した。

その態度が、一層お夏を憤慨させる事も分かっているだろうに。

私は別に、天界に戻りたいなんて思った事はない! あの場所で、ずっと妖怪の親玉になっていても構わなかった!
―――― だがお夏は、叫び散らしたくなる衝動を抑え、何も言わずに去った。その背に、昼子は声を掛ける事は無かった。ただ視線だけを、姿見えなくなるまで向けていた。

お夏は去る間ずっと、どうしようもないみっともなさと、悔しさと、恥ずかしさに襲われた。
例えば昼子の願いを聞き届ければ、自分はあの女に屈服した事になる。だがかといって、反抗する分だけ呆気なく焼き尽くされるのは見えてしまった。
きっとあの女にとって、お夏を退けるなんて今や造作もない事。片腕を震えば万物は崩壊し、森羅万象も崩れ落ちる。
彼女は言った、九条一族の皆様方のおかげで、と。お夏を業から解き放ったのは、確かにその一族に相違ない。だが、お夏に打ち勝った一族はお夏より強い事になり、そうしてお夏は第三の朱点童子……いや、太照天昼子の計画の駒に負けた事になる。何故かそれを、謁見の時に突きつけられた気がした。お前は私には勝てず、そして私の駒にも勝てないと。
それも、全てお夏の感情論だ。確証もない。昼子は、他意無く謝罪の言葉を告げていたのかもしれないが、歩み寄ろうとしないお夏には何の効果もないのだろう。実際、彼女は激情に苛まれていた。

要するに。
負けている事は理解しても、感情が従うわけにはいかず、むしゃくしゃしているのだ。

これでは最初から、昼子の手の中で遊ばれていたようではないか。
私は自分の意志で天界を見限って、世を祟る事にしたのに。最終的には戻されて、むしろあの女の計画をお膳立てしてしまったようにさえ思う。

あたしは、あの女の為になんて、まっぴらだ!

お夏の紅の髪が、炎の熱で揺れるように細い背でうねった。
それでも何故か彼女の足が向かった先は、今もっとも会いたいと思わないはずの、九条一族の氏神《九条晴天王》―――の住まいであった。


……そんなお夏の事情など知らぬに、暢気に出迎えたはとばっちりの的だった。
入ってくるなり炎を纏って突撃してきて、不機嫌な猫そのものにヒゲを逆立て怒り露わにした。怒り散らす中で、太照天昼子がどうのこうの、今更謝ったってうんたらかんたら、と断片的ながら言いふらしていたので「嗚呼、きっと太照天昼子に会って何かあったのだろうな」とそういう所には察しが鋭い彼は、何も言わずお夏の言葉が止まるまで縁側に座っていた。置物のごとく、息を殺し。

美しい白猫の神性を持つ彼女、肌は純白の柔毛に覆われて猫の耳と尻尾が生えているが、白い頬が怒りやら何やらで真っ赤に染まっており、それは非常に人間に近しいとぼんやり思っていると。
静寂を引き裂くお夏の声が幾らか収まり、やや荒げた呼吸が繰り返される。
長閑かつ平凡な庭先に、ようやく炎が消えた。は安堵し、気づかれないよう肩を撫で下ろした。彼の隣に腰掛けているお夏は、まだ赤い頬のままむすりとふてくされているが、それでも先ほどよりずっと感情は落ち着いたらしい。ピンと立った耳とヒゲも尻尾も、緩やかに弛緩し、細い肩は強張りを僅かながら解いている。

「……あたしは、昼子の為に動いてなんかやらないんだ」

小さく、けれど忌々しさたっぷりに。
その一言だけで、お夏が昼子に対し如何なる念を抱いているか理解出来る。
なるほど、昼子に火を放って下界に落とされ、九つの命を使い果たさなければ天界へ戻れない哀れな可愛い猫。その根本には、非常に生々しい嫌悪が満ちていたようだ。
は何も言わず、立ち上がった。その動作を視界の片隅に捉え、お夏はやや眦を鋭くさせる。

「お茶を入れてこよう。好きなだけ、話して行ったら良い」
「ッ何だい、あたしは別にあんたに聞いて欲しいとかじゃなくて、ただの文句だよ。あたしを小娘扱いなんて」
「はいはい、しばしお待ちを」

半ば逃げるように、は縁側を去った。非難めいた声が聞こえたが、反応は返さずにさっさと茶の支度に取りかかった。火鉢の上で湯が沸いているので、大きな湯呑みに入れある程度熱を冷ます。それから茶葉の入った急須に入れて、二つの湯呑みへと注ぎ入れる。特別に茶を淹れるのは得意ではないが、ふわりと香った匂いと暖かな湯気には我ながら上手くいったと思い、お盆に乗せ再びお夏のもとへと戻る。
が縁側に辿り着くと、お夏は何故か縁側に寝ころんでいた。柔らかい陽の下、白妙の着物を纏った細い身体は、まさに猫。ふて寝ではあるが、猫そのものである。あどけない可憐な少女の容姿の中で、香り立つ妖艶な色香。無意識で出すのは、お夏が自身の美貌を知っているからだろう、だが今は……何処までも不機嫌だ。そして、喚き散らした怒りが落ち着いた分、表れてくる気落ちした影も、同じくらい見て取れる。

「さ、お夏殿。茶が入った、いかがか」

膝をついてお盆を置く。カチャリと鳴る陶器の音に、お夏の耳が揺れた。のそりと起き上がり、横座りの体勢になるとの手元から湯呑みを受け取る。ほどよく温んだ茶を一気に飲んで、バッとに返す。
これはお代わり、だろうか。は肩を竦めて空の湯呑みを取ると、新しく茶を淹れた。

「―――― 気に入らないという点では、あんたたち一族だって多分気に入らない」

突然、お夏はそう言い放った。憤然としていないだけマシであったが、それでも驚いたのには変わらない。
は急須を持ち上げたところで腕を止め、ゆるりと下ろす。の見たお夏は、美しい少女の横顔を陰りで曇らせていた。

「……紅蓮の祠で、あたしはアンタの一族に負けた。何度も。何度も。
あたしはね、負けたのが悔しいんじゃないよ。負けたのが、アンタたちだったのが悔しいんだ」

赤い髪のかかった頬が、僅かに強ばっていた。お夏の気性を思えばずいぶんと珍しい事であるが、よほど太照天昼子が気に入らないのだろう。いや、今は九条一族であるか……。は思案に暮れて言葉を探すが、さて自分にそんな気前の良い言葉なんて出せる訳がない。生前から、彼はことあるごとに「当主はざっくばらんだ」「女心が分からなすぎる」と言われてきた彼なのだから。

「別に、アンタがあのカマトト女や黄川人と同じ朱点童子だから、とかそんなちっぽけな理由じゃないよ。あたしにとっちゃ、朱点童子なんて今となっちゃどうでも良い事さ。あの姉弟が互いの首を噛み合っていようが、見限った下界にちょっかいだそうがね」

そう告げたお夏の声は、確かにその通りに哀れみはない。むしろフンッと鼻を鳴らしてみせる。けれど、その後に続いた言葉は。

「……あの女の担いだ第三の朱点童子一族、女の計画に踊らされたようで、腹立たしいんだ。駒に負けたようじゃないか、まるで」

そう言われては、さすがの気性穏やかなも、聞き流しは出来ない。普段はお日様のようにカラリと朗らかな表情をややしかめ、お夏を見据えた。

「お夏殿、それは言葉が過ぎる。俺も、今いる一族の者達も、必死に生きてきた。短命と種絶の呪いで、三年も生きられない惨い生の中、必死に」
「分かってる。ああ、分かってるよ」

ふと、お夏は瞼を下ろす。伏せた長い睫毛は、微かに震え、溜息のような笑みがこぼれ消える。

「あたしの思ってる事も、カマトト女が思ってる事も、あんた達にとってはどれも身勝手なんだろうね。実際一生懸命戦ってんのはアンタ達だ……そんなの、分かってる」

ぱたり、と揺れる長いしなやかな猫の尻尾が、物悲しく床板を叩く。

「それでも、あたしは認めない。認めるわけにはいかない。あたしは、結局最後まであの女に、負けたみたいじゃないか」

お夏の語尾には、焦げるような激情が微かに浮かんだ。はそれをぼんやりと聞いて、一族を侮辱された怒りは徐々に引いて。お夏への哀れみ、あるいは何処か惹かれるような、不可思議な気分になった。
生々しく、女らしい後にも引く陰険さ。少女の美貌と、成熟した薄暗さ。猫の感情豊かさにも、非常に近しい。
天界は刻が止まり、神々は肉体を捨ててから永遠の死を迎え何一つとして変わらない。それをもたびたび思ったが……彼女もそうなのだろう、やはり。
ただ不思議なほどに、それを否定する念は無かった。きっと自分と似ているからだろうと、は思った。

「……アンタも、そうだ」

ずっと横顔ばかり見せていたお夏が、不意にへと顔を向けた。正面から見据えてきた強さに、彼は面食らった。
お夏は視線を真っ直ぐに絡めたまま、白い袖の中から覗く同じくらい白い猫の手を床につき、細い身体を乗り出した。しなやかな身体が、うねるようにゆったりと近付き、胡座を掻いたの前まで迫る。激情を秘める赤い髪からは香の匂いが漂ってきて、の前を容赦なく通り過ぎてくすぐる。手をつき、膝をついた姿の向こうで、猫の尻尾が横へ揺れている。
思わず、後ろ手でつくと、お夏はさらにすり寄って。ついにはの広い肩に両手を乗せて、ぐっと力を込めて押した。
驚いていた事もあって、かつて槍の教えの基盤を築いた歴代当主の肉体は倒れ、視界が反転し天井が映る。片隅で、陽射しの目映さが輝いた。
重くもないお夏の細い身体がの腰に座り込み、そうして上体を傾け、柔らかい胸がの広い胸に重なった。
猫。やはりそう思った。
悪戯だが、しかしお夏の表情には決して冗談めいたものはない。を見下ろす翡翠色の瞳には、忌み嫌う激情は薄く、ただ女の切ない情念が浮かんでいる。

「アンタにとって、カマトト女は押しつけがましい恩人かもしれない。だけどあたしには、一族はあの女の駒にしか見えない。勿論、……アンタもだ。
あたしはね、それがいっちばん腹立たしいんだよ」

お夏の両手が、の肩をゆっくりと滑る。猫が身をすり寄せた感触が這い上がり、襟元をぐっと掴んだ。
柔らかい陽射しが、の身体に跨がってのし掛かるお夏を照らし出す。赤い、紅玉のような光が放たれている。炎の女神の、柔らかな威光に見えた。埋め尽くすように下がった髪が、の顔の横にさらりと流れ、彼の視界にはお夏しか映らない。彼女の瞳にも、しか映っていない。
交わした眼差しと、互いの姿を捉えた瞳の奥、抱く感情は甘くもない。だが、不思議と熱さを抱いた。行き過ぎた温もり、温すぎる燈火、曖昧な熱さだ。


―――― たとえ彼女の言葉が、どれだけ身勝手でも。


「あたしは、全部の一族を昼子になんかやりたくない。生きてる連中も、死んでる連中も、あの女が自由に使えるものだなんて認めないし絶対にさせない。絶対に、そんな事させるもんか」


―――― たとえ彼女の感情が、どれだけ八つ当たりじみて陰険でも。


「あたしはね、。アンタまであの女のものだったとしたら、どうしようもなく腹が立つんだよ。もしも本当にあの女の物であったなら、あたしはこの世から消し去られようと、あの女の喉元かっさばいてやるんだ」


―――― 生々しく凄絶であるほど、彼女という存在は決して。
否定のしようが、無かった。

頭上で激しく吐露する彼女の瞳を、は見てしまった。枯れ果てた涙が、見えた。
負けたくない、認めない、誰にも渡さない。それがどういう意味かは、今はさほどにとって問題ではなかった。
火遊び好きの猫が、本音を吐き出した姿と。その少女の容姿に違わぬ神らしかぬ子どもじみた言い分と。凄艶な狂気と、行き詰まった感情。その細い四肢と小さな手が、訴えるように震えたのを、は動けない身体の上で感じて。

「あの女に、あたしは取られたくないんだよ。全て」

そう告げて見下ろした瞳に湛えたものが、この時は真のものだと思った。
は腕を投げ出された両腕を上げ、胸の上でうずくまるお夏の背を抱く。細く華奢で、その身に抱く激情の重さにはとても比例しない柔らかい四肢と匂い。
お夏は拒まず、一度深く息を吐き出してから瞼を下し、へ全身を預け丸まった。それでもそのしなやかな肉体からは、全ての力を抜いてはいない。それも彼女の意地なのだろうか。
も静かに瞼を下し、自分の身体の上で横たわる女神をただ抱いていた。
彼女の小さな手は、少女のようにの肩を掴んで離さなかったのを、彼は気付かなかった。



お夏は、理不尽なくらいにわがままで、陰険なくらいが丁度良い。
きっと彼女は紅蓮の祠から解放されても、変わらないと思う管理人です。
お夏ちゃん可愛い! でも非常に生々しくでGood!

そういえば赤猫お夏は、主人公一族が二つの呪いをかけられる原因だったと思い出して。
どういうやりとりがあったかは詳細不明ですが、お夏が片羽ノお業に昼子の計画をバラして、それでお業は黄川人のところへ行ったと。で黄川人( 鬼朱点 )はさすがにマズイと思って呪いをかけた。
これでもしもお夏が計画をバラしていなければ、一族始祖は昼子や黄川人のように神の力と成長し続ける人間の力を手に入れていたのでしょうね。

俺屍は本当、骨肉の争いです。


2013.01.01