そして果たされる約束(4)(18禁)

 仕事に身が入らないとは、正にこの事だ。これまでのディランであったならば、例え繁殖期真っ直中だろうと、自警団の仕事を放り出しぼうっとする事などない。満月の夜が来ると分かっている当日は、どうしてもそわそわする独り身の獣人たちが現れる中で、ディランただ一人は普段通りの鉄仮面ぶりであった。彼自身も自覚しているが、それは別に無理に耐えていたという訳ではない。望んだ番の彼女が近くに居ない事が明白だったからだ。おかげで周囲の人々からは【堅物】と揶揄されるほどの、望んで得た訳ではない鋼の精神ばかりが鍛えられた。
 独り身で番探しに躍起ならないなんて、不能な雄以外に居るとは思わなかった――――などと失礼な事をぬかした、その昔近所の悪たれ小僧で有名だった鳥人の男を、ディランはとりあえず無言でぶん殴っといた。

 毎年毎年、番はどうのこうのと言われ続けてきて、それでも答えは「いいや」であったのが、堅物の狼獣人……ディランである。

 そんな彼が、だ。まるで手のひらを返したように、季節を迎えた雄特有のあからさまな動揺と落ち着きの無さが顕著になっていると、それはそれで周囲は驚いた。そして田舎のネットワークというのは、恐ろしいほどに伝達が早く拡散する。あのディランがようやく繁殖期に反応を示した、と。さらには余計な事を口にする者は何処にでも居り、「丁度今ちゃんが里帰りしてて」なんて言ったらしく、ご覧の通りだ。日中、ディランは自警団のこの日当番を勤める者たちに、散々構われた。満月の夜に当たる日は、独り者の獣人は殆ど使い物にならないので、もっぱら家庭持ちの者たちでしかシフトを組んでいないのだが、いつものように当番が入っていたディラン。その顕著な変化を自ら暴露する事になり。

「ディランも遂に春が」
「明日は全員に言いふらしてやるからな」

 いつも以上に疎ましい同僚たちに、ディランは何も言わなかった。いや言いふらして回る事については容認していないので否定は入れたが、事実、その通りであったのは前者の言葉であった。あれほど興味の無かった満月の日が、戻ってきた彼女の存在のせいで、獣人の本能に一気に火を付け平常心を奪っていったなんて。考えるなと思ってみても、土台無理な話だ。つい昨日、その彼女に宣言している。満月の夜、会いに行くと。
 馬鹿か、夜這いを宣言する獣人が何処にいる、いや此処に居るか。
 ディランは書類を捌きつつ思考は悶々と彼女の事ばかりを思っていた。いっその事、もっと周囲が喧しくしてくれれば良い、まだ気が紛れるだろう。

 彼女は、もう町を出ているだろうか。それとも宿屋に居るのか。もし居たら、あの口はどんな言葉を口にするのか。行使力のない約束に十年も捕らわれて、時に夢想したこの獣人に対して。すっかり大人になって一層悩ましく美しくなった彼女は、柔らかな声で何を。

 ――――と、ディランは、自らの足を思い切り机の脚へガツンとぶつけた。痛みに気を紛らわせる原始的なやり方で、既に日中からくすぶる情欲を無理矢理抑えつけた。

 ……他の獣人たちは、こういった葛藤を乗り越えて種族の習わしに従ったのだろうか。番に選んだ雌のところへ会いに行き、添い遂げるよう想いを伝え、そして。
 こんなクソ恥ずかしいものだったのか、認識が甘かった。彼女の記憶は引っ越しした日から止まっていると思っていたが、それはまた己の事でもあったと握りしめるペンがギリギリと音を立てる。なまじ、十年も時間を置いた事も原因だ。時間と共に増した欲求が此処に来て、願望が果たされるか否か、期待と恐怖で打ち震える。
 気が、狂いそうになる。繁殖期に雌狂いする輩を稀に見たけれど、今なら分かるような気もする。いや分かりたくないが、根本の欲求はほぼそれにも近しいので否定しきれない。

……どうしてるだろうか)

 彼女の顔が見たい、などと、幼馴染みの兄の一線を越えようとしている自分をどんな風に思っているかも分からない癖に、身勝手にも。




 は、せっせと宿屋で借りた部屋を片づけた。鞄の中に道具と衣類を詰め込み、道案内の役に立たなかった地図はペイッとごみ箱へ放り込む。それから自らの身なりを整えて、髪を解かす傍らで懐中時計を開いた。もう夕暮れ時だ。そして、夜になる。きゅ、と顎に力を込めて引き、鏡を見据える。

「……大丈夫」

 何に対してという訳ではない呟きをこぼし、は立ち上がった。そして鞄を取って、カウンターへと向かう。ちょうど其処には女将が立っており、彼女はを見て「もう行くのかい?」と告げた。は首を振り、最後のお願いをした。

「お金は支払いますから、あっついお茶を作ってこれに入れて貰えませんか?」

 そういって、鞄から突き出ていた都市で買った保温性抜群の水筒を差し出す。女将はますます不思議そうな顔をしたが、「別にそれくらい構わないよ」と支度をしてくれた。
 熱々の茶をたっぷりと注がれたそれを受け取って、ようやくは宿屋を後にした。外は、もう薄暗い。茜色の空も、いつの間にやら藍色が見上げた先の大部分を染めていた。鞄を肩に掛け直して、は歩き出す。空気は色めき、なのにまるで何かを待つように静まり返った町の風景。それを見渡し、彼女の足は――――。




 空がいよいよ夜を迎え暗くなろうとした頃、ディランは自警団の駐屯所を後にした。同僚たちのニヤニヤした顔が実に憎らしい。あれは例えこの夜が成功しようがしなかろうが、翌日には触れて回る気満々な表情だった。迷惑極まりない、とは思ったけれど、あれこれ横から助言をしてくる彼らに感謝は……僅か数ミリ程度には感じている。
 帰路につくディランの鼻が、空気を嗅ぎ取る。極端なほどに静けさを漂わせる、夜の町。普段もそうであるが、今ほど沈黙を孕んでいなかっただろうに。これから何が起きるのか、町そのものが理解しているような光景だった。
 余計に、目の前が眩む。
 一度自宅に戻ったら、頭から冷水を被ってしまおう。ディランはそう思っていた。でなければ、吐く息さえも興奮に震え、獣の呻き声を漏らしてしまいそうで。ディランの長い足は、いつも以上に早足に進んでいた。

 その後、ディランは自宅に入るや風呂場に直行し頭から水を被った。へっくし、と気の抜けたくしゃみが出たがその肌寒さが丁度良かった。頭をタオルで拭きつつ、ふと窓辺から見えた空を見上げた。
 金色の満月が、浮かんでいる。
 これまでにおいて、それは忌まわしい象徴であったけれど。獣人の本能だろう、今ほど焦がれた事はなかったはずだ。ただ、その本能が報われるかどうかは、定かでない。叶えば奇跡、破れれば必然……それくらいは覚悟していた。自警団の制服は脱衣場へ脱ぎ捨て、私服の黒いシャツと同色のズボンへ着替える。そろそろだろう、と誰に教わったわけでもなく思い、玄関の扉を開けた。急に寝静まった町が、ディランの周囲に広がっていた。

 が宿泊している宿屋は、玄関に小さな明かりを灯して佇んでいた。宿屋の女将なども満月の夜の習性は知っているはず、とはいえ顔を合わせるのは気まずいか……と考えながら、宿屋の扉を押し開けた。中はやはり静かで、正面のカウンターには……誰も居ない。店番を放棄したわけではない、奥には居るのだろうが顔を見せるという野暮な事はしないのだろう。ゴツリと靴の踵を鳴らして足を進める。ふと、ディランの目にカウンターの紙切れが止まった。丁寧な文字で、【へ用のある客へ】と書かれている。おいおいこんな置き方、と思ったがディランは紙切れのその下にある、折り畳んだ別の紙切れを見つけた。首を傾げつつ指に挟み、広げる。其処に書かれていた文字に、彼はハッと息を飲んだ。




 日中のざわつきはどうしたのやら。急に静まりかえった無音の町に、少々の不気味さを抱いた。
 町の建物から明かりが次々に落ちていったのは、先ほどの事だ。この夜が如何なるものなのか体現しているし、後押しさえしているようでもある。ざわつきを胸に走らせながら、は民家の立ち並ぶ小さな隙間に腰を下ろす。光がない。少し不安になり、月明かりの下へ移動し直す。鞄を改めて横に置き、ふう、と息を漏らす。その音さえ、ある意味不自然な沈黙に響いているように聞こえた。カーディガンを手繰り寄せて、胸の前でぎゅっと合わせる。
 パチリ、と懐中時計を開いて、時刻を確認し丁寧に閉じる。緊張と恥ずかしさか、内側から心音が聞こえてくる。抑えつけながら、あっつい茶の入った水筒を引っ張り出して蓋を開ける。ほかほか、と上がる湯気に顔を近づけ、口を付ける。

「――――お前、何してんだ?」

 ぶほ、とは咽せた。宿屋の女将は本当に熱々に作ってくれたようで、舌先に感じた熱さが余計に煽る。頭を揺らしながら、顔を上げる。月明かりの落ちる幅の細い通りに、長身な人影。はたり、はたり、と尻尾が左右へ揺れている。
 ドキリとしながらも、は影の主をじっと見る。

「こ、こんばんは、ディラン」

 黒いシャツとズボン、簡素な身なりなのに彼自前の銀色の毛並みのせいか、この夜に浮かび上がっているようだった。背後に見える満月が、実に彼へよく映える。その彼はというと、呆れを含んだ面持ちをへ見せていた。けれど何処か普段と違う様子は、一瞬見ただけでも察した。まだ気付かないふりをし、は視線を泳がす。

「……お前、何をしてるんだ」
「えっと、ディランの家の横に、座ってる」

 そう、は丁度、ディランの家の脇の細い路地にしゃがんでいた。月明かりもよく当たるので、民家の横で堂々と座っているその姿はさぞ異様でもあっただろう。

「……メモ紙、見たぞ」

 うん。は頷く。

「『貴方の家で待ってます』と書いてあった」

 ……うん。今一度、ゆっくりとは頷く。

「……お前、俺がかなり緊張して行ったってのに。ものの見事に出鼻をくじいてくれるな」
「え」

 やや緊張したの声が、素っ頓狂に響いた。次いで、ディランの溜息が落ちる。

「……どういう意図かは置いといて、その場で待っているのが基本だ。離れるという行為の時点で、拒絶を意味している」
「いや、その」
「……が、どういう訳かお前は残っているから、もう良いか」

 すう、と狼の瞳が細められ、を見つめてくる。気まずくなり、三角座りした自らの膝を胸の前へ引き寄せる。

「……宿屋、だし。公共施設、だもの」

 目の前で、息を吸い込む音が聞こえた。はこみ上げる羞恥心に眉をひそめ、立てた膝に顔を埋めた。


「……す、少しだけ、良い?」

 ディランの低い声を遮り、水筒を置くと片手で隣をぽんぽんと叩く。顔は膝へ、埋めたまま。意味は分かるだろう。
 ディランの動く気配がし、足音がゆっくりと近づく。そっと視界を上げて覗くと、丁度彼の靴が目の前を横切った。そして隣へすっと腰を下ろすし、彼の纏う大きな存在感が真横から放たれる。

「……どうしても、聞きたい事があって」

 がそう呟いたのは、数分にも感じられるほどの重い沈黙は漂った頃だった。

「……あの時、私が此処を引っ越す時、貴方は番探しの季節を迎えた」
「……ああ」
「……わ、私を番にと選んだのは……き、季節のせい?」

 ディランの顔が、へと向いた。それが分かり、は顔を伏せる。三角座りをしているのに、一層肩を狭めて小さくなった。

「い、今も、季節の……せい……?」

 言葉にするのは、たったこれだけの短い一言であるというのに。それを全て言い切るには、用意していた勇気では足らなかった。語尾が小さく、しまいには掠れてしまう。心臓がドッドッと激しく拍動を刻み、肉体の内側から苦しさが感じられた。

「……きっかけが、季節だっただけだ」

 ディランの声が、俯かせた頭の天辺へ落ちてくる。

「多分きっと、番探しの季節じゃなくても、俺は……お前を番にすると随分前から考えてたんだろうな。抑えてたもんが、その時吹っ飛んでいっただけで」

 冗談か否か、迷うほど馬鹿ではない。この声を聞いて冗談だと笑えるはずもない。かといって、格別の安堵を得たわけでもなかった。そんな前から懸想してくれていた事を、素直に喜んでしまってよいのかどうか。嫌悪を感じてはいないが、複雑な心地がする。はぎゅうっと肩を狭めた。

「……そっか」

 しばらく押し黙った後、が紡いだのはその一言だけだった。

「……俺からも、聞かせてくれ」

 這うような低い声、は身構えてやや顔を起こす。視線は目の前の月明かりに白く染まる路地に向けてはいるが、片隅で動くディランの気配に震えてしまう。

「俺を殴れそうな武器は、持っていないのか」
「……うん」

 あるのは鞄と、水筒と、我が身だけだ。

「町から出なかったのは、自分の意志か」
「……うん」

 町を去るつもりだったのなら、もう既にこの場には居合わせていない。

「……拒むなら、徹底的に拒めと、中途半端にやるなと言った。俺から見て、今そうしていないように見えるが……」

 低い声が、熱く耳元で鳴った。

「……それは、お前を貰えるんだと自惚れて、良いのか」

 声がつっかえた。代わりに、伏せた頭を頷かせた――――瞬間だった。
 真横から伸びた、黒いシャツに包まれた太い腕にの腰が奪われる。三角座りだった姿勢が崩れ倒れ込みそうになって、腕を反射的に地面へ伸ばし庇ったが、手のひらは虚空を掠め、それどころか目線が一気に浮上する。

「ッえ、ちょ、ちょっと……?!」

 幼子を抱えるように、は片腕で持ち運ばれていた。もう片方の手は、いつの間に浚ったのか鞄と水筒が軽々と握られている。慌てたの目の前に、ディランのふかふかな首が見えた。銀色の毛をたっぷりと蓄えた狼の喉元から、視線を上げる。けれどふと映ったのは、ディランの横顔ではなく、ディランの家の扉であった。
 声には出なかったが、悲鳴は胸中で響き渡った。いや、意味は分かっていた、夜会いに来るなんてどう考えてもそういう事情しかないだろうとは。だからなりに考えて、覚悟をこしらえて此処に居るが、いざ、逃げられぬ状況で目の前に突きつけられると……。

(は、恥ずかしすぎる……!)

 空中であわあわと泳ぐ手を、自らの胸の前に引き戻し、隣の黒いシャツを掴み寄せる。彼の広い頑丈な胸が、一瞬跳ねた気がした。
 そうしている間に、扉は半ば蹴破られて開かれ(ディランよ、自分ん家とはいえそれは良いのか?)中へ入り、の荷物はぽいぽんとその場に捨て置いて(仮にも女の私物だが、それも良いのか?)、扉を乱暴に閉ざす。夜目に慣れていたが、月明かりのない屋内は一層暗く感じて不安を抱く。理由は、それだけでないのはも分かった。ディランの足は何にも躓く事なく進んでゆき、階段を上がる。床板の軋む音と、頭上で響く呼吸音の熱さが、耳を掠める。
 縮こまるの視界が、ふと明るみを帯びた。顔を起こすと、獣人仕様の大きなベッドが見え、側に作られた窓から月明かりが差し込んでいる。カッと、頬が熱くなった。此処はどうやら、ディランの寝室らしい。わー意外に綺麗ーなどと、軽口はとても付けそうになかった。さらに萎縮するを、ディランはぽんっとベッドへ置いてしまう。そうして片膝をシーツに埋め、覗き込むように屈むと、と視線を合わせた。
 思わず、息を吸い込む。此処まで彼の事を落ち着き払っているのかと思っていたが、実はそうではなかったらしい。目の前に現れた瞳が、それを物語る。何日と水を口にしていない、腹を空かせた獣を彷彿とさせた。ギラギラと輝くディランのそれを前に、はどうすれば良いか分からず視線を泳がせる。身動ぎをすると、お尻の下のシーツがしわを作った。


「はッはい……」

 唐突に呼ばれて、上擦った間抜けな返事をしてしまった。だがディランはぴくりと笑いもせず、狼そのものな顔をぐっと近づけた。その拍子に、大きなベッドが軋む音を立てる。

「良いんだな、今さら、冗談だったとかは言わないな」
「い、いわ、言わない」
「本当だな」

 尋ねられるたびに、逃げ道が全て塞がれているような心地がした。僅かな隙間も埋めるような低い声に、幼馴染みの獣性を垣間見た。は震え、乱暴に頷く。

「ち、ちゃんと分かって、此処に居る……わっ?!」

 正面から引き寄せられ、ディランに抱きすくめられる。広い胸と、太い腕、人間とは違う匂いがし、触れた彼の身体はとても熱かった。、と自らの名を告げる声に、歓喜が浮かんでいる。ぞくっと戦慄いた背に身震いし、視線を後ろへやると。

 飛び込んだのは、千切れんばかりにバタバタと横へ振れる、銀色の尻尾。

「……ッ!」

 別の意味で声が飛び出しそうになったけれど、其処はこらえた。ああ、そうだ、犬だもの。尻尾の感情は、抑えきれないものなのだろう。小さい頃だって、事あるごとに感情を表すその尻尾の動きがたまらなく可笑しかった。どんなに格好よく成長しても……獣人特有のそれは、無くならないらしい。
 ばしばし、バタバタ。
 ピンと伸びて激しく乱舞するその美しい尻尾の様子を見たら、少しだけ、緊張が解けた。そうか、嬉しいのか、そう思ってくれているのか。の唇から、笑みがこぼれた。

 嬉しいと思ってくれている事。それが、にも喜びを与えた。

「ふふ……」

 行き場無く下げていた腕を、持ち上げる。両脇を包む二本の太い腕の、肘、二の腕を撫でると、ディランが気付いて不思議そうに身体を揺らした。

「でも、少しだけ言えば」

 ふっと、はまなじりを緩める。

「十歳くらいの女の子を番にしたかったなんて、今思うと、ちょっと犯罪っぽくない?」

 ディランの動きが完全に止まった。あれだけバシバシ揺れていた尻尾も、すっかり硬直している。

「……それは、まあ、な」
「自覚はあったんだ」
「……うるさい」

 などと悪態は付きながら、声は笑っており「でも、仕方ないだろう」と呟く。そう言ったディランに、も笑って頷く。そうだね。でも、そう思ってくれてて、嬉しいよ。すんなりとこぼれた言葉に、ディランは腕の力を増してを胸に抱え込んだ。吸い込んだ匂いは、人間とは異なる獣の匂い。けれど決して鼻には付かず、むしろ懐かしかった。
 すると、狼の顔ばせが細い肩に埋まり、毛の感触が首筋をくすぐる。

「……もう、良いか」

 グウウ、と低い獣の呻き声が聞こえる。必死に何かを耐える気配を察して、は少し躊躇った後、広い胸に頬をすり寄らせる。
 良いよ。
 呟くと、抱かれていた身体が離され、重なっていた互いの胸に距離が出来る。正面に向かい合い、眼差しがぶつかって、じんわりあった温もりは全く消えず肌に残っている。腕が触れているだけだというのに、くすぐったい。
 ふとディランの、狼の顔が覗き込み、の前で顎を開いた。どうするのだろう、と薄ぼんやり見ていると、鋭い歯が現れた。その向こうから、長く肉厚な舌が伸びる。それが、ぞろり、との首筋に舌が這った。

「ひ……ッ」

 首筋を上がり、顎、耳の裏。生温かい湿った感触に、背筋に粟が生じる。目の前にある黒いシャツを掴みながら、腕を突っ張る。反射的に押しのけようとしたが、ディランの胸は全くびくともしない。さすがは獣人の男というか、逞しさが尋常でなく、は呆気なく押し返される。背中と腰を掴む腕が移動し、大きな手が、衣服越しに身体を撫ぜ回してきた。まさぐる仕草に、カーディガンもその下のワンピースも、くしゃくしゃにされている。太い指の動きに、破ってしまいそうな焦燥を感じて、は慌てて身体を離そうとする。彼の爪が時折、肌を引っかく。痛みは、ない。ないが、カリカリと触れる感触が、むず痒さを訴える。

「ま、待って、服……服は……」

 破かないで、と言おうとした時だった。耳に熱い息が吹きかけられ、肩を飛び跳ねさせた。

「ああ……やっぱり、番の匂いは他と違う……」

 すんすんと鼻が鳴っている。きちんと風呂に入ってきたのだが何か臭うのか、不安になるものの上手く言えない。鼻先の振動が、呼気が、羞恥を煽る。

「や、やだ、臭いって事? 変な臭いする?」
「そうじゃない、獣人は鼻が良いから……ッはあ、参った。匂いだけで気がおかしくなりそうだ」

 には要領の得ない言葉であるが、ディランの低い声が色気を増しており、耳を掠めるだけでは震え上がる。切なそうな、物欲しそうな響きは、間違いなくへ向けられている。

「服、脱がして良いか」
「えッ?! あ、う」
「良いな。嫌だっつっても、脱がす」

 聞く意味ないじゃない、という非難めいた声は、全て喉の奥に押し留まった。大きな獣人の手が、カーディガンを掴む。の腕も引っ張られるカーディガンに習って宙をもがいた。パサリと落ちる音がベッドの下から聞こえ、改めて自らの鎧が減っている事を目の当たりにしたが、ぐっと堪えて見下ろす。爪の伸びた、大きな獣の手。人間とはやはり違う、不器用げな仕草であったものの、乱暴さは無く怖くはない。けれど、腰紐が取り外され、背中の留め具も外され、衣服がずらされてゆく光景は……ディランにされていると思うと、とんでもなく恥ずかしかった。
 するりと、肩から衣服がずれ落ちる。夜気と月明かりに晒された、丸い肩と、胸元の肌。は自らの肉体から、顔を背ける。ディランの目は、じいっと見つめてきている。

「や……ッ」

 肩から二の腕をじれったく滑っていた服が、全てシーツへ落ちた。上半身が晒され、目の前で、ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。ディランの喉からだろう。
 その時、の視界がぐるりと上下に動いた。肩を押され、上半身が後ろへ倒れからだ。重ねられた獣の手のひらを横目に見て、首を起こす。ワンピースが引っ張られ、足下へと下がってゆく。胸の下に留まっていた服が落ち、腹部、腰と現れ、薄い下着に覆われた場所が淡い光の下に。放り投げられた衣服を恨めしく見送るは、何とか隠そうと試みて素の足を立ててみたが何の効果も無かったらしい。のし掛かったディランに動きは封じられ、獣の手が這い回った。歯を噛みしめ耐えたが、唇の端を舐められて吐息がこぼれる。

「は……ッやっぱ、良い匂いだ」

 頭上から下がってきた狼の顔が、の顔の横で止まる。すんすんと嗅ぐ振動に肩を竦め、広い胸を懸命に押す。

「く、くすぐったい……ッやだ、恥ずかし……ッ」
「仕方ないだろう……鼻は塞げない。お前さ、知ってるか、気が高ぶった女の匂いがどれだけ獣人にとっては良いものか」

 肉厚な舌が、ぺろりと眉の間を掠める。細めた瞳で見上げると、間近にあるディランの目に震えた。何というか、獣だ。熱く、ぎらついて危険な、けれど妙に色香のある、獣の目。或いは、女とは違う男の魅力だろうか。判断つくほど経験などないから分からないが、ただ、その目に熱が増すが居た。下着一枚しか纏わずに、空気に晒される肉体がぞくぞくと粟立つ。

「に、匂い……? あ……ッ」

 大きな手のひらが、頬に触れる。肉球、それと、銀色の獣毛の感触がした。の頬も熱いだろうが、その手も負けず熱かった。恐る恐る見上げる先で、狼の顔が見下ろしている。

「甘いような、腹が空くような、そういう匂い。番に選んだ女の匂いは、もっと凄い。それだけで、媚薬のような効果があるらしい」
「び、びや……ッ?!」
「と、獣人仲間から散々聞かされて腹が立ったのは覚えてるんだが……ああ、確かにこれは凄い」

 凄いって、何が、何が凄いのか。
 自らの匂いの事なんか知りもしないが、目の前でそう説明されると恥ずかしくなる。止めて、嗅がないで、と混乱に陥りながら半ば叫んだが、目の前でディランの顔は意地悪い笑みで歪んだ。何処か恍惚とした獣の姿は、物語に出てくる悪い獣みたいで、ますます恥ずかしくなる。

「……その匂いは、性行の最中が特に香り立つとか。今からこれなら、どうなるんだろうな」

 その言葉に、は目を見開く。今、何かとんでもない事を口にしなかったか、彼は。
 バッと目を剥いて見れば、狼の顔にはっきりと分かるほどの肉欲が浮かんでいた。吹きかけられる息の熱さと、グルグルと響く低い唸り声、震えた指先の期待に満ちる動き。
 今さらながらだが、はこの夜に生きていられるのかと、不穏な疑問を抱いた。今の彼を見ていると、朝までに骨まで食べ尽くされるのではないかという考えさえ、過ぎってならない。少女のように怯えたのが、恐らく顔に出たのだろう。ディランの片腕がの剥き出しの肩へと回り、少しシーツから浮かされた其処をぽんぽんと叩く。
 ん。声を漏らしたのは、どちらだったか。

 少し、落ち着いてきた。
 何だっけな、前もあった――――ああそうだ、ピーピー泣いてる時、こうしてくれていたっけ。

 ふう、ふう、と吐く息が、次第に落ち着く。

「……さ、」
「……さ?」
「触っても、良いか」

 ふは、と笑みを呼気に浮かべる。もう触ってる、と告げると、ディランの肩が僅かに跳ねる。それから、肩を抱いていた腕が抜けて、の身体がシーツへ埋まる。
 銀色の獣の手が、再びその肌の上へと重なった。先ほどよりも手のひらが密に触れている気がする。一方の手は、腹部を伝い上がって、頼りなく震えていた乳房へ。もう一方の手は、腰のくびれを撫ぜて太股へ。膝裏を抱えられ、足の爪先が浮く。獣人と比べれば、人間の女は何と細く脆弱な存在よと言いたくなる体格の差異。腕一本でされきっとは敵わないのだろうなと思う。多分きっと、この手が本気を出せばの身体など折れてしまうだろうに……怖々と加減を計る指先が、くすぐったくも少し可愛く見えた。
 片胸を覆う獣の手が、ふと指先を曲げる。その振動に、は小さく息を噛む。

「痛いか」
「ん、んん……平気」
「そうか……」

 獣の指先が、さらに柔い肉へ埋まる。恥ずかしさに眉を寄せ、ちらりと見ると、自らの胸がディランの手の中で形を変えていた。獣人の手には小さいけれど、すっぽりと包まれている光景は、我が身のものでありながら非常に卑猥に思える。うわ、うわ、と内心で慌てていたであるが、曲がった指先の腹が不意に肌を撫でてきて息を弾ませる。途端に走った、ぞわぞわとした悪寒。仰向けの肉体の上の、ディランの黒いシャツを思わず掴んだ。

「や、ちょっと……ッ」
「痛くは、ないだろう」
「痛くはない、ないけど……ッひ……ッ!」

 カリ、と胸の頂が引っかかれる。シャツを握る手に、力が込められる。

「……ああ、匂いが濃くなった。これが良いのか」
「ッう、や、やだ、も……!」

 カリ、カリ。むず痒く引っかかれながら、乳房全体を転がすようにこねられる。足を撫で回した手までも上がってきて、二つとも弄ばれる。悪寒が止まらず、待ってくれと何度も口にしているのに、ディランは止めてはくれない。怖々と動いた手のひらと指が、今は、大きく性急な動作でこねている。
 羞恥に歪ませる顔に、肉厚な舌と、情欲の滲む吐息が降りてくる。また匂いというものを、嗅がれているのだろうか。自分では分からない事であるのに、ディランには分かるなんて、無意識下で見透かされ暴かれている気がした。ならばきっと、訳が分からぬ内に与えられる愛撫に反応する肉体の変化も、伝わってしまっているのかもしれない。なんて恥ずかしいのだと、はぎゅっと唇を引き結ぶ。

「……十年というのは、でかいな」

 ふっふっと、吐息を漏らしながらディランが呟いた。弄くり回された胸から彼の手が離れ、シャツにしがみついたの手をそっと外す。既に息が上がるの上で、ディランは上体を起こし自らのシャツを脱ぎ捨てた。何処か乱暴な仕草を盗み見て、はドクリと心臓が跳ねたのを感じた。銀色の薄い毛に覆われているが、白い月明かりに浮かび上がったその身体の逞しい事。獣人という人間とは異なる種族とは言え、男の造り はやはり顕著だ。引き締まった腰と腹、厚い胸板に、もうすっかり幼少時の面影は無い。幼馴染みというより、もう既に立派な男性なのだと、は改めて知る。

「……前言撤回する。綺麗になったな、お前」
「えッ」

 再び、ディランの身体が倒れ影を作った。の両脇に腕をつき頭上から見上げてくるその眼差しは、全身をじっくりと見ており、さながら美味しい場所は何処かと探る狼のようだ。改めてまじまじと見つめられているのだと気付いた瞬間、その熱さと、何とも言えぬくすぐったさに、は今し方告げられた言葉と共に困惑する。

「ちょ、や、綺麗とか……ッ」
「……俺だってそれくらいは言うぞ、其処まで狼狽えるなよ」
「だ、だってそんな事言われたら、驚くじゃない……!」

 ディランは、やや目を丸くし、その後小さく笑う。

「事実だ。都市の方で、男が付いていなくて良かったと心底思う」

 切なそうに響く声に、獣の唸り声が混ざる。凶暴さはなく、まるで、甘えるような喉の音。の心臓が、ドクドクと跳ねる。息はもう弾んでいるのに、苦しく何度も。

「それを言ったら、ディランだって……ッ」
「……ん? 俺?」
「前は、真っ白の、犬の獣人だったのに……急に、か、格好良くなって、今も……ッ」

 そう告げると、ディランの動きが少しの間止まって。顔を背けると、鼻の上へ手のひらを覆い被せた。これは……そうだ、照れた時の彼の仕草だと、は思い出した。

「……狙ってんのか」
「な、にが」
「その……ッ何でもない、くそ」

 そう悪態をついて、ディランは仰向けに寝転がるを今一度シーツへぐっと押しつけて、身体を離した。え、と彼の動向を首を傾げ見ると、大きな手のひらが腰を撫で、何かをつまむ。それは、現在唯一の身を隠す数少ない布……下着だ。別の朱が走った頬が、驚いてひきつる。

「……幼馴染みの兄貴だって、変わりもするさ。隣の妹が変わったみたいに」

 が足を上げて制止を訴えるより、早かった。大きな銀色の獣の手は、するりと腰から太股へと滑っていった。その太い指に、の下着を引っかけて。胸だけでも十分に羞恥を煽ったというのに、秘めた場所すら月明かりのもと暴かれて、の口が戦慄いた。

「う、嘘、や……! ま、待って、そこ……!」

 伸ばす手が、空を彷徨う。シーツの上で捩れる上体が懸命にディランを求めるけれど、彼は今度はそれをあやさず、すっと頭を下げてしまう。片腕でのたうち回る腰をがっしりと押さえつけ、もう片腕での白い柔らかな足の間を割る。嘘だろう、ちょっと、まさか。の焼けそうな思考が、真っ赤に染まる。何をされるのか、何をされているのか、見えてしまった。
 ディランは、の秘所をじっと見ていた。

「や、やだ、お願い……ッ」

 無防備に構えていたのが悪いが、割られた両足を必死に閉じてみたが、恐ろしい事に動かない。月明かりよせめて消えてくれ、と藁にも縋る想いであるが、窓辺の白い月光はむしろ煌々としている。持ち上げられた自らの下半身、割り開かれた二本の女の足の間に、男の腕。はっきりと夜に浮かぶ光景に、は泣きそうになる。

「……し、仕方ないだろう、人間の女の此処は、そういえば初めて見るし」
「だ、だからってまじまじ……ッや、やだ、もう……ッ」

 閉ざされる事も許されない足が、耐えかねて震える。爪先だけが懸命にシーツを蹴っている。

「……獣人とも、ほぼ同じか……ああ、でも」

 ディランの声が、妙に色っぽく這った。

「――――濡れてる」

 は今度こそ、恥ずかしさで死ねると、そう思った。彷徨う手を引き戻し、自らの顔を覆う。視界を閉ざしても、ディランの眼差しは未だ感じる。異性には見せた事のない女の場所を、幼馴染みの兄に、すっかり男になった獣人の彼に、今も。まなじりが熱く染まり、涙が滲む。

「う、う……ッおねが……ッもう……」

 見ないでと、は懇願した。すると、下の方へと移動していたディランがやや戻ってきて、の頭上で「そうだな」と呟く。その言葉にそうっと手を外して、彼を再び見る。其処で、気付いたが……。

 今にも噛みついてきそうな、獣欲溢れる目をしている。

 簡潔的に表現すれば、目が、さっきよりも爛々と輝いている。ぞくぞくぞく、との背筋が戦慄いた。

「見るだけじゃ、可哀相だな――――直接、触ってやる」

 許してくれるどころか、更なる重い罰が!
 は焼け焦げそうな思考でそう思った。「や、待って、待って」少女みたいに追い縋ったけれど、ディランの身体が持ち上がり、の腰を掴んでいた太い腕が背中を伝って肩を抱く。まるで、逃がさないと言わんばかりの強さだった。両足を割ってその間にあった腕も、太股の裏をまさぐって、足の付け根へと這い上がる。肌を撫でる、獣の指先。それが、口にするのも恥ずかしい場所――――じわじわとくすぶって熱かった秘所へと、触れた。
 は唇の端から、掠れた悲鳴を漏らす。背筋がしなり、爪先まで初めて肉体に抱く痺れが走る。

「あ……ッ! ディラ、ディラン、待って……!」

 指先が、急かされるように滑る。異性に触れられた事のない秘唇を割って、さらに進む。ぬかるむ気配を感じながら、さらに深くへ。
 はたまらず、直ぐ側にある彼の厚い胸に両手を重ねる。首回りを覆う柔らかいふかふかの毛を掴み、必死に手繰り寄せる。それでもディランの指先は、内側から食べてしまいそうな仕草で、の其処を弄ぶ。そうして、溢れ出た蜜がの尻へと伝った時、その指先が――――つぷりと、音を立て埋まった。は目を見開いて、混乱にもがく手を這わせ、何時の間にかディランの狼の顔ばせにある、三角の耳を握っていた。

「あ、あ……ッい、痛い、変、変な感じ……ッ」
「ッはあ……気持ち悪い、か?」
「ん、ん……ッ分からな、い……はぁ……ッ」

 異物が侵入して、強ばる。まだ入り口の、本当に浅い場所でつぷつぷと動いているけれど、慣れぬ未知の感覚には怯えた。ディランの耳を掴む指が困惑し、強く握ってしまう。けれど彼は何も言わず、頭を下げてそれを容認した。

「なあ、……お前、初めてだよな」
「ん、ふ……ッき、聞くの遅い……ッ」
「悪い、がっつき過ぎた……はあ、これは少し、怖いな。小さくて、狭い、俺のが入るかどうか」

 そういう恐ろしい事を言わないでくれ、と見上げたの目は言っていただろう。ディランはしばし、の秘所を浅いところで指先を動かした後、おもむろにそっと抜いた。涙を浮かべるを肉厚な舌で宥め、ねっとりと濡れた指先を口に含む。声にならない悲鳴を上げている彼女を余所に、ディランはベッド脇のサイドテーブルへの身体を通り越し腕をぐぐっと伸ばした。ディランの胸しか視界に入らないので何をしているのか分からないが、ガシャンと何かが落ちる音が聞こえる。ドサリという音は、本か何かだろうか。しばしガサゴソとサイドテーブルを探った後、ディランの腕が再び戻ってくる。その手には、硝子の透明な小瓶。彼の手が大きすぎて最早玩具レベルであったが、何かの液体が入っているようだ。傾く度に揺れる様は、甘くとろりとしている。
 肩で息をし、相変わらずディランの耳を握りしめたままのは、その小瓶を眺め一体何だと尋ねる。

「……獣人と人間は、体格が違うから」

 の肩の後ろに回っていた腕に小瓶を器用に持ち直し、蓋を開ける。それを、先ほどの秘所に触れていた手へと傾け、液体をこぼす。

「……まあ、有りたい体に言えば、ローション」
「……はい!?」

 大きな手のひらが、液体を転がす。満遍なく手のひらと指に行き渡ると、妖しげな光が獣の手の上で煌めく。ただでさえ訝しいものが、余計に危険な匂いを漂わせて映り、はディランの耳を掴み寄せる。

「い、嫌、それ何か怖い」
「平気だ、怖ければ……そうだな、耳を強く握って良い。思い切り」

 の身体の横へと、ディランの屈強な肉体が寝そべる。丁度顔の斜め上に狼のお顔がすり寄って、のピンと伸びた腕は頭を抱えるようにしがみついた。それを合意と受け取って、ディランの両腕が動き出す。の肩の下にあった腕は、怯えた足を撫でて抱え押し開き。ローションなる液体を取ったもう片方の腕は、その手を伸ばし、秘所を覆うように重ね合わせた。
 ほんの一瞬、生温い感触がした。だが直ぐに馴染み、くるくると撫で回される内に溶けてゆき、不安を余所に吸い込んでしまったようだった。
 の肉体に異変を感じたのは、間もなくの事だ。
 初めての行為で頑なに強ばっていた秘所が、じんわりと熱くなったような。引きちぎるつもりで狼の耳を掴んだ指へ痺れが甘く伝い、漏らす吐息が熱を含む。先ほどよりも柔らかくなった息づかいが、気付くと落ちていた。

「あ……ッふ……ディラン、熱い……ッ」
「そうか……気持ち悪くはないか」
「ん、ん……平気……だけど……」

 ぎゅ、と眉を潜める。身体が、先ほどより熱い。ディランの指先に合わせて、腹の深くが切なく疼く。何だろう、これは、と思っていると、秘唇に押し込んだ指先がさらに進んだ。内側に侵入してくる気配。身構えて縋ると、ディランの顎が頭に乗っかる。

「ッや……う……ッ」

 鈍い、痛みのような感覚。けれど随分薄れており、太い指が浅い場所から深みへと飲み込まれる。しなった背筋に釣られ、の身体はか細く震える。
 グウウ、と獣の唸り声が不意に耳へ届いた。きつく瞑る瞼を開けた時、飲み込まれた指が緩く動き出す。爪先から走る痺れがまた、に熱を与える。ぬぷり、ぬぷり。音と振動が、徐々に強さを増す。誰にも触れられた事のない狭い壁の中を、獣の指が行き来する。随分自由に動くものだと思いながらも、同時に逃げ出したい心地もある。
 ふと、埋められた指が、太くなっていた。もう一本入ったのだろうか、まさか。の喉がひくついて、肩が飛び跳ねる。飛び上がった腹は逃げ出す事もなく、ディランの腕に捕らえられたまま指の愛撫を甘受する。熱い、くすぐったい、悪寒に近い痺れが止まらない。さすがにその厭らしい変化には耐えきれず、はぐっとディランの耳を引っ張りながら頭を押しのける動きを見せる。

「待って、もっと、ゆっくり……きゃあ!」

 自分のものと思えない悲鳴が、出てしまった。慌てて唇を閉じたが、一度開いた其処からは抑えていた声たちがぽろぽろとこぼれ落ちてゆく。膨れた花芯を乱暴に押し潰され、指の動きが途端に速まったのだ。ゆっくりって、言ったのに。目を見開いて、押し寄せた未知の感覚に飲み込まれそうになるを、ディランが抱える。

「もう、無理。お前も、鼻が良ければきっと俺の気持ちも分かるだろうに……ッ」

 溢れる蜜を引っかき回し、鳴らしながら、ディランがそう呟く。ちらりと盗み見た下半身での腕の動きに小さく悲鳴を上げ、顔を上げてディランを見てまた悲鳴が漏れる。食べられそう、そう思った。わりと本気で。
 募る熱さが腹の深くから膨れ上がり、与えられる痺れに全身が震える。ディランの言葉とは違うかもしれないが、限界の二文字が何故か浮かんだ。パチリと白く瞬く光に、奥歯を噛みしめる。押し寄せた何かが、飲み込もうとし、這い上がる。力の入らない指先で、懸命にディランへ縋る。

「イキそう、なんだろ。ほら、掴まって、そのまま」
「ひッ! や、止め、おねが……ッんう、見ないで――――」

 の怯えとは裏腹に、身体は呆気なく崩壊する。思考に火花が散ったような衝撃、それが快楽に達するという事だと後で思い知るが、年のわりに少女のようだっだ肉体は痙攣するように打ち震えるしかなく。涙声の混じる嬌声が、部屋へと響いた。
 シーツへ深く崩れ落ちるの胸が、激しく上下に動く。ディランの耳から手が離れ、ぱさりと横たわる。



 呼ぶ声に、また全身が震える。こんな痴態まで、見なくたって。薄く開けた視界に、ディランの目が見える。

「う……ッい、今、私……ッ」
「は、はは……ッ良いんだ、それで。しかし、秘薬ってのは凄いな……」

 ……秘薬? 聞き慣れぬ単語に、は滲む目で尋ねる。ディランは「あ」と、まるで口を滑らせてしまったような仕草をしている。

「秘薬って……何……?」
「あー……」
「ディラン……?」

 ローションって、言ったはず。秘薬などと、口にはしなかっただろう。
 ディランはしばらく色んな方向へ視線を泳がせたが、無言に見るへ観念したのかぽつりと呟く。

「……人間と獣人は、どう足掻いたって体格が違うだろう。まあ、円満に交尾が進むようにって獣人側が作ったもんだ。負担を掛けないで、気持ちよくなるように」

 つまりだな、催淫効果のある成分が入っていてだな――――。
 そう告げたディランを、最後まで聞かずにはぶっ叩いた。力が入っていないので痛くはないだろうが、握り拳をぐいぐいと横顔へめり込ませる。彼はそれを受け止めたまま、「お前言ったら絶対に渋るだろう」と反論してきた。
 催淫って、それってつまり。
 も子どもではない。多く耳にする知識や情報の氾濫の中、媚薬という薬の名前くらいは知っている。

「微量だから癖にはならない、問題ないから安心しろ」

 慰められた気がしない。別に怒っているわけではないが、それなら最初に言って貰いたい。いや言ったら確かに渋って嫌がっただろうが……。

「そういう、の……言おうよ、身体熱いし、今だって……ッ」

 疼く秘所から、震えが這い上がる。未だ埋められたままの獣の指に、ひくんと膣壁が痙攣して、押し出したいのか飲み込みたいのか分からないでいる。

「……俺さ、お前が思うほど、良い兄貴でもない」

 急にそう呟いて、ディランの身体が離れた。ずるりと指が引き抜かれ、しなだれたの肉体は戦慄いた。再びふかふかした温もりが、安堵を寄せる獣人の身体が無くなり、の手は空を切る。
 彼にとっては普通の、にとっては大きなベッドを軋ませ、移動する。投げ出された両足を持ち上げ、意図せず開かれる形となった太股の間へとディランの身体が滑り込む。

「獣人の性質と云っても、想い続けるなんて狂気の沙汰だ。結構前から、幼馴染みのふりをしていただけなのは自分でも気付いていた。獣だなとは思い知ったけど、ほら」

 薬と蜜の混ざり合い、溢れ濡らす其処へと彼の腰が押しつけられる。汚れる、と告げようとした言葉は引っ込んで消えてしまった。熱い、上に硬い。の口から、困惑と羞恥に震えた無意味な声がこぼれる。対してディランは、恥ずかしげもなくへ彼の肉体の熱情を教え、黒いズボンに手を掛ける。緩め、前をくつろげる仕草に、は察して目を瞑る。

「……限界なんだ。悠長にしていたらお前は居なくなる。だから、無理をさせるのを分かってこれを使った。させたくはないと思っても、だ」

 はあ、と息を吐く音が聞こえる。すると、ひたりと何かが秘所へ触れる。一層身を強ばらせ忙しなく身動ぎしたが、覆い被さってきたディランの身体に一切を封じられる。片腕が、顔の横へついた。。名を呼ぶ声は凄絶なほど低く這い、耳からぞわりと粟立つ。

「……本当は、噛みつきたいと思っている。牙の痕を目に見える場所に残して、匂いも、俺のだけを擦り込ませたい。昔から狙っていたのは俺なのだと、周囲に知らしめてやりたいと思っている」

 世間一般の情愛の告白とは、明らかに程遠い言葉だった。飢えた狼の口から告げられるのは、実に凶暴で、浅ましく、食べ尽くされそうな、劣情の吐露。それなのに、身体は彼の声で熱を灯し、耳がぐずぐずと蕩けてしまいそうで。
 押しつけられた彼の欲望が、ぬるり、ぬるりと、擦り付けられる。決して入らず、浅く押しつけら揺らされる。縮こまるの肉体が震え、痺れを訴える声が自らの物でないほど甘く香る。

「……なあ、
「ひ、う……ッ」
「もう、幼馴染み面は良いだろう――――俺の番に、なってくれ」

 その瞬間だった。突き崩された衝撃で、抱えられた足が浮いて、背中が弓なりにしなった。
 熱の塊が、重く響く。指よりもずっと存在が大きく、息苦しいまでの主張。本当に食べられるのではないかと思った。痛みに呻く咽が反り、はくはくと息を取り込もうとする唇が戦慄く。
 。夢現で呼ぶような、惚けた低い声が頭上で聞こえる。硬く瞑る視界をぎこちなく開くと、直ぐ近くに銀色の狼の顔があった。自分が今どのような面もちであるのか想像も出来ないけれど、彼の顔は認識出来た。苦しげに歪んで、じっとりと汗で滲む毛。霞むように瞬きをした獣の目が、快楽と精神の歓喜で熱を浮かべている。彼もそういう色めいた表情をするのかと、薄ぼんやり見た。白い月光を背にする姿は、何と美しいものか。
 口を開こうとし、鈍痛と熱さに身体がひきつった。シーツにしわを作り身悶えするの背に、ディランの手がねじ込まれる。上下にさする手のひらは、焦燥を滲ませていたが気遣ってくれているのが分かった。獣の呻き声と、獣の吐息。熱く肌に覚えながら、言葉の代わりに腕を伸ばす。力があればもっと強く抱きしめてやったものを、残念な事に全く入らなくて、顔へと伸ばす事しか出来ない。二つの手のひらを、頬に押し当てて撫でさする。両頬から、くるくると、そうすると気持ちが良いのは幼少時からの経験で覚えている。そしてこれが、あの当時のの甘える仕草であった事も。
 凶暴な狼の鼻へ、無意識に唇を寄せる。濡れた感触を食むと、ディランの身体が大きく震え、顎を開いた。鋭い牙を視界の片隅に納めたは、次の瞬間抱きかかえられ、身体を起こされていた。
 ディランの背が真っ直ぐに伸び、の小さな身体も真っ直ぐと伸びる。座ったせいか繋がった剛直がさらに深くへ導かれ、は呻いたが、目の前を覆ったディランの胸へと声は吸い込まれる。
 肩口に、ディランの顔が埋まった。すんすんと匂いを嗅いで、大きく呼吸をする。

「ああ、ようやく……」

 心地良さそうに呟く声に、の胸にも至福の温もりが宿る。こんなに、取り立てて別嬪でもない己を求めてくれる事は。

「ようやく、俺の物に……」

 嬉しい事なのだと、思えた。
 狼の顔から手を離し、今度こそ広い背に腕を回す。

 しばらくそうして胸を重ね合わせて向かい合い座ったが、ディランがゆるりと腰を揺らし出し、今までの比でない熱さが押し寄せた。男女を結びつける満月はもう高く昇っていたけれど、何度も求め求められた狼と人間は眠る事なく、情欲を貪った。




 幼馴染みの関係から男女の間柄になった、その翌日の朝。
 言い様のない気恥ずかしさの中で裸のままベッドで微睡んでいたのだが、ディランがふと何かを思い出してサイドテーブルの引き出しを漁った。気だるい身体を起こして首を傾げたを、ディランは膝の上に軽く抱えて、背後から左手を掴む。

「人間の流儀は、どうも不思議だが……たちはこうするんだろう?」

 呟いたディランは、手のひらに閉じこめた物を見せた。小さな、小箱。獣人の手が大きいだけに人形の玩具のようである。小さく笑って見ていると、小箱を開き、何かを指先で摘む。それをの左手へと持ってきて、薬指へと滑らせた。は目を見開いて、あっと声を漏らす。

「まあ、何だ、俺と……結婚してくれるか」

 薬指に留まった《それ》は、狼からの贈り物にしてはとても可愛らしく、の細い指を綺麗に飾っている。恥ずかしそうに、けれど伺うように視線を合わせるディランと自らの指を交互に見て、は笑みをこぼす。

「順番、逆じゃない」
「そうか……それは失敗したな」
「ふふ、でも……うん、嬉しい」

 きゅっと手を握り、寄りかかった広い胸へと振り返り抱きつく。ディランの大きな身体が跳ね、一瞬硬直したようだったが、が嬉しそうに笑っているのを見て、彼もきつく抱きしめた。
 の答えはもう、昨晩の内に決まっていた。だからこの《贈り物》は、突き返す事なく、この日から生涯薬指に留まっている事になる。


 ただ、現在浮かぶ問題としては。
 満月を経て結ばれた獣人は、その日から蜜月を送るようになる。よっては数日間、しばらくディランの家から出られず過ごした。何せ十年分の想いがどうやら爆発してしまったらしく、それを受け止める羽目になり昼夜問わず求められてしまった為に。

 友人夫婦や彼の両親、そして町外れで眠る両親のもとへ、十年越しの約束の報告は、ディランに背負われての状態になるのだろう。


 足腰立たないなんて、きっと笑われるに違いないと思い浮かべながら。は、喜んで甘受した。



幼馴染み萌えを目指したつもりの、読み切り。
安定の獣人、プラス薬ですが、幼馴染み萌えになっていると思いたい。若干はき違えている? 執筆者もそう思ってます。

読み切りだからもっと短いつもりだったのですけど、いつの間にか長くなった不思議。

少しでも楽しんで頂ければ、何よりです。

2014.01.01