かつて美しかったものとはじめから汚いもの(3)

 ――熱い。

 頭の天辺から、足の先まで、全部、燃えているみたい。

 熱くて、苦しいのに、何かを欲しがるように、身体が疼いて仕方ない。
 喉がカラカラに渇いたようで、欲しい欲しいと、ずっと叫んでいる。

 ――耐えられると、思っていたんだけどな。

 ただ、欲しいと願うものを、本当に掴んでしまってはいけないのだと、ドロドロに煮崩れた頭でも理解していた。身体を戒め、耐え抜かなければと、思っていたのに。


「助けてやろうか」




 聞き慣れた、だけど、もう上手く思い出せない二つの声に――全て、吹き飛んだ。


◆◇◆


 弱っている時に、無遠慮につけ込んだという自覚は、影丸にもセルギスにも大いにあった。
 媚薬を飲み干したような状況にあるを、助けるためなどと分かりやすい口実を使い、誘き出した。結局のところ、目先の欲望に従っただけである。
 あとで、何と言われるものか。
 最悪、蔑む目を向けられるが――いやその可能性しかないが――、そんな未来を想像しないようにと、劣情まみれの救済に没頭した。

 あつい、あつい、と譫言を繰り返すの身体を、仰向けにさせる。その両隣に、影丸とセルギスはそれぞれ腰を下ろし、細い首筋やはだけた肩へと指を滑らせる。
 本当に、熱い。上気し汗ばむ肌は、その下に熱源を抱えているよう。

「うわ、これちょっと可哀想になる体温だな」
「ん、ふぅ……ッ」

 影丸が頬を撫でると、は見て取れるほどに身体を震わせた。その些細な接触であっても、今は全て敏感に拾い上げてしまうのか。気の毒だと思いながらも、身動ぐその仕草に劣情が高まるのだから、どうしようもない。

、服を脱がすぞ。いいか」
「ん……」

 朦朧としたまま、が頷く。いや、頭が揺れただけかもしれない。意識があるのかどうかすら既に定かでないが、薄く開いた潤んだ目の中に、確かに影丸とセルギスの姿を映し出す。恋い焦がれてきた二人にとって、それは思った以上に歓喜する事だった。喉を鳴らし、背中を震わせ、身に着けるの衣服を脱がしてゆく。
 汗と体温で湿った服の下から、徐々に、の裸体が露わになる。仄かに揺れる角灯の灯りに照らされた彼女の身体は、想像以上に“女”だった。

 肩も腕も、全てが細くしなやかで、背や腰回りはなだらかな綺麗な曲線を描いている。男で、しかも狩人が持つ事はけしてない、いかにも柔らかそうな甘い輪郭が、そこかしこに表れている。圧倒的に、は、女そのものだった。

 狩り場を出入りする自分達と違うのは、当たり前だろう。けれど、夢想してきたの身体は、遙かに美しかった。衣服の下に閉じ込められていた温かい肌の匂いもして、余計に目眩がする。
 二人の喉仏が、ごくりと、上下した。
 無意識の内に動き出し、群がるようにの身体で腕を伸ばした。セルギスはの肩を抱き起こし、首筋へ口付ける。影丸は投げ出されたの両足を束ねて抱えると、腹部に舌を這わせてゆく。意外なほどに、優しく、繊細に。
 普段は巨大な獣や竜を相手取る狩人が、壊れ物でも扱うように触れる、その光景。きっと端から見たら滑稽であり、一人の女に群がって醜悪そのものかもしれない。その感覚が薄れるほど、唇から伝わる肌の甘さに陶然とした。

「あ……ッは……ッ」

 二人がかりの愛撫に、の呼気が乱れる。けして大きくはないが、普段とは想像もつかないほどの、甘えた音色。
 その声を、ずっと聞きたかった。
 日常を過ごしながら、馬鹿騒ぎを繰り返しながら、ずうっと、恋い焦がれてきたのだ。もっと聞きたいと、浅ましさが深まってゆく。

、腕を退けて。小さくなるな」
「ふ、う……ッ」
「もっと、気持ちよくなりたいだろ」

 胸の前で交差するの腕を、影丸は優しく退ける。へそから胸の谷間へと、舌を滑らせ、滲んだ汗を吸い取る。

「……意外だな」
「あ? 何がだ」
「お前も、そんな風に言えるのか」

 普段はあんな、人を小馬鹿にしたり皮肉ったりと、可愛げがないくせに。
 そんな事をセルギスが暗に含むと、影丸は一瞬目を丸くしたが、やがてその口元には獣じみた極悪な笑みが浮かんだ。

「限定的だけどな……ん」
「ふあ……ッや、う」

 影丸の顔が、の柔らかい胸元に埋まる。その頂を吸われ、小さく跳ねるの様子は見ていて楽しいが……影丸ばかりに、というのも、癪である。セルギスは、の身体を持ち上げ、自らの足の上に抱きかかえる。

、おいで。シーツばかりにしがみついては、俺も妬けてしまう」

 寄りかかるの頭へ、セルギスは口付ける。すると、応じるように、の方からもセルギスへ縋り付き、幾度もの狩猟で鍛えられた胸板に自らの胸を重ねる。

「ん、つめた……」
「気持ちいいか?」
「は、い……セル、ギス、さ……」

 何気なく囁かれた言葉に、セルギスの心臓が大きく飛び跳ねる。
 名を、呼ばれるとは思っていなかった。多少なり、認識しているのだろうか。

「……

 顔を寄せ、赤く染まる耳から項にかけ唇を這わせる。鼻先を押し込むように、夢中になっての首筋を食んでいると、やがてその後ろから影丸が近付いた。

「――おい、俺を無視してイチャついてじゃねえぞ」

 やや不機嫌な声音で呟くと、の無防備な背中に口付け、項へと伝い上がってゆく。
 の薄い肩を挟んで向き合った影丸の顔は、不遜に笑っていたけれど、隠せない悋気が滲んでいた。
 たぶん自分も、そんな顔をしていたのだろうな。
 そんな事を不意に、セルギスは思った。

「まあ、ちょうどいいや。セルギス、そのまま抱えてろよ」

 影丸は右手を持ち上げると、おもむろに指先を舐める。唾液で湿らせたそれを、の下半身へと忍ばせ――そろりと、秘所に這わせた。

「あッ?!」

 途端に、の身体がびくんっと跳ねる。逃げるように揺れた細い腰を、セルギスは殊更に優しく、けれどけして離れないよう押さえた。
 影丸の指先が、ゆっくりと秘裂をなぞる。けれど、その指先には――驚くほどに熱い、滴るほどの蜜が滴ってきた。

「うわ、すげえ……ビッシャビシャ」
「そんなにか」
「やッあ! あ、あァ……ッ!」

 困惑しきって身動ぎをする細い身体を、セルギスは抱きしめてあやす。そうしている間も、影丸の指が音を立てて秘所を弄り、の声をかき鳴らした。

「ほら、逃げるな。気持ち良いだけだろう」
「きもち、い、でも、あ……ッ!」
「くく、足りねえんだよな、ダラダラこぼして。ほら、何処がいい? 全部、触ってやる」
「やッ?! あ、あ……ッ!」

 言葉になり損ねた声が、凄艶に溢れる。狩猟を生業とする狩人に挟まれ、普段にも増しては頼りなく映り、熱を湛えた身体はどんどん色めいた匂いを溢れさせる。

 もっと。もっと欲しい。声も、匂いも、体温も、全て。

 影丸も、セルギスも、貪欲にそう思っていたが、頭の片隅が熱狂に陥っていないのは、視界に互いの姿が入るからだろう。

「せっかく、良い機会が巡ったのに……あんたが居なけりゃ、もっと良かったんだけどなあ」
「それはこっちの台詞だ」

 笑いながらも、二人の目には、への慕情と互いに対する悋気が綯い交ぜにされ滲んでいた。
 当然である。好いた女を、自分ではなく他の男にくれてやりたいなど、誰が思うのか。
 しかし、今日まで醜悪な奪い合いにまで至っていないのは、セルギスも影丸も、互いが友人以上に信頼出来る存在であると知り、互いの思いの強さまでも理解していて。

 そして――こいつならば良いと思えてしまう、説明しがたい奇妙な納得が、何処かにあるせいだ。

 いっそ、殴り飛ばせたら、楽だったのだろうにな。
 お互いに。


「あ、や……ッき、きちゃ、う……ッあ、あ」
「ん? イキそうか? ほら、好きなようにイキな」
「や、あ、かげ、まる……ッあ、あァ……ッ!」

 熱に侵されたの全身が、激しく戦慄き、上りつめる。待ち焦がれた快楽を与えられ、歓喜するように、細い背中が反れた。

 埋めた指を締め付ける内壁の痙攣は、あまりにも甘やかで、影丸の心臓がぞくぞくと粟立った。全身を弛緩し、しな垂れるの陶然とする面持ちは、まだ物足りなそうに潤んでいる。影丸の口元に、無意識に、凶暴な笑みが滲んだ。

「まだまだ、足りねえよな。
「あ……あ……ッ」

 影丸は獣のように低く声を唸らせ、埋めた指を引き抜く。それから、セルギスの腕の中にいるをひょいっと抱き寄せ、背面からしっかりと抱えた。

「なあ、まだ、辛いよな」
「ん、ん……ッ」
「じゃあ今度は――セルギスに、触ってもらおうな」

 力なく横たわるの両足を持ち、そっと折り曲げて太腿を開かせる。恥ずかしげに身動ぎをした気がするが、抵抗はなかった。そうして、蜜が溢れ返る秘所を灯りのもとに晒し、セルギスへ視線を流す。
 セルギスは両目に欲望を宿しながら、口角を僅かに持ち上げ、静かに距離を詰めた。
 どろどろに蕩けるの秘所は、達してもなお、物足りなそうにひくついている。解けた花弁のような秘裂と、その向こうから現れた小さな入り口の生々しい光景を、じっと見下ろし指を滑らせる。
 途端に絡まる、熱いほどの蜜。しかも、渇く事なく、どんどん溢れてくる。ゆっくりと指先を押し込むと、甘美な感触が纏わり付いた。
 セルギスは目を細め、溜め息をこぼす。

「ああ、これは……確かに、すごいな」
「だろ。まあ、そういう状態なのかもしれねえけど……少しくらいは、俺らのせいでもあって欲しいもんだ」

 セルギスは小さく笑ったが、何も返さなかった。
 それが真実に掠りもしない、願望でしかない事は、影丸も知っているだろうから。

 の中へと忍ばせた指を、セルギスはゆっくりと出入りさせる。潤む目がぎゅっと閉じ、同じように身体も強張る。

「ふ、う……ッ」
「小さくなるな、、こっちを見ろ。そう、良い子だ」
「あ、は……ッう、ん」

 汗ばむ額に唇を落とし、泥濘みに満ちた内壁を、指の腹で撫で付ける。くぷ、くぷ、と篭もった水音が微かに響き、鼻にかかった息遣いがそれに合わせてこぼれた。
 影丸の胸に背を預け、見上げてくるの瞳は、溢れそうなほどにとろりと蕩けていて。そこに己が映っていると思うと、浅ましい優越感が込み上がてきた。

「……あんたも、人の事は言えねえよ」

 不意に影丸が呟いたので、セルギスは視線を持ち上げる。

「何がだ」
「あんたもそんな、ゲロ甘な声を出せるんだな」
「ふん……まあ、自分でも驚きだが、限定的だ」

 セルギスは笑うと、ゆったりと抜き差しを繰り返した指を、前触れ無く激しく上下させる。逃げる事も間々ならず、高く声をかき鳴らしたは、二度目の絶頂に震えた。

「あ……ッあ……ッ!」
「よしよし、大丈夫。楽になったか」

 汗で張り付いた黒髪を、そっと除けて覗き込む。甘く溶けきった表情を浮かべるは、胸を上下させ、乱れた呼吸を繰り返している。
 しかしその瞳には、未だ熱っぽく訴える感情が宿っていた。
 ふるふると悴む細い指は、影丸とセルギスへ伸ばされ、弱々しく引っ掻いている。止めないでと、告げるように。

 を前にし、断るという考えは、毛頭無い。乞われるがままに、二人の狩人は熱の引かぬ彼女を愛撫し、代わる代わるに幾度も絶頂に導く。けれど不思議な事に、上りつめれば上りつめるほど、の身体から匂い立つ色香は凄艶さを増してゆく。

「まだ……ッぐす、あつい……や、あ」

 ついには少女のように涙をこぼし、影丸とセルギスに何度も救いを求める。
 正直、こちらとしては願ってもない事である。いくらでも触れられるのだ、いっそこのまま、この爛れた夜が続けばとすら思う。
 しかし……好いた女の痴態を見せつけられ、影丸とセルギスの方も、だいぶ苦しくなっていた。下半身へ溜まってゆく欲望は、痛いほどに張り詰め、窮屈に閉じ込められている。解放したいと、雄の本能が叫んでいる。

 とはいえ、前後不覚の状態に陥っている相手に、一線を越えるような真似はすべきでないだろうし……。

 いっそ手だけ借りて、とセルギスが思っていると、獣のように目が据わり始めた影丸が、おもむろに口を開いた。

「……セルギス、お前、寝ろ」
「は?」

 何で俺がと胡乱げに見やれば、早くしろと片手を翻す。
 仕方なしにセルギスはシーツの上に身体を倒し、仰向けに転がった。すると、影丸はの身体を抱え、ずいっと乗り出すように近付き、セルギスの上にうつ伏せで寝かせた。

「影丸?」

 目が据わった後輩狩人は無言のまま、弱々しく震える柔らかい両足をぴたりと合わせ、一つに纏める。そうして、やや急ぎながら衣服を緩めると、インナーをずり下げた。膨張した影丸のものが、下腹部に付きそうなくらいに反り返って飛び出すのが見えた。

 ――まさかとは思うが、こいつ。

「おい、影丸」
「何だ」
「まさかとは思うが、お前」

 セルギスがじろりと睨むと、影丸は打って変わり、苦笑をこぼした。

「さすがに、突っ込んだりしねえよ。まあ、挿れたいとは、めちゃくちゃ思うけどな」

 指を埋めただけで、あんなに心地好かったのだ。溢れ返るほどに濡れた秘所に埋めたら、どれほどのもの。何度も夢に見た想像などとは、比べものにならないほどきっと甘美で、夢中になって耽溺するのだろう。
 ただ、それに飛びつく事は――お互いに、黙ってはいない。

「だから、素股なら、問題ねえだろ。つうか、それくらい許してもらいたい」

 影丸は苦しげに眉を顰めると、横たわり伸ばされたセルギスの足を跨ぐ。掴んだ剛直での柔らかい臀部に擦り付け、それから、閉じ合わせた太腿の間へ差し込んだ。
 溢れた蜜で濡れた太腿と、柔らかな秘所の感触に、影丸はたまらず大きな溜め息を吐き出した。

「はあー……ッやわらか、気持ちいい」
「お前の喘ぎ声を聞かされるというのもなあ……」
「うるせえ、お前も、絶対に出るから」

 ぐいっと腰を押しつけ、の臀部にぴたりと下腹部を重ねる。

「ふ、う……ッ」
「ちょっとだけ、貸してくれな」

 武器を握り続けた手のひらで、の後頭部を撫でる。のろりと、肩越しに振り返った彼女は……たぶん幻想だろうが、小さく、影丸に笑いかけた気がした。
 影丸は動きやすい体勢を取ると、ゆっくり腰を揺すり始める。途端に駆け巡る疼きに、あっという間に理性が瓦解し、激しく昂ぶりを打ち付けた。擬似行為ながら、本当に抱くように、硬く張り詰めた剛直を何度も往復させ擦り付ける。

「あ、やば……ッもう、イキそ……ッ……!」

 影丸は全身をに押しつけ、彼女の上半身を抱きしめる。赤く染まる項に噛みつくと、押し寄せる本能に逆らわず、欲望を吐き出した。
 白い飛沫は、太腿に熱く飛び散り、波打つように震える剛直を引き抜く際には、臀部にもこぼれ落ちた。

「は、あ……ッ

 爪先まで響く、その心地好さ。幾度の狩猟で鍛えられた身体が、少年のように打ち震える。荒く呼吸を繰り返しながら、影丸はの首筋を唇で蝕み、その余韻に酔う。
 けれど、落ち着くのを待つつもりのないセルギスが、無遠慮に「次、良いか」と声を割り込ませた。

「はあ……一気にどっと熱が冷める……」
だけじゃなくて、お前の声まで聞かされたこっちの身にもなれ」
「へいへい」

 影丸は悪態をつきながら、の上から離れ、セルギスに交代する。
 影丸の重みがなくなり、セルギスは待ち焦がれたように身体を起こすと、をシーツの上に寝かせる。影丸が放った精を近くのタオルで拭い取って綺麗にした後、自身の剛直を取り出し、束ねた太腿の間にねじ込んだ。

「ぐ……ッこれは、確かに、まずいな」
「だろ。出るだろ、声が」
「悪かった」

 セルギスは小さく笑った後、腰を揺すり、の太腿と秘所を同時に擦り上げる。
 その間、影丸は二人の行為を大人しく見守っているつもりはなく、の横に座ると彼女の頬や首筋に指先を滑らせ、柔らかく揺れる乳房を揉んで楽しんだ。

「あ……ッあ……!」

「あ、ふぁ……ッあ!」

 薄く開いた唇からこぼれる声は、もうほとんど息遣いのように掠れている。二人がかりでもたらされる快楽に身を捩り、されるがままに溺れる姿は――今しか見られないとは。

「……あーあ、素面でも、してくんねえもんかな」
「まあ、な」

 影丸同様に、セルギスも思う。この姿を明日も明後日も見られたら、どれほど幸福かと。
 しかし、結局、“夢”でしかない。
 不運が引き起こした、単なる“夢”。この夜が過ぎれば、この風景はこれっきり。これで、終わりなのだ。

「……なあ、。俺とセルギス、どっちの方が好みだ」

 尋ねても、今のから、望む答えなど返ってくるはずがない。
 分かりきった事だが、セルギスも影丸も、縋るようにへと甘く囁く。

「――、好きだ」
「――好きだ、なあ、

 自らの力で獲物を仕留め、人と自然の調和を守る、狩人。
 幾つもの狩り場へ向かい、数多くの獣と竜を戦い、武器を振るってきた。
 それが、こんな風に一人の女に縋り付き、みっともなく懇願し、さぞや醜く浅ましい光景だろう。
 それでも、今しか告げられない愛情を、二人は何度も伝える。獣に成り下がり七年を彷徨った狩人は、自ら獣になろうと心に誓った狩人は、腕を伸ばしてを抱きすくめる。

 この夜の最後までは、錯覚させて欲しい。この瞬間だけは、焦がれるばかりであった恋慕がしかと結ばれているのだと――。


◆◇◆


 潮騒の音と、翼竜の鳴き声が、賑やかに響き渡る。
 白んだ空には太陽が昇り、目映いほどの白い朝陽が調査拠点アステラを照らし出す。夜明けを迎えて目覚めた風景は、常と変わらずに、美しく澄んでいた。

 一等ルームにも、その朝陽は差し込み、涼しい風が吹き込んでいる。

「もうすっかり、落ち着いてんな」
「ああ。顔色もいい」

 早くに目覚めたセルギスと影丸は、ベッドに腰掛け、視線を下げる。
 リネンを被って眠るには、苦しげな様子も、病気を患ったような赤みもなく、穏やかな寝息を立てていた。
 ――昨晩、あんなに強請って乱れたのが、何かの幻だったように。

 医者や若所長が言っていた山場は乗り越え、彼女の身体に回っていた催淫の毒も発散された。それは素直に喜ぶべきだろう。

「まあ問題は、俺とお前がここに居て、が何て言うかだな」
「さあねえ。昨日の事を覚えているかどうかも分かんねえよ」

 言葉を交わしながら、眠るの額を撫で、髪を指で梳く。
 未練がましいな――どちらかともなく、ぽつりと呟いた。
 あからさまな口実をつけて情事に耽ったけれど、あくまでもそれは、手当ての一環のようなもの。あれは昨晩限りに許された、浅ましい夢なのだ。

 互いに、理解はしているが……。

「……なあ、セルギス」
「何だ」
「お前、これまで通りに振る舞えるか?」

 影丸に尋ねられ、セルギスは自嘲するように笑い、頭を振った。
 普段ではけして見られない姿を見て、けして聞けない声までも耳にして、あまつさえ肌に触れてしまった。
 これまで通りに、出来るはずがない。
 それはセルギスだけでなく、影丸も同じに違いない。を見下ろす眼差しには、慕わしく思う感情が払い切れていない。

「なあ、セルギス。聞いてみたくねえか」
「何をだ」
「こいつが、俺とセルギス、どっちが好きか。それとも、どっちも振られるか」

 また、意地の悪い質問だな。
 それとも、昨晩のせいで、頭の捻子が抜け落ちてしまっているか。
 セルギスは思わず笑っしまったが、どうせこれまでのようには出来ないのだしちょうど良いかと、頷きを返していた。

「良いだろう、乗ってやる」
「そうか。何を言われても、恨みはなし……は無理だけど、まあ、ユクモ村時代からうやむやにしてきた事だ。覚悟を決めようか」

 影丸とセルギスが視線を交わした時――眠っていたが身動いだ。小さく声を漏らし、やがて閉じた瞼がゆっくりと持ち上がる。

「ああ、起きたか」
「よう、よく寝れたかよ」

 の寝ぼけ眼が、不思議そうに瞬きを繰り返す。どうしてここに居るのかと、見上げる眼差しが告げていた。

「何が何だか分からない顔をしてるとこ悪いが、――昨晩の事は、覚えているか」

 やんわりと包まず、影丸が率直に質問を繰り出す。
 はしばらく首を捻っていたので、覚えていないかと僅かに落胆したが、しばらくし彼女のぼんやりとした瞳が見開いていった。白い頬が瞬く間に染まり、あの時のように真っ赤に上気する。その色は、快楽ではなく、羞恥心によるものだが。

 ただ、覚えているという事に、二人は少なからず喜びを見出した。

「お? 全部じゃなくても、記憶は残ってるんだな。良かったわ、これで忘れられたら、それはそれで悲しいしな」
「それで、聞きたい事があってな。、お前は、俺と影丸、どっちの方が良い?」

 の赤らむ顔に、色濃い困惑が満ちる。何を言っているのかと、声も出せない唇が喘いでいる。シーツを被ろうとするのを阻止しつつ、影丸とセルギスはを覗き込み、身体を寄せた。

 寝起きに、しかも病み上がりに、こんな事を訊ねるものではないだろう。
 けれど、今でしか、こんな事は口に出来ない。

「俺もこいつも、あんたに惚れてる。わりと、どうしようもないレベルでな」
「どちらか選べと言われたら――どっちを選ぶ? 

 隠しきれなくなった慕情を曝け出し、優しく、それでいて狡猾に微笑んでみせた。



セルギスが好きだ。
影丸も好きだ。
どっちかなんて……選べねえよ……!

そんな素敵な欲張りさん向けの、3P話。挿入なしだけど、がっつりエロを目指しました。
ただ予定していたよりも、何故か甘苦い雰囲気になってしまいました。いつの間にか予定を外れるのは、物書きあるあるですね。

セルギス単品好きも、影丸単品好きも、どちらを選ぼうか迷ってしまう方にも、楽しんで頂けたら嬉しいです。

……それにしても……3Pって、本当、ハゲますね……。みんなすげえよ……(真っ白)

(お題借用:is 様)


2018.09.09