狩人よ、新たな世界を共に進もう  2


■ あ 明日も世界は廻る(ハンター組/女主)
■ ら 烙印が疼く日(原型ナルガクルガ/女主)
■ た 正せない愛の歌い方(原型ライゼクス/女主)
■ な 名も知らぬ貴方へ(原型ホロロホルル/女主)
■ せ 切なくも悲しくもない感情の呼び名(原型ディノバルド/女主)
■ か かすれていく心臓(原型ガムート・原型ティガレックス/女主)
■ い いついつまでも、この時が(原型タマミツネ/女主)
■ を 追いついた時が奪う合図(原型マッカォ/女主)






■ あ 明日も世界は廻る(ハンター組)


 晴天に恵まれ、絶好の採取ツアー日和であった原生林。
 巨大な竜や獣が闊歩する界隈なのだから、何が起きてもおかしくはない環境とはいえ――――。


「まだ追っかけてくるニャァァァー!!」
「いィィィやァァァァー!!」


 採取ツアーでこんな過酷な試練はない。本当にない。

 悲鳴を上げてただひたすらに疾走すると、その隣のジャギィネコ装備が今日も可愛いカルトは、命の危機において発揮される猛スピードで疾走していた。
 土煙と轟音を伴って迫り来る、重量級の女帝――ゲネル・セルタスから逃げる為に。
 ああ、穏やかな採取ツアーは、一体何処へ。

「うわぁーん! 師匠の馬鹿! ばぁかー! 何とかして下さいよォォォー!!」
「師匠様に向かって馬鹿とは何事だアホ弟子がァァ! 閃光玉全部外しやがってェ! このノーコン!!」

 そしてたちの隣には、激しく言い合いながらも見事な韋駄天走りを見せる、レイリンと影丸がいる。
 この手のハプニングへの対応に最も適しているはずの、ハンターという本職に就いた彼らも、今はご覧の有様だ。

「もとはといえば師匠がゲネルの争いに首突っ込んだせいじゃないですかぁー!」
「あれは好きで突っ込んだじゃなくて飛び下りた先が二頭の間だっただけだ! 大体お前が俺に向かって転んでこなければ閃光玉とか全部無駄にしなかってのに!」

 猛スピードで走っているのに、この会話の勢い。さすがは体力自慢のハンターだが、今はそれどころではないはずだ。


 お馴染みの面子でやってきた、原生林の採取ツアー。拠点となるベースキャンプを設営して、ちょっとしたピクニック気分を味わいながら平和に出発した。そこまでは何の問題もなかったのだけれど――――まさか、ゲネル・セルタス二頭の争いに遭遇するとは。
 各自の集めたいものが散らばっていたので、それぞれ分かれて行動をしてから、直ぐの事だ。まずゲネル・セルタス二頭の争いを最初に発見したのは、ペアを組んだとレイリン。まだ見つかっていないから引き返そうとしたところで、いつもの調子で崖上から飛び下りてきた影丸が二頭の間に意図せず乱入してしまう。それを見てレイリンが助けようとしたものの、当然のように影丸に突撃して二人揃って転倒。影丸が投げようとした閃光玉は全て毒沼に消えた。
 青筋の浮かぶ影丸の代わりにレイリンが閃光玉を投げたものの……焦っていたせいだろう。全て外し周囲を白くさせただけに終わった。

 そして、ゲネル・セルタスの敵意はすっかりとたちに向けられ、様子を見に来たというカルトも巻き込んでこの逃走劇である。


 何故、こうなったのか。

「ひいッひいッまだ、お、追いかけてくる……!」
「そりゃ割って入られた上にビカビカ光ったらそうもなるわな! 俺だったら地の果てまで追い掛ける!」
「師匠、恨み深いですね!」
「旦那様、関心するとこ違うニャ……!」
「ニャァアアー! 旦那さん、旦那さん!!」

 半分泣いているカルトの声が届いたのか、前方からひょっこりとセルギスが現れた。
 ほくほくと嬉しそうな顔をしている、さてはお目当てのものが集まったのだろう。
 そんな彼の気分を壊してしまうのは、本当に申し訳ない。

「セルギスさん、セルギスさァァァァん!!」
「閃光玉か! こやし玉! 投げてくれ!!」
「ゲネルが! 追いかけて! まだ一頭!!」
「旦那さぁーん!!」

 たちは叫びながら、迷わずセルギスへ突撃した。
 その背後に、土煙を上げる女帝を連れたまま。

「ん? ……うおォォッ?!

 さすがの歴戦の勇士も、これには表情をひきつらせ叫んだ。


◆◇◆


 ベースキャンプが設営された安全地帯は、疲弊しきった重い沈黙が覆い被さっていた。
 逃げ込んだと同時に、全員が地面に倒れ込み、仰向けになって両腕を広げた。それから身体はまったく動かない。どころか、セルギスや影丸、レイリンにオトモアイルーたちまで、全て。

「……人に向かって、突進してくるとか……お前らは阿呆か……」
「……セルギスがさっさと閃光玉を投げてくれれば良かったんだ……」
「お前らが突っ込んできたおかげで……全部川に落ちたんだよ……」

 交わす声も、掻き消えそうなほどに細く小さい。珍しく覇気が全くないセルギスと影丸を、珍しいと笑う気力は今のたちにもなかった。

 結局、セルギスも巻き込んでの逃走劇となった。
 怒り心頭の女帝を連れて現れたたちを、セルギスは仰天して出迎えたものの、そこは歴戦の狩人。冷静にポーチから閃光玉を取り出した。
 しかし、走り続けていたたちは、冷静ではなかった。
 全員が揃いも揃って何故かセルギスに体当たりをかまし、彼が投げようとした閃光玉は宙を白く光らせた。ついでに予備の閃光玉は全て川に落っこちて沈んだ。
 あとは、お察しの通りである。セルギスも加わっての、騒々しい逃走劇が始まった。

 ベースキャンプに到着する頃には、女帝も諦めて帰ったらしい。今頃、もう一頭の同種と争っているのだろう。

「た、ただの採取ツアーで……何でこんな目に……」
「うー……ッ脇腹が痛いですゥー……」
「あ゛ー……づがれだー……」
「ツアーどころじゃないな……はあ……」

 各自で掠れた文句を言いながら、空を仰いだ。先ほどの騒々しさなど既に忘れ去られたように、原生林の空は美しく、穏やかそのものである。疲れ切った身体を撫でる風も、心地よい涼しさを抱いている。
 誰かが、ふっと息を漏らした。次第にそれは可笑しそうにくつくつと震える音となり広まってゆく。誰が最初に吹きだしたのかは定かでないけれど、気付けば全員が声を上げ笑っていた。疲れ切った身体や引きつる横腹が余計な鞭を打たれているけれど、その笑い声はしばし止まらなかった。

 具体的に何が可笑しいのかは分からない。けれど、何故だかとても、愉快だったのだ。

 二頭の女帝ゲネル・セルタスに遭遇して、その内の一頭に追いかけ回され、原生林を逃げ回って。
 一般人が混ざっているとはいえ、本職の狩人三名と、それに匹敵するオトモアイルー三匹が居て、この失態。

 可笑しくって仕方無い。命の危機だったはずなのに、喉元を過ぎればもう笑い話となる。
 この顔ぶれであるからだろうか。

 ひとしきり笑い転げた後、息も絶え絶えになりつつ身体を起こす。互いに顔を見合わせ、もう一度息を吹き出した。

「あーあー、道具を無くすわ採取したもの落とすわ、まったく散々だな」
「くたびれ損というやつだな。また出掛ける気力もないし、一旦休憩にしないか」
「あ、じゃあお昼ご飯にしませんか? お弁当作ってきたんです!」
「レイリンちゃーん、配るの手伝うから走っちゃ駄目よー」

 人間よりも遥かに大きな生物に追いかけ回され、心身共に疲れきっていたはずなのに。食事となるとあっさり動けるのだから、現金なものである。
 とレイリンはアプトノスの引く荷車から風呂敷に包まれた重箱を取り出し、セルギスと影丸などは火を熾して湯を沸かす。ベースキャンプは、あっという間に賑やかな空気に包まれた。

 先ほどのハプニングも、珍しい事ではない。時に厳しく、時に残酷な世界で生きる以上、付き纏う事なのだ。そして明日も、その明日も、ハプニングだらけの一日が続くのだろう。
 親しくなった仲間と共におにぎりを一口かじれば、不安なんてものはすぐに消えてしまった。



てんやわんや大騒ぎしてる、ハンター組。
こやつらが騒いでる風景を書くの、楽しいですね。
そして夢主も確実に強靭な肉体を作りつつあります。
ちなみにネタは【思い付きアンケート】の【採取に出かけてドタバタになりながらも生還する】より拝借させて頂きました。


▲モドル






■ ら 烙印が疼く日(原型ナルガクルガ/女主)


 巣を荒らしながら踏み入れた人間たちは、小さな兄弟たちを殺し、やってきた両親を殺し、最期には毛皮を剥いでいった。
 その惨たらしい光景と、立ち向かえなかった弱さに、幼竜の彼はあの日誓った。嬉々として毛皮を剥いでいった人間たちを、必ず追い詰めて同じように残虐な目に遭わせてやろうと。
 身内を奪われた怒りであったのか、それとも片目を奪われた復讐であったのか。あの時の誓いを果たした今もそれは分からないままである。が、誰かのために尽くすほどの愛情深い器でない事はとうの昔に知っているので、私怨なのだろう。

 けれど、理解しているのは。
 人間はどの生き物よりも残虐で、心を許すに値する生き物ではないという事だった。

 ――――あの人間に、出会うまでは。


 首飾りという代物を落とした人間――は、今日も渓流へやって来た。最初こそはもびくびくと怯え、彼も常に威嚇していたのだが、探し物をするその間で馴れてしまったのも事実だった。

 落とした場所さえ分からないくせに、鬱蒼と茂る林の中や滝の周辺など、這いつくばって地面を探るその姿を滑稽だと笑った事もあった。けれど、彼に返された言葉は。

「大切なの。大切なものなの。絶対、見つけなくちゃならないの」

 我が子を見失った親のように、必死に、あまりにも必死に、その人間は言った。
 彼は、衝撃を覚えた。それは本当に、予想外の事であった。彼が知る人間は、もっと残虐な顔をし、惨い事をも平気でしでかす、浅ましく憎い生き物であったのに。

(お前らは、どうせ俺たちの事を上等な毛皮としか思っていないんだろう)

 まだ温かな親や兄弟から、毛皮を容赦なく剥ぎ取っていったのは、確かに人間だった。
 なのに――――目の前のという人間は、根付いたもの全てを揺るがすようだった。
 潰された左目に、忘れていたはずの痛みが戻った。その痛みが唯一、自らが信じてきたものが正しかったと言ってくれた気がした。
 それを確信に変えるためにという人間を注視する日々が始まった。いつかきっと、あの時の人間たちのように、彼女も本性を現す。そんな暴き立てる日を思って、と過ごした日々はあまりにも――――。


「その左目、人間のせいなんだってね」

 は小さく呟いた。そして次いで、ごめんねと言った。何に対する謝罪なのか、分からなかった。そう言っても、はやはりごめんねとこぼす。
 小さな手が伸びてくる。その指先を、驚くほどに彼は自然と見つめていた。恨みもなく、嫌悪もなく。けれど、彼女は思いだしたようにその手を引っ込める。

「何でもない、私が言っちゃ駄目な事だし。私が触ったら嫌だよね」

 そんな事はない、なんて。無意識の内にこぼしてしまいそうになった口を硬く閉ざした。

「……首飾りが見つかったら、私は、もう」

 もう――――その後に続く言葉は、果たして。
 けれどは最後まで言わず、小さく笑った。去ってゆく背中がいずれ本当に目の前から消える事を、今更知ったような心地がした。


 そうだ、は結局、人間だ。親と兄弟の毛皮を剥いで飾って、俺の左目も奪っていった、あの人間と同じ存在だ。

 けれど。

(あんたがそういう生き物ではない事くらい、もうとっくに知っているのに――――!)

 この左目の傷がある以上、に触れる事も許されないのだろう。
 変わるべきは人間ではなく自らの方だったのだと気付いても、口にする事すら出来なかった。

 彼女が探している首飾りとやらは――――既に、彼が見つけている。

 首飾りを探す彼女の監視をする。その日々は、あまりにも幸福な強がりで満たされていた。



人間が獣を恨むならば、獣が人間を恨む道理もあるのでしょう。

そんなナルガの短い話。先に別の話【瘡痕】を読むと分かるかもしれないです。
ナルガクルガってどの飛竜種よりも感情が複雑そうな気がします。猫っぽいがゆえでしょうか。


▲モドル






■ た 正せない愛の歌い方(原型ライゼクス/女主)


 それは、一瞬の稲光の後に注ぐ雷の猛威そのものだった。

 真昼の光すら塗り潰す蛍光色の閃光が弾けた刹那、黒い巨影が真っ直ぐと落ちてきた。集まっていたランポスの群れがそれを認めるよりもずっと早く、その影は群れの中心を躊躇なく踏み抜いた。
 両足の下敷きにされたランポスだった肉が、焼け焦げてゆく生々しい匂い。唐突に訪れた不気味な沈黙が、その場の空気の全てを支配した。

 再び、閃光が弾ける。
 翼の爪や、頭部の角、二股に分かれた槍のような尾の先端に、鮮やかな光が宿る。さながらそれは、宝石のエメラルドのようだった。

 見惚れる間もなく、美しい雷を纏った竜は。
 その鳥とも竜ともつかぬ甲高い声のもと――――ランポスの群れに蹂躙を宣言した。

 恐慌するランポスの群れを、地面へ叩きつけ、岩壁へ投げ飛ばし、暴力的な雷光で心のままに嬲り尽くす、その光景。悲鳴と血肉が舞う向こうで、エメラルドの光を纏った翼が翻った。昆虫の薄羽のような、それは美しい翼だった。

 目をそらしたいほど残忍なのに、自らの意志とは切り離されてしまったように身体と頭が動かない。地面にへたり込んだまま壮絶な蹂躙を見るしかないの前で、竜の瞳が笑った気がした。


 ――――あれほど集まっていたランポスの姿は、瞬く間に全てなくなっていた。
 空から強襲した闖入者である、ただ一頭の雷竜によって。

 キン、と耳鳴りがするほどに空気が沈黙する。蹂躙の気配が残る纏わりつくような生温さに、臓腑の奥で不快感が渦巻く。
 いっそ気絶してしまったらどれほど楽か――――そう願うの正面に、ゆったりとした動作で雷竜が歩み寄る。つい先ほどまであれほどの群れを蹂躙したとは思えない、場違いな落ち着きに満ちた足取りであった。
 グシュリ、グシュリ。
 踏み進むたびに聞こえるのは、彼に屠られたランポスが、その足でさらに虐げられる音だろう。

「――――だから言っただろ? 

 少年ではない、けれど大人の男性とも言えない、男の声。少しの呆れと、大部分の愉悦に満ちたその声は、の耳を舐った。まるで脳に直接這うようだった。

 ああ、止めて。そんな声で、名前なんて呼ばないで。

 けれどみっともなく震える喉は、乾いた息をこぼすばかりである。
 近付いてくる雷竜――ライゼクスは、その足を止める。息が吹き掛かるほどの距離で、赤く濡れた頭部を下げた。

「危険な事も、邪魔な奴らも、俺が全部片付けてやるって」

 キュルルル、と喉を鳴らす様は、甘えているようでもある。こんな場面でないのなら、その首を撫でてあげられたのかもしれない。

「俺だけが、お前を守ってやれる。俺だけが、どんなものからもお前を守ってやれるんだ」

 血生臭い匂いのする息を吐き出すくちばしと、そこに擁した牙が近寄る。滴り落ちた赤い粒は、侵すようにの膝に落ちて広がる。ぞわりと、薄ら寒い心地が絡みつく。

「な、んで……」
「んん?」
「なんで、こ、こんな、事」

 知らず、奥歯が震える。けれど、とは対照的に、ライゼクスはおかしそうに笑い声をこぼした。

「何回も言っただろ? 俺はお前のためなら、何でも出来るってよ」

 ライゼクスの顎が開き、真っ赤に濡れた分厚い舌が伸びる。べろりと無遠慮に舐められたの頬は、血の気がなく青ざめているのに、赤々と彩られた。

 何でも、出来る。が望もうがそうでなかろうが、その行動によって何を狂わせようが、彼は何でもやってのける。

 今しがたの、生命の営みにまるで意味のない蹂躙劇が、その証拠だ。彼は本当に、そうする。

「ど、して」

 感情の表れないライゼクスの双眸が、その途端、陶然と甘くとろけた。

「――――ただ、好きなだけだ」

 それは正しく、雌に恋をした雄の目だった。

「絶対に帰さない。お前を、他の雄のところになんて、絶対にやらない」

 止めて、止めてよ。そんな目で、声で、言わないでよ。

 震える背が仰け反る。背中が岩壁にぶつかっただけで、後ずさる事すら許されなかった。
 蒼白するの顔を、屈んだライゼクスの頭部が覗き込む。

「逃げるんだったら、俺を殺してから行けよ。そうでなきゃあ、俺は絶対にお前を手放さないからな」

 獰猛な声で告げられ、は心臓にとどめの刃を埋め込まれた心地だった。
 出来ない事くらい、知っているだろうに。腰にある採取用のナイフで、の力ではその鱗に掠り傷一つ付けられないと、きっと知っている。彼ら竜は、人間が思う以上に、とても賢く知恵があるのだ。だから恐らく、そんな事を言うのは――――徹底して逃げ帰る気力を奪うためだろう。

「さあて、巣に帰ろう。途中で水浴びして、綺麗になったら、一緒に寝よう」

 どうして、そこまで。
 野で生きる竜の領分を超えてまで、どうして私を求めるのだ。

「逃がさねえよ、。お前は、俺だけのものだ」

 初めて、疎ましく思った。
 彼ら獣たちの声が聞こえる、この耳が――――。



ライゼクスは、【なんかヤバイ奴】というイメージです。
思えば明らかなアンハッピー的な雰囲気のものは、これが初めてですね。
もちろん、ライゼクスにとっては幸福なのですけれど。


▲モドル






■ な 名も知らぬ貴方へ(原型ホロロホルル/女主)


 あの人間は、いつも楽しそうに笑っている。
 地面にしゃがんで草や木の実を採取し、時々小さな竜や獣に追いかけられたり、何が面白いのか分からないけれどその声を上げて笑っている。
 隣に居るのは、メラルーやアイルーだったり、竜の匂いを纏う人間だったりとその都度異なる。群れの仲間だろう。今日は、アイルーとメラルーの方だった。
 陽射しを遮るほどに葉を茂らす樹木の上から、息を潜め静かに窺う。その人間は、全く気付かずアイルーに手を引かれて歩を進めている。自分の存在すら知らず、無防備な背を向けて。

「え、ハチミツ? あら本当、採っていこっか。ふふ、そんなに引っ張らなくたってちゃんと着いてくよ、カルト」

 カルトと呼ばれるアイルーに、人間は微笑む。表情は見えないけれど、きっとあの笑顔を浮かべているに違いない。

 ……羨ましい。

 思わず爪に力が入り、枝がミシリと軋む。
 その音に反応したのだろう、メラルーが立ち止まり素早く視線を逡巡させた。
 慌てて動きを止め木陰に身を隠す。外見こそただのメラルーだが、あれが妙に勘が良い事は知っている。しかも、いつだったか小さな身体で倍以上の大きな敵を退けていた。あれを目の当たりにしたら、否が応でも警戒する。

「ヒゲツ、どうしたの? ……え、何かがいる気がする?」

 人間も立ち止まって、辺りを見渡し始めた。黒い髪が、しなやかに翻る。
 焦燥に心臓が跳ねたけれど、その一方で微かな期待もあった。もしかしたら、気付くだろうか。気付いて、そうしたら、仲間にばかり向ける笑顔を自分にも向けてくれるだろうか。
 葉の茂みの中で思ったけれど、人間は振り返る事もなく「なんにもいないけど」なんて見当違いな方向を向いて言っている。訝しげな表情のまま、メラルーも背を向けて歩き始めた。

 彼女の声は、またも自分に向けられる事はない。込み上げた期待が、落胆に早変わりする。

 あの声を、あの笑みを、自分にも向けてくれたら良いのに。

 そう願いながらも、姿を見せ、面と向かって対峙する度胸はない。自らのその踏み込みの悪さを恨む事も、もう何度目になるか分からない。
 彼女が気付いてくれたらと、今日も願って背中を見下ろすだけだ。

「さ、行こっか」

 あの優しい声が自分にも向けられたら、どれほど幸せだろうか。
 遠ざかる細い背を追いかけ、音も無く翼を広げ飛び立つ。

 早く、気付いて欲しい。ずっと、その声に焦がれている自分がいる事を。



ホロロホルルは、古代林の暗い森に行かれると探しづらい。
何処やー何処やーと探して、気付いたら背後。そんな経験から。
それとフクロウは、見た目こそは可愛らしいけど猛禽類。のんびりとした見た目とは裏腹に、非常に危険で獰猛な種なのです。
飛行時に羽ばたきの音がないって、最強ですよね。


▲モドル






■ せ 切なくも悲しくもない感情の呼び名(原型ディノバルド/女主)


 モンスターと呼ばれる巨大な竜や獣たちは、そのほとんどが人間にとって脅威であり狂暴であるが、中には自ら進んで闘争を起こしたり、あるいは闘争を好んだりするものも居る。
 黒狼しかり、雷竜しかり、金獅子しかり。

 けれど、の知る、このモンスターは――――。


◆◇◆


 白亜紀を彷彿とさせる原始の地――古代林。
 ゼンマイの形をした巨木が数多く立ち並ぶ森林の中、金属を擦り合わせる奇怪な音色が鳴る。それは、言うなれば刃物を研ぐ時に発せられる音に近く、ジャリジャリと周囲に響いていた。
 天を覆う巨木の茂みによって、陽射しは遮られがちになり、薄暗さが被さっている風景。ジャリジャリと音が鳴るたびに、火花が散る。

 は目の前に垂れる大きな葉を手で押し上げ、顔を挙げた。
 木々の間を潜り抜けて差し込む一縷の光の下、藍色の巨影がやはりそこにあった。
 全長十五メートル、いやもっと大きな、二十メートル近い巨大な生物。たかだか人間の標準サイズであるには、見上げる事すら精一杯である。

 前肢は小さく退化しているが、その不足分を補うように後肢は頑健に発達。特徴的な形状と外見の尻尾を持つ、獣竜種。
 古代林で近年、新たに発見された個体だという。赤い炎状線の走る藍色の体躯もさる事ながら、最も目を惹くのはその――体長に匹敵する長大な尻尾の形。
 ハンターが持つ大剣などの、刀剣類を思い出させる刃尾だ。
 本当に比喩なく尻尾そのものが剣で、尾の先端に至っては研ぐたびに白く輝き熱を帯び赤く燃え盛る。
 しかも戦いの最中は、自らの刃尾を自らの顎にくわえて研ぐのだから、凄まじい強靭さである。

 ハンターのように剣を扱う新たな獣竜は、《斬竜》という名が付けられた。

 かくしての目の前に居るのが、その斬竜――ディノバルドだが。
 現在、その当人(いや当竜?)は刃尾を研ぐ事に集中している。鋭利に輝かせる事に一心不乱になるその様は、職人の領域すら感じさせた。

 気迫しかない風景を視界に納めつつ、はそっと歩み寄る。ディノバルドはもうとっくに気付いているだろうが研ぐ行為を続ける。
 ジャリ、ジャリ。火花を散らす長大な刃尾が、左右に揺れる。

「……お前か」
「はい、私です」

 聞こえたのは、重く這うような低い声。無骨で上品さはない、けれど重きを秘めた、そんな声だ。
 ひとしきり尾を研いだ後、満足そうにそれを眺め、ようやくを見た。古代林に注ぐ一縷の光に照らされた、ディノバルドの顔。硬質な煌めきを放つ甲殻に覆われた顔は、奇異な特性と獰猛な本性に相応しい面構えであるが、そこに刻まれたのは一太刀の傷痕だ。
 そう簡単には治らないものね、とはぼんやり見上げる。
 ディノバルドは草の生い茂る地面を、頑健な後肢で踏み鳴らし、へと近付く。傷痕がざっくりと残る頭部を下げると、の匂いを幾度か嗅いだ。金属の匂いを孕む息を遠慮なく吹きかけた後、彼は頭部を持ち上げる。
 そして、甲殻に覆われていない白い表皮が見える太い喉を、上機嫌に鳴らした。犬や猫とは訳が違う、重厚な響きがの耳元で鳴らされる。

「あの人間の匂い。ようやく来たか」

 ディノバルドの双眸が、爛々と輝きだ出す。のような小さなものには向けない、闘争への歓喜がそこにあった。

「あの人間、じゃなくて、影丸ですよ」
「何だって良い。なまえとやらに、別に興味はないのだ」

 刃尾が空を切る。それは正に素振りをする剣そのものだった。

「俺の動きを全てかわし、俺に傷をつけたのだ。その事実が、何よりも」

 モンスターの言葉が分かるせいだろうか。そこに宿る情熱は、とても野で生きる獣のものと思えなかった。


 このディノバルドも、当初は外見と狂暴性に相応しい暴威を、古代林のそこかしこで奮っていた。
 ベルナ村でもその不安の声は後を絶たず、これはいよいよ討伐狩猟の依頼を出すしかないと話し合いが始まった、そんな時であった。
 新しく解放された狩猟地という事で、古代林へ頻繁に出掛けていた影丸――ユクモ村専属ハンターだったが現在は単なるギルド所属――が、そのディノバルドと一線交えて帰ってきた。
 曰く、えっちらおっちら化石を運搬している時に後ろからどつかれ、せっかくの運搬物がおじゃん。一気に頭へ血が上って気付いたらその顔に斬りかかっていた、らしい。
 「運搬している途中で後ろから突っ込まれた時の苛立ちは言葉にしがたい」と影丸は言っていたが、それにしたってよく斬竜と戦えたものだった。こういう点は、やはり狩人の矜持と経験だろうか。普段は酒に呑まれた残念な姿を晒しているくせに。
 さすがに持参していた道具などの関係で討伐には至らなかったそうだが、暴れていたディノバルドは影丸の怒りの一撃によって黙り込んだ。彼も多少の擦り傷は作ったものの怪我には入らないそうで、翌日からまた元気よく出掛ける姿が見えた。

 運搬しているものが駄目になった時の瞬間火力は、モンスターを超える。その裏事情には驚いていたものの、ひとまず沈静化したなら良かった。
 そう、能天気に思っていたが。

 負かされたディノバルドは、それで終わらなかった。

 古代林に築かれた生態系の、その頂点に属する獣竜。当然、負け知らずで多くの生物を退けてきて、その強さには自信があった。けれど、いつものように攻撃した相手――それも人間――にいなされ、あげく頭部に一太刀を浴びせられた事は相当な衝撃だった。
 しかも……ディノバルドが知る由もないが、運んでいた運搬物が駄目になったという理由で。
 が持つ言葉を使えば、誇りをズタズタに切り裂かれたわけである。

 至るところに振りまかれたディノバルドの闘争本能は、それをきっかけにして、ただ一点にのみ注がれるようになった。
 己を負かした、の友人である人間――影丸へと。

 彼が興味を持つものは、もはや影丸のみと言っても良い。メッセンジャーのような役割にあるとはいえ、がこんな風に無傷でいられる事もないのだから。

 そしてディノバルドは待ち続けているのだ。尾を研ぎ、力を高め、あの日顔に浴びた一太刀の雪辱を果たすために。
 それはさながら、剣士のようだった。


 そして今日、その影丸が現れたのだ。ディノバルドの胸中はどれほどの喜びに満たされているか。その爛々と輝く眼が、全てを語っている気がした。

「影丸もね、準備してきたみたいですよ」
「そうか……それは光栄だ」

 低い声にすら、待ちわびる歓喜が滲んでいる。

「……怖くは、ないんですね」
「怖い? お前はおかしな事を言う」

 ディノバルドは純然とした疑問を浮かべる。
 は、思わず笑った。何でもないです、と首を振り、大きな斬竜を見上げる。

 此処に来る前、は影丸にも同じような質問をした。そして、同じような返答を貰った。
 怖いなんて、馬鹿な質問はするな。これはそういう次元じゃない、そういう生易しいやり取りが欲しいのではない。
 影丸はそう言って、準備をしていた。顔に一太刀しか浴びせられなかった、あの時の轍は踏まないよう、装備も道具も全て整えて。本気で対峙せんとする、影丸の狩人の矜持が窺えた。

 これは確かに、喰うか喰われるか、それだけでしかない。
 けれど何故だろうか。ディノバルドと影丸の間に、それを超えたものが繋がれているように思えた。
 それこそ、おかしな事なのかもしれないけれど。

「ディノバルド」

 輝くほどに研ぎ澄まされた刃尾を揺らして、彼が振り返る。
 闘争を望む、獣の目。今頃、きっと影丸も同じ目をして向かっている。

「――――よい一戦を」

 の言葉なんてなくとも、彼らはきっと、望むまま心のまま戦うだろう。
 そして激闘の末、ディノバルドと影丸、どちらかの折れた剣がこの古代の大地に突き立てられるのだ。

 何人にも遮られない、揺るぎはしない、彼らの純然とした誇りが……少しだけ、羨ましかった。



ディノバルドには、夢主との恋愛よりも、狩人との戦いが真っ先に浮かびます。
やはり【刃尾】という特徴的な尾ゆえか、【剣士】という言葉が出ます。そして尻尾切断時がかっこよすぎて、なんか別格の扱いを感じる。
そんな彼と戦うのは大嫌いですが、モンスター的には大好きです。

ちなみに運搬物を駄目にされた時の火力は、きっと作者だけではなく他の狩人様も同じだと信じております。
背中から突っ込まれた時のあの怒り、実に言葉にしがたい。


▲モドル






■ か かすれていく心臓(原型ガムート・原型ティガレックス/女主)


 真っ先に彼が覚えたのは、驚きではなく、恐怖だった。

 雪荒ぶこの世界で、戦う事は何度かあっても実際に敵となる相手というのは、それほど多くない。従って、戦いが拮抗する相手というのは、よく印象に残り覚えているものだ。
 あの竜は、その筆頭だった。
 黄色い表皮に、青い縞模様が描かれた、引き締まった身体。雪どころか硬い地面をも抉って突進する気迫と強さはその顔にも表れており、発達した顎に擁した無数の牙の鋭さが物語っているようだった。実際に何度も衝突している彼なので、外見に違わず獰猛な竜だという事を認識していた。

 戦いは常に拮抗していた。竜の牙は厚い脂肪と毛皮を纏った彼の身体を穿つ事はなかったが、彼の攻撃も竜には素早くかわされていた。そんな事が何度も続いていたので、竜は敵というより一目置ける存在になっていた。

 そんな、あの竜が。

 たかだか雌の人間一匹のために。

「今すぐに離せ。それは俺のものだ」

 たかが小娘のために、どうして《狂おう》などとしたのか。

 全身に赤い血管を浮き立たせ、激昂する竜のその姿。ちらつく雪を溶かすばかりに、吐き出す白い吐息は煙るように激しい。
 対照的に冷めゆく彼の頭は、ただ驚いて、そして恐怖していた。

 恐ろしい。恐ろしいと言わざるを得ない。

「竜や、何がお主をそこまで変えた。この小娘一匹が、何を変えたというのだ」

 長い鼻で絡め取った人間を、悪戯に揺らす。それだけで人間は悲鳴を漏らし震えた。たかがこの程度で、だ。
 この雪山で、これほど脆い存在は相応しくない。竜も知っているはずだ、強くあろうとするのはこの種の本能で、弱きを排除する事は至極当然の理であると。だから、何度も争ってきただろうに。
 けれど、激昂する竜の眼は、小さな人間に向けられている。まるで寄り添う番でも見つめるように、熱く。

「うるせえ、誰が教えるかよ。誰にも教えない、そいつの事、そいつに関わる事全部、教えてたまるか。全部、俺だけのものだ」

 嘆息する。このような小さな一匹のために、自然と本能の理から外れるつもりなのか。

「……愚かな、人間のために身を滅ぼすなどと」
「知るかよ。俺は……そいつが欲しいだけだ。そいつの耳も声も、全部」

 長い鼻で捕まえた人間が、身動ぎして呻く。

「レックス、私は」
、喋るな」
「でも」
「黙ってろ」

 竜は一度大きく息を吐き出すと、体勢を低く構えた。

「……返せよ、デカブツ。そいつは、俺だけのものだ!」

 激昂する竜が、雪を蹴飛ばし突進する。彼はちらりと、自らが捕えた人間を見下ろす。
 小さく、見るからに弱そうな存在が、あの強者を理から外すほどに狂わせた。やはり、人間が一番恐ろしい存在なのかもしれない。



【MHX】のOPで閃いたネタ。
ガムートには、どっしり構える重鎮的なものを抱きます。ただし一旦火がつくと大暴れしてぶっちゃけ竜以上に手が付けられない、そんな感じです。

公式の四天王人気投票で最下位だったガムート。個人的にはすごく好きです。


▲モドル






■ い いついつまでも、この時が(原型タマミツネ/女主)


 最初に彼を見た時、美しい花のようだと思った。

 光を反射させる細長い体躯は白く輝いていて、上品な顔の周囲には淡い桃色の花弁に似たヒレが生え揃っている。狐の尻尾を彷彿とさせる、濃紫色の豊かに膨らんだそれは優雅に宙を撫でる。
 《滑液》という泡立つ特殊な体液を持っていて、これで大地を泳ぐように素早く移動し、敵を翻弄する。しかもその体液には浄化作用があり、一滴垂らせばどのような泥水も透明に透き通るという代物。穢れを清めるその姿はまるで舞うようだと、多くの人々の心を奪ったという。

 他のモンスターと同等に危険な存在であるのに、他にはない別格の美しさ。妖艶とまで言わしめた竜――泡狐竜タマミツネを見た時、もそう思った。ああなんて綺麗な竜かと。本当に、視界に映される世界に花が咲いたようだった。
 ただ、が出会ったタマミツネは――――なんというか、とてもマイペースな性格をしていて。


「ほら、危ないから無理に動くのはお止めなさい」
「だッ誰のせ……うわ、わわ、わァ!」

 地面に放たれた滑液が、の足元を滑らせる。せっかく立ち上がったのに、またもみっともなく転倒した。は顔面から泡の中へドブッと突っ込む。
 全身泡まみれでシャボン玉まみれなんて、滅多にない体験だ。なるほどこれが洗濯機に突っ込まれた衣服たちの心情かもしれない。出来れば知りたくなかった。
 は地面をツルツルと滑りながら何とか顔を起こす。既にもう泡まみれなので、今更顔の纏わりつくものを払う気力はない。

「あっはっは、真っ白ですねえ殿。変に動こうとするからですよ」
「わざとまき散らしたくせに……」
「はて、決してそのような事は」

 一昔前の古風な言葉を時折紡ぐその声は、粗暴さを感じさせない優雅な低音だ。青年というほど若くはないが、齢を重ねた低さではない。流麗なせせらぎのように、何とも落ち着いた上品さを有している。
 そしてそんな声同様に、タマミツネは首を傾げて優雅にとぼけているが、あれは分かっていてそう言っている。優雅な仕草に含まれる悪戯心……方向性は違うもののの身近にいるハンターを思い出した。

「まあそのような瑣末な事は気にせず、こちらへいらっしゃい」
「そのような事って……わッ」

 タマミツネには、の視線など気にした様子は僅か一片もなく、濃紫色の膨れた尻尾を柔らかく振った。滑液で泡立つ地面をはスルスルと滑り、抵抗なくタマミツネの優雅な細長い体躯の側へ引き寄せられる。彼は踊るように優雅な一回転をすると、身体を丸めを囲んだ。
 泡まみれで恰好がつかぬまま、は仰向けの体勢で天を仰ぐ。穏やかな陽射しの注ぐ優しい晴天と、それを背にして覗き込むタマミツネのかんばせが広がる。
 恨めしく視線を向けたけれど、花が咲いたようなその美しさを前に、つい文句を飲んでしまう。

「そう可愛らしく見つめられたら困りますよ。殿」
「睨んでるの」
「はて、私には愛らしく見つめているようにしか見えませんが」

 笑みを含む声と共に、タマミツネの顔が下りてくる。見事と言うほかない銀色の鱗が揃う顔立ちは、《泡狐竜》という呼び名がつけられる通りに何処か獣の――そう、狐に似ている。竜でありながら不思議な上品さを感じるのは、それのせいだろうか。
 距離を詰めるタマミツネの双眸を、はふと眺め見た。溶けてしまいそうな薄い水色を宿す瞳は、確かな知性を浮かべており、そして同時に力強い。

「ああ、けれど貴女の顔が見えないのは、少々頂けない」

 タマミツネの舌が、の頬をちろりと掠める。泡を掬い取る舌先は、少しひやりとしている。

「……近付かなければ見えないほど小さく、区別が付けづらそうな平坦な顔ですね」
「何だとー!」

 まさか人間ではなく竜にこき下ろされるとは。
 のっぺり顔と評判の日本人で悪かったな。恨みを込めて見上げると、彼はいつもの調子でとぼけて上品に笑ったが。

「――――冗談ですよ。貴女と他の人間を違える事などありません」

 瞬いた竜の瞳が、真剣な光を帯びたように見えた。ほんの一瞬の事ではあったけれど。
 が目を丸くしていると、タマミツネは下げた顔をもっと下に落とし、ゆっくりと地面へ預けた。

「何でもありません、忘れなさい」

 ぱさり、ぱさり。音を立て横に揺れた濃紫色の尻尾は、の身体の上に覆い被さって落ち着いた。
 ……って、ちょっと、まさか。

「これ寝る体勢……わぷッ」
「陽射しも暖かい、実に丁度良いではありませんか」
「風邪引いちゃうじゃない、私が。ちょっと、尻尾が重い……!」

 ふさふさの尻尾の下敷きにされたは、抜け出そうともがく。けれど、ばちゃばちゃと泡を跳ねさせるばかりであった。

「ああ、本当に貴女は――――」

 実に、可愛らしいおひとだ。

 高く鳴らす喉の音と共に、の顔へタマミツネの頭がすり寄る。尻尾をよけてちらりと横目で窺ったタマミツネは、何故だかとても嬉しそうにしていたのでそれ以上の文句を言えなかった。

 がばたつかせた手足によって生まれたしゃぼん玉は、ゆらゆらと舞い上がる。木の葉舞う、穏やかな青空へと。



公式の【MHX四天王人気投票】にてぶっちぎり堂々一位だったタマミツネは、本当に美しい。
OPムービーや生態ムービーを見ると、結構寝てる場面が多かったので、意外とのんびり屋というか、ずぼらというか、マイペースなのかなと。あとアイルーをしゃぼん玉で脅かしたり、なかなか優雅なおちゃめさん。
そんな印象のタマミツネです。


▲モドル






■ を 追いついた時が奪う合図(原型マッカォ/女主)


 群れの中で身体も小さい上に弱く、役割を果たせずついに追い出された自分にとって、という人間は容易く特別な存在となった。
 食事にありつけるという打算も少なからずあったけれど、群れでぞんざいに扱われた自分にとっては、彼女の血を拭う手やみっともなく痛みに鳴いた時に宥める声に、どうしようもなく安らぎを覚えたのだ。
 弱り切った自分のもとへやって来るその数日間、たぶん恐らく“幸せ”であったのだと思う。
 だから、自分の身体が癒えた時、「についていく」と言ったのも、当然のようなものだった。

 けれど、は困ったように笑って、首を横に振る。横に、振ったのだ。信じられなかった。

 ならどうして自分を助けたのか。群れを追い出され、あとは一匹で死ぬだけだった自分を、どうして! こんなみっともない期待を抱かせてまで!

 離れがたくて何度もなじり、そうしておきながら嫌だ嫌だと駄々をこねた。群れを追い出される時だって、ここまで食い下がる事はなかったのに。
 彼女は怒らず、やはり困ったように微笑んだ。顔に触れた手は小さく自分よりも頼りなかったけれど、ひどく温かかった。

「貴方が暮らすべき場所は、ここ。でも私は、ここじゃ生きられないの」

 ここは危険で、人間の私にはずっと居られないの。
 告げられた言葉に、何も返せなかった。そんな事はないと言えるだけの力は、自分にはなかった。彼女に守られた自分には。

「また、会いに来るから。それで分かって」

 会いに来ても、自分のもとからまた離れるのだろう。ならそれでは駄目だ、それだと足らない。
 だったら、どうすればいいのか。行き着いた答えは、至極明快だった。

「――――会いに、来なくても良い。俺が、会いに行くから」

 強くなれば良い。身体を大きくして、馬鹿にしてきた群れの奴らを全部負かし、他のどの雄よりも強くなれば。
 そうすれば、と一緒に居られる。


 彼女は終始、困り果て、そして不思議そうな面持ちで、この地を去っていった。
 覚えていて、必ず俺は貴方を迎えに行くから――――!

 小さな人間の後ろ姿に、たまらず叫んだ。



そして彼は、後に立派なドスマッカォになって現れるのでしょう。
マッカォもドスマッカォも可愛くて好きです。


▲モドル



2016.02.19