04

 太陽は既に昇りきり、目映い光が窓辺を照らしていた。
 透き通った窓硝子の向こうでは、青空も晴れやかに広がり、町並みの風景から賑やかさが伝わってくる。

 外は、こんなにも明るく晴れやかだというのに。

 住み慣れた家の寝室は、厚い雲が垂れ込めるようにどんよりとした空気で満ちていた。
 主に、ベッドの上へ上半身を倒し項垂れる、シリルのせいである。

「……大丈夫って、言ったんじゃなかったかな」
「私の中では、大丈夫だったわ」
「結局、熱、出てるし」
「こんなもの微熱よ。健康そのものだわ。ごはんも美味しいし」
「朝からあれだけがっつり食べられれば、健康かもしれないけどさ……」

 まったくもう、何をめそめそと。
 は熱を帯びた手で、すっかりしょげて垂れ下がった白兎の耳を弾いた。


 あの獣の交尾を繰り返した真夜中を、どうにか乗り切って迎えた今日――は、熱を出した。

 乗り切ったというか、途中から記憶は途絶えている。相当恥ずかしい事を口走り、何かとんでもない事をされ尽くしたという、漠然とした感覚だけがあった。豹変したシリルの姿は、はっきりと思い出されるが、それはともかく。
 目が覚めた時、身体の怠さと異様な熱さを覚え、シリルへ告げた。そうしたら、猛スピードで額に手を当てられ、有無を言わさずベッドに再び押し込まれ、この状態だ。幼少期の頃のような懐かしい姿になってしまっている。
 熱が出たといっても、にとっては微熱程度のようなもので、朝食も普段通りにがっつりと頂いたし、咳が出るわけでもない。日常生活には、何の支障もなかった。だが、子どもの頃の病弱ぶりを知り、なおかつこうなった理由の主立った原因を担うシリルは、とは正反対に肩を落とし、暗く項垂れてしまっている。

「そんな大袈裟な……熱が出たくらいで……」

「はいごめんなさい」

 ぐりんっと首だけ動かし見てきたシリルへ、は余計な事を言うのは止めた。いかにも“無”の顔で目線を送られると、妙な凄みを感じてしまう。

(……それにしても、すっかりいつものシリルだわ)

 快楽に溺れきり、狂おしくを求めた昨晩の姿は、何処にもない。僅かな気配も、片鱗も、全く感じられない。重ねに重ねた我慢を十分に発散したからだろうか。いずれにしても、兎の裏側は凄いと言う他ない。

 それはそれとし、シリルはベッドに倒れたまま、なかなか復活しない。そんなに、気に病む事だろうか。

「シリル」
「……なに」
「私、怒っていないからね」

 びく、と白兎の肩が揺れた。ああほら、やっぱり、そうだと思った。

「思わず私に熱出させるくらい、求めてくれたって事でしょ。女冥利に尽きるわ」

 それに、けっこう、嬉しいものだ。
 そんな風にされるくらい、好かれている、なんて。

「獣人の嫁として、相応しいかも、なんてね」
「……そういう台詞は、具合が良くなってから言ってよ」
「ふふ、そうね。だから、本当に平気よ。そんな罪人みたいに落ち込まないで」

 むしろ、誰よりも加減を知り、限界を知っているのは、である。その本人が良いと言っているのだから、この件はもう最初から許されているのだ。

 発熱で赤らむ頬に、にっこりと笑顔を咲かせる。沈黙していたシリルも、ほのかに苦笑を浮かべると、ようやく顔を起こした。垂れ下がった兎の長い耳も、真っ直ぐと立ち上がる。

「君は本当、前向きで明るいよ」
「まあ、それが私の取り柄だもの。周りには面倒がられただろうけどね」
「え? まさか」

 素っ頓狂な声を上げたシリルに、も釣られて目を丸くする。

「逆だよ、逆。僕の周りにいた男子はみんな、君を意識してた。昔っからね」

 それは、初めて聞いた。男の子の遊びが好きで、獣人の子達の輪に混ざりたがり、そしてぶっ倒れるという事を続けた、阿呆な幼少期。あの頃はさぞ面倒を掛けたと、今も思いを馳せているが、まさかそんなほのかな色恋の事実があったとは。

「全然、知らなかったわ」
「だって、言わなかったから」

 ベッドに頬杖をつき、頭を傾げたシリルは、柔らかく微笑んだ。

「君の事を、誰よりも知っているのは、僕の方なんだ」

 寝込んでばかりの、病弱な少女。けれど、病気がちに生まれた自身と、外で遊ぶ友人や家族を恨む事はけしてなく、心根の真っ直ぐさと明るさは誰よりも輝いていた。溌剌とした太陽のような存在に、恐らく、同年代の男達は惹かれていたに違いない。

 だが、常に傍らに居たのはシリルであり、たびたび倒れたを背負っていたのもシリルである。まごついていた連中を尻目に、行動で示すと同時に、牽制をしてきたのだ。お前らなんぞにこの子を渡してなるものか、と。
 本ばかり好む根暗な兎獣人と揶揄されてきた少年期から、彼女を妻に迎えるまで、ずっと。

「それだけは、絶対に、譲らなかった」

 穏やかに笑う白兎から、燃え盛るような意地が透けて見える。
 図鑑を開き一緒に読んでくれた、心優しい白兎の少年。その心根の誠実さは、大人になった今も変わらないと思っているが――には見せてこなかっただけで、獣人の雄の矜持は、どうやら彼にも確かに宿っていたらしい。

「可愛い兎なのに。中身は、狼さんとあんまり変わらないのね」

 冗談交じりにそう告げると、シリルはにんまりと悪戯っぽく笑みを深め、身を乗り出した。

「兎も狼も、関係ないさ。獣人は、獣人――獣は、獣だよ」
「うん、そうみたい」
「そう。だから、これからも――末永く、よろしくね」

 そう告げたシリルは、笑みを浮かべたの唇を、がぶりと食んだ。



そんな可愛い新婚夫婦であって欲しい――という思いと。
お前ら末永く爆発しろ!!――という思いを、作者なりに詰め込みました。

少しの間、エロ小説と離れていたせいか、気持ち普段の1.5倍くらい甘さエロさを足してみた……足してみた……と思いたいです。願望。

短編より少し長い程度の読み物ですが、楽しんでいただけたら光栄です。

◆◇◆

狼や熊といった、大型肉食獣系獣人もいいですが。
まるっこく可愛い草食獣系獣人も、創作面ではとてもおいしい事を再確認。
力を持たないゆえの、万年子どもを作れる、子孫繁栄の術。これは肉食獣にはなかなか無い特徴ですよね。
うまい、実にうまいぞ……。

肉食も草食も、みんな違って、みんな可愛い。(語彙力)

獣人モノは安定の、夢と尊さ無限大にあるから……みんな沼地へ滑り落ちてくれ……。
人外モノは、今後も増えるべき。



2020.03.08