04

 泣きじゃくりながら後を追いかけてきた子犬――もとい、小さい頃のカイル。
 今や彼は子ども達からも人気な、立派な警邏隊員の一人なのだ。当時のまま接するのは駄目だと、改めては決意した。
 決意したが、やはり、言わざるを得ない。

 ――やっぱりこいつ、阿呆なんじゃないか。

「具合が良くなって安心したよ。したけども、あんたねえ」
「はい」
「もうちょっと落ち着きってもんを持てと、前から言っているでしょうが!」
「お、俺なりに、落ち着いて」

 落ち着いているだあ? 猛ダッシュを決めて慌ただしく駆け込んできたのは何処のカイルだ。

 腕を組むの正面で、カイルは耳をぺったりと下げ、尻尾を丸めている。よりもずっと上背があるのに、叱られて落ち込むワンコそのものだ。
 こいつは、本当にこいつは。
 は特大の溜め息を吐き出した。

「しかも、母さん達にまで気を遣われて……」
「おばさんとおじさん?」
「あんな分かりやすく、急に遠出するとか言い出すなんて……」
「えッ本当?」

 ちょっと、喜ぶな。こっちは変な気遣いをされて恥ずかしいのに。

 体調が戻ったカイルが今夜やって来る、とが告げたところ、二人は回復を喜ぶのもそこそこに荷造りをし始めた。一体何をしているのかと問えば「ちょっとこれから隣町に遊びに行くわ、一泊付きで」という言葉が返ってきた。
 は? いきなり? 遊び? 泊まり? 理解が追いつかず唖然とするを置き去りにし、本当に二人は日の入りと同時に出掛けていった。
 落ち込んだような表情をする父と、楽しそうにほくそ笑む母。対照的な姿だったが、つまり、そういう事だ。
 発情期、カイルの想い、またその深さなど、秘密にしてきた事が全て明るみになったからだろう。もう隠す必要はないとばかりに晴れ晴れとして(母だけ)、妙な気を利かせている。

 そして夜を迎え、カイルが駆け込んできた現在――この家に居るのは、とカイル、二人だけだった。

 ありがたいやら、恥ずかしいやら……。気を遣われ、何とも形容しがたい気分に陥るである。招き入れたカイルはというと、垂れ下がっていた耳と尻尾を復活させ、嬉しそうに揺らしている。
 まったく、こいつは。
 気付けばは、気の抜けた笑みをこぼしていた。

「……まあ、でも、元気になったみたいで良かったよ」
「う、うん」
「体調は? 苦しいのは、もう大丈夫?」
「無い」
「そっか……それなら、良かった」

 は、ほっと安堵の吐息を漏らす。

「とりあえず、ちょっと座りなよ。お茶を淹れるから」

 背中を向けた、その瞬間、は凄まじい力で後ろに引かれた。
 カイルの両腕が、の鎖骨の上で交差する。巻き付くように、強く抱きすくめるその腕に、はすっぽりと納まってしまった。

ちゃん」

 大きな身体が、縋り付く。の耳元で、クンクンと甘えた鳴き声が聞こえる。

「メモが、あって」
「うん」
「待ってるって、俺を」
「うん」
「……好きだよって」

 喜びと恐怖がぐちゃぐちゃに入り交じったような声色だった。が今まで避けていたせいで、嘘か真実か自信を持って決められないのだろう。それは、の責任だ。だから、は淀みなく、その言葉を告げた。

「好きだよ、カイル」

 ヒュ、と空気を吸い込む音が響く。
 腕の中で身動ぎ、カイルと向き合う。犬の頭は、これまで見た事がないほどに、驚愕で染まっていた。あんまりにも素っ頓狂な顔だから、は思わず笑ってしまう。

「大きくなった身体も、凜々しくなった顔も、フサフサの尻尾も、馬鹿正直で真っ直ぐなところも、全部」

 あ、う、と形に成らない声ばかり落とすカイルの顔を、は両手で掴む。ぐいっと下げると、目の前に近付いた黒い鼻先に唇を押し当てた。

「こ、れも……姉ちゃんぶって、あやしているつもりなのか」
「この場面で、弟扱いはしないわよ」

 いつもはカイルの方からぐいぐい来るというのに。

「――姉弟じゃないでしょ、私達は。最初から」

 もうそろそろ、良いのだろう。
 姉貴分と弟分から、その先へ、進んでみようじゃあないか――。

 が微笑むと同時に、宙をさまよっていた両腕が力強く背中に回る。爪先が浮き上がるほどに、抱きすくめるカイルの抱擁には、待ち侘びていた歓喜が溢れていた。




 ――しかし、“待て”を解除したワンコは、抑えきれない感情で既に暴走寸前だった。
 を勢いよく抱きかかえると、慣れた足取りでの部屋に向かい(さすがは幼少期からの付き合いだ)、ベッドへとごと倒れ込んだ。を押し潰し、急いたように纏わり付く。男女の触れ合いというより、大型犬に襲われてもみくちゃにされているような気分になる。

ちゃん、ちゃん、ちゃんッ」

 気の高ぶりを表すように、ぴんと伸びたカイルの尻尾は激しく横に揺れていた。

「ちょ、こらッ! もうちょっと、お、おちつ」
「落ち着けるわけ、ないだろ!」

 大きな手が、の肩を掴む。抱き寄せたいのか、押さえ付けたいのか、定まらない忙しなさが滲んでいる。衣服なんかぐちゃぐちゃだ。

「ずっと、ずっと、こ、こうしたくて」

 サイドテーブルにある小さな明かりと、淡い月明かりのみで照らされた暗がりの中で、カイルの両目が爛々と光っている。触れるのが嬉しくてたまらないのだと、揺れる声と獣の目が告げていた。
 稀に見るという、痛苦の伴う発情期は乗り越えたはずなのだが――あまり大して変わっていないように見える。むしろ、“待て”を止めた分、独房の中に居た時よりも下手したら熱量が増している気すらした。

 これは……本当に終わったのか? 発情期とやらは。

「カイル……発情期、終わったんじゃないの?」
「……よく、分からない。終わったというより、マシになったというか……。正直、ちゃんが前に居ると、いつもあんな風になってたから」
「そ、そうなの?」

 これは、喜ぶべき場面なのだろうか。

「……ぶっちゃけ、毎月のあれは、発情期の発作だったのかも、もうよく分からない」

 最初の発情期を迎えてから、ずっと、薬を使ってでも抑えてきた。だが、せいぜいマシになる程度の効果しかなく、むしろ抑えれば抑える分だけ本能の熱は溢れ出した。その結果はこないだの独房の通りだと、カイルは力なく呟いた。

 きっともう、発情期云々の話ではなかったのだろう。とうに限界を迎えていたのだ、身体の何処かが壊れたとしてもおかしくはない。

「……やっぱり、俺、気持ち悪い?」

 先端が折れ曲がった、三角の耳。スッと通った鼻筋と、優しい形の瞳。犬という獣そのものの頭部をしているが、その感情は鮮明に見て取れる。
 暗がりに浮かんでいるのは、泣き出しそうな表情だ。溢れるような獣の欲望と、どう思われているのかと不安がる感情が、両目に涙の膜を張らせている。キラキラして、綺麗で、危ういほどに直向きな、熱く潤んだ眼差し。
 ――ぞくぞく、との背中が戦慄く。
 小さな子どもの扱いはしないと決めても、やはり、なんて可愛いのだろうか。目の前の、この白黒の大きな犬は。

「ちょっと、落ち着いてよ。大丈夫。逃げないから、ね」
「……うん……ッ」

 とは言いながら、フーッ、フーッ、と荒く息を吐き出している。見下ろす両目も、爛々と光っているままだ。は小さく笑うと、押し倒され仰向けに転がった自らの身体を起こす。モフモフな両手をそっと握り、背中へ導いた。

「ほら。まずは、ここから、こうしようよ」

 互いの身体を抱きしめ、胸を重ね合わせる。柔らかい毛皮の下で、カイルの心臓は凄まじい速度の鼓動を刻んでいた。

「ふふ、心臓の音、すごく大きい」
「しょうがないだろ。……ちゃんは、何でそんな落ち着いてるんだよ。俺ばっか、なんかもう、駄目なのに」
「いや、あんまりにも暴走気味だから、逆に冷静になってきて」
「酷い……。あ、でも」

 何かに気付いたように、カイルの声は微かに驚きを浮かべる。

ちゃんの心臓も、ドキドキしてる。すごい、速い」
「……そりゃあ、そうでしょう」
「俺のせい?」

 期待するような声だった。は何も言わなかったが、カイルは嬉しそうに空気を緩める。もう、と唇を尖らせ、カイルの腕を叩こうとしただったが、すぐに止めた。

「……ねえ、腕、大丈夫?」

 カイルの片側の腕には、包帯が巻かれていた。自らを傷つけてでも本能に抗った、彼自身の噛み痕だ。には痛ましく映るが、カイルは気にした様子はなく、むしろ誇らしげに包帯を巻いた腕を揺らしている。

ちゃんに、酷い事は絶対にしないって決めた、俺の意地。勲章だ」

 軽やかに告げるけれど、それがいかに大変だった事かはも想像がつく。独房の中で、彼は人の言葉を持たない野生の獣のように蹲っていた。あの姿を思い出すと、彼の意地は素直に褒め称えるべきだろう。

「でも、これからは、自傷なんてしなくて良いからね」

 あんな痛々しいカイルは、二度と見たくない。

「私が、いるんだもの……あんな風になるまで、我慢しなくて、いいから」
、ちゃん」
「……これからは、私がちゃんと、受け止めるから」

 カイルの身体が、強張るように跳ねる。を抱きしめる腕からも、ぶるぶると震えが感じられた。
 おや、と思いながらが覗き込むと、ギラギラした獣の目に射抜かれた。

「……ちゃん、本当、そういうところだよッ!」

 カイルは叫ぶと、をベッドに押し倒し、衣服を掴む。脱がせるというより、剥ぎ取るようにたくし上げると、露わになった胸元に鼻先を埋める。

「ちょ、ちょっと、カイル……ッ?!」

 いやに熱い息づかいと共に、長い舌がべろりと胸の谷間を嬲る。舐めるだとか、愛しむだとか、そういう優しく色っぽいものではない。牙が掠め、舌が這い回り、しゃぶり尽くすような危うい荒々しさに溢れている。夢中になって舐めしゃぶる様は、正に獣そのものだ。

「こんな、こんなに柔らかいなんて、良い匂いするなんて、思わなかった」
「わ、分かった、から、ちょっと……ッきゃ!」

 大きな手が伸び、下から掬い上げるように丸い膨らみが包まれる。こねくり回され、形を変える胸の頂を、犬の舌先が押し潰す。ぐにぐにと弄られ、転がされ、舐め啜られ、は吐息を震わせた。

「柔らかい、気持ちいい、ずっと触っていたい」
「ん、う……ッカイル! こら!」

 押しても身体はびくともしなかったため、一心不乱に胸をしゃぶる犬の耳を、は思いきり引っ張った。ギャン、と憐れな悲鳴が上がる。

「だから、落ち着いて、よ! あんまり強くすると、痛い」
「う、ご、ごめん」

 すまなそうに、三角の耳を垂れ下げるカイル。だが潤んだ両目は胸から離れず、まだしゃぶりたそうに熱く視線を注いでいる。なんて分かりやすいのだろう。

「逃げないから、ね」

 柔らかく言い聞かせると、カイルは小さく頷き、今度は恐る恐ると手を伸ばした。毛皮に包まれたそれが、の胸を掬い取り、やわやわと指先を動かす。喜びを漏らすように、カイルの喉はキュウッと音を鳴らした。幼い頃から聞いてきたその音は、今も変わらず可愛らしく、の心をくすぐってくる。
 だが、胸元に重なった手は、大きく力強い。肉球のある大きな手のひら、長い指、みっしりと生えた毛皮。成長した獣人の青年らしい手だった。十八歳と言えど、なんてとっくにもう彼には敵わない。やろうと思えば、など簡単に捻じ伏せられるだろう。そんな事はけっしてせず、の言葉を必死に聞くカイルは、何処までも愛おしく感じた。

「柔らかい。あったかい」

 譫言のように呟くカイルの声は、なおも熱を帯びている。

「なあ、もう一回、舐めてもいい?」
「……噛んだら、駄目だよ」
「しないから」

 言いながら、カイルは口を開けた。上下の顎に生え揃う牙が見え、何だか食べられてしまいそうだと、はそれをぼんやりと見る。でろりと、平べったく長い犬の舌が伸び、胸の頂をなぞるように舐めていく。何度も、丹念に、味わうように。

「……美味しい。何でだろう」
「し、知らないわよ……そんなの聞かれたって……あッ」

 背筋がぞくぞくし、たまらず声がこぼれる。それを隠すように唇を噛むと、カイルはやや不満そうにを見る。

「もっと、声、聞きたいのに」
「う……」
「もったいない、隠すなんて。声も、匂いも、全部甘いのに」

 わざと、言っているわけではないのだろう。恐らくカイルは、心に浮かんだ言葉を率直に口に出しているだけだ。何も考えていない。おかげでは先ほどから羞恥心を炙られ続けている。

 ふと、カイルの手が、胸元を滑り、腹部を撫でた。びく、と跳ねたの身体は柔らかく押さえ込まれる。へその下へ下りていく獣の指は、するりと下着の内側へ侵入し、秘めた場所を押した。

「ふ、ぅ……ッ」
「あ、わ……すげえ、濡れてる」

 状況説明は要らん! とは叫びそうになったが、カイルの指は恐る恐ると割れ目をなぞる。切ない疼きが瞬く間に下腹部から広がり、は白い喉を逸らした。ただ、カイルの指は、急き込んでいたそれまでと違い、何かを確かめるように恐々とに触れている。そして、溢れる蜜をひとしきり指に絡めた後――ほっと、呼気を緩めた。

「……良かった。なんか、安心した」
「ん、なに、が……?」
「俺が相手でも、ドキドキして、濡らしてくれてる」

 俺は犬獣人だから。人間とは違うから――暗にそう言っているような気がして、は小さく微笑む。
 馬鹿だな。こちとら生まれた頃から、その犬獣人と共に暮らし、成長してきたのだ。一体、何を気にするというのだろう。

「……だいたい、それは、私の台詞だよ」
「……え? どうして」
「私は、あんたと五つも離れてるのに」

 町の治安を日夜守る、警邏部隊の若き隊員。
 年下の弟分が立派な姿になり誇らしく思う一方、いつか彼が「ちゃん」と名を呼び駆け寄ってきてくれなくなるのではないかと不安に思っていた。自身で発破をかけておきながら、常に気にしていたのはの方だった。それでカイルを悪戯に傷付けたのだから、なお悪い話だと思う。

ちゃんは、ちゃんだよ。小さい頃から、ずっと、大好きな」

 真っ直ぐと告げる、その瞳のしたたかさときたら。眩しくて、裏表がなくて、暗がりの中でありながら酷く輝いている。一生懸命、後ろを追いかけてきた幼少期から、まるで変わらない。だから、はカイルを愛おしく思うのだ。

「嘘じゃないのに。酷い」
「そうだね……知ってた。ごめん」

 は、カイルの頭に手を伸ばし、三角の耳を揉みながら撫でる。気持ち良さそうに、その両目は細く閉じられた。

「だから、良いよ。好きなように、してくれて」
「……こっちの方も、触っていいか」
「もう、触ってる」

 口元を緩めるに、釣られてたようにカイルも小さく笑う。それから再び、カイルはの秘所に触れた――かと思ったら、の両足をがしりと掴んだ。

「んえ?」

 下着が、力任せにずり下げられる。全て抜き取らず、太腿に絡まったまま、の両足は割り開かれてしまった。

「ちょ、ちょ、ちょ!」
「い、いいって言ったじゃんか!」
「い、言ったけど、こんな恰好に、していいとは……!」

 膝を曲げ、強引に広げられた両足。何も隠せなくなった秘所が、カイルの眼下に晒されている。
 見せつけているような、こんなはしたない恰好を了承したわけではない。
 反論を込めてカイルを見るも、ああたぶん言葉は届かないな、とは悟った。彼の目は、興奮に逸り、煮えるような熱で染まっている。獲物でも見つけたように、の裸体と濡れた秘所に視線を注ぎ、息を荒げている。姿形は白と黒の毛色をした犬だが……野で生きる猛獣となんら変わらない危うさが透けていた。

「犬の獣人の舌は、長いって。だから、こういうのが、一番良いって」

 一番良いって、ナニが?!

 何をしようとしているのか、分かる。分かってしまった。呆然とするを他所に、カイルは両足を引き寄せ、抱きかかえる。しなやかな身体を屈め、の下腹部に顔を埋めると、ためらいもなく舌で舐め啜った。

「そんな、とこ……ッや、あ……ッ?!」

 ぴちゃぴちゃと音を立て、執拗に舌を這わせる。切ない疼きが、急に鮮やかな快楽に代わり、は喉を震わせる。
 足を閉じようとしたが、びくともしなかった。ほんの僅かすら動かせず、どうにか身動ぎをしてもそれすら軽々と抑え付けられる。男性の、それも獣人の力がどれほどのものか、改めて理解する。は、ただただ身体を差し出し、しゃぶりつかれているしかない。

「は、あ……ッいい匂い……。なんで、こんな」

 言葉の合間に、低い唸り声が混ざっている。尻尾が揺れているのは、歓喜だろうか。の下半身に縋りつき、陶酔する様は、何処かやはり人間とは違う“獣らしさ”が溢れている。
 散々に舐め啜られるの下半身は、どろどろに濡れそぼっている。既にもう、どちらの体液かも定かでない。下腹部の深い場所から、甘く熱い快楽がじんじんと纏わりつき、は湿った呼吸を繰り返す。

「カイ、ル……ッ」

 びくびくと跳ねる両足に、上手く力が入らない。ただ太腿を掴み、何度も撫でるその手の感触は、痕が残りそうなほどに感じる。

「可愛い。ここも、綺麗で、ぐちゃぐちゃで」
「う、や……ッしゃべ、らないで……」
「――甘い」

 そんなわけないでしょ止めてよ馬鹿、と言おうとして――やはり言えなかった。
 焦点が揺れ、ゆらゆらと妖しく光る獣の眼。ああ、理性が飛ぶとは、きっとこういう表情を指すのだろう。舐めしゃぶる舌と、重くねばついた蜜の音で、ぼんやりと甘く思考が霞む。食べ尽くされてしまいそうな想像も過ぎり、少しの恐ろしさを覚えたのは事実だが、必死にへ縋っているようにも見える。獣人と比べればあまりにも頼りなく脆弱な人間に、だ。柔らかい愛しさが、不思議との中で増していく。
 蕩けながら、はカイルの頭に手を伸ばす。くに、と三角の耳を摘まみ、揉むように撫でれば、カイルの背がぶるぶると震え出す。直後、彼は勢いよく顔を起こし、身体を離した。

「ッもう、無理。ちゃんの中、入りたい」

 嘆願するカイルの下半身は、衣服を窮屈げに押し上げ、主張している。だらしなく開いたの両足の間に、カイルは腰を割り込ませようとしてきたが――は静かに、柔らかい毛皮に覆われたカイルの腹部に手のひらを重ねた。

「待った」

 にべもなく制止されたカイルの顔は、分かりやすく絶望を帯びた。
 まさかこの期に及んで、やっぱり止めて欲しいだなんて、も言うつもりは毛頭ない。

「……ね、私にも、させてくれない?」

 垂れ下がったカイルの耳が、ピンッと立ち上がる。を見下ろす瞳に、淡い期待が浮かんだ。

「え、そ、それって」
「私ばかり、されるのは、悪いでしょ」

 これでも喜ぶ事はしてあげたいと思うタチなのだ。は甘く疼く身体をベッドから起こし、呆けるカイルに向き合った。

「ね、カイルの、見せて」

 全て言わずとも、理解しただろう。カイルはあたふたと戸惑いながら、自らの衣服を脱ぐべく手を掛ける。だが、慌て過ぎているせいで、太い指は絡まったような動き方をしていた。

「ちょっと、そこまで慌てなくても良いのに」
「だ、だ、だって、言われるなんて思ってなくて……嫌だとかきもいとか、言うなよッ絶対!」
「落ち着け」

 ああ、そうやって慌てる姿は、いつもの年下の可愛いワンコだ。
 は薄く笑みをこぼしながら、手を伸ばし脱衣を手伝ってあげた。留め具を全て外し、窮屈になった前を寛げる。その一挙一動を、カイルは興奮しきった目で痛いほどに見下ろしてくる。熱を灯したままの吐息を感じるものの、はというと「そう言えば小さい頃もこうやって脱がしてあげた事あったなあ」などと思い出を蘇らせていた。
 ぐ、と力を込め、衣服を下ろす。その瞬間、の眼下へ、硬く張り詰めたカイルのものが飛び出してきた。
 少しクリーム色がかった腹部の毛皮の中から伸びる、鮮やかな赤い色をした剛直。人間のものとは異なり、傘が張ったようなキノコ型ではなく、先端が尖り幹の方がやや膨らんでいる。正しく犬の生殖器と同じ形をし、だがそれ以上に大きく張り詰めたそれは、天井に向きひくりと震えている。

 ……いや、うん。とても、立派。

 泣きじゃくりながらも後ろを追いかけてきた、あの幼少期。あれからもう身体もぐんぐんと成長し、子犬から立派な番犬へ成ったのだ。比べてはならないと思いながらも、は静かに、彼の成長ぶりを見せつけられた。

「……大人になったんだねえ、カイル」
「何処を見てしみじみ言ってるんだよ!」
「ごめん。……ねえ、触っても、良い?」

 途端に、カイルは声を詰まらせ、視線を泳がせた。数秒後、彼は酷く小さな声で「や、やだ……」と呟きを漏らす。たが、伊達にも長い付き合いをしていない。カイルの両目が期待で輝き、尻尾がふわりと横に揺れた事は、しっかりと見ている。そして、眼下にある彼の半身が、ビクンッといやらしく跳ねた事も。

「カイルも散々舐めたんだから、私がお返しをしても良いと思うな」
「で、でも、俺、今本当に……ッキャン!!」

 指先で、つい、と硬い幹をなぞっただけだ。不意に上がった、子犬のような、女の子のような鳴き声に、よりもカイル本人の方が驚いている。尖った口に手を添え、何処か信じられないような表情を浮かべていた。

 よりもずっと大きく、力もある犬の獣人が、戸惑いに暮れている。期待と、喜びと、少しの不安を混ぜて、を熱っぽく見つめている。なんて、可愛い生き物なのか。はうっとりと微笑んでしまった。町を守る番犬に成長した今も、それは変わらない。

「……ね、カイル、寝転がって」
「う、、ちゃん」
「これ、もっと、触るから」

 つん、と指でつつけば、カイルはごくりと唾を飲み込む。が胸を押して促せば、困惑しながらもその身体を後ろに倒した。
 はカイルの下半身から衣服を全て脱がし、モコモコの毛皮が覆う太腿へにじり寄り、寝そべった。

「カイル、両手は、ベッドの上」
「えッ」
「で、待て」

 二つ続けて“お願い”をすれば、カイルは困り切った顔をした。の頬に触れようとした指が、弱々しく宙をさまよう。

「そん、な、俺もちゃんに触りたい……」
「駄目。私の番、でしょ?」

 はにこりと微笑みを向ける。彼にはきっと、底意地の悪そうな笑みに見えているだろう。

「本と世間話の知識しかないけど、頑張りますよ。大丈夫、気持ち悪いなんて、絶対に思わないから」

 は、目の前で屹立するものを、じっと見つめる。指を伸ばし、優しく包むと、びくりとまた跳ねた。大きくて、温かい。いざ触れてみるとその重量感を感じ取り、怯んでしまいそうになったが、近くから聞こえる期待に満ちた息遣いのおかげで意気込みが萎む事は無かった。

 えっと、確か、いきなり扱くと痛い人もいるんだっけ。

 唾液などを塗り付け滑りを良くするといい、という知識を引っ張り出しながら改めて撫でてみると――尖った先端から溢れる、透明な先走りで、いくらか既に濡れていた。これを使えばいいかと、はそれを指先で掬い、硬く張り詰めた幹に塗り付ければ、抵抗なく滑るようになった。

「う、あ……ッ」

 カイルの口から、上擦った声が漏れる。指で作った輪っかに剛直を通し、加減を探りながら優しく撫でる。震えた声がさらに甘さを増し、喉がキュウッと甲高い音を奏でた。
 ぞくりと、の身体が疼く。目の前にいるのは、人間よりも遥かに強靭な獣人の男だ。それが、されるがまま、子犬のような声で可愛らしく喘いでいる。拾い集めた知識で行う、拙い愛撫に、心底気持ち良さそうにして。
 そういう風に声を奏でられると、楽しくなってきてしまう。
 ただ純粋に、カイルを喜ばせたいと思っただけだった。これまでの態度の謝罪と、今後への誠意と、きちんと向き合おうという決心を伝えられたらと、なりに考えたのだが……そういう姿を見せられたら、意地悪っぽくもっとしてあげたくなる。

 嗜虐趣味の類は、全く無いはずなのだが……。お姉ちゃんを辞めたら、痴女に成り下がってしまった。カイルごめん。

 心の片隅で小さく謝りつつ、は指を止めない。くちくちとねばついた音を鳴らし、上下に撫で擦る。

「なんだっけ、なんて言ったっけ? カイル」
「あ、あ……ッふ、う……ッ」

 あの独房で、自傷に走ってでも抑え込んだ、煮えるような獣欲。
 押し倒し、匂いを嗅ぎ、隅々まで触り、犯し尽くしてやりたい。泣いて嫌がってもけして止めず――カイルは、そんな事を確かに口走った。

「カイルが舐めた分、私に触らせてくれたら、いいよ」
「あ、ぐ……ッ?!」

 毛皮に覆われたしなやかな青年の身体が、ぎくりと跳ねる。リネンを握り締める手は、必死に耐えるように震えている。
 ちらりと見たカイルは、犬そのものの頭部をしているのに、今どういう風に思っているのか、どんな風に感じているのか、全ての感情が鮮やかに読み取れる。もともと犬という生き物は、すぐに顔に出て分かりやすい。その可愛らしい傾向は、本当に素敵な事だと思う。

「あ、あ、ちゃ、俺、もう……ッ!」

 次第にカイルの腰が、ゆらゆらと動き出す。我慢出来ないという風に揺すり、彼の方からの手のひらに擦り付けてきた。

「わッカイル?」
「ひどい、ちゃんのばか……ッおれ、もう、むり」
「無理って?」

 知りながら、は尋ねた。カイルは熱く潤む瞳を、ぐっと閉じると、吼えるように叫んだ。

「う、う……ッあ、あ、出したい、出る、出る……ッ!」

 直後、両手で包んだ強直が大きく震え、尖った先端から白い欲望が吐き出された。目の前で弾けたそれは、の手どころか胸元まで濡らしていった。
 どくどくと溢れるその量と熱さに、はさすがに驚いたものの、真っ先に感じたのは喜びだった。自分でも彼を気持ち良くさせる事が出来たという、純粋に嬉しく思う感情だった。
 の手の中で、カイルの半身が跳ねる。びゅく、びゅく、と断続的に白い精をこぼし続ける。しばらくし、彼の身体は弛緩し、心地良さそうに吐息を響かせたが……すすり泣くようにクンクンと喉を鳴らし始めた。
 これは……切ながっている時の声だ。

「あの、ごめんね。意地悪言った? 痴女っぽかったよね、ごめん」

 は手に飛び散った白い精を適当にシーツで拭い、身体を起こしカイルの頭を抱き寄せる。先端が折れ曲がった三角の耳は、ぺったりと垂れ下がっていた。今ので、何か、気に障る事でもしてしまっただろうか。

「俺、もう、いっぱいいっぱいだから、駄目だって、言ったのに」
「ご、ごめんね」
「俺、かっこ悪い。普段はこんな、早くないのに!」

 え、気にしているところ、そこ?

「いつもこんな、早くないから!」
「分かった、分かったよ。カイルはかっこ悪くない」

 よしよし、良い子良い子、とは何度も項垂れるカイルをあやす。カイルの方からも腕が伸び、の身体を抱きしめる。肩口に犬の顔を埋め、クンクンと甘えた音を奏でている。怒っているのか、弁明しているのか、それとも甘えているのか。色んな感情をひっくるめた抱擁を受けながら、はひたすら慰め――そして気付けば、再びの背はベッドに倒れていた。

「……カイル、復活するのも、早いね」
「そこは褒めて欲しい!」

 つい今しがた吐き出したばかりだというのに、の腹部をぺちりと叩いたものは、弱る事なく欲望で硬く張り詰めている。罪悪感は抱く必要など無かったらしい。必死に慰めた数分を返してくれないか。呆れながら見上げたの正面に、カイルの顔が近付く。鼻と鼻がキスしてしまう距離のもと、見下ろす瞳は褪せぬ熱が渦巻いている。
 大きな手が、の太腿に触れた。撫でるように滑り、優しく、けれど力強く抱える。

ちゃん、好きだ――」

 平べったく長い舌が、の唇をなぞる。割り開いた両足の間に、カイルの腰が押し込まれる。硬い剛直の先端が、濡れそぼった小さな入口へ重なり――。

「ッあ……」

 びく、との肩が震える。両脇にあるカイルの手を咄嗟に掴むと、握り返され、さらに先へと彼が沈み込んだ。
 狭い洞をこじ開けていくような、途方もない窮屈さと圧迫感。想像より遥かに重い質量を伴い、の胎内を押し広げ満たしていく。息が詰まりそうになり、知らず内に奥歯を噛み締めたが――ふと、聞こえてくるのは、カイルの熱い息遣いと、酩酊したような呻き声だった。

「ッふ、中、熱くて、きつい……やばい、気持ちいい」

 譫言のような呟きに、は微笑む。しかし、ふふっと肩を揺らすと繋がった場所から鮮烈な痛みが迸り、苦しさをどうしても隠せない。冷たい汗が滲む、不格好な笑みになってしまった。

「ん、く……ッよかった」
「あ……ッごめ、ごめん、ちゃん」
「ばか。謝る事じゃ、ないでしょ……」

 そういう風に、困った顔なんて、しなくてもいいのだ。望んだのは、でもあるのだから。
 まったくカイルは、愚かなほど一途で、そして何処までも優しい。独房に居た時もそうだったのだ。犯し尽くしたいという獣欲を煮えさせながら、それを上回るほどの正義感と自身の意地を貫いた。きっと今も、が止めてと言えば、本当に止めるに違いない。
 だから、言わない。
 止めてくれと、その言葉だけは、けっして言わなかった。

「カイル、嬉しい……?」
「あ、う、嬉しい。ずっと、こうしたかったんだ」
「そっか――私も、だよ」

 カイルの目が、瞠目する。は、にこりと、笑いかけた。

「嬉しいね、お互いに、さ」

 頭上の犬の頭に、手を伸ばす。くしゃりと撫でれば、カイルはぎゅうっと目を閉じ、押し込んだ腰を激しく揺すった。ぎしりと、ベッドが軋む音色を響かせる。
 技巧も何もあったものではない、力任せの律動だ。の足を抱え、縋るように身体を折り重ね、がむしゃらに振り立てる様子は、正しく獣。四本足で歩く犬とまぐわっている気分になる。だが、そのがむしゃらな仕草が、酷く愛おしい。
 すっかり身体は大きくなり、もこもこの毛皮の下には日々の警備で培った筋肉がある。が抱きしめて包み込んであげていたのに、今やの方がすっぽりと抱きしめ包まれている。幼い頃の可愛い弟分は、もう何処にも居ない。獣人としても、男性としても、強く逞しくなった一匹の雄がそこにあった。
 そんな雄が――腕力で劣る人間の、それもたかだか市民の女を、懸命に求めている。
 これが、嬉しくないはずがない。
 ぶり返すたびに内臓を引っ掻く痛みと息苦しさも、全く気にならない。カイルの熱と律動で全て熱く染められ、むしろもっとそうしてくれないだろうか。

ちゃん、ちゃんッ」

 だらりと舌が伸び、唾液と、激しい吐息が、へとこぼれ落ちる。全身をガクガクと揺さぶられながら、はその姿を必死に視界へ収める。

「……名前」
「え」
、で良いよ」

 途端、瞠目したカイルは乱暴にの裸体を抱き寄せ、ぎゅうぎゅうと毛皮が覆う胸に閉じ込めた。

「あ、あ、出そう……ッあ、出る、出る……!」

 激しくカイルは戦慄き、の奥深くを穿ち、最奥目掛けて精を吐き出した。
 流し込まれる音が聞こえてきそうな奔流は、熱く、の中を満たす。爪先までぞくぞくとして、もカイルにしがみつき全身を戦慄かせる。
 余韻で、いつまでも脳が蕩けてしまいそう。力なく弛緩する身体を預けたまま、ほう、と甘く溜め息をつく。

「カイル……」

 名を呼べば、伏せていた犬の顔が起き上がった。どんな表情をしているのかと窺ったが――ギラギラした眼光で、再度射抜かれた。

「え? あ、あれ……?」
「……足りない」

 暗がりの中、獣の眼差しはなお強く、獣欲の光を放っている。どろどろに蕩けた声は、甘ったるく、けれど危うい獰猛さも滲ませている。

「全然、足りない」

 治まらぬ熱を剥き出しにした言葉が、暗く響く。の中に埋まった剛直は、再び律動を始めた。

「カ、カイル、ちょっと……ッふぁ?!」

 仰向けに転がるの身体を抱えたかと思うと、強引にうつ伏せの体勢へ変えられる。膝を立たせ、腰を突き出した恰好になったを、カイルの両手がむんずと掴み寄せる。後ろから覆い被さり、激しく腰を打ち込んだ。

「あ、ああ……ッ!」
「まだ、抜きたくない。の中に、もっと居たい」

 がむしゃらに、欲望が叩き付けられる。勢いを全く失っていない二度目の精を胎内に浴びせると、その後も抜かず狂おしい快楽に追い縋る。
 休む暇もなくもたらされるカイルの熱と獣欲が、全身を染めていくようだ。こんなの、苦しいのに、甘くて溺れてしまいそう。

「だからって、あ……ッ! もうちょっと、ペースとか、気遣いを……ッんう!」
「たくさん、触って良いって、言っただろ!」

 言った。確かに言った。
 だが、こんな風に絶え間なく抱かれる事を、言ったわけではない。

「どうせ、一回出したら抜けなくなるんだ。だったら、抜けるまでの間、あ、たくさん……!」

 ……一回出したら、抜けなくなる?

 今、さらりと恐ろしい言葉を聞いた気がする。は問いただそうとしたが、腰を掴み、腹部を撫でられ、思考がまた蕩けて崩れてしまう。
 何だかもう、これでは本当に、野で生きる獣ようだ。男女の営みというより、もはや獣の交尾と変わらない。
 飢えた獣のように貪り付く。きっとそれは今のカイルを指すのだろう。なら、今よりも、もっと浅ましいのだろうか。発情期の最中にあるという、獣人の昂りは。
 想像もつかない恐ろしさに、身体が震える。けれど、少し、ほんの少しだけ、見てみたいような気がした。知らない事を少しでも減らしたいなんて、馬鹿な好奇心だけれど。
 そんな事を思い浮かべる程度には、はカイルの事を愛おしく思っているのだ。狂おしい快楽に耽り、獣の本能を剥き出す今ですら。

「――もう、絶対、逃がさない」

 カイルは唸り声を漏らし、の赤く染まった項に鼻先を押し込む。べろりと舐め上げ、口を開き、牙を押し当てた。
 次の瞬間、迸った、噛まれた感触。痛みとも疼きともつかない感覚が、首の後ろからビリビリと全身に広がっていく。

 ――まったくもう、あんたは、本当に……!

 この馬鹿犬、と叱り付けようとしたが、の唇からこぼれたのは歓喜で濡れた甘ったるい泣き声だった。


◆◇◆


 ――あの後の事は、あまり思い出したくない。
 抜きたくないと恐ろしい駄々をこねた犬は、それから本当に一度も抜かず、何度となくを求めた。気絶するように眠ったのは、恐らく日付が変わってからだった。

 そしてが次に目覚めた時、目の前にいたのはいやにツヤツヤした毛並みのカイルと、キャッキャとはしゃぐ母、そして一人椅子に腰掛け項垂れる父の姿であった。
 うんと小さい頃からの幼馴染みであるとカイルの関係が、どのような場所に落ち着いたのか。説明するまでもなく全て伝わっている事は、もう明白であった。

 このどうしようもない浮かれ方では、迷惑を掛けたカイルの同僚や上司の虎獣人の隊長などにも、早々に話が拡散されてしまう。いや、もしかしたら既に、されているかもしれない。

 ――カイル、覚えておれよ。

 羞恥心で死ぬかと思ったは、その後デレデレと浮かれるカイルに説教をした事は言うまでもない。



 とはいえ、も、今回の事で色々と反省させられた。
 十八歳の若さと、獣人の底無しの体力の恐ろしさ……いやそれだけでなく、カイルのそこまでかという一途な性分と、に対する恋慕の深さ、それに比例した獣欲を、自身の身をもって学んだ。(まさか丸一日ベッドの住人になるとは思っていなかった)
 長年、彼を蔑ろにしてしまったにも非はある。彼は「もう気にしてない」と笑うため、蒸し返すような事はしていないが、これは今後もを戒めるだろう。

 これからは、これまでの分も含め、きちんと彼と向き合わなければ。
 弟扱いは止め、一人の男性として、きちんと……――。

ー!」

 通りの先から、黒と白のツートンカラーの犬獣人が、風を巻き上げる勢いで駆け寄ってくる。

「お店の人に全部説明して、腰とか身体とか、よく効く薬選んでもらった!」

 警邏部隊で鍛えられた速度と、よく通る声で、元気に叫ぶカイルときたら。
 往来を行き交う人々から全てを悟ったような優しい微笑みが向けられた上、十代の子たちからは突き刺さるような視線が集中した。
 いくらか復活したものの、腰と股に鈍痛を抱えるへ、全て漏れなく。

 一人の男性として、弟扱いは止め……止め……

 止めようと思っているというのに!!

「カイル!」
「はい!」
「ちょっとそこ座んなさい!」
「はい! すわ……ええ?!」
「もっと落ち着いて行動しろって、姉ちゃんいつも言ったでしょうが!!」

 ――この真っ直ぐ馬鹿のワンコを躾けるには、まだまだ当分、時間が掛かりそうだ。



さらっと読める、年下のワンコ獣人と年上の人間女性の話でした。
気分を原点に戻してみる、みたいな気持ちと、年下のデカイワンコを(自分なりに)ヒンヒン言わせてみたかったのでこうなりました。

カイルの具体的な犬種は当てはめていませんが、ボーダーコリーみたいな外見をちょっと思い浮かべています。
もちろん皆様の、お好きな犬種で味わって下さいませ!

一口に【人外好き】と言っても、その分岐は多種多様。
その中で私の性癖は【全身まるっと人外】で、人から離れていれば離れているだけドチャクソ興奮します。
そして獣人はやはり、全身フル毛皮の獣頭であってこそ!
私は今後もこの沼地で元気よく沈んでいたいです。


2021.04.04