語られぬ旅路の中で(1)
ただの学生から兵士へ転身することに、抵抗もなければ躊躇もなかった。侵略者たちが突如現れたあの日、ありふれた優しい日常は壊された。家族も、友人も、近所の知り合いも――大切な人は皆、全て奪われた。あの瞬間から、兵士になることに、戦場に立つことに、何の恐怖もなかった。これで憎き侵略者どもを駆逐できる。みんなの仇を討てると、喜びに震えていたくらいだった。
地球防衛軍――EDFに入隊し、訓練が始まりしばらく経った後の、“あの日”が来るまでは。
「歩兵部隊の武器がきたぞ! そっち持っていくからな!」
「駄目だ、怪物の牙がぜんっぜん取れねえ! そこのバール取ってくれ!」
「誰か、そっち持ってくれー! フェンサーの武器くっそ重い!!」
整備倉庫の至る所から、整備士たちの声と機材の駆動音が上がる。戦地のただ中にあるようなこのひりひりとした熱気は、幾度味わってもまだ慣れることはない。
整備部門は、戦いの最前線と変わらず戦い続けることになる――先輩たちの言葉は、全くもってそのとおりであった。
しかしながらまだ半人前の身のため、重火器の代名詞であるフェンサーの武装といった大型の兵器や、取り扱いに一層の注意を要すものには触ることは出来ない。量産型の武器をメンテナンスし、また修理可能な武器とそうでない武器に分けるのが主な仕事であった。
楽かと言われれば、そんなことは全くない。量産型ということは、すなわち大量配備されるということでもあるため――。
「新人たち、仕事がきたぞ! 早速取りかかれ!」
「ひィッ! 荷台に山ほどの武器が……!」
――確認しなくてはならない数もまた、非常に多いということだ。
「と、とりあえず、見ていこう。こっちは、兵士さんの武器で……」
「こっちが、回収した武器だね」
戦場から可能な限り回収した武器――要は、所有者の不明な武器だ。
防衛、駆除、救助……現在、ほとんど連日で何かしらの戦いが起きている。状況は芳しくなく、ありとあらゆる物品の消耗が激しかった。とりわけ武器や兵器の消耗が著しく、生産も追い付いていない状況のため、資源の利活用をうたい回収した武器を修理し再び兵士へ渡すようになっているのだとか。
今回もこんなにたくさんあるなんて、という痛ましさを胸に覚えながら、新人整備士たちと手分けをし丁寧に荷台から下ろす。
「運び込まれた武器の暴発に気をつけろ! 次の兵士がすぐに使えるように丁寧に扱え!」
「――うわあッ!?」
整備士の先輩の言葉を遮り、上擦った悲鳴が響く。
言った側から、同じ新人整備士である青年が握る武器がバチバチと激しい光を散らしていた。
あれは、確か……光学兵器! ウイングダイバーのレイピアだ!
「そこ持つと危ないよ! こっちを持って、砲身は下に……」
慌てて青年の手を掴み、武器を下ろさせる。無意識に起動スイッチを押し込んでいた指を外せば、音と光の激しい明滅が止んだ。回収武器であったため、破損していたことが不幸中の幸いだ。青年と共にほっと安堵の溜め息をこぼしたが、即座に「言ってる側からやらかすんじゃねえ!!」という怒号が頭上に目掛けて飛んできた。
「気を付けろ! もしもほかの連中が怪我していたら大ごとだったぞ!」
「す、すみませんでした!」
「は、はい! すみませんでした!」
共に背中を折り曲げ、頭を下げる。その後、青年は改めてへ顔を向けた。
「ごめん、ありがとう、助かったよさん。さすが僕らの中で一番詳しいな」
それは、他意のない言葉。裏側に悪意が潜んでいるわけでもない、ただ本当にそう思っただけの、むしろ彼の善意だろう。それが今も、を苛む。
「――ううん、怪我がなくて、良かった。さ、どやされる前に早くやっちゃおう」
いくら武器のことが詳しくとも、戦場に立てなくなった役立たずの兵士など――。
倉庫内に絶えず響く騒音が、言葉尻に滲む醜い感情を消してくれるよう、情けなく願ってしまった。
「おい、あれ……」
「ああ、あれが……」
騒音の中、どこからか呟きが聞こえてきた。汚れた作業着の袖口でぐいっと額を拭い、手元を映していた視線を起こす。作業は変わらず続いているが、色めき立つ空気が微かに感じられた。
「さっきの戦いに出ていた部隊だろ?」
「ああ。一緒に戦ってた俺の友達が、あの人達に助けられたって言っていたよ」
整備士らの視線が向かう先には、四名の男性兵士の姿があった。親しげに言葉を交わし、肩を叩き合いながら倉庫へ踏み入れる。武装などを見るに、レンジャーの小部隊だった。前線兵士の、有名人だろうか。腕が立つ兵士のことは噂話を小耳に挟む程度で、近頃は兵器や銃火器の勉強ばかりに明け暮れていた。兵士の顔も名前も、さっぱり分からない。
有名な兵士、かあ……。
「なあ、さん。これ、壊れたほうに分類してもいいよな」
「あ、うん、いいと思う。これは……見た目ほど派手に壊れていないから、修理の時間はかからなそうだよね」
未練がましく見ても仕方がない。今は目の前の作業に集中しなければ。
は彼らから視線を外し、分類分けを待つ武器の山へ再び挑んだ。
◆◇◆
「よう、お疲れ! 親父さん、今日も頼むわ!」
「お前ら、また派手に使いやがったな! これを片付けたらすぐに行くから、そこに置いて待ってろ」
恰幅のある壮年の整備士は、近所の子どもに言い聞かせるような口調で、やって来た兵士たちを出迎えた。実際、この整備部門において最年長者であるその男は、統括を担う整備長でもあった。
「はあーッ! 今日も無事に生きて帰ってこれたぜー!」
武器を作業台に乗せ、各々はようやく肩の力を抜いた。突如として怪物が出現したあの日から、戦場から戦場へ渡り歩く日々ばかりが続いている。勝利したとも言えない戦いを今日も無事に潜り抜けたが、すぐにまた別の戦場に派遣される。出動要請がかかるまでのこの僅かな空白は、貴重な休息時間だった。そしてそれは、恐らくどの部隊でも同じことが言えるのだろう。
「にしても、ここはいつも賑やかだな」
「戦いが終わらねえ以上、整備部門はいつもこうだよ。俺らものんびり休めるように、怪物を駆逐してくれよ」
「親父さんたちがドライバーをぶん投げる日を目指すさ……ん?」
兵士の一人が、両腕を天井に伸ばした体勢のまま動きを止めた。
「なあ、あんな若い子いたか?」
「ん? どいつだ」
「あれ」
あれ、と指で示した方向を、全員が目で追う。倉庫内の一角、搬入された大量の武器を必死に分ける整備士グループがあった。ほぼ全員が十代から二十代ほどの若い顔つきで、恐らくは新人であることが見て取れる。
その中に、一際小柄な姿があった。
やや大きな作業着から伺える、身体の細さ。捲り上げた袖から現れる、ほっそりした腕と手首。そして、華奢ながら真っ直ぐと伸びた後ろ姿。見間違えようがなく、それは――。
「…………女の子?」
「……女の子!?」
「女の子だ!」
「やめろお前ら、みっともない」
大の男たちが、揃って小柄な後ろ姿を食い入るように見つめるその光景。部隊長を務める男から注意を受けても、彼らは目で追いかけ続ける始末だった。
「ああ、あの子かい。少し前にうちに配属された子で、っていうんだ」
「ちゃん······むさ苦しい倉庫に天使が現れたみたいだ」
「おうてめえ、喧嘩ならいつでも買うぜ」
整備長の分厚い手のひらから繰り出された張り手は、前線に立つ兵士の背中を豪快に吹き飛ばした。
「若い子だが、ああ見えて体力もあるし、腕っぷしも中々。なにより、真面目で勉強家。いい人材が入ってきたぜ」
「見た感じ、二十歳になってるかどうかじゃないか? ウィングダイバーじゃなくて整備部門希望だったのか」
「ああ、それは……最初は、兵士志望で民間から来たそうなんだがな」
整備長の厳つい表情が、不意に静けさを帯びた。
「まあ、よくある話だ。同期の大半が、いっぺんに死んじまった。訓練生だったが、こっちに来たってわけだ」
訓練生がなぜ、という問いかけは上がらなかった。整備長のその少ない言葉のみでも、容易に察しがついた。
何の理由があったにせよ、武器を持てなくなった兵士が最前線で役に立てるはずがない。使い物にならなくなった――要は、そういうことだろう。
「……訓練をしていた基地に、怪物の群れが襲撃。壁と岩盤を食い破り地下から現れた侵入者どもに、実戦をしたことのなかった訓練生はほとんどが喰われた。僅かにいた教官たちが応戦するも力及ばず、三十分も経たないうちに基地は壊滅したそうだ」
慣れないながらも武器を取った訓練生、その訓練生を統率し守るために戦った教官、そして基地にいた全ての非戦闘員たち――死に物狂いで戦い、そして三十分にも満たない時間で蹂躙され尽くした基地の有様は、それは凄惨だったという。前線に立つ兵士が、その場で嘔吐したほどに。
その惨状を辛くも生き延びた者たちは、全体の四分の一程度だった。四分の三を犠牲にして生き残った彼らの中に――はいた。
「若い仲間が死んでいく様を、救助が来るまで目の前で見続けたんだ。そう簡単に割り切れねえだろうよ」
整備部門の現場を統括し、多くの整備士の支柱となる男の表情からは、静かな同情が窺えた。二回り以上も年が離れている彼女は、男の目には娘のように映るのかもしれない。
「……一度も仲間を失っていない奴は、ここにはいない。戦うというのはそういうことだ」
「厳しいねえ、軍曹」
それでも、部隊長――軍曹と呼ばれた男に対し咎める言葉がなかったのは、仲間を失うこと、あるいは戦場に立つことの苦しさや恐ろしさを、誰もが嫌というほど知っているからだろう。兵士になることを選んだ以上、それを知らないままでいられる者など存在しない。
「いや、軍曹の言うとおりだ。残酷だったが、戦場に立つ資格を問われ、ふるい落とされたのはあの子だ。それは間違いない。だが……」
「だが?」
「もしも戦場に出られたら、結構良い兵士になっていただろうな」
新しい整備士の雛鳥としてこの基地に迎える際、整備長のもとには様々なデータが送られてきている。その中には、の訓練生時代の成績も含まれていた。武器に振り回されてしまいそうな小柄な彼女だが、意外にも銃の扱いが上手く、とりわけスナイパーライフルに対しての適性が高かった。女性兵士の多くはウイングダイバーに配属されるが、はレンジャーの狙撃兵として群を抜いた成績を保持しており、特に兵士としての成長を期待されていた。
だが、彼女が狙撃兵として戦場に出ることは、もうない。
「撃てないんだとよ。ああやって、触って整備できるまでには持ち直したんだが、引き金を引けなくなっちまったそうだ」
そう告げた後、整備長は修繕の作業へ戻った。軍曹は再び、ヘルメットの向こうから小柄な後ろ姿を見つめる。
(敵を撃てなくなった兵士、か)
嫌悪するでもなく、憐れむでもなく、胸の内で静かに呟いた。
2024/11/23