それは極めて純粋な毒

 その時の心境を一言で表すのなら――青天の霹靂であった。



 普段から贔屓にしている本屋にて、何気なく選び取った本に視線を落としている時の事だ。少し離れたところから、女性たちの小さな会話が聞こえた。

「有鱗族の男の人って、アレが二本なんでしょ? エッチの時とか、二本同時に使うのかしら」
「ちょっと、なによ突然」
「いやほら、そこの有鱗族の本に目がいっちゃってさ」

 は本を開いた格好で動きを止める。意識は、紙面ではなく女性たちの会話に向いていた。

「だって、一本だけとかなんか気の毒だし、かといって一本ずつなんて面倒じゃない? 可哀想っていうか……やっぱり同時に……」
「うわ……レベル高……って、有鱗族の彼氏なんて居ないくせにね。ほらほら、行くよ」

 冗談っぽく笑い合う声が、次第に離れてゆく。彼女たちの足音が聞こえなくなるまで、耳をそばだて呼吸さえ忍ばせていたは、ろくに見ていない本を閉じ、ゆっくりと書架へ戻した。
 そして、本を納めると同時に、手をついて項垂れた。

 ――二本、同時。

 それは、衝撃だった。
 有鱗族の想い人がアレを二本所持していると知った時と同等、いやそれ以上かもしれない衝撃だった。

 他人の会話を、たまたま耳にしてしまった。たった、それだけの事だ。しかし、女性たちの言葉は、の頭の中で何度も繰り返されていた。

 ――そんなの、考えた事も、なかった。

 二本同時、というところではなくて。
 その後の、部分だ。

 ――あの人がどう思っているかなんて、想像もした事がなかった。

 は憔悴したような面持ちを浮かべ、覚束ない足取りで本屋を出た。



 店の外へ一歩踏み出した途端、真冬の寒さが風と共に押し寄せた。
 冷たい空気にぶるりと肩を震わせ、ぎゅっとコートを掻き合わせる。暗くなった空を仰ぐと、ちらちらと下りてくる雪の粒が、の鼻先を掠めた。
 白い吐息をこぼし、王都の頭上に広がる冬の空をしばしぼんやりと眺める。

「――

 穏やかな低い声に呼ばれ、はハッと意識を戻した。
 周囲の街並みを見渡すと、自らのもとへ駆け寄ってくる大きな姿がすぐに見つかった。
 いや、他のものと見間違う要素が一つもないので、探すのは容易であった。

 銀色の雪が舞う、華やかな王都の情景。その中に全く溶け込まず、浮き彫りにされる全身を覆う黒色のコート。
 顔を隠すように目深に被ったフードと、口元まで隠す長いマフラー。
 物々しい存在感を放つ出で立ちと、恵まれた長躯――。

 暗殺者と見紛うばかりの装いをした、グウィンである。

 夜が近付いてもなお通りには大勢の人が行き交うけれど、その大部分がぎょっとし避けて通っている。無理もない、本当に比喩なく、暗殺者のような見た目なのだ。おかげで、今日も彼の周りには、謎の空間が出来上がってしまっている。大の苦手な冬を乗り越えるための、彼流の防寒スタイルなのだが――もう、裏稼業の人にしか見えない。

 王都で暮らす誰もが知る、対魔物特化の花形、第六師団の騎士なのに。

(でも個人的には、かっこいいと思うんだけどなあ)

 以前よりもグウィンとの距離がぐっと縮まった。最近はその姿に、愛着だけでなく安心感も抱いていた。ほっと笑い、グウィンのもとへ小走りに駆け寄る。

、店の中で待っていて良かったんですよ。そっちの方が暖かいのに」
「い、いえ、大丈夫です。何だか、外で待っていたい気分になって」

 グウィンは僅かに首を傾げ、大きな背を屈めた。

「どうかされましたか。何だか急に、体温が上昇したような……」
「わあああ! だ、大丈夫です! 何でもないです!」

 は慌てて首を振り「それより」とグウィンを見つめる。

「グウィンさんの用事は、もう済みましたか?」
「ええ、ありがとうございます」

 目深に下ろしたフードのせいで顔が見えづらいが、グウィンの低い声は穏やかに微笑んでいる。も釣られて、にこりと頬を緩めた。
 すると、グウィンはおもむろに片手を差し出してきた。指の甲や手の甲は暗褐色の鱗が生え、上を向いた手のひらは黄色がかった白色の表皮で包まれている。人間とは大きく異なるその手を、は迷わず握った。

「行きましょうか」
「はい!」

 互いの手をしっかりと握り、雪が淡く降る空の下を歩き始める。すれ違いざまに人の目が集まるのは恒例だけど、以前ほど、気にはならなかった。それは、きっとグウィンも同じだろう。冷たい空気に揺れる黒色のコートの裾から覗く、逆立った鱗が並ぶ細長い尾は、楽しそうにくるりと回っていた。


◆◇◆


 夜を迎えていっそう華やぐ王都の街並みを横切り、背格好が大きい種族向けの居住区画へ踏み入れる。小人になってしまったような気分にさせるこの風景にも慣れてきた。グウィンの家に備わる、彼に合わせた、全体的に大きな家具にも。

 最近は、彼の家にお呼ばれされ、夕食を共に食べるようになった。
 週末に一度ほどのこの時間を、は楽しみにしていた。グウィンも同じらしく、少し前から、彼の家には専用の食器が揃えられた。の手に合う、人間サイズのおしゃれな食器だ。わざわざ揃えてくれたのでありがたく使用しているけれど「でもたまには私サイズの食器も使って下さいね」と彼は微笑んでいる。曰く、大きな食器を使う姿が背伸びをする子どものようで可愛らしい、なのだとか。

 うん、グウィンさんがそう言うなら、するけど……。

 近頃、グウィンは言葉を飾らず話してくれるようになった気がする。年上らしい落ち着きと物腰の穏やかさはそのままに、たまに冗談なのかそうではないのか分からない思わぬ言葉が飛び出してくるのだ。
 自信を持って恋人だと言えなかった、あの曖昧な関係の時には交わせなかったやり取りだ。
 良好な変化だと、は前向きに思っている。

(私には、不満なんて全然ない。けど……)

 グウィンは、年上の男性だ。あえて言わずにいてくれる可能性が、ないとは言えない。優しいのは、いつだってグウィンの方だ。

 丁寧な仕草でフォークを扱うグウィンを、じっと見つめる。逆立った暗褐色の鱗が生え揃うトカゲの頭が、に向かって小さく傾げられた。は微笑みを返すと、フォークを口元へ運んだ。



 夕食を済ませ、勤め先の薬局の先輩から貰った菓子と共に、身体を寄せ寛いだ。至福の一時をゆったりと味わったその後、熱っぽい眼差しを浮かべたグウィンに誘われ、ベッドへと移動した。

 ほんのりと明かりを落とし、淡く照らされる大きなベッド。
 その真ん中に腰を下ろしたの正面から、グウィンがゆっくりと近付いてくる。騎士団に身を置き、戦いで鍛えられた身体つき。おとぎ話に出てくる竜を彷彿とさせる、凜々しいトカゲの顔。人間と大きく異なる、有鱗族という種族の姿。
 かっこいいと、素直に思う。
 見つめるの唇を、二股に裂けた鮮やかな赤い舌がなぞっていった。それをそっと口に含んで深く“口付け”を交わせば、グウィンは喉を鳴らした。不器用げについばむを慈しむ、そんな音だった。

 他の人が見たらきっと驚くに違いない、自分たちなりの“口付け”。何度も交わしているのに、そのたびに心臓がドキドキと跳ねる。そういうを知っているのだろう、グウィンはいつも少し笑い、優しく扱うのだ。彼とは対極の位置にあるような、柔くて、頼りなくて、申し訳ないくらいに薄っぺらなこの身体を。それは、服を脱がす時も変わらない。髪を梳く時も、肌を舐める時も、くまなく愛撫する時も。

 怖いと思った事は、一度もない。まして、不快感など、感じた事もない。
 最近なんか、グウィンは尖った爪を丸く整えるようになった。ほんの僅かでも傷付けないようにと完璧に仕上げた指先は、ちょっぴり可愛く見える。

 多くの気遣いをさらりとやってのける彼は、本当に優しいと思う。おかげではあっという間に溶け、だらしないほどに甘えてしまう。
 今がまさに、その瞬間だった。



 熱を帯び汗ばむ頬や首筋に、爬虫類然りといった大きな手のひらが重なる。グウィンは汗の一粒まで掬い取るように、ゆっくりと撫で、鱗で覆われた躯体を寄せ合わせた。冷たくも、温かくもない、独特のざらつきと硬い感触を有した、彼の身体。それが不思議と、くすぐったくて、心地よくて、は溜め息をこぼした。
 その頭上で、グウィンは喉を低く鳴らす。獣とは異なる、けれど甘やかな、彼の音色。そうしてまた、の身体を丁寧に愛しむ。

 グウィンさんは、本当に優しい人だ。


 ―だって、一本だけとかなんか気の毒だし、かといって一本ずつなんて面倒じゃない?


 だからきっと、こんなにも気になってしまう。

 は息を荒げながら、ちらりと視線を下げる。引き締まって腹部のその下で、硬く屹立しているものが二本、脈打って天井を仰いでいる。
 普段は体内に収まっているけれど、極度の興奮状態になると意思に反し剥き出されるという、グウィンの――有鱗族特有の、男性器。スリットを押し広げ、横並びに生えているそれは、へとその先端を向け時折跳ねていた。

 グウィンは、片方の剛直を手に取り、濡れそぼったの秘所へと寄せる。開いた両足を抱え、その先端は入り口へと定まった――その時。

「グウィンさん!」

 は細い両腕を伸ばし、グウィンの大きな胸を押した。

「……? どうか、しましたか」

 思ったよりも大きな声が出てしまい、グウィンも一瞬、虚を突かれたような顔をした。爬虫類特有の両目が、真ん丸に見開いている。申し訳なさと恥ずかしさを覚えつつ、はグウィンをそうっと見上げる。

「あ、あの……」

 グウィンは律儀に、はい、と頷いて待っている。

「グウィンさんは、それでいいですか?」
「…………は」

 困惑を通り越して呆然とした、低い声が返ってきた。
 しまった! これじゃあ上から目線!
 は慌てて言い直そうとしたが、次の瞬間には、グウィンに肩を鷲掴みにされ、勢いよく抱き起こされていた。

「また誰かに心ない事を言われましたか。誰ですか教えてください今すぐにさあ」

 一息に言い放ったグウィンの背後で、どす黒い何かが渦巻いている。
 はぶんぶんと首を振り、違うんです、と必死に彼を宥めた。釈然としない様子を浮かべていたものの、ひとまずグウィンは落ち着きを取り戻してくれた。ギラギラとした危険な眼光を僅かに緩ませ、どうしたのかとへ問いかけてくる。

「その……私……」

 静かに待つグウィンへ、何度も言おうとする。だが、喉の奥に引っ掛かったように、最初の言葉が上手く形にならない。何と言えば、良いのだろう。もどかしさがぐるぐると渦巻き、余計に声がさまよった。
 すると、グウィンは小さく笑みをこぼし、二股に裂けた舌先での頬をくすぐった。

「上手く言えなくとも構わないから、教えて下さい」
「……ひ、引いたり、しませんか……?」
「私がされることはあっても、する事なんてありませんよ」

 は一瞬目を丸くすると、ぷっと空気を吹きこぼした。

「それは、私もですよ」

 肩を震わせた後、はグウィンへ、本屋での出来事をぽつぽつと明かした。不意に聞こえた女性たちの会話に、ひどく驚いてしまった事。そしてそれは、自分が全く考えもしなかった内容であり、もしかしたらグウィンも不満を覚えているのではないかと思ってしまった事を。

「グウィンさんは優しいから、一つだけとか、一つずつとか、いつも順番にしてくれてるけど……本当は、面倒で、まどろっこしいんじゃ、ないのかなって……」

 もちろん、あの女性たちは全くの他人であるし、たまたまその会話が耳に入ってしまっただけで、気にする理由もありはしない。だが、グウィンが満足してくれているのか、想像をしていなかったのも事実だった。

「あの、なんていえば良いのか、分からないんですが……わ、私ばっかりいつも、き、きもち、よくて……申し訳ないっていうか……。本当は一度に、したいのかなって……」

 どうにか言ったものの、恥ずかしさのあまり途中から頬を覆っていた。火を噴きそうなほどに熱い顔を伏せ、口を噤む。

「……」
「グ、グウィンさん……?」

 一向に反応が返ってこず、は恐る恐ると窺う。
 正面のグウィンは、身動き一つ取らず、硬直していた。
 そして、ようやく動き出したと思ったら、今度は大きくよろめき額を覆った。

「……すみません、ちょっと……顔と心を、落ち着かせますので」

 グウィンの低い声は、何故か以上に、憔悴しきっていた。
 落ち着こうとしているのか、静かに深呼吸を繰り返す。しかし、彼の後ろに見える長い尻尾は、狂ったようにシーツの上を跳ね回っていた。

「グウィンさん……?」
「……、それはつまり、その」

 グウィンは言い淀みつつ、小さく呟いた。

「二本、一度に使ってしまっても、やぶさかではないと、そういう事ですか」

 グウィンの言葉が耳に入ると同時に、の顔の赤みがさらに増す。
 頭の中で、ぼんっと、何かが弾けた。

「や、あの、ち、ちが、くもないんですが……! 違うんです! 私、あの、あの……!」

 そういう意味だと受け取られても、間違いではないし、全て否定はしないが。
 いざそう言われると、自分がとんでもない事を口走ってしまったような気がしてくる。気がするではなく、実際そうなのだろうけど。

 情けないくらいに狼狽え、グウィンから顔を背ける。すると、すかさず彼の腕が伸び、逃げようとするをぎゅっと閉じ込めた。ざらついた鱗が、全身を包み込む。

「……ひき、ましたか……?」

 しゅんと項垂れて呟くと、グウィンは腕の力を強め。

「いえまったく」

 ほとんど間を置かず、そう告げた。
 あまりにも迷いのない返答だったので、逆にの方がえっと驚いた。

「そうやって、私の事を考えて下さったんでしょう。嬉しい事ですよ」

 トカゲの顔が、あやすように頬へと擦り寄る。耳元で響いた低音は、優しく笑っていた。

「――正直、考えた事は、あったりします」

 ここだけでなく、もっと別の、大切なところもいっぺんに埋められたらと。
 そう呟きながら、グウィンのトカゲの指先が、柔らかい腹部を這う。そこに大切なものがあるように、ゆったりと円を描き出した。
 妖しげな示唆に、の腰がぞくりと戦慄く。

「下品な話ですが、有鱗族の雄のほとんどが、一度はそれを思い浮かべたりするんでしょうね。しかし、私がこんな身体であったとして、その事情を貴女へ押しつける気はありません」

 快楽のために、貴女を蔑ろにするつもりは毛頭ないと、彼は言い放った。

「私は今、十分、満ち足りています。この外見では得られると思わなかった、多くの幸福を貰いました。面倒などと……何故、思う必要があるのでしょう」

 迷いなく断言したその声を聞き、は反省した。このひとは、とても優しい。一度でも蔑ろにされた事などなく、きっとこれからも、絶対にないのだろう。他人の会話なんかでグウィンの心を推し量ろうとした、自分の愚かさを痛感する。
 は素直に、ごめんなさいと謝罪を呟いた。グウィンは満足そうに頷き、尖った口の先端での額をコリコリと撫でる。

 ――しかし。

「……考えた事は、あるんですね」

 ぎくりと、グウィンの肩が面白いくらいに飛び跳ねた。「いや、まあ、それは」と狼狽えるその様子から、それも確かに本心なのだろうなとは思う。

「グウィンさん、私は」

 グウィンの腕の中で、身動ぎし、正面から見つめ合う。さまよっていたグウィンの瞳が、へと定まった。

「わ、私」

「べ、べつに……ッ私、私は……ッ」

 それ以上の言葉が、上手く紡げない。再び顔が、燃えるような熱さを宿し、真っ赤に染まる。
 しかし、グウィンには、伝わったらしい。縦に裂けた瞳孔は、大きく震えていた。

「……それでも、受け入れる、つもりだと」

 そこに浮かび上がった感情は、困惑、動揺といった類のものだった。いや、むしろ、そう思って当然だろう。こんな事、性的倒錯があると言っているようなものだし、唾棄されるべきものに違いない。

 でも、私は。グウィンさんと釣り合うところなんて、なんにもないから。

 滅多に病気にかからない健康体には自信があるけれど、背格好はそこそこで肉感は薄い。女性らしい豊満な色っぽさは、憧れたところで手に入るはずもない。不満はないと、グウィンは言ってくれるが……。

「……よく、分からないんです、自分の気持ちが。でも、でも、グウィンさんにしてあげられる事が私にもあるなら、したいんです……」

 初めて抱く異性への懇願と、馬鹿げた事を言っておきながら拭えない未知への恐怖が、の胸中でせめぎ合う。
 鱗と表皮に覆われた彼の身体へ擦り寄り、ぎゅっと、強くしがみつく。グウィンは何も言わず、ぐずる子どものようなを抱きしめ、肩口に顎を乗せた。

 ――が、次の瞬間。
 の身体は、ふわりとベッドへ倒れ込んだ。
 視線が反転し、仄かな明かりで照らされる天井を目の前に映した。

「グウィンさん……?」
「――改めて、良かったと思います」

 天井を背にし、グウィンがゆっくりと覆い被さる。影を帯びたトカゲの顔が下り、の視界を埋めた。
 その時、ようやく気付く。
 困惑や動揺が浮かんでいると思っていた彼の両目には、もっと別の――歓喜や期待の感情が、どろりと溶け出していた。

「有鱗族の性質を、気味悪がったりせず、受け入れてくれる貴女であって」

 グウィンの手のひらが、頬を包む。そのやんわりとした仕草は丁寧で、だからこそ危険な風があった。

「貴女は本当に、危うくて、どうしようもなく可愛い。そんな風に言われてしまったら、私とて……我慢なんて、出来ませんよ」

 並ぶ言葉こそ、丁寧で穏やかだったが。笑みを含む低い声は、甘く獰猛に響いた。
 の耳どころか、全身をも嬲るようである。

「グウィンさ……ッあ?!」

 仰向けに転がったの身体を、グウィンの腕が横向きへ変える。そうして、シーツの上に投げ出された両足の内股に、鱗によってゴツゴツとしている指先を重ねた。じれったいほどにゆっくりとなぞり上げ、やがて、濡れそぼった秘所へ辿り着いた。
 微かに震える柔い花弁を押し開き、滴る温かい蜜をそっと掬い取る。けれど、それだけで終わらなかった。別の指が、その後ろへと伸びていったのだ。
 はたまらず、両目を見開く。

「グ、グウィンさ、そこ……ッひぅ!」

 硬い指先が、後ろの小さな入り口をなぞる。
 一撫でされただけで、意思とは無関係に身体が飛び跳ねた。
 悲鳴のような声をこぼすの頭上から、小さく笑うような声が聞こえる。そのうち、指先は小さな窪みへ引っかかり、ふにふにと悪戯に弄んだ。

 自分で、言った事。しかし、想い人にそんな場所を触れられる衝撃がどれほどのものなのか、身をもって知らされた。恐怖と羞恥心が、綯い交ぜになりながらへ押し寄せる。

「あ、あ、グウィンさ……ッ!」

 掻き毟るように、シーツを握りしめる。きつく閉じたまなじりに、涙がじわりと浮かんできた。

 ――それを、二股に分かれた長い舌が、掬い取った。

「――怖がらないで。いきなり奪ったりなんて、しませんから」

 恐る恐ると、顔を上げる。覗き込むトカゲの顔は、穏やかに笑っているように見えた。

「今はその言葉だけで、十分です。怯えないで下さい、ね」
「う、ご、ごめんなさ……あッ?!」

 蜜を垂らす秘所に、突然、指先が侵入する。
 後ろの小さな孔は、なおも柔らかく押しながら、だ。
 二ついっぺんに触れられ、悪寒めいた震えが、爪先から頭の天辺にまで這い上がる。嬌声なのか、すすり泣きなのか、定かでない声が何度も溢れ出てしまう。

 これは、だめ。
 どうしよう、これは、本当にだめ。

 は顔をくしゃくしゃに歪め、トカゲの頭を見上げる。

「グウィン、さぁん……ッ」
「無理にはしない。ただ、少しだけ、触れさせて下さい」

 低い声が、熱っぽく囁いている。甘やかで、情欲に浮かされたその音色は、全身をどろりと包み込むようで――ひどく、目眩がした。

「今は、余計な事は考えず、私だけに集中して」

 たおやかに告げられた言葉に、は上手く答えられず、代わりにコクコクと必死に頷いた。
 途端、グウィンは爬虫類の眼をうっそりと細め、内側に埋めた指を大きく掻き回す。あからさまな水音を奏でられ、の涙声はいっそう増した。

 やがて、腹部の深い場所で、疼くような熱が膨れあがった。大きな波がやってくるような、そんな予感がした。
 なのに、その直前になって、グウィンの指が唐突に内側から出て行った。
 昂ぶるだけ昂ぶって、行き場を無くした熱が、の中で切なく渦巻く。追いすがるように見上げると、グウィンは獰猛に微笑み、の足を軽々と持ち上げた。引き締まった腰を両足の間へねじ込み、先ほどより質量が増した気のする剛直をその中心に沿えると。
 過ぎるほどにぬかるんだ秘所へ、尖った先端を一息に沈めた。

 穿たれる衝撃に、は大きく息を吐き出す。
 頭上から、グウィンの呻き声が漏れ聞こえた。

「あ、く…………ッ」

 大きな手が、の腰を持ち上げる。耐えかねたように、グウィンの腰が前後に動き出した。
 埋められたものが、深く、大きく、の内側を出入りする。外にあるもう一方のものは、の腹部に激しく擦り付けられていた。無理に納めようとしないところに、安堵したのも事実だが、やはり申し訳ないなと思う。
 揺さぶられながら、粘つきをこぼす彼のものへ指先を伸ばす。しかし、それをグウィンの手がやんわりと握り、シーツへと縫い付けてしまった。

「今は、いいんですよ、
「あ、あ、グウィン、さ……ッで、も……ッ」
「と、いうか……今触られたら、確実に、雄として情けない事になるんで」

 すぐにでも暴発してしまいそうなのだと、グウィンは暗に仄めかす。
 ならなおさら触ってあげなきゃと、謎の使命感がの中に浮かんだが、彼は「駄目ですよ」と色っぽい笑みを声に乗せ、ぐんっと腰を突き出す。

「それは、また今度……ッは」
「で、も、グウィンさん、いつも、やさしいから、わたしも」

 舌っ足らずな声で呟くと、グウィンの両目が面食らったように見開いた。しかし、次の瞬間には、笑みが滲む。爬虫類らしく獰猛に歪んでいるのに、溢れてしまいそうな甘やかな笑みだ。

「……どうでしょう。もしかしたら私は、それとは正反対かもしれませんよ」

 絶え間なく律動を繰り返しながら、グウィンは背中を屈め、トカゲの顔を近付ける。牙を擁した彼の口が開くと、その向こうから、鮮やかな赤い舌が伸ばされた。

「……貴女は可愛い。どうかそのままで、“私”を覚えて下さい」

 温度のない、平べったく細長い、トカゲの舌。唇の輪郭をなぞったそれを、は口を開いて腔内へ迎え入れた。途端に絡まり合う“口付け”は、食べられてしまいそうなほど激しくて。

 ――何故だか、物語に出てくる狡猾なトカゲが、脳裏に浮かんだ。


◆◇◆


 ――そう、それほど、優しい男ではないのだ。きっと。

 一つの身体では持て余すだけの二本の欲望を、全て埋めてしまいたい。
 知らないところなど何もないくらいに愛し、暴いて、の中に余すことなく注ぎ入れたい。
 常軌を逸脱した、浅ましく陰険な願望を、いつからか抱いていたのだから。

 自分でも驚く。こんな獣以下の衝動を覚えた挙げ句、駆られるようになるとは。
 さすがにそんな事を、のあのキラキラした瞳を見つめて言えるはずがなかったし、言いたくはなかった。こんな浅ましい劣情を吐露すれば、は嫌悪し傍を離れてゆく。そんな恐ろしい未来、耐えられるわけがなかった。

 だから、言わなかったのに。

 まさか――の方が、受け入れる事も、やぶさかでないとは。

 正直、すぐにでもねじ伏せ、強引に納めてしまいたかった。だが、そんな獣以下の蛮行に走れば、嫌われてしまうのは考えるまでもない。
 まだはっきりとした覚悟には至らない、好奇心のような曖昧な感情だ。小さな蕾どころか、芽吹くのを待つ種くらいのもの。踏み荒らすような無粋さは、けして見せてはならない。

 少しずつ。
 少しずつ、進めていかなければ。
 受け入れてくれるだろう歓喜に、我を忘れたりせず、確実にゆっくりと。

 待つのは苦でないし、それに一本ずつの中へ埋める事に不満はない。そこは、紛れもない事実だ。長くゆっくりと、を抱いていられるのだから、不満などあるはずがない。
 はどうやら、本当はそう思っているのではないかと、心配しているようだ。自分が有鱗族ではなく人間であるから、と。
 それは全くの杞憂であり、自身がどれほどの魅力を抱えているのか、彼女はもっと自覚すべきだと思う。

「ふ、あッ! グウィン、さ、あ……ッ!」

 可愛い。声も、仕草も、表情も、全て。毒されているのではないかというくらいに。
 出会った時から、恥ずかしそうに好きだと告げてくれた時から、それは全く変わらない。それどころか、際限なく募ってゆく始末だ。

 有鱗族とは違う、柔らかくて頼りない、温かい身体を抱きしめ、無遠慮に大きく腰を揺らす。倒錯した欲望を抱えているのはこちらであるとも知らず、は縋ってくる。
 彼女の内側も、外側も、自分だけで染まればいい――その喜びを噛みしめるたび、きっと、この劣情も増すのだろう。

 真に優しいのは、間違いなく、の方だ。
 そして、そんな彼女を欲しがり、片時も手放さず捕まえていたいと思っているのは――いつだって、私の方なのだ。



とある日の【活動報告】より派生。

◆◇◆

Q:何故、本編で二穴挿入しないのか

A:その準備段階にこそ、ロマンと情熱があるはず。
  あといきなりそんな無茶はできない。(もののついで感)


二穴挿入、ロマンがあります。エロネタの鉄板ですからね。
ありますがしかし、そんな美味しい場面をぽんと軽々しく出すなんて、もったいない事は出来ない。
むしろ、一本は入れて、もう一本は外で、中も外もヒーロー色っていうのがエロくて良いじゃないかァァァ何故分からないィィィ。
もっとその過程を楽しみたいし、その過程ならではの異種姦エロスがあるはず。

という、とどのつまり――作者の趣味です。

いきなり二本なんて大惨事しかないから避けたいという心もあるので、本編では一本、あるいは一本ずつとしていました。(無茶はダメ絶対)
あとは、本編のストーリーとか、ヒーローの性格とか場の雰囲気とか崩れないように、そういうのも気にしてみたり。

二本がつっといきなり入れちゃうのが好きな方もいるでしょうが、私はそうではなく、あえて一本ずつにしておいしい場面は残し、その準備段階にも情熱を掛けたい派です。
伝わったら嬉しい、この想い。
(いやそれを本編に入れたらどうかね、という言葉は聞こえません)

そして、「どうして二本同時に使わないんだろうか」と思った方々。
これで一本ずつ派なりの返答とさせて頂きます。

なお、これはたまたまコメントを見かけた作者が勝手に盛り上がっただけの事ですので、どうぞお気になさらず。楽しんで頂ければ嬉しいです。

◆◇◆

グウィンが良い感じに、紳士な変態になって、良かったなと思っています。
主人公はアホ可愛いくらいがちょうどいい。
それで二人は、いつまでも幸せに、末永く爆発しろ。


2017.09.28