みっともないほど愛してる(1)

 陽が沈んだ観光地ユクモ村には、星屑の瞬く藍色の空が染め広がり、静かな夜を迎えられていた。
 日中は人で賑わった商店通りも、提灯に火が灯されて人の少なくなった道をぼんやりと照らし、集会浴場から立ち昇る湯気はまだまだ繁盛している事を示しているが落ち着いた空気が村には漂っていた。
 ユクモ村の住民たちが暮らす居住区も、家族団欒に身を休め、朝早く起きる者はそろそろ眠ろうという頃。ぽつぽつと光の浮かぶ民家は少ないが……とある一軒の家は、際立って明るかった。言わずと知れた、レイリン宅である。

 最後の仕上げをした料理は、食卓に並べた。
 彼奴が買った酒は、出来れば仕舞ったままにしたかったが出された。
 お祝い用のプレゼントも、抜かりない。

 あとは、主賓を待つのみである。

 家の中に、不思議な緊張を帯びた沈黙が漂う。湯気を上げる食卓だけが温かく朗らかで、主賓を待つ者たちはひたすら待った。迎えに行ったオトモアイルーたちが、彼らを引き連れやって来る事を。
 そして、ついに外から、人の声と気配が近付いて来た。賑やかな足音と、話し声。家の中に居た彼ら――――、影丸、レイリンは、物音は決して立てずに動き始める。目と指の動作だけで会話をすると、クラッカーというパーティーグッズの代わりに用意していた《ある物》をそれぞれ持ち上げ、玄関前に集結する。


「さあさあ、入るニャ!」
「何か企んでるような顔だな、さて、何が出てくるやら」
「それは入ってからのお楽しみだ、ほらカルト、お前も入るニャ」


 玄関に掛かる長暖簾に、スルリ、と人間の手が差し込まれる。
 たちはパッと表情を緩めると、長暖簾が押し上げられてゆく光景に全神経を研ぎ澄まし、捲られるか否かというところで手に持った《クラッカー代わりのもの》を準備する。
 そして、隔てていたものがバサリと音を立てて捲られ、主賓が姿を見せる――――その瞬間。
 、影丸、レイリンは、タイミングを合わせスウッと息を吸い込んだ。


「――――ハンター復帰とオトモデビュー、おめでとうーーー!!」


 幾つもの掛け声と共に、長暖簾の向こうから現れたセルギスとカルトへと、祝福の音色が高らかに奏でられる。
 完璧と呼ぶに相応しい、絶妙のタイミングだ。ノリノリで主賓を出迎えた三人は、いえーいドッキリ成功、とクラッカー代わりのそれを持ったままハイタッチする。さぞや驚いている事だろう、悪戯心を隠せずセルギスとカルトへ満面の笑みを向けた。


 思い描いていた表情は、其処になかった。


 ただ一言で言い表わせば、驚愕。或いは、呆然。動きを完全に止め、目の前で惨事を目撃したような姿ではないか。セルギスでさえ微動だにしないのだから、足元のカルトに至っては目の前でパンッと手を叩かれた猫そのものに立ち尽くしている。どう贔屓目に見ても、サプライズに驚きながら喜んでいるとは到底言い難い。
 大騒ぎするたちとは異なり、絶句したまま硬直する主賓。この著しいまでの温度差は明らかに異常だ、クラッカーでお出迎え作戦は万国共通じゃあなかったのか。

「あ、あれ? セルギスさん、カルト……?」

 あまりにも長い間反応が返ってことないものだから、恐る恐るとは窺った。手に持ったクラッカー代わりが、切ない音を奏でる。
 ようやく硬直から復帰するセルギスは、暖簾を上げていた腕を下ろし、たちを見やる。緩慢な動作に、何やら只ならぬ気迫が滲んでいるように見えた。

「……おい、さっきの音は、何だ」
「お出迎え用のクラッカーもどきだが」

 影丸はよっこいせと声を漏らしながら、その手に持ったクラッカー代わり――――もとい、鮮やかな碧色のベースギターを床に立てて置いた。

「どうせなら派手にお迎えをしようって、狩猟笛を用意しました~」

 レイリンも、その細身に似合わぬ大きなクラッカー代わり――――もとい、美しく黄金に光り輝く、巨大なハンドベルをそっと下ろした。
 不思議そうに見守るの手には、角笛が握られており、三人揃って「何か問題が?」と首を傾げる。

「問題大ありだろうが!!」

 わなわなと震えるセルギスが吼えた。お祝い会にあるまじき怒号である。
 え、嘘、何で?! 仰天するお出迎え組と、硬直した主賓組。実際どちらが正しいかと言えば、間違いなく後者であろう。

 セルギスとカルトが入った瞬間、クラッカーを鳴らしてびっくりさせよう。その計画自体は、何の落ち度も無かった。始まりから盛り上げていこうという、彼らの熱い想いを感じさせるだけで問題は無かった。だが、そのクラッカーが普通であったならば、の話だが。
 普通のクラッカーも良いが、どうせならばもっと目立つ、大胆かつ身体を震わすものが良い。お茶目な計画があらぬ方向性を持ち始めたのは、一体誰のせいであったのか。クラッカー代わりにと用意したものは、ハンター業界一のサポート功労役者……狩猟笛。成人男性の身の丈以上もある、笛と呼ぶには恐れ多いほど巨大な鈍器である。笛とは言っても指先で爪弾き振動させるもので、素材となったモンスターによってその形状も音色も様々。中にはモンスターの鳴き声がそのまま出てくるものも存在している。そしてその旋律を組み合わせる事で、多彩な恩恵をハンターたちに与える、狩場の音楽担当でもあるのだ。

 嫌な予感を抱くのが、普通であるのに。
 どういうわけか、誰一人としてツッコミを入れなかった。

 素人が持つには危険なので、影丸とレイリンのみが狩猟笛を持ち、は角笛に落ち着いたわけだが、所詮それはクラッカーの代わりにすらならない選択であったので。
 かくしてセルギスとカルトが入った瞬間に奏でられたのは、門出を祝う福音ではなく、家どころか半径五十メートル内の空気までも震わす実に心臓に悪い爆音であった。
 影丸はベースギター――王牙琴【鳴雷】を全力で掻き鳴らし、同じくレイリンは巨大なハンドベル――ゴルトリコーダーを全身で振りかぶり鐘を鳴らし、クラッカーどころでない不協和音の爆音が僅か数メートルの距離よりぶつけられた。

 耳に痛くないわけがない。

「大体お前ら、今は夜だろうが! 村の中で狩猟笛なんか吹くな!」
「……ああッ! コウジンの方がびっくりし過ぎて気絶してるニャ!」
「おい起きろコウジン、起きろ!」

「クラッカーより派手で良いと思ったんだけどなあー」
「やっぱり皆でタンバリンとホイッスル持った方が絵面的には面白かったね」
「あ、師匠、狩猟笛ありがとうございましたー。笛も楽しいですね! 新しくやってみようかなあ……」
「止めとけ、お前まず旋律覚えられないだろ。あと吹くの忘れて殴りかかるばっかりになりそうだしな」
「え、でも鈍器って、頭叩いてなんぼじゃないんですか?」
「そう言ってる間は笛は止めとけ、本当」


 そんなこんなで、賑やかなレイリン宅。
 セルギスとカルトの、ハンター復帰とオトモデビューの祝賀会は、ようやく始まろうとしていた。




 お祝い会計画がバレてやしないだろうかと杞憂も抱いたが、どうやら杞憂で終わったらしい。クラッカー代わりの狩猟笛(ギターとハンドベル)と角笛を隅っこへ置いて、主役のセルギスとカルトを料理の並べた机へ導くと、彼らはしばらく大層驚いた様子でそれを見下ろしていた。
 そうそうこういう反応が見たかったんだと、準備した者たちは満足げに笑って椅子に座らせる。
 カルトは興奮冷めやらぬ様子で椅子に立って顔をキラキラさせ、セルギスはやや気恥ずかしげに笑みをこぼす。カルトの顕著な反応と比べれば仕草はささやかであるけれど、彼がとても喜んでいる事は各々で察した。

 影丸やレイリンもだが、セルギスは今ハンターの防具を脱ぎ、ユクモ村の装束を纏っている。ハンター復帰の試験と称して挑んだドスジャギィ狩猟依頼は、リオレイア緊急狩猟に変わってしまったのが日中の事。その際に受けた傷は決して少ないとは言えず、夕方ユクモ村に戻って来てから数時間、医師に掛かり処置を受けた。リオレイアの尻尾の直撃と、吹っ飛ばされ打ち付けられたという、腹と背の二つが特に心配であったが、強く打っただけで大事に至らず。諸々の小さな傷も命に関わるものはなく、健康体の太鼓判を押して貰ったという。
 後になって聞いた話であるが、防具には近接武器に適した剣士用、遠距離武器に適したガンナー用という二つのタイプがあり分けられているという。そしてセルギスが着たという後者の防具は、炎や氷などに対する耐久値は比較的高いものの物理的な攻撃を緩和させる防御力が著しく低いらしく、下手したらドえらい事態になっていたかもしれないとぶっちゃけトークをかましたのは影丸である。
 本当に、何事も無くて良かったとはしみじみ思った。
 さすがに傷は直ぐに消えるものではない為、彼の精悍な頬や筋張った手には、擦り傷が残り包帯を巻いて処置した証も目に見えたところに存在する。が、特に不自由なく動き回り箸を取る姿からは、やはりハンターたちの強靭さが滲み出ている。


 各自に飲み物を行き渡らせ、全てのお財布担当だった影丸に音戸を取って貰った後に、それぞれ好きなように料理へ箸を付けた。
 カルトやヒゲツ、コウジンにも椅子を用意したものの、本人たちの背丈が若干足らない為にお尻の下には本を積み重ねている。そうして一生懸命にフォークを伸ばし、料理を頬張っていた。

とレイリンが作ったのか、店で食うより美味い」

 セルギスはそう言うと、完璧なお焦げの付いた炊き込みご飯を綺麗に平らげる。影丸は口数は少ないが、箸の進む早さは何よりも雄弁であるし、あちあち言いながら汁物を啜るアイルーたちは大変可愛らしい。
 モリモリ食べている彼らを見て、とレイリンは視線を合わせ安堵の笑みを交わす。

「あ、セルギスさん、お代わりどうです?」
「ん、ああ、すまない」

 いえいえ、とは笑って、セルギスの空の椀を取り椅子から立ち上がる。釜の木蓋を開けしゃもじでせっせとよそう後ろでは、影丸とセルギスの会話が聞こえてくる。

「しっかしリハビリ上がりだったのに、久しぶりの狩猟がリオレイアとは。難易度上がったなあ」
「ああ……人間の身でモンスターとやり合う緊張を、改めて思い知らされた。ようやく戻って来れた実感も湧いたが……流石に、骨が折れた」

 互いに冗談めいた口振りで昼間の狩猟を語っている。過ぎた今では笑い話なのか、セルギスも影丸も上機嫌だ。特に影丸は、リオレイア出没の知らせを聞いた時の険しさが嘘だったかのよう。きっと誰よりも安堵しているのも影丸なのだろうなと思いながら、はかつてユクモ村を守っていた二人の師弟の横顔へ小さく笑った。
 と、レイリンも椅子から立ち上がり、ちょこちょことの元へやって来た。

「分かりやすく気に入ってくれて嬉しいね、レイリン先生」

 冗談を交えてが話しかけると、レイリンは頬笑みを返す。冷蔵庫代わりに氷結晶を詰めた箱から、ジュースの瓶を取り出す細い少女の背をは窺ったが……レイリンの態度が、不思議なよそよそしさを漂わせていた。それでいて、微笑ましく見守るような優しさと、声を大にして疑問を尋ねたいそわそわ感も含まれている。
 だいぶ気にはなったが、原因は、も想像つく。考えるまでもなく、今日一番の大誤算であった《陸の女王》こと雌火竜リオレイアの緊急狩猟の後の、あれだ。影丸とヒゲツの応援の甲斐あって、無事帰還したセルギスが感極まってに抱擁をくれた、あれ。
 思い出しても、気恥ずかしい。
 あの後、影丸からはニヤニヤと意地悪げに笑われ、ヒゲツを筆頭にアイルー達からは何も見ていないと振る舞われ、レイリンには顔を真っ赤にしてキャーキャー叫ばれた。(ちなみにその直後影丸からゲンコツを貰っていた)
 特にレイリンは、色恋事に興味の強い年頃だし、気になって仕方ないかもしれない。例えばだって、目の前でそんな光景を見れば気にもなるので、彼女のそわそわふわふわ微笑んでしまう気持ちも、分かるというもの。ただ、あれは……深い意味があったのかどうか、それは。定かでない事であった。
 セルギスのこれまでの境遇を鑑みれば、知る者の一人としても、あの狩猟がどれほどの意味があったのは一言で語れないだろうし。獣から人に戻れた歓喜がそうさせたと思えば、あの抱擁だって別に、何の疾しい意味だってない。そう、ないはず。
 などと、は自己完結する事にしていたので、レイリンの透けて見える期待は苦笑いで流させて貰う。
 だが、何も思っていないのかと言われれば。答えは、否、なのだが。
 それでも半ば言い聞かせたのは、あれからセルギスは特に何事も無かったかのようであったから。期待など、みっともないとは思ったのだ。だから、出来るだけ考えないようにする。肩と背に回った手のひらの硬さと、腕の太さや胸の広さ、首筋に埋められた息遣いも全て。

 セルギスは、これで正式にハンターへ戻ったのだ。
 これから始まる生活に、の姿が何時まで彼の中に残っていられるかなど、それこそ。考える事ではない。今はとにかく祝宴、喜びを祝う食卓なのだ。

 はよそった椀を手に机へ戻る。はい、とそれを差し出すと、セルギスはまなじりを緩めて笑みを返す。やはりその笑みは、人の姿を取り戻してから何度も見てきた彼の普段の仕草であった。仄めかすものは一切ない、落ち着いた雰囲気のよく似合うセルギスへ、も返す笑みは同様だった。

 そんな二人のやり取りを、アプトノスの上等な肉へかぶり付く影丸が横目で静かに見つめていた。


 大勢で囲んだ談笑の弾む食卓は、が思っていた以上にとても楽しく、時間は過ぎてゆく。
 レイリン指導のもと作られた、たくさんの豪華な夕飯は、既に半分以上大食いな男性陣とアイルー達の腹へと収められていった。さすがは大自然をその足で駆け回り巨大な竜や獣と戦うハンターと、彼らにつき従うオトモと言おうか。恐らくあれだけ食べたって翌日には消費されているのだろうから、恐るべしハンター稼業。仮にもし余ったとしても、ヒゲツやコウジンなどが他のアイルー達に配るという事なので、実質全て完食されるという結果になる。作り手側にとっては、何より嬉しい事であった。
 そろそろ酒の出番だと、やけに楽しそうな影丸が席を立つのを合図にし、とレイリンも顔を見合わせる。酒盛りの準備を手伝うふりをし、揃って二階へ移動する。ヒゲツとコウジンは、セルギスとカルトの視線が移動しないよう引きつける。
 第二のどっきり作戦、決行の合図である。
 ゆっくり、そうっと。声を掛け合いながら、とレイリンは荷物を抱えて階段を慎重に降りてゆく。喜んでくれるといいねと、視線で笑い合いながら。

 二人が荷物を持って移動しているその最中。
 高級な酒瓶を抱えた影丸が、先に机へと戻っていた。セルギスはそれに気付くと呆れたように肩を竦めたものの、その銘柄……大吟醸《豊龍》と同じく大吟醸《王牙》の文字を見ると、ニヤリと笑みを浮かべた。普段はあまり飲む姿を見せない彼であるが、特別弱いわけではなくむしろその逆で、実はザル。何だかんだで、影丸もセルギスも酒飲みであった。

「お前これ、確か王牙は強いやつだろう……知らんぞ、レイリンに怒られても」
「あいつとはもう密約は交わした。高級肉を買ってやる代わりに幾ら飲んでも文句言わないと」
「またしょうもない密約を……」

 ひとまずは、持ってきた新しい杯を机の上へ並べて置く。とレイリンの事をセルギスに尋ねられ、影丸は酒のつまみを用意していると適当に誤魔化した。

「……ああ、そうだ。関係ないけど、セルギス」
「何だ」

 旦那さん旦那さんと跳びはねるカルトの、前足の肉球を触り始めたセルギスは、声だけ応じた。

「――――お前、に気があるんだよな」

 ぷにぷにと揉んでいた指先に力が意図せず入り、肉球に指圧を込めてしまった。フギャ! と上がるカルトの悲鳴に、何故かコウジンも毛を逆立て驚いていた。
 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、気まずげな空気が漂う。主にセルギスを中心にしているだけで、影丸は特別そんな様子もなく視線を逸らす事もない。むしろ、面白いものを見たとばかりに邪悪な笑みを浮かべた。それを見て、セルギスは余計に視線を泳がせる。こいつに知られたらと思ってしまったのは、「師匠のばかぁ! うわぁぁーん!」と散々に苛め抜かれているレイリンを常日頃から見ているからか。
 だが、影丸は悪い笑みを浮かべただけで、必要以上に其処をつつこうとはしなかった。

「今更、誤魔化すなよ。アンタの普段の様子を見てりゃあ誰に気があるのか丸分かりだ」
「……そう、か」
「まあ気付いていないのは、どういうわけか本人だけなんだが」

 付け加えた影丸の言葉に、セルギスは安堵したような落胆したような複雑な気分になる。「そ、そうか……」はあ、と溜め息を漏らし、首の後ろを掻く。

「……でだ、俺が言いたいのは其処はじゃねえ」

 影丸は隣に座るセルギスへと顔を寄せる。ぐっと詰まる距離に、セルギスは視線だけを彼に向ける。

「リオレイア緊急狩猟、成功した祝いだ。アンタに餞別として――チャンスをくれてやる」
「……は?」

 セルギスは、訝しげに眉を寄せる。チャンス? 何の話だ。セルギスはその意味を影丸に尋ねようとしたが、階段を降りてくる足音が近付いてきた為に口を噤む。

「チャンスはチャンスだ、あとはアンタが上手くやるに掛かっているけどな」

 影丸はそれを早口に告げると、顔を寄せた顔を離した。幸運を祈る、と最後にセルギスの背中を一発叩いて。
 何の喝を入れられたのか、セルギスはその時意味が分からなかった。

 セルギスと影丸のやり取りを露知らず、とレイリンは木箱と篭を持って食卓に歩み寄り、その一角に置いた。いかにも目立ち存在感を放つ荷物に、セルギスとカルトの不思議そうな視線は集まる。達は笑みを絶やさず、彼らへと差し出して言った。

「ハンター試験合格、おめでとうございます。無事に、セルギスさんはハンターに、カルトはオトモアイルーになるのでそれを記念して」
「お祝いの品をプレゼント致します~」
「プレゼント?」

 セルギスとカルトの視線が集まる中で、用意した主催者側は得意げに胸を張る。

「私と影丸とレイリンちゃんからは、食事会のセッティングで。ヒゲツやコウジンくん達アイルー組から、お祝いの品があります」

 が視線をやると、ヒゲツとコウジンは立ち上がって寄って来る。コウジンは分かるとして、ヒゲツまでもそわそわとした足取りだった。彼らの胸中が推し量れる。
 はい、とレイリンが篭を差し出す。それを受け取ったヒゲツは、頭の天辺で掲げるように持ち上げてセルギスの足元へ向かう。ピッケル並みにカチコチなキノコ――ツルハシイタケを何本も消費して掘り当てたという、武具玉各種。武器や防具の強化には決して欠く事の出来ないという綺麗な鉱石を、セルギスは視界に映し一瞬目を張る。には区別もつかず綺麗な宝石としか思えないが……セルギスの様子を見るに、かなり重要な品らしい。彼は嬉しそうにし、その篭を受け取った。

「武具玉を全て……そうか、ありがとう。助かる」
「……貴方の今後のハンター生活に役立つ事を願うニャ」

 夜を彷彿させる隠密模様の毛色に、金色の細い瞳がよく映える。
 かつては主従関係であった人間とメラルーの間に、穏やかな笑みが交わされる。セルギスは武具玉を納めた篭を膝の上に置き、大きな手をヒゲツへ伸ばし、頭の天辺をわしわしと撫でた。くすぐったそうに表情を緩めるベテランオトモのヒゲツも、今ばかりはメラルーという種族にも相応しい愛らしさを浮かべていた。

「ほら、お前にはこっちニャ」
「何だニャ、この箱」

 コウジンに手招きされ、カルトは共に椅子へ飛び乗った。机の一角を占める箱、カルトは不思議そうに見下ろす。コウジンはそれを得意げに肉球でぺったんぺったんと叩き、胸を張り告げた。

「ふふん、ボク達から餞別ニャ!」

 コウジンの手が木箱の蓋を持ち、勢いよく開けた。其処に納まっているのは、アイルーやメラルーの獣人族サイズの防具。薄い赤色を基調とした、中世にあった衛兵の隊服に近いデザインをしており、白いボンボンのついた帽子と同じ色で揃えたナイフもセットされている。
 カルトはしばしそれを見下ろし不思議そうにしていたが、それが何なのか気付くや否や、飛び上がって喜びを露わにした。

「ニャッ! これ、これって……!」
「ふふん、お前がオトモの練習でモンニャン隊について来た時、こっそり集めてたモンスターの端材で作ったニャ。ピカピカの新品ニャ、泣いて喜んで受け取ると良いニャ」

 狗竜ドスジャギィの端材から作られる、オトモ装備の登竜門的存在な防具――ジャギィネコ装備一式。
 ヒゲツとコウジンが贈る、オトモデビューの祝い品だ。

「凄いニャ、ヒゲツの兄貴! オレ大事にするニャ!」
「ああ」
「おい、ボクだって手伝ってるニャ」
「コウジンもお疲れニャー」
「ボクの時だけ軽い! むかつく!」

 ニャアニャアと響く三匹の鳴き声が、空気を和ませる。何をしても猫が戯れる光景にしかならないので、見ているだけで顔が緩んでしまう。
 彼らの様子を見守る達は、ほっと安堵する。カルトもセルギスも、アイルー達のプレゼントは勿論、祝いの食事会も非常に気に入ってくれたようだ。喜んでくれている事は、達にもはっきりと伝わってきて、それぞれ顔を見合わせ笑みを浮かべる。


 そして、しばしプレゼントと食事会準備の裏話を楽しんだ後。
 邪悪に微笑んだ影丸が、おもむろに二本の酒瓶をドンッと机へ置き直した。荒々しい筆遣いで書かれた、王牙、豊龍の二つの文字。賑やかな空気に、また違う熱気が含まれたのは気のせいではないだろう。特に、影丸とセルギスを筆頭にし顔に過ぎったそれは、まるで意気盛んな将兵の如き貫禄。酒飲みの猛者達の隣で、とレイリンは呆れ苦笑いをこぼした。
 何故か全員――アイルー組も含んで――が朱塗りの上等な杯を持たされ、制止するよりも早くに酒を注がれる。普段此処まで活き活きとした姿など見せないくせに、と思うほどフルテンションな影丸の音頭のもと、高らかに第二の宴――酒宴の開催が宣言された。
 芒と紅葉の映える、静かな月夜。レイリン宅で開かれた祝宴は、月が昇り詰めてもなお笑い声が絶えず。
 とても賑やかな夜更けを各自で楽しんだ。