これがきっと、スタートライン(2)

渓流に着いてから、影丸が口にした言葉はただ一つだけだった。

「お前が普段やるように、討伐してみろ。採取はしてもいいし、しなくてもいい。
危なくなったら《生命の粉塵》を使ったり多少は手助けしてやる、が、俺は基本遠くで見ているだけだ」

言うなり彼は、レイリンの後ろをつく形となった。

……完全に、試験じゃないか。

これはやはり、そういう意味だったか。手荷物を少なくしたのは、その状況でどれだけ判断が出来るか見るためなのだろう。そしてこの多少の道具では、長期戦はほぼ不可能。一日で終えて帰るつもりのようだ。
新米ハンターのレイリンには、かなり厳しい環境だ。しかし、ここで失敗したら、弟子入りの話は無くなってしまう。レイリンは強く、片手剣を握り締めた。影丸の視線を背に受けつつ、いざ踏み出した。

ベシャリ

「……」

「……」

華麗な転倒を披露した瞬間の痛々しい沈黙を合図とし、弟子入りをかけた試験が開始された。



「……旦那様、諦めたら良いニャ。出だしでコケたのはかなり高得点ニャ、マイナスの意味で」
「言わないで、気にしたらいけないんだから!」

事あるごとに、後ろから聞こえるコウジンのお小言。だがそれに迷うほど、影丸への弟子入りを諦めはしない。
喧騒の無縁な静寂の漂う、壮麗な渓流……その景色に見惚れながらも、手元の地図を確認する。現在の位置は……ギルド公認の地図でいう《エリア2》。険しい絶壁と、地上を臨む高地に位置する場所だ。ジャギィらの巣も、ここにある。少々数の多いジャギィを片付けつつ、このエリアの北にある滝とせせらぎの水に恵まれた《エリア6》を目指すつもりだが……ちらりと、後ろを見る。
つかず離れずの距離を保ち、影丸が着いて来ている。隠密スキルが発動しているせいか妙に気配がないけれど、後ろに居るという安心感と緊張感がせめぎ合う。ヒゲツと何かを話しているようだが、声は聞こえない……レイリンの動向について話しているのだろうか。

( ッダメダメ、試験もそうだけど、狩猟に集中しないと……! )

自身の試験であるが、これは依頼されたクエスト……つまり誰かが困り依頼を出したということだ。試験に失敗するのも嫌だけれど、狩猟に失敗することの方が辛い。
なんて気を引き締めた矢先に、無防備な後ろからジャギィの尻尾攻撃が背中を直撃する。

「いた、ちょ、痛い……!」

起き上がろうとすると、さらに横からつついてくる別のジャギィ。うわーんこれじゃあ起き上がれない! 泣きそうになりながら、何とか転がって脱出する。片手剣を薙ぎ払い、追っ払ったが……背後の視線が、妙に哀れんでいるように思えたのは気のせいであって欲しい。

「……旦那様」
「コウジン、何も言わないで」

どんな風に思われたって、これだけは絶対諦めない。
レイリンの、そのドジっぷりに比例するように募る彼女の決意を、コウジンは察したのか。小さく溜め息をつくと、どんぐりハンマーを持ち直し「……分かったニャ」と小さく言った。

ごめんね、コウジン。これだけは、絶対に譲れないの。

温泉に恵まれた、この地方でも名高いユクモ村。そこに訪れた脅威を払ったハンターは、何処か村に異質な存在感を抱かせる男性だった。
ユクモ村の専属ハンターに加わるのであれば、あの人に認められなければない。あの人の強さを学ばなければならない。
そして……これはレイリンの個人的なものだが。

( もっと、親しくなって、色んなことを教わりたい )

この狩猟で、それに繋がりたい思いが、レイリンを何度も立たせた。



「――― 旦那、なかなか根性ある人だニャ」
「……そうだな、ドンくさい割には」

影丸とヒゲツが、レイリンとコウジンの背を見ながら言った。



エリアを変え、目的としていた《エリア6》。濡れた空気が鼻先を涼しく掠めたが、強い獣の匂いがそれに混じっていた。
レイリンはハッとなり片手剣を出し、コウジンもまたどんぐりハンマーを握る。

……いる、ここに。

頭上の遥か高くまで伸びた大木の、豊かな茂みが空を多い、木漏れ日でせせらぎの水面を照らす。
鬱蒼とした陰りの中に、緊張感が強まる。無意識のうちに、呼吸が速くなる。
レイリンが視線を巡らすと、数匹のファンゴの向こうに見つけた。一際大きな体躯と、牙を持った、牙獣の姿を。
従えたファンゴの、何倍も巨体のそれは、今回の狩猟で目的としたものだった。

「ドス、ファンゴ……ッ」

その呟きに反応したように、ファンゴが振り返り、フンフンと鼻を鳴らす。そして、巨大な影―――《ドスファンゴ》もその牙を振り上げて向き直った。レイリンの姿を視界に入れ確認すると、激しく唸り、地面を前足で擦る。
レイリンの脳裏に、過ぎるあの嫌な記憶。散々追い掛け回された挙句、突進され、牙を振り上げられ、死ぬかもしれないと思った相手だ。
あの時は、影丸が助けてくれた。だが今は違う。自分の力で倒さないと、弟子入りは無いことにされてしまう。
震えてしまいそうな足を叱咤し、レイリンは有らん限りの勇気で踏み出した。
それと同時に、ドスファンゴの突進がレイリンへと向かう。何度も味わって身に染みた経験から、横に飛び退いてかわし、振り向きざまにペイントボールを投げつける。
ピンクの粉末状の色彩が付着し、目印は出来た。あとは、狩猟だが……。

「ブォォォォ!!」

ドスファンゴの鼻から、荒い鼻息が出る。二本の反り返った牙を突きつけ、地面を蹴りつける。その姿は、レイリンにはやはり恐怖だった。
これを、一日で、狩猟する。ようやくその困難な現実味を痛感する。
……その隙を、従っていたファンゴが、突進で突く。背中に強い衝撃を受け、レイリンの視界が一瞬回る。バシャリ、と水面に叩き付けれ冷たさを払い顔を上げる。そうだった、ファンゴも居たのだ。これではドスファンゴに集中出来ない。
痛みに小さく呻き、よろりと立ち上がる。コウジンが、レイリンを庇うように前へ立ち、ハンマーを振り回す姿が見える。

……一日で、本当に、倒せるのだろうか。

不安が徐々に色を増して募る。握り締めた剣の重みが、それを絶対のものにしなければならないと思わせるのに。
頬を伝った、水滴を拭い、ファンゴとドスファンゴを見やる。

――――― すると、白い粉塵が頭上から舞い降り、レイリンの身体を包むように降り掛かった。
その瞬間、痛みが引いていき、重い身体が随分と軽くなる。《生命の粉塵》の効果だ。コウジンも、傷が癒えている。
思わず驚いて自らの手を見ると、「手助けはすると言っただろう」と隣から感情味のない低い声が聞こえた。

「……影丸、さん、あの」
「―――― ドスファンゴは」

ナルガSヘルムの向こうの瞳が、静かにレイリンを見た。

「牙を振る、突進くらいしか攻撃手段はない。が、立ち位置と立ち回りは初心者がもっとも嵌りやすいパターンで、回避タイミングを誤って突進を食らうことが多い。
常にドスファンゴの足の動きを見ること、牙を振り回したら背後へ回るかその場から退くことだ」

レイリンは、その説明に完全に意識を奪われていた。
経験の差、なのだろうか……。冷静で、それでいて的確な助言。羨むより、素直に感嘆した。
「分かったか、来るぞ」影丸のその言葉に、レイリンの意識は引き戻される。彼が飛び退いたと同時に、レイリンも慌てて引く。
間をすり抜けるように、ドスファンゴの突進が横切る。
ドスファンゴは急停止すると、再度振り向き、前足で地面を蹴る。もしかして、これのこと? レイリンは避ける準備をし、ドスファンゴが踏み込んだ瞬間掠りもせずかわした。

は、初めてまともに避けれた……!

その感動に思わずレイリンの口元に笑みが浮かぶ。それから何度かかわし、合間に攻撃する余裕も生まれた。レイリンにとってそれは大きな成果である。
ふと、そこで気付いたのだが、あれだけ周囲に居たはずのファンゴが、一向に視界に映らなかった。どういうことかと、ちらりとうかがえば。
何とまあ、ディアSネコ装備のヒゲツが、見事に全部片付けていた。コウジンが地団駄を踏みながら、何か言っているが。

( やっぱり、私にはまだまだ及ばない )

レイリンは、影丸をちらりと盗み見て思った。

それから、ドスファンゴに攻撃すること、十数分、口元からヨダレが出て、動きが緩慢になってきた。空腹状態になったらしい。
ドスファンゴが、ゆるりと背を向け、歩き出す。エリアを変えるようだが、突進しないところを見ると、もう少しで狩猟出来るということがうかがえる。

このまま追うか、それとも……。

迷うレイリンであったが、何となしに顔を上げると、空が何処か赤みを帯びているような気がした。これから暗くなるならば、自由に動くことは難しくなる。それなら……。
レイリンは片手剣をしまうと、ドスファンゴを追いかけた。「ま、待ってニャ旦那様!」とコウジンの慌てて追いかけてくる声を後ろで聞き、構わず駆け寄った。

だが、ドスファンゴが急に立ち止まり、斬撃を浴び血の滲む顔を振り返らせた。
赤く染まった牙の向こうで、血走った目がレイリンの動きを縫いとめる。

「ッ旦那様!」

コウジンの声が、近付いてくる。けれどそれよりも早く、ドスファンゴの牙が振り上げられ、レイリンの細い身体を吹き飛ばそうと向かってくる。真正面からの攻撃、避けられる技術など今のレイリンにはない。
竦ませた身体を庇い目をギュッと閉じた。


――――― ザシュッ


耳に届いたのは、静かな一閃浴びせた音だった。
その数秒後に、巨体が大地に落ちる重い音。そして、散った命の、流れ出て溢れる鉄の匂い。
急に押し寄せる静寂が、レイリンを取り囲んだ。自らが繰り返す荒い呼吸の方が耳障りなくらいで、恐怖を必死に抑え顔を上げる。

目に映ったのは。
牙を振りかざしていたはずのドスファンゴが、大地にピクリともせず横たわっている光景。
それと、レイリンの前に佇んだ漆黒の姿。

一切の乱れのない、しなやかな体躯が、地に伏したドスファンゴと相対し佇む。その手に持った銀色の太刀の切っ先に、濡れた赤が伝い、刃を滑り落ちる。それをビュッと空で払うと、背中の鞘へと戻した。キン、と静かな音色が、レイリンの呼吸を落ち着かせていく。

「あ……」

呆然、というのだろうか。唐突な攻撃と、唐突な終焉の、両方に恐らく呆気に囚われ、レイリンはしばし上手く声を出せなかった。
駆け寄ってきたコウジンと、ヒゲツの「大丈夫かニャ」という言葉に、頷くくらいだ。

「……後を追うのは、悪くない反応だ。だがあえて逃がし、自分の体力も回復させることも、立派な対応だ」

ドスファンゴを切り伏せた影丸が、振り返る。何を思っているのか分からない瞳に見つめられ、レイリンは顔を俯かせる。

倒せなかった。
影丸に、助けられてしまった。

ギュ、と握り締めた手のひらは、悴むように震えていた。もうこれで、弟子入りの話はないだろう。
溜め息も出ないレイリンの前に、影丸の手が差し出された。彼女とは異なり、男性の大きな手だ。

「……ハンターの流儀だ。命を狩ったものは狩られたものの身体を一部貰い、無駄にせず次に繋げる。
へたり込んでいないで、剥ぎ取りを忘れるな」

ナルガSヘルムの向こうの瞳を見上げ、レイリンはおずおずとその手を取る。瞬間、ぐいっと立たされ、じっと見つめられた。そして、突然ふっと目を細めると、小さく呟く。

「……まあ、やる気はあるな」

褒められたのかどうか分からないけれど、影丸の感情味のない目尻に、笑みが見えた気がした。




――――― クエスト完了の確認は、後にギルドの隊員がハンターの報告を受け確認する。
ひとまずキャンプ地に戻り、ネコタクが来るまで待つことになった。その帰り道、レイリンにドスファンゴ討伐の喜びはすっかり消えていて、重い空気を背負いのろのろと歩いていた。コウジンの心配そうな眼差しも、僅かでも軽くする効果は望めない。
かれこれ数十分とそんな空気が背後を付きまとうものだから、無頓着な影丸もさすがに気になり、足を止める。

「……おい、さっきから何だ。葬式みたいな顔をして」

実際、レイリンは死んだも同然であった。ずっと堪えていたけれど――――本当の意味で忍耐が切れたのは、レイリンの方だった。
彼女は、ついにそこで、ベソッと表情を歪める。ユクモノガサの向こうの少女の顔が急に泣き顔になり、これには影丸も目を見開く。足元のヒゲツもビクッと尾を立て、コウジンに至ってはそれ以上にうろたえていた。それぞれがそれぞれで、手を振ってみたり慌ててみたりし、取り囲むも何の効果も得られそうにない。むしろ、17歳程度の少女の、一般的な背丈よりも小さな彼女を囲む光景は異様以外の何ものでもなかった。

「お、おい、何でそこで泣く」
「だ、だって……ッふぇ……」

一度溢れ出したら、なかなか止まらない。むしろ加速していく感情に、レイリンのまなじりが濡れる。
それに比例し、影丸からも冷静さが抜け落ちていく。明らかに、目が動揺している。
なかなか面白い光景だと、ヒゲツはまだ落ち着いた風にうかがっていたが、レイリンがどんどん本格的に泣き出すため、助け舟を出す。

「……旦那、ドスファンゴの死に際のあんな顔を見たら、誰でも怖くなるものだニャ。きっとそれニャ」

フォローをするが、しかし全く違うためレイリンは首を振る。
それを見て、コウジンがハンマーを振り回して騒ぐ。

「そっちの影丸が、無茶なこと言うからニャ! この鬼!」
「黙れコウジン」
「ニャァァァ!?」

足元で二匹が言い合っているが、影丸はレイリンを覗き込む。

「で、何だ……ドスファンゴが怖かったか」
「そ、れも……ッひっく、ありますけど、違うんです……ッ」

影丸から、戸惑う空気が出ていることを、全身で感じている。困らせていることは知っている、けれど、こればかりは本当に涙が出る。

「た、すけて下さったのは、嬉しいです、けど……ッ」
「うん」
「そ、それって、失格になったっていう、ことですか……?」
「――――ん?」
「さ、最後までやれないって思ったから、私……」

多分、普段のレイリンであればここまで泣き崩れることも無かったのだろうが。散々痛い目に遭わされて来たドスファンゴへの恐怖と、念願の弟子入りの二つが混ざり、すっかり気弱にさせていた。

「わ、私、全然頼りないと思います。自分でも分かっています。
だから、こそ、貴方の弟子になって、もっと強くなりたい……ッ
し、試験には不合格でも、わ、私、もう一回許されるならチャンスが欲しいです!」

……ハンター試験も、何度目かの挑戦でようやく受かった。
各地に依頼があるたびに派遣されるハンターではなく、村や街に在中する専属ハンターを志願し、そしてやってきたユクモ村。
そこには、自分では到底及べない、村の危機を救った腕の立つ上位ハンターがいた。

ようやく、弟子入りを許される試験にまでこぎつけたのに。これで潰えるなんてあんまりだ。
みっともなく食い下がるのは、彼を困らせるだけだと分かっているけれど。

ここまで来ると、もう意地でも弟子になりたいと思う。

キャンプ地に続く、険しい山岳の道の途中に、少女の嗚咽が響く。
見下ろしてくる影丸の静かな眼差しに、レイリンの気が益々下がろうとした時、彼が不意にぽつりと言った。それは彼女が予想した、お叱りでも、哀れみでもなかった。

「―――― 何の話だ?」





え?





驚きすぎて、涙としゃっくりが全部一瞬で止まった。
涙がぐっしょりと伝う顔のままバッと見上げると、ナルガSヘルムの向こうで、心底不思議がる目とぶつかる。

「試験とか、不合格とか……何のことだ?」
「え、こ、今回のドスファンゴの狩猟は、本当に弟子に出来るかどうかの試験じゃ……」
「……誰に言われた、そんなこと」

……あれ?

あらゆる空気を吹き飛ばし、間抜けな沈黙が覆う。空高くから聞こえる、鳥の鳴声が妙に馬鹿にしているように思えた。
そうしてしばらく互いに固まった後、影丸がドッと肩を落とした。これはあからさまに、呆れている。

「……はあ。阿呆かお前は。一体俺がいつそんなことを言った。
道具は確かに少なくしろと言ったが、そっちの方が身軽に動けるからだし。肉を俺が持ったのも、お前が焼いていたら後ろからジャギィが来ても気付かないだろうと思ったからだ。
一日で終わるのも見越して、そう言った。試験なんて、一言も言ってないだろ」
「で、でも、あれは? 『最初にやるべきことがある』って、言ったじゃないですか」
「ああ、あれか? え、あれで? 何であれでそう思うかねえ……」

肩を竦め、半眼でレイリンを見下ろす。

「最初にお前の動きを見ないことには、教えるものも教えられないだろう」

……あ。

レイリンは、ようやくこの瞬間に、影丸の真意に気付いた。
というか、己がどれだけ拡大解釈していたのか知った。
一瞬で、濡れたままの頬が真っ赤に染まり、湯気すら立ち昇る。別の意味で、泣き叫びたくなった。

つまり、レイリンの、勘違い。

……恥ずかしさで死ねると思ったのは、初めてだった。
目の前の影丸から、長い溜め息が聞こえてくるのがまた、羞恥心を増幅させる。

「……す、すみませ……」
「……はあ、道理でやたら気が張ってたわけだ。早く顔を拭け」

レイリンは、バッと顔を覆い、ごしごしと手の甲で頬を拭う。
目の前で影丸が「……弟子というか、託児所の気分だな」と随分なことを言っているが、否定のしようもない事実なのが切ない。
シュンとしょげてしまったレイリンの足元で、ヒゲツが腕を組み言った。

「旦那は口数も少ない、申し訳ないことをしたニャ」
「……おい、ヒゲツ」
「事実だニャ、旦那」

ディアSネコ装備のメラルーが、静かに笑っている。

「ほら見ろニャ、やっぱり影丸のせいニャ! 旦那様泣かせるニャ、この鬼!」
「黙れコウジン、そのトリプルアイスクリームにもう3個追加させるぞ」
「ニ゛ャァァァァァア!?」


コウジンの頭の天辺、高々と出来上がったトリプルアイスクリーム ( たんこぶ ) が、何とも痛々しい。
が、レイリンは顔が全く上がらない。勘違いしていた上に、勝手に泣きじゃくったとか、恥ずかしすぎて笑えない。

「……あの、わ、忘れて下さい……」

何とか声を絞り出して言ってはみたが、影丸は「それもまあ、ありか」と言い出した。

「試験か、なるほどな……それもすべきならば、さっきの狩猟で決めるのもありか」
「え?!」

また墓穴を掘ったらしい。ということはただの勘違いが現実になる。
レイリンは顔を真っ青にさせたが、影丸はふっと目を細め「するわけないだろう」と言った。
安堵したが、その後に彼の言葉は続いた。

「だが、お前の動きと諸々を見せてもらったのは事実だ。……ネコタクが来るか、歩きながら話す」

ふいっと背を向けた影丸の後ろを、レイリンは慌てて着いた。

「まだ剣に振り回されている。目線も一つにしかいかない」
「は、はい……」
「いかにも隙だらけで攻撃し放題、俺がモンスターならさっくり殺っているだろうな」
「う……」
「立ち回りも下手、回避が何故か敵の進行方向にする、落ち着きがない」
「……」

ちょっと、多くないか?
口数が少ない割に、駄目だしには結構饒舌って……。
分かっていたが言葉にされると、なかなか痛いものだ。レイリンは一層しょんぼりとうな垂れたが、「だが」と影丸が小さく呟いたことで少しだけ顔を起こす。

「――――その根性は、認めてもいい」

レイリンは、パッと目を丸くさせた。
振り向いてはくれなかったけれど、その背から感じた影丸の空気は、穏やかなように思えた。

「まあもっとも、ドンくさくて、泣き虫で、ハンターには向いていないかもだがな」
「うう……!」

持ち上げられ、一気に落とされた。
けれど、今の言葉からして、これは、喜んでも良いのだろうか。
彼は、自分を、弟子として確かに受け入れている、と。

キャンプ地の松明と、納品用の箱や支給品用の箱が視界に映り、その先にネコタクがすでに待っているのが見えた。コウジンとヒゲツが先に駆け出し、ネコタクを引っ張るアイルーと何かを話している。
私も行こう、とレイリンが踏み出した瞬間、またベシャリッと豪快に顔面から転げる。

「……お前、わざとやっているのか」
「……わざとじゃ、ないでしゅ」

始まりから終わりまで、結局転んでばかりだ。もう何も言えない。
鼻っ柱を押さえて顔を上げると、影丸の手がまた差し出される。それを伝って、彼の顔をうかがうと、相変わらず感情の読めない瞳だけが見えた。

「……もし今回の狩猟に関して、泣き言を言おうものなら弟子は止めるつもりだった」
「!」
「女だろうが男だろうが、子どもだろうが大人だろうが、この世界は容赦ない。甘えを僅かでも見せたら、置いて帰ってやろうかとも思ったが……。
お前は、見た目以上に根性がある。あと鍛え甲斐もな」

ほら、手。差し出された影丸のそれが、ゆらゆらと揺れる。レイリンはそれを見やり、恐る恐ると伸ばす。

「……今のうちに言っとくが、俺を師に選んだこと、確実に後悔するぞ」

何処かうかがうような、眼差しだった。レイリンは、それを見つめ返し、にこりと微笑んだ。影丸の手をギュッと掴み、たどたどしく立ち上がる。

「よ、宜しくお願いします――――師匠!」

泣いた後の赤い頬だったが、そこに浮かぶ満面の笑みに、影丸は目を細めた。
……馬鹿だな、こいつも。もっと良い奴は居るだろうに。
そう思ったが、手をしっかり握り返すレイリンは、迷いもないらしい。
……しょうがない、俺も、覚悟を決めるか。

ヒゲツとコウジンが、遠くで早く乗るようにと呼んでいる。二人は歩き出したが、その距離感は、レイリンが笑ってついてくるものだから、最初に比べ随分縮まっているように見えただろう。
ネコタクに乗り込んだ影丸に続き、レイリンも縁に足をかけた。
が、やはり踏み外して顔面ダイブで乗り込むこととなった。
影丸からは、朝から何度目になるか分からない溜め息を、今一度漏らした。



■  □  ■



【オマケ】

「あれ、ところで、今回のって一応普通の狩猟だったんですよね?」
「そうだが?」
「……いくら動きやすいからって、あんな少ない道具じゃあ初心者には厳しいんじゃ……」

「ああ、それ下位クエストに行く時の旦那の普段のアイテムだから、仕方ないニャ」
「……下位のモンスター相手に道具はむしろ要らないぐらいだ」

「……旦那様、今のうちに止めた方が良いニャ。やっぱり鬼だニャ」
「…… ( ちょっと後悔したかもしれない…… ) 」


そして後に、影丸のスパルタ教育がユクモ村の名物になるのである。



ということがあったら良いと思ったので、書いてみました。
初期のレイリンちゃんは、ちょっと涙もろいと良いな。でも今と変わらず、肝の座った根性のある女の子だと思う。

そして、ドジっ子属性は当時からMaxだと嬉しいです。


2011.09.14