05(18禁)

 ――蜘蛛みたい。

 真っ黒な球体から伸びている、同じ色の柔らかい触手が、目の前でうねっている。
 テーブルライトで照らされる壁も、天井も、ベッドに横たわるの周囲も、黒い触手が少しずつ張り巡らされる。まるで、黒い糸で作られた巣のようだ。

 それなら私は、蜘蛛の獲物、かな。

 濡れたままの裸体に、ゆるりと触れる触手を見て、そんな事を思った。
 それにしても、意外とウルは力持ちのようだ。猫の尻尾のようなフニャフニャの触手なのに、を巻き上げて浴室から寝室にまで連れて来たのだから。
 触手の数といい、意外な頑丈さといい、どういう構造をしているのだろう。すごいなグラニュートウ星人。

 ――なんて、感心しながら、の心臓はバクバクと飛び跳ねている。
 顔は冷静かもしれないが、内心は全くそうではない。一向に落ち着かない心臓の音が聞こえているし、唇からこぼれるのは震える吐息ばかりだ。

 だって、緊張するなという方が、難しい。
 私は、これから……――。

「ウ、ウル」

 黒い触手が、へ緩やかに巻き付く。何も纏わない肩を、背中を、腰を、足を、柔らかく包む素振りで、自由を蝕んでいく。
 ウルを覆っている黒い疑似毛皮は、普段から知っている通りに、ふわふわと心地好い。悪戯に素肌の上を滑るたび、くすぐったさに身動いでしまう。
 けれど、けして、不快ではない。強張りを拭うような心地好さしか感じないから、なおさら、恥ずかしくも思う。

『心配は要らない。けして、傷つけたりしないから』

 心配は、していない。けれど。
 頭の中に響く彼の声は、いつになく熱を帯び、穏やかでありながらねっとりとした余韻を残している。耳の中を、直接舐められたようなむず痒さが消えない。
 優しいけれど、けして逃げる事は許さない。そんな風にも、聞こえてくる。事実、に巻き付く触手は、息苦しさはないが容易く振り解く事は叶わないだろう。

「あ、あの、うん……大丈夫、です」
『そうか……良かった』
「あ、で、でも、そんなに柔じゃないけど、私は、地球人だから……そこは、お、お願いね」

 当の昔に、毛玉スライム星人を受け入れた身とはいえ、どうしても縋るように言ってしまう。
 そんなを、ウルは気を悪くした様子などまったく見せず、任せてくれと笑う。

『地球人の女性体の身体構造は、学習済みだ。酷い事はしないと誓う』
「そ、そっか、良かっ……ん? 学習済みって……一体、何から」

 が尋ねると、真っ黒の真ん丸ボディが、得意げにぷるりと震えた。

『地球人の男性体が好む、書籍や、映像作品。あとは、漫画書籍などだな』

 それいわゆるエロ本とかAVの事かァァァァ!
 漫画書籍って……触手モノの漫画でも読んだの?! その姿で?!

 男性向けの漫画もAVも、ファンタジーで溢れているけれど、大丈夫だろうか。あまり真に受けたりしていないと良いのだが……あと、知識の偏りが生まれていない事を切に願う。
 しかし、ウルからは胸を張って得意げにしている空気がはっきりと感じられる。ウヨウヨと触手が生えている、真っ黒な毛玉スライムなのに、実に感情豊かだ。そんな風にされてしまったら、は何も言えなくなる。

 まあ、それを言ったら、私も触手モノの漫画を手に取ってしまう事が多々あったわけだし……。

に関わる事は、真っ先に学習した。万が一に、傷つけるような事があったりしては、いけないからな』

 躊躇いのない、真っ直ぐとしたウルの声に、ぐっと声が詰まる。
 見た目は、謎の毛玉スライムなのに。なんでそういうところは、男前になるのだろう。
 困惑と羞恥心で強張った頬に、じわじわと熱が集まった。

 もう、狡い、なあ。

 が小さく笑うと、手のひらに触手の先端が触れる。互いの手を握り合うように、ぎゅっと掴んだ時――緩やかに巻き付いた触手達が、動き出した。

 足首から、太腿まで。臀部から、腰まで。背中から、首まで。
 張り巡らされた幾つものそれで、何も纏わないの身体を、丹念に撫で上げる。学習した、とウルは言ったが、その触れ方は恐々とぎこちない。肌の感触や、身体の輪郭を確かめるように、丁寧に這っている。
 傍から見たら、完全に捕獲された絵図かもしれないが、マッサージを施されている気分だ。
 くすぐったくて、心地好くて、その丁寧さが逆に恥ずかしさも与えられる。人間の手ではなく、疑似毛皮に包まれた謎の触手だからだろうか。

「ん、ふ……ッ」

 くぐもった吐息が、たまらず溢れる。微かに、ウルの笑い声が、聞こえた気がした。

『怖くはないか』
「ん、ん……ッだいじょ、ぶ……ふぁあッ?!」

 視界の片隅で揺れていた触手が、の腰を軟体の触手とは思えない意外な力強さで持ち上げると、前触れなく脇腹をなぞり上げた。

「や、ふァ……ッ!」

 悲鳴とも、歓声ともつかない声が、無意識に飛び出す。
 腰部を悪戯にくすぐったそれは、飛び跳ねて捩れた腹部の上へと這うと、ゆっくり追い詰めるよう胸の方にまで登ってきた。
 胸の輪郭を一、二度ほどつんつん小突いたかと思うと、そのまましゅるりと巻き付いてしまった。
 手のひらで包むみたいに、二つの膨らみが、すっぽりと覆われる。柔らかい輪郭をなぞり、捏ねるように揉み込んで、あまつさえ硬くなった頂をふにふにと押している。

 こんなにも、人間とは違うのに――それは確かに、愛撫と呼ぶべき、繊細な仕草だった。

 はその現実離れした光景を視界に入れながら、息を乱す。慣れ親しんだふわもち感触に、背筋がぞわぞわする。じっとりともたらされるそれは、こそばゆさとは明らかに異なる疼きで、何度も熱っぽい吐息が溢れた。

 嫌じゃ、ない。気持ち悪くも、ない。
 全然、優しくて、あったかい。

「あ、ウル……ッい、ぁ……!」
『……これは、困った』

 不意に聞こえた低い声音に、は瞼を微かに持ち上げた。
 触手を操る大元である黒い球体が、顔の横にいつの間にか移動していた。表情と呼ぶべきものはないが、食い入るように見られている気がし、は羞恥心で肩を竦める。

『地球人の女性体は、脆く儚いというが――本当に、頼りないな』

 幻滅、しただろうか。グラニュートウ星人には、お気に召していただけない身体だったのだろうか。

 そんな不安が、の脳裏に過ぎったけれど――要らぬ杞憂であったと、すぐさま悟る。

『頼りなくて、温かくて、心地好い。私は、ずっと、“これ”に触れたかった』

 熱に浮かされたような、陶然とした声色。夢見るように吐き出された熱さは、初めて耳にするものであった。

 それまではの身体を確かめるようにゆっくりと這っていた触手達が、次の瞬間、その動きを不意に変えた。
 太腿の内側や脇腹、仰け反った背筋や上向いた乳房といった弱い部分に、急速に迫ってきたのだ。
 急くような愛撫を受け、はたまらず喉を鳴らす。緩慢に重ねられていた疼きが、瞬く間に熱く膨れ上がり、全身を甘く蝕まれた。

「ウ、ウル……ッ! うぁ、あ……!」

 我先にと殺到するような勢いに呑まれ、の四肢はウルに捕らえられる。シーツの上に両腕を縫い付けられ、横たわった両脚をぐいっと持ち上げられる。
 柔らかい感触なのに、けして解けそうにない触手は、を衝動のままに押さえ付けた。

『――ああ、ずっと、触れたかったんだ。余す事なく、私の全てで、貴女を』

 譫言のように吐き出された言葉には、静かな、けれど恐ろしいほどの熱を湛えていた。
 真にそう思っていたのだと、思い上がりでもなんでもなく、理解してしまうくらいに。

 、と繰り返すウルの低い声は、絶えず頭の中に注がれる。穏やか過ぎたこの異星人の、大事に隠していた劣情をまざまざと感じて、甘やかな眩暈がした。
 胸の深い場所にまで、ウルの感情が染みていくような危うさ。ぎゅうっと掴まれたような心地が、何故だかとても嬉しかった。

「――私、も」
『……?』
「私も、あ……ッさ、触って、あげる、よ……?」

 夢中になっての身体に群がった触手達が、一斉にその動きを止めた。
 ちらりとが視線をやれば、ウル本人までも、身動ぎ一つせず硬直している。
 その隙をついて、は触手が絡まったままの身体を仰向けから横向きへと変え、もう一度彼へ告げる。

「私も、ウルに、何か……してあげる」

 私とてこれでも、本を見て学んでいる。こういった触手も、擦ってあげると大いに喜ぶと、書かれていた。
 まあ、何処までが真実で、何処までがファンタジーか分からない。知識が偏っているのはきっと私の方なのだろうが、ウルの喜ぶ事をしてあげたいと思うのは、偽りなく本心である。

 がじっと見つめれば、傍らのウルは分かりやすく動揺を露わにした。丸い身体をブルブと震わせ、理性と欲望の狭間で葛藤を繰り返している。

『だ、だが……そんな……しかし……』
「触って欲しく、ない……?」
『う、う……ッ』
「ウル」

 深く唸りながら必死に耐えていたウルだったが、が「触らせて」と懇願すれば、葛藤の天秤は欲望へ一気に傾いたらしい。躊躇いがちに、しかしありありと期待を浮かべ、一本の触手をの前へと持ち上げた。

『なら、その……防護膜の下から、本体を出しても良いか』
「――本体? え? 毛皮の下って事?」
『気持ちが悪いかもしれないが』

 ……ああ、そうか。このふわふわの黒い毛皮が防護膜と言うからには、その下には別の何かがまだあるという事になるのか。
 なるほど、面白そう。はよく考えたりせず「いいよ」と二つ返事で応じた。

 さあ、何が起きるのか。
 わくわくしながら待つだったが――次の瞬間、その感情はスッと引っ込んだ。

 黒猫の尻尾のような、ふわとろ感触の触手。ゆらゆらと震え始めたかと思うと、柔らかい防護膜が内側から盛り上がり――メリメリと、音を立て裂けていったのだ。
 どんな風に防護膜を脱ぐのか、想像出来なかったとはいえ、こんな風に剥がれるとは。
 血液が吹き出したりはしていないが……凄いぞグラニュートウ星人、地球人の常識を大いに超えてくる。
 唐突に始まった生々しい脱衣シーンを眺めながら、の意識は一瞬彼方へと飛んだ。

 黒い毛皮が捲れ、その下からはいよいよ、ウルの言う“本体”とやらが現れる。
 ずるりと持ち上がり、視界に飛び込んできたのは――粘液で濡れ、てらてらとする、澄んだピンク色の肉の触手だった。
 ふわもちの毛皮とは、ある意味で正反対な、生き物の生々しさを放つそれが、の前でゆらゆらと揺れる。

 これが、ウルの、本体……。

 瞬きもせず、食い入るように見るに、ウルは困ったように触手をもじもじさせる。真ん丸のボディについては防護膜を脱ぎ捨てておらず、ふわもちクッションのままだ。見慣れた姿と、防護膜の下の本性の対比がとても顕著で、ますますは異星人の神秘に驚嘆する。

『その、やはり、気持ち悪いな……』

 目を見開いたまま動かないに、段々とウルが落ち込んでいく。しょんぼりと肩を落とし(クッションボディに肩なんてあるはずもないがそう見える)、捲り上げた防護膜を戻していった。先ほどの映像を逆再生で見ているようで、それはそれで興味深かったが、は逃がさないよう素早く触手を掴んだ。
 もちろん、防護膜が剥がれた薄いピンク色の部分を、だ。

 途端に、ウルは飛び跳ね、触手の方も面白いくらいにビョンッと跳ねた。ついでに、の身体に絡み付き、またベッドの周囲に張り巡る触手達も、事件を目の当たりにした観衆かというほど慌てふためき出す。
 その様子に少し笑みをこぼしつつ、は掴んだ触手をぷにぷにと指の腹で突く。

『あ、う……ッ』

 小刻みに震えるそれへ、くまなく視線を這わせる。
 ひんやりした表面はつるりとし、血管の類いは見当たらない。色合いも、原色のインクを塗りたくったような派手なピンクではなく、薄い紅梅色を彷彿とさせ、けっこう綺麗だと思う。
 粘液てらてら、肉感むちむち、ザ・触手といった容貌は否めないけれど。
 ただ、気色悪いだとか、目を逸らしたくなるとか、そういったものはない。自身でも驚くほど、すんなりと受け入れていた。

……ッ』

 困惑し、途方に暮れる低い声が、頭の中で囁く。何かを耐えるように息を詰める音も、はっきりと漏れ聞こえる。
 ぞくりと背中を震わせながら、ぷにぷにと突いていた指の腹を、おもむろに触手の表面へ滑らせる。つるり、つるりと扱くように繰り返し撫でると、途端にウルの震えが増した。心なしか、纏わりついている粘液も、とろっと溢れた気がする。

 ねばついた感触は、そんなに不快ではない。指先が濡れても、まったく苦には感じない。
 これが他の異星人、例えばタガの外れたあの昆虫型の異星人であったら、違うのだろう。

 ウルだから、だろうか。
 だとしたら私は、このスライム系異星人に、相当侵されている。

 はあ、と吐き出したの吐息は、熱を帯びていた。

「ウル」
『う……ッ』
「こうして触ると、気持ちが良いの……?」
『ッあ、ああ』

 こうして直接触れられるのは、言葉に表せないほどに心地好いのだと、ウルは告げた。
 人間でいうところの、防護膜は衣服で、その下のピンク色は素肌か、あるいは粘膜のようなものだろうか。
 ちょっとした発見に感心しつつ、それなら丁寧に扱わなければならないなと、は注意して指を滑らせた。

『た、ただ、他人からそうやって触れられるのは初めてだから……こんなに精密だとは、知らなかった』
「そっか、ふふ……ねえ、この触手って、何本持ってるの?」

 が触れているものや、身体に絡み付いている、この触手達。既に丸い身体から、十本以上生えているように見えるが……。

『持つというより、作るんだ。必要な数だけ。用が済めば、また体内に戻す』
「へえ、すごいね、どういう構造だろう……。もしかして、今ある触手も、全部作っていたり?」
『ほとんどが、そうだな。その内の何本かが生体器官だが、どれも等しく私の身体の一部だ』

 我々にとってこれらは、手であり、足であり、口であると、ウルは言った。

 手であり、口である、ねえ……。
 はしばし考え込み、くねくね曲がる薄ピンク色の触手をじっと見下ろした。
 おもむろに首を伸ばし、髪を押さえながら顔を寄せると――。

「……あむっ」

 うねうねしている触手の先端を、ぱくりと、口に含んだ。

『んなッ?! ……ッ?!』

 相当、驚いたらしい。ウルから、複雑に混ぜ合わさった感情が、ドバッと押し出された。
 ウルも、そんな風になるのか、珍しいものを見た。悪戯が成功したような、楽しい気分になる。

 はもごもこと唇を動かしながら、口内の触手の先端を舌先で撫でる。思わず吐き気を催すような酷い味なり匂いなり覚悟していたのだが、拍子抜けするほど、不快さはない。ほんのりと、しょっぱいような匂いがしたくらいだ。冷たくも温かくもない、むちむちした不思議な触感がなかなか楽しい。

 歯を立てないよう慎重に舌先でなぞっていると、触手の先端から、何かが滲み出した。ちゅるりと舐め取ってみると、しょっぱ甘い不思議な味が舌の上に広がった。

「んん? おいひい……ん、んッ」
『う、あ、ま、待て、ッ』
「まふぁない~んッむッん!」
『〇×△□※◎~~~~ッ??!!』

 ビクビクッと震える触手に合わせ、艶やかに悶える低い声が、の中に響く。そういうのを聞かされると、恥ずかしさより、安堵の方が上回った。
 二本の腕しか持たない私でも、ウルを喜ばせる事が出来る。ウルにも、喜んでもらえる。
 良かったと、無邪気な嬉しさが胸の中に温かく広がった。

 それにしても、先人達は凄いな。スライム系というか、触手系の弱点にドンピシャだ。
 これまで手に取った本に感謝を捧げながら、その手法を記憶の限り呼び起こし、せっせと頭を上下に動かす。

『ち、ちゃんと、調べて作るのに……ッあ、あ!も、もう、耐えられ……ッ』

 苦し気にウルが呻いた――その瞬間、口に含んだ触手の先端から、盛大に液体が噴き出した。

 突然の事に、は目を見開き、口から触手を引き抜く。けれど勢いは止まらず、口の中だけでなく、の頬や首筋、胸元にまで盛大に飛び散り、清々するほどに濡らしていった。

 は呆然とし、そっと自らの頬や胸元に、指先を滑らせる。糸が引くような粘度はなく、無色透明だったが、とろりとした感触が指を伝った。

「あ……これ……」

 もしや、と思いながらウルへと視線を向けると――彼は、恥ずかしそうに触手を揺らしていた。

『うう……作りきれていないものを、こんなに早く出してしまうなんて。情けない』
「……作りきれていない、もの?」

 何処となくめそめそした雰囲気を滲ませながら、ウルは続けて言った。
 曰く、先ほど放出してしまったとろりとした液体は、精液などではなく、交配相手の女性体に飲ませるためのものらしい。母体の状態に合わせ、その都度、栄養分や味などを変えたりする……いわゆる栄養剤なのだとか。

 なにそれ、凄い、漫画みたい。

「でも、そんなに変な味はしなかったよ。なんか、フルーツ缶の汁を薄めたみたいな……むご」

 触手によって口を塞がれ、何の気も無しに呟いた感想は途中で消失した。

『言わなくても良い。むしろ、忘れてくれ、そんなものは』
「むごご」
『今度はちゃんと、に合ったものを作るから』

 ああ、飲ませないという選択肢は、彼には無いらしい。
 それも構わないと思ってしまうのだから――私も私で、十二分に異星人寄りになっているのかもしれない。
 傍らに寄り添う丸い身体へ額を押し付けながら、は無意識に、うっとりと微笑んでいた。

、もう一度、口に』

 そっと唇に押し当てられた触手を、は再びくわえる。一度したためか、まったく躊躇いを感じない。むちむちした触手に、不器用さの隠せない舌を這わせ、ちゅっちゅっと吸い付く。
 そうすると、の身体に巻き付いた触手達も動き出し、お返しとばかりにあちこちを愛しむ。足の付け根や、臀部の狭間といった、際どい場所までもスルスルとなぞられ、くぐもった声がこぼれてしまう。

「ん、んふ……んう……ッ」

 もどかしい疼きに全身を染めながら、舌先は懸命に動かす。
 その間に、ウルの方で栄養液とやらが完成したらしく、切迫した声で懇願してきた。

、飲んで――』

 全て、言い終える前に。
 の口内を、とろみの付いた液体がどろっと満たした。

「ん、ん……ッ?!」
『ああ、こぼさないで。ゆっくりで、良いから……ッはあ』

 興奮した低い声に促されるまま、注がれた液体をこくりこくりと嚥下する。
 先ほどのうっすらとしたしょっぱ甘い味とは、全く違った。ミックスフルーツのジュースのような、濃厚な甘さが舌と喉に絡まる。どうにか全て飲み下し、ぷはっと吐き出した吐息は、すっかり甘くなってしまった気さえした。

『口に合ったかな』

 ぼうっとしながら、は頷いた。

「あま、かった」
『甘いのが、好きだろう。もう少し抑えても良いかもしれないな……ああ、効能の方だが、無難に疲労回復と、胃腸回復にしてみた』

 そんな具体的な成分を追加出来るのかと、は感心した。
 だが次の瞬間――それまでにない音を立て、心臓が飛び跳ねた。
 ドクン、と高鳴るたび、爪先から頭の天辺まで、じわりと熱く染まる。身体の深い場所が、奇妙な疼きによって満たされていくようだ。

「あ、な、なに、これェ……ッ?」
『それと、別のも――催淫効果も、追加してみた』
「さい、いん……えッ?」

 今、さらりと、何を言われた。
 両目を見開いたに、ウルは殊更に優しく、小さな子どもへ言い聞かせるような声音で続けた。

『催淫効果だ。苦痛は、感じないように。大丈夫、即効性はあるが、中毒性はなく人体には無害だ』
「だ、大丈夫って、な……え……ッ?!」

 は、初めての時に、なんてものを飲ませるんだ! このスライム星人は!

 けれど、批難する言葉を、は放つ事が出来なかった。既にもう身体は汗ばみ、ほんのり赤く染まっている。もどかしい疼きがお腹の深い場所からせり上がり、全身を駆け巡っている。引っ掻くように手のひらを押し当ててみても抑えられず、の意思は関係がなかった。

 困惑する頭の中に、ウルの感情が押し寄せる。
 それは、獣のように興奮し、欲望に逸る――極めて原始的な感情だった。

 むしろ、それしか、感じられない。他のものなどもはやどうでも良いとばかりに、一心に、を見つめている。
 予感めいたものが過ぎり、熱に染まる身体が震える。期待とも恐怖ともつかない感情が、の中でせめぎ合う。けれど、群がった黒い触手は気にも留めず、その身体を撫で擦っていった。

『――貴女が、良いと、言ったんだ』

 ぽつりと、静かな呟きが落とされる。

『私はこんな姿で、触れる手段は触手だけ。その上、過食期にあると、何度も言ったのに』

 それなのに、大丈夫だとか。触りたいとか。欲しがってくれとか。
 そんな可愛い事ばかり、何も考えずに言って。

『――もう、耐え切れない』

 ウルが欲望を吐露したと同時に、群がった触手から黒い防護膜が剥がれ、捲り上がっていく。
 一斉に次々と、その下にある薄いピンク色の本体が現れ、を柔らかく拘束した。

 ひんやりした温度が、あっという間に温く染まる。触手を伝う粘液が、ぽたぽたとの肌の上へ落ちてくる。
 滴る雫から、甘い匂いがした。頭の芯が、ぼうっとするような、たまらなく甘美な匂いが。それは先ほどが味わったものに、よく似ていた。

『“準備”は出来た――さあ、続きをしよう』

 情欲を隠さない昂った声が、宣告を告げると同時に、全ての触手が動き出した。

 腰の括れに巻き付いたものは、脇腹をするりとなぞり。
 上半身へと伝ったものは、二つの膨らみを包み、硬くなった頂を舐めるように撫で上げ。
 投げ出されていた両脚を捕らえたものは、大きく太腿を開かせ、膝を抱えて押さえ付ける。

 恐ろしいほどの鮮やかな連携に、はされるがまま翻弄された。

「やあ、あ……ッ!」

 どうにか伸ばした腕は、呆気なくぎゅっと固定され、隠す事が出来なくなってしまった。身体を捩り頭を振ってみても、それすら押さえられてしまう。
 意志とは無関係に視界へ飛び込んでくる、触手に弄ばれる自身の様子は、相当に恥ずかしいものがある。けれど、それ以上に、無防備に晒されてた恥部へと触手の先端が伸びる光景は、もっと恥ずかしかった。

 わざと見えるように、しているのだろうか。

 獲物を追い込むように、ウルの触手はゆっくりと伸び、太腿の内側を這っていく。恥ずかしげもなく開かれた両足の間、露わにされた秘所へ辿り着くと――弾けたような痺れが、の全身を駆け巡った。

 触手の、尖った先端が、悪戯に触れた――いや、舐めていったのだ。

「うあッ?! あ……ッ!」

 にちゃり、くちゃり。粘着いた音が、絶える事なくの耳に届く。ウルの触手のせいであって欲しいと、切に思った。

 はたまらずぎゅうっと眉を寄せ、自らの秘所を丁寧に暴かれる羞恥心に、必死に耐える。
 けれど、頭の中には、拒む事の出来ないウルの低い声が艶やかに注がれてきて、拒絶なんて出来るはずがない。

(ああ、これ、どうしよう)

 頭が、おかしくなる。
 人間の指とは、およそ異なる感触。生温かくて、ねっとりして、水に浸かったような不思議な感触。
 それによって、花弁を開かれ、入り口をくすぐられ、その上の小さな突起まで舐め取られている。
 全身に絡み付く疼きが、絶え間なく刺激され続け、だらだらと溢れてくるのが自覚出来た。

 人間の身では知ってはいけない事を、身体の外からも中からも、刻まれようとしている。他でもない、ウルによって。

 でも、どうしよう。これはたぶん、“覚えてはならない”事だ。
 こんな、怖いほど、熱くて心地好い事は……――。

『――余計な事は、考えないで』
「ひッあ?!」

 ぐちゅり、と音を立て、触手の先端が、秘所の小さな入り口へと滑り込む。
 あまりにも容易く、秘めた内側が、ウルによって浸食された。
 の細い背が戦慄き、跳ねるように仰け反る。それをすかさず、別の触手が支え、逃げられないよう縛り付ける。

「だって……ッこ、れえ……! だ、だめ、だめ、ァ……!」

 優しく、けれど容赦なく、触手が狭所を進んでいく。過ぎた快楽に、たまらず哀願の声が溢れたが、ウルの耳には届かなかった。

『ああ、の中は、温かいな。入れたのは指のようなものなのに、これだけでこんなに、気持ちがいい』
「ひ、んッあ、あ!」
『可愛い声。私みたいな者にも、聞かせてくれる。もっと、聞きたいが、どうしたらいいかな』

 恐ろしい独り言に、は胸の内で絶叫を上げた。
 もう、色々、十分なんだけど!
 思いを込めて黒い毛玉スライムを見つめると、ウルはぽよんと身体を揺らし。

『そうだな、に聞きながらすべきだな』
「んんーーーーーー??!!」

 そう告げるや、両足の間に収まった触手を、ぐちゅり、ぐちゅり、と前後させ始めた。

 ゆっくりと狭い内壁をなぞり、かと思えば、大きな動作で動いてみたり。角度を微妙に変えては、内側で触手を跳ねさせたり、曲がりくねってみたりと、お腹の深い場所でウルの試行錯誤が繰り返される。
 愛撫というより、責め苦だ。呼吸すら蝕まれるような、苦しいほどの甘やかさ。
 これはどうだろう、こっちの方が良いか、などと懇切丁寧に尋ねられても、が答えられるはずがない。あえて言えば全てという、非常にはしたない返答しか浮かばなかった。

 もっとも、ウルも、本当に返答を求めているわけでは無さそうだ。
 泣き出しそうな声ばかり上げるを、酷く嬉しそうに、うっとりと見下ろしている。

「あ、あ……ッだめ、だめ、あ、あァァ……ッ!」

 弄ばれる身体が、呆気なく、限界を迎える。
 せり上がってくる衝動に耐え切れず、爪先から天辺まで駆け巡る強烈な痺れに、激しく戦慄いた。汗ばんだ背中と、白く細い喉が、ぐっと反り返る。

 波が治まっても、目の前にはまだ、白い光がちらついている。消えない快楽の余韻に、はくはくと吐息が漏れる。
 一度気をやった程度では、催淫の効果は途絶えないのだろう。
 断続的に震える身体を弛緩し、ぐったりと横たわった時、視界にウルの姿が映った。相変わらず、見た目は何を考えているのか分からない毛玉のフォルム。その傍らには、薄ピンク色の触手が、うねうねと蠢いている。
 何故だか急に両目が熱く滲んできて、粘液で濡れる頬へすうっと涙が伝い落ちた。

 熱情に溺れ興奮しきっていたウルも、ようやく我に返ったらしく、ハッと身体を跳ねさせた。

……?』
「う、うう……ッ」
『い、痛かったのか。苦しかったのか。だが、そんな、乱暴は……』

 そうだな、痛くはなかった。けして乱暴ではなかった。
 だが――これは一言モノ申しても良い案件だと思う!

「地球人! そんなに! ハードな事したら、死ぬゥ!」
『う、だ、だが、気持ち良かっただろう? あんなに愛汁が出ていたし』
「あ、あいじるって……何処でそんな単語を……あ、官能小説?! ウルが呼んだ本って官能小説もあるの?!」

 どうやら時遅く、既に偏った知識が植えられているようだ。様々な造語を用いて生殖行為を表現するのは面白かった、などという素っ頓狂な返答が返ってくる始末である。
 は大きく溜め息を吐き出し、黒い毛玉へ手刀を落とした。

「大体、いきなり催淫効果とか……駄目だと思う……」
『良かれと思って』
「心遣いの方向がちょっとおかしいな……」

 ――それに。
 は、触手で固定されてしまっている腕をぐいっと動かす。

「あんまり、縛らないで。これじゃあ、ウルに触れない」

 ウルは少しの間、考え込むように口を噤んだ。その後、の四肢を拘束した力が緩み、触手が解けた。
 自由に動けるようになり、はほっと微笑む。すかさずウルを引き寄せ、ふわふわの疑似毛皮に額を寄せた。

「ほら、こうやって出来る方が、安心する」
『……そうかも、しれないな。次は、気を付けよう』

 肩の後ろに、ふわりと触手が回る。捲れ上がった防護膜を戻したようで、いつもの黒猫の尻尾だ。

「私は、ウルが嫌になる事は、ないからね」
『……は、すぐにそういう事を言う』
「不愉快、だった?」
『いいや……まさか。ただ、きっとこれからも、こんな風に悩まされるのだろうなと、思っただけだ』

 もちもちの丸い身体が、ぶるぶると戦慄いた。は小さく笑っていたけれど、彼の後ろから何かがずるりと伸びたため、顔を起こした。
 触手だという事は分かっているが――それは、今までのものとは明らかに違う色合いをしていた。
 薄いピンク色ではなく、赤身肉のような濃い色に染まっている。全体的にてらてらと光り、その先端からは粘液が滴っていた。肉感のある容貌と相まって、余計に生々しく映る。

 その一本だけ、一際異様な存在を放っている。考えるまでもなく、きっとそれは――。

『――私達が、一個体に一本だけ持っている、増殖する事のない交配専用の触手だ。生殖器官と言えば、分かるだろうか』
「あ……ッ」
『普段だったら、ここまで不気味ではないはずなんだが……』

 ウルは困ったように笑い、赤色の触手を空中で揺らした。

『過食期と、に触れた事で、みっともない有様だ』
「わ、たし……」

 惚けたように、現れたそれを見つめる。
 他の触手と同じく、恐らく温度らしいものはないだろうに、触れたら火傷してしまいそうだ。赤々と滾る容貌から視線を外せず、誘われるようにそうっと指先を伸ばした。
 驚いたように震えたけれど、もう逃げる事はない。自らを卑下しながらも、触れられる事自体は、嫌ではないのだ。
 粘液で濡れている赤いし触手へ、指先を滑らせる。それだけでぴくぴくと小刻みに震え、親指と人差し指で輪っかを作り優しく扱けば、震えがさらに増した。

『は、あ……ッ
「うん」
『入れ、たい。の中に、入りたい』

 切々と懇願する低い声に、ぞくりと胸が震える。

 人間よりも優れた面の多い、人間を打ち負かす事くらい訳ない、異星人が。
 ただの脆弱な女に、許しをこいねがっている。

 ――ああ、嬉しいな。

 既に触手を受け入れ、覚悟を決めているのだ。私の、地球人の愛の深さ、証明してあげようではないか。

「大丈夫だよ、ウル」
『あ……ッ』
「ほら――どうぞ」

 横たわった身体を明け渡し、両足を開く。
 耐えかねたように、ウルは赤い触手を振り抜き、晒された秘所へと滑り込ませた。

 ウルの粘液と、自身の蜜が混ざり合い滴る入口が、ひくりと震える。
 撫で付けるように、綻んだ秘裂の上から何度も往復されると、の身体は瞬く間に熱を帯びる。

「ん、あ……ッは」

 くちゅ、くちゅ。上下に動く音が、鼓膜を嬲る。
 やがて、触手の先端は、ひくついていた小さな入口へと押し当てられ――狭い内側へと、押し入った。

「あ、あ……ッ!」

 容易く侵入を果たし、どんどん、先端が深く潜っていく。
 広げられた入口と、浅い部分は、すでにウルで満たされているのに、まだ深いところにまで向かっている。
 感覚はすでに無いはずだが、下腹部の奥底から、苦しいほどの充足感が訴えられている心地がした。

 自分も知らない、深いところまで。
 全部、ウルが暴いて、満たしている。

 頭の芯が、狂おしく痺れるようだった。

『――ああ、こんなに、心地好いなんて』

 夢を見るような、陶然とした低い声が聞こえる。

『私の方が、おかしくなりそうだ。耐えられない――』

 言葉を絞り出すと共に、の胎内を侵すものが動き出した。
 ずりゅ、ずりゅ、と前後に出入りする振動が、甘く全身を駆け巡る。ウルの要らぬ気遣いで熱を秘めた身体は、それだけで喜び乱れる。

「ウ、ウル、あ、あ……ッ!」

 反射的に太腿を閉じ合わせても、触手は自在に這い回る。欲望のまま絡み付くその姿は――“異形”そのものだった。
 実際、ウルはその辺りから、地球の言葉を紡がなかった。言葉そのものを忘れたように、の四肢を捕らえ、夢中になって追い縋る。
 けれど、制御を失って溢れる感情と、断片的な単語が、の甘く霞む頭の中に流し込まれた。蜜を注ぐように、とろとろと、絶え間なく。



 ――アッタカイ


 ――カワイイ


 ――ズット中ニイタイ


 ――喰イタイ


 ――全部


 ――モット


 ――喰ッテヤリタイ


 ――


 ――好キ、好キ



 そんな、噎せ返るような、熱情ばっかり。
 くすぐったくて、苦しくて、けれど耐えがたいほどに愛おしい。

『あ、、出る……出る……ッ!』

 前後する触手が、激しく震える。直後、の奥深くへぐいっと押し込まれ、奔流が放たれた。
 どっと満たしていく、生温かい、ウルの欲望。
 も喉を反らし、押し寄せる衝撃に全身を跳ねさせた。

「ふ、う……ッ?! え、な……!」

 これで終わり、甘やかな余韻を楽しむ――そんな一時は、訪れなかった。
 休む間もなく、の身体には触手達が殺到し、再び快楽の中へ引きずり込み翻弄した。


 仰向けになり注がれた身体を、くるりと回転させ四つん這いにさせ。
 いつの間にか手足がベッドから離れ、宙に浮きながらぐちゃぐちゃに突かれ。
 しまいには、子どもが用を足す時の、恥ずかしい恰好もさせられ、散々に啼かされた。

 けれど、まだ。
 まだ、ウルは、求める。満たされるまで、貪欲に。

「ふぁ……ッウル、また、わ、わたし……ッゥや、あ……ッ!」

 その内、の唇からは、普段ならば絶対に出さないはずのだらしなく蕩けた声が溢れていた。

 ――過食期とやらが、いかなるものなのか。
 理解する頃には、もうとっくに思考はぐずぐずに蕩け、みっともなく、浅ましく声を上げていた。

「もう、こわ、こわひゃ……ッんぷ!」
『――まだ、もう少しだけ』

 唇から、栄養液が注がれる。果物と砂糖の、濃厚な甘ったるさが、口の中にまた広がった。

『私の事を、私の触手を、受け入れてくれているのだ。もう少し、この心地を味わわせて』
「ん、ふ……ッあ、うァん!」
『可愛い、小動物が甘えるような声だな』
「ば、か……ッ! あ、ぁあ……!」

 舌足らずに詰れば、ウルは笑う。

『馬鹿にもなる。私はずっと、これに焦がれていた。今更、止められないよ』


『今は過食期、原始的な欲求が増強され、あらゆる器官が活性化される。栄養液も、分泌液も、ありったけ作れる。ああ、忌まわしい時期が、こんなに嬉しく思うとは』


『こんなナリだが、“顎(あぎと)”の名を付けられた異形だ。、地球人では与えられない快楽を、教えてあげる――』


 熱と快楽が充満し、蕩けた頭の中に、愉悦に満ちた彼の声が聞こえた気がした。



2019.04.28