きみとぼくであることの幸福

 それは、職場の上司であり親しい友人とも言える、茶トラの猫獣人の言葉であった。

「仲睦まじい番の日々を送ってるようで安心した。あいつは相手に痛い思いをさせないタイプだったんだなあ」

 ふくふくした茶トラの猫のお顔が、笑みを浮かべるように緩んだ。
 対しては、その意味を理解しきれず、疑問符を頭上に乱舞させた。

 すっかりと通い慣れた、シズの持つ衣料品店の、裏の作業部屋。
 別口で請け負っていた刺繍作業が終わったので無事にシズへと納品したは、そこでそのまま彼と軽く談笑を咲かせているところであった。
 とルシフが丸くおさまった後も気を掛けてくれる彼なので、ルシフはどうだ、とか、あいつはちゃんとしているか、などの優しい言葉が掛けられ、もそれに笑みをもって応じていた。しかし、何気なくふと告げられた先の言葉に、は首を傾げる。

 痛い思いをさせないタイプ、とは何だろう。

「えっと、シズさん? それはどういう意味でしょうか」
「ああ、いやな、仲良く過ごせているようで安心したなあって」

 シズの声には、何処となく含みが感じられる。かといってそれは悪戯やからかいの類ではなく、純粋に安堵した響きを有している。

「ほら、獣人って何であれ鼻が利くもんだからさ。気分を悪くしないで貰いたいんだけど、ここのところさんから漂うはルシフの匂いが日に日に強くなってるように思ってさ」

 強くなってる、という部分をはっきりと口にされ、はドキリと肩を揺らす。少し、いやかなり多大に、思い当たる節がにはあった。例えば、毎日必ず受けるもみくちゃ攻撃に加え、決して内容は言わないが夜の方、など。
 しかしシズはそれをからかったりはせず、しきりに頷いて「良かった良かった」と口にしている。込み上げる恥ずかしさは依然として宿っているものの、疑問の方が重みを増した。その仕草は、本当に安堵する年上そのものだったのだ。

「いや正直なところさ、結構心配はしてたんだよな」
「心配、ですか?」

 そりゃあ、まあ確かに私もルシフも危ういから、年上なシズさんからしてみれば心配の塊だろうけど。

「んーと、まあ」

 シズは自らの茶トラ猫の頭を掻きつつ、話を切り出した。

「下世話な話になるけど……後で変態とか言わないでくれよ? 猫の生態みたいなもんだからさ」

 はしばしシズの声に耳を傾けた。


◆◇◆


 昼間、空の天辺にあった陽は傾いて沈んでいった。
 種族が偏りなく暮らす中立地帯にある街は日中賑やかなものであるが、暮れてゆく夕空に夜が広がれば、その空気は落ちてゆく明かりのように静けさを帯びる。夜に営業する酒場などの飲食店やその店の通りを除いて、ほとんどの居住区域にはまったりとしたくつろぎの時間が訪れている。
 とルシフの家も、同じであった。
 帰宅した家主、ルシフと共には夕食を終え、後片付けも済ませ、リビングのソファーでくつろぐ。の隣にはルシフも座っており、彼は本を開いていた。基本的に彼が読むのは小説ではなく、なんとか学という名前だったり、商業のなんとかという名前だったり、およそには無縁だったものばかりだ。一度だけもちらっと開いてみたけれど、開始数秒で断念した。
 白猫そのものな彼の横顔には、涼しげな知性が乗せられている。本を読み進める姿はとても静かで、何人にも阻まれない空気を放っているようにも窺えた。けれどそういうクールな美猫でありながら、の足には。

 彼の白い尻尾が、優雅に巻き付いている。

 とルシフの間の程良い距離を、その長い優美な尻尾が埋めて繋ぐ。最近ではこれが標準装備なせいか、繋がれる柔らかな感触に安定感すら感じている。
 恋人兼夫婦という関係を新たに結んだけれど、ルシフは以前と変わらず涼しさを崩さない。けれど、それはあくまでも表面的なものであるらしく、裏腹にその尻尾は激しく甘えている。こういうところが、猫の気質を示しているのだろうか。もちろんは拒まず、むしろ喜んで足に尻尾を巻き付けている。猫の獣人にとって、尻尾を巻き付ける仕草は好意の表れらしいのだから。

 は、カップを傾けつつ、ちらりとルシフを盗み見た。ふと過ぎるのは、茶トラの猫獣人シズの言葉である。
 はあ、なるほどなあ、ルシフもそうだものなあ。
 などと一人考えに耽っていると、本の文字を追っていたアーモンド型の瞳が不意にへ動いた。

「なに?」

 その声も変わらず、淡々としている。が、声の抑揚がない分、足首を包む尻尾は優雅にの肌をなぞった。思わぬくすぐったさに小さく笑いつつ、カップを再び傾ける。

「んーん、あのね、今日刺繍の仕事をシズさんに納品してきて」

 ルシフは本にしおりを挟むと、ローテーブルへ置く。白い毛皮にくるまれた長い指は代わりにカップを取り、と同じように口へ含んだ。

「実は心配してたんだって言われたんだ。私とルシフの事」
「心配、ねえ」

 あの人らしい、と呟く横顔は、と同じ反応だ。けれどシズが心配していたと明かした部分は、とルシフの仲ではなく――――。

「猫の獣人は身体の造りも猫とほとんど同じだから、トゲで痛い思いをしていないかって」

 ルシフの口から、ブホッと咽せる音が漏れた。

「猫って、アレにトゲがついてるんだってね。そういえば何処かでそんな事を聞いたような気が…………大丈夫? ルシフ」

 ルシフは珍しく狼狽え、咽せていた。誰にも崩される事のなさそうな涼しさがこの瞬間に瓦解したようだ。は脳天気にルシフを覗き込むけれど、そのルシフは胡乱げに瞳を細めていた。

「……あんたは恥じらいってものがないのか」
「え、これって恥ずかしい会話だったの?!」

 むしろ、猫と人間の構造の差異に関心していたくらいだったのだが。
 仰天してみせるへ、ルシフの溜め息が重く吐き出される。

 シズが口にした「心配していた」という言葉が指していたのは、とルシフの仲ではなく、異種族ゆえの違いであった。
 曰く、猫の雄というものは生殖器に棘がついていて、雌の排卵を促すとか何とか。これが結構、思っている以上に外見的にも接触した時にも凶悪な代物らしい。も何処かで聞いたような気がする。
 そしてその獣性を持つ猫の獣人も、当然ながら同じ機能が備わっていたりするようだ。ただこれは非常に個人差があって、完全に棘がついていたり、あるいはなかったりする場合があるらしく、ルシフはどちらなのだろうかとシズはふと考えていたらしい。
 後で変態とか言わないでくれよ、と前置きしたお茶目なシズに、は関心して耳を傾けていた。人と獣人、異種族同士で異なる部分はどうしてもあるだろうし、そういうところも少しずつ埋めてゆけたらとなりに思っているので。

 しかし。

「あんたは自分の生殖器の事を進んで周りに話したりするのか」

 呆れたようにルシフに言われ、心の隅を羞恥心でちょっぴり炙られた。
 そう言われてしまったら、まあ、確かに恥じらいに欠けた会話だったかもしれないと、思わないでもないけれど。
 しかしこれが恥ずかしいと、普段ルシフが息をするようにさらっと口にする言葉はどうなのだろうかとは少し疑問ではある。

「だって……やっぱり人間と獣人って違うんだなあって、珍しくて……」
「まあ、別に怒ってはいないけど」

 ただ、とルシフの声が潜められる。

「そういう会話は、あまり余所の男はせず俺だけにしといて貰いたいな」

 低く掠れた青年の声と共に、の足首を包む尻尾が緩やかに動く。するり、と足首からふくらはぎを柔い感触伝い上がる。
 ほら、そういう声で、そういう事言う。
 耳をなぞるように滑るルシフの色めいた声の方が、よほど恥ずかしい。馬鹿と、は悪態をついたけれど、仄かに染まった頬とぎこちなく震えた声では全く様にならない。ルシフは優雅に笑みを深めると、青と金のオッドアイを瞬かせる。

「しかしまあ……あんたからそういう風に言われるとは、ねえ」

 怪しい響きがルシフの声に含まれる。何か嫌な予感を感じ取り、は背を引かせる。しかし、ソファーの背もたれと、繋がった白い尾によって、僅かに仰け反る程度で終わった。

「な、何が」
「あんたは時々、思ってもない方向から攻めてくるなあと」

 言いながら、ルシフはしなやかな身体をへ向かせ、にじり寄る。足首を包んだ尻尾と共に、は音もなくルシフへと手繰り寄せられた。男性にしてはほっそりとしているのに、そこに秘められた意外な力強さがの腰をしっかりと抱える。あっと小さく声を漏らした時にはもう、白猫の優雅なかんばせが降りてきており、へ影を落とした。

「人間と獣人は、確かに違う種族だ。お互いに文化なり構造なり違うとこも当然あるだろうね」

 細いひげがの頬を撫でる。言葉は普段どおりなのに、何故だろう、追い込まれてゆくような錯覚がした。せっかく広いソファーなのに、隙間を少しずつ埋めながら身を寄せ合っているせいだろうか。
 足首を包んでいる尻尾は、いつの間にかスカートの中へ入ってきている。ふくらはぎを伝い、太股をの側面を柔らかい先端がなぞる。

「――――良いよ。そういう話がしたいんなら、喜んで」

 悪戯っぽい笑みと共に告げられた言葉は、が真っ赤になって逃げるよりも素早く、の脳へと突き抜けて響いた。
 何かとても、語弊のある言い方! はルシフの腕にくるまれながら腕を突っ張ったが、軽々と押し返されて呻く。猫の血脈であると納得のゆくしなやかな造作の肉体なのに、やはり異性のそれだった。粗暴さのない柔らかな仕草でありながら、決して逃がさないだろう強さもしっかりと内包している。

「わ、私、何も、その」

 ただちょっと、シズさんとの会話を、しただけなのに。
 と、狼狽えるの額を、ザリザリとした舌が舐めていった。

「良いじゃん、たまには勉強でもしようか――――お互いに、仲良く、ベッドで」

 そう告げたルシフの、平素は優雅な白猫は――――その時間違いなく、狡猾な野良猫の顔つきだった。


◆◇◆


 先にも言った通りに、猫という生き物の雄は生殖器に棘――――陰茎棘(いんけいきょく)を持っている。雌猫は棘が刺さる事で排卵し、受精に至るが、これがもの凄く痛い。交尾の後半、雌が激しく鳴いてるのは痛みによる絶叫である。
 進化を経た今日の猫の獣人にも、全てとは言わないがその特性を引き継いでいる者もいるが、完全な棘を持つ者もあればまるっきり名残すら持たない者も存在したりと、非常に個人差が現れるところのようで様々だった。
 白猫の獣人ルシフの場合は、お相手のの様子を見ればおおよそを察するところであるけれど――――。



「そ、それとこれとは、べ、別の話じゃ……!」

 ベッドに仰向けで転がったは、真っ赤に染まった頬も隠せずに見上げるしかなかった。
 柔らかなシーツを背にするの横には、白猫の長身が寄り添っている。会話の片手間に衣服の類がはだけ、露わになったの丸い肩には、同じく衣服が緩み露わになる白猫の胸が触れている。人間のすべすべとした素肌とは異なる滑らかな肌触りの毛皮の感触には、ちょっとうっとりするけれど、それどころではない。ほっそりとしなやかなくせに予想外の力強さは、さすがは異性、さすがは獣人だった。

 ルームランプが灯り、仄かに照らされる部屋。そこは仕事部屋と化したルシフの寝室、ではなく、その隣のの寝室である。

 団らんの一時の会話から、どうしてこんな流れになるのだろう。ルシフの心を焚きつけるものがあっただろうかと、は使い慣れてきた己のベッドで身動ぎをする。
 そうすると、ルシフはくつくつと喉を震わせて笑い、顔を寄せた。しなやかなひげにくすぐられる頬や耳の裏、首筋に、口付けを落とすような仕草で舌先が伝う。

「前にも言っただろ。俺のような雄は、見せられた隙を絶対に取りこぼさないって」

 それは、と言い掛けたの声は、飛び跳ねた小さな音に変わる。
 衣服の下へ差し込まれた白猫の手が、の片胸を包んだ。
 肌をくすぐる白い毛皮の質感と同じくらいに、柔らかい加減で胸の輪郭をくっと歪めて撫でる。彼の手のひら、長い指は、顕著な無骨さはないが、やはり獣のものであり異性のものでもある。

はしっかりしてるんだかしてないんだか、分からないなあ」

 馬鹿にしているのだろうか、とが横を向くと、笑みを含む声と共にルシフの顔が降りてくる。細いひげが頬を掠めたと思うと、のまなじりは柔らかく吸い上げられた。
 ルームランプの仄かな明かりに照らされ、浮かび上がる純白の猫には、上機嫌な仕草と、喉を震わす音と。

「本当、そういうところが――――かじってやりたいくらい可愛い」

 ゆらりと揺れた、焦熱のような情欲。
 普段は涼やかに澄ましている優雅な白猫が、狡猾さと強かさを剥き出しにする野良猫へと変わった瞬間だった。
 あ、と小さく声を漏らすの頬が、ルームランプの明かりだけでない赤みを帯びた色を増す。それにすり寄った白猫は、、と名を呟いて、重ねた手を動かした。はだけた互いの衣服は本格的に取り外されてゆき、ベッドには何も纏わない異種族同士の身体が横たわる。
 ルシフの身体は、人間のそれとは違って白い滑らかな毛皮を纏っている。外見は正にもふもふと称するに相応しいけれど、埋めた指先が触れる地肌は熱く、意外な逞しさを隠している。猫という種族性だろう。しなやかでほっそりとして、けれど外見に反し抜群の運動量を秘める猫。純白の柔い毛皮は指触りも美しいが、今は、獣らしく瞳を細めていた。綺麗だからこそ凄みの増す欲望の片鱗が、覆い被さるルシフのオッドアイに表れている。
 普段の涼しさが、嘘のよう。
 隠したり誤魔化したりする素振りを見せず、ルシフから全身に向けられるその熱さに、は身体を震わす。



 呼ぶ声すら、ほら。沸々としたものを匂わす低音が、の耳を撫でる。
 ベッドに広がった金髪を白猫の指が梳き、そのまま薄い肩の後ろへと回る。抱えられるような仕草と共に、ルシフの身体が今一度に折り重なった。正面から降りてくる白い毛皮が、の素肌をくすぐる。ふふ、と笑みを含む息を吐き出したけれど、その下の熱さにドキリと緊張する。
 たぶんきっと、私の方が分かりやすいだろうけれど。
 はそんな事を思いながら、そっと手を上げ、ルシフの二の腕を掴んだ。見た目では分かりにくい逞しさが、の手のひらに触れる。途端、上機嫌な喉の音が奏でられ、の肩口へ白猫の顔が押し込まれた。熱い吐息で細い首筋をなぞり、ザラザラとした薄い舌を這わせる。時折、悪戯に甘く食む大きな猫へ、は身体を跳ねさせ反応を露わに返した。それが楽しいと、嬉しいと、ルシフの喉の音が厚みを増してゆく。
 首筋から離れた白猫の顔が、再びの目の前に現れる。

「ねえ、嫌じゃないだろ?」

 柔らかな影を落として、白色の野良猫が呟く。少しの意地の悪さと悪戯を含んだルシフの笑みに、はぎゅっと唇を引き結ぶ。
 逃げ道を塞いでゆくような狡猾な片鱗を見せながら、何処か甘く懇願する声音。が嫌と言わない事くらい、知っていながらきっと口にしているのだろう。
 だって素肌を晒す脚には、あの優雅な尻尾が巻き付いているのだ。
 馬鹿、とせめてもの悪態をついてやって、はルシフの肩に額を擦り付ける。

「そ、そういうの、聞くのは、ずるい……ッ」

 小さく呟いた声は、戸惑う純情な少女そのもの。
 その弱々しく可愛らしい仕草に、一体どちらが狡いのかとルシフは思う。首筋どころか全身から放たれる柔らかな素肌の匂いと相まって、目眩が強まる。ルームランプの明かりに照らされる金髪は輝いているけれど、視界の片隅がちらつくのは何もそのせいだけではないのだろう。
 猫といえど、本能的な部分に忠実な獣人という種族には変わりない。暴力的な欲望に何度も喉を上下させ、触れ慣れたはずの番の身体を引き寄せる。は小さく身動いだが、白い毛皮に指先を埋め、心地よさそうに吐息を漏らした。雨風に晒されながら立ち向かむ植物のような、ほっそりとしなやかな女体は、近頃はルシフという雄の寵愛を受けて色めいた女の部分を綻ばせるようになった。
 この存在に触れるのは自分だけ。それが嬉しくもあり――――欲望が煽られる。
 口にしないだけで、ルシフは既に今、理性と呼ばれるものが端からガリガリと削り落とされている。の匂いだけで、存在だけで。片手だけで手折る事も出来る獣人が、華奢な人間の雌に対して。
 恐らくはそこに、《氷の商人》と呼ばれる彼の一面は欠片ほども残っていない。
 それを、はきっと真に理解していない。

 真っ赤に染まったの頬に、白猫の口付けが落ちる。細いひげにくすぐられながらのそれに、知らずの唇から溜め息がこぼれる。
 その心地よさを崩さず、ルシフの片方の手がの胸を掬い上げた。飛び跳ねる丸い肩を、抱えるもう一方の手が宥め、緩やかな愛撫を始める。
 白い毛皮にくるまれた指は長く、手のひらも大きい。外見の通りに獣らしく力強いけれど、の片胸を掬い柔く撫ぜる仕草に獰猛さはない。その白い指先の下に隠されている弓形の細い爪が、本来はどれほど鋭く危険なものであるのかは、が体験して知っている。
 人と獣の相違。
 手や指先だけであっても、それは覆せないものだけれど。その下にある獣性が傷つける事はないと、は確信している。あの時――冷え切った怒りを見せながら、結局に傷を負わせる事を拒んだ――もそうだったように。白猫の手にくるまれる光景を、恥ずかしく思っても、怖く思う事はない。

 ――――と、肩の後ろに回っていたルシフの腕が引き抜かれ、の上半身がぽふっとシーツに全て倒れた。

「……ッあ」

 身体の位置を変えながら、ルシフの両手がの胸を二つとも掬い上げた。さして大きいと言えないほどほどの質量は、ルシフの手のひら全てを満たす事は叶わないけれど、さも大事そうに慈しまれている。の頬の赤みが、じわりと増した。
 すん、とルシフが鼻を鳴らす。吐き出した息には笑みだけでなく、陶然とした響きがこぼれていた。

「良い匂い」
「え……ッひゃ!」

 べろりと首筋を舐められる。ざらざらとした舌が遠慮なく這い、は驚きに肩を竦める。ルシフの顔は一度頬摺りをして直ぐに離れたけれど、笑みを湛えた口元はそのままに、不穏にずり下がってゆく。予感めいたものが、の脳裏を駆け巡った。

「ルシ……ッひあァ?!」

 悲鳴なのかそうでないのか、形容しがたい声がの口から響く。
 掬い上げられ上向いた胸の頂に、あの舌が伸びた。猫特有の、あのざりざりとした舌が。
 自身も思わぬ声量に驚いて、口を咄嗟に覆った。ルシフの頭の天辺に生え揃っている三角の白い耳が、驚いたようにピンッと跳ねた。ちょっとだけ可愛いと、は場違いに思う。

「ああ、悪い、ちょっと強かったか……」

 小さく詫びた後、再びルシフの舌が伸びる。先ほどのような衝撃はなく、何とも言えないもどかしさが胸の頂を包んだ。サリサリとした軽い感触に痛みはないけれど、小さく声が跳ねてしまう。たぶんきっと身体もそうなのだろうと、は思う。
 胸元に埋まる白猫が、ちらりと窺ってくる。綺麗な形をするオッドアイが笑ったような気がした。普段の涼しさが嘘のように、とろりと甘く溶けだした熱っぽさを秘めて。
 の身体がまたドキリと跳ねる。

「また、匂いが増えた」
「ひ、ン……ッ」

 猫の舌先が胸の頂を弾くように小突く。ルシフの身体の下で、ほっそりとした女の足がもどかしくシーツを蹴った。

「ああ……良い匂い。には分からないか、獣人とは違うし」

 愉悦を浮かべるルシフに、は羞恥心が滲んだのを自覚する。
 曰く、とても甘く、喉が渇いてくるような、それは甘美な匂いであるとか。
 比喩だろうけれど、そんな事を言われても、分かるはずもない。ただ何か、自分でさえ知らない場所をルシフに暴かれ知られたような、そんな感覚を抱いた。

 ふと、ルシフの口は一度、の胸元から離れる。そして、おもむろに小さく口を開いて――――ぱくりと、胸の先端を含んだ。
 はひくついた声を漏らし、身体を跳ねさせる。生温かい口内で転がされ、時々柔く吸われ、の手が自然とルシフの肩を掴む。力の入りづらい指先で、手繰り寄せるように白い毛皮を掴む。それで止めてくれるはずもなく、むしろ上機嫌になって吸い上げてくる。
 震える瞼を開けて細めたの視界には、白猫の姿。比喩なく白猫の頭部をしているのだから当たり前なのだけれど、それが自らの胸元に顔を埋めている。改めて思うと、不思議な光景のような気もした。
 肩を掴んだ手を、そっと滑らす。他の部分より三割ほどふっくらとした毛皮を蓄える首筋を撫で、喉を指先でくすぐる。ルシフは一瞬驚いた後、緩やかに力を抜いた。ゴロゴロと喉から奏でられる音と振動が、へと伝わってくる。
 子猫みたい。大きいけど。赤い頬に微かな笑みが浮かぶ。

 最後にひと舐めし、ルシフの頭が胸元から離れる。の唇からようやく息が大きく吐き出され、整えようと胸が上下する。けれど、伸びてきた白猫の頭に、落ち着く間もなくはきゅっと唇を噛んだ。
 覗き込んだ猫の瞳は、それまでの慈しむ愛撫に反し、酷く急き立てられるものが滲んでいた。思ったよりもずっと、彼から余裕は薄れていたらしい。喉を鳴らし、小さな鼻を鳴らし、覆い被さる白猫は綺麗な猛獣のようである。
 意味もなく、あ、と小さな声が漏れる。それを吸い取るように、の色づいた柔らかい唇を舌先が舐めた。それにたまらず、のまなじりに羞恥が赤く浮かんだ。

 ――――と、ルシフの手が、の胸元から離れてゆく。
 鳩尾、腹部、腰部と輪郭をなぞるように、猫の手のひらが下がる。その動きに微かな予感を抱き、は身動ぐ。



 掠れた音に、ぞく、と丸い肩が震える。すべすべとした毛皮にくるまれた手が、太股を撫でさする。

「ここも」

 白い指先が、ふに、と太股の内側を柔く掴んだ。何を示唆しているのかは、にも想像は容易い。何度か意味のない声をこぼした末に、強請る急いた指先に応じてそろりと足を動かす。
 ルシフの身体が真正面から退き横へ移る。の片足の膝裏へと腕が通り、太股の裏から付け根に掛けて手のひらが撫で上がった。

「や……ッあ、う」

 閉じていた両足の間に、直ぐにルシフの指先がやってきた。ぎゅっと細い眉を寄せたに、ルシフの顔がすり寄る。耳元で聞こえてくる喉を震わす音は、宥めるようでもあり、歓喜を露わにもしている。
 実際、ルシフは喜んでいた。
 ルシフの指先に触れた、泥濘のような温かい質感。それだけでも既に頭の後ろが甘く霞んだが、快楽を覚え綻んだ秘所を柔らかく撫でると、とろりと蜜がこぼれる。少しずつではあるが、の身体は女として咲き始めている。外見だけは綺麗な白い野良猫の、遙か昔からいつかはと抱いた欲求を一身に受けて。
 ルシフの中の劣情が、音を立てて増した。
 柔く触れていた指先を蜜のこぼれる秘所の内側へと差し入れる。ぐぷり、と確かに聞こえる振動を荒っぽく伝えながら。前触れのない衝撃に、一瞬だけの瞳が見開く。

「ひ……ッんゥ、う……ッ!」

 空気に溶けるはずだった声が、唇を割ったざらついた舌先に奪われる。
 ルシフの指先が、浅いところを解す。そうして、奥へとさらに深く埋まってゆく。
 は隣に並ぶ白猫の胸元へ縋った。私の髪の毛よりも滑らかな肌触りって、と少しばかり嫉妬するルシフの白い毛皮を、不作法に掴み寄せる。ぐいぐいと引っ張るを、ルシフは邪険にしなかった。むしろ身を寄せて、好きなだけ引っ張らせるくらいだった。
 それは、性格ゆえか口にしない優しさもあるけれど。ルシフの指先の動きに合わせ、声や身動ぎを変えるの幼げな反応に気を良くした意味もある。


「んん……ッは、あ……ッ!」

 舌先が離れると、のくぐもった声が溢れる。その響きと、息遣いに、ぐらりとルシフの劣情が揺らされた。片足を持ち上げられて無防備に開かれたの足の間、無遠慮に動く白い手は温んだ蜜を引き出す。

「抑えないで、全部、俺にくれ。

 声も匂いも、全部。
 そう告げるルシフの声は、白猫という獣に相応しく、色っぽく、欲深く、熱情を孕んでいるようにには聞こえた。見下ろすオッドアイにも、今にも弾けそうな高ぶった焦熱が窺える。それが獣人の男性なのだろうか。欲しい欲しいと直情的に訴え、は熱に翻弄されながら少しの恐怖を覚える。けれど。

 膝の裏に腕が回り持ち上げられた片足には、甘えるように絡む長い尾。

 それをちらりと見下ろし、ああ、とは声を漏らす。普段は見せない露わになった欲望も、反して幼げな好意も、振り払い遠ざけようと思えない。
 はぎゅうっとルシフの胸元に額を擦り付ける。息を詰める音が、ルシフの喉の向こうから聞こえた。他の誰からも触れられる事のない場所を愛す白猫の指先が、一気にを高みへ引き上げる。身体を大きく震わせて気をやったの凄艶さに、ルシフも自らの高ぶりが振り切れそうになった。


 達した衝撃が、緩やかに凪いでゆく。熱を帯びた空気には、の荒い息遣いが掠れて響く。そのほっそりとした熱い身体をルシフは宥めるように撫で上げていたが、おもむろに上体をベッドから起こした。

「んゥ……ッ?」

 ふわふわの毛皮が遠ざかるのを感じ取り、の瞼が震えながら開く。
 ルシフの腕が、シーツに埋まる細い背中と、投げ出された足に回される。力の抜けきったの身体は、逆らう事なくあっさりと持ち上げられた。特別逞しさの見えない腕であるのに、こういう所がやはり異性だ。しなだれて寄りかかっても、ルシフの身体は苦もなく真っ直ぐとベッドに座る。その足の上に、はルシフの胸を背もたれにして小さく収まった。
 失礼だが、上質なソファーのようである。とてもふかふかだ。

「……最初の話の続き、しようか」

 告げた声は、掠れていた。力の入らない両足を後ろから抱えられ、緩やかに開かれる。余韻の残る赤い頬に微かな震えが過ぎったけれど、自らの両足の向こうにあったものが見え、の意識は“それ”に移る。

「あ……」

 の顔の横へと、ルシフの顔が降りる。しなやかなひげや毛皮が、熱を浮かべるの肌をくすぐった。ルシフは、の丸い片膝に一方の手のひらを置き、もう一方はの腹部へと重ねる。じんわりとした温もりが響く。

「陰茎棘は猫の獣人が持つもので、実際は持ってる奴といない奴とばらつきがある。俺の場合は……まあ、が一番知ってるだろうけど」

 ルシフの場合、猫の種族特有の棘は生殖器に一切持たず、番の秘所を不必要に傷つける事はない。男女の間にまで割って入る種族差がなく、本当に良かったとは彼も思っている。けれど、ぎこちなく開かれたの足の間に見える、隆起した雄の杭は――――。

 ルシフの背に寄りかかるは、そこから視線を逸らさないでいた。そういえば、まじまじと目の当たりにするのはこれが初めてかもしれない。の繰り返す呼吸は、自然と乱されて熱を集める。
 硬く質量を増し、天を上向いたルシフの男性器。鋭く尖った先端からは今のと同じに蜜がこぼれ、それが伝って濡れる赤く腫れ上がった茎はびくりびくりと震えている。苦しそうに、或いは、熱に狂わされたように。その様子を、は息を詰めて見下ろす。

「……棘が有ろうと無かろうと、獣の造りをしているのは変わらないな」

 さすがに恥ずかしいらしく、身動ぎする振動がへ伝わる。思ったよりもじっと見つめてしまい、自身も慌てて意識を戻す。最初彼が言ったように、棘の話は確かにあまり大っぴらにしない方が良さそうだ。一つまた学んだけれど、今となってはあまり関係ない。

 でも……あんなに真っ赤に腫れて、震えて、苦しそう。

「まあともかく、棘のない俺だから、の身体を傷つける事はないって覚えていれば良いよ」

 そう告げて、ルシフの腕がを再び抱える。身体を横向きにされ、その後、向かい合うように座り直される。の目の前に、ふわふわな広い胸と、喉と、白猫の頭が映される。

「ルシフ……」

 白い三角の耳が、ぴくりと揺れた。

「苦しそう……つらい?」

 恥ずかしそうに告げたの声に、ルシフはぐうっと声を噛みしめる。
 何その、可愛い声。
 普段のはきはきとした声が、頼りない拙さを浮かべている。その危うげな差は、ただでさえ起きる目眩の威力を高める。
 醜悪な欲望を湛える自身が、ルシフが応じるより先に震えて反応する。その様子をに見られなかった事は、せめてもの救いのような気がした。

「……まあ、つらいな」

 無防備に身を寄せてくる、番の柔らかさやら温もりやら、獣人の本能を煽り立ててきて。
 などとは、ルシフの性格が邪魔をし告げる事は無かった。けれど、ルシフの腕の力は増し、自ずからを胸に引き寄せる。

「ん、あの」

 の手は、ルシフの胸に縋る。

「い、入れて、良い、よ……?」

 その瞬間、動きを止めたルシフに、は「しまった」と思った。言い方が変だっただろうか。それとも、こんな事を口にしてはならなかっただろうか。
 慌てるの頭上では、ルシフが大きく息を吐き出し。

「……何なのあんた、何で急にいつも……」

 微かに震えた声を絞り出し、の細い肩に項垂れた。その様子をどう受け取れば良いか分からず、はルシフの顔を見ようと身動ぐ。すると、を抱きしめるだけだった腕が、動き出した。ほっそりとした背中を手のひらで撫で下ろし、柔らかな尻を包み持ち上げる。は、あっと声を弾ませ、ルシフの肩を掴んだ。

「……気持ち悪くなかったか」
「え?」
「人と獣人……差は、あるだろう」

 尋ねられた言葉に応じるのは、には難しかった。抱えられた尻に、質量のある熱の塊が上下に擦られたせいである。そしてそれは秘所を悪戯に擦り上げ、の口から拙い声がこぼれるばかりである。

「べ、別に、そんな事は」
「ない?」
「だ、だって、分からないし……ッ私、気持ち悪いとかそんな……ッや、も、あッ」

 ぎゅうぎゅうと胸にしがみつくの頭上で、ルシフが安堵したように頬を緩めた事など、気付かなかった。
 そう、と告げるルシフの掠れた声に艶やかさが増す。

「許しも貰えた事だし……そろそろ、良い?」

 懇願の含まれる低い問いかけに、の頬が赤みを増す。ルシフの視界の片隅を埋めている蜂蜜色の金髪が、小さく頷いて揺れた。
 堪え性のない事だと思いながらも、その仕草一つでルシフの醜悪な欲望が期待で跳ねた。やはりそれはに見られなくて良かったとルシフは思い、彼女の身体をそっと抱え直す。

「こ、この、格好で……ッ?」

 向かい合って座るその姿勢で、どうすれば良いのかとは困惑する。ルシフは色っぽく笑みをこぼすとを導く。そしてそれに従順に応じるに、ルシフの獣の本性が疼く。

「膝を、ベッドについて、そう」
「あ……ッ」

 片膝を立て楽に崩したルシフの足の上に、は膝をつき跨がる。緩やかに開かれた両足の間へと、立ち上がったルシフの欲望があてがわれる。弾力のある熱い質感が触れ、彷徨うようにの手が動く。ルシフはそれに気付くと「首にでもしがみついていれば良い」と掠れた声でへ告げた。言われるがまま、はルシフのふわふわな首に両腕を回し、胸を押しつけて縋る。柔らかい毛皮の下の彼の肉体は、しなやかに逞しく、の身体を容易く受け止めた。
 の太股と尻に添えられた白猫の手が、力を含んだ。
 両足の間に添えられた欲望が、ゆるりと、の秘所に埋められてゆく。

「あ、う……ッ」

 一瞬の苦しさが広がり、の力が増す。ルシフの手が、強ばった腰や背を宥める。

「う、く……ッ」

 噛みしめた低い声が、とても近い場所から聞こえる。しがみつくルシフの首の向こうからだった。普段聞かない色っぽい苦悶の音色に、の身体をぞくぞくとしたものが駆け巡る。
 そして、埋められたルシフの楔は、の身体の中へ全て収まった。
 満ち足りた互いの吐息が、熱を帯びた空気に響く。
 生殖器の大きさは、人間とさして変わらなくて良かった。迎え入れたの内側は熱く、隙間無くぴったりと包む。その心地よさは言葉にしがたいものがあり、ルシフはすっぽりと胸の前に収まるへすり寄った。

 緩やかに、ルシフの身体が揺れる。馴染ませるような柔らかい律動で、はうっとりと声を微かにこぼす。が、それもほんの僅かな間だった。その甘美な快楽を前にし、ルシフの理性による忍耐は呆気なく砕け散る。

「ああ……ッも、う……ッ」

 呻きながら呟いたルシフは、がしりとの細い腰を掴む。もどかしさを払うように、の身体を突き上げた。

「~~~?! あッや……!」

 唐突に訪れた衝撃がを揺さぶった。ふわりと跳ねた金髪の煌めきに浮かされながら、ルシフは上下にを揺する。
 両腕が震え、しがみついていられなくなる。美しい毛皮の下で躍動するものは、間違いなく雄の獣だった。何とか縋りながら律動を受け止める。
 それでも。

「ッ

 告げる声に滲む焦燥と愛情の深さに、の身体は喜びに跳ねた。
 嫌なはずがない、そんな風に、名を呼ばれて。
 欲しいのだと、全身で懇願する白猫をは必死に抱き寄せた。

 不意に、ルシフはの身体を抱え上げる。爪先が一瞬浮き、は驚き瞳を見開く。

「きゃ、あ……ッ?!」

 一瞬の浮遊感の後、の背は後ろへ倒れる。そうして目の前には、すかさずルシフのしなやかな影が被さった。丸い膝を掴んで折り曲げさせ、その手のひらを太股へ滑らせる。小さく声を漏らしたの頭上で、熱に浮かされた獣の瞳が光った。
 繋がったままの下半身が、激しくうねり出す。びくりと跳ねて仰け反ったの身体を、白猫の手のひらが引き寄せ絶えず衝動を与える。他の些事を思う隙間がないようにと、熱を差し出し煽りながら。そうするのは、ルシフ自身が既にそうなってを求めているからだろう。

 絶え間ない律動を繰り返しながら、ルシフはの裸体を引き寄せる。背を倒して距離を詰めると、折り重なった下半身がさらに深く繋がる。

「ッ

 荒く息を吐き出し、自らの下で震える少女を呼ぶ。

「こっちを、見て……ッ」

 耐えるように閉じるの瞼が、ふるりと動く。涙の滲む睫毛を瞬かせ、彼女の細めた瞳が開いた。豪奢な蜂蜜色の金髪の中にある、危うげな魅力を放つ眼差し。
 ぞくぞく、と高ぶった獣欲が爪先から這い上がった。
 濡れた瞳に映るものは、綺麗な白猫か、はたまた薄汚い野良猫か。自分だけがそこに映るのならばどちらでも良い。ルシフの心が浅ましく喜んだ。

 日々の暮らしの中、既に多くの異種族が行き交う。身体の造りがどうこうというのは今更気にする事ではなかった。だが、彼女と過ごすという点においては、僅かでも差異が少ない事は重要だった。
 棘などという凶悪なものを持たずに生まれ、良かったと心底思う。
 この匂いと温もり、心地よさを知ってしまったら、とてもじゃないが耐えられないだろう。痛みしか与えず、己ばかりが気持ち良くなるなんて。



 番を想う獣人の情愛の深さは、時に人間を越える。恐らくはきっと、彼女はそこまで知らないだろう。

 浮かされたように、ルシフが幾度も呼ぶ。彼の声にはっきりと表れる懇願の感情が、揺らされるの耳を舐めるようであった。思わず塞いでしまいたくなる恥ずかしさ、けれど、普段の涼しさが嘘のような姿に心臓をぎゅっと掴まれたのような喜びも感じる。身体の奥に灯る疼きが、複雑に綯い交ぜられた思考にも届いた。
 はシーツを握っていた両手を持ち上げ、躍動するルシフの背中へと乗せる。その指先で、柔らかな白い毛並みをなぞった。
 一瞬、どきりとしたようにその背が跳ねた。グルグルと鳴る喉の音が厚みを増して、そして――――彼の律動も、不意に強まった。
 突き崩すような衝撃がの奥深くにぶつけられる。たまらずルシフの背を掴み、細い指を埋めた。折り重なった互いの身体が激しく揺れてぶつかり、溢れた音が内側と外側に響く。追いかける快楽の果ては、もう直ぐそこだった。
 の声が甘く漏れる。仰け反ったその白い喉を、ルシフは本能的に食み、最奥を穿つ。

「ひ、ン……ッ! あ、あ……ッ!」

 意味を成さない声をこぼし、は激しく震える。ルシフは自らの身体に彼女を抱き込んで、隙間無く身を寄せる。そうしてルシフも、衝動に逆らわず奔流を注いだ。
 こぼれないよう、全部、この中へ。そう思ったのはやはり獣であったからだろう。

 押し寄せる快楽に張りつめた身体が、ゆっくりと弛緩する。未だ残る快楽の余韻は、互いの心を甘く満たした。
 微かに震えるを抱えたまま、ルシフも身体を横たえる。指通りの良い金髪を梳いて汗ばむ赤い頬を舐めると、甘えるように細い身体が寄り添った。頼りない指先にしがみつかれ、ルシフは口角を上げる。
 彼女の奥深くを穿つルシフのそれは、静かに欲望の飛沫を吐き出す。僅かでも長く留まっていられたら。の内側からも離れずにいる白い獣には、陶然とした笑みが浮かんでいた。


◆◇◆


 激しい情動に染め上げられた空気は、気怠さを残しながらも凪いでいた。
 喉を鳴らし全身ですり寄ってくるルシフに抱かれたまま、はうっとりと目を細める。このまま甘く漂う余韻の中で眠ってしまうのは魅力的であったけれど、お風呂に入ってさっぱりとしたかったので何とか起き上がった。

「寝れば良いのに」
「だって仕事だものー……ルシフも明日、商会に行くでしょー……」

 とは言ったものの、気怠さが睡魔に襲われているのは事実である。瞼をうつらうつらと震わせながらベッドから降りようとするへ、ルシフは仕方なさそうに溜め息をつく。

「全く、こういう時こそ俺に強請れば良いのに」
「え……わあッ?!」

 ぐん、との視界が持ち上げられる。這いつくばっていたベッドが遠ざかり、柔らかい白猫の毛皮にすっぽりとの身体が埋まる。ルシフがを横抱きにして、そのままスタスタと歩き出したのである。
 お互い、全裸のまま。
 心地よく被さろうとした眠気が、全て何処かへ吹き飛んで消えた。

「い、いやァーッ! 服、服ちょうだい!」
「そんなの、今さら必要もないでしょ。どうせ風呂に入るし。暴れると余計に見えるよ」

 まあ俺は眼福だけど、と意地悪げにルシフが告げるので、は大人しく腕の中におさまった。

「だって……素っ裸で……家の中……」
「生殖器の事を話題にした女子の言葉とは思えないな」
「それはもう良い! ルシフは恥ずかしくないの?」
「人間のように防御がないわけじゃないしな」

 人と獣人では、羞恥心の方向性までも噛み合っていないのだろうか。
 何だか納得しきれなくては唸ったけれど、ここで放り出されても恥ずかしいので静かに寄りかかる。

「そうそう、良い子にしてな。ちゃんと連れてってあげるから」

 言葉こそは、悪戯にからかっている。けれどそこに含まれる感情は、上機嫌で、を抱えて嬉しそうでもあった。背中と膝裏を抱く腕は、大事そうに添えられている。
 ……ちょっと、悔しいけど、でも。
 触れ慣れた白猫の毛皮に片頬を埋めて、はほうっと吐息をこぼした。宙を蹴る爪先には、いつの間にか長い尻尾が絡まっていた。



 心地よさそうにゆっくりと睫毛を瞬かせるを、ルシフは覗き見て笑う。
 牙も爪もなく、力も持たない、頼りない人間。まして女ともなれば、腕どころか指先一つで動きを封じるのも容易い。馬鹿力の筆頭である虎や獅子などの大型の獣種と比べて弱いとされている猫ですら、きっと簡単に手折る事が出来る存在なのだろう。
 人の性を持っていても、所詮は獣性の強い種族。すすり泣くような甘い鳴き声を聞きながら、細くしなやかな肢体を組み敷いて、高ぶった欲望のままに激しく穿つ。思い出すだけで、かつて地べたを這った野良猫の本性が甘く満たされる。
 ルシフの血に溶ける愉悦は、本来はもっと暴力的な獣のそれであるのかもしれない。
 けれど、人間の彼女に合わせる事の幸福は、それに勝る。人と獣人、違うと言われても今さら、彼女の味と匂いを覚えてしまったルシフには関係のない事だ。

(ねえ、

 余計な事など考えずに、染まってしまえばいい。
 思考も外見も、根本から異なる獣に抱かれて、その色と匂いが移ってしまえば――――。

(そうなったら、嬉しいなあ)

 少なくとも、既にルシフはそうなっているのだ。恐らくは、遙か昔から。



おまけの番外編です。
待っていて下さった方には、楽しんで頂ければと思います。
このネタの真偽を思い浮かべた同志は、私だけではないはず。


2015.09.19