酔いも甘いもいとおしい(18禁)

 残っていた用事を終えた時、空は薄暗く染まり、街灯は暖かな橙色を灯していた。
 グウィンはコートのフードを目深に被り、王都の街中を急ぎ足で進む。
 今夜の雪は、羽根のように軽く柔らかい。視界の隅を時折掠めていく程度の、珍しく優しい雪模様であったが、それでも冬の盛りを迎えたこの時期の肌寒さは凍みるようだった。頭の天辺から爪先まで、徹底的に防寒具で防御しているが、寒気に弱い有鱗族にはこたえるものがある。
 暖かい場所と、先に向かわせた可愛い恋人の顔を求め、グウィンの歩調は自然と速まる。辿り着いた馴染みの酒場の扉も、急ぎがちに押し開けていた。

「すみません、遅れました」

 そして、賑やかな酒場へ踏み入れたグウィンを出迎えたのは――。


「おかえいなはい! グウィンさん!」


 ――呂律の回りが怪しいほどに、べろんべろんに酔っ払った可愛い恋人、であった。





「――先に向かっていてくれと、確かに私は言いました。言いましたが」

 橙色がかった照明が照らす、暖かな酒場の、その片隅。
 グウィンは影を背負い、瞳孔が縦に裂けた爬虫類特有の鋭い両眼で、冷ややかに睥睨していた。
 溶けた雪で絶妙に濡れている床へ座らせた、複数名の男達を。

 騎士団の中でも、黒の腕章を身に着ける――対魔物戦特化の、第六師団所属の騎士。
 王都の市民からは評判の、身近な英雄である。

「こうなるまで飲ませろとは、私、一言も言っていませんが?」
「あの、そういうつもりは本当、俺らにも毛頭無くてですね」
「不可抗力というか、ぱっと目をそらしてぱっと見たら、既にこうなってしまったというか」
「足が濡れてきた……冷たい……」

 ――そして同時に、グウィンの残念過ぎる同僚である。

 民衆の花形、黒の腕章の第六師団。しかしこの界隈では“年がら年中魔物臭い戦闘野蛮民族”と揶揄され続ける集団だ。

「薬局の女神にィ! いくら俺らでもそんな事しませんン!」
「止めろ止めろ止めろ、お前あの顔見えねえのか!」
「完全防寒姿よりも死神に見える、やべえ空気出ちゃってるんだぞ!」

 ……お前達、無礼が過ぎるのではないか。
 床に直座りしているこの状況下で、さらに怒りを買おうとするとは。随分と、余裕があるらしい。苛立ちのあまり、茶色い鱗に覆い尽くされた細長い尾で床板をぴしりと打ち鳴らす。
 互いの顔を掴み合っていた見苦しい男共(しかもそれなりに筋肉質で分厚い)は、音が響くと同時に、ビクッと全身を竦ませた。

「まともな言い訳もしないと、そういう事か」
「いや、あの、その」
「よろしい、ならば結構。身包みを剥いで、今すぐ外へ放り投げ……――」
「グウィンさん、怒ったおかおもかっこいいでふね~」

 ふわふわと緩んだ可愛い声が、冷え切った空気を物ともせず割って入ってきた。
 赤らんだ顔に笑顔を咲かせる、である。

、良い子にしていて下さ……こら、前が見えません」
「トゲトゲのうろこ~つやつや~」

 はグウィンの胸元をむんずと掴むと、器用にも子猫のようによじ登り始める。彼女の両脇に手を挟み込み、慌てて抱きかかえたが、に懲りた様子は全くない。キャッキャとはしゃぎ、グウィンのトカゲそのものな頭部へ女の子らしい小さな両手を重ねる。頭頂部から首の後ろにかけて生え揃う逆立った鱗や、顔を覆う分厚く平たい鱗まで、くすぐるように指を這わせ、視界までも奪おうとしている。

 小柄な人間でありながら、は意外な事に、足が速い。有鱗族のグウィンの両足が、千切れそうになるまで逃走した、恐るべき健脚の持ち主である。(後で聞いたら、火事場の馬鹿力ならぬ健脚です、と苦笑いを浮かべていた)どうやら腕の力もそうだったらしいと、グウィンはこの時初めて知った。なにせ、頭を掴んだまま全く離れないのだ。

、今はちょっと、こいつらと話を」
「むう~~……おともだちだけじゃなくて、わたしのこともみてくらさい、グウィンさん」

 目の前を覆い隠していた白い手のひらが、横へずれる。紅潮した頬をむくれさせたが、グウィンの正面から飛び込んできた。
 常とはまた異なる、あどけない仕草で拗ねる、その無防備な可愛らしさときたら。
 心肺停止しかねない不意打ちの一撃が、心臓へズドンと突き刺さる。黒の腕章を身に着ける騎士でありながら、既にもう形無しだ。

 何なんだ、この可愛い生き物は!

 グウィンにとって、なによりも厄介なのは――この酔っ払っているであった。

「……、見ていますから……下りましょう」
「やー!」
「ウ゛ッ……かわ……」

 酔っ払いなのに、だけ次元が違う。既に別の可愛い生命体に生まれ変わっている。
 同僚達のおかげで、酔っ払いがいかなるものか見慣れているが……間違ってもあれと同類ではない。同類にしてはいけない。

「いいぞ、その調子だ……」
「良い感じにグウィンの怒りが治まってきたぞ……」
「足つめてえ……なあ、胡座になっていい? どっこいせ」

 ――グウィンは細長い尾を振り上げ、床に直座りさせた同僚達を薙ぎ倒した。




 まあ、意外性は全くない話だった。
 同僚達が頼んだアルコールと、自身が頼んだ飲み物を、間違えて口にしてしまったらしい。

 “戦闘野蛮民族”と揶揄させる男所帯の第六師団とはいえ、若い娘さんをもてなす事くらい出来る。むしろ今こそ、その呼び名を払拭すべき時なのだと、あれこれ世話を焼こうと団結したらしい。その心構え自体は立派だが、なにせ周囲にいるのはこの酔っ払い共。へ手渡す時点で、当たり前のように間違えていたという。(ちなみに間違えたのは、何故かを女神と呼んで信奉する男だった。お前の女神ではないと何度言えば分かるのだろう)

 で、手渡された時に気付けば良かったのだが……。
 こんな風に楽しく酔ってしまっては、もう何も言えまい。

「わりと大きなグラスサイズだったとはいえ……一杯で“これ”とは。酒は強くないのか」
「よってません! はずかしながら、しらふです!」

 素面(しらふ)であるなら、子猫の木登りのように私の身体をよじ登ろうとはしないな。
 グウィンはそんな事を思い浮かべながら、再び木登りを始めようとするを抱え、椅子に腰を下ろす。膝の上に横抱きにされたは、嬉しそうな表情を隠さずに振りまき、グウィンの胸へ全身で寄りかかる。
 男女共に背が高い傾向にある有鱗族からしてみれば、彼女はあまりに小さく、身体の幅もない。グウィンの腕の中に、丁度よくすっぽりと収まってしまう。大した重みもないため、けして苦ではないが……。

「んふふ~グウィンさ~ん」

 グウィンの胸に頬ずりをし、緩んだ笑顔を絶やさず、辺りに花びらをふわふわと浮かべている。グウィンが酒場へやって来てから、ずうっとこの調子だ。

 全く、可愛いが過ぎる。何度見ても、可愛いしかそこにはない。普段の朗らかな彼女も大変可愛らしいが、まさかここで新たな可愛いを目の当たりにするとは。可愛いの過剰投与だ、心臓がじきに爆発する。

「ウ……ウウ゛……ギュ、ウ……」
「語彙どころか公用語が消滅しているな」
「表情が分かりにくいと評判のトカゲ頭が、あんな喜び全開なの初めて見たぞ」

 さも面白そうに告げる同僚達の顔は、一様にニヤニヤと緩んでいる。濡れた床に直座りの刑から解放した途端、この調子の良さである。もう一発、尻尾の一撃を食らわせるべきだったか。
 グウィンは咳払いをし、どうにか表情を引き締め平常を装った。

「……
「あい!」
「これは、何本に見えますか?」

 茶色い鱗に包まれた指を三本立て、の前へ近付ける。彼女はとろんとした両目でそれを見つめると、表情をぱあっと咲かせ。

「だーいすきな、グウィンさんのおてて!」

 自身の手のおよそ二倍はあろうかという鱗だらけの大きな手を、柔らかく白い二つの手でキュッと抱きしめるように握り、赤らんだ頬に寄せた。

 ――たまらずグウィンは、もう片方の手で視界を覆い、天井を仰ぐ。
 後にグウィンは、鮮烈に記憶したこの場面へ“この世に存在した天使”と表題を付けた。

「魔物の群れに囲まれても微動だにしなかったあのグウィンが、ここまで形無しとはな」

 笑いながら、同僚の一人がグラスを差し出してきた。

「ほらよ、水だ。間違いなくな」
「ああ、ありがとうございます。さあ、飲んで下さい」

 グウィンは受け取ったグラスを、の口元へ近づける。彼女は素直に唇を寄せ、こくこくと飲み下した。
 ……小動物へ餌付けをし喜ぶ連中の気持ちが、今なら少し、分かる。

「ぷはっ! おいしいです!」
「それは良かった」
「おかわりくらさい! つよいやつ!」
「これはお店で一番強いお酒ですよ。
「そーなんれすか?」
「はい。さあ、もう一口どうぞ。おや、凄いですね、サラッと飲んでしまいましたか」

 まあ、ただの冷や水のため、サラッと飲むのは当然である。これで多少は酔いも落ち着くだろう。

「手慣れてるな」
「驚くほど酔っ払いの扱いが上手い」

 こいつらは感心したように言っているが、一体誰のおかげで上手くなってしまったと思っているのだろう。

「普段から世話をさせられる事が多いですからね。何処かの誰かさん達の」

 グウィンがじろりと一瞥すれば、覚えがあるだろう同僚達の頭が深々と下がった。「その節はすみません……」「いつも助かっています……」と漏らす彼らには溜め息しか出ない。膝の上で満面の笑みを咲かす小動物の世話だったら、いくらでもやれるのだが。

「さて……来たばかりではありますが、私は先に失礼します」
「え、もう?」
「ちょっとぐらい、食べていけば?」
がこのような状態ですから」

 胸元から「もうかえるんですか? わたしはまだのめますよ~」というご機嫌な声が聞こえてくる。当然それは聞き流し、グウィンはを膝から椅子へ移動させると、帰宅の準備をする。防寒具をしっかりと着させ、彼女の分の荷物を持ち、それからを背負った。

「グウィンさんの背中~」
「はい、私の背中ですよ。良い子になって、掴まって下さい」
「あい!」

 良い返事が返ってきたが、早速両足をばたつかせている。はしゃぐ声まで上がり、さっきよりも元気になってしまったようだった。

「はは! 嬉しそうだねえ、ちゃん」
「そりゃあ一番大好きな、恋人の背中だからな」

 愉快そうに笑った同僚達へ、グウィンは顔を向けた。

ちゃん、ベロベロになっても俺らにはそんな風に甘えたりくっついたりはしなかったんだぜ」
「それどころか、ずうっとグウィンが好きだと延々惚気てたしよ。ったく、羨ましい限りだ」

 グウィンは、ちらりと肩越しに振り返る。の小さな手は、ぎゅうっと、グウィンの肩を掴んで離さなかった。


◆◇◆


「きょうは、ゆきがすくなくて、とってもいいですね~」
「そうですね。もう少しで着きますよ」

 賑やかな大通りは離れ、静まりかえった住宅街に踏み入れた。じきに、身体の大きな種族向けの区画――グウィンの自宅がある場所に到着する。あの酒場からだと、の自宅より近いのだ。

「……ふふふ」
「どうしました、
「グウィンのせなかは、おっきいなあって」

 の腕が、首へしがみつく。子猫に抱きつかれたような、軽やかな感触だった。

「せもたかくて、おっきくて、あんしんします」
「そうですか。気に入ってもらえて光栄ですよ」

 蛇やトカゲのいわゆる爬虫類の種族で成り立つ有鱗族の特徴の一つとして、男女共に背が高いとされている。特別なものとはあまり認識してはいないが、彼女がそう言うのなら、少しは誇っても良いだろう。
 ……もっとも、今は酔っ払いだが。
 目深に被ったフードの向こうで、グウィンは小さく、溜め息をこぼした。ご機嫌なを可愛らしいと思いながら、実のところその胸中は穏やかでなかった。

「……そうやって甘えてくれるのが、私だけというのなら」

 ――最初に、私が見たかった。
 共に戦地へ赴き、背を預け合う同じ隊の仲間とは言え、彼らは男だ。このような無防備な姿を、自分以外の男の目に、映っては欲しくなかった。

 そう思うのは、あまりにも狭量なのだろう。
 執念深く、また嫉妬深い――有鱗族の唾棄すべき浅黒い本性は、やはり己にもある。
 あるいは、今も恐れているからか。背中の温もりが、何処か別のところへ離れていってしまう事を。

 子猫を抱えたような軽く柔らかいこの感触に、今も焦がれては切望し、そして何度も繰り返し欲情しているのだと――年下の、清らかな心根の彼女には、とても明かせそうにない。





「さあ、着きましたよ」
「むー……」
「ほら、背中から下りて」

 自宅に着いたというのに、はいつまでもしがみいたまま下りようとしない。普段ならば絶対に見せないだろう、子どものようにぐずるその姿に、グウィンの口元はだらしなく緩んだ。
 どうにか背中から下ろす事に成功し、コートなど防寒具を脱がせる。既にもう眠たそうなは、目を擦りながらユラユラとした足取りで、手洗いへ向かった。

 ……こうやって恋人の世話を焼くのも、悪くないな。

 何かにつけては、つがい、つがい、と口うるさく、野良の獣のように感情を剥き出しにし唸る、大嫌いな獣人族。奴らの気持ちも……まあ少しは、理解しないでもない。あれらと同じ扱いは、まかり間違ってもされたくはないが。


 しばらく経った後、は身体を揺らしながら戻ってきた。先ほど以上に睡魔に襲われているようだったが、真っ直ぐとグウィンの前へ来るあたり、本当に可愛らしい。

、眠そうですね。こちらへ」
「んん……」

 伸びた上背と長い尾を有する有鱗族が楽々と身を横たえる事の出来るそのベッドは、人間の中でも小柄なからしてみれば特大サイズである。寝かせても場所は取らず、グウィンが加わってもけして窮屈ではないだろう。

「おやすみなさい、……――?」

 ふっと視線を下げると、白い指がグウィンの袖口をきゅっと摘まんでいた。
 再び視線を移し、の顔を見下ろす。彼女の両目は、グウィンをじっと見上げていた。眠たそうに瞼がやや下りたその瞳には、先ほどまでにはない、とろりとした熱が浮かんでいる。

「……きょうは、まだ、してないです」
「今日……?」
「……きす」

 舌っ足らずに、あどけなく口付けを強請る、愛らしい仕草だった。グウィンは小さく笑うと、互いの額を一度こつりと押し付け、それから口先を軽く重ねた。触れるだけの口付けのつもりだったのだが――意外な事に、の方から、かぶりついてきた。鱗を舐め、顎の隙間から舌先をねじ込ませる。グウィンの二股に分かれたトカゲの舌を、大胆にもぱくりと口に含んでしまった。
 酒が入っているためなのか、の舌は普段よりも熱く、小さな口内も同様だった。その熱が、舌を通してじわりと伝わってくる。

「は、ふ……ッグウィン、さ……ッ」

 ぞわ、と背筋が戦慄いた。吐息混じりに名を呼びながら、冷たくも温かくもないトカゲの舌を、甘く食む。痺れるようなその心地良さに、身体にカッと熱が灯ったようだった。

 二股に分かれた舌をねじ込み、もっとぐちゃぐちゃにしてやりたい――そんな獣じみた衝動を抱いたが、ぐっと、耐えた。

 顔を遠ざけ、の身体をリネンへそっと押さえつける。けれど、小さな柔らかい手は、グウィンの胸元に縋ったまま離れない。

「グウィンさん、もっと」
「……」
「だめ、ですかぁ……?」

 切なげに潤んだ瞳と、甘えた声。酒によって引き出された、普段はけして見る事のない小悪魔的な魔性に、眩暈がした。黒の腕章を許された対魔物特化の武闘派騎士であり、彼女よりも年上の、冷血なトカゲと揶揄されるグウィンが、だ。

「……好きな女性とはいえ、酔っている時にどうこうしたくは、ないのですよ」

 生真面目さゆえの決断だった。それなのに、眼下のは、ふんわりと微笑み。

「わたしは、グウィンさん、だいすきですよ。なにされたって、へいき、です」

 ――そんな事を言うのだから、本当に、まいってしまう。
 酔っていようと、は、だった。

 そのたった一言で、呆気なくグウィンから抑制が外れる。ベッドの上に乗り、仰向けに横たわる細く小さな身体へ跨がった。衣服の上から眼下の身体を手のひらでなぞっていけば、無邪気に微笑む表情に朱色が増し、女の仕草に変わるのが見て取れた。薄く開いた唇から、吐息の混じった甘えた声がこぼれ落ちてくる。
 グウィンはたまらず喉を唸らせながら、衣服をたくし上げ、温かい香りを放つ柔い胸元に直接手のひらを重ねる。

「……ほんとうは、もっとむねがおおきかったらいいなって、おもうんです」

 小さな呟きが、不意にから聞こえてきた。

「むねだけじゃなくて、おしりも、もっといろっぽかったらよかったのに。そっちのほうが、グウィンさんも、きっとうれしいでしょ」

 不満げに吐露するが、もう何か意味が分からないくらい可愛く見えたのは、仕方のない事だろう。

「私は、が好きなんですよ。今のが」
「むうう……そうですか……? おっぱいちいさくて、いつもがっかりさせてませんか?」
「いいえ、まったく」

 手のひらにこじんまりと収まる、小ぶりだが柔らかい弾力のそれに、指先を埋める。つんと立ち上がった頂を、ざらついた表皮が覆う指の腹で撫ぜれば、の声が甘く漏れた。

「んん……ッうろこ、つめたい」
「お嫌ですか」
「ううん、すきです。とかげのおかおも、おてても、しっぽも――ぜんぶ、すきです」

 鱗まみれの手の甲に、小さな手のひらが重なる。有鱗族という爬虫類の一族では、けして持つ事の叶わないその温度と、無防備な蕩けた微笑みは、喜びではなく卑しいばかりの欲望を煽り、グウィンの頭の隅を黒く焦がすようだった。

 グウィンは、ささやかな膨らみから手のひらを下げ、衣服と下着を掴む。半ば乱暴にそれらをから取り除けば、細い腰回りと薄い腹部が露わになり、華奢な白い足が眼下に伸びた。本人は肉感の無さを気にしているようだが、蠱惑的な女の美しさはそこに十分すぎるほどある。
 そして、瞬く間に広がっていく温かい肌の香りは、目眩がするほどに素晴らしい。みっともないと自覚しながら、シュルシュルと音を立て、二つに裂けた舌を出してしまう。

 ――毎回、この瞬間が、本当にたまらない。

 グウィンはの匂いを吸い込みながら、力の入っていない細い足を開かせ、指先を忍ばせる。ひたりと触れた彼女の秘所は、温度を持たない鱗とは正反対だった。驚くほど熱く、潤った感触で溢れていた。

「ん、にゃ! つめ、たい……ッ!」
「すみません。冷えているとは、思うのですが」

 口では恭しく謝りながら、込み上げる浅ましさに抗えず、冷え切った指先をの中へ埋めていく。
 たちまち鱗に伝わてくる、彼女の胎内の熱さと、柔らかく収縮する内壁の蠢き。
 眼下で震えている小さな肩を、申し訳なく思うどころか、薄暗い喜びが滲んでくるのが分かった。貴女に触れているのは、冷血種と揶揄される日陰の一族の男なのに、と。

「大丈夫ですか」
「ん、ふう……ッだいじょぶ、です」

 はああ、と甘く吐き出した吐息の向こうで、はやはり蕩けた微笑みを浮かべていた。

「たりないおんどは、わたしがあげるから、だいじょぶです」

 ――酔った勢いの冗談か。それとも、無防備にこぼした本心か。
 いずれにしても、それはグウィンにとって、最上級の言葉であった。

「……そんな風だから、私は、貴女を手放せなかったのですよ」

 朗らかで明るい、陽だまりのような温かさに満ちた、
 思い返すのは、あの場面。小柄な身体をいっそう小さく縮め、今にも失神してしまいそうなほど頬を真っ赤に染め、頼りなく佇んでいたあの場面だ。たった一言の短い言葉に、懸命に好意を乗せ、伝えてきたあの姿に――どうしようもなく心を奪われた事を、今も時折思い出す。

 一時の気の迷いであり、いつか彼女の方が去っていく。ならば、それまでは温もりに触れ、傍らにあっても良いだろう。そんな風に思いながら、一時期は過ごしていた。だが、今となっては、そんな聞き分けの良い感情はグウィンの中に欠片ほども存在していない。

「――ねえ、。貴女、私だけのものですよ」

 声も、匂いも、温もりも、彼女にまつわるもの全て、自分だけの物だ。
 そしてそれは、これから先、自分だけが知っていればいい。他の誰も知らなくていい、まして他の男になど――。

「私だけのものですから、絶対に、誰にも触れさせないで。今日の姿だって、誰にも、見せないで」

 あまりにも狭量の過ぎる、浅ましさに溢れた醜悪な感情。きっと、今の自身の顔は、歪んだ性根がありありと滲んでいる事だろう。心底、忌まわしく思う獣人どもを、これではもう馬鹿には出来ない。

 ……それを、は正しく理解しているのだろうか。赤らんだ面立ちを蕩けさせ、可愛らしく声を鳴らし、か弱い力で甘えてくる。

 グウィンは獰猛に声を低く唸らせ、の中に侵入させた指を奥深くに埋める。が悦ぶ場所をぐりっと撫で付けてやれば、華奢な身体はしなり、細い腕が必死に縋ってきた。

「ひあ、あ……ッ?! ん、う、ううう……ッ!」

 溢れてきた蜜を、乱暴に掻き混ぜる。ぐちゅぐちゅと音を鳴らし、追い立てるように続ければ、やがての身体が一際大きく飛び跳ねる。内側に埋めた指先をきつく締め付け、がくがくと全身を震わせるその姿はあまりにも甘美で、それだけで背筋が戦慄いた。
 絶え間なく溢れる蜜が、指に絡みつき、滴り落ちていく。己がここに入ったらどれほど心地好いかと、青臭い少年じみた期待が痛いほど疼く。

……ッ私も、もう」

 身を乗り出し、くったりと弛緩した華奢な身体を抱き寄せる。
 恍惚とし、彼女の顔を覗き込めば――両目は閉じ、薄く開いた唇から、寝息がこぼれていた。


 ……嘘でしょう、。ここまで来て、そこで寝落ちするのですか。


 興奮で昂った熱が、一瞬で冷めていく。途方もない落胆に見舞われ、グウィンは全身で気落ちした。
 相手は制御不能の酔っ払い、自由奔放なのだからこれも仕方ない。だが……すっかり期待してしまっただけに、絶望も大きくなってしまった。

「……さて、どうしたものか」

 とっくに下半身は、窮屈に硬く張り詰めている。これは、確認するまでもない。通常ならば一本しか現れない男性器だが、もう一本の先端が頭を覗かせている状態に陥っているだろう。


 ――極度の興奮状態に入ると、意志とは関わりなく、生殖器官が二本現れる。


 それは、他の種族にはない、有鱗族の雄特有の生態であり生理現象である。しかしながら、自らを律する事を得意とし、また理性を重んじる種族性ゆえに、“極度の興奮状態”に陥る事は……実はそう多くない。よほど理性が吹き飛ぶ場面でなければ、そうはならないのだ。

 ……ならないはずなのだが、と恋仲になってからというもの、この現象との遭遇が極端に増加している。有鱗族特有の雄の本能を、喜ぶべきか、それとも悲しむべきか。
 いずれにせよ、この情けない事態を毎度引き起こしてくれる愛しい人は、すっかり意識を飛ばしてしまった。後でどうにか、一人で鎮めなければならない。

「……まったく、

 溜め息しか出ないが、目の前で可愛い寝顔を見せられてしまっては、起こすに起こせなくなる。グウィンは小さく笑い、くうくうと寝息を立てるへ手を伸ばす。

「むにゃ……グウィンさん……」

 のんきな寝言を呟く、その幸せそうな寝顔ときたら。
 グウィンは笑みを深めると、鱗に包まれた指で、ふわふわの柔らかい頬を摘まんだ。


◆◇◆


「大変、ご迷惑をおかけしました……」

 はベッドの上で居住まいを正すと、グウィンに対し深々と土下座をした。

 朝方、目覚めたばかりの彼女は状況を全く理解しておらず、「どうしてグウィンさんのお部屋が」と首を傾げていた。どうせそんな結末だろうとグウィンは予想をしていたため、傷付きはしないものの、呆れはした。昨晩の酒場での出来事から今に至るまでの経緯を、丁寧に順番に説明していけば、の面持ちは徐々に青ざめた無表情へと変化していく。そして一通りの説明を終えた後、彼女はスウッと両目を閉じ――勢いよく、その場で土下座をした。

「本当、すみませんでした……」

 頭のつむじが見えるほど、深く頭が下がる。後悔と羞恥心などの感情が激しく入り交じるの声は、あまりにも細く響いた。
 小さな身体が、普段以上に小さく見える。
 いよいよ小動物のようだなと、グウィンは見当違いな感想を胸に抱いた。

「グウィンさんだけでなく、同僚の方々にまでご迷惑をかけたなんて……どうしよう、菓子折で許してもらえるかな……」

 許すも何も、あの連中がに怒りなど持つはずがない。酔ったは可愛い生物だと、グウィンとて力強く記憶に刻みつけたのだから、彼らもそうだろう。あまり、面白くはないが。

「あ、あ、あの、グウィンさん」
「はい?」
「わ、わた、私……何か、やらかして……」
「……んん、そうですね……。いや、ですが、まあ、あれくらいは可愛いものでしょう」
「な、何しちゃったんですかあ! 私ぃ!」

 の大きな瞳は、泣き出しそうに潤んでいた。しかし、何かしでかしたかといえば、大した事は起きていない。小悪魔的な可愛い生き物ぶりを、野郎共に見せつけた程度である。どちらかと言えば、グウィンの方が無様な醜態を晒していたが、無論それは彼女には明かさない。
 この程度の仕返しは、大目に見てもらっても良いだろう。昨晩は、のおかげで、悋気に悩まされたのだから。

「とりあえず、は酒を飲まないように――私の前以外では」
「う……は、はい……」

 しゅん、との頭が項垂れた。細い肩も下がり、叱られた子犬のようである。胸に溜まっていた澱が消えたところで、これ以上はもう良いだろうと、グウィンは声色を変えた。

「ところで、昨晩の記憶は、本当にないのですか」
「えッ? え、えっと……」

 の両目が、不自然に泳ぎ出す。頬の赤みが増し、微かに体温が上昇する。目で読み取ったその変化に、グウィンは首を傾げた。

?」
「いや、あの、その……すごく良い夢だなって、思ってたんです、けど……」

 恥ずかしそうに、身体が揺れる。
 これは、もしや。
 グウィンは、内心であくどい微笑を浮かべる。小さく座り込むと距離を詰め、その顔を正面から覗き込む。

「すごく良い夢だったと。一体、どういう風に」
「えっと、その、グウィンさんが……触って、くれたから……」
「私の事は、覚えていて下さりましたか。では、貴女自身が、口にした言葉は?」
「ひえ……ッ! だ、だって、夢だと思ってたから、私……ッ」

 意地悪言わないで下さい、と弱々しく懇願する、その姿ときたら。
 細い肩をきゅうっと狭め、両手を頬に押し付け、隠れるように小さくなる。けれど、赤くなった丸い耳や滲んだまなじりは露わになったままだ。

 罪悪感を感じるどころか、むしろ余計に……――。

「とりあえず、
「は、はい……」
「今夜はまた、私の家へ来て下さいね」
「はい……はい? えッ?」

 素っ頓狂な面持ちを浮かべたへ、グウィンは優しく、誘うように呟いた。

「昨晩は、散々煽られ、甘えられ、それでも耐えたんです――私にも、そろそろ、強請らせて下さい」

 首まで真っ赤に染まった彼女は、少しの間唇をはくはくと開閉させていたが、やがて観念したように視線を下げ、小さく頷いた。


 あの小悪魔的な、魔性の可愛らしいが――やはり、こちらの姿の方が、ずっと好ましい。


 渇き切った獰猛な本性を隠し、グウィンはたおやかに微笑んでみせた。



物凄くお久しぶりですが、おまけの番外編を追加です。

【酔っ払い】と【嫉妬】という、ベタな鉄板ネタで挑みました。
ヒロインは絶対、面白い酔い方をするだろうなと。
そしてグウィンは絶対、語彙が無くなるだろうなと(笑)

アサシン系リザードマンと人間娘の物語が、これからも誰かの心の本棚にありますように。
少しでも楽しんでいただけましたら、光栄です!


2020.04.23