01 チビとデカの出会い

 ――人の縁というものは、何処でどう繋がるのか、思いも寄らないものだ。




 丁寧に整えられた芝生、散りばめられた彩り豊かな花、蔦性の植物が巻き付くアーチ。正確な名前の知らない植物ばかりだがどれも美しく、澄んだ青空から注ぐ陽の光を浴び、庭園はさらに色鮮やかに景色を彩っている。風が吹けば、花と緑の香りをそっと運び、爽やかに肌を撫でていく。
 そこ集まった人間や獣人、鳥人といった種族の様々な参加者は、少しおしゃれな装いで身を包み、庭園に用意された飲み物と軽食を手にして楽しそうに笑っている。種族の違いから姿形は異なれど、浮かべる笑みや響く声は共通して朗らかだ。
 実に楽しい、華やかなガーデンパーティーだと傍目にも思う。

(良かった、楽しんでくれてる……)

 給仕をしている人間の少女――は、ほっと安堵する。全て自分でした事ではないが、このガーデンパーティーを開くにあたり菓子や軽食の準備に関わっていた為、ちらほらと「美味しい」という言葉が聞こえるとやはり嬉しく思うし、安堵も抱く。もちろん主役は参加されている彼らであるし、この庭園だ。
 は楽しげな空気に心を弾ませながら、自らの仕事である空いたグラスの回収をちょこちょこと動いてこなす。大きなトレーにグラスを乗せて回り、入らなくなったところで庭園の直ぐ横にある建物――庭園に臨む喫茶店へ戻った。
 庭園は華やかな賑わいだが、裏方に努める喫茶店も負けず賑わっている。主に忙しさによるものだが、不思議と心地よいのは喫茶店をしている夫妻の朗らかな人柄もあるだろう。もう少しで落ち着くだろうから、頑張ろうね。そう声を掛けられ、も微笑みながら頷き、流し場へ空のグラスを持って行く。

「お、追加来たなー。そこ置いちゃって」

 カチャカチャと手早く食器を洗っているのは、夫妻の娘であり店の看板でもある少女、ルシェ。彼女の方が少しだけ年上で、にとっては友人でもあり姉のような人物だ。
 持ち運んだグラスをルシェの手元へ追加し洗って貰う。は彼女の隣で、洗い終わった食器を布巾で拭い片付ける。

「やー父さんと母さんが散々庭を自慢したがってたからそれはどうなのって思ったけど、初の試みにしては上々って感じだね。ガーデンパーティーというか、立ち食いパーティーと化してるけど」

 評判良ければまたやるんだろうけど、準備は面倒だからしばらくやりたくないね! などと、看板娘でありながらこの大雑把さ。朗らかでさっぱりとした人柄から慕われる夫妻の娘らしい言葉だ。快活な笑顔のルシェへ、も小さく笑う。明るくて社交的だが鼻につかない、それが友人の好ましいところだ。気弱な性格のも直ぐに打ち解けたくらいなのだから。
 食器を手早く洗い終えて片付けた後は、今度は新たに焼き上がった一口サイズの可愛いミートパイを配膳しに二人で向かう。結構がっつりと並んでいるような気もするが、庭園で談笑している人々は順調に食べてくれて、空の大皿がすぐに出ている。初めてする試みは、店側としては嬉しい結果である。


 このガーデンパーティーは、友人ルシェを含む一家で営む街外れの喫茶店の、初めての試みだった。

 切っ掛けは、喫茶店のオーナーでありルシェの両親である夫妻の、とある願い事だった。
 喫茶店の目玉と言えば店の横に広がる庭園で、これはルシェの両親が趣味で手がけているものだ。素人仕事とはいえ少しずつ育んで手塩にかけた自慢の庭を「自慢したい! 見てもらいたい!」と以前からこぼしてたというのはルシェ談で、数週間前についにこのような形で爆発した。

 ――イベント会場として提供してみよう。名付けてガーデンパーティー。

 庭の植物を眺めながら、軽食と飲み物を楽しむイベント。ありきたりと言えばありきたりだが、自慢したい夫妻とってはお店も繁盛して名前も売り出せて一石二鳥だったのだろう。娘ルシェの「え、本当に大丈夫なのそれ」という言葉はまるっと無視され、あれよあれよと準備が進められた。
 しかしイベント会場としての提供は初めての事だったそうなので、いきなり街にチラシを貼り出したりしなかった。彼らの伝手か何かだろう、まずはそこに「ガーデンパーティーに挑戦してみたいんだけど、集まり事は無いかな」と尋ねていった。そして、がいつものように給仕の従業員として喫茶店へ向かうと、満面の笑顔の夫妻が飛び込んだ。ガーデンパーティーに協力してくれる人が現れたそうだ。

 そして迎えた今日。こうして街外れの喫茶店では、ガーデンパーティーが開かれていた。

 どういう伝手であったのかは知らないけれど、人好きのする性格の一家だ、慕う者は多いはず。飲食店関係の仲間か、それとも彼らの人脈か、集まった人々の関係性は聞いていなかったが、そう気にしなくても良いだろう。
 全体的にざっと見て、およそ二十人前後。決して数は多くないだろうが、自慢の庭や料理を楽しんでもらえて夫妻は嬉しそうだ。これが成功したら月に一度くらいは本格的に会場提供してみようかと、上機嫌に計画を立てるくらいである。
 娘のルシェは両親の姿に呆れていたものの、「まあお客さんが楽しんでくれて良かったのかな」と笑っている。もそれに同感だ。


 天候にも恵まれた穏やかな昼下がり、ガーデンパーティーとして貸し切りにした喫茶店は非常に賑わっている。配って回る一口サイズのミートパイも好評で、庭園に咲く花々をとても綺麗だと言ってくれた。こんな風にたくさんの客を相手にする事が無かったので、最初は恐縮したものの、慣れてしまえば何とやら。控えめで大人しい性格だがやる事はきちんとやる筋は通っているので、こうして裏方作業に汗水垂らすのは嫌いではない。

 ……まあ、何も思わない訳ではないが。

 も、おじ様、おば様と呼んで慕うルシェの両親は、果たしてどういう伝手でこの客を集めたのだろうか。
 参加者数は二十人前後と少なめであっても、妙に視界の密集度があった。というのも、庭園を見渡して映る人々は。

 獣耳が生えたり、あるいは獣そのものな頭部の獣人。

 背中から大きな翼の生える鳥人。

 そして、鱗と角が見え隠れする、竜人。

 ……といった、異種族の方々。庭園の中で、どう贔屓目に見ても人間は少数派。そしても、店側とは言えその少数派に属している。
 何という、もふもふ感とツヤツヤ感だろう。ツルツルの素肌の人の方が少ない……。
 ルシェからも「当日は人間じゃない種族の人達がたくさん来るって」とは聞かされていた。なので、それについては多少驚きはしたものの嫌悪など無い。無いのだがしかし、実際にその顔ぶれを目の当たりにすると、関心と困惑がさっくりと綯い交ぜにされての胸の中に満ちていく。
 給仕をするという事は、彼らの近くに寄るという事だ。そして近くに寄るという事は、正面に目の当たりにするという事だ。

 ……要するに、小柄なでは、異種族の彼らの目線の高さに届いていないなあ、と。

 は少女を抜けて女性に登ろうとする十代の半ばだが、年頃の娘達と比べ少々小柄で華奢な身体付きだった。対してこの庭園に居る行き交う人々の……否、異種族の、背丈の大きい事。小柄なは、物理的な迫力に圧倒され、給仕をしながら何度もあぷあぷ言った。獣人や鳥人の男性は壁のようで、またその女性は長身かつスレンダーで……。控えめな性格も災いしてか、薄ぺらい存在感はたびたび圧し潰されそうになってしまう。
 「あらあら、ごめんなさいね」と柔らかく豊満な胸が顔面にぶつかった時は、果たして幸運だったのか不運だったのか。
 どちらかに非がある訳ではなく、種族の差異と自身の身体つきが、そうさせてしまっているだけ。仕方のない事だ。なのだが、この現状。もう少し大きければと、今日も思う。ちらりと横目に見る友人ルシェは、よりも身長は高い。少なくとも、の目線の高さは彼らの胸の下、あるいは腹部であるが、彼女は胸辺りだ。
 微々たるものと言えばそうなのだが、には結構重要な事である。


 と、ここまで言ったが、獣人や鳥人、竜人といった種族は特別珍しい存在ではない。人間を含め、姿形などがそれぞれ異なる種族が世界の各地で暮らし、多少文化の差異があれど共に暮らす現在だ。歩み寄りと共存は、まだまだ双方共に発展途上にあり、完全に交わらない地域も多い。それでも少しずつ、異種族同士、近づいて暮らしている。この国もそうであるし、また達が暮らすこの街も同じだ。
 特にこの国では、有翼の種族や、人と竜の二つの性質を併せ持つ希少な竜人族が数多く暮らしており、往々に見られる存在であった。人の姿を持ちながら竜という生態系上位の姿にも転変する彼らも、人間という種族をそう思っているだろう。
 が生まれ育った村は、残念ながら人間ではない異種族の住民との交流は殆ど無く消極的だった。だからこんな風に圧倒されるのだろう。街にやって来てようやく半年以上……もう少し時間をかければ、気後れもなくなるだろうか。


 しかし、これだけ姿形の異なる種族の集まったガーデンパーティーは、妙に濃く。そんな所へ、小柄で細身な大人しいが輪の中へと入ってしまえば……御覧の通り。
 ――本当に、種族の差異とは奇なるものである。


 おじ様とおば様、一体どんな人脈が。
 そう思わないながらも、はせっせと働いた。給仕としてやる事は山ほどあるのだから。

「……あれ?」

 その時は、ふと、ある事に気付く。
 庭に設けたガーデンパラソルの下のテーブルには、自由に取って食べてもらえるよう大皿を並べているのだが、飲み物に関しては参加人数分丁度で用意している。事前に聞かされていた人数と、今日参加する人数は、庭に入る時にも確認していた。ルシェの両親も、不参加者は無いと集まった人々の代表から聞いていたはずだ。
 ……しかし、ちょこんと残っている、一つのグラス。口を付けた痕跡もないので、パーティーが始まってからずっとそのままなのだろう。
 んんー? は小首を傾げ、ルシェを捕まえる。誰か途中で帰られたのだろうかとも思ったのでそう尋ねると、ルシェは不思議そうに「そんなの聞いてないよ」と告げた。
 少し離れているだけなのだろうか……。だが一従業員なりに気がかりでもあるので、探してみる事にした。

「少しだけごめんね、直ぐ戻って来るから」
「はいはい、良いよー。落ち着いてきたし」

 手に持っていたトレーはルシェへ預け、腰に巻いたエプロンで両手を拭う。邪魔にならないよう隅へ移動し、開けた庭から花壇などの集まるその奥へと踏み入れた。
 喫茶店の中であれば夫妻が何か言っていただろうし、せいぜいここぐらいだが……のんびり眺めているようなら、それはそれで良い。飲み物ありますよと声を掛ければ直ぐに戻るつもりだ。

 ――だが、地面に埋め込んだ白い石畳の道を進んだ先で、は身動ぎ一つせず硬直する羽目になる。

 左右を彩る植物の華やかさに心を和ませながら、きょろりと周囲を窺う。すると、視界の片隅で何かが動いた。あっと思い、少し小走りになって向かうと飛び込んだのは――厳かな蒼い隊服に包まれた、広い背中であった。
 え、隊服……?
 一瞬面食らって、は前につんのめる。その拍子に音を立ててしまい、大きな背は直ぐ様へと振り返った。
 翻る蒼い隊服の向こうに、長い足と、真上を見上げるほどの長躯が聳える。揺れた黒髪からは、鮮やかな冴えた碧眼が覗いた。衣服の上からも見て取れる、引き締まった身体の逞しさは異性もので、小柄ななどと比べるべくもない。

 まじまじと見なくても分かるその厳かな出で立ちは、国に仕える武人――騎士の制服だ。

 驚いて呆けるを、振り返った彼も、じっと見下ろしている。騎士服にばかり気を取られたが、よくよくその精悍な顔立ちを窺うと、耳の先端が尖り、額からは後ろへ反った角が四本生え、肌の所々に水色掛かった白い鱗が覆っている。それは、この国で多く見られる“竜人”の特徴だ。頭が竜のそれである者もいれば、尻尾や翼が出ていたり、完全な人となっている者も居るけれど、それはさておき。
 何となく重い沈黙が流れ、奇妙な汗がの細い背を伝う。二十代半ば、或いは後半ほどだろうか、年上の男性であるがしかし。

 縦に細く伸びた瞳孔を宿す青い炯眼は、疑心に満ちている。

 開けたところで談笑する獣人達の物理的な圧力も中々なものであったが、この人物からの圧力は精神にも来る。冷ややかな眼差しは明らかにへ向いているし、そう言えば表情も硬く険しい。どの角度から見ても、不機嫌としか言い表しようがないそれを見上げ、はぎゅっとエプロンスカートを握った。
 現実では僅か数秒だろうが、数時間と睨まれているような気がしてくる。どうしよう、どうしよう、と彼女が狼狽していると、目の前の竜人の男性が重く口を開く。

「……何か」

 ずしりと、重々しい声音だった。しかも警戒色が濃い。
 これがルシェであれば盛大に文句の一つや二つを言うのだろうが、生憎そこは大人しいだ。内心悲鳴を上げて縮こまり、エプロンを握る手ばかりが力を増す。
 えっと、何て言おうと思ったんだっけ。グラスに手が付いていなくて、何処に行ったのかと単純に思っただけで、それで……と思考ばかりが激しく空回り、あわあわと狼狽える。
 さすがにそんなが気の毒になったのか、竜人はバツが悪そうに肩を揺らし、幾らか声と視線の険しさを緩めた。

「……すまない、参加するつもりは無かったのに面子に組み込まれて、少々気が立っていただけだ。気にするな」
「い、いえ、あの、私も……お、お邪魔しまして……」

 飲み物も口にしていなかったようなので、合わなかったのかと、つい気になって。しどろもどろに告げると、竜人はふと訝しげにを見下ろす。

「……店の者、だったのか」
「? はい」
「そうか……」

 安堵と申し訳無さの滲んだ苦笑いがこぼれる。何だかよく分からないが、敵意が薄れていったのでもほっと息を吐く。
 竜人の男性は、敵意に満ちた姿勢を改めて正して、の前で背を伸ばす。「貴店に対し不満など微塵もない、そう思わせたのならば申し訳なかった」と告げた彼は、年下の娘に対しても丁寧に謝罪を尽くす。今にもその伸びた長躯を曲げられそうだったので、は慌てふためき押し止めた。

「い、良いんです、私が急に来てしまったから! あの、ところで騎士様、皆様のところに行かなくて良いのですか……?」

 両腕を出しながら尋ねると、彼は不意に苦笑いを深め、に首を振って見せた。

「元々、私はこの催しには参加するつもりは無かった。当日になって参加させられた事を知って、知り合いに投げ込まれただけだ。客寄せか何かなのだろうな……。あそこに行くくらいならば、こうして貴店の庭園を見ていた方がよほど有意義だ」

 騎士様が投げ込まれる今日の催しとは、一体何なのだろうか。
 準備の忙しさにかこつけて主旨がすっかり頭から抜けてしまっている事は恥ずかしいが……しかし、竜人の騎士様が参加するような伝手が、ルシェの両親にはあったのか。そちらの方が非常に気になる。
 見上げるほどの長躯な竜人の横顔には、もう先ほどのような厳しさは無い。落ち着き払う空気に、もようやく緊張は解く。騎士という立場の人物とこうして話す事は無かったけれど、お客様には変わりないのだ。
 は、よし、と小さく胸の中で呟き、彼に尋ねた。

「あの、何か、お食べにはなりませんか? 甘いものは苦手でしょうか?」

 媚びを売るつもりはなく、おもてなしをしなくちゃという、純粋に給仕の心であった。竜人はを見下ろし、少しだけ視線を泳がす。

「ああ、いや……特別苦手ではないのだが、今は少し、な」
「あ……苦手なものが、ありましたか?」
「いやそうではなく、夜明け前からの勤務であったから……甘いものは少し、な」
「夜明け前!」

 がぐーすか寝ている時である。朝早くから今日の支度をしていたが、それよりもずっと前にこの竜人は夜が明けぬ暗がりの中で職務を全うし、その上本意でない催しにまで参加しているのか。そう思うと、心なしか彼の険しい表情に疲労が浮かんでいるようにも見えてきて、憐憫が込み上げる。
 ……いや、夜明け前からの職務に当たった彼を参加させたというその人物も、ある意味では凄い。
 気遣わしげにが見上げれば、彼は首を振り「貴女が気にする事ではない」と呟く。四本の角と竜の鱗がきらりと光を反射させるが、勇壮であるはずのそれも今は弱々しい輝きしか放たない。騎士という人々の仕事を大雑把にしか知らない一般市民であるが、これはあまりに……。

「あ、あの、騎士様、甘いものでなければ平気ですよね?」

 尋ねたに竜人は不思議そうにしたが、ああ、と一つ頷いた。それを見ては「少しお待ちを」と一礼し、ちょこちょこと開けた場所にまで戻る。自由が利く小回りをもってして、談笑する人々の間をすり抜け、ガーデンパラソルまで向かう。小皿を一枚持ち上げ、そこにサンドイッチやら一口サイズのミートパイやらを丁寧に乗せていく。ついでに直ぐ側を横切ったルシェからアイスティーとトレーも一つずつ貰い、それをしっかり両手に持って再び竜人のもとへ向かう。その細い背中には、不思議そうな眼差しがルシェのものも含めて幾つも追いかけてきたが、ちょこちょことした足取りは振り返らなかった。

 竜人はを認めると、手に持ったものを察して鮮やかな青い瞳を見開かせる。
 本意でない催しに参加させられたら、離れたくもなる。個人的にはもとても共感するので、無理に人々のところへとお勧めは出来ない。ならば。

「あの、近くにベンチもあるので、そちらで」

 せめて料理だけでも味わってもらえれば。
 完全に給仕心と気遣いが入り交じるの顔には、柔らかい微笑みが浮かぶ。そっとトレーを差し出すも、ここでも顕著な身長差が災いし彼の腹部にトレーの角が激突しそうになる。傍目に見れば比較対象としても明瞭だろう。はたしてこれは彼が大きすぎるのか、それともの背が小さすぎるのか。
 竜人はしばらく口を閉ざし、じいっとを見下ろす。ここのお料理は美味しいですよ、きっと騎士様のお口にも合いますよ、そんな風に思いながらほぼ直角に見上げると、彼は途端に何やら苦しげに眉を寄せる。顔を逸らして二度ほど咳払いをすると、慎重に両手を伸ばしてきた。トレーに触れた手は、男性としても、武人としても、筋張って大きかった。手の甲にも白い竜の鱗が生えている。心なしか少し震えているように見えるが、気のせいだろう。

「……わざわざ、こんな男にまで、お心遣い感謝する」

 呟いた竜人の声はやはり低かったけれど、先ほどとは違って重苦しくなく、心地よく耳を撫でた。
 額から四本の角が伸び、頬には鱗、瞳の瞳孔は縦に裂け、人間とは異なる点は多々あるけれど、こんな小娘にまで礼を欠かさない竜人に感動を抱く。蒼い隊服の示す騎士の位も、竜人という異なる種族の点も、全て抜きにして見習わなくてはとは恥ずかしくなる。種族の違いなど、行動の美醜の前には関係のない事だ。彼の手でも呆気なく折れてしまうだろう己の細い首を、ふるふると横に振る。

「いいえ……朝早くからのお勤め、お疲れ様です」

 いつも国をお守り下さってありがとうございます、とも付け加えると。
 その瞬間、竜人の逞しい長躯がぐらりと揺れた。

 はギョッと目を剥いたけれど、彼の足は地面を踏み抜く勢いで踏ん張り、倒れる事は無かった。軽食と飲み物を乗せたトレーも、が端っこを持っていたから、こぼれずに無事だ。
 大丈夫だろうか、支えが無ければそのまま膝から崩れ落ちてしまいそうだけれど……。
 竜人の様子に若干小首を傾げるも、その後彼はが運んだものを全て平らげてくれたので、先の奇行は直ぐに頭から忘れ去られた。
 ガーデンパーティーが終わる頃、彼は空のトレーをに差し出しに来てくれたのだ。
 竜人は、多くを言わなかったけれど、険しかった表情にあった笑みが彼の最たる言葉であったのだと思う。その時には、はもうこの竜人の騎士の事を怖いなどとは感じなかった。

(騎士様とは、こんな風に話す事もこの先ないのだろうけれど)

 良い経験をしたと、はちょっとだけ誇らしかった。



 こうして、喫茶店のガーデンパーティーは好評の内に、無事に幕を閉じる。何を主旨に集まった催しなのかは謎だが、終始笑顔を浮かべ去ってゆく参加者たちを見送って、店側としては大満足の結果だった。
 そして達に残されたのは、最後の大仕事――後片付けだ。


 ……ところで、帰り際にやたらと彼らから視線を集め、素敵な笑顔まで賜ったのだが、一体何だったのだろうか。
 不思議に思いながら、はルシェと共に大量の食器を洗うのだった。



外見差あり、体格差あり、身長差もあれば種族差もあり。
そんな何かと差のある二人による、ちんたらぽやぽや恋愛話でありたい。(願望)

考えられる差をねじ込んでみました。

てな感じに、新しい話がスタートですが、よろしくお願いします!


2015.02.01