日々、猛獣三昧

うちはもともと、動物の売り買いを商売とする一家だ。俺が小さい時からの商売で、思えばそばには必ず動物がいた。
両親が動物好きということもあり、ある意味では予測された現在で、そのせいか俺も動物は好きだし仲良くなることも胸を張って得意だと言える。
けど、鶏だとか犬などの売り買いは収入が多いわけじゃない。動物との触れ合いは好きだが、商売となるとそうも言っていられない。
一時苦しくなった両親は、考えた。他に何かないか、と。
そして考えた結果行き着いたのは……。
猛獣の調教、だったのだ。
いや最初、あの両親阿呆かと思ったね。幾らなんでもそれは馬鹿かと、大怪我が関の山だと。苦しいからって何でいきなり動物の商人から猛獣ハンターにランクアップを図るんだって。まあ誰だって阿呆かと思う、俺だって思ったし真っ先に言った。しかしそこで返ってきたものといえば、「良いか、人間も虎も、同じ生き物だ。だから怖がってはならない」などという、意味が分からない言葉と自信満々の笑みであった。父親は「決まった」と拳を握っただろうが、息子の俺から見りゃ馬鹿に拍車がかかったようなもんだ。
俺の一家は、虎に食われて終わるんだ、と思ったな。

そう思っていたのに、猛獣調教を開始して数ヶ月、すっかり板についてしまった両親の姿があった。

地元でもちょっとした有名人になり、今や国じゃ名の知らない奴はいない「猛獣狩り一家」なんて称される。
もうあれは天性のものだね、呆れながらも認めざるを得なかった。ただ《家族》とひとくくりにされた俺は絶句ものだったけど。
だが、常に真横に虎や狼がいる環境にあると人の感覚は狂わされるようで、阿呆な両親の血が流れる俺も……すっかり虎と親睦を深めていったわけだ。
最初は両親の拾ってきた虎 ( この辺がすでにおかしい ) に手伝いながら親しくなり、その虎が実は子どもを身ごもっていて生まれた仔虎を俺が親虎と一緒に育てて、今も俺の兄弟であり相棒だ。
まあ、まさか通常の虎よりも2~3倍は大きくなる、いわゆる巨大虎の血筋があったなんて思わなかったが。それが一番の驚きか。

後から知ったが、両親は若いころそりゃ有名な狩り上手だったとか……道理で扱いが上手いわけだ。

その猛獣は、手元を離れていくことが多い。人から預かり手なずけた動物も離れていく。それは寂しいがそれが仕事、そして聞こえは悪い調教も今の時代仕方のないこと。狩りに犬の協力を得るように、戦にも虎や狼の力を借りる。あまり好きではないけれど、俺も理解してる。ただ、俺は……出来れば両親にその仕事をせず生きてもらいたい、そうも思っている。
庶民だから、難しいことかもしれないが。いつかこの商人を引き継ぐ時は、もっと別の形で……

ともかく、そんな環境で過ごしてしまった俺も、十分に常識を逸脱した男になってしまっているわけだ。


……が、今は乱世。群雄割拠の時代。男は兵に駆り出される。俺も当時十分その年齢に到達していたため、いつかそれがくるのだろうと覚悟はしていた。
そんなことを日毎に考えるある日、その国の君主が現れた。偶然にも地方視察で俺の暮らす下町に足を運んだとか。どうやら、この辺りじゃ有名になってしまった《猛獣狩り一家》の噂を聞いてしまったのだろう。別にそこまで血生臭そうなことはしていないが、第三者から見れば変わった商業か。俺には関係ないと思って、兄弟であり相棒の巨大虎と一緒に出かけた。正直、堅苦しいことは好きではないから。大体、天の方だぞ、天の方。拝見することだって出来ないって思ってたのだから。
だがさらに偶然が重なったようで、その君主が家に寄る直前、近隣でたびたび見かけられていた野生虎が出たってんで大騒ぎ。動物好きの血が祟って、俺そこに行っちゃったんだよね。そしたら……まさかだよ。
思いっきりそこにその君主様がいてさ。
君主様の目の前で虎ふん捕まえて、縄かけて、放り投げて、はたと気づいたら……その君主様。

「ゲホッゲホ、ガハッホゲッ、ゲホ、ホォ!」

虎の下で、凄いむせてた。
俺の一家終わったな、て覚悟したさ流石の俺でも。戦死でも老衰でもなく、斬首で終わるなんて。
君主様のそばにいた臣下の方々は当然めちゃくちゃ怒ってたんだけど、けど、どういうわけかその君主様は輝いた目をしてて。それはもう、子どもが本物の格闘を見てキラキラするような、そんな目だった。そして物凄く良い笑顔で、こう尋ねてきた。「何か武芸を学んでいるのか」と。
……俺その時気付いたんだけどさ、猛獣と触れ合ううちに、どうやら知らない間に身体鍛えられていたらしくて。ついでに巨大虎も隣にいて、なかなか壮観だったかもしれないな。
まあそれを言ったらひどく驚いていたけれど、結局両親からも大目玉食らって。ゲンコツどこじゃなくて野生の猛獣の中に放り投げられた。だいぶスパルタ教育だ。
それを目撃した君主様もあれだけ怒っていた臣下の方々も、止めにかかってくれたが、俺はもう慣れっこだからケロリと翌日出てきたっけ。
その出来事がずいぶんと気に入ったらしい君主様は、その時俺に言った。
我がもとで、武芸を学んでみないか、と。

あの時、俺はこの人が何を言っているのか分からなかった。でも、もしも、本気であれば……俺は、両親にいつ死ぬか分からないこんな仕事させなくても良いのだと思ってしまった。
賛成すると思った両親は何故か渋ったけれど、俺は半ば強引に押し切って、君主様のもとへ向かった。相棒の虎も連れ。

そして俺は、今……―――――。





戦で駆り出される軍馬達が過ごす場所……馬舎。表には馬術の訓練にと作られた広大な敷地があるが、そこよりもさらに外れて進むと、馬舎よりもいくぶん頑丈に作られた建物がある。お世辞にも手が届いているとは言いづらいが、青々とした豊かな竹林が広がり、城の中とは思えない自然が広がっている。それでも人が通れるよう、柵が立てられた道が敷かれ、整えられた円状の敷地が建物の前にある。
馬舎とは異なり、人の気配はない。静まり返り、時おり響く獣の低い唸り声がそれを煽っている。
この建物は、猛獣を入れる建物。ゆえに、人が来ることはない。滅多に。調教師や世話を任された兵などぐらいで、わざわざ危険を冒そうとする者はいないのだ。調教師ならまだしも、一般兵などはたまったものではないだろう。戦に駆り出されるような猛獣が、数多くいるのだから。
だがその猛獣の巣窟のような建物の中に、一人の男性がいた。獣舎の入口に立ち、手前から順番に猛獣たちが一匹一匹入れられた檻を眺めていく。赤みがかった、首筋にかかる程度な短い髪を持つ彼は、男性にしては少し細みだけれどしっかり鍛えられた体躯をし、すらりと伸びた背丈をしている。動きやすそうな黒い好漢服を着ているが、その腰から下は鉄騎将腰鎧と足甲で武装し、腕も籠手をはめている。多少アンバランスではあるが、これが彼の普段着である。整った精悍な顔立ちで、猛獣を前にしても堂々と物おじせず、むしろ猛獣たちに声をかけるぐらいの余裕を見せつけている。
そして、一つの檻の前に立つと、その扉を遠慮なく開ける。中にいた、通常の虎よりも倍の大きさと狂暴性を誇る巨大虎が身体を起こし、のしのしと歩み寄った。銀色の毛並みと、青みがかった黒の虎模様の美しい巨大虎で、鋭い牙をちらつかせる。

ちょうどその時、恐る恐ると現れた一般兵が、獣舎に顔をのぞかせた。まだ若く、槍を持った手もまだ頼りない。

「あ、あのう、様……殿がお呼びで……うわあァァァ!!」

ただでさえおっかない獣舎。心の準備もなく、巨大虎が目の前にいては悲鳴も出よう。兵は尻もちをつき、巨大虎を出した男性……を見上げた。

「あ、危ないです! く、食われますよ様ァァァ!!」
「ぶわ、ちょ、うるさいっての」

男性……は、その悲鳴に小指を耳に突っ込んで半眼になる。
巨大虎は、に噛みつくどころか身を寄せ甘えている。それこそ、猫が擦り寄るように。兵はしばらく呆然としたが、思い出した慌てて立ち上がる。

「す、すみません、様の虎であることを忘れて……いました」
「はいはい、何回目だが数えてないが、まあ気にしてないさ」

兵は、突然顔を青ざめさせ、「すいません失礼を……!」と声を荒げる。なんとまあ忙しいことで、とは笑って、肩をすくめる。

「良いんですって。それにほら、俺庶民出身だからそんな畏まる必要もないですし。前から言ってるけど。似たもの同士似たもの同士」
「で、ですが、様は、将軍の副官を務める方ですし……殿が直々に声をかけて登りつめた方だともっぱら噂ですし」
「うーん、出世する気はなかったんだが……まあ良いか。で、何だって?」

兵は、バッと両手を胸の前で組み礼の体勢になると、「将軍がお呼びです」と言った。は巨大虎の頭を撫でてから、「外で遊んでてくれ」と促して兵に向き直る。巨大虎が隣を過ぎ去り、兵は硬直し動けないでいたが、に肩を叩かれハッと意識を戻す。

「じゃ、ほんの数十分、アイツの面倒見てくれませんかね」
「え?!」
「頼みましたよー」

後ろから聞こえる兵の悲鳴は無視し、はゆったりと歩き獣舎を離れた。

《猛獣狩り一家》の息子は、殿の行為で武術を学び、その頭角を表し、それから数年後今や名だたる武将とも顔を合わせ戦場に出れば補佐と護衛も務める有能な副官となっていた。
そこまで狙っていたわけではないにとっては不思議なことだが、こうなったら本気で稼いで両親に楽をさせて、殿を本気で支え天下統一を目指そうかと思うこの頃だ。

( ただ、俺は馬舎や獣舎の世話担当が良いって言ったはずだったんだけど…… )

いつの間にか却下されたのか。それでも諦めず、今でも動物の世話がしたいと言っている。かれこれ、数年間。言い続けて却下されているが。
上司にまた話をしようかと、はこの日も決意するのであった。そしてまた却下されるのは、その数分後である。

猛獣使いの一家の長男、
今日も元気に、副官を務めるのであった。



エディ男夢主プロローグ。
後悔はしない。
君主様が誰かは特定しないで、各国どのキャラとも絡んでもらいたい。


実際にゲームで作成し使ってる子です。呂布モーションで非常に優秀。
小説では、何故か猛獣使い一家の息子になりました。そしていつの間にか出世し副官に。
たぶん殿はもっと上にいかせたいのだろうけど本人嫌がって副官であることも実はかなり我慢してる、とか。
庶民出身だから、親しみやすい人になって欲しいなーと思います。

2011.02.01