06

 ――休みで、良かった。本当に、良かった。

 すっかり昇り切った朝陽が、目に染みる。窓を開けると涼しい風が入り、清々しい空の色が窓の向こうに見えるのに、部屋の中はそれとは対照的にどろりと甘ったるい空気で満ちている。
 それは恐らく、昨晩ウルがこぼした栄養液の残り香だろう。
 甘い匂いと、気怠い空気に包まれながら――は、ぐったりと横たわっていた。

 口に出すのも憚られる、あまりにも淫蕩な一夜であった。
 記憶がどうも途中から曖昧だが、覚えている限りの場面は、とんでもない有様だ。毛玉スライムから獣のように求められ、自身も少女みたいに泣きながら耽った。互いの体液に塗れ、溺れるようにまぐわい続けていた。
 それも、一晩中。
 普通ならば、瀕死になるだろう。
 それでも、翌日を迎えた今、こうして意識がはっきりとしているのは……何度も飲まされた、あの栄養液のおかげなのかもしれない。

 ウルは、無難に疲労回復と胃腸回復と言っていたが……そもそもを潰さないため、それを選んだのではないだろうか。
 だとしたら、やり口が狡猾である。


 男女が共に過ごす甘い一夜というものは、あんな感じだろうか。
 異形の交歓と言おうか、未知の領域へ踏み込み、知ってはならない事を体験してしまった心境である。
 容赦なく襲い掛かる羞恥心に、は何度も顔を埋め、声を唸らせる。

 今日は出掛ける予定ではあったが、気力が湧かない。何もせず、泥のように眠っていたい。

 は下敷きにした大きなクッションへ、深く身を預ける。全身を包む、魅惑のふわもち感触のそれは――一メートルほどの大きさに肥大した、ウルである。

『人間の女性体には、我々の交合方法は、少々刺激が強かったな』
「少々どころじゃあ、ないと思う」
『すまない。私も意識が飛んでいたのは否定出来ない』

 あんなに可愛い姿を見せられ、気持ち良くては、歯止めも効かない。
 ウルは申し訳なさそうな素振りを見せたけれど、その低い声がうきうきと弾んでいる事を、は聞き逃さない。
 おまけに、すっかり動けなくなってしまったを、実に嬉しそうに、甲斐甲斐しく世話を焼いている。ビチャビチャになってしまったリネン類を全て新しく交換してくれたのはありがたいが……けして絆されない。
 心なしか、ふわもち毛皮がこれまで以上にツヤツヤと輝き、丸いボディに素晴らしいハリと弾力があったとしても……けして、絆されたりは……――。

「あァァァ……ッもちもちクッションが戻ってきたァァァ!」
『うむ、存分に揉んでくれて構わない』

 こやつ、ちょっと調子に乗っているな。
 はベチベチと手のひらを叩きつけたが、あまりにも弱々しく、さしたるダメージにはならない。ぷるぷるした弾力が返ってくるばかりである。
 少々憎たらしく思ったが、その一方で、安堵も抱いた。

 いつもの、ウルだ。食器を溶かしたりせず、潰れた座布団でもなく、中綿を引き抜かれたぬいぐるみでもない。いつもの、ウルの、佇まいだ。

「――具合、良くなったね」

 良かった、とは微笑んだ。その代償はかなり高くついてしまったが、いつものウルに戻った事は、純粋に喜ばしい事だ。

『ああ……心配を掛けてしまって、すまない』
「ふふ、いいよ。過食期とかいうのは、もう終わったって事でいいの?」

 尋ねると、ウルは「あー……」などと曖昧に声を濁した。
 え、まさかとは思うが……。

『まあ、それはそうと、次からは栄養液を改造し、飲みやすいようにするからな!』
「……また、飲ませる気なんだね」
『え……の、飲んでくれないのか……? 今度はちゃんと、催淫効果は、取り除くから』

 当たり前だ。あんなの毎回入れられたら、身体も頭も持たない。
 じとりと瞳を細めたの真下で、ウルはおろおろと身体を震わせる。

『わ、私の事は、嫌いになってしまったか……?』

 は小さく息を吐き出し、口元を緩める。

「……次からは、美肌効果のある成分を入れてね」
『! ああ、の口に合う栄養液を作るから、任せてくれ』

 途端に、嬉しそうに跳ねた。ぐったりするにも、その振動が伝わってくる。
 まったく、そんなに飲ませたいのか、この毛玉スライムは。呆れながらも、は自然と微笑んだ。

 嫌いになったかと言われれば、まあ、嫌いにはなっていない。
 ウルの毛皮の下にあるものを垣間見ても、逃げ出したいと思ったりはしない。
 私の覚悟も、少しはウルに伝わったのではないだろうか。

 凄い事をされたとしか言いようのない夜であったが、ウルも人間という生き物がどういったものか、どういう風に思うのか、少しは理解したはずだ。異種族同士、これから先も少しずつ歩み寄り、互いに問題を解決し合っていけばきっと大丈夫だろう――。

『伴侶に適した栄養液は、身体の補強にも繋がる。我々との交合にも、耐えられるようにな。たくさん、もっとたくさんのところを使い、愛し合う事も出来るだろうな』

 …………え?

「…………交合に、適した? たくさん? え、ど、どういう」

 昨晩のアレも、十分過ぎるほどに“たくさん”だったはずだ。
 まさかとは思うが、ウルは。
 あれ以上の事を、目指しているのだろうか。

 一メートルほどに肥大したクッションボディから、触手が伸びる。あっと思ったその時にはもう、の身体に巻き付き、ぎゅうっと抱き込まれていた。
 危険な気配を嗅ぎ取り、は慌てて両腕を突っ張った。

「ウル! 今日は確か、出掛ける予定だったよね! ほら、期間限定のバラのジェラート!」
『む、だが、は動けないだろう? そこまで私も愚かではない』
「いやいや、鞭打ってでも行くから!」
『鞭だなんて、そんな旧時代的な事を未来の伴侶にはしない。、そんな事は言うものではないぞ』

 窘められてしまった。日本特有の言い回しは、通じないらしい。官能小説の単語は覚えているくせに何故だ。

『それに――今は、以外は、食べたくないな』

 低い声が、うっそりと囁く。頭の中に注がれ、広がっていく欲情の兆しに、の頬が瞬く間に赤く染まる。
 だから、何で、そういう言葉選びばかり……。
 肩の後ろや背中を厭らしく撫で、這い上がる柔らかい触手が、振り解けなくなってしまう。

、言っていなかったかもしれないが――過食期は、まだ絶賛、続いている』
「……は、い?」
『グランニューツヴェルドゥート星人は、交合と産み付けにあたり、そもそも数日間とまぐわい続ける。種を注ぎ続けるための、活性化でもあるわけだ』

 産みつけ? 数日間? 注ぎ続ける?
 凄まじい威力を秘めた単語が次々に並び、の思考が停止する。

「え? 産み付け……え?」
『ああ、不安にならなくて良い。昨夜の分泌液は、人間でいう精子ではないから、子どもは出来ないよ。子どもを作るにはまた別のものを作らなければならないんだ。それも魅力的だが……まずはを、私に適した身体へゆっくり変えないと』
「ちょ、ちょっとウル、待って。地球人が、か弱い生き物だと、正しく理解して……」
『――今まで、ずっとこの時期を耐えてきたんだ』

 笑みを含んだ声は、殊更に優しく、穏やかに響く。
 その中から、人間では計り知れない狂喜と、本性が垣間見えた。

『もう、抑えられないよ。大丈夫、今日一日は、全て私が面倒を見るから』
「いや、あの、ウル」
『忌々しい過食期の本能を、素晴らしいものだと思う日が来るとは思わなかった。ああ、とても嬉しいよ、。私の愛しい人――もっと、もっと続けよう』

 ねえ、私の声、絶対に聞こえてるでしょ!
 もうちょっと詳しく話してくれるかな、毛玉スライム!

 そう告げようとしたの口は、優美に擦り寄った触手で柔らかく塞がれてしまった。

は、私とは、嫌?』

 私は貴女が良い、だなんて、この流れで言うものではない。
 それこそ、ウルも既に知っているはずだ。

 は答える代わりに、唇の上に乗せられた触手をぺろりと舐めた。



作者初めての【スライム・触手モノ】でした。
スライムも触手も、いつもエグいのしか見当たらないので、自分で生産する事にしました。
正直、楽しかったです……また人外沼が深まってしまった……。もう抜け出せねえな……!

創作にあたりだいぶ時間が掛かってしまいましたが、少しでも楽しんでいただけたら光栄です。
そしてあわよくば、触手やスライムがそんなに嫌いではなくなり、うっかり人外の沼地に足を滑らせてしまいますように。

人外モノは、とてもいいぞ!

◆◇◆

ウルのイメージは何が一番近いかと考えた時、デジモンのボタモンが浮かびました。
耳と目を取っ払えば、たぶん大体、あんな感じだと思います。


2019.04.28