みっともないほど愛してる(4)

 そういえば、セルギスの寝室に入ったのは、久しぶりだった。彼がこの家に戻って来る前、掃除をしていた時以来のような気がする。
 踏み入れた時にがそう思ったのは、人が過ごす温かみと言おうか、匂いがしたからだろう。セルギスが毎日過ごしている気配は部屋に漂い、私生活が満ちる景色がいやに生々しいものに感じるのは、が今その家主に抱えられているからだろうか。とにかく、むずむずとして居心地が悪かった。
 セルギスの足は迷い無く、彼が普段眠る寝台へと向かってゆく。掛け布の上にを降ろすと、彼も其処に身を乗り出し座った。が手に持っていた燭台は、セルギスに火を吹き消され、窓辺に置かれる。
 灯りなど必要ないほどに、差し込む月影の目映いこと。白く照らされた己の足の向こうに、セルギスの身体もはっきりと窺える。単純な影の濃淡にも、緊張と心許なさで小さく身震いするには、官能が煽られるようだった。
 と、彷徨うの手の上に、セルギスの手が重なる。少しひんやりとした柔らかい布地に押さえつけるように、大きな筋張った男の手が触れる。男女差なんて今に始まった事でないのに、こんなに彼の手は大きかっただろうかと、知らないものに触ったような気分になる。
 の顔を、セルギスが覗き込む。睫毛が触れ合いそうなほど、距離を詰める彼は真っ直ぐと見据える。



 静かであるけれど、沸々とした何かを内包する声。その声に応じ、ぎこちなく視線を交わす。月光を湛える琥珀色の瞳は、熱心にを見つめていた。獲物を狙う狩人の眼差しだろうか。その強さから、逃げる隙なんて何処にもない事を思い知る。
 すると、セルギスが至近距離でふっと笑みをこぼした。

「……ガチガチだな」
「そ、そうも、なりますよ……」

 は視線を泳がせる。セルギスは緊張なんてしてないのだろうか、少し悔しいような気もしてくる。けれどセルギスは「同じだな」と呟く。そして、大きな手のひらで包み込んだの手を持ち上げると、己の胸へと導く。着物の合わせ目は緩んでいたようで、覗く広い胸に直に触れさせられては息を詰まらせる。自分にも負けないほど熱い体温、そして、手のひらに感じる激しい鼓動。は少し驚いた目で、セルギスを見た。

「……当たり前だろう。俺だって、緊張もする」

 セルギスは言いながら、心臓の上へ重ねたの手を再び持ち上げる。そして今度は、彼の口元へと導いた。指先に触れる感触が、柔く蝕む。

「……ずっと、こういう風に触りたかった」

 細められる瞳には、淡い月光を焦がすような熱情があった。低い声と共に吐露される短い言葉を、甘く狂おしい感情が満たしている。の指先から侵食してゆき、背筋をぞくぞくと震わせる。
 ずっと。こういう風に。
 の頭の中で、セルギスの言葉が幾度も繰り返される。思っても無かったからだろう、そんな風に彼が、思っていたなど。日々の生活で見ていたのは、年上らしく落ち着きを払う冷静な姿であったから。

「……だから、絶対に、逃がさない」

 この部屋から、この寝台から、己の側から。セルギスは瞳で告げ、の指先を唇で食む。震えるそれを静かに外し、腕を巻き付けた。は彼の腕に再び包まれ、体勢を崩す。

「俺が触れる事を嫌だと言わなかった。だから」

 だから。何かを堪えるように、セルギスの表情は静かな苦悶を宿している。その先の言葉は無かったが、代わりにの身体を敷布に倒し、熱を帯びた手を重ねた。何処か忙しなく、武骨な指がの衣服に掛かった。帯を緩め、押さえるものがなくなった着物は締め付けなく柔らかくにまとわり付く。
 は言葉を上手く紡げなかったけれど、逃げようとはしなかった。それがの意志であると、セルギスも察している。だから余計に、指先が震えて性急になっている。大の男が、それこそ若い青二才のように、みっともなく。
 そして、セルギスの指が着物の合わせ目を掴み、怖々と広げた。外気が触れる感触と落ちてくる視線を感じて、は身を強ばらせ瞼を閉じる。自分が閉じたところで、どうしようもないのに。
 しばらくしてから、瞼を押し上げてちらりと見上げる。セルギスは、の剥き出しとなった肩周りや胸部を見下ろしていた。思っていたよりもずっと真剣な、或いは食い入るような力強すぎる視線に、は悲鳴を上げそうになる。
 そんな、まじまじと、見るほどのものじゃあ。
 ほとんど反射的には腕を動かしたが、それよりもセルギスの手は早かった。前を開いた事で布切れ同様になった着物を、下履きやら何やらも一緒に抜き取り、帯ごと寝台の下に放った。寝台の上であっという間に脱がされたはといえば、恥じらう暇すら無かったので、もはや「あ」だの「う」だのとしか言えなかった。

「セルギス、さ……ッ」

 敷布の上に転がされたの裸体を、セルギスは何も言わず、じっと見下ろす。余す事なく、全て眼下に納めようとする視線に、はさらに身を強ばらせ半ば逃げるように捩った。それでも、視線の熱は肌の上に刻まれて、消えずに追いかけてくる。

「……綺麗だ」

 ぼうっとした低音が、へ落とされる。伸びてきたセルギスの腕は、力強くの手首を取り、敷布に押しつける。そのまま手折る事など出来そうな手が、手首をなぞりながら伝い上がり、指を絡める。柔らかくも、隠す事を阻む獰猛さ。そして、熱を帯びた眼差しを、無遠慮にその四肢へと浴びせる。舌先で、舐め上げ、撫でてゆくように。

「……想像していたのよりも、ずっと」

 隠そうとしない劣情に、たまらずはギュッと眉間を寄せる。仰向けにされている胸がひくりと震え、柔らかい二つの頂を揺らす。
 セルギスはへ覆い被さり、身体を折り重ねる。セルギスの着物は緩んでいた為に、互いの胸が直に触れた。素肌と筋肉の生々しい感触には跳ねたが、それと同じくセルギスも肩を震わせていた。男とは造りが根本的に異なる、女の肉体。ほっそりとした四肢、滑らかな素肌、柔らかい乳房と香り立つ匂い。どこもかしこも危険な甘さを放っているような気がして、セルギスは吐息を吐き出す。己のものでありながら、それはあまりに熱く興奮を帯びていたと自覚したけれど、それほどまでに組み敷いた存在を。

 ――――欲しくて、たまらなかった。

 ごくり、とセルギスの喉仏が上下する。身を捩るの腰へ、セルギスの腕が回り、僅かに浮かされる形となる。それと同時に、反った背はセルギスへ剥き出しの乳房を差し出す体勢にもなった。
 セルギスの顔が落ちてきたのは、その時だった。赤銅の髪が下がり、琥珀の瞳が顔の前から降りてゆく。

「セルギス、さ……ッ! ひ、う……ッ」

 セルギスの唇が、食むように乳房の上を這う。ぞぞ、と熱を帯びた震えが駆け巡り、の細い背がしなる。腰を捕らえる太い腕に、力が入った。夢中になってその柔らかい肌を味わい、首飾りの下の鎖骨に上がって首筋を柔く噛む。自由の利くもう片方の腕を持ち上げ、振動に震える乳房を包む。手のひらを埋める途方もなく柔らかい感触に、セルギスの目が熱く細められる。
 幾度も夢想した妄想などとは、比べようもない。本当に今、現実で。
 だが夢中になりすぎたようで、指に不必要な力が入ってしまう。揉むというよりは握り掴むような手の形になったらしく、が痛苦を訴えた。

「んッい、いた……ッセルギスさ……ッ」

 焼き切れそうな思考が、急激に引き戻される。セルギスは驚いたように手を離し、顔を上げる。そうだった、普段握っている武器や、自然界で対峙する獣たちではないのだ。思いの外、やはり七年の無骨な生活は……染み渡っているらしい。
 セルギスが「悪い」と告げると、は表情を緩めて首を振る。息が掛かるほどの近くにある彼の顔は、少し罰が悪そうな、気恥ずかしそうな色を宿しているとも気付く。私だけじゃないなと、は場違いかもしれないがほんのりと嬉しくなる。安堵、とも言えるだろう。
 再び触れたセルギスの手のひらは、今度はそろりと優しく包んだ。少しぎこちない、怖々とした緩慢な仕草で、掬い上げられる。大きな異性の手にくるまれ、硬い指先が埋められる。
 長年見てきた我が身のものであるのに、妙に厭らしく見えるのは何故だろう。
 ふにふにと形を変えられる光景から、「うわ、うわ」と内心悲鳴を上げながら視線を逸らし、斜め上のセルギスを見る。視界の片隅に、セルギスの赤銅色の髪が映った。



 名を呼び、熱い溜め息を漏らす。耳元や首筋を唇でなぞって、音を立てて吸う。くすぐるような熱はきっと、彼のものでもあると思う。が両手を持ち上げて衣服を掴むと、応じるように腰を抱く腕がさらに引き寄せた。僅かな隙間も埋めようとする仕草と、ぼんやりと響く体温が、心地好くもあり苦しくなる。
 撫ぜる指先が、次第に動きを変える。下から掬うように手のひらで押し上げると、指の腹が、その頂を引っかく。ひ、と声を漏らしたに気を良くし、セルギスは転がして時折爪弾く。困惑と羞恥に漏らす息遣いに甘い声が混ざって、セルギスの息の方が荒くなる。はあ、と吐き出すそれは、自覚するほどに興奮で震えた。
 もどかしい、むず痒い痺れが爪先にまで伝わる。の身体は捩り、斜め上のセルギスの胸を手繰り寄せる。衣服を懸命に掴む指先に小さく笑いながら、ああそうか、と一人思い至って、セルギスは一度身体を起こした。
 逃げてゆく体温に、追い縋るようにはあっと声を漏らす。けれど、見上げた先で、セルギスが己の着物を左右に大きく割って肩から引き下げる動作を見た時、荒い息が弾んだ。白い月光に照らされたその上半身は、狩人らしくとても屈強で、男性の色香を放っている。けれど、それ以上にの目を惹いたのは――――。
 セルギスは腰回りの帯をやや緩め、動き易いようくつろげる。夜の涼しさが、露わにした素肌の熱を宥めてゆく。全て脱いでも良かったが、から離れているのが思いの外セルギスの焦燥を煽り、中途半端に着衣したまま再び敷布に両腕をつく事にした。
 ふと、彼は気付く。仰向けに横たわったは、セルギスの身体を見上げていた。火照る頬と無防備な唇に、ぞくりと剥き出しの背筋が戦慄くが、どうしたのかと彼女を窺う。

「これ……」

 言いながら、の両手は持ち上がる。細い指先が触れたものは、セルギスの胸や腹に残る、古傷の痕だった。セルギスは小さく笑い、へ言った。

「これでもハンターして長かったからな……七年間の傷跡も、多分幾つかは今も残っている」

 こういう職業柄、仕方のない事だ。悪天候の中も野山を駆け巡り、獣たちと戦い、怪我など日常茶飯事だった。それを気に掛ける事は早々に無くなり、既にセルギスは頓着しなくなっている。恐らく、多くの狩人たちもそうだろう。
 だが、にとっては衝撃の光景だったのかもしれない。
 セルギスはそう思ったが、の瞳には気遣わしげな色はなく、何処か感慨深そうにしていた。何も言わなかったけれど、優しげな潤む瞳は傷痕を宥めるようでもあって、セルギスの心に染みた。
 は指先を、つい、と胸の上で動かす。既に塞がっているので、僅かに腫れた乾いた感触だけが指先に感じる。それを不意になぞってしまったからか、セルギスは息を噛んでその大きな肩を揺らした。その振動にドキリとして、ごめんなさいとが謝ると、セルギスは小さく笑って身体を倒す。その笑みには、色っぽい歓喜が浮かんでいるような気がした。

「続けて」

 えっ。は、思わず声を跳ねさせる。

「触っていてくれ、頼む」

 あ、う……。真っ赤になったは情けない声を上げたが、セルギスの真っ直ぐと落とされる懇願の視線に抗えきれず、反射的に離した手のひらを怖々と伸ばす。幾つもの傷跡の宿る胸は硬く、腰や腹は無駄なものがなく筋肉の筋が浮かんで見える。手のひらをそうっと押し当てると、の頭上では色めいた溜め息が落とされた。
 そうして、セルギスの両手も、の身体を撫で上げた。ふう、ふう、と息を吐き出すの唇に、セルギスの唇が重なる。熱い息が交わされ、舌が内側をも撫でて吸い上げる。水音を奏でる合間に、、と紡ぐ切なげな低い音。何かを残すような、或いは、刻むような。セルギスの手も唇も、焦燥を秘めてを求める。
 いつの間にか汗ばんだ肌が、互いに吸いつき合っていた。首に掛けたままの首飾りが、チャリ、と音を立てる。

「――――ずっと」

 低い声が、陶然とし囁く。

「ずっと、こうやって、触りたかった」

 つう、と垂れた銀糸を舐め取り、セルギスの唇が僅かに離れる。それでも湿った吐息が互いに掛かるほどの至近距離にあり、の視界にはセルギスのかんばせのみが映っている。陶然とした声と同じ、情欲を甘く放つ微笑に、はたちまち混乱に陥る。あのセルギスもこんな表情をするのかと驚いた事も要因であるが、何よりも。

「ずっと、て……」

 どうして。いつから。
 言外で告げるの言葉に、セルギスはふと小さく笑みを浮かべ「さあな」と返す。困惑するを宥めるように一度背中を撫でると、腰の下にねじ込んだその腕を抜き取る。全身を撫ぜるもう片方の手も、するりと引き下げ、の足に置いた。
 あっと、小さく声を震わせる頭上で、セルギスが熱っぽく微笑を落とす。

「リオレイア討伐の時か。ユクモ村に戻ってきてから。影丸と戦った後、お前と一緒にドキドキノコを食べた時か。それとも、最後の一ヶ月を桜色のアイルーと過ごしていた時か――――」

 色々と浮かびはするが、明確には、そのどれであるのかセルギスにも分からない。或いは、全てか。けれど、恨み続け、妬み続け、叶わぬ夢と知りながらも捨てきれず抱えたままさまよった雷狼竜も、そんな夢みたいな現実が本当に起こっていた事など誰に言えるわけもなく時間に取り残された狩人も。
 驚くほどに、その真ん中には――――桜色のアイルーと、同じように人の輪に戻ってきた彼女の存在が根付いているのだ。
 ただ、そういう綺麗な思慕にかこつけて、浅ましい劣情を見出していた事も、紛れもない事実だが。

 の両足、柔らかな太股に重ね置いた手のひらに、微かな力を入れる。左右に開こうとする仕草に、反射的に足の内側が強ばり、セルギスの手に逆らった。といっても、身の丈以上の重い武器を扱い巨大な獣たちと戦う彼からしてみれば、児戯ほどのものでしかない。押し開く事は簡単だったが、セルギスは「」と頭上で名を呼ぶ。柔らかい太股を指先でなぞり、言葉なく誘い強請る。
 うう、と呻き声に近いものを漏らしながらが力を抜くと、大きな手のひらが太股を持ち上げ、左右に割った。閉じていた場所に外気が触れる感触と、両足の間で他人が動く振動に、真っ赤に染まるの表情が羞恥に歪む。
 セルギスは身体を横にずらし、飛び跳ねた女の裸体と表情を見下ろし、強まる劣情を吐き出す吐息に乗せた。吸い込んだその拍子にも、温かい肌の匂いをかぎ取り、生々しく頭の後ろが痺れてゆく。

「ずっと、そう思ってたなんて、お前は知らないだろうが」

 聞かずとも、何より泳ぐ目がその証拠である。

「セルギス、さ……ッえ、あ……ッ?!」

 足の付け根やお尻に、長く筋張った指が掠める。羽根で撫でるようなくすぐったさが数度行き交った後に、セルギスの手のひら全体が、今度はしっかりと重なる。秘めた場所も、全て、余す事なく。眉を寄せて染まるの口から、吐息が抜けてゆく。それを吸い込むセルギスの息遣いもまた、熱を帯びて荒く落ちる。
 指先に触れる、濡れた質感。ドクリと心臓を跳ねさせて指先を柔い秘肉の中へと押し込むと、温む水に指先が埋まる。溢れてくる入り口を探って、ゆるゆると周囲を撫でると、ひくつく振動が返ってきた。
 「ん、ん」こぼさぬようにと抑えるの声が、微かに聞こえる。一度上体を倒して無防備な耳を食むと、途端に声が鳴る。くすぐったそうに身を捩りながら、セルギスの四肢をその細い手足が掠めてゆく。

 ――――ああ、くそ。

 一人己を慰めた夢想は、結局、夢想でしかなかった。現実には勝てるわけないし、そして現実はそれ以上に――――凶悪的に、欲望を煽ってくる。寝台の上に横たわる裸体も。絡まる四肢も。汗ばんで上気する肌も。匂いも、声も、目も、何もかも全て。追いやられてゆく理性の下、露わになる生々しい劣情は止まらず、セルギスの鍛えられた肉体を震わせる。
 全て欲しいと、喉が鳴る。例えばそれは、獣が血肉を求めて正気を失ってゆくように。

 「」名を呼ぶセルギスの声が、疼く熱の中に響く。撫でるだけだった武骨な指先が、蜜を垂らす入り口から侵入してきた時、は敷布をきつく握った。
 自分の指でさえ、入れた事などないのに、セルギスの長い指が。
 息を詰まらせ、硬く結ぶの唇。それが腹部の奥で上下に動いた時、一層の強ばりが生じ、しなだれた背が反った。
 異物を押し出さんばかりに窄めるの中に、セルギスは少しだけ眉を寄せる。まさかと思い、入り口の部分をぐいと押し上げると、途端痛苦を含んだ息がセルギスに掛かる。
 直ぐに、理解した。
 けれど、それと同時に劣情が殊更に増した。
 不躾に訊ねる事はしなかったが、それでも、彼はに一つ聞いた。

「……俺が、こうして触るのは、嫌か」

 つぷり、つぷり。上下する長い指の動きに、断続的に息を吐き出しながら、はちらりと見上げる。白い月光に照らされた汗の滲む傷だらけの半身を伝い上がり、筋の浮かぶ首の先の、精悍なかんばせ。見下ろすセルギスの眼は、月夜にもはっきりと見える熱を湛えていた。
 こくりと喉を震わせ、は小さく応じる。

「……や、やでは……ないです」

 でなければ、そもそも、こうして腹を見せて身を委ねてはいない。
 が呟くと、セルギスの情欲の滲む眼差しが僅かに緩まり、慈愛のようなものを見せた。安堵と、愛おしげな、柔らかさ。不意に見せられた表情には、胸を跳ねさせた。だが、その柔らかさも、ほんの一瞬の事だった。セルギスは本格的に温かな内側を触れに――――いや、食いに掛かった。
 長い指で内壁をなぞり、入り口の外も震える肌も撫で上げ、強ばりを解す。唇も吸われながら、はほとんど混乱の中にあった。
 指が、そんなとこ、な、なんでそっちまで。
 それらは明確な言葉にならず、不明瞭な音となって唇から溢れる。逃げるように捩るの身体を、がっしりと容易に押さえ込んで、セルギスは愛撫を続ける。
 のこぼれる声がすすり泣きに近付く頃、甘く嬌声へと代わり、秘所をじっとりと蜜で濡らし溢れさせた。くったりとする身体は、無防備にセルギスへ預けられ、何処を触れても拒まない。それを、セルギスは己でも思っていた以上に、浅ましく喜んでいた。、と名を呟き顔を寄せ、吐息ごと唇を吸う。男とは違って、ふっくらと色づいたそれは薄く開き、舌先を伸ばすとぎこちなく応じる。口にはしなかったが、可愛いと、何度も欲望で焦げそうな胸中で叫んだ。
 口腔で絡まる柔らかい感触を味わっていたかったが――――セルギスの下半身が情緒なくまた膨れ、痛いほどに主張してくる。一度きつく眉をしかめて堪えたが、さすがにそろそろ、それも叶わないところに来ているらしく。
 解れ、濡れたの秘所を見下ろし、喉を鳴らす。ずるりと指を引き抜くと、震える両足に触れた。

「……あ」

 息荒く、はその動きに気付く。くたりとした首を傾げ、顔を下げる。ゆるりと曲げられてゆく己の膝の裏を、筋張った大きな手のひらが掴み、持ち上げられてゆく。開かれた両足の間に、セルギスの鍛えられた腰が割り入った。薄ぼんやりと眼差しを向けると、の視界には彼の胸と腹部、そしてその下の――――。



 息を詰めて身を強ばらせたのを察し、セルギスはを頭上で呼ぶ。呼ばれるまま顔を上げると、こつりと額が押し当てられた。髪が流れ落ちて、毛先が肌に触れる。落ちてきた影と熱い吐息の先で、セルギスが耐えるように苦悶しながら、その眼差しを向けていた。
 入りたいと、良いと言ってくれと、言葉のない声が聞こえてくるようだった。
 辛そうな表情をしながら、最後の許しを求めている。かつては村を一人で守ってきた剛勇の狩人が、博識で思慮深い雷狼竜が。
 屈強な全身から放たれる叫びは、には過ぎるほどの大きさに感じる。彼が其処まで、どうして己を懸想してくれたのかまだ分からないし、その事実を上手く飲み込めない。けれど。
 単純に、嬉しかった。だから今も、はそう言える。

 は小さく頷き、両足を引っかけて腰を持ち上げるセルギスの腕に、両手を伸ばして掴む。きゅっと、指先がしっかりと這うのを感じ取り、一瞬セルギスは身体を跳ねさせる。吐き出した吐息に、みっともなく歓喜と渇望が混ざり合った。
 セルギスの意志は吹っ飛ばして顕著な反応を示す屹立した剛直を、若干苦く思いながら、の濡れた入り口にすり付ける。震える四肢に気付いてはいたが、セルギスは僅かに残っていた理性を放棄した。なだらかな曲線を描く腰を掴み寄せ、両足を脇に挟んで、セルギスは腰を進めた。
 それは挿入というよりは、突き崩すという表現の方が正しかったかもしれない。
 上がった声は、のすすり泣きか。それとも、セルギスの快楽に呻く音か。造り、厚み、背丈、全て異なる身体が繋がった瞬間、寝室に熱く高まる空気が満ち満ちていった。

 焼け焦げて、しまいそう。熱の杭に穿たれて揺すられながら、は言葉にならない音の羅列をこぼす。どちらの身体も熱く、触れる肌はじっとりと汗ばんでいる。夜風の涼しさを押し退けるようでもあった。
 の薄く開かれる滲む世界で、セルギスの逞しい身体が動く。苦しそうに苦悶する表情は上気し、色っぽい低音と息遣いが聞こえる。今あるのは痛みなのか快楽なのか、には判断つかないけれど、セルギスの艶やかな様は十分に興奮を感じさせた。男性に言う言葉ではないかもしれないけれど、色っぽくて綺麗だなと、そう思った。例えばそれは、冴えた鋭さを内包する、月夜に吼えた碧色の狼のように――――。

「セル、ギスさ……ッあ……!」

 不明瞭な言葉で、懸命に呼ぶ。汗みずくの屈強な身体が倒れ、の跳ねる裸体を抱きすくめられる。その間も、律動は激しく、止まらない。止められなかった。今のセルギスが、止められるわけもない。



 快楽に跳ね、疼く声がの耳元で聞こえる。飛び跳ねる心臓が、さらに加速する。

「ずっと、俺は――――」

 想いを吐露する言葉に染まりながら、はその大きすぎる背中を抱きしめる。泣き出しそうになっていたのは、多分きっと、どちらもであった。




 宴の夜が明けた、その翌日。
 朝方の澄んだ空気も、日中の賑やかさに変わりつつある午前の時刻。宴の会場となったレイリン宅には、後片付けをすべく参加者一同が集まっていた。しかし、宴の余波は一晩経った今も、一部の面々には残されたままであった。
 酒注ぎ魔と化した影丸にたらふく飲まされたレイリンとコウジン、カルトは、頭を抑え真っ青な面もちで、足下をふらふらとさせている。その上コウジンとカルトに至っては、己の足で立てずにヒゲツの肩に腕を担がれている状態だ。ほとんど引きずるような格好の二匹を、ゆっくりと休ませるという選択肢はヒゲツに無かったらしい。

「おーおー良い顔してんな、お前ら」

 だというのに、散々飲んで飲ませた影丸は、平素と変わらない通常運転でのんびりと笑っていた。この違いは何なのだろうかと、今日もレイリンの疑問が晴れる事は無い。

「ニャ……? と旦那さんは、まだ来ないニャ……?」

 真っ青な顔であるが、きちんと周囲を認識しているカルトは、ふと呟く。そういえば、とレイリンも思ったが、割り込んだ影丸の声が思考を遮った。

「今頃、二人どっちも寝てるだろうよ。……仲良くな」

 影丸はニヤリと口角をつり上げて笑った。その言葉に多大な含みが込められていたけれど、二日酔いに苦しむレイリンやカルト、コウジンは気付く事はなく、ふらふらしながら後片付けを始めた。
 唯一察したのは、影丸とセルギス、双方のオトモになって長いヒゲツくらいである。レイリンなどの耳には届かない、小さな声で影丸へと呟く。

「……どういう風の吹き回しだ、旦那」

 影丸は、やはり悪戯を秘めた邪悪な笑みを浮かべた。

「さあな。だが、たまには良いだろう。セルギスとをいじる、良いネタが出来たじゃねえか」

 素直でないひねくれた物言いに、ヒゲツは肩を竦める。けれど、仕方なさそうに笑ったものの咎めないのは、影丸の横顔が上機嫌に笑みを浮かべていたからだろう。

「――――折角の祝い事だ。こうでなくちゃあつまらないだろうよ」

 笑う影丸の口元からは、そんな小さな呟きが放たれ、紅葉彩る温泉の村の空へと溶けて消えた。



 月は沈み、太陽が昇り柔らかな陽射しに照らされた、セルギスの寝室。窓辺に寄せられた寝台に、とセルギスの姿はあった。互いの身体を寄せ合って、閉ざされた瞼は僅かも動かない。二人が目覚めるのはまだ先であるが、交わされた首飾りは新たに始まる日を示すように、小さく光っている。



前回の小説の流れを汲んで、続きの話でした。
別名、セルギスさん報われて良かったね小説。

本当に、良かったね。

【2012年思いつきアンケート】にも届けられていましたが、管理人も密かに考えていたネタでした。酔ってんだか酔ってないんだか分かりませんが(笑)。

首飾りについては、管理人の思いついた設定ですので、ご注意を。朱色の魔除けの首飾り。ありのような気がする、とぐいぐいねじ込んでみました。

この先の二人にも、幸多からん事を。
いやあ、本当、良かったねえセルギス……。


2015.02.11