じきに運命が追いつくから(1)

タイミング、というものも時にあるだろう。
今まで抱いていた曖昧な疑念が、その瞬間確信に変わる、もしくは行動へと直結する、そういうタイミングが。

この場合、今まさにその瞬間でもあった。


自負していた訳ではないが、今までそこそこの数の狩猟と大連続狩猟に飛び込んできたと思う。多くの土地を見て回って、泥まみれになりながら走り回って地帯の特徴を学んだし、現在この地方で確認されているモンスターを軒並み見てきたつもりだ。
だが、世界というものは命知らずな人間に対し、多くの試練を与えるものである。それこそ、底の見えない、途方もないものであったりも。

要するに、自分は未だ下の下に位置する狩猟者、という事だ。

見慣れた渓流の景観を霞ませる、激しく振り続ける雨が、視界を遮る。木々の葉と、大地と、沈黙した空気を叩きつけるそれは、全身に重く響いた。
体温を奪われ冷えていくのを覚えたが、恐らく理由はそれではない。

……一体何時ぶりだろうか、此処まで疲弊し膝をつき、気合のみで武器を握るなんて状況は。
溶岩峡谷の主と戦った、あの時以来かもしれない。
……あるいは、あの時。粋がっていた初心者の時、出会った雷撃の王者の恐怖にも匹敵する。

もともと、あるモンスターの狩猟依頼を受けてやってきた渓流だが、ギルドより確かに《狩猟環境不安定》という警告の通達は受けていた。それでも構わずに受けたのは己自身で、誰もせいでもない。いうなれば、容易に予想出来る事を見逃した、慢心によるものだ。
ナルガSヘルムの向こうで浮かべた笑みは、嘲笑にも近しいが、好戦的に歪んでいるとも取れる。
だが、そんなちっぽけな生き物の感情など、今目の前に居る《彼》には何の支障も無い事であろう。

煙る雨の向こうで、蒼穹の色彩が滲む。
雨に叩かれる大地が、太い鉤爪の生え揃う足に踏みつけられ、鈍く揺れた。
その振動は、自分の脚から伝い、身体の芯から震わせてくる。空気に反し、繰り返される呼吸だけは熱かった。
鋭く睨み付けた先で、雨天の中に在りてあの雄大な蒼が現れる。鈍色の世界を引き裂いた蒼、それを全身に纏う竜が目の前で、吐息に炎を燻らせた。

道具はほとんど底をつき、残るは余った閃光玉と緊急時のモドリ玉。
乱入狩猟は信号を出せば即座に帰還が出来るものの、それをする僅かな隙も彼は見せてくれない。

……最近では、新たなモンスターの存在が各地で確認されてきたという。やはり通い慣れた渓流も、その例外ではなかったのだろう。

「ふ……世界は広し、だな」

今まで見なかったモンスターというだけで厄介なのに、目の前の彼がどういう個体であるのか、本能で理解する。
ただ一息のブレスで、防具は半分ほどが焼け焦げ。
咄嗟に受け止めた噛み付き一つで、強化を重ねた太刀は刃こぼれをした。
こんな化け物が、《上位》とは生温い。
恐らくこいつは、ごく少数の化け物ハンターのみが相手出来る、上位を越えたモンスター。

―――― 《G級》

なるほど、響きからして凶悪とは思っていたが、これほどとは。
絶望な状況、極められり。
呟けば、目の前の蒼い竜は翼を広げて息を吸い込んだ。それを見て、咄嗟に回避を取ると同時に放たれた咆哮の衝撃を軽減させるが、耳に刻まれる余韻は非常に獰猛で痛覚をも残してくれる。

「チッ……原種より馬鹿でかい声だなオイ……!」

バシャリ、と飛沫が跳ね上がった大地は、既に水場と変わらなかった。
重い身体を無理矢理立ち直らせ、距離を保つ。もはや霞同然の自然の中で自らの立ち位置が分かるのは、長年の勘と、通い慣れた庭にも等しい渓流であった事が幸いしていたが、G級のモンスターに立ち向かう真似はしない。
大体、相手が非常に厄介だ。
美しい蒼を纏った王者――――リオレウス亜種。
原種とは打って変わり、鮮烈な赤から蒼穹にも負けぬ鮮やかな蒼に衣を変えた竜は、当然空中戦での技術においても勝っているらしく、さらには原種を超えた声量を持っている。ホバリング状態からの攻撃の精確さは、今の今までで身を持って学んだ。ナルガクルガの防具は火の攻撃に対し耐久性は低い、けれど幸いしたのがその身軽さに特化した造り。あとは、影丸自身が多くの火竜を討って培った勘により、何とか均衡をギリギリのところで保っていた。だが、それも何処まで持つやら……。
太刀は鞘に納め、回避に専念する。けれど頭上には、獰猛な蒼が覆い被さっているように迫り寄る。美しく、それでいて極めて狂暴。振り上げる爪から、毒液の臭いが漂っているようにさえ覚えた。

( 次の攻撃の後、モドリ玉を……! )

ポーチから、最後の一つであるそれを握り締め、隙を窺う。爪、炎、咆哮、あらゆる攻撃を一つでも浴びれば。集中が切れれば。

呆気なく死ぬのは、自分だ。

……死ぬわけにはいかない。
まだ此処で、こんなところで、死ぬわけにはいかない。

死の恐怖を克服していたと思っていた自分が、まさか。そう思う時が再び来るとは――――。

そう思った、瞬間。
頭上で、狂暴な吐息が吸い込まれる音が聞こえた。
気付き回避するより早く、視界が赤く染まった。半ば無意識下で、握り締めたモドリ玉を地面へ投げつける。緑の噴煙が弾けるのが先か、自らの身体が焼け焦げたのが先か、定かでなかった。
ただ、全身に激しい熱さだけが残されて、その後の記憶は途絶えていた。



ユクモ村の不穏なざわつきに、の心は支配されていた。
長閑な温泉の村を襲った凶報は、瞬く間に人々を伝染し村を満たし、そしてと関係する者全てを恐れ戦慄かせた。
ざわざわ、ざわざわ。その振動がの背を撫でてゆき、身震いが止まらない。生温い風に、美しく咲いた紅葉たちが乱暴に葉を散らしていく。その様は、まるで最悪の状況を臭わせるようで、は出来る限り見上げないようにした。けれど、一点に見据えるのは、慌ただしい音の途絶えない家屋の入り口だ。
石畳の長い階段の側に佇んだ、彼の自宅。今はその内部より、幾重にも人々の声が聞こえる。手当てを急げ、薬の準備を早く、そんな声が聞こえるけれど、どれも判別は難しい。
ぎゅ、と手を握り締めたの隣で。そっと肩を掴んだ大きな手が、の浚われそうになる意識を拾い上げた。

「ギルドや村の医者は、どれも優秀だ……信じよう」
「セルギスさん……」
「大丈夫だ、あれの生命力はいつまでもしぶといブナハブラ並みだ。お前がそうでは、持たないぞ。レイリンも」

セルギスの静かな眼差しは、を見つめ、そして隣のレイリンへと視線を移した。狼狽えると同じく、レイリンもまた青ざめ震えている。少しでも安心させるように、こくりと頷いたけれど。その場を去る事は出来ずに、付近の長椅子に腰掛けた。セルギスやレイリンもに続いて隣へ腰掛け、未だ途絶えない懸命な治療の気配に、息を潜めた。

……いつ何時、何があるか分からないのは既に知っていた事なのに。
何度それを味わおうと決して慣れる事はない。特に、近しい者の、凶報には。

影丸……。

杯を片手に、邪悪に笑う影丸が。浮かんで、消えていった。



―――― 数時間前の事だ。
ユクモ村集会浴場に、ネコタク運転手のアイルーたちが、影丸を抱え息も絶え絶えに飛び込んだ。
彼が普段から使い慣らし好んで纏う漆黒のナルガS装備は、竜の肉体から造られたとは思えないほどボロ布のように焼け焦げ、獣の焦げた匂いが鼻をつき漂っていて。至るところから、彼の火傷を負った肌が、覗いていた。
一体どうした事かと慌てたギルド関係者やマネージャーが彼の容態を見る中。運び込まれた影丸には意識が無く、普段皮肉めいた言葉ばかり漏らす口からは、微かな息遣いだけが聞こえる。

何処からともなく、戦慄いた声が聞こえた。これは、火竜のブレスだろう、それも上位ではなくG級の個体だ、と。
それがどういう意味か、何の意味かなどは、にとってはどうでもいい事である。ただ重要なのは、影丸がどうなるのか、彼は一体どうなっているのか。それだけだった。
も、レイリンも、セルギスも、呆然とする中、影丸は多くの人々に抱えられて自宅に運び込まれた。同時に、村医者やギルドの医師が道具を持ち、治療は迅速に開始された。
オトモをしていたヒゲツも、あちこちがボロボロで壮絶な何かが起きた事を物語っていた。復帰した彼が言う事には、今回の狩猟依頼は《狩猟環境不安定》の知らせが入っており、討伐対象を片づけた瞬間の出来事であったという。乱入したモンスターは、深い蒼を纏った火竜だった。ここ最近でその存在を確認されてきたリオレウス亜種で、そして上位を上回る別格の強さであったと、あのヒゲツが震えた声で告げた。
後にその個体が、上位を越え一部のハンターにしかまともに相手の出来ないG級モンスターであったと知る事になったが、ともかくが理解したのは。大概化け物じみた生き物を、さらに強くした獣と遭遇し、影丸は負傷したという事実であった。

……少なくとも、影丸に対しては思っていなかった。だから今になって、震えが止まらないのだ。
ハンターとは、モンスターと呼ばれる巨大な獣たちと唯一戦う術を持つ者。人間の知恵と獣の強さが、ギリギリのところで常に均衡し競り合っている。
命を落とす危険など、誰にだってある。たとえそれが、ハンターという化け物じみた人間であってもだ。当然、影丸にだってその恐れはあったというのに。
彼は大丈夫だと、無意識に思っていたのだろうか。いつも皮肉めいて、邪悪に笑って、決して軟弱な態度も言葉も放たなかったあの彼だから、なんて。

……火竜のブレス、というものが如何なるものかには想像出来ない。
上位とやらが、G級とやらが、何が違うのか分からない。

だが、レイリンやセルギスの険しい表情を窺う限り、それはとても凶悪で。そして影丸の命を脅かす一撃であったのだと、彼女は無い頭でも十分に分かった。

彼が消えるという、言いようのない不安に耐え、とセルギス、レイリンたちは待った。待ち続けた。影丸に施される治療が、終わるその時まで、ただひたすらに。
日の入りが過ぎ、辺りが薄暗く陰ってきてもなお。
影丸の治療が終わったのは、それから真夜中にまで針を進めてからであった。



一晩明け、太陽が天辺まで昇りきったユクモ村。
店が連なる商店通りに近い影丸の自宅には、彼を案じたを含む馴染みの面々が集まっていた。

「―――― 辛気くさい顔してるなっての、お前ら」

相変わらずの悪態をついて、影丸が告げた。だが、今の彼は普段の邪悪な笑いも現実的な覇気も無ければ、手癖の悪さも全くない。
ベッドにひっそりと横たわった彼のしなやかな肉体には、包帯が負かれている。端正な顔立ちの頬にも、首筋にも、筋肉の厚みのある胸にも、包帯とガーゼが当てられて、薬の香りを纏っている。
無理矢理出した笑い声には、妙に痛々しさを孕んでいて、はもちろんの事セルギスやレイリンたちもただ「無事で良かった」としか言えない。
だが、あの影丸が、だ。弱り切って横たわる光景は、とても信じられないものもあるし、それと同時に何か涙ぐむ暖かさが胸を押し広げ満たしていったのを覚える。
不意に溢れそうになる涙を、は堪える。隣のレイリンは、感情を抑えきれず半ば泣いているが。

ベッドを覗き込んだセルギスが、影丸へと小さく告げた。

「……先生たちから、全部聞いたぞ。G級蒼火竜――リオレウス亜種との戦闘で、お前が使っていた武器と防具はほぼ全壊。軽度とはいえ、背中の火傷に加えて、打撲等の負傷大多数。
……お前のしぶとさと、日頃のハンター生活と勘がギリギリのところで勝利したと言っていた」
「ふ、そう誉めるな。照れるだろ」
「馬鹿、誰も誉めてはいない。危険には変わらなかった」

そう叱りつけたセルギスの琥珀色も、この時ばかりは鋭さはなく、安堵が浮かんでいる。
影丸はふっと息を漏らすように笑い、枕に頭を埋め直した。

「チッ……さすが、G級とやらだ。一発火球を食らっただけで防具はほとんど駄目になった。咄嗟に攻撃を受けて、太刀の刃はボロボロ。生きていただけ、儲けもんだが……全く、とんだ散財になったな」

その時、影丸の瞳に、思慮するような静けさが過ぎった。だが、それに誰も気付く事は無かった。

「しばらくは、このザマだ。まさかセルギスと同じような事態になるとは、思ってなかった」
「……ともかく、休め。少なくとも二ヶ月は安静、火傷は軽かったとは言え傷の完治は総合して長く掛かるという先生方の見立てだ。良いな」
「仕方ねえな……」

掠れた声で笑い、影丸は長く溜息を吐き出す。そしてそれから、レイリンをついっと見上げた。感涙しているのか悲しんでいるのか、泣き出す直前の歪んだ表情をしている。影丸は力なく、小さく笑った。

「ッたく……テメェはテメェで、死人でも見たような顔してやがるし」
「だ、だって……師匠……ッ」
「泣くな、面倒くさい。ハンターには誰にでもある事だ……俺の場合は、こないだリオレウス亜種に遭ったから、そんだけだ」

レイリンは、ぐっと奥歯を噛みしめて、こぼれそうになる嗚咽を堪える。それでも、眦の涙は引っ込まずこぼれ落ちてしまいそうだ。
影丸はそれをしばし見た後、「こっち来てしゃがめ」とぶっきらぼうに告げる。レイリンは小首を傾げたが、言われた通りにトコトコと素直にベッドの淵に近付きしゃがんだ。

―――― その瞬間。
レイリンの額に、強烈なデコピンが放たれた。


予想も何もしていなかったようで、レイリンの頭は後ろへ仰け反るほどにモロに食らった。安堵やら不安やらの涙が、激痛の涙に変わった。

「いッた……?!」
「あークソ……今ので、もう今日の体力なくしたわ。
良いか、俺が動けないって事は、誰がユクモ村の依頼をこなす事になるのか分かってんのか」

レイリンの涙ぐんだ目が、あっと見開いた。

「さすがの俺も、少しの間はハンターを休む。けど、依頼は毎日運ばれる。となれば、誰がそれを受注するか」
「し、師匠、それって……」
「―――― お前が、ユクモ村ハンターの顔として依頼をこなせ」

レイリンの少女の顔ばせが、かつてなく驚愕に染まる。
影丸が、面と向かってレイリンに狩猟依頼を委ねる事は、今まで無かった事だ。それも、ユクモ村専属ハンターの顔として。困惑が綯い交ぜになり、レイリンは声を狼狽えさせた。それもそうだ、影丸がそもそもこのような事を告げるなど、考えても居なかった。
レイリンが上手く返せず、「う、あ」と意味のない声を漏らした。影丸は眉を上げ、「返事は」と語尾強く告げる。反射的に、レイリンは「あ、は、はい……!」と頷いた。ピシリ、と背筋を伸ばした彼女に、影丸は珍しく邪気のない柔らかな笑みを浮かべ、「それで良い」と呟いた。
そして、最後にへと視線を移した。

も、アイルーの奴らとか、まあ色々、頼む」
「……うん、大丈夫。アンタは自分の身体の事だけ、考えてなさいよ」

ここぞとばかりに強く言えば、影丸は肩を揺らして「そりゃそうだ」と笑った。

「……そうだな、まずは、身体を治す事だ」

影丸の言葉を最後に聞いて、たちはそれから彼の自宅を後にした。

玄関に掛けられた長暖簾を押し上げると、賑やかな商店通りの空気がたちを包んだ。彼女たちの間には決して朗らかな空気はないだが、安堵に満ちた溜息は、偽りで無かった。

「……良かった、一生に関わる傷じゃなくて。治すには、時間が掛かるだろうけど」

の強張った肩が、ようやく撫で下ろされる。それに続いて、セルギスの静かな声もこぼれた。

「本当にな……正直、G級のリオレウスなんて、死んでもおかしくはなかったんだが。アイツのしぶとさが折り紙つきで、今ほど嬉しい事はないな」

悪態をついたけれど、セルギスの声は、酷く疲れ果てたように掠れていた。もそっと頷く。
そのセルギスの右隣へ並んだレイリンの表情が、重く沈んでいたのに気付き、は案じて声をかける。

「……レイリンちゃん、大丈夫?」

ユクモ村専属ハンターの先輩であり、師匠と慕う影丸の、あのような姿を見れば困惑もする。それに、いきなりユクモ村に寄せられる依頼のほとんどを任されたのだ。十八歳ほどの少女には、重くもあろう。
の眼差しに、それから数秒後に気付いて、レイリンは慌てて顔を上げた。

「あ、は、はい……」
「無理、しないでね。昨日から、あんまり寝てないもの」
「だ、大丈夫です。ただ……」

レイリンは、やや顔を伏せる。お腹の前で組んだ両手が、もじもじと指遊びをする。

「師匠が、あんな事を言うなんて、思って無かったから……。てっきり、『お前じゃ任せられないから、他の区域のハンターに任せる』っていうものだとばっかり」
「……アイツは、口が悪いが」

セルギスの手が、レイリンの頭に乗せられる。

「同じハンターとしても、信頼しているという事だ」
「! セルギス、さん……」

レイリンは顔を上げ、目一杯セルギスを見上げた。小柄な彼女には、セルギスの身体は大きく身の丈も頭三個分伸びやかで身長差は大きいが、彼が浮かべた笑みは年相応に落ち着いていて。には、何だか年の離れた兄弟の図のように見えてほんわかと和んだ。

「ハンター復帰したばかりだが、俺も多少は手伝いするし、あまり全て気負おうとするな。ギルドの方でも今回の事情は分かって、依頼数の制限なり他ハンターへの斡旋なりするだろう」
「は、はい」
「……それにしても」

レイリンの頭から、セルギスは大きな手を離す。広い肩を少し落とし、自嘲するように息を吐き出す。

「心臓が、ぞっとしないな。身近な奴が、消えるかもしれないっていう恐怖は。本当に、無事で良かった」
「……そうですね」
「だが、ハンターは現実的な職業だ。誰が何時怪我して死ぬか、覚悟していなきゃいけないし、影丸が長期静養に入っても俺たちは依頼はこなさなきゃいけない。結構、きついな。分かってはいるが」

セルギスの横顔を、は静かに見上げる。親しい人が怪我をしても、最悪命を落としても、止まる事は許されない……ハンターという職業の厳しさも、垣間見たような気がした。
「まあ、それがハンターってものだが」セルギスはそう告げて声音を改めると、を見下ろし笑った。

「ともかく、今日は休もうか。影丸の手伝いは、後日俺たちもやるとして、今日はオトモアイルーに任せよう。さすがに、徹夜状態みたいなものだからな」

セルギスのその言葉に従い、とレイリンたちは影丸の自宅前で各々分かれる事となった。身の回りの世話も何かと助力は必要だろうから、明日からまた話し合いをする事にし、もまた自宅へと戻った。
リビングの椅子に座り、息を吐き出す。幾らか落ち着いたが、やはり困惑は消えない。

……ハンター。
巨大な獣や竜に、唯一立ち向かい打ち倒す者。
多くの人々が、彼らを勇者であれ英雄であれと褒め讃えた。
この辺境の地では認知度の高い職業で、若者の半分はハンターを目指すくらいにポピュラーなものらしい。モンスターを倒せるようになれば、財源も多くを蓄えられる。一攫千金も夢じゃない。
―――― だが、その影に付き纏うのは、厳しい現実。大自然と強靱な竜たちに、小さな人間が挑むのは口で言うほど簡単な事ではなく、僅かなミスと判断が全ての結果を左右する。
一般人のは、武器も持たない、防具も身に纏わない、彼らが体験する恐怖は恐らく僅かしか味わった事が無いだろう。
ユクモ村の、オトモアイルーたちの大先輩……モミジイは、語ったではないか。ハンターの数は年々増えても、それに比例し殉職者も増えていると。それでも彼らは、あの自然に挑み、命を天秤にかけている。

……影丸は、どうなるのだろう。

ふと、は思った。
これを機に、ハンターを辞するのだろうか。いや、彼の事だ、是が非でも傷を治し復帰したいと言うのだろう。先ほどだって、しばらく休むといっていた。つまりまた戻る気満々なのだ。それが容易に想像ついた。

けれど。
……影丸だって、死ぬかもしれない。

なのにどうして、セルギスも、レイリンも、影丸も……辞めないのだろうか。それが分からないのが、と、彼らの違いなのかもしれない。

ただ、思ったのは。
邪悪に笑って、悪戯好きで、皮肉めいた彼が、明日にでも消えるかもしれない恐怖。
……何度も抱く事になるかもしれないその残酷な現実に、身が持ちそうにないかもしれない、それだけであった。



「……《G級》……リオレウス亜種……」

自らのベッドに伏した影丸は、天井を見上げ呟いた。火傷と打撲等の傷の疼きが、包帯の下で彼の神経を蝕む。けれど、そんな影丸の瞳には、凶暴な蒼い火竜に襲われた恐怖など僅かも無く。

……むしろ、静かな炎が宿っていた事を。

気付いていたのは、側に控えていたオトモアイルーのヒゲツと。
窓辺から風に乗って流れ来た、紅葉の葉だけであった。



2013.03.31