その笑顔に見えるもの

下町暮らしの、根っこも庶民なが、異例の大出世で将軍らの副官となったある日。
同じ副官である、少し線の細さもある青年……珪斗と、合同鍛錬に参加するため鍛錬場に向かっている時だった。
赤みを帯びた髪を持ち、庶民ということもあってか何処かラフな身なりと仕草を好むの隣で、幾らか背の低い珪斗が不意に言った。二十かあるいはもう少し低い年齢で、青年らしい声音だったが、こちらは性格もあって誠実な真面目さが表情に表れている。肩に僅かに触れる長めの襟足だが、整えた髪は黒髪で粗暴さは全くない。年上のはずの、の方が品が無く見える。それに由縁するのは庶民出身ということなのだろうが、は気にしない。

ただ……。

「僕は、お役に立てていないのだろうか」

……珍しく、気弱なことを言っているのが、気になった。
同じ副官であり、何より顔を合わせ頻繁に親しくしている珪斗は、普段からそう言ったりはしないのだが……そんなことを言う暇あるならもっと自らを磨かなければ、と言うくらいに真っ直ぐな気性なのだ。
は隣の珪斗を見下ろし、笑った。

「何か、あったのか。アンタがそんな風にするなんて珍しい」
「失礼な、僕にだってありますよ」
「そりゃ悪い。で、どうした。溜め息ばっかついて」

自らの得物である方天画戟を持ち直す。そのの傍ら、珪斗は一層重い溜め息を吐いた。彼が扱う槍、竜胆の切っ先が下へ傾く。

「……先の戦で」
「うん?」
「僕が配属された軍の、上官が……」

妙にはっきりとしない口調が気になったが、は「ああ」と思い出す。
敵国が侵略してきたため、防衛戦となった先の戦。国境で勃発したそれは、とある武将の活躍で終結したと、もっぱら評判が良い。先の戦では出陣しなかったが、その話はすぐに聞き及んでいて、記憶にもある。
その武将は……ちょうど、この辛気臭い顔をしている珪斗の上官だったはずだ。
嬉しいと思うところのはずだが、とは驚いたように目を丸くした。

「それの、何処が溜め息の原因になる」
「……貴方はあの方のことを知らないから、良いですよ。あの時の戦い方、ていうよりも、普段の戦い方を」

そう言って、また溜め息をつく。は小さく笑い、肩をすくめる。
「言ってみろ、溜め込んでちゃ上手くないぞ」と珪斗に言えば、彼は僅かにためらう仕草を見せる。けれど、歩調を緩めると、鍛錬場までの数十メートル、それをそっと話し始めた。
対照的な二人ではあるが、何だかんだで親しい関係にあるため、が話を言いふらして回るというつまらない真似をしないと信頼しているのだ。

珪斗の口からまず出た言葉は、「あの方は危うい」であった。きっぱりと、簡潔に。
はどういうことだと首を傾げると、珪斗はさらに続ける。「国のため貢献しているけれど、我が身を省みない」
その時の珪斗の表情が、あまりにも辛そうだったため、は何も言わなかった。

「あの人の戦い方を見ていない人には、多くの武功を上げて素晴らしいと言うのでしょうね。けれど、副官としてそばにいる僕には……毎度毎度心配で仕方ない」

開始早々、敵軍の群れに突撃し、追いついた頃には拠点攻撃をしていて、しまいには敵軍突っ切り奇襲攻撃。付き合わされる珪斗の身もたまったものでないだろうが、彼は別にそれは気にしていないようで、上官のその戦い方にハラハラしてしまう。そう言った。
愚痴ではなく、心底不安がる珪斗を、は初めて見たかもしれなかった。真面目な性格祟ってか、やはり身体に溜め込んでいるようだ。

「僕ごときが差し出がましいとは思うけれど、何度か申し上げてはいるけれど……全く聞き入れる様子もないし。恥を忍んで殿にお伝えしたけれど、やっぱり戦い方は変わらないし。はあ……副官として、僕は信頼されていないのでしょうか」

それを受け入れて戦場で付き合うお前も、すでに凄いけどな……と思うであったが、それは言わなかった。

「お前に落ち度があるというより、その上官がすでにその枠を大いに飛び越えてしまっているんじゃないか……?」
「飛び越えている、というのは……」
「庶民感覚からするとね……あ、これは決してお前を愚弄するわけでもまして上官を貶めるわけじゃないぞ? 人であることを、忘れてしまっている、そんな印象だよ」

付け加えたにも関わらず、やはり珪斗は突然表情を変えて、竜胆を掴みに振りかぶった。
性格を理解しそうくるだろうなとは予想していたが、案の定やってきた。ためらいも無く。

「璃空様に対しての、無礼な発言は許さないぞ。!」
「だーかーらー、愚弄するわけじゃないって。一般論一般論」

人がいなくて良かった。要らん噂が立つところだ。
は、両手を上げ降参のポーズを取ると、珪斗の握る竜胆を視線で下ろさせる。

「大切な部分を、忘れてる。そういうことが言いたいんだって俺は。我が身を省みない危険な戦い方が、お前は心配でしょうがない。それは大切な部分を置いてきてしまったってことだ。お前もそう思うから、心配なんてするんだろ」
「それは……」
「えーと、上官……そうそう、璃空様。璃空様のもとについたことはまだ無いけど、これはあくまで俺の見解。だから、その受け取り方でも構わないけど……」

は、普段のあの気さくな笑みを浮かべた。

「そんな上官の支え方ってのを、見つけるべきなのかもしれないな」

珪斗は、ハッと目を見開き、槍を下ろした。「すいません」と急に静かに謝ってきたが、は気にするわけもなく、ヒラヒラと手を振った。

「ま、ほら、こうやって話すことも大事だし。璃空様本人の前では言えないことだろうけど、溜め込むのは悪いぜ珪斗くん?」

がいつもの調子で言えば、珪斗も笑った。幾分表情も軽くなり、「ありがとうございます」と返した声音も普段とほぼ同じだった。
そうしているうちに、鍛錬場に近付いていた。合同鍛錬ともあり、や珪斗を含む幾人かの副官と、兵、そして数名の武将。耳に届く声も、活気ある空気の振動も、入らずとも分かる。
普段から利用している鍛錬場にはさすがに全て入りきらないため、その隣接する開けた場外で行うらしい。
と珪斗は、外へと駆け足で急ぐ。そこには兵達がすでに集まっていて、各々軽く打ち合ったりなどしていた。二人の姿に気付くと、頭を下げたりなどするが、は軽く手を振り畏まらないで下さいといつもの調子で笑う。一方の珪斗は、律儀に礼を返す。何処までも正反対だなあと思いながらも、彼のそういった面は嫌いではない。

まだ武将らの姿は見えないか、と思っていると、二人の後ろからすぐに現れた。見慣れた面々の中に……つい先ほどまで話をしていたその武将がいた。先の防衛戦で戦果を上げた、武勇ある人物……それは、小柄でほっそりした身体の女性だった。仄かな青も感じる黒髪を背中に流していて、身に纏う黒い黒姫防具一式もあってか白い肌がひどく引き立てられいる。成人しているだろうが妙に少女のように見えるのも、その柔和な顔つきと輪郭のせいだろう。それはもちろん、愚弄するわけではない。あのような小柄でやや頼りない女性が、戦場では縦横無尽に馬を駆る女傑とは……世の中、凄い。は、臣下の礼を取りながら、そう思った。

そう言えば、彼女……璃空と面と向かうのは、これが初めてかもしれない。今までも顔を見かけたり、挨拶などはしていたが……近くで見ると、本当に小さい。の背丈がすんなりと伸びているせいもあるだろうが、それでも……小柄だ。

( 人形のようだねえ )

はぼんやり思った。優しげだけれど、感情の起伏の感じられない淡泊さもあった。そう思うのは、彼女とあまり話をしなかったせいだからか。
我が身を省みない、戦い方。珪斗の切なそうな顔が浮かび、彼をちらりと盗み見る。あの時の表情はなく、鍛錬に挑む武人の顔つきであった。
それから、再び璃空へ視線を映す。すると、彼女もの方へ向いていたようで、バチリと視線がぶつかった。思わずは目を丸くしたが、にこりと笑ってみせる。すると、璃空も笑みを返した。ふわりと、柔らかな微笑み。おっとりとした瞳が細められる様子をは見て、思う。陶器の人形を見ているようだ、と。

綺麗な姿で、戦場では我が身省みぬ危うい人物。
は、少しだけ彼女に興味を持つ。そしてこの日から、と璃空の友好関係を築く第一歩が、踏み出されることになる。


これが二人の、始まりである。



そんなエディ武将夢の始まり。
いっつも仲良くしてくれる女神様であり友人のあずみ様より頂いた、エディ武将たちで思わず夢小説を書いてしまいました。
マジ大好き……!!

■ □ ■

【璃空】
おっとり柔和な顔つきの、小柄でグラマー。女傑。

【珪斗】
璃空の副官。普段は真面目でやや気弱な青年。が、璃空が絡むとヤクザにもなる璃空至上主義。

2011.03.01