01(18禁)

 その古びた洋館は、厳かな佇まいをしていた。
 色褪せた黒い煉瓦の外壁は、聳え立つような厳格さを纏い、来訪者を圧倒した。洋館内も、その外観に相応しい、古く美しい造りをしている。濃茶色に染まった床板や階段、扉は落ち着いた気品に溢れている。
 曰く、この黒い洋館は、古の時代の魔術師が過ごしていた場所なのだという。あまりにも立派で、貴い身分の方々が過ごす王城を彷彿とさせた。
 今やこの洋館に住人はおらず、魔術師達の大きな儀式の時にしか使われないのだという。そのため調度品も多くなく、装飾の類もほとんどないが、むしろ洋館が持つ古びた重厚さがかえって際立っている。
 特に素晴らしいのは、大広間だ。天井は高く、豪奢なシャンデリアがゆらゆらと揺れている。こぼれ落ちる青白い光は、陽の光が滲む水面のように、優美な静けさを湛え大広間を照らした。

 これほど格式高い建造物に踏み入れる事は、一生に何度あるだろうか。
 本当に。
 本当に――。


「あッ! あッ!」
「ああ、いい! きもちいいのォ!」


 ――もう、二度と、来るものか。

 厳格な造りをした洋館の至る所から、濡れた嬌声が高らかに響き渡る。
 シャンデリアの青白い光に照らされる大広間は、もはや、言葉にも出来ない。歓喜に咽ぶ声を上げてまぐわう、艶めかしい複数の輪郭が、隠れもせずそこかしこに浮かび上がっている。

 四肢を絡めているのは、人間の男女だけではない。
 魔物や悪魔と呼ばれる、異形の者達と睦む人間の姿も、そこにあった。

 かつて偉大な魔術師が過ごしたという厳格な洋館で、繰り広げられる一夜限りの淫蕩の宴。
 罰当たりにも程がある光景の中で立ち尽くす私は、さぞ死んだ目をしている事だろう――はそう思う事で、必死に現実逃避を続けた。

(こんなの絶対、私には無理……)

 滲むように照らす、青白い光。
 何処からか漂う、蜜のような甘い香り。
 誰のものかもはや分からない、芳醇に匂い立つ魔力。
 そして、暗がりに浮かび上がる、四肢を絡ませ合う異形の者と人間の姿。
 酩酊するような甘く淫らな目眩を、必死に振り払う。場の空気に当てられ、飲み込まれてしまわないように、と。
 頭から爪先まで全て覆い隠してしまう、引きずるほどに長い祭事用の闇色のローブの下で、は溜め息を吐き出す。本当に、どうしてこのような場所に来てしまったのか。


 魔力という神秘の力を用いる者――それが、魔術師である。
 ある時は炎を生み、またある時は水を生み、さらにある時は草木をも生やす、そんな力を扱う者に与えられた名だ。しかし、誰もが容易くなれるものではなく、魔力を持つ者にのみ許された、希少な職業でもある。
 だが、持って生まれた魔力量と、天性の素質は、魔術師となる可能性を秘めた者全てに、等しく与えられるわけではない。
 そして、絵本やおとぎ話に登場するような、戦場をひっくり返す大規模な攻撃魔術を操り、都市一つからあらゆる病を消し去る回復魔術を扱う魔術師は、ごくひと握りの存在である事も周知の事実だ。
 志す者へ開かれた門は狭く、修練の道のりは長く険しく、名乗る事を許された後も厳しい――そんな世界で、魔術師に位付けがされる事も、珍しくはない。

 十七歳という若輩の新米ながら、魔術師を名乗る事を許された。泣くほどの修練を死に物狂いで続け、魔術師としての出発地点に立つ事がようやく叶った。
 だが、の実力は、せいぜい下の中程度。華々しい魔術師生活は始まらず、早々に厳しい現実と向き合う事となった。
 なにせは、派手な攻撃魔術は不得意で、回復魔術も並以下だ。出した炎は焚き火程度の大きさで、料理には最適だが攻撃には適さない。回復魔術を使えば、切り傷をやっと治せる程度である。そして、魔力の保有量もまたさして多くなく、何も考えず連発すると気絶する。
 これではとても商売にならない。
 その上、不運な事に、天賦の才に恵まれた優秀な同期が多く、はその他大勢の凡庸な魔術師として埋もれがちだった。
 こうなってしまうと、もはや単独での魔術師の商売は厳しい。
 最後の頼みの綱である“使い魔”の獲得を、目指す他なかった。

 使い魔――それは文字の通り、魔術師の使いとなる存在だ。
 魔術師としての位を高めるだけでなく、魔力の補填や術の精度の底上げ、さらに身の回りを世話や有事の際の剣や盾になったりし、とても重要な役目を担う。
 一般的に使い魔は、魔獣や悪魔、精霊といった異形の存在が選ばれる。人間と比べ、彼らは魔力を多く保有するのだ。
 そして必然的に、強力な使い魔を得るには、魔術師自身の実力がものを言う。
 名のある悪魔や精霊を使い魔にし、傍らに侍らすだけで、名声が高まるくらいだ。それを狙う魔術師も少なくない。

 が使い魔に求めたのは、名声ではない。魔力や術の補填だった。
 誰もが一目置くような、強力な存在なんて望まない。大した力はないけれど、こんな自分にも力を貸してくれるものと出会えたら。そして、使い魔の契りが結べたら――。

 かくしては、一抹の願いを込め、年に数回ほど開催される使い魔選定の儀式――またの名を“魔力喰いの宴”に、初めて参加した。


 ――だが、まさか、このような儀式だったとは。

 多少は、話は聞いていた。使い魔選定の儀式は、別名で魔力喰いの宴とも呼ぶ。その由縁は、集まった魔術師と、魔獣や悪魔などの異形の者が、互いの相性を調べるため魔力を食べ合うからだという。
 単純に、互いの魔力を流し、好みか好みでないかという話なのだが……魔力が特に匂い立つ瞬間というのが興奮を伴った時と言われているらしく……まあ、その、そういうわけだ。
魔力を流し合うために気分が盛り上がり、そのまま事に及んでしまうものもいるとは、噂で聞いていた。そもそもこの儀式が、古い時代にあった不浄と淫蕩を楽しむ宴の、その名残とも言われている。マジか、と思っても、軽蔑はしなかった。

 ――だからと言って、まさかここまで明け透けに、神聖な儀式会場の至る所で致しているなんて、思いもしなかった。

 今回の使い魔選定の儀式会場に選ばれた、美しい洋館に着いて早々、は激しい後悔の念に苛まれた。ここまでがっつりと致すのなら、普通に考えて来なかった。人から聞いた話では、互いの魔力をほんのちょっぴり放出して気に入るか否か、それだけだった。
 そういえば今回の儀式に、同期の魔術師達も、参加すると言っていた。彼らも、この洋館の何処かで使い魔候補と励んでいるとしたら……。あまり、知りたくはなかった。知り合いの、そういった事情は。
 その上は、下の中程度の実力のため、完全に小物枠。先輩に当たる魔術師達が集めた使い魔候補の、その中でも目玉とされる大物の悪魔やら魔獣やらには見向きもされない。それは当然だから良いとして、向こうから興味を持たれても何故か早々に押し倒してこようとするのだ。

 神秘の探究者であり、人知を超えた力を扱う魔術師が、そんな野蛮な真似するかあ!

 と、断固として拒否し、死に物狂いで逃走を繰り返した。
 そして、会場入りから数十分後――乱交の宴と化した儀式で、死んだ目をする現在であった。

 蚊帳の外を食らっているが、それで良かったのかもしれない。異形の存在の手綱を完全に握り、好き放題させず従わせるという、強い意思を試す意味合いもこの儀式には含まれているのだろう。その点では、逃げ回る気の弱いは、既に選考外である。
 想像よりも遥かに過激な内容であるという事を知らなかった自身が、圧倒的に悪い。心から猛省し、もう二度とは来ない。
 は決意を新たに、いくつもの嬌声が響き渡る大広間から去った。


 とはいえ……これからどうすべきか。儀式はまだ始まったばかりで、しばらくは続くだろう。
 もういっそ帰ってしまおうか。がそう思いながら、洋館の外へ踏み出た時である。

「――おや、お嬢さん。せっかくの良い夜に、浮かない顔だねェ?」

 の頭上から、にやついた声が響く。真上を見上げると、宙に浮く人型の悪魔がいた。背丈は子ども程度で、かなりの小柄だ。だが、その声色は老人のように低い。しわがれた浅黒い肌をし、その背中には蝙蝠の翼が生えている。恐らくは、下級の悪魔だろう。ギョロリとした大きな双眸は、ニタニタと不気味な笑みを滲ませていた。

「どうしたんだい、まだ儀式は始まったばかりだろう?」
「い、いえ、私は……」

 ずい、と悪魔が近付く。は咄嗟に仰け反り、距離を取った。

「んん? 何かあったのかい? ……ああ、なるほど。お嬢さん、あぶれてしまったんだねェ、可哀想に」
「え、え……?」
「私もまだ相手がいなくてねェ。どうだい、試してみるかい?」

 厭らしげに悪魔は笑う。ああ、きっとこの悪魔は、儀式に真摯に臨んでいるわけではない。ただちょっかいを掛け、悪戯に弄びたいのだ。手頃な玩具を見つけたような、意地の悪い表情をしているのだから。

「け、け、結構です! 私は、も、もう相手が……」
「使い魔候補を探しているんだろう? もっと色んなヤツを見て行ったらどうだい? 私も協力するよ」

 悪魔が、ニタリと笑みを深める。

「さあ、魔力を――一番、美味しい魔力を、味わわせてくれ」

 そう迫られた瞬間、は脱兎の如く逃走していた。
「あはは、何処に行くんだい。恥ずかしがる事ないよ」悪魔の笑い声が、背後を追いかけて来る。
 冗談ではない、誰があのような輩と。は必死に足を動かす。しかし、悪魔は腹が立つほど余裕に溢れ、決死の覚悟で走るを小馬鹿にしてくる。「ああ、足が速いなあ。置いて行かれてしまうなあ」と、変わらぬにやけた声で嘲笑っていた。
 あの顔に、一発食らわせてやりたい。しかし、料理に適した炎しか出せないには、残念な事に手段がない。何かないものかと考えを巡らせ、洋館の外周を走っていると――不意に、開けた空間へ躍り出た。
 そこは、恐らくは庭園だろう。銀色の満月の下に、花壇らしきものとアーチ、そしてドーム状の東屋が見える。もっともそこに植物らしきものは何もなく、強いて言えば、逞しく根を張る緑の雑草ぐらいしか生えていない。

「お嬢さん、追いかけっこは終わりかい?」
「わあ?!」

 は、慌てて庭先へ飛び込む。何処か振り切れるようなものはないかと東屋へ向かうと――そこには、既に先客があった。
 散らばった落ち葉の上に横たわる、大きな躯体の獣だった。豊かな毛皮は混じりけのない美しい漆黒で、太い四肢、三角の耳、引き摺るほど長い尻尾の先端は暗い蒼が滲んでいる。月夜のためにあるような、美しい姿だ。
 狼かと思ったが、違う。その顔つきは、確かに犬だった。
 だが、が知る犬とは比べられないほど、獰猛な風貌だった。何人にも、尾を振る事は無さそうだ。可愛らしさは、全く感じられない。
 恐らく、魔獣の一種だろう。には全く覚えがなく、種族名も分からないが。

「お嬢さん、追いかけっこは飽きてしまったよ。もう良いだろう?」

 立ち止まったの後ろから、嗤う悪魔が覗き込む。ひい、と引き攣った悲鳴を上げた時、東屋に寝そべる魔獣が首を起こした。鼻梁にしわを深く刻み、震える口元からは鋭い牙が剥き出る。と下級悪魔をじとりとねめつけるその表情からは、無粋な闖入者に対する苛立ちがありありと読み取れた。

「……んん? なんだい、そこの獣は」

 下級悪魔も、ようやく魔獣に気付いた。最初こそにやけた笑みを浮かべていたが、次第にそれは凍り付いていき、動揺が現れ始める。まるで、目の前の黒犬の魔獣に、怯えているようだ。

「あんた、まさか……」
「グルルルル……」
「ヒイイ! 止せ、止せ!」

 あれほど執拗に追いかけてきた悪魔は、魔獣の唸り声を聞くや否や、風のように飛び去った。
 どういう事、だろうか。
 全く分からないが……命拾いしたという事実だけは、にも理解出来た。

「た、助かった……」

 安堵したら、腰が抜けた。ぺたりと地面に座り込み、首筋に伝う汗を拭う。
その時、魔獣がを見つめている事に、ようやく気付いた。

「あ、あの、ありが……」
「グルルルルル!」
「ヒイイ?!」

 魔獣は、激しい唸り声を上げた。に対してだ。
 どうやら、黒犬の魔獣にとっては、も追い払うべき対象であるらしい。
 あまりの迫力に、聞き苦しい悲鳴を上げ仰け反る。だが、しゃがみ込んだ恰好のまま、少しも動けない。
 腰が抜けた上に――完全に、息が上がっていた。

「はあ、はあ……でも、い、息が上がっちゃって……落ち着くまで、少しだけ、休ませて。すぐに何処かに行くから」

 魔獣の唸り声は止まらない。伸ばした前足の上に顎を乗せ、から視線を逸らさない。一挙一動を監視しているのだろう。

(知性のある、魔獣かな)

 厳しい修練の中に組み込まれた座学にて、人ならざるものについて学んだ。
 魔獣とは、魔力を持つ獣であり、魔物に分類される。その多くは、ごく普通の鳥獣よりも遥かに強靭で、生命力に富む。そして、中には知性が高く、人の言葉を解するものも稀に存在するという。
 しかし魔獣の種類やその特性などはあまりにも多岐に渡り――正直、は全てを覚えていない。事実、目の前の黒犬の魔獣については、さっぱり分からない。下級とはいえ悪魔が逃げ出すくらいなのだから、凶悪な個体なのかもしれないという、漠然とした恐怖だけを覚えた。

 は、黒犬を刺激しないよう、慎重に移動する。東屋から距離を保ち、手頃な場所で身体を落ち着かせる。
 使い魔を選ぶ神聖な儀式は、淫らな乱交会場になり。
 魔力に酔わないよう外に出たら、下級悪魔に追い掛け回され。
 そして逃げ込んだ先で、大きな黒犬の魔獣に怒られた。
 踏んだり蹴ったりとは、正にこの事である。純粋な期待で来た過去の自分、グーで殴って張り倒したい。
 は、はああああ、と重い溜め息をたっぷりと吐き出した。

「使い魔は、もう諦めるしかないなあ……どうしよう……」

 ローブの下に装着していた小さな鞄を外し、膝に乗せる。中から取り出したのは、携帯用ポットに入れてきた果実水だ。お手製のそれは、魔力が込められ、疲労回復に効果がある。多少だが、失われた魔力も回復してくれるため、緊急時には重宝した。
 攻撃や防壁などの派手な魔術には不適合だっただが、こういう日常の生活に寄り添う魔力の使い方には唯一胸を張れた。
 蓋を開け、果実水を口に含む。甘酸っぱさと清涼感が、心地好く喉を通り、疲れた身体に染みるようだった。我ながら上手く出来た、と自賛していると――ふと、何やら、視線を感じた。
 顔を横に向けると、東屋からをじっと見つめる、黒犬の魔獣の姿が視界に映った。食い入るようなその視線は、警戒し監視するそれとは、何処か違うように感じる。
 が見ている事に気付くと、黒犬はハッと耳を持ち上げ、顔を逸らす。しかし、視線はチラチラと送り続けている。へ――正確には、携帯ポットの果実水へ。
 隠し切れないその様子は、いやに人間臭く、感情豊かだ。思わずも笑ってしまいそうになる。
そっと、指先で地面をなぞる。即席の器を作り出すと、そこに果実水を注いだ。

「よ、良かったら、どうぞ。さっきの、お礼」

 そうっと器を置き、心持ち距離を取る。
しばらくの間、黒犬は唸り声を上げていた。警戒を露わにした表情は変わらなかったが、身体を起こすと、のそりのそりとの前へやって来る。
 間近で見たその魔獣の体躯は、大きな狼とさして変わらない。地面に座り込んでいるせいで、尚更巨体に見える。普通の犬にはない威圧感をまざまざと感じ、は全身を強張らせる。黒犬との距離は近く、簡単に爪牙が届くだろう。
もしも気に入らなければ、バクリと食べられ、一瞬の内に終わりだ。
恐ろしい予感を抱きながら、は固唾を飲んで黒犬の動向を見つめる。
 黒犬は頭を下げ、器の匂いをしきりに嗅ぐ。怪訝な目つきのまま、そうっと舌を伸ばすと――次の瞬間には、ビシャビシャと器の外にこぼしながら、果実水を飲み始めた。
 想定外の、激しい飲みっぷりだ。は唖然とする。お気に召したようだが、そんなに喉が渇いていたのだろうか。果実水を撒き散らす勢いで、ほんの少しだけ緊張が解ける。
こうして見ると、なかなか綺麗な魔獣だ。全身を包む漆黒の毛皮は豊かで、もこもことした厚みがある。太い四肢と、三角形の耳の先端、長い尻尾の先端は、静かな暗い蒼色が滲んでいる。これほど月夜の似合う姿の魔獣は、なかなかお目に掛かれないのではないだろうか。
誘われるように、はそっと手を伸ばす。だが、それに気付いた黒犬は、一喝するように吼えた。

「ヒイッ! ごめんなさい、ごめんなさい! 綺麗だったからつい! ブラシを掛けたら絶対綺麗だなって!」

 頭を抱え、言い訳のように謝罪を並べ立てる。黒犬はふんっと鼻を鳴らし、再び器に顔を突っ込む。
 ……前言撤回。綺麗だが、とんでもなく態度の大きい、腹の立つ犬だ。絶対に馬鹿にしている。
 恨めしく見るなど気にも留めず、黒犬は太い前足で器を叩く。おかわりを寄越せという催促だろう。

「に、二杯目? で、でも、私の分が……」
「グルルルル」
「わ、分かった! 分かったから!」

 黒犬は歯を剥き出し、獰猛な唸り声を響かせる。至近距離で脅されては、は従うしかない。言われるがまま果実水を注ぎ足したが……これではどちらが下僕か分かったものではない。
 というか、こんな調子では、使い魔の獲得なんて一生無理だ。
 は溜め息を再び吐き出す。黒犬は……には見向きもせず、ビシャビシャとこぼしながら飲んでいる。何だか、カリカリと怒ったり、落ち込んでいたりするのが、無駄に思えてきた。

「そんなに気に入ったの?」

 気まぐれに尋ねてみたが、無論、答えが返ってくるわけがない。だから、黒犬が果実水を飲んでいる間、は独り言を紡いでいた。

「私ね、こういうちょっと魔力を込めたお菓子とか果実水とか、作るのがけっこう得意なんだ。魔力の込め方で、色々と効果が変わるんだよ。緊急時の魔力回復だけじゃなくて、ちょっとした病気予防にもなったり、体調不良も治したり」

 ささやかな特技だが、同期の優秀な魔術師達も緊急時の回復アイテムとして褒めてくれた。

「あと、あとね、私これでも、失せもの探しが、一番得意なんだ」

 失せもの探しとはいうが、探す対象は、何も失くしたものだけではない。部屋で失くしたペンに始まり、迷い猫から人探しまで、縁のある代物さえあればほぼ確実に探し出せる。いわゆる探知魔術であるが、広範囲にまで及ぶその魔術は、の唯一の得意分野だった。これだけは、同期の魔術師にも負けない自信がある。まあ、攻撃や防壁などの実戦魔術はからきしで、派手さに欠けるせいで目立たないでいるが……地域の暮らしに密着する生活魔術師としては、良い線をいっているのではないか。
 同期達の素晴らしさに憧れた事はあるが、彼らを僻み、自分自身を蔑んだ事はない。身の丈に合った魔術師でありたいと、常々思っている。ただ、慈善事業ではなく、生活がかかっているのだ。使い魔を獲得しようとする必死さくらいは、大目に見てもらいたい。

「探知魔術はね、古い魔術の一つなの。それこそ、古の大規模な攻撃魔術と肩を並べるくらいに。広範囲になると攻撃魔術以上に魔力を消費するから、安定して使えるように使い魔がいたら良いな、なんて思っていたんだけど……」

 甘すぎた。この儀式には、さすがに飛び込む勇気がない。

「あなたは……とっても綺麗でかっこいいね。きっと名のある魔術師も使い魔にしたがるんだろうなあ」

 当の黒犬は、興味など無さそうに器を前足で抱え舐めている。そうしていると、恐ろしげな容貌の魔獣も、かっこいい巨大ワンコに見えて……見えて……くるような気がする。

「グルル」
「ごめんね。もう、果実水は無くなったの。もっと作ってくれば良かったね」

 ぱちん、と指を弾く。魔術で作り上げた器は、土くれになって弾けた。

「使い魔は……さすがに諦めよう。もっと別の時に、頑張ろうかな」

 うん、それが良い。今回は勉強させてもらったという事にし、使い魔はもっと別の方法で探そう。先輩魔術師達が候補を集めてくれて、その中から探すのが一番手っ取り早いというだけで、この儀式でなければ得られないものではないのだから。
 単独となると難しいだろうが、方法を探して、努力していこう。どれくらい時間が掛かるか分からないが……。
 自らの声に出して決意を新たにしたら、元気が出てきた。何故か性根の捻じ曲がったあくどい悪魔にばかり追いかけられてしまったが、まあ少なくとも誰からも見向きもされない魔力というわけではない事は判明したのだ。何事も前向きに受け止め、柔軟に考えていこう。

 呼吸が整い、落ち着いてきたら、心も軽くなった。よし、そうと決まれば、帰ってしまおう。
 だが、が立ち上がろうとした、その瞬間だった。
それまでは比較的大人しかった黒犬の魔獣が、あの鋭い牙を剥き出し、へ唸り声を上げた。暗く蒼い獣の双眸が、射抜くような眼光を放つ。

「え……え……? ど、どうしたの?」

 突如、豹変した黒犬の気迫に圧倒され、は立ち上がる事が出来ない。再び地面に尻もちをついた。

「わ、私、何か気に入らないこと、やった?」
「グルルルル」
「ヒッ……あの、本当に、どうしたの……?」

 必死に声を掛けるその間も、黒犬はへ詰め寄る。大きな黒い鼻をふんふんと鳴らし、の周りをゆっくりと歩き出した。それだけで、壁が迫るような威圧感を覚える。逃げ道なんて見えないし、逃げ出す勇気も湧かない。
 はっきり言って、恐ろしかった。
 目深に被ったフードを掴み、俯いていると、何かにフードを引っ張られる。黒犬の大きな口が、フードを噛んでいた。

「や、やめ……」

 小さな嘆願は、聞き届けてもらえなかった。黒犬はフードをぐいっと後ろに引っ張り、器用に外してしまった。
 月明かりのもとに晒される、の髪と面立ち。それを黒犬は、まるで値踏みするようにじろじろと眺めた後、首筋に鼻先を突っ込んだ。ふんふんと匂いを嗅ぐ振動が、直にの肌を伝い、怯える脳にまで響いた。
 あまりの恐怖に、悲鳴も出ない。岩のように硬直し、ぶるぶると震えるだけだ。だが、黒犬の鼻先が、首筋から胸元に向かい、ローブを咥えられた瞬間、恐怖が振り切れた。

「たべ、食べないで! お願い、待って、怖い事しないで」

 恥も外聞も捨て置き、見苦しく命乞いをする。それはもう全力で自身を庇った。
黒犬の動きが止まる。もしや、通じたのだろうか。は涙を滲ませ、恐る恐ると窺う。黒犬は、酷く人間臭い仕草で呆れ果てていた。妙なものを見るような視線までも向けている。
 何その目、こっちの方が悪いみたいな。
 が眉を顰めると、鼻を鳴らした黒犬は口を離し――たりはせず、ローブを横に除け、その下に鼻先を突っ込んだ。

「ぎゃーッ!」

 うるさい、とばかりに黒犬が唸る。今度は、ローブの下の衣服をばくりと噛み、ぐいぐいと引っ張り出した。

「待って、ねえ本当、怖い事しないで」

 まあそれが通じるはずはなく、黒犬は容赦なく衣服を引っ張る。その力に押し負け、は地面にひっくり返った。
 途端に、巨大な影が覆い被さり、太い前足が腹部を踏みつける。
 なおも黒犬は、衣服を引っ張る。今夜の儀式のため、自身を奮い立たせるべくちょっとだけ奮発した、新しいワンピースドレス。闇色の祭事用ローブにも合う、深く上品な紫――ディープロイヤルパープルの色に染まった、大人びたミモレ丈のフレアスカート。勝負服としてめちゃくちゃ気合を入れてきたワンピースドレスが、魔獣のずっしりした足で踏まれたあげく、噛まれ、引っ張られている。
 ボロの布切れのような扱いを受け、別の意味では泣きたくなった。

 ――その時、黒犬が器用にスカートをひっくり返した。
 の細い両足が、月明かりの下に晒される。露わになった太腿の上を、涼しい夜風が横切ってゆく。

「え?!」

 恐らく、偶然ではない。明らかな意図をもって、スカートを捲った。
 ぎょっと目を剥くには目もくれず、黒犬の頭は太腿に近付く。ふんふん、と微かに鼻息を鳴らすと、あろう事かそのままスカートの中へ鼻先を埋め、両足の間に頭部を突っ込む。
 尖った鼻先は、慎ましい下着に包まれたの下半身に押し込まれた。
 温かい獣の吐息が、薄い下着越しに吹きかけられる。そのような場所に、人どころか魔獣が興味を持った上に、触れるなんて。吃驚と恐怖が入り乱れながら、は必死に黒犬の頭部に手を伸ばす。

「や、やめ、な、何で……」

 その内、下着が邪魔だと言わんばかりに、黒犬は前足の爪でそれを引っ掻く。ビ、ビ、と嫌な音が下着から響いている気がする。

「や、やめて、おねがい、破かないで」

 それを破かれたら困るのだと、は切実に訴える。黒犬の動きが、ぴたりと止まった。やった、通じたのか。そう思ったのも束の間――今度は下着をがぶりと噛んだ。

 いやァー! 待って待ってそれ本当破かれたら困るー!!

「まって、わかった、脱ぐ、脱ぐからァ!!」

 やけっぱちになり、は叫ぶ。そうすると、黒犬は今度こそ動きを止め、牙を離した。
 ――こいつ、実は人の言葉が通じているのではないだろうか。
 恨めしさを込めた視線を送るも、黒犬から返ってくるのは無言の圧。蒼い獣の双眸は、さっさとしろと告げている。は自分で言った手前、脱ぐしかなかった。

 逃げる? 無理。簡単に追いつかれるし、バクリと喰われ、それで終わりだ。

 下の中程度の実力であっても、は魔術師。相手の魔力を感知する事が出来る。
 この黒犬の魔獣は――恐らく、相当、上位の存在だ。それこそ、など、片足でぶちっと踏み潰せるくらいに。
 羞恥心と、生命の危機。どちらを選び取るか、考えるまでもない。

 新しいワンピースドレスを、これ以上噛まれて破かれないようにと、腰の辺りまで捲り上げる。悴むように震える指先を下着に引っかけ、ゆっくりと下ろす。それは、けしての本意ではない。泣かないようにと、唇を噛み締めた。

(……ああ、何で、こんな事に)

 一大決心して臨んだ儀式の現実に打ちのめされ、傷が癒える間もなく、物凄く怖い巨大な犬の魔獣に襲われている。
 本当に、なんという厄日だろう。
 唯一の救いは、相手が性根の悪そうな小悪魔ではなく、綺麗な魔獣であるという事ぐらいだ。どちらにせよ、にとっては不幸であるが。

 しかし、何故この黒犬は、急にこんな事をし始めるのか。それまでは興味など無さそうだったのに……――。


 下着を太腿まで引き下ろした時、再び黒犬の頭部が近付く。ふんふんと鼻を鳴らし、秘めた場所の匂いを嗅ぐ様子を見て、の心は羞恥心で死んだ。
 濡れた鼻先が、太腿を小突く。は最初、理解出来ずに狼狽えていたが、急かすように黒犬の大きな足で叩かれ、理解した。

「う……しなきゃ、だめ……?」
「グルルルル」
「うう、唸らないで、よ……」

 泣く泣く、は両足を持ち上げる。膝の後ろに両腕を回し、胸元で抱きしめるように膝を引き寄せる。
 自ら差し出すように、月明かりに晒した、柔らかい秘めた場所。
 涼しい夜風が横切り、そして温かい息遣いが触れる。鼻を鳴らす振動が、直接吹きかけられた。の身体が、ひくりと震える。

 もしも、食べられてしまうとしたら、どうか痛みがない内に一瞬で終わって欲しい――。

 最悪の覚悟を決めながら、ぎゅ、と瞼を閉じる。
 やがてに訪れたのは、平べったい獣の舌先の感触だった。
 ぴちゃり、と音を立てたそれは、怯えて硬く閉ざした秘所をなぞるように、ゆっくりと這う。
正直、意外だった。血肉を貪られるような恐ろしい光景までも描き出していただけに、が覚悟した身を引き裂く痛みはない。
痛みがないのは良かったが……他人に触れられた事のない恥ずかしい場所を、魔獣に舐められる衝撃は途方もなく、何の救いにもならなかった。

 使い魔を得るどころか、魔術師が魔獣に弄ばれているなんて……。
 もう誰にも言えない。一生、秘密にして、墓まで持って行く。

 はしくしくと心の中で泣きながら、黒犬が興味を失うのを待つ。しかし、獣らしい平べったく長い舌は、執拗に這い回る。何がそんなに面白いのか、音を立てて舐め啜っている。

「ふ、う……ッ」

 は、唇を噛む。小さく漏れた声は気のせいだと言い聞かせる。獣の舌が這うたびに、奇妙な疼きがビリビリと走るなど、あり得ない。
 早く終わってくれと、吐息をはふはふとこぼす。薄っすらと瞼を開け、黒犬へ視線を流した。
 その時、とんでもないものを、見つけてしまった。
 の秘所を舐め啜る黒犬の、後ろ足の間から――生殖器が露出していた。

「う、そ」

 包皮からずるりと伸び、垂れ下がっている獣のそれ。月明かりが照らす真夜中でも、人間のものとは異なる尖った輪郭と、生々しい鮮やかな肉の赤が、はっきりと見て取れる。
 雄の一物を直接、見た事はないが……びくりと微かに跳ねる獣のそれは、凶悪の一言に尽きるのではないか。狼くらいはあろう体格に相応しい大きさを有している。
 いや、そんな事よりも――この魔獣は、興奮している。踏めば潰れるような、脆弱な魔術師の小娘に。
 まさかそのような反応を目の当たりにするとは、思ってもいなかった。一体どうすればいいのだろう。混乱し、激しく狼狽えていると――の鼻が、何かの香りを捉えた。ひんやりとした清涼感のある、ハーブのような香り。頭がすっきりとする爽やかさを感じるが……確かめるように何度も嗅いでいると、何故か次第に頭の芯が溶けていく。酩酊感にも似た、全身がふわふわするこの感覚は、確か、何と言っただろうか――。
 ぼんやりと考えている間に、黒犬はへ圧し掛かる。黒い毛皮が覆い被さるように重なり、太い四肢はの身体を挟む。
 熱に浮いたような思考が、現実へ引き戻される。は慌てて身を捩ったが、既に逃げ道はない。

「ッや?!」

 曝け出した秘所に、何かがぴたりと触れる。温かく滑る、酷く硬い感触。それが黒犬の生殖器だとは、見えなくとも分かった。
 黒犬の息遣いが、徐々に興奮を帯びていく。の中へ押し入ろうと、尖った先端が幾度も秘裂に擦り付けられるが、ぬるぬると滑るばかりだった。それが、秘裂のやや上にある小さな突起を撫でるものだから、の身体はびくびくと跳ねてしまう。

 ――だめ、だめなの。気持ちよくなんか、ないのに。

 言い聞かせるように、は胸の中でそう叫ぶが、唇からは甘く吐息が溢れた。
 魔獣の唾液か、自身の体液か、どちらのものであるのか定かでない粘着いた水音が響く。ずにゅ、ずにゅ、と秘裂を割るように擦り付ける獣の杭は、入り口を見つけられず、幾度も往復する。の方が、下半身から広がる疼きに耐えられなくなり、無意識に秘所を広げようとしたが――焦れた黒犬は、強引に腰を突き出す。
 黒犬のものは、両腕で抱えた太腿と太腿の間に滑り込んだ。
 求めていた場所ではなかっただろうが、ほっそりした温かい太腿に挟まれると、黒犬は構わず腰を振り立てる。頭上で鳴り響く唸り声が、興奮に染まる。吐き出される獣の吐息は熱く、ハッハッと激しく繰り返される。
 獣の躯体がガツガツと動くたび、太腿の間に挟まった肉の杭も力任せに前後する。の細い身体は、されるがまま揺さぶられた。

「あ、あ、まって、ねえ……ッきゃあ?!」

 太腿の間を出入りする肉の先端から、薄っすらと濁った透明な精が吹き出す。熱い飛沫は、の太腿だけでなく、薄い腹部や胸元、ワンピースドレスにまで飛び散った。
 その時、ぶわっと濃厚に香ったのは、あの匂いだ。清涼感のあるハーブのような、涼しげな匂い。今は生々しい熱を帯び、の思考を染め上げた。

 ああ、そうだ。これはきっと、魔力の匂い。
 昂った時こそ最も素晴らしくなるという、香り立つ魔力の濃厚な匂いだ。
 そしてこれは、この黒犬の魔獣の……――。

 魔術師にとって、魔力は神秘の触媒であり、未知を知る手段。その崇高な力に溺れ、自我を狂わされる事は、けしてあってはならない。は、そう教わった。だが、魔力の芳香がどの程度まで高まり、甘くなるのかまでは、知らなかった。
 しかしこの瞬間、身をもって、それを学んだ。

 こんなに、違うのか。匂い立つ魔力の香りは。
五感の全てが染まるような、思考が酔いしれてしまうような、危うく甘美な匂いがする……――。

 魔術師と人ならざる存在がまぐわい合う洋館の中は、様々な魔力の芳香が溢れ返り、酔いを通り越して気持ちが悪くなっていたが……。あるいは単純に、黒犬の魔力が、の本能的な好みに合致したのかもしれない。
 ともかく、こんな香りを浴びせられては――未熟な新米のには、抗えない。
 太腿をぬるりと伝い落ちるものを、指先で掬う。それを、無意識に口元へ運び、ちろりと舐めた。

「……! や、やだ、私ったら」

 魔力に当てられた自身の行動に、は愕然とする一方で、羞恥心で頬を染めた。
 いつの間にか身体を退かしていた黒犬も、衝撃を受けたように両目を見開いている。驚いたその様子は、やはり妙に人間臭く見えた。

「……グルルル」
「ご、ごめ、ごめんなさ……魔力の、良い匂いがして……」

 低い唸り声が聞こえる。怒ってしまったのだろうか。
 というか、怒るべきはこちらで、向こうを窺う必要はないのに。

 そう言えたら良いのだが、は小さく縮こまる。今度こそ噛み付かれるに違いないと震え上がった。
 唸り続ける黒犬が、ずいっと、身体を寄せる。唸り声の大きさも増し、耳元で凄まじい音が聞こえてきたが……息が、いやに荒い。
次の瞬間、の秘所には再び黒犬のものが押付けられた。

 ――嘘、なんで、全然変わってない。

 先ほど、出したばかりだろうに。たった一回では満足出来ないと言っているようだ。魔獣の生態は詳しくは知らないが、交尾に対し精力的なものなのだろうか。

「ね、ちょっと、まって……ッそんな、擦り付けないで……ッ」

 黒犬が吐き出した精液ごと、ぬるぬるとの腹部に擦れる。そこから匂い立つ甘い魔力に、眩暈がより強くなる。ふわふわと酩酊して、意識まで霞んでしまいそうだった。
 それもこれも、黒犬の魔力の匂いのせいだろう。魔獣の魔力がこんなに良い匂いするなんて、教わらなかった。
 は、黒犬の巨体を下から懸命に押したが、全く力は入らない。押し退けようとしているのか、それとも縋ろうとしているのかもあやふやで、指先まで侵食された心地がする。
 太腿、下腹部、秘所と、肉の杭が乱暴に擦っていく。にちゃにちゃと、いやらしい音まで聞こえてきた。唇を噛み締め、必死に衝動を抑えていたが――長くは耐えられなかった。

 ああ、もう、駄目――!

 黒犬の腹の下で、は自ら身体を起こし、四つん這いになる。祭事用のローブとワンピースドレスの裾を、恥じらいを捨て胸に掻き抱く。
白い尻と、細い両足、そしてどろどろに濡れた秘所が、露わになった。
 その体勢の意図は、黒犬にも伝わったに違いない。改めてに覆い被さって跨ると、硬く尖った先端で必死に秘所を押す。ぬるぬると滑るそれへ、は手を伸ばし、入り口へと導いた――その瞬間、ずぷ、と音を立てを貫いた。

「ひ、あ……――?!」

 途端に全身へ響く、強烈な充足感。甘い魔力、焦がされるような熱、本能的に歓喜する衝動――ありとあらゆる感覚が一斉に湧き立ち、は掠れた嬌声を上げた。小さな声しか上げられないくらい、心も身体も喜びに戦慄く。
 恐怖は、不思議とない。互いの魔力が溶け、流れ込んでくるその感覚は、未知のものなのに、身を任せたくなるほど心地好い。
 それは、黒犬も同じなのか。少しの間、何か耐えるように、ぶるぶると太い四肢を震わせていた。
荒々しく息を吐き出すと、を腹の下に抱き込み、猛然と腰を振り立てた。

「ッあう……ん、ぐ!」

 獣の剛直が、前後に動く。気遣いがない、強引で力任せな律動。かえってそれは、人間とは異なる、魔獣という獣らしさで溢れている。
前足で挟まされる細い身体には、獣の律動が容赦なくぶつけられる。内側から押し上げられる苦しさも、狭く小さな洞をこじ開ける痛みも、魔力の芳香のせいで快楽に塗り替えられてしまう。
 これでは、人目を憚らずにまぐわう、洋館の中にいる者達の事など言えない。今のも、同じような有様だ。

「あ、あ……! ん、んゥ、ふ……!」

 魔獣相手に、はしたなく声を鳴らし、息を乱す。背中に圧し掛かる黒犬も、ハッハッと激しい呼吸を繰り返している。だが、聞こえてくる喉の音は、威嚇のそれとは違う。鼻を鳴らし、喉をキュウキュウと震わせるそれは、まるで甘えているようだ。

「……あッ? こ、れ……」

 その時、は、ある事に気付いた。
 の身体を挟む獣の四肢の、その爪先が――蒼く、光を帯びていた。
 確か黒犬は、耳の先端や尻尾の先端、爪先を蒼く染めていた。それが今は、暗く光り輝いている。まるで、月光のよう。は両目を奪われ、その淡い光に見惚れた。
月夜に相応しい風貌だと思っていたが……今の方が、ずっと、この魔獣に似合う。
どういう原理だろう、もしや昂った魔力が匂い立つように、その部分の毛皮は淡い光を帯びるのだろうか。もっとじっと見つめていたかったが、四つん這いの恰好で後ろから打ち付けられるこの状況では、それも叶わない。

 だが、きっと、美しいに違いない。交尾の最中でも、むしろ最中であるからこそ――この魔獣は、とても美しい姿をしているだろう。

 黒犬は細く微かな咆哮を上げ、振り立てた腰をの尻に強く押し付ける。吐き出された精と共に、胎内へ直接流し込まれる魔力の熱に、は声も無く歓喜に咽び泣いた。



2021.01.02