忠誠証明の間

思いがけず長期間になってしまった遠征を終え、久しぶりに城に帰還した僕を出迎えてくれたのは、同じ時期に仕官した友人達だった。
最初こそ同じ部隊で訓練を受けたけれど、今はそれぞれ違う将軍に仕えているから、顔を合わせる機会も少なくなっていただけに、嬉しさも一入で。思わず駆け寄ってしまってから、自分が何のために城に来たかを思い出し、慌てて振り返った

「申し訳ありません、璃空様!」

勢いよく頭を下げた僕に、いつもと変わらない穏やかな口調で、僕の上官――璃空様は顔を上げるよう命じた。

「殿への報告は、私だけで事足りますから。今日はもう、下がって良いですよ」
「ですが…」

「此度の遠征、あなたの尽力のお陰で、被害を最小限に抑えることができました。ゆっくりと休んで、次の戦に備えなさい。…友人と過ごすのも、良い休養になるでしょう?」
ふわりと微笑んでそう言うと、璃空様は謁見の間へと歩いて行ってしまった。
友人達に促され城を後にする僕の足取りは、颯爽と去って行った璃空様のそれより、何倍も重くなってしまう。上官を補佐するのが、副官の――僕の仕事なのに。

( やっぱり、僕が頼りないからなのかな )

こっそりと吐いた溜息は、隣を歩く友人に聞かれていて。何も言わずぽんっと肩を叩いてくれた手が、とても嬉しかった。




「…それにしても、羨ましいよなぁ。あの璃空様の副官なんて」

城下町の飯店に腰を落ち着け、お互いの近況を話し合っていた最中、ひとりが漏らした言葉に、その場にいた(僕以外の)人間が一斉に頷いた。

「時々お姿を見るぐらいだけどさ、あの穏やかな物腰がいいよな」
「俺達なんかにも、にっこり笑って挨拶してくださるし」
「いるだけで場が和むっていうの?なんか、いいよなぁ」

次々と出て来る璃空様を誉めそやす言葉に、僕は曖昧に笑うことしかできなかった。

――だって、ねぇ。

「おい、なんか疲れた顔してるぞ?」
「大丈夫か?」

心配そうにこちらを見る友人達になんでもないと答え、僕は手にしていた肉まんに齧りついた。
世の中には、知らない方がいいこともある。特に、憧れの人に関しては。


確かに、璃空様は穏やかなお方だと思う。声を荒げるようなことはないし、どこぞの君主のように威張り散らすようなこともない。
初めてお会いした時には、こんな方が戦場に立っているなんて――しかも、他の将軍方と肩を並べるほどの武勇を誇るなんて、信じられなかったけど。璃空様の軍に配属されて初めての戦の時に、そんな思いは消し飛んでしまった。
身の丈ほどもある長剣を手に颯爽と戦場を駆ける璃空様の姿は、まさに疾風迅雷の如し。
この方は「武人」なのだと。ただ穏やかなだけの方ではないのだと。そう思ったのを、今でもはっきりと覚えている。

――それだけで済めば、良かったんだけど。

戦を重ねていくうちに、分かったことがある。
璃空様の戦い方は無茶の連続だ、ということが。

だって、姿が見えなくなったと思ったら、敵の拠点をいくつか陥落させてくるんだよ?
「気になることがある」って走り去って、ようやく追いついたと思ったら、奇襲仕掛けようとしていた敵将叩きのめしてるんだよ?
山賊やら猛獣やらに襲われてる人を助けにいくなんて、しょっちゅうだし。

――それに、何より。

璃空様の戦い方は、なんだか危うい。武芸が未熟で危なっかしいのとは、まったく違う「危うさ」。まるで、自分の身なんて省みないような、そんな戦い方だから。
だから、副官に任じられた時、僕は少しでも璃空様の助けになろうと決めた。璃空様が、無茶な戦い方をしなくてもいいように。そう、思ったんだけど。
結論から言うと、璃空様の戦い方は、少しも変わっていない。
そのことを気にかけてくださっている孫権様に、戦の度に璃空様が何をしたかを申し上げるようになったのも、少しは璃空様の抑止力になればと思ってのことだったけど、効果は全くなかった(孫権様には申し訳ないと思ってる)。

何が璃空様をそこまで駆り立てるのかは分からないけど、きっと理由があってのことだろう。
だから、せめて。その理由が少しでも軽くなるように、僕は璃空様にお仕えしようと思う。



璃空さんと副官の話。
あずみ様ありがとー!

多少気弱な副官の青年ですが、きっと璃空さんが絡めばヤクザにもなるだろう。
私の妄想は、ここから始まった。

2011.04.29