01

 輝くような目映い陽射しは、海の中へ注いだ途端に、柔らかく溶け込んだ。
 海面から伸ばされた光の銀糸が、柔らかく揺れながら、その下の海の世界を照らし出した。
 果てなく広がる、鮮やかに澄む青。流れる波は穏やかで、白い海底に築かれた珊瑚や海藻の群集に生息する魚たちは平穏に泳いでいる。それでいて、陸を離れるほどに得も言われぬ恐怖の増す、けして優しくはない大自然の深み。
 幼い頃から毎日触れてきた世界は、今日も変わらず厳かで、美しい。

 地上の音が消え去り、こぽりと零れる水泡の音色だけが聞こえる海の中を、はゆっくりと泳ぐ。
 明るい浅瀬を進み、白い砂の敷き詰められた海底を見下ろしていると、斜め前から“人影”が近付き、の隣に並んだ。可愛らしく微笑む十六、十七歳ほどの娘で、男女問わず美少女と呟くだろう美貌。しかし目を引くのは、それだけではない。
 海中に広がった彼女の髪は鮮やかな真紅を宿し、耳に当たる部位に生えているのは、赤い魚のひれ。そして、上半身はほっそりとした娘のものだが、下半身は二本の足ではなく赤い鱗が華やかな魚の尾びれだった。
 青い世界に咲いた花のような彼女は、そっと白い指先を持ち上げ、岩礁の一角を指差す。

「あそこだよ――」

 泳ぎ上手な彼女に導かれ、海藻が揺れる岩礁へと近付き、隙間を見つめる。そこにすっぽりと挟まっていた網状の袋を拾い上げ、ほっと安堵し海面へ上昇した。



 塩辛い水中から顔を出し、ぷはっと息を吸い込む。同じように頭を出した赤髪の彼女に、はにこりと笑った。

「助かったよメル。せっかく獲れた珍しい高級貝を落としたなんて、おじさんたちが言うから」
「さっき船のところから凄い叫んでたものね。良かったあ、見つかって!」

 頬の横から伸びるひれを、上機嫌にぱたぱたと揺らし、メルは明るく微笑んだ。
 この海に暮らす、善き隣人である海の民――魚人族の中で、類稀な美貌を誇る“人魚”という一族の彼女は、その例に漏れずたいへんな美少女。赤い髪と赤い鱗を持つ人魚であるが、この華やかさとは裏腹に、お茶目で朗らかな性格をしている。
 人魚という身体的な特性上、陸に上がる事は出来ないが、の自慢の友人である。今日も彼女の笑顔は、太陽のように眩しい。

 二人で桟橋に向かい、そこに佇んでいた町の漁師の男性へ網状の袋を渡す。その中に入っている、成人男性の両手よりも大きな二枚貝は、この辺りでは高級品として知られている代物だ。

「まったく、おじさん、次から気をつけなよ。これで見失ったら大変だったんだからな」
「おう、本当に悪いな。そっちの赤い人魚の嬢ちゃんも」
「メルだよおじさん!」
「そうかいそうかい、メルちゃんか。助かったよ」

 あからさまに反応が違う事は慣れっこなので、は拳を上げ「メルに変な事したら許さないからな!」と凄んでみせる。もちろん冗談である事は向こうも分かっているので「おーおーの男っぷりは今日も勇ましいな」と笑いながら去って行った。

 この扱いにも慣れたけど、相変わらず雑だな。まあメルが隣で楽しそうなので、よしとするか。

「――きゃッ?!」
「わッどうしたメル」
「今、何か当たった!」

 メルの言葉に、の目が鋭く光る。
 なにせ人魚には女性しかおらず、しかもその誰もが美女揃い。従って、観光客などがつい悪戯してくる事が間々あるのだ。実際、が側にいる時に、メルがちょっかいを掛けられたのは記憶に新しい。
 ついでに、荒削りな性格の人の多い町で育ったが、豪快にそれを蹴散らしたのも記憶に新しい。
 また何処かの阿呆かと思い、透き通る海面を睨むと、黒っぽい魚影をはっきりと見た。と同等、いやそれ以上の大きさをした巨大な魚影が、周囲を悠々と泳いでいる。
 ――魚ではなく、もっと別の何か。
 この時点で何となく正体が分かったので、は息を吸い込み、再び海面下へ潜る。
 正面に見えたのは、よりも大きな巨体の輪郭だった。背中は青がかった灰色、腹部は白に染まった鱗で包まれるそれは、鋭く尖った背びれと、水を切り裂くような引き締まった尾びれを持っており、陽の光が溶け込んだ明るい海中で殊更の存在感を放っていた。
 そして、頭部には――両目が鈍く光り、薄く開いた口からは、びっしりと生える牙が覗いていた。

 その凶悪な面構えは、海の中で遭遇したら間違いなくパニックになる、水棲生物の代表格――サメである。

 は、至極冷静に両手を伸ばすと、凶悪な顔を挟み、頭突きを一発お見舞いした。
 水圧でだいぶ威力は下がってしまったが、鈍い衝撃はきっと届いただろう。相手の口からも、の口からも、泡がボコボコッと溢れる。慌てて海面へ上昇し、空気を吸い込んだ。それから、己の隣に並んだサメへ視線をやった。

「お前、出会い頭に頭突きかますとか、野生児かよ」
「女の子驚かす野郎に遠慮なんかしねえよ」
「はああ? 何処に女子がいるって? 俺は野生児っつったんだよ」
「このヤロォォォオオ!」

 バチャバチャと海面を波立たせ、凶悪面のサメに掴みかかる。
 正確に言えば、凶悪な外見をしたサメ――の頭と尾びれを持ち、身体の輪郭は人間の男性のものである、海の民の魚人族に。
 痛い痛いと本人は言うけれど、盾鱗(じゅんりん)――ザラザラした、いわゆる鮫肌の事――でみっしりと覆われた身体が頑丈そのものでである事は、長年の付き合いで知っている。大体、これっぽっちも利いていない事くらい、この笑みを見れば一目瞭然だ。

「なんだあ、ザギかあ~。驚いて損した」

 メルは頬を膨らませたが、クスッと吹き出すように微笑むと。

「相変わらず仲良しだね~とザギは」
「何処が?!」
「ふざけんな!」

 の声と粗暴な魚人の声が同時に放たれ、ぴたりと被さる。
 メルはさらに笑みを深め、楽しそうに細い肩を揺らしていた。

 青がかった灰色をした、サメの魚人であるザギ。昔からの付き合いで、まったく自慢にならないが――遠慮や気遣いのない喧嘩友達だった。




 は桟橋へ上がると、海水を滴らせる髪の毛とシャツを軽く絞った。
 べろりと腹部が露になり、海に浸るメルから「ちょっとは恥らわないと!」とぷんすか怒られたが、可愛いだけなのでちっとも怖くない。そもそも、隠しているのは胸部だけであとはほぼ全裸な人魚の方が、圧倒的に露出度は高いだろうに。

「大丈夫だよ、下に着てるのは水着なんだし。大体、ザギだから平気だろ」
「もう、そういう事じゃないのに」
「こいつの腹見てどうこうなるような物好きはいねえだろ」

 隣で笑ったサメ頭の男には、足蹴りでもって応じた。

「ねえ、私も上がりたい。引っ張ってもらっていい?」
「大丈夫か、今日はけっこう暑いよ」
「ちょっとくらいは平気だよ。私も桟橋に座りたいな」

 両手を掲げたメルに、は苦笑し片手を伸ばす。すると、もう一方から、ザギの大きな手が伸びた。
 魚人族である彼の手は、人間と同じように五本の太い指を持つが、指先に爪に当たるものがない。また、灰色の表皮に覆われた腕には、手首から肘に掛けて三角のひれが生えている。
 海に生きる種族らしさがそこにも表れているが――ザギは見た目ほど、悪い奴ではない。
 口を開けば粗暴だし、外見はこの通りに極悪なサメだし、海の中で出会えば間違いなくパニックに陥れる男だが、憎めない部分もたくさん持っている。これで意外な事に兄貴肌な一面もあるのだ、昔から。
 二人でメルの白い手を握り、海から引き上げる。メルは桟橋に腰かけると、赤い鱗に包まれた尾びれを海面に下げた。

「ねえ、そういえば、もうちょっとでお祭りだね!」

 楽しそうに告げたメルの言葉に、はああと気の抜けた声で返事をした。それはザギも同様で、組んだ胡坐へ頬杖をつくと、気怠げな溜息をこぼしていた。

「んもう、二人してそんな反応!」
「まだあと一ヶ月くらいは先じゃないか。メルは気が早いよ」
「もう一ヶ月と少しじゃない。私は楽しみよ、陸の民と海の民が、共同で祭りを催すんだから」

 待ちわびている彼女様子に、は小さく微笑む。

「おめえらは楽だから良いけどよ、俺らなんかは力仕事ばっかだぞ? めんどくせえ」
「男衆の宿命だな。まあ頑張りたまえ!」
「クソが……」

 本当に口が悪いな。私じゃなければ女子は逃げ出してるぞ。

「楽しみだなあ。今年のお祭りは、どうなるかな」
「去年と変わらないよ。きっと、いつも通りに楽しい祭りになるさ」

 そうだといいな、と人魚のメルは微笑み。
 その隣で、サメ魚人のザギ肩を竦めた。

 幼少期から、ほぼ毎日顔を合わせてきた、海の民の友人たち。今年の祭りも、彼らと共に迎えるのだ。これまでと変わらず同じように、そしてこの先も。はそんな風に、思っていた。


◆◇◆


 浜辺から自宅へ戻ったは、真っ先に風呂場へ直行した。
 髪留めを外してほどいた金髪と、夏という盛りの季節を迎えさらに肌色の濃くなった身体に、シャワーを掛け流し海水を落とす。最後に冷水を頭から被り、こざっぱりとした爽やかな気分で上がった。
 首周りの広いシャツとホットパンツに着替え、頭を拭きながら風呂場から出ると、母親の呆れたような笑顔がそこにあった。

「また海に入ってきたの? は本当に好きだねえ」
「うん、気持ち好いから」

 純粋に泳ぐ事は好きだし、海の民の友人を持つ事でさらに距離は縮まった。同年代の人間の中では泳ぎ達者の方ではないかと、自負している。

「ふふ、そう。楽しいのは良い事だわ。でも気をつけるのよ、海は育むものでもあるけど――」
「時に飲み込んで攫ってしまうものでもある――だろ? 大丈夫、分かってるって」

 よろしい、と満足そうに母は頷いた。
 海の傍らで暮らすものの、守るべき約束。昔からたくさん聞かされてきた言葉はの耳にすっかり染みついた。幼い頃は辟易していたが、今ならよく分かる。海の優しさと酷薄さを。

 だからきっと、なおさらあの世界を好いて、憧れるのだろうな。
 力強い尾びれを持つ、友人たちの存在も。




「――、悪いんだけど、これをお父さんに届けてきてくれない?」

 母がそう言って掲げたのは、父の軽食包みだった。

「お仕事の途中で食べるやつなんだけど、忘れていったみたいで」
「ん、分かった。漁港だろ? すぐに行くよ」

 はくつろいでいた身体を起こし、金色の髪を軽くひとまとめにすると、包みを受け取り家を出た。

 外に一歩踏み出した途端、目映い陽射しが注ぎ、目の前を染めた。の肌に、じりじりとした暑さが押し寄せてくる。
 雲のない空は鮮やかに青く、真上の太陽も輝いている。時折風が吹き上げる海辺の町は、盛りといえる夏の季節真っ只中にある。夏らしい眩しい景色が、の目の前に広がった。


 この海域を臨む海岸線には、いくつかの町が並んでいる。そのうちの一つに含まれているのが、の暮らす町だった。
 多くの海路を繋ぎ、巨大な貿易船なども受け入れる大規模な港町は別にあるので、この町自体はいたって長閑かつ平穏。そこで暮らす人々も、海に寄り添い、時に荒波に立ち向かう生活を送り、豪快というか大らかというか、まあ海辺の町に相応しい荒削りな人々が多い。
 ――ただ、他の町と違うのは、ここが海岸線の先端に最も近く、そして正面に臨む穏やかな海域には“別の民”が暮らす小さな浮島がいくつもあるという事だった。


 は日陰を縫うように町中を歩き、ほとんどの商店が立ち並ぶ大通りへ踏み入れた。町の人々からは“水路通り”という名で親しまれているが、その理由は向かい合う店と店の間に、船が二隻通れそうなほどに幅の広い水路がドンッと伸びているからである。
 町一番の長さと広さを誇る存在感ある水路だが、これは主に町の人々のためというより――海を通じて町にやって来る“彼ら”のための通り道だった。

「あ、ねえだ!」
姉ちゃーん!」

 水路の側で、小さな子どもたちが手を振る。日に焼けた人間の子どもたちと、魚人の子どもたちだった。はニッと笑い、手を振り返す。

 海と繋がるこの水路を通り、海の民は頻繁に町へやって来る。町に上がる者が居れば、水路に身を浸す者が居たりと様々で、こうして二つの種族が談笑しているのは珍しい光景ではない。が物心ついた時から見てきた、当たり前の日常だった。

 賑やかにお喋りをする子どもたちを眺め、漁港へ足を進める。大規模な貿易港などと比べれば見劣りはするだろうが、最果ての長閑な町には見合わないほど、建物や漁船の受け入れ口などは立派な場所だ。
 の父親の仕事場も、そこだった。




 父に渡す軽食の包みは、漁港の事務所へ預けた。昔からこうやって漁師の父に届け物をしていたので、顔見知りになった職員も多く、帰り際にアイスキャンディーを一つ頂いた。はそれを口にくわえて事務所を後にし、建物の影で冷たさを味わう。

 賑やかな漁港になにやらざわめきが走ったのは、冷たいアイスを食べきる頃であった。
 慌ただしく駆けて行く人々の姿を見つけ、も釣られるようにその方向へ向かう。漁港には大きな漁船が泊まっており、その船体から長虫のような躯体を持つ巨大な水棲生物が揚げられている最中だった。あれは確か、肉は食用に向かないものの、鱗や牙などが武器や道具を作る時にとても役立つ生物だったはずだ。町の収入源の一つなので、解体と保存の作業準備をする人々は、嬉しそうに声を掛け合っているようだった。

 ――と、その中に、見知った顔を発見する。

 船の縁から港へ、軽々と飛び降りた魚人。長大な銛を担ぐ仕草が妙に板についている、サメの頭を持つ彼は、に気付くと視線を向けた。は軽く手を上げ、お疲れ様、という意味を込めて笑いかける。彼は担いだ銛を軽く揺らして応じ、作業へ戻って行った。

 へえ、さっき会った後、船についていって捕まえたのか。

 あの手の生物は、長時間の潜水ができてなおかつ泳ぎ達者な魚人族の力がないと、基本的に海中から引きずり出せない。漁港の人たちはさぞかし大喜びするだろうなと思いながら、は踵を返した。



「――

 漁港の片隅でぼんやりと海を眺めるの背に、低い青年の声が掛けられた。
 海風に金色の髪を揺らし、天を仰ぐように振り返る。背面に佇んでいたサメの魚人――ザギを視界に収め、小さく笑みを浮かべる。

「よ、お疲れ。大物が捕れたんだな」
「運が良い事にな。お前は何してんだ」
「父さん宛に届け物。それと……」

 は自らの隣に置いていた、冷たい飲み物を差し出す。

「頑張ってる“漁師さん”に差し入れ」

 ザギは両目を瞬かせた後、低い声に笑みを含め「うるせえ、漁師じゃねえよ」と呟いた。
 その拍子に口角が上がり、ギザギザの牙が覗く。今にも取って食いそうな凶悪な顔面になったが、これがザギの笑顔であったりする。誤解を招きかねない表情ではあるものの、すっかり見慣れてしまったは、特に驚いたりはしない。
 ザギは飲み物を受け取ると、口の中へ一気に流し込んだ。

「まあ、似たようなもんってのは、否定できねえけどな」
「半分くらいは漁師の仕事だもんな。でも、ああいうのは、ザギとか魚人のひとたちがいないと捕れないから。色々と助かるって町のみんな言ってるよ」

 広大な海には、人間の暮らしを豊かにするものだけでなく、脅かすものも多数存在している。先の長虫のような水棲生物もその一つで、あの胴体で船を締め上げ、海の底に引きずり込む事もあるらしく、漁をする人間にとっては歓迎されない存在だったりする。
 そこを、海の民の中で腕っ節の一際強い魚人たちが護衛し、追い払ったり、時にああやって仕留めたりしてくれるのだ。とても頼もしい事この上ない。
 ……まあ、それに身一つで挑む人間の漁師たちも、負けず劣らず逞しいのだが。
 他にも、魚の群れの位置を探してくれたり、漁の手伝いをしてくれたりと、海の民は善き協力者であった。漁師である父は日頃からそう話している。

 海に出る人間たちの護衛と、近海域の警邏を担ってくれる、海の民のグループ――ザギは、その中の一員であった。
 腕っ節が強く、海中の戦闘に長け、無法者も撃退する魚人。そうなると、大体選出されるのは彼のような一族なので、他の面子もおおよその想像がつくだろう。
 ……過去、彼らに追いかけ回された無法者たちは、全員が憔悴しきって、大人しく縛られていた。正直、気持ちはよく分かる。波を切り裂く三角の背びれが幾つも現れたら、白旗で降参するしかあるまい。

 なんにせよ、彼らのおかげで、町はとても平穏だった。
 やっている事は半分くらい漁師の仕事なので、冗談を交えて笑っているが――同年代でありながら警邏の一員に加わっているザギの事を、こっそりと、すごいとは思っている。
 面と向かっては、絶対に言ってやらないけれど。

 子どもの頃は、背格好なんて同じようなものだったのに。今ではもうこんなにも違う。男女差というより、人間と魚人の差だろうか。

「ザギは、これからまた護衛につくのか?」
「いや、今日はもう他の船も戻ってくる予定だから、仕事はしまいだ」
「え、そうなんだ」

 がやや驚いてみせると、ザギは真上から視線を落としてきた。

「親父さんから聞いてねえのか。今日は漁港の連中も集まって祭りの相談があるっつってたぞ」
「あ、ああ、そうか。あるとは聞いてたけど、いつあるのかまでは聞いてなくてさ」

 そうか、今日が祭りの……。は小さく息を吐き出し、顔を正面へ戻した。

「ま、どうせ俺は今年も力仕事と見回りなんだろうがな」
「そう……私も、去年と同じに水路通りの準備とか、屋台の手伝いとかが良いんだけどなあ」

 人魚のメルがとても楽しみにしていた、町の祭り。夏を迎えたこの時期に、毎年開催される伝統的なものなのだが、陸で暮らす人間と海で暮らす魚人族が協力し合うので、盛大で賑やかな催しとして親しまれている。
 また、陸と海の異種族が共催する祭りは、余所から見るととても珍しいものらしく、この時には外からの来訪者が格段に増える。町全体が昼夜賑わい、都市部のような活気に満ち溢れるのだ。

 メルは祭りが待ち遠しいようだが、としては……少々、複雑な気分である。無意識のうちに、小さく溜息がこぼれてしまった。

「……お前、あれだろ。やりたくねえんだろ」
「な、なにが」

 はしらばっくれてみたが、ザギはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。サメの頭部に相応しい、何処か邪悪な、底意地の悪そうな笑みだ。

「祭りの踊り手。役が回ってくるんじゃねえかって思ってんだろ。バレてんだよ」
「ぐ……ッ」

 は拳を握りしめたが、ふんっと鼻を鳴らして腕を組む。

「そーだよ、どう考えても似合わないからッ」
「まあそうだろうな」

 あっさりと言ってのけられたので、は思わず振り返り、ザギの脛を殴った。


 祭りには、一番の目玉として、ある催しが組み込まれている。
 海の民による歌と――町の娘たちによる踊りであった。
 これは祭りの古くからの伝統であり、必ず舞台を設営して行われるのだが、は毎年なにかしらの理由をつけてはこの踊り手の役目から逃げ回ってきた。

 だって、どう考えても、自分が踊り子なんて、似合わなすぎる!

 父親が漁師であったため、幼少期から荒くれの海の男たちに囲まれてきた。その結果、現在のサバサバとした口調と性格が出来上がり、男勝りな娘へそのまま成長してしまった。可愛げがない事は、それなりに自覚している。だからなおさら、踊り手という役が務まると思えなかった。

「周りも、きっとそう思ってるだろ。お役目の声が掛からない事を願うよ、本当に」

 は溜息をつき、再び海を眺めた。

 祭りは好きだが、踊り手に関してだけは憂鬱だ。ああいう出し物は、それこそメルのような美しい娘がやるべきであって、私などがしていいものではないのだから。


 そう、思っていたのだが――。




、踊り手の役に、お前の名前があったから」

 祭りの話し合いを終えて帰宅した父から、あっさりと告げられたその言葉に、は飲んでいた茶を勢いよく噴き出した。

 かわし続けた踊り子の役目から、今度こそ逃げられない事を悟った、夏の夜である。



■サメ系魚人の青年×人間の町娘

イベント感や季節感がぼんやりしている作者ですが、たまにはそれを守ってみようかなという理由で、創作スタート。
今回もさらっと読める中編を目指してます。

ベタな設定をふんだんに盛り込む予定。王道の味わいを人外モノで楽しんで頂けたら嬉しいです。

例に漏れず、この小説では【全身まるっと人外】なヒーローが出没しております。また、ヒーローのモチーフは“サメ”なので、魚系が苦手な方はご注意下さいませ。


2017.07.15