狩人よ、新たな世界を共に進もう  1


■ か 悲しみなんて何処にもない(原型シャガルマガラ/女主)
■ り 竜が奏でる牙の詩(原型セルレギオス/女主)
■ ゆ 夢のまにまに(最大金冠ジンオウガ/桜色アイルー)
■ う 生まれてから消えるまで、ずっと(原型リオレウス/女主)
■ ど 動揺する本能(原型キリン亜種/男主)
■ よ よみがえる幻想(???/女主)






■ か 悲しみなんて何処にもない(原型シャガルマガラ/女主)


 吹き荒んでいた黒く染まる風は消え、四方を囲む天に光が満ちてゆく。新たに吹き始めた風は透明で瑞々しく、力強くその音色を奏でている。
 彼方の水平線の、その洗われるような目映い美しさよ。
 も苦しめられた病魔は、今は僅かな残り香すら何処にも見当たらなかった。それこそが、彼の力に人間が打ち勝ったという確かな証拠なのだろう。

 淡い色の草が覆う大地に、大きな龍が佇んでいた。あちこちがボロボロで、けれどその顔に恨みや狂気のない、達観した知性を浮かべて。

「――――ようやく、“逢えた”な」

 掠れた声で、彼はそう呟いた。心底、嬉しそうに。

「そうだね、ようやく」

 は口元を緩めて、その手を伸ばす。
 ゴア・マガラの時には、全身から際限なく振りまかれた病魔の鱗粉によって、正直、散々に苦しまされた。それでも、例え他者に痛苦を与えるとしても見たいのだと、彼は何度も言っていた。
 そっと触れる、彼のかんばせ。突き出た黒い角の下、光を湛えた炯眼が細められている。吐き出した息づかいは、まるで歓喜をこぼすよう。

「――――綺麗だ、とても」
「そうね、きっとそうだよね。貴方には」

 ゴア・マガラの時には存在しなかった瞳を手に入れ、彼の世界は新たな色を得て広がっているに違いない。が当たり前に見て、けれど彼がそれまで見る事のなかったものを。
 と思っていたら、彼は笑うように喉を震わせた。

「違う、お前だ」
「え?」
「とても、綺麗な“形”をしている。想像していたよりも、ずっと」

 思ってもいない言葉に、さすがにはたじろぐ。思わず引っ込みかけた手のひらに、ぐいっと彼の顔が寄せられた。

「触れ、この状態でなければそれさえ叶わない事だ」
「……うん」

 言われるがまま、は手のひらを滑らし、堅い鱗に覆われたその神々しい輪郭を撫でさすった。
 静けさが、一人と一頭の間に訪れた。


 生き物を蝕む病魔の根源に、人の象徴である狩人たちが挑んだ。黒い殻を脱ぎ捨て黄白色の輝きを身に纏った彼は、狩人たちが訪れる事をまるで望んでいたように、静かに待ち構えていたという。その風景を見て、彼らは思ったらしい。最初から全て、何か一つの定められた道筋のようだった、と。

 キャラバンの団長が言った。あの龍はきっと、故郷に帰ろうとしていたのだ。遠い遠い場所を旅して、旅を続けて、そして舞い戻って、再び言い伝えの舞台へ降り立った、と。
 きっとそうだと、も頷いた。

 そして、これが旅の終わりであって――――ここから先は、追うべきではない新しい旅が始まる。それも、心の片隅で知っていた。

 禁足地を照らし出す光が、目映さを増した。それを受けて、彼の黄白色の体躯は包まれるように輝く。剥がれた鱗の下に見える、黒い皮膚さえも。
 無言の中に響く風の音色が告げる。そろそろだ。厳かな龍の顔を撫でた後、そっと手放す。

「――――連れてゆければ、それが良いのだろうな」
「マガラ」
「だが駄目だ、お前なんて私の側に居る事さえ難儀な事なのだ」

 何よ、そんな急に。
 脱皮して成龍になって、心まで大人になったようだ。誰も側に居ない、誰もが苦しんで狂う――――そんな風に寂しがっていたのは、彼だと言うのに。
 ぎゅ、と眉を寄せると同様に、彼――シャガルマガラも何処か苦く炯眼を歪めている。

「何処へ行くの?」
「さあな、何処かへ。だが、どうしてか、行かなければと、思う」

 そう告げる彼を引き留める言葉なんて、には持っていなかった。けれど叶うならば、叶うのならば――――。

「――――

 龍の声に呼ばれ、今一度顔を起こす。
 その時、唇に何か、冷たいものが押しつけられた。
 それが、シャガルマガラの堅い鱗か、あるいは甲殻で覆われた口先であったのだとすぐに気付く。驚いて一瞬目を丸くしたの前で、彼は笑うように身を揺すった。そして、破れた翼を誇らしく広げ、一瞬の内に飛び上がってしまった。
 風とは異なる突風が、の全身に吹き付けられる。暗闇の晴れた遙かな天へ、昇ってゆく龍の輝かしい体躯を見上げた。

「――――マガラ……!」


 激しく揺らされながら、その姿を瞳で追うに、咆哮が響く。それは長い旅路の末に故郷へ戻り、そして故郷を去って再び旅路につく龍の、別れと未来を告げる声のようであって。
 一滴伝うの頬に、笑みが浮かんだ。

「忘れないから……! 絶対に……!」

 長い旅に出て、そして戻ってきたその時、は何処にも居ない。
 この出会いが、僅かな奇跡に引き寄せられた物語だったのだと分かるからこそ、願って止まない。

「だから! 貴方は、貴方も……!」

 の言葉が全て届いたかどうかは定かでない。けれど返される咆哮に、ただ無性に、張り裂けんばかりの大きな声を上げたくなったのは確かだ。


   共に回れや 光と影よ
   常世に廻れや 光と影よ
   そしてひとつの唄となれ
   天を廻りて戻り来よ
   時を廻りて戻り来よ

   共に回れや 命と心
   常世に廻れや 命と心
   そしてひとつの唄となれ

   共に歩みて戻り来よ
   共に歌いて戻り来よ

   共に生きるは

   ――――魂と想い



【MH4】【MH4G】のストーリー好きです。RPGのように、物語を追っているようで。
ゴア・マガラ、シャガルマガラの下りが素敵。
なお、これを読むに当たってはギルクエの存在を是非とも忘れて下さい。


▲モドル






■ り 竜が奏でる牙の詩(原型セルレギオス/女主)


 潰えた歴史の息吹を感じさせる遺跡平原に、音色が響く。硝子玉を転がすように、木の楽器を叩くように、流々と風に鳴る。
 それは表現するのにとても難しい音色だったけれど、自然界の音のように耳に心地よかった。

 ちらりと見上げるその先に、光を反射させる黄金の竜が佇んでいる。かつては隔絶された地域にのみ生息していた新種の竜であったが、とある事件が起きて以降各地に分布するモンスターの中に含まれている。
 空の王者と呼ばれる火竜をも超える飛翔能力、鳥の俊敏性と竜の獰猛性を併せ持つ、しなやかな竜。千の刃を身に纏う事から、《千刃竜》と呼ばれるようになったそうな。
 そんな竜が、今は何故かの前で、全身の鱗を鳴らしている。黄金色の鋭い鱗を逆立て、首や翼、両脚を膨らませ、巨体を揺する。まさに刃を纏ったような外見だが、恐ろしくないのは何故か妙に真剣な目つきだからだろうか。

 カラカラ、カラカラ

 風に鳴る音色の中に、時折甘えるような細やかな声が聞こえる。その行動が何なのか分からないけれど、は邪魔せず静かに耳を傾けた。
 身体中に生えた千の刃を擦らせ、幾重にも奏でられて響く竜の音楽は、流々と遺跡平原の空へと上る。

 それが千刃竜――セルレギオスの求愛行動であるとは、気付かないまま。



これは作者の妄想設定です。レギオスは、竜というより鳥のイメージが強くて。
で、鳥って求愛行動がダンスだったり歌だったり、はたまた着飾ったりと、華やかで可愛いですよね。そんな素敵な鳥の求愛を、レギオスにあっても良いと思ったから書いてやった。
もちろん後悔はない。公式的には違う可能性しかないですが。


▲モドル






■ ゆ 夢のまにまに(最大金冠ジンオウガ/桜色アイルー)


※【桜色アイルーと最大金冠ジンオウガ】設定



 各地を放浪し続けた末に、結局周り廻って辿り着いた《渓流》。そこで出会った、ボロのワンピースを着た桜色のアイルーの言葉を、ジンオウガは当たり前だが信じなかった。

 本当は人間で、けれどいつの間にか獣になっていた、なんて。
 今更になって聞かされる、自分と同じ境遇の者と出会う《夢》に、縋りたくはなかった。

 あの時ついて出た「判断できない」という言葉は、桜色のアイルーを疑っていたわけではない。叶うはずのない夢想を持ち、容赦なく現実に心を引き裂かれてきたあの痛みを、何度も味わいたくはなかったのだ。
 だが彼女の叫びに、その強がりを保つ事も出来なかった。

 ――――それでも私は、人間が良いんですね。人間で、居たいんです。

 誰にも、どの場所にも、決して届かない夢物語であったからこそ、ジンオウガにだけは届いたのだ。
 あの日新人ハンターを庇い、崖から滑落して死んだハンターは、七年もの間《ジンオウガ》となって彷徨った。その長い間で潰えたはずの未練が呼吸を始めたのは――――結局、ジンオウガも同じ想いを捨てられなかったからなのだろう。


 心の隅を燻らせながら渓流で過ごす間、桜色アイルーはたびたび夢を語った。人間だった頃はこうだった、人間に戻ったらこうしたい。そんなちっぽけなアイルーの背中を、ジンオウガは笑わなかった。

「人間に戻っても、たとえ戻らなくても、私は渓流に遊びに来ますからね。どんな姿でも、ずっと一緒に過ごすんです」
「ずっと、か」
「はい、ずっと。ずっとです」

 笑えなく、なっていた。
 いやに人間臭い仕草で微笑んだ、淡い桜色のアイルーに。
 そんな事叶うはずあるまいと、言えなくなってしまっていた。

(本当に、居てくれるのか)

 二度と持つ事はなかった期待が、焦燥が、懇願が、ジンオウガの中にはっきりと芽吹いて宿っていた。

(もう裏切られるのも、独りになるのも――堪えられないんだ)



 不意に感じる寒気が、意識を呼び起こす。ぼんやりとした暗闇から浮上してゆくと、瞼の裏に微かな光が見えた。
 緩慢に押し上げた瞼を、数回瞬かせる。窓から差し込む、仄かな光。音のない静けさに、吐き出した吐息が響く。まだ淡い陽が差す程度の時刻のようだ。
 涼しい空気にさらされていた剥き出しの肩を、温かい上掛けの内革に引っ込めて身動ぎする。

「んん……セルギスさん……?」

 掠れた女性の声が隣から漏れる。起こしてしまったかと謝ると、彼女は眠たそうにしながらも頬を緩める。少し幼い、少女のような仕草だった。
 そして、寒い寒いと呟きながら、身体を寄せてくる。思わず笑い、伸ばした片腕で胸に抱えた。ふわりと重なった互いの胸に、心地よい温度と鼓動が伝わってゆく。

「……夢を、見ていた」
「夢ですか……?」

 ああ、と頷き、引き寄せたその柔い身体に手のひらを這わせる。宥めるように、確かめるように、ゆっくりと。

「……懐かしい、《夢》だった」



懐かしの、桜色アイルーと最大金冠ジンオウガ。
この組み合わせは、今も人気で嬉しい限りです。


▲モドル






■ う 生まれてから消えるまで、ずっと(原型リオレウス/女主)


 青空から舞い降りる、赤い巨影。音を鳴らし吹き付ける翼のはばたきは、のもとへ近付いてくる。それを慌てる事なく見上げ、座った恰好のまま静かに待つ。
 ズシン、と草原の大地を揺らした二本の脚は、ゆっくりとのもとへ歩み寄った。真っ赤な鱗で身を包んだ竜は、と視線を合わせて低く頭を屈めた。鋭い牙を擁した顎に、何かをくわえている。

「今日は何を持ってきてくれたの?」

 は慣れた手つきで自らの両手を持ち上げ、正面の赤い竜へ差し出す。上向いた手のひらに、赤い竜はくわえていたものをぽとりとした。
 仕留めたばかりのケルビであったりアプトノスであったりと、何度もを絶叫させてきた彼だが、近頃は趣きを変えている。彼が差し出したのは、彼ら竜にとっては全く縁遠いだろうものだった。

「綺麗な花ね」

 幾重に分かれた枝の先で咲く、赤い花。全く見た事のない花のだが、何となく亜熱帯地方の花を思い出す。
 ただ、花は綺麗なのだけれど、枝を力任せに折ってきた上に空の旅をしてきたせいか。心なしか赤い花はくたびれた様子である。
 とはいえそんな感想を言った日には、この《王者》は拗ねて吼え狂う事が予想される。微動だにせずじっと見下ろす竜の顔へ、は視線を向ける。睥睨するかのような威圧の中に、期待と緊張の色が窺えた。

「ありがとう、わざわざ」

 ぴくん、と赤い身体が跳ねる。にこりと笑うと、正面の彼からグルグルと重厚な喉の音が奏でられた。気にする必要はないと、その音で告げている気がした。
 《空の王者》と呼ばれ続ける、獰猛な飛竜種の代名詞たる存在でありながら、その外見には不釣り合いな妙な可愛らしさ。は微笑みを吐息に含んで、そっと唇からこぼす。

「……ごめんね、レウス」

 赤い竜は喉の音を止める。どうした、と間近にあるその瞳が尋ねる。
 王者と呼ぶに相応しい勇猛な竜の顔立ちは、不思議と表情が豊かだ。

「私は、リオレイアにはなれないの」

 空を支配する赤い王の傍らにあるべきは、陸を支配する緑の女王。
 彼らは、例え離れていても互いの危機を察知し、その窮地を救うべく必ず駆けつける。同じ地に巨大な竜が二体も集う風景は恐ろしいけれど、同時に――――その献身を美しいと讃えるものも多い。

 ……私は、そんな風にしてあげる事は出来ない。
 それどころか、彼の側に、ずっと居てあげる事すら叶わない。

「ごめんね。貴方は、いつも私の事を気に掛けてくれるのにね」

 は俯き加減に顔を下げる。すると、頭の天辺に軽い衝撃が落ちてきた。軽く抑えて見上げると、何となく不機嫌な竜の顔があった。

 そんな事は、もう知っている。つまらない事を言うな。

 王の瞳に諭され、はしばし呆けるも、再び口元を綻ばせる。

「……そうね。うん、そうね」

 最初から、知っている事だ。最初から知っていて、それでも離れ難くて、時間の許す限りの逢瀬を交わしているのだ。
 は枝を膝の上に乗せると、空いた両腕を伸ばす。下がって来た竜の大きな顔を抱きしめるように引き寄せ、そっと顔を寄せた。

「私が人で、貴方が竜で、それでも変わる事なんかいまさら」

 いまさら――――そう、いまさら分別のつくような想いには変えられないのだ。

 は目の前の大きなくちばしに唇を重ねる。一人、噛み砕いて飲み込む事など容易な顎からは、甘える喉の音が響いている。
 そのお返しとばかりに、竜がくちばしを突き出した。温い吐息にだけ温かさを感じる、温度のない口付けを、は静かに受け取った。



当サイトの原型夢には珍しい(というか初?)、一方通行でない両想い。
そして我が家に初めて登場する、空の王者リオレウス。喋っていないけれど、男前臭さを感じます。


▲モドル






■ ど 動揺する本能(原型キリン亜種/男主)


「いつまでこの恰好で居ればいいんだ、人間」
「ああ、動かないでくれ。もう少しだから」
「それはさっきも聞いたが、ちっとも終わらんではないか。私はもう飽きた」
「ふうむ、全体的に黒いから、表皮の模様や質感がよく分かる……ああ、動かないで頼むから」

 不満を込めて蹄をカツカツと鳴らしてみたが、目の前に座る人間の男は「動かないで」と繰り返すばかりだ。熱心に顔を上げたり下げたりし、手元を動かす事を止めない。
 文句を言ってもまるで通じない。事実、通じていないのだから仕方ないが……不公平だと鼻を鳴らす。

 私はお前の“声”が聞こえるのに、私の“声”は聞こえないなんて!

 身震いして藍色のたてがみを震わすと、冷たい小さな結晶が辺りに散らばる。男に届く事はなく、空中で溶けて消えた。

 その男は、自分が知る人間と、何かが異なっていた。何もしない内から斬りかかる事もなければ、姦しく悲鳴をあげて逃げ惑う事もない。一瞬驚いたように身を竦ませたけれど、直ぐに堂々とした態度で身体を向き直した。そして、視線は合わせたまま、頭を低く下げたのだ。
 敵意がない事を示す行動である。
 そんな事をしてくる人間はこれが初めてであったから、興味が湧いて攻撃はしないでおいた。
 そうしたら、これである。男はどっかりとその場に座って、何かを広げて手元を動かし始めた。

「ちょっと描かせてくれ、すぐに終わるから」

 すぐに終わると言っておきながら、全く終わらない。一体何をしているのだろう。
 気まぐれに付き合ったらこれだ。蹴飛ばしておけば良かったか。
 溜め息混じりに嘶くと、男はふと呟いた。

「キリンの亜種に出会えるなんて、俺は幸運だな」

 カリカリと軽やかに引っ掻くような音は、絶えず男の手元から響いている。

「原種の白さも綺麗だけど、俺はお前の方が好きだな。凛々しくて、凄くかっこいい」

 カツカツと鳴らしていた蹄を、思わず止めてしまった。見れば、男は顔を上げ笑っていた。自分を、見ながら。

「……え? こいつは雌だって? 何で分かるんだよノワール」

 背面の黒いアイルーに言われた後、男は「お前、雌だったのか」と驚いたように目を丸く。

「へえ、どおりで気品があるわけだ。凄い美人さんだ、さぞかし雄に人気だろうなあ」
「ふ、ふん、当然だ」
「……何か急に得意げな顔になったな。まさか言葉が通じてたり? んなわけないか」

 男は肩を竦めると、再び手元を動かし始める。
 相手は人間である。これまで何度か見て来たが、どれも姦しく邪魔な存在と思えてならなかった、人間だ。
 なのに――――その男の声で告げられる言葉は、何故かひどく心臓に残る。

「ああ、本当に綺麗だ。お前は美人さんだ」

 人間に言われたところで、嬉しくも何ともない。

 ――――嬉しくなど、ないのだ。



いつか男主も、“声”が聞こえるようになるのでしょう。
個人的に、キリンは原種よりも亜種の方が美しくてたまらない作者です。
あの美しさかっこよさは反則。


▲モドル






■ よ よみがえる幻想(???/女主)


 真紅に染められたフード付きの外套の向こうで、その男は笑った。目深にフードを被っているので、が目視出来るのは顎の輪郭だけなのだけれど、酷く記憶に残る笑みだった。
 凄艶な、あるいは残虐な、あるいは愉悦に満ちた、どろりとした仕草でつり上がる口元。
 たったそれだけで、はぞわりと背筋を粟立てた。

「……面白い人間がいたものだ。これは、初めて見る」

 愉快そうに呟かれた低音は、重く耳を這った。鼓膜に直接ぶつけられ、脳にまで響くような、そんな声質だった。このような声を出す人がいるのかと、は激しく心臓を跳ねさせた。

「この場所にありて、この場所に居るべき存在ではない。けれど、お前の“声”は……我々、獣を惑わすあの兵器のもの」
「え、え……?」

 何を言っているの、この人。
 の怯える瞳に、困惑が乗せられる。けれど、男に何も言えず、うろたえて身を硬直させた。
 男はどろりとした笑みを深めると、唐突にの正面へ踏み込む。ほとんど距離がないほどに詰め寄られ、は仰天して仰け反った。

「……今まで、何人かの“声”の持ち主と出会った事はあるが……なるほど、これは愉快」

 目深に被ったフードが、の顔の前へ下がってくる。
 呼吸が、上手く出来ない。目も、耳も、全てその真紅の外套を羽織る男に奪われる。

「お前はいずれ、頭角を現すだろう。あの日、あの決戦で、我が“兄弟”を狂わせたその力を――――」
!!」

 怒号にも似た呼び声が、割って入った。
 はびくりと肩を震わせ、慌てて男から距離を取った。目の前の男はやはりどろりと笑うばかりで、気にした様子は僅かな欠片すらない。

「いずれまた逢うだろう。我々とお前たちは、そういう定めだ」
「あ、なたは……一体……」
「ハンター諸侯に聞いてみると良い。この姿の私の呼び名は、彼らがよく知っている」

 男は真紅の外套を翻すと、去っていった。その背中が見えなくなった時、ようやく身体から力がぬけて、地面にへたり込んだ。

「おい、大丈夫か。しっかりしろ」

 駆け寄ってきた影丸が、の肩を抱いて立たせる。は頷いて笑ってみせたけれど、その膝は震えてしまっている。

「お前、あいつと知り合いだったのか。まさか」
「そんなわけないじゃない、初対面だよ。影丸は、知ってる? さっきの、真っ赤なマントを着た人……」

 尋ねると、影丸の表情が苦く歪んだ。不遜な態度の多い彼を思えば、非常に珍しい光景だった。

「俺らハンターの間じゃ、知らない奴は居ねえってくらい有名な依頼人だ」
「依頼人……?」
「そうだ。並みの腕じゃクリア出来ない、やばい依頼を置いていく奴だ」
「やばい、依頼……?」

 影丸の瞳が細められる。

「……軽い気持ちで受けたハンター、百人以上が死んだって言えば、分かるか」

 そこに冗談の類は一切なく、は背筋を震わす。そんな、明らかに命を軽んじる依頼を出すような人物がこの界隈にいるのか。

「……あの人の、名前は」
「依頼人の実際の名前は知らねえが、通称は――――」


◆◇◆

「在りし日の惨劇はいずれ繰り返される、という事か。くく、こうでなければつまらない」

 赤い外套をはためかす男の呟きは、たちに届く事はなかった。



モンハンをプレイされている狩人ならば知っている、その依頼人。
個人的に大好きすぎて辛い。
奴が出す依頼は、間違いなく死人が出るレベル。
なお、当然の事ながら設定は妄想です。
ただし、シュレイド王国の惨劇と、竜大戦時代、竜機兵は公式であります。風化した武器や錆びた武器シリーズは、恐らくこの時代の技術のものなのでしょう。


▲モドル




2016.02.19