花に白猫(4)

 チョコレートの甘い香りはまだ漂う。それが熱を孕み、空気はますます甘く蕩け出すようだった。

 心地よかった。思わず、溶けてしまう幻想を浮かべてしまうほどに。

 衣服を剥がす指は、急いているけど乱暴ではなくて。肌をなぞる手のひらは、求めて引き寄せるけど怖くはなくて。距離を詰めて寄り添う身体は、熱いけれど安らぐほどに温かくて――――。
 いつもの二人なのに、今日は普段と違うのはどうしてだろうか。



 衣服が足下に散らばる、大きなソファーの上。
 緩やかに上体を倒され天井を仰ぐへ、何処か慎重な仕草でルシフが折り重なる。姿形から異なる人と獣人の四肢が、互いの身体を引き寄せ合い、足を絡めた。
 ルシフの身を覆う純白の毛皮からは、温もりを帯びた匂いがする。汗だろうか、それとも獣特有のものか。毛皮の中にそっと差し入れたの指先には、少し湿ったような熱さが伝わった。
 地肌を引っかくように指先を動かすと、ルシフの手のひらが金色の髪ごとの後頭部を撫で、首筋、肩へと降りてゆく。肌を撫でつけていくのは、弾力ある肉球の感触だ。それはもう、にとっては馴染み深いものである。ルシフの持つ獣の手に、怖いものなんて何もない。
 その手が優しい事は、以前から知っている。
 ただ、毛皮が肌に直接当たるのは、やはり少しくすぐったい。
 が小さく笑みをこぼしたのが不満だったのか、ルシフはの薄く丸い肩へ噛みついた。獣が持つ鋭い牙の先端が、薄い皮膚へ押し当てられる。けれどほんの甘噛みで、痛みも何もなく、戯れる牙を感じただけだ。

 他の毛皮と比べ三割増しでふかふかする首へ、は頭を寄せる。耳元で聞こえるのは、喉の音。ゴロゴロ、グルグル、上機嫌な音色だ。表立っては出さず密やかにこぼすところが、なんともルシフらしい。

 ふと、戯れに甘噛みしていた牙が引っ込み、舌が伸ばされた。ざらりとした、猫特有の舌。肩から首筋に上がり、耳の裏へと伝う。ぞくぞくとする感覚に、は小さく声を噛む。そして、耳の縁をなぞった後、ルシフは吸われるようにぱくりと食んだ。
 温かい息が、耳の中へ直接吹き込まれる。「ひぁッ」と上擦った声がからこぼれると、覆い被さる白猫は笑った。普段聞く悪戯っぽい声ではなく、吐息が混ざったような色気を匂わす声。

 それは恐らく、この綺麗な白猫が持っているだろう、野生の本性が現れてきた合図だった。

 肉球を宿す手のひらが、の何も纏わない乳房を下から掬い上げるように包み込む。何処かほっそりとした外見を有するのに、その力強い仕草や手のひらの面積は、間違いなく異性であると同時に獣である。
 はあ、と吐き出されるルシフの息遣いは、ひどく熱い。
 白猫そのものの頭で、しかもしなやかな体躯は全身に毛皮を纏っている、文字通りの獣なのに。たまらずドキリとさせるその艶やかさは反則だろうと、は肌を染める。

「……心臓、凄い跳ねてる」

 そしての胸の内を見透かすように、ルシフは呟く。嬉しそうに、楽しそうに。欲望の高まりを隠さないその声音に、はぞくりと震える。
 包まれた丸い乳房が、獣の指先で形を柔く変えてゆく。爪を立てる乱暴さはない、ないのに、その焦らすような緩慢さに危うい優しさを感じる。

「ルシ、フ……ッ」

 はあ、と吐息を吐き出し、は微かに身動ぐ。その拍子にさらりと流れる金髪が、飢えたルシフの下で煌めいた。

 陽向の花、あるいは地を這う者にも注ぐ太陽の色。

 余計に、ルシフの劣情は煽られる。心地良い甘やかさはそのままに、優しくの身体を暴く。手のひらにちょうど良く収まる胸を緩やかに揉み込み、尖ってきた先端を時折引っかく。身を竦ませるように小さく震えるは、肌を染め、香り立つ匂いを増やしてゆく。

 熱を帯びた、甘い匂い。
 自ら選んだ雌の、理性を狂わす匂い。

 幾度も嗅いでいるのに、そのたびに目眩で霞む堪らなさ。地を這ってきたあの頃から消えないでいる渇望感がこみ上げてきて、ルシフは喉を上下させる。



 跳ねる腹部は柔らかく、圧を掛けたら潰れてしまいそうである。獣人の男とはまるきり異なる華奢な腰を撫で、下へ下へと向かう。
 どこも良い匂いだけど、一番はそこだと本能が訴える。
 ルシフは逆らわず、劣情を隠さない指先での両足の間へと滑り込んだ。とろりとこぼれる温かさが伝わり、くすぐるようにそこを撫でればの匂いが溢れる。
 ああ、と情けない吐息がルシフから漏れた。

 ――――たぶんきっと、思った以上に自分は浮かれているのだ。

 震えるほっそりとした両足を開かせ、蜜がこぼれる秘所を慈しむ。途端、真っ赤に染まるのかんばせが甘く蕩ける。眉をしかめる仕草や困ったような瞳の震えの、なんと蠱惑的な事か。牙を立ててやりたい衝動に襲われたが、ルシフはぐっと堪え、代わりにこぼれる蜜をもっともっとと求める。

 ……また、言ってくれないだろうか。
 その顔で、その声で、もう一度。いや、一度とは言わず、もう何回か。

 彼女が放つ言葉一つでどうとでもなれる自身が、いっそ可笑しくもある。先ほど、は子どもじみていると笑ったけれど、それは言わないだけでルシフも恐らくそうだった。でなければ、あれほど興味の欠片もなかった日が、視界に入るなど。ルシフは熱に浮かされながら、自らの下で肌を染めるを見つめた。

 ぬるりぬるりと秘所の入り口をなぞっていたルシフの指が、の内側へとやって来たのはその時であった。
 綻びぬかるんだ小さな口へ、押し当てられる指先。粘着いた音色を立てて、その指先はゆるりと押し入った。の細い眉がきゅっと寄せられる。

「あ、う……ッ」

 長い指が奥へ進むその異物感は、すぐに甘やかさに溶けて消える。ぞわぞわと這い上がる感覚に、は目の前の胸へ縋った。指触りの良い毛皮を強く握ると、白猫の腕が薄い肩を抱えた。埋められた長い指が前後に動き出し、溢れる水音が増える。は与えられる快楽に乱れた呼吸を繰り返すばかりだった。

 けれど、の耳元で聞こえる彼の呼吸もひどく熱く、時折何かを堪えるようにぐっと噛んでいる。

 はちらりとルシフを盗み見る。普段の涼しげな表情は、少し苦しそうに歪んでいる。それから頭を傾け、視線を下げる。開かれた自らの両足の間で、ルシフの綺麗な手が動くという光景が飛び込む。叫んでしまいそうになったが、は何とか耐えた。そして、下げた視線は、緩やかに動くルシフの腕の向こうでちらちらと見え隠れしているものへ定まる。

 硬く張りつめ、隆起しているもの。
 普段は体内に引っ込んでいるという、獣人の男性器。

 なまじルシフは見事な純白の毛皮を持っているので、その存在感はさらに増している。熱が灯っていそうなほどに赤く染まり、迫り出て硬く伸びた様はとても生々しい。美猫と称しても良いそれはもう美しい白猫だけれど、やはり男性なのだと薄ぼんやり思いながら、じっと見つめた。
 フッフッと乱暴に息をこぼすルシフと同等に、屹立するそれは苦しそうに震えている。

 その時、はふとある事を思いついた。普段ならば、決して思いもしないような事だ。それを脳裏に描いたのは、その時のの思考も甘く溶け落ちていたからなのだろう。

「んん……ッルシフ、あ、ちょっと」
「なに」

 耳は傾けてくれるけど、彼の手は全然止まらない。何でもないような声で反応したが、その実、恐らく冷静ではないのだろう。を無遠慮に見下ろす黄色と青色のオッドアイには、涼やかな優雅さなどなく、牙を持つ生き物特有の鋭さが浮かんでいる。
 手を止めさせるなと、言っているような気がした。
 冷静を装いながらも隠せていない獣欲が注がれ、の腹部の奥に疼きが走る。絶えず響く快楽には身を捩ったが、震えた指先を何とか伸ばし、ルシフの白い胸毛を引っ張り寄せる。

「私、私も」
「?」
「私、も……ッあ、や、待って……ッ!」

 不思議そうにルシフが見下ろす。手は、一向に止まる気配がない。
 頭の回転はいつも無駄に早いくせに、何で今は働いていないのだろう。
 それだけルシフも夢中になっているという事なのだが、で分かっていない。
 ついには、は両足の間に伸びるルシフの手を掴み、首を振る。少し不満げにひげを震わせたけれど、ルシフは仕方なさそうに手を引っ込めた。
 しかし、自慢の白い毛皮がべっちゃりと濡れているのを見て、は今度こそ悲鳴を上げた。
 覆い被さるルシフを押しやり身体を起こすと、ローテーブルからハンドタオルを取る。別の羞恥心で顔を真っ赤に染めて、その手をわしわしと拭う。ごめん、ごめんね、と何度も内心で謝りながら。
 だというのに、ルシフは。

「……もったいない……」
「もったいなくない!」

 汚いだけだろうとルシフを見ると、本当に彼は心底残念そうな顔をしている。あらぬところから出た体液に対してそんな表情を浮かべるのは止めて欲しい。

「それで、なに」
「……あ!」

 つい別の事に気を取られてしまったが、はすぐに思い出して姿勢を正す。ついでにルシフも身体を起こしたので、互いにソファーへ腰掛ける体勢となっている。

「わ、私も」
「うん」

 しばし声をまごつかせた後、半ば叫ぶようには言い放った。

「……わ、私も、ルシフに、す、するッ」
「うん……うん?」

 不思議そうにするルシフを見ず、は勢いよく上体を倒した。その振動でソファーは大きくたわみ、ギシリと軋む。はずりずりと移動すると、ルシフの太股へその手を置き、身を乗り上げた。
 そこまでしたところで、ルシフもようやく言葉の意図を理解したらしい。
 、と呟く彼の声には僅かな焦燥が含まれていた。珍しい声音だったけれど、それを笑う事も出来ない。の目と鼻の先には、天井に向かって上向くルシフの剛直があるのだ。緊張と羞恥で心臓の鼓動が一気に速まる。
 ……ああでも、これ、触って大丈夫だろうか。
 思わず浮かんだ困惑は、の挙動にも現れてしまう。ルシフは苦笑をこぼすと、そっと肩を掴んで押しとどめた。

、無理、しなくていいから」
「だって……」

 私だって、ち、ちょっとくらい、喜んで貰いたい。
 怖じ気づきそうになる心を奮い立たせ、は決して身体を離さず、ルシフの太股に上半身を乗せたまま顔を起こす。

「なに、い、嫌なの? め、迷惑?」

 ぐ、とルシフが声を詰まらせる。

 この状況を迷惑と思う雄が居たなら、そいつの頭はどうかしている。

 自らの両足の上に、無防備に寝そべった愛おしく想う女の身体。番を狂わす匂いを暴力的に振りまいて、しどけなく身を寄せ、その上恥ずかしそうにしながらも強がって奉仕の心を見せつけている。
 ルシフは、らしくもなくごくりと唾を飲み込んだ。ただでさえ張りつめている欲望がさらに膨れ、びくりと情緒なく震える。

 泳いでいる。ルシフの目が、泳ぎに泳ぎまくっている。
 ついでに長い優美な尻尾も、その心を表すように、落ちつきなく跳ね回っている。
 そんな珍しい光景を見上げながら、今一度は尋ねた。

「ルシフ……」

 懇願の意を込めて名を呼ぶと、観念したようにルシフの両肩から力が抜ける。そして、の手首に、そそそっと尻尾を巻き付けた。初めて見る尻尾の動きだった。そそそって……。
 しかし、恐らく、それが彼の返答だ。
 柔らかな尻尾の動きに小さく笑った後、は表情を引き締めり。体勢を整え、改めて身を寄せて股座にうずくまる。目の前の赤い剛直が、ぴくりと跳ねた。

「……あ、あの、自分で言っといて、なんだけど」

 の指先が、ぎこちなくそっと伸びる。

「間違ってたり、おかしなところあったら、教えてね……?」

 小さく呟くと、の頭にルシフの手が乗った。無造作な仕草で髪の毛を梳き、耳元をくすぐる。強請られたような気がして、は手のひらを重ねた。

「わ……ッ」

 が驚いて声を漏らすのと同時に、ルシフの身体が強ばった。
 意を決して触れたそれは、思っていたよりもずっと温かく、硬めの弾力がある。つつくようになぞると、苦しそうに手の内で跳ねた。まるで別の生き物のようだ。
 はしげしげと見つめていたが、かき回すように頭を撫でられ、慌てて意識を戻す。ルシフは困ったように視線を落としていた。
 えっと、確か、この時は……。は己の頭の中で記憶を掘り起こす。
 長く下働きの仕事を渡り歩いていると、特別聞きたくもないところまで色々な話を聞かされる。過去の同僚である同い年のませた子や、年上の女性陣の会話を必死に思い出して、はそれに習いぎこちなく始めた。

 天井を向く剛直の尖った先端を、指の腹でそろりと撫でる。少しずつその面積を増やし、円を描くように全体を回し撫でる。爪なんて当たらないよう、慎重に、優しく。

「ッ」

 息を詰める音が、頭上で聞こえた。
 はちらりと顔を上げて窺う。猫の頭なので人間ほどの表情の変化はないが、共に暮らしてきたには読みとるのは簡単な事だ。ルシフは、歯を食いしばるように口を閉ざし、目をしかめていた。ただそれは、嫌悪などの類ではないだろう。の髪を梳く指に、拒絶の爪はない。
 記憶を起こすは、さらに続ける。撫でていた親指と人差し指で輪っかを作ると、慎重に陰茎の先端を通した。それをゆっくり、根本にまで撫で下ろした。

「ッうあ」

 途端、ルシフの声が跳ね出て、びくりと身体が震える。
 は一瞬驚きながらも、頭の天辺に落ちてくる壮絶な色っぽい声に頬を染めた。
 気持ちが良いのだろうか。なら、もっとしてあげないと。
 根本にまで下ろした指の輪っかを、もう一度先端にまで持ち上げる。そしてまた、根本にまで。ぎこちないながらも愛しむ心で脈動するそれを撫で続ける。単調に全体だけでなく、裏の筋や、先端も、時々思い出したように擦る。
 次第に、吐き出されるルシフの息遣いが、フーッフーッと荒くなっていった。

「ルシフ、き、気持ちいい……?」

 確かめるように上目で尋ねる。途端、びくりと手の内のそれが震えた。彼は何も言わなかったけれど、の頭を無造作に撫で、巻き付けた尻尾で器用に手首を撫でる。
 それはきっと肯定なのだろう。
 の真っ赤な表情は明るく咲いた。初めての挑戦が大成功した、そんな気分である。

 頼んでもないのに色々な話を聞かせてくれた、過去の同僚たち。ありがとう。

 それが分かると、少し自信にもなる。
 今度は両手を添え、少し大胆に動かし――――いや、扱いた。

「……ッ?!」

 ルシフは全身を震わせた。冗談なく、背筋から爪先までビリビリと痺れた。喉からせり上がる音は、獣そのものな唸り声だった。抑えようとするのに、は両手をシュッシュッと上下させ、やたら丹念に扱いてくる。
 自分と他人がするのとでは訳が違うとはいえ、これは強烈であった。舌すら噛む勢いで、ルシフは必死に耐える。けれどの指の動きに、無心でいられるはずがない。

 の頭へ置いた手が、無意識に蜂蜜色の髪を梳く。表情がよく見えるようにとそれを掻き上げ後ろへ流せば、上半身を横たえ白い両手で欲望を愛しむ、の姿が眼下に広がった。

(……やばい、これだけでイケる)

 顔など真っ赤で、緊張して、手慣れていない事は丸分かりなのに。
 痛いほどに膨れる欲望に、顔を寄せ、じっと見つめ、細い指を丹念に這わせるその様は。
 ぎこちなさを浮かべながらも、間違いなく、艶やかな女そのものだった。

 この手の事には初心だと思っていたの、予想外な方面への積極性を垣間見てしまった。
 いつの間にやら、屹立したルシフのものからはダラダラと先走りがこぼれ出ている。正直、いつ弾けても可笑しくはないほどに限界だったが、数歳とはいえ年上の威厳は守りたくて必死に耐えた。

 ふと、が上目で見上げる。ルシフと視線がぶつかると、彼女は気恥ずかしそうに微笑んだ。その仕草一つで、ルシフの興奮がぞくぞくと煽られる。

「……やっぱり、これ、ちょっと恥ずかしい、ね」

 小さくが呟くたびに、温かい呼気が掠めてゆく。それだけでどうにかなりそうで、情けなく半身はびくりと跳ねた。

「でも……ん、なんか、ドキドキする」

 熱を孕んだ瞳でちらちらと見つめた後、ふと、は躊躇いがちに顔を寄せた。両手で包んだものへ、染まるかんばせがそっと傾いて引き寄せられてゆく。
 ルシフは、ハッと息を飲んだ。いや、まさか、おい。
 期待と興奮が一気に高まった時、の唇が――――ちゅう、と側面に口付け、柔らかく吸った。

 ――――呆気なく、ルシフの堪えていたものが暴発した。

 襲いかかるような射精感は、忍耐の壁を容易く打ち壊す。の手に包まれたまま、無意識に押しつけて吐露する欲望は、目眩がするほどに心地よかった。
 それまでにない脈動を見せたルシフのものから、熱い飛沫が目掛けて噴き出す。一瞬何が起きたのか分からず、は何度も瞬きを繰り返した。おもむろに、額や頬を伝うものに指をそっと這わせる。独特な匂いのある、生温かくとろりと粘着いた感触がした。これは、もしかして。

「ルシフ――――」

 そこからのルシフの行動も、先ほどの並みに素早かった。

 ルシフは横たわったを俊敏に抱き起こすと、自らの膝の上に座らせる。ハンドタオルを鷲掴み、の顔や髪を拭い始めた。

「ルシフ? あの、今の」

 拭き終わると、彼はハンドタオルを放り投げ、の細い身体を胸に抱いた。そして、どっと息を吐き出す。

「……年上の威厳」
「え?」
「何でもない」

 の頭の天辺へ顎を置き、ルシフは唸る。しかも、拭いたくらいでは消えない自分の雄の匂いがして、嬉しいんだか何だかよく分からない気分になってきた。
 そうとは知らず、は身動ぎしてルシフを見上げる。

「ねえ、私、上手く出来た?」
「……」

 恥ずかしそうに微笑むは、やはり真っ赤に染まっている。けれど、期待するような輝きもその瞳にはあった。ルシフはしばし押し黙ったものの、解けてしまった尻尾を再び彼女の足首へ絡める。
 途端、の表情がぱっと明るく咲く。
 身を寄せしがみついてくるがあんまりにも可愛かったので、ルシフはその身体を抱き返した。年上の威厳は、もう放り投げたままで良いかもしれない。

「はじ、初めてだったんだけどね、喜んでくれたら……良いな」
「……初めて?」
「うん」

 聞きたくもなかった下世話な会話を、わざわざ実際に施す相手なんていなかったし、施す相手を探そうと思うはずもない。

「……ふうん、そう」
「今日は、と、特別な日だから」
「……それは嬉しい。けど、今日だけとは言わず、またしてくれる?」
「えッ」

 思わずは声を詰まらせたが、色っぽく細められた猫の瞳からは逃げられなかった。

「……そ、そこは……要相談、です……」
「へえ、そう。じゃあ、交渉は得意だから、期待しよっかな」

 ルシフは笑い、無防備な細い首筋をかぷりと甘噛みする。そして、からは見えないところで、うっそりと獰猛に微笑む。今度は自分も同じ方法で彼女を愛し、泣き出すまで舐め啜ってやろう、と。
 そうとは知らないは、早まった決意だったかと慌てるのであった。


 ――――さて。
 改めて一呼吸置いたルシフは、をソファーの上に再び寝かせた。優しく背中が倒され、蜂蜜色の煌びやかな髪が柔らかく広がる。

「ルシフ……ッん」

 白い毛皮で覆われた手が、ふわりと赤らむ頬を包み、指の腹で唇をなぞった。

「今度は俺の番、でしょ?」

 ぺろり、と舌舐めずりする仕草は、正しく獣。妖しく微笑む美しい白猫は、緩やかにの両足を開いて抱えた。優しく、それでいて、逃がさぬようがっしりと。互いの距離が詰められ、人の肌と獣の毛皮が重なった。
 ルシフは自らの物を軽く扱き、無防備に構えるの秘所へ寄せる。つい先ほど精を放ったばかりで疼くような余韻が走るものの、既に力を取り戻し、天井を上向いている。
 ルシフは濡れた入り口を探ると、悩ましく表情をしかめるを見下ろしながらぐっと腰を押し込んだ。抱えた細い足がぴんと伸び、宙を蹴った。

「ふ、あァ……ッ!」

 入り口を広げ満たしてくる熱の楔が、一気に奥深くを穿つ。衝撃で背筋がしなり、白い喉が震えた。
 呼吸を乱すと同様に、ルシフの息遣いにも歓喜が含まれている。

「ん……ッねえ、。さっき、俺が触った時よりも」

 くつりと、白猫が喉を鳴らし笑った。
 ルシフは脇にの足を挟み、ソファーに手をつく。緩やかに腰が動き始め、は息を弾ませる。

「濡れてる、ような気がする」
「ッや、そんな、こと、はッ?!」

 楽しそうに言われ、は反論しようとし、直ぐに言葉が引っ込む。緩やかに動く腰が、わざとらしく円を描くようにかき混ぜてきた。瞬く間に熱が広がり、思考まで染められる。

「いや、そうだよ……ッふ、だってこんなに」
「あ、それ……ッひ、う……ッ」
「俺のを触って、興奮……ッしたかな?」

 それは、だって、確かに自分からしたけど、でも。何もそんな言い方。
 は赤い表情を羞恥で歪める。いっそ叩いてやろうかとも思ったけれど、身体を揺する彼は陶然とした空気を隠さず、を見下ろしている。瞬いたオッドアイは、溶けてしまいそうなほど蕩けていた。
 ずくり、との腹部の奥底が、甘く疼く。

「……やっぱ、あんたは可愛いなあ」

 独り言のように呟いた白猫は、身体を倒し、の身体を抱きしめる。折り重なった身体は熱いくらいだったけれど、その温度が心地よくの肌を包む。

 暴き立てるつもりだったのではなく、どうやらとても嬉しかったらしい。

 何が嬉しいのかよく分からないが、はぷはぷと甘噛みしてくるルシフが妙に可愛かったので、すぐに怒りは吹き飛んだ。もちろん、可愛いなんて言葉を言ってしまえば、この天の邪鬼な面も持つ白猫は拗ねるに違いない。声には出さず、代わりに微笑をこぼす。

 は揺れる広い肩に腕を回し、ぎゅっとしがみつく。返される彼の抱擁は、隙間なんていうものが見当たらないほど力強かった。けれど、名を紡ぐ声や、包み込む温かさは、何処までも優しく満たしてくる。

「ルシフ」

 蜂蜜の色に似た美しい金髪を無造作に広げ、表情を甘く綻ばせるは、陽向に咲いた花のよう。
 微笑んだは、色づいた唇で何かを呟いた。声ではなく、息遣いのような音。しかしその動きは、ルシフが欲しがった言葉を紡いだように見えた。

 たかが、二文字。なのに、彼女が口にすると、どうしてこうも乱されるのか。

 ルシフは込み上げる歓喜を自らの牙で必死に噛んだ。けれど結局、子どもじみたその喜びには勝てず、緩やかな律動は一瞬にして消失した。
 ルシフの両手が、の細い腰を持ち上げるようにして掴み寄せる。あっと声を漏らす間もなく、の腹部の奥を満たした楔がさらに深く突き立てられ、肌と毛皮がぶつかる。
 の白い喉と、ルシフの牙の向こうから、無意識に甘く掠れた声が溢れ出た。
 じわじわと緩やかに廻る疼きが、瞬く間に強烈な波となって広がる。甘く溶けるような穏やかさは、熱と快楽で急き立てられる激しい情欲へ変わり果てた。

 もう、目の前が染まる。弾む息が詰まり、せり上がる感覚に心まで戦慄く。
 全身を揺らされながら身を捩るの頭上で、ルシフも息を乱し、凄艶な声を吐息と共にこぼしている。

「ッ、あ、何で、いつも……ッ」

 細い腰を持ち上げるルシフの手に力が増し、打ち付けられる勢いが強まる。何と言ってるのかもっと落ち着いて聞きたいのに、意識が飲み込まれそうになる。

「いつも、俺ばかりが、喜ぶ事……ッ!」

 なんともルシフらしい言葉である。
 は手を持ち上げ、彼の頬へふわりと重ね合わせる。悩ましく快楽を追う白猫はその手のひらへすり寄り、ざらついた舌先を伸ばした。くすぐられた指先から募る愛しさに、は染まる頬を緩める。

 打ち付けるその激しさは、リビングに響くほどの水音をかき鳴らして高まってゆく。それがそのままルシフの想いの強さに繋がっているような気がして、は美しい白猫を抱きしめ続けた。


 やっぱり天の邪鬼。嬉しいのなら、それで良いんだから。


 ――――地を這ってきた野良猫の少年と、何も持たなかった人間の少女。
 あの頃から変わらない想いが、また少し色を増した。


◆◇◆


 花飾りの祝い日の、その翌日。
 過ごしなれた街は、華やかに着飾ったままであった。今日一日はこの装いで、明日には普段の街並みへ戻るらしい。つまり夕方頃に撤収作業をするのだろう。

「やっぱり、何処も綺麗にお花で飾ってるね」

 何気なく呟くの隣には、ルシフが並んでいる。昨日朝早くから働いたので、その分、今日はゆっくりと過ごせるらしいのだ。
 ただし家にはルシフのお得意様や懇意にしている知り合いたちからの贈り物が大量に届けられ、一角を占拠している。あれを開封する作業が待っているが……ひとまずは頭の中から消しておく。

「また来年も、こんな感じになるのかな」
「もう来年の話? 早いな」
「来年も、その次も、私は楽しみにしてるのー」

 ルシフは肩を竦め、仕方なさそうに笑う。純白の毛皮が眩しい美猫は、そんな仕草一つだけでも絵になるのだから羨ましい限りだ。

「素敵だよね、花飾りの祝い日。派手だけど、こう、気持ちまで華やかになるっていうか」

 風景を彩る、赤やピンクの花々にリボンの飾り。この日を象徴する色彩は、の視線を奪う。

 《花飾りの祝い日》を迎えると、どの街も綺麗に装いを変えて華やぐ。そして、そんな街を行く人々も、それは華やかな装いに身を包んで練り歩く。祝い日を象徴する赤やピンクの洋服を着る人、あるいは、花を頭や胸元に飾った人。彼らとすれ違った時、堂々と身に着けて素敵だなと何度も思った。
 それは羨むというより、純粋な感嘆だ。
 にはあんな、華やかな花を纏う度胸はない。お姫様が着るような服を、着るのではなく作りたいと思って裁縫の世界へのめり込んだくらいなのだから。

「何たって雑草だものねー。ああいう素敵な花は、やっぱり似合わないかも」

 は冗談っぽく笑った。ルシフは視線を彼女に移し、ほんの僅かじっと見つめる。

「……案外、似合うんじゃないかな」
「そうかな」
「でなければ、俺はそれを贈んなかったよ」

 ルシフは、金髪を束ねる髪飾りを示した。は照れ隠しに微笑み、髪飾りを撫でた。

「それに俺は――――一度だってあんたの事、雑草と思った事ないし」

 花の香を含む風が、ふわりと優しく横切った。

 賑やかな街の音が遠ざかり、静寂が不意に舞い込む。
 予期せぬ衝撃に襲われたは、目を見開いて立ち尽くす。けれど、肝心のルシフは平素と変わらず涼しげに佇んでいる。それどころか「立ち止まってどうしたの」などとのたまう始末だ。

 どうしたのって。いや、どうしたとはこっちの台詞だ。

「ルシフ、今、なんて」
「今?」

 一体何を、と言い掛け、思い至ったのかルシフは押し黙った。浮かぶ表情は、どことなく「あーあやっちゃった」と失敗をぼやいているように見えた。

「あー……まあ、気にするな」
「無理! あ、ちょっと!」

 ルシフはさっさと歩き出した。は慌てて追いかけ、彼のしなやかな腕を掴む。

「ねえもう一回、もう一回お願い」
「絶対に言わない」
「えェェェ減るわけじゃないんだから良いじゃない!」
「絶対、言わないからな」

 唸るを張り付かせながら、ルシフは素っ気なく前を向く。は不満げに唇を尖らせたものの、直ぐに笑みを綻ばせた。
 ルシフの大きな手は、の手を丸ごと包むように握りしめていた。
 本当に彼は、変なところで不器用で、そして優しい白猫である。は笑みを浮かべ、彼の手を握り返した。

 上機嫌な猫の声が、花の香を纏う風に聞こえた気がした。



お前ら末永く爆発しろ!!

という願いを込めて書きました。彼らが今後も仲睦まじくありますように。

雑草と野良猫の番外編は、ひとまずはこれをラストにしようかなと思います。
ある時突然出てくる可能性も否めませんが(今回のように)。
お付き合い下さりましてありがとうございました。獣人を愛でる憩いの時間を提供できたら幸いです。
そして今後も、獣頭の獣人たちが栄えますように……(究極的にいつもそこ)

◆◇◆

たかがイベント、されどイベント。
イベントの時は、普段言えない言葉を言えますよね。もちろん、何でもない日にさらっと告げてみるのもかっこいい。

異性であれ、友人であれ、家族であれ、例えそれがとても近い距離にいる存在だとしても(むしろだからこそ?)、言葉にする事はとても大切です。
たった一言、「いつもありがとう」だけでも嬉しいものです。


2016.04.02