朱も紅も燃して耀くものへ

 地球を守るEDFの中でも、花形と称される兵種が存在する。特殊な翼と兵装により、生身で空を翔けることを可能とした、“ウイングダイバー”と呼ばれる兵士だ。
 この兵種を選べるのは、女性のEDF隊員のみであった。
 というのも、ウイングダイバー最大の特徴は飛行能力であるが、その大前提として軽量であることを求められる。最低限のアーマーしか積まれておらず、さらに積載量を少しでも減らすため兵装の布面積まで削られている。重量級の兵器は携帯できず、その代わりに、高火力を発揮するレーザー兵器が与えられた。
 だからこそ、女性の隊員のみで形成されるのだ。

 地球侵略が始まる前、EDFでは市民を招いた大規模な交流イベントを催していた。普段なら部外者厳禁である基地を一般開放し、ミリタリー飯の販売から軍用ヘリや戦車の展示会を行う。そして、彼女たちウイングダイバー部隊が空を舞う、フライト・ショーを行ったものだ。イベントでも特に人気のショーで、彼女たちの演目がある日は常に大盛況だった。
 も学生時代、友人たちと共にイベントが開かれるEDFの基地へ出向き、そのショーを見たものだ。首が痛くなるほどに見上げ、その痛みすら忘れてしまうくらい夢中になって、眩しいほどに鮮やかな青空にずっと見惚れていた。優雅で、それでいて勇ましい、白い線を空に描く鋼鉄の翼——その美しさを、今も記憶に残っている。

 当時のあの眩しさは、終わりの見えない戦争の最中でも変わらなかった。

 はるか高い天井に、白い線が軌跡となって残る。その様は、やはり美しかった。

「わあ……やっぱりすごいねぇ」

 同班の整備士が、惚けたように呟いた。本当にそうだと、も傍らで頷く。
 見上げた先にある訓練施設の高い天井を、自在に飛行するウイングダイバーの小隊。エースと称されるだけあり、誰もが高い飛行技術を有していることは、整備士の目から見ても明らかだ。アーマーとウイングを彩るその鮮やかな赤い色も相まって、視線が惹きつけられてしまう。

 しばらく飛行訓練が続いた後、ウイングダイバーの小隊は天井から降りてきた。休憩に入るのだろう、その頃合いを見ては同班の整備士たちと共に声をかけた。

「お疲れ様です、第8整備班です! スプリガン隊の皆様の、武器とアーマーの点検に来ました!」

 施設内に、の声が響く。恐らくはリーダーだろう女性が、しなやかな細い身体を振り返らせた。

「ああ、そんな時間だったか。すまないが、早速頼むぞ」
「はい!」

 整備道具の詰まったボストンバッグを両肩に下げ、また共にやって来た班員は荷台を押し、彼女たちのもとへ駆け寄る。

 “プライマー”と呼称した侵略者との戦争に突入し、早数年——状況は過酷になるばかりで、どの兵士も戦場に出ずっぱりの状況だった。そのため、合間を縫って整備点検やアーマーの交換などを行うことも多くなり、整備倉庫だけでなく整備士そのものが各所へ出向くことも珍しくなくなった。を含む新人整備士班も、当初は戦場から回収した武器やら大量の量産武器の整備などに携わっていたが、その途方もない物量をこなすことによって必然的に鍛えられ、今では一端の働きが出来る整備士と認められた。
 この日も、親方こと整備長の号令により出張整備へ向かうことになったのだが——まさか、ウイングダイバーのエース部隊とは思わなかった。
 これは、普段にも増して下手なことはできないぞ——見合わせた班員の顔には、一様に緊張と覚悟が宿っていた。

「話は聞いている。有能な新人整備班と言われているそうじゃあないか」

 スプリガン隊の恐らく隊長だろう女性兵士が、へ言葉をかけてきた。

「あ、き、恐縮です」
「ふ、そう緊張するな」

 口元が露出したジェットヘルメットを装着しているが、目元は黒いシールドで隠されており、表情の全ては分からない。しかし、楽しげに弧を描く赤い唇や、自信に溢れた物腰と口調から、エース部隊の隊長らしい風格と勇ましさは感じられた。その雰囲気の、なんと凛々しく格好良いことか。ヘルメットの向こうの素顔も、きっと同じ女ですら見惚れてしまうような、素敵な面立ちに違いない。

(って、いけない。見惚れている場合じゃなかった)

 時間は有限なのだ。いつまた部隊の招集があるか分からない。早速、作業に取りかからなければ。

「それでは、いろいろ整備と交換をしていきます。じゃあ、みんなで手分けしてやろうね」

 そうして分担していった結果——なぜかは、スプリガン隊長の隣に立っていた。

「何で?」
「そのほうが良いかなあって」
「うちの一番は間違いなくさんだし」
「軍曹とよく話してるし」
「グリムリーパー隊長と仲いいし」

 ……最後の軍曹とグリムリーパー隊長は、果たして関係はあるのだろうか。

「いや、でも、私じゃなくても……」
「……ほう? 私の整備は不服か」

 鋭い一瞥を受け、の背筋は反射的に伸びた。

「い、いいえ! 滅相もない! 喜んでさせていただきます!」

 ほらやっぱり、さんが一番だよ、と調子のよい称賛を上げる班員たち。しかし視界の隅には、密やかに拳を握りしめ、低い位置で手のひらを叩き合っている様がしっかりと映っていた。
 どうやら、この後のミーティングの議題が一つ増えたようだ。

「さて、早速頼むぞ」
「は、はい」

 ——やるしかないか。
 は気を取り直し、スプリガン隊長のアーマー点検を開始した。

 点検を始めてすぐに分かったが、スプリガン隊長のアーマーはかなり使い込まれたものだった。整備が雑であるとか、けしてそういうことはない。それ以上に、きっと戦場で使われてきたのだろう。スプリガンはウイングダイバーのエース部隊、参集がかかる頻度は想像以上なのかもしれない。
 しかし——。

「とても綺麗な状態ですね。たくさん使われていますが、けして乱暴には扱っていない」
「自らの身を守り、市民を守るための武装だ。当然だろう」

 そのお言葉、一部の部隊の人々に聞かせてあげたい。特に、EDFでも“荒くれ”と評判で、任務に出るたび運転だけでビーグルを破損させ帰ってくる、あの駆除チームに。

「ところで、スプリガン隊長のほうで気になるところとか、何かありませんか?」
「気になるところか、そうだな……。強いて言えば、ウイングの動きだろうか。ほんの僅かだが、動きがぎこちないような気がしてな」

 半日ほど前に、緊急的に任務へ出動したらしく、それから僅かではあるがウイングの動作に違和感を感じるようになったと、スプリガン隊長は言った。

「状況もかなり厳しかったからな……普段より酷使したことが原因かもしれん」
「ふむふむ……ちょっと見てみますね。一旦外してもよろしいですか?」
「無論だ」

 スプリガン隊長の背にあった、鋼鉄の赤い翼を外す。動きが悪いということは、エネルギーの伝達回路か、あるいは可動領域の摩耗などが考えられるが……。

「あ、みっけ! 隙間に侵略生物の甲殻の破片ですね」

 小さな破片が、ウイングの関節部分に入り込んでいる。丸めていた工具ポーチを広げ、先端のごく細いドライバーを両手に装着し、慎重に除去を試みる。

「……ぐ、うぐ……ッあ、取れましたよ!」

 良かった、そんなに変な入り方していなくて。わりとすぐに取れた。
 晴れやかにスプリガン隊長を見上げると、彼女は何やら口元を指で隠していた。形の良い唇から、こらえきれない笑い声が漏れている。

「いや、何、随分唸っていたものだから、つい……ふふ」
「え、そんなに唸っていましたか」
「ああ、ふ、ふふ……なかなか強敵だったようだな」
「ああ、それ、うちの班長の癖なんすよ」
「挟まった破片を取る時とか、狭い場所の作業とか、いつも唸ってるんですぅ」

 物のついでに飛んできた班員の言葉に、は赤面しそうだった。
 知らなかった、自分にはそんな癖があったのか。どうして今まで教えてくれなかったのだろう。そして、なぜそれを今このタイミングで言うのだろう。

「わ、忘れてもらえると、う、嬉しいです……」
「ふふ、すまない。難敵と戦ってくれた整備士だ。笑うのではなく、称賛しなくてはな」

 スプリガン隊長の言葉に、ぎゅっと胸を抑える。かっこいい女性からそんな風に言われてしまったら、秒で許してしまうではないか。

「と、とにかく、着けてみてください」

 取り外したウイングを、再びスプリガン隊長の背に装着する。ウイングの動作をひとしきり確認した後、スプリガン隊長からは満足そうな頷きが返ってきた。

「うむ、違和感はない。あんなに小さな破片でも変わるものなのだな、感謝する」

 いや、むしろ凄いのは、隊長ではないだろうか。あんなに小さな破片であっても不調を感じ取るのだから、きっと自らの肉体のように使いこなしてきたのだろう。

「次の任務での懸念材料が減って、良かったです」
「うむ、これでまた良いフライトができる」

 フライト——その言葉に、ふと過ぎったのは、戦争前の平和だった空を舞うウイングダイバーのショーだった。
 スプリガン隊を象徴する、この鮮やかな真紅色の翼が舞う様はきっと——。

「綺麗なんだろうなあ」

 そんな言葉を、知らず内に漏らしていた。傍らのスプリガン隊長の眼差しを受け、はあっと自らの口を覆う。

「失礼しました。独り言を……」
「ふ、見る目がある」
「え?」
「この私のフライトは、当然、ほかとは違うぞ。体験してみるといい」

 ……体験?

 その言葉を理解したときには、スプリガン隊長はすっと距離を詰め、の肩と腰へ腕を回していた。そのまま掬い上げるように、ふわりと——本当に軽やかな所作で、の爪先は宙へ浮いた。

 わあ、スプリガン隊長、力持ち! って、そうじゃあない。

「えっえっえぇ……?!」
「翼の試運転も兼ねる。少し付き合え」
「で、ですが」
「怪我などさせるものか——安心しろ」

 堂々たる自信に、凛々しい言葉。恐らく本当にそのようなことなど起きないと、思わせてくる。それを腕の中で真正面から浴びてしまい、の視線は恥じらう乙女のごとく泳ぎに泳いだ。

「お、お手柔らかに……」

 し、試運転だし、整備した者としては問題ないと確認しなくては。
 言い訳がましく、心の中で幾度も繰り返す。ふっと周囲に視線をやると、整備班一同、頬に両手を当てたり、惚けたため息をこぼしたりと、乙女のようになっていた。汚れた作業服を来た男性たちまでも、だ。
 きっと私も、今の彼らと同じ顔をしているのだろうな——はしみじみと、そう感じた。

「高くは飛ばん、ほんの少しだ。掴まってくれ」

 掴まる……肩でいいだろうか。は、恐る恐るとスプリガン隊長の肩に手を置く。

「……全く足らない」
「え?」

 スプリガン隊長がそう呟いた、次の瞬間、は力強く引き寄せられていた。首筋と、顎の輪郭が、視界いっぱいに広がる。

「——これぐらいは掴まれ、いいな」

 の中の乙女が、喉が切れんばかりの黄色い悲鳴を上げた瞬間だった。辛うじて返事を返したものの、そよ風のような声量しか出なかったため、届いたかどうかも怪しい。

 そんな浮かれきったを叱るように——黄色い悲鳴は、本物の悲鳴へ即座に変わることとなった。

「では、向かうとしよう」

 背中の紅い鋼鉄の翼が起動し、甲高い駆動音を響かせる。エネルギーが駆け巡る光が放たれ、熱風が足元へ広がる。
 その直後には、スプリガン隊長に抱えられ、は宙へ引き上げられていた。
 目線の高さが、徐々に上がっていく。の背丈よりもうず高く積まれていた資材は小さくなり、その天辺を見下ろせた。整備班の面々も、首を起こしてこちらを見上げている。

 そう高くは飛ばない、とは言っていたが——いや、待ってほしい。かなりの高さまで到達していないだろうか?!

 今は地上からどの程度の場所にいるのだろう。よく分からないが、既に50メートルを超えている気がする。このままいくと、100メートルに到達してしまうのではないだろうか。

「だ、大丈夫ですか、これ! た、多分、100メートルいってますよ!」

 は、力いっぱいスプリガン隊長にしがみついていた。恥じらっていたことなど忘れ、むしろその恥を全てかき捨てて、隊長の身体にがっしりと両腕を回す。
 対してスプリガン隊長はというと、先ほどと何ら変わらない、凛とした声を放った。

「安心しろ、せいぜい10メートルそこそこだ」
「嘘だぁッ!!」
「ふ、ふふ、嘘ではないよ」

 これが、まだ10メートルそこそこだなんて。
 フライトショーのときも、実戦任務のときも、もっと遥か高くを飛行していた。さらには、この高所でレーザー兵器を操り、前後左右への激しいステップをするのだ。ただ空中に浮いているだけで騒ぐなどでは、とても彼女たちのように空を自在に舞うことなんで出来ない。

 しばらく宙を浮遊した後、スプリガン隊長は地上へ降りた。地面に爪先がつき、腕の支えがなくなると同時に、はへろへろと崩折れる。
 硬い地面が、こんなにも嬉しく感じるなんて——!

「フライトショーは、楽しんでくれたかな?」
「心臓がドコドコいってます」
「そうか。ウイングにも問題なし、違和感もなくなった。感謝しよう」

 両手をついてうずくまるその傍らで、スプリガン隊長は凛々しい所作で佇んでいる。あの程度、なんてことはない——そう言っているような、堂々たる姿。改めて、ウイングダイバーという兵士の技量に感嘆した。

、どうだった」

 そして、わらわらと集まり、を囲む班員たちときたら、愉快そうに笑っている。

「見たまんまだよ、私は地面から離れない」
「そんな恋人みたいなこと……」
「でもぉ、スプリガン隊長の抱っこなんて、そうそう味わえないよぉ」

 ……それは確かに、本当にそう。
 精鋭チームの隊長からこのような体験をさせてもらえるなんて、めったにないことだ。……後で司令部から怒られないといいのだが。

「なに、空を感じたくなったら、いつでも言うといい。お前なら、またフライトショーへ連れ出してやってもいい」

 笑みを含んだ声と共に、スプリガン隊長の腕が伸ばされた。地面に這いつくばったままのの前に、手のひらが向けられたかと思うと——しなやかな指先が、顎を持ち上げた。

「お前のことは気に入ったからな、勇敢な整備士」

 子猫の喉を撫でるように、つい、と顎をなぞられる。背筋がぞくりと震えたのは、羞恥心か、それとも別のものか、分かるはずもないけれど——がファンになってしまったことは、言うまでもなかった。


 ——ジリリリリリリ!!


 前触れなく基地内に響き渡る、激しいサイレンの音。天井に取り付けられたランプも、真っ赤な光を激しく点滅させていた。
 それは、緊急の出動要請のサインだ。

『緊急要請! 緊急要請! エリアD3で怪物の大群を確認! 施設滞留部隊はただちに出撃準備をし、各ゲートへ集合せよ!』

 エリアD——そのエリアは、一般市民が大勢暮らしている場所の一つだ。EDFを配備していたが、ついにそこにまで迫ってきたのか。

 和やかだった空気が、一瞬の内に張り詰めたものへと変わった。は即座に立ち上がり、班員へ指示を飛ばす。

「整備班、最終チェック! ウイングダイバーのマニュアル用意、エネルギー充填も忘れないように!」
「武器の点検、及びエネルギーユニット問題なし」
「ヘルメット内部の脳波誘導装置、アーマーも問題なし」
「ウイングブースターユニットも、大丈夫ぅ!」

 全ての部位の点検が漏れなく終わったことを確認し、隊員たちへ武器を手渡す。ウイングダイバー専用とも言える、高火力のレーザー兵器だ。

「どうか、お気をつけて」
「ああ、感謝する。ちょうどウイングも温まった。フライトには最高のコンディションだな」

 はにこりと笑い、班員と共に距離を取る。そして一列に並ぶと、敬礼の姿勢を取った。

「——では行こう、怪物たち全てを駆逐する」

 真紅のウイングが、一斉に起動する。熱と光を放ちながら飛び立った彼女たちは、隊列を乱すことなく倉庫を後にし、集合地点へ向かっていった。
 倉庫と同じく、赤いランプが点滅する通路へ視線をやると、既に多くの兵士が行き交っている。レンジャー、フェンサー、エアレイダー……様々な兵種が防衛戦へ向かうようだ。きっと大規模な戦いになる、そんなことが自然に想像できた。

「任務かぁ。一気にバタバタになっちゃったねぇ」
「さっさと片して、俺らも整備倉庫に戻ろうぜ」

 敬礼の姿勢を解き、散らばった用具を手早くまとめる。両肩に下げたボストンバッグを再び担ぎ、班員と共に倉庫を後にした。

「……さん? どうしたのぉ?」
「あ、ううん。ごめんなさい、何でもないよ」

 少しの間、スプリガン隊が向かっただろうゲートの方向、通路の先を見つめた。

 燕のような、美しい飛行姿勢だった。宙を切り裂くウイングが、ブーストの軌跡が、鮮やかで眩しかった。
 これから彼女たちは、戦場の空を飛ぶ。ウイングダイバーのエース部隊として、無数の侵略生物を駆除する。そして、苛烈な空を舞う翼を、地上から見上げる兵士たちはきっと勇気づけられるのだろう。

(でも、やっぱり——)

 もしも、この戦いが終わったなら——どうか、平和な青い空を。あの勇ましさに溢れた赤い翼で、子どもたちには何の憂いもない憧憬を与えてほしいと、願ってしまう。

 学生時代に見たフライトショーのようにスプリガン隊が飛ぶとしたら、それは本当に素敵なことだと思うのだ。

 そのような光景に思いを馳せながら、は整備倉庫へ駆け足で戻るのであった。


スプリガン隊長は、同性から鬼のようにモテそうですよね。
ファンクラブとかできてそう。

(お題借用:sprinklamp, 様)

2026.01.12