狩人よ、新たな世界を共に進もう  3


■ と 時が過ぎても褪せてはくれない(セルギス/男主)
■ も もぎ取って欲しい言葉(セルギス・影丸/女主)
■ に 二度落ちたもの(レイリン/男主)
■ す 頭上は今日も晴天(アイルー組/桜色アイルー)
■ す 水彩の夢(アシラくん/アイルー女主)
■ も もう少しで、光に届く(ハンター組/女主)
■ う 謳え、人と獣の狂おしい世界を(???)






■ と 時が過ぎても褪せてはくれない(セルギス/男主)


 久しぶりに足を運んだユクモ村は、記憶していたままの姿であった。赤く染まった草木が景観を彩り、こぼれ落ちる椛(もみじ)がせせらぎを流れてゆく。石畳の階段の先には、温泉の豊かな香りを孕む蒸気が白く立ち昇り、ユクモ地方のハンター諸侯が集まる場所だけでなく湯治場としての貫禄が表れている。
 “あの日”から変わらない、温泉の村。
 懐かしさを胸に、は朱色の鳥居を潜る。真っ赤なギルドネコ装備一式で身を包んだ、黒無地のアイルーのノワールが後に続いた。

 ぐらぐらと揺れながら煮える巨大な卵や、軒を連ねる店の構えはちっとも変わらない。無骨なハンマーを振るう加工屋の親父さんやモミジイも健在だ。さらに進むと、目の前には集会浴場に続く石畳の階段があって、その隣の赤い長椅子に――――。

「村長」

 が声を掛けると、着物に身を包んだ黒髪の竜人族の女性が顔を上げた。たおやかな雰囲気が言葉にしがたい艶っぽさを感じさせる、美しい女性も、変わっていなかった。
 彼女はしばしを見つめ、次第に切れ長な瞳を見開かせた。

「まさか、様? まあ、なんてお懐かしい事」
「覚えていてくれたんですか」

 もうあれから七年近くは経過しているというのに。も驚いてみせると、彼女は口元へ着物の袖を持ち上げ、上品に微笑んだ。

「覚えておりますとも、ええ。決して忘れる事などありませぬ」

 ユクモ村長が腕を下げると、その白い手をすかさず握る足元の黒い生き物。彼女はたおやかに微笑み、形良い唇を開く。

「もちろん、ノワール様も」
「お久しぶりでございます、村長。七年前と変わらず、いやむしろそれ以上にお美しくなり、このノワール! 胸の高鳴りが」

 長くなりそうだったのではノワールの頭を掴み後ろへ下げる。本当、お前はブレないな!
 ユクモ村長に気にした様子はなく、むしろ懐かしそうに微笑んでいる。ノワールがユクモ村に居た頃、何をしていたのか手に取るように分かった。

「ああ、本当に良い日ですわ。またこうしてお会い出来るなんて」
「ええ。俺も……来る事はないと思っていましたが」

 これといった特別な理由はない。ただ何となく、もう一度くらいは行かなくてはならないと思えた。あの村に、あの場所に、七年前居なくなった友が過ごした村に。

「……影丸やヒゲツは、元気でやっていますか」
「ええ、もうすっかり、ユクモ村の守護者ですわ」
「はは、そうですか。それならあいつも……喜ぶでしょうね」

 弱々しく笑い、隣のノワールの頭に手を置く。

様、その事なのですが」

 ユクモ村長が言いかけたところで、村人が彼女を呼んだ。

「おっと、村長を捕まえておくのも悪いですね。俺はしばらく村を散策して……あいつの墓参りでもしていきますよ。行くぞ、ノワール」

 は礼をして彼女の側から離れる。ノワールは赤いギルドネコハットを外し胸に当てると、仰々しく礼をしてについて行った。

「ああ、様。お伝えしなければならない事が。セルギス様は今この村――――」

 ユクモ村長の声は、村を行き交う人々に掻き消されてしまった。



 たちはそのまま住民たちの居住区へ足を運んだ。有数の観光地であるユクモ村も、人通りの多い集会浴場周辺を離れてしまえば長閑な村そのものである。

「これを守ってるのは、セルギスじゃなくて影丸か。七年というのは大きいな」
「ああ」
「……怒っているか、影丸を」

 七年前、技術も精神も幼く駆け出しだった影丸が、浅はかにもジンオウガに単身挑んで、結果……もう一人のハンターに助けられた事件。
 少年は生き残り、少年を助けた青年は代わりに命を落とした。
 ノワールはその後、ユクモ村を離れてオトモアイルー斡旋業者に身を預けていたが、のもとへやって来た。

「分からない。ただ、前ほどの怒りはニャいみたいだ」
「……そうか」

 俺も大体同じ感じだ、とは笑った。

 しばし歩く事数分。今は亡き友人が暮らしていた家屋が視界に入ってきた。聞いたところによれば、影丸が頼み込んでセルギスの武器や防具などの装備はそのまま保管されているらしい。七年の間で、人が暮らした生活感はもうすっかりなくなっているだろう。
 せめて彼を懐かしむくらいは。
 そう思っていたは、いざ友人が暮らしていた家屋を正面に捉えて見上げた時――首を傾げる事態に陥った。誰も住んでいないはずの家屋は、今正に誰かが暮らしているような、生活感が滲んでいた。
 七年の間で、やはり誰かが移り住んだのだろうか。いや、けれど、家の前に並ぶものは……どれもハンターたちが使う道具だ。かつてはもその稼業に長らく身を置いていたので、すぐに分かった。

「――――旦那」

 何処か呆然とした声をこぼしたノワールが、の服をくいくいと引っ張る。見下ろすと、ノワールは背後を見つめていた。それにつられても身体を振り向かせる。
 通ってきた道に、長身の男性が佇んでいた。  ユクモ村の象徴である椛に似た、赤みを帯びた茶色の短髪。ユクモ村の人々が着る伝統的な衣服に身を包んだ身体は、がっしりとして厚みがある。単純な運動だけでは身につかない、生きる為に鍛えられた強靭さがありありと見てとれる。
 いや、気にするべきところは、そこではない。
 現れた男性の顔をまじまじと見つめながら、は己の表情が馬鹿みたいに呆然としてゆくのを自覚する。恐らくそれは、相手も同じなのだろう。

 いや、まさか、そんな。

 信じられない境地で見つめるの前で、男性が口を開いた。

「……?」

 呟かれたその低い声は、に真っ直ぐと届けられる。同じ声、同じ仕草、同じ呼び方だった。の硬直していた時間が、一気に動き始めた。

「セル、ギス」

 踏み出した爪先は、ゆっくりと友に向かって進む。そしてその足取りは、いつの間にか駆け足になっていた。

「セルギス!」

 大きく踏み込んだに、友の手が伸びた。

「――――まだ成仏していなかったのかァァァァ!!」
「生きてるわこの馬鹿が!!」

 友人――セルギスが影丸を庇い命を落としたあの日から七年。奇跡の再会に真っ先に交わされたのは、抱擁ではなく、拳であった。

 セルギスの拳が顔面にめり込み、うぶう、と間抜けな声がから上がる。七年経ってもその威力は健在だ。

「友人よ、超痛いんだが」
「そうだろうなお前はそういう奴だったよ。僅かでも感動した俺が馬鹿だった」

 肩を竦めて溜め息をつくその姿は、確かにセルギスのものだった。ああ、本当に。は笑みを浮かべ、その肩に手のひらを乗せた。

「馬鹿はお前だ、どうして今まで、何も。いや、この七年、どれくらい俺は」

 まとまらない言葉を繕わずに吐き出して、セルギスの両肩を揺する。彼も表情を引き締め、視線を合わせた。

「お前に手紙を出そうと思ったが、ロックラックにはもう居ないと言われた。ハンターを辞めたんだって? お前こそどうして言ってくれなかった。聞いていないぞ」
「次に会ったら言おうと思っていた矢先に、あんな事件だ。死んでると普通思うだろう! だから言えずじまいでここまで来たんだ」

 そうしたら、まさか。そのセルギスがユクモ村に帰還しているとは。
 想像だってしていなかった。

「……正直、もう会えるとは思っていなかったんだ」
「……そうだな。俺も、戻って来れるとは思わなかったさ」

 セルギスの金色の目が、ゆっくりと瞬く。その奇跡を味わうような、緩慢な仕草で。

「……それにしても、少し老けたな、セルギス」
「お前もな。だが、中身は七年前と同じのようだ」
「いつまでも少年の心を忘れない男でいたいんでね」
「まったく……お前はいつもそんな調子だな」

 互いの視線が交差する。ふと舞い降りた静寂に、芒(すすき)を揺らす風の音が響く。
 とセルギスは笑みを浮かべ、両腕を伸ばしあった。

「――――おかえり、セルギス」
「ああ、ただいま」

 互いの肩を抱き、再会を喜ぶ抱擁を交わす。そこには、七年前と変わらない友人たちの姿があった。



そんな男主とセルギスの再会。
彼らの友情話も、いつか書きたいです。BLではないですからね、念の為に言いますけど。


▲モドル






■ も もぎ取って欲しい言葉(セルギス・影丸/女主)


 いつからそうだったのか、はっきりとはしない。けれど同じ想いをに寄せている事は、影丸とセルギス、どちらも直ぐに気が付いた。

 似た者同士だからなのだろうか。自らの本音を奥深くに押しこんで、それを他人に悟らせる事はしない。けれど開けてみれば、そこにある感情は思う以上に熱く沸々とし、決して冷静や冷徹とは言えない。影丸もセルギスも、方向性は違えどほぼ同じものを持っている。
 堅く閉ざしたところに入り込まれた存在を抱えたくなる――――そんなところも、恐らくは持っているのだ。
 知り尽くしている、まではいかずとも他と比べれば多くの事を理解し合っている。だから、焦燥を感じる事もあれば、牽制し合う事も、これまでなかったとは言えない。

 けれど、その想いを本人に伝える事は――――どちらもなかった。僅か少しの欠片を、こぼす事さえも。

 彼女は毎日、首飾りを下げている。磨かれたモンスターの牙に紐を通した、簡素な首飾り。それを大切にし、村に居る時も外へ出る時も決して外さない事は、誰もが知っていた。
 「大切な子の牙なの。私の、一番のお守り」そう告げたの声は、影丸やセルギスに決して向ける事のない、深い親愛と決意で満たされていた。

 今日もは、首飾りを身に着け渓流へ足を運んでいる。白い手でしっかりと握りしめ、時々話しかけているその細い後ろ姿を、影丸とセルギスはじっと見つめる。
 祈るような背中と、指先と、そよぐ黒髪。それに触れて、口付けて、奪うように抱きたいと情緒もなく常思っているけれど、当分は出来そうもない。

 首飾りに祈るが、ふと振り返った。白い頬には、普段とは異なる、たおやかな笑みが咲いていた。

 蝕む熱のような感情を、彼女の手でもぎ取ってくれたなら。想像を燻らせて、影丸とセルギスは今日も彼女を想う。



影丸VSセルギス……だけど、表面化しない彼らの片思い。
真逆を向いているように見せかけて、あの二人はよくよく似た者同士だと思います。


▲モドル






■ に 二度落ちたもの(レイリン/男主)


 “ハンター”と呼ばれる人を初めて見たのは、その人だった。
 レイリンが幼かった頃、故郷の小さな村の近くに縄張りを外れた黒轟竜が姿を見せたという事件があった。村人だけで退けようとしたものの、当然ながらただの一般人が竜を退けられるはずもなく、昔ハンターであった父すら怪我を負った。そうして本職の現役ハンターに討伐依頼を出し、受けてやって来てくれたのが若い二人組ハンター。その片割れが、彼だった。

「受けたからには必ず果たす。それがハンターだ」

 そう告げた彼は、数日後、言葉通りに討伐し村へ顔を見せにやって来た。討伐の証拠として、竜から剥ぎ取った鱗を数枚ほど携えて。
 危機を退け歓喜にわく村の空気とは裏腹に、竜との戦いの激しさを物語る彼の風貌に幼かったレイリンは安堵と恐怖が綯い交ぜになって酷く泣きじゃくった。村はもう危険じゃないのだから泣く必要ないよ、と彼は笑っていたが、ハンターがハンターの責務をやり通す事がどれほど難しいのか、彼と同じ道に進んだ今ならばよく分かる。あれは本当に、楽な事ではなかったのだ。

 あれから五年以上。叶うはずはないと思っていたが、初めて出会ったハンターであると再会を果たした事は、奇跡だった。
 レイリンは隣にあるその横顔をじっと見つめる。
 出会った時の防具は身に着けておらず、陽の下で露わになる彼の面持ちは年齢を重ね二十代半ば過ぎのものに見えた。レイリンの記憶の中にいた彼よりも、実際はずっと大人だった。けれど、不思議な陽気を時々覗かせる仕草や、年相応に落ち着いた声音は、あの時と同じように感じる。

 彼はもう、ハンターではないそうだ。自衛のために使い込んだ防具と武器など手元に残しているが、それを本格的に扱う事はもうないらしい。その理由をレイリンは詳しく聞いていない、けれどこの業界では頻繁に耳にする、仲間の喪失が要因だとは少しだけ聞いた。
 ハンターを辞したは現在、趣味であったという生態観察などに没頭しているらしい。失った友人のオトモアイルーだったという、黒色無地の毛色をしたアイルーのノワールを供にして。
 (以前遭遇したあのアイルーがと繋がっているとは、世の中不思議である)


「――――【未知の樹海】とやらは最高だな! 相容れないはずのモンスターが数多く姿を見せる、探究心が疼く」

 と言いながら、今日も彼は小高い崖上に腹這いになって伏せている。
 双眼鏡を構えてスケッチブックにペンを走らせる姿は、ギルドの調査員と言っても違和感がない。けれど、命のやりとりによって鍛えられた身体つきや、周囲に配る気の使い方は、やはりハンターのものだ。

「しかし、君も物好きだな。毎回頻繁に付き合ってくれるのはありがたいは、つまらないだろう」
「そんな事ないです! 勉強になります」

 近頃はレイリンも双眼鏡を構え、彼の趣味にお付き合いをしている。師の影響か、生態観察という事に着目した事が無かったので、自然界の営みを調べるのは中々新鮮だった。

「そうか。君も変わっている」

 双眼鏡を覗き込んでいたは、いつの間にかレイリンを見ていた。年上らしい穏やかな笑みには理知的な静けさも窺えて、レイリンはどきりと跳ねた心臓を隠す。

 は小さかったレイリンと以前出会っている事を覚えていなかった。彼は申し訳なさそうにしたが、あんな昔の事覚えている方が凄いので、レイリンはそれを悲しんだ事はない。ほんのちょっぴりは落胆したけれど、それでも彼の隣に居られる現在の方が嬉しかった。
 彼が村を去る前に何かの記念にと撮った写真。絶対に彼には言えない秘密だけれど――――今もレイリンは大切に飾っている。

 村を救ったハンター。
 ハンターというものを教えてくれた、最初のハンター。
 この人のように強くなりたいと願ったのは、師である影丸だ。けれど、この人のようなハンターになりたいと思ったのは――――。

「――――おっと、気付かれたかな?」
「え……ッひゃあ?!」

 いつの間にか、当初追いかけていたモンスターは姿を消して、別のモンスターがやって来たらしい。ばちりとぶつかった獣の炯眼に、現役のくせに情けない声が漏れる。
 は楽しそうに双眼鏡を外すと、手早く片付けて鞄を背負い立ち上がる。そして黒い手袋に覆われた自らの手を、レイリンに差し出してきた。

「さあ走ろうか。追いつかれる前に」

 上向いたの手のひらへ、そろりとレイリンは片手を伸ばす。はそれを力強く握りしめると、レイリンを立ち上がらせ、そのまま走り出した。
 指が繋がれたまま、樹海の生い茂る緑が視界の片隅を流れてゆく。レイリンの目の前をゆく鍛えられたしなやかな背中は、たぶんきっと何も考えてはいない。

(なのに、私は)

 握られた指先が、ひどく恥ずかしい。それを誤魔化そうと、必死に足を動かして彼の背後を走った。


 もう大丈夫だと撫でてくれた手を。あやすように抱えてくれた腕を。厳しい戦いだったにも関わらず浮かべた優しげな笑みを。
 レイリンは、今も鮮やかに覚えている。
 そしてその記憶は、当時のまま現在に投影されているのだ。

 きっと自分は何も変わらない。この先も、何も変わらない。

 あの時に抱いた感情も、何一つとして変わっていないのだから。



【レイリン→男主】も、とってもおいしいと思いますがどうでしょう


▲モドル






■ す 頭上は今日も晴天(アイルー組/桜色アイルー)


※【IF:人間に戻れなかったその後】の設定



 オトモ用の装備の可愛らしさは、時に人間用の装備を超える。
 人間から桜色アイルーになるという、謎の変身を遂げただからこそ、殊更に感じるところである。

 猫耳が生えた頭にもフィットする、白い三角巾の帽子。身体を包む明るい若葉色の制服は、可愛らしいスカート。その上から重ねるのは、清潔な印象を与える白いエプロン。腰の後ろには、大きなリボンだ。

 ジャンボ村の受付嬢の制服を模したという、【ヘルパーネコ装備】は、大変可愛らしい掃除婦の衣装だった。
 ふんわりと広がるスカートからはみ出る尻尾を動かし、三角巾の位置を正すと、途端に周囲から声が上がる。

「ギャァァァアアア! さん可愛いィィィー!!」
「おー可愛い可愛い」
「ヘルパーネコ装備が似合うぞ、

 上から順に、レイリン、影丸、セルギスの言葉である。影丸とセルギスはパチパチと両手を打って微笑ましそうな表情を浮かべているが、レイリンは絶叫して悶絶している。
 そうだろうそうだろう、可愛かろう。
 もとは人間でも、今の見た目は無地模様の桜色アイルーなのだ。可愛い生き物がそこにいるに違いない。
 ナルシストじみた考え方だが、事実なので素直に称賛を受け取る。だって本当に可愛いし、この装備。は自らの身体を見下ろした。

「オトモの装備っていっぱいあるのね。かっこいいのから可愛いのまで、色々揃ってる」

 カルトが着る衛兵をイメージした【ジャギィネコ】は、カジュアルな戦闘装備。ヒゲツが着る黒い鎧の【アカムトネコ】は、ネコ用ながら非常に凛々しく恰好いい。他にも、海賊やカエルの雨がっぱ、忍者に鎧武者、きぐるみに甲冑と実に多岐に渡る。概念の枠に捕らわれない、斬新なデザイン幅だ。アイルーメラルーが着るからこそ、この情熱なのかもしれない。製作者の物作り魂には感服する。

「しかも武器まで手が込んでるし……」

 桜色の猫の手で持ち上げたのは、緑色のモップ。可愛い。これで攻撃も出来るとは凄い。ちなみに水属性が付与されている。

さん、語尾は『ニャア』ですよ! 『ニャア』!」
「わ、分かった……にゃあ」
「やだァァァ可愛い! やだァ! すごいやだァァァー!!」

 え、すごいやだ?!
 華奢な身体をくねらすレイリンは、ついには影丸から「うるせえ」と頭を叩かれた。
 ふと、は視線を彼らの足元に移した。カルトとヒゲツ、コウジンが佇んでいる。

「どう? 似合う?」

 は三角の猫耳をぴこぴこと跳ねさせる。コウジンは間髪いれずに「別に普通ニャ」である。彼の情熱は全て旦那様に捧げられているので通常運転だが、それでは女の子にモテないだろう。
 けれど、カルトやヒゲツはもっと酷い。無言である。「変?」とさらに重ねて尋ねても、もごもごと何かを呟く。さっぱり分からない。

「可愛いと思うんだけどなあ、ヘルパーネコ」
「――――まったくもって、その通りで」

 唐突に割って入った、第三者の声。振り返れば、見慣れたメラルーの姿があった。
 笠を被り、風呂敷マントをはためかせる、風来坊の出で立ち。花の形をした眼帯がおしゃれな、転がしニャン次郎である。

「あら、ニャン次郎! 今日もお仕事?」
「そうですニャ、ハンターさんの居るところあっしあり、てね。それにしても姐さん、今日はまた素敵なお姿だニャ」

 流暢に称賛するニャン次郎は、さすがである。

「そうでしょそうでしょ、ヘルパーネコ、可愛いでしょ」
「確かに可愛いですが……あっしには」

 ニャン次郎は笠をずらすと、ずいっと顔を寄せた。

姐さんの方が、素敵だと思いますニャ」

 猫の目が緩やかに笑みを浮かべる。その仕草が不思議なほど男くさくて、はドキリとした。長い間アイルーでいると、多少心もそれに引っ張られるのだろうか。

「ふふ、ありがとう。ニャン次郎は上手ね」
「おや……あっしは冗談で言ったわけじゃニャいんですがね」
「ヘルパーネコ、可愛いよねえ」
「ああ、しかもそっちですかい……」

 ニャン次郎は肩を竦めると、不意に視線をずらし、カルトとヒゲツを見る。笑みを浮かべる双眸に、鋭い光が過ぎる。

「なかなか先は長そうだニャ。あっしも……そちらさんも」

 三匹の間で、稲光にも似た眼差しが交差する。
 ユクモ村からベルナ村に舞台が移っても、彼らの戦いは相変わらず勃発するのである。
 ただしコウジンだけは全く状況を理解せず、くるくる回るを能天気に笑いながら見ていた。



さん、モテモテですね。はあ、可愛い~」
「これも見慣れた光景になりつつあるな」
「まあ正直、傍から見ると猫が集まってフルモッフなだけなんだけどな」

 彼らの言う通りで、猫が集まってニャンニャン言う光景は、周囲の人々を大いに癒しをもたらした。



【もしも夢主が人間に戻れなかったら】の設定で、フルにゃんこ物語。
個人的なイケニャン筆頭は、我が家の長年のオトモのヒゲツ、ニャン次郎です。剣ニャン丸も可愛いんですけどね。
カルトは可愛い部門担当。


▲モドル






■ す 水彩の夢(アシラくん/桜色アイルー)


 牛乳のような、白く染まった柔らかな世界だった。
 夢だなと、は即座に思った。見下ろした自身は、懐かしくも桜色のアイルーの形をしていたのだ。
 渓流で拾った布を繕って無理矢理に形を合わせた、ボロのワンピース。そこから覗く手足は肉球プニプニで桜色の毛に覆われている。同じ桜色の細い尻尾も昔そうだったように自由に動かせる。
 ひどく懐かしい夢だ。もうこの姿になる事はないから、こうして見下ろすと感慨深いものが込み上げてくる。

「変な夢。アイルーの姿なんてもうなれないのに」

『――――変かなあ。僕にとっては、さんはさんだよ』

 突然聞こえた声に、は動きを止めた。
 少し拙い、幼い少年の声。笑うような獣の息遣いが時折混じったそれは、懐かしい、本当に懐かしいものだった。
 勢い込んで振り返る。背後も白い世界は続いていたが、その中に浮かんだ丸い輪郭の青い獣を認めた瞬間、声を出せなくなってしまった。
 そこに座っているのは。

「ア、アシラ、く……」
『呼んでもらったのも、すごく久しぶり』

 真っ赤な瞳を細めて、牙が生え揃う顎を震わせ、獣の声が笑う。
 は不格好な立ち姿で駆け寄ると、熊のモンスターらしい獰猛な顔へしがみつく。
 これが夢である事なんて、分かり切っている。けれど、本物のような温かさと息遣いに、は泣きそうになった。

「ごめんね、私が、私が」
さんが謝る事なんて、なんにもないよ? 僕が、やりたかっただけなんだから』
「アシラくん」

 少年の声に反して、グルグルと響く喉の音色はとても重厚だ。けれどいつか聞いていたように甘える仕草を、恐ろしいと思う事はない。
 はアオアシラの鼻先にしがみついたまま、しばし顔を伏せた。夢なのに、聞こえる音は本物のようだった。

 がそっと身体を離した後。
 アオアシラは潰れた茄子のような丸いお尻をぺったりと座らせて告げた。

『新しいところに行くんでしょ?』

 感情の読めない熊の顔が、を見下ろした。

「知ってるの?」
『僕はずっと、さんの近くに居たもの』

 得意げに鼻を鳴らす。その仕草も、あの頃のまま。
 私の夢だから、当然だけれど。

「……色んなところをね、見てみたいの」

 渓流しか知らなかった君の代わりに、渓流さえも知らなかった私が。
 色んなところを見て、色んなものを感じて、そうしていつか君のところへ全部持って行って。

 それくらい壮大でないと、私はきっと、君に報いる事が出来ない。

『僕ね、さんが元気なら、それが一番うれしいんだよ』

 少し小首を傾げ、上機嫌にアオアシラが言った。

『ジンオウガの人とか、あのアイルーとか、人間の村のひとたちとか、色んなひとに囲まれてさんは嬉しそうだもの。僕、それが一番うれしい』
「アシラくん」
『僕も一緒にお話できたらよかったけど、でも、いいんだ』

 ちゃんとさんのところに、居られるから。

 そう告げた時、アオアシラの丸い身体が薄く溶けていった。

「待って、ねえ、もう少し」
『僕、ちゃんといつもここに居るよ』

 ここ、と。持ち上げられた太い前足が触れたのは、の首元だった。

さんなら、大丈夫――――』

 いつか聞いたような気のする、優しい言葉がの耳を撫でた。


◆◇◆


「おいおい、の奴寝てんぞ」
「珍しいな……昨日は遅くまで起きていたのかもな」

 様子を見にやって来た影丸達は、散乱する荷物の中央で眠りこけるの姿を発見した。見た通りに、周囲は作業の途中にあり、終わっていない事を語っている。

「まあ、出発は明日だから良いが」
「新しい狩場の古代林ッ。楽しみですね~」
「おめえは準備をしっかりやれ、どうせ全部現地に落としてくるだろうがよ。……にしても本当に幸せそうな顔しやがって。鼻摘まんで起こしてやるか」

 伸ばしかけた影丸の腕を、レイリンが素早く掴んだ。

「や、止めて下さいよ師匠。さん、気持ちよさそうに寝てるんですから」
「お優しいことで」
「まあ……確かにな」

 よほど良い夢を見ているのだなと、セルギスは口角を上げた。
 眠るの面持ちには、薄く頬笑みが浮かべられている。そして彼女の手は、肌身離さず身に着けている首飾りをしっかりと握りしめていた。



懐かしのアシラくんと桜色アイルー。この二匹の組み合わせが今も愛しい。


▲モドル






■ も もう少しで、光に届く(ハンター組/女主)


 ぼやけた目を擦りながら飛行船の甲板に出ると、夜明け前の静かな風がまず出迎えた。少し肌寒いけれど、清々しい心地は眠気を攫ってゆく。
 この世界にやって来てからというもの、の生活は健康そのものだ。そのためなのか、起床時間もいつの間にか早くなっている。欠伸を一つ噛み、ぐぐっと背伸びをする。

「あ、さん。おはようございます~」
「おはよう」
「ふあァァ……はよ」

 甲板には、レイリンとセルギス、影丸、それとオトモアイルーたちが既に集まっていた。防具はまだ身に着けていない。ユクモ地方特有の、東洋風の簡素な衣服だ。アイルーたちもチョッキベストのみの姿である。
 おはようと言葉を返しながら、彼らに近付く。

「みんな早いねえ~私が最後だ」
「いえ、私達もさっき起きたばかりですよ」

 レイリンは朝から眩しい笑顔を浮かべた。普段は一つ結びにしているグレーの髪は下ろされたままで、そよそよと風に揺れる。

「旦那さん、湯が沸いたニャ!」
「ああ、ありがとう。も飲むか?」
「じゃあ私も。ありがとうございます」

 どうやら甲板で、簡易器具を組み立てて湯を沸かしていたようだ。少し離れたところで、シュンシュンと湯気が上がっている。
 人数分のカップに、ユクモ村の美味しい茶葉で淹れた緑茶が注がれる。各自の手に行き渡り、ふうふうと息を吹きかけて口に含む。緑茶の繊細な苦みと温かさが全身に行き渡り、ほっと安堵の息がこぼれる。

「ああー……眠気が覚める……」
「ちょっと、昨日は影丸が一番早くに寝たのに」
「あれは寝たというより、寝落ちしたと言った方が正しいニャ」

 ヒゲツの言葉に、全員が思わず笑う。影丸は不機嫌になるでもなく「笑うが良い」と胸を張っていた。

 その後、ゆっくりと緑茶を啜り、涼しい甲板で各々が寛ぐ。薄っすらと明らむ空がいつの間にか光を帯びた時、船頭に居たカルトやコウジンが口を開いた。

「――――お日様が出てきたニャ!」

 その声に、自然と全員の顔が上がり、甲板の縁に歩み寄る。
 白く明らむ空を行く飛行船の遥か彼方で、太陽が覗いていた。水平線を目映く照らす朝陽は白く輝いており、静寂に満ちる空気まで染めるようだった。
 空だけでなく、大地も、山々も、果ての世界も、その一筋の目映さは遍く届き、そして生き物たちの目を開かせる。

「綺麗だね」

 は呟き、縁に頬杖をついて眺めた。朝陽に照らされゆく眼下の自然は、巨大な竜や獣たちが闊歩する世界なのに、ひどく美しく脳裏に残る。

「じきに、目的地に到着するな」
「ああ」

 そして、彼らは防具を着て、武器を持って、その自然に挑む。今日も、明日も、その先も。それが彼ら――――狩人の矜持なのだろう。

 この世界は、大変な事ばかりだ。人間の常識なんてあてにならない事ばかりが起きて、時に辛い事や悲しい事とも遭遇してしまう。
 けれど、叶うのなら――――彼らと一緒に、この世界を見て行きたい。今日も、明日も、その先も。
 はそう思いながら、朝陽に染まる世界を見つめるのであった。



なんでもない一日を、恨むか愛しむか楽しむか、それはそのひと次第。


▲モドル






■ う 謳え、人と獣の狂おしい世界を(???)


 人も獣も眠る仄青い静寂の世界に、一縷の光が差した。薄暗い空を照らし出し、寝静まる豊かな自然を超え、遮られる事なく彼方にまで伸びてゆく鮮やかな朝陽。
 影を塗り潰し、眠りを呼び覚まし、全てのものへ平等に注ぐ。緩やかな時間が光と共に動き出し、その気配を世界の果てへ届けてゆく。

 新たなる幕開けを告げる音がした。

 木の葉を浚う涼しい風が、平原を駆ける。その先で佇んでいた一人の男にぶつかり、静かに宙へ消える。
 朝陽に照らし出されたのは、真紅の衣だった。原色を垂らしたような、他と混ざり合う事もない鮮やかな赤が、はたはたと風に揺れる。
 顔の輪郭すら捉えさせないほどに目深に被ったフードの向こうで、男が笑う。吊り上がる口元には、純然とした狂喜が浮かんでいた。

「――――時は満ちた」

 男は顎を持ち上げ、澄んでゆく空を仰ぐ。

 舞台は再び整った。
 吹雪荒ぶ雪山に、四季豊かな渓流に、緑を育む森丘に、そして――――新たにその腕を広げた古代林に。
 新たな四つの獣たちが、その舞台へ真っ先に乗り上げた。

「あとはお前たちだけだ! 人間よ、狩人よ!」

 男は真紅の衣から両腕を広げ、夜明けに狂喜を叫んだ。

「幾千、幾万の時を経ようと、お前たちほど全く変わらない愚かで愉快な生き物はいない!」

 栄華を極めた王国を崩し、築き上げた栄光の時代を自ら滅ぼした、その驕りと傲慢さと欲深さ。
 けれど、それでもなお生き続け、獣たち竜たちに挑み続け、共に在ろうとする、その勇気と潔さと美しさ。

 人間ではなければ――――この世界はこれほど、美しく強かな世界にはならなかっただろう!

「さあ、武器を持て! 技と知恵と力を携え、“我ら”に挑め!」

 幕開けを告げてくれ。自ら死地にも飛び込む、狩人の矜持と勇気をもって。
 この世界に歴史を刻み、動かしてきたその力を――――何度でも、見せて欲しい。

「この愚かで素晴らしい世界を、いつかまた滅びるその時まで! 共に謳歌しようではないか――――!」

 真紅の衣をはためかす男は、狂喜する笑い声と共にその場から姿を消す。


 新たな日々の訪れを告げる、朝陽に染まる美しい空の果て。
 飛び去っていったのは、長大な体躯の赤い龍であった。



プレイしている人ならば確実に分かるあの人、第二弾。
そしてあの人はあの龍としか思えない作者の情熱です。
依頼人が好きすぎる。

依頼人もモンスターも、どれもこれも魅力的なモンハンは素晴らしい。


本当は【MHX発売祝い企画】でしたが、案の定間に合わなかったので【お題企画】だけになりました。
懐かしい彼らから、【IF】の彼ら。モンスターに依頼人と、これでもかッと妄想とネタを詰め込んでみました。

「いずれ遠からず彼らを書くつもりだったんだ……」というのは、秘密です。

詰め込みすぎましたが、少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。
これをきっかけに、狩りの世界に飛び込んでしまう人が現れたら、もっと嬉しいです。

強かで美しく、けれど時に残酷な、大自然と人々の世界。
これからも続き、そして楽しく、謳歌していきたいですね。


2016.02.19