突然舞い込む、非日常

 ――――― この世界には、二つの種族が存在する。
 一つは、手先が器用でいち早く文明の利器を生み出してきた、知恵ある《人間》。
 もう一つは、類い稀な体格と優れた身体能力に飛んだ、獣たちが進化したとされる力ある《獣人》や《魚人》。

 外見の相違もさる事ながら、価値観の相違までもくっきりと存在する両種族。たびたび衝突が起きるのは事実であったが、普段の生活はいたって平穏。特別な厄介ごとは、そう起きはしない。
 というのも、遙か昔では両者は争っていたらしく、互いが疲弊したところで戦争は止め、現在の形になったとか。
 古い時代は、人は人の地で、獣人は獣人の地で、という考えもあったらしいが、現在ではすっかり両種族が入り混じって生活している。


 ―――― というのが、大陸本土の事情であるが。
 目が覚めるような鮮やか蒼の大海のド真ん中、大陸とは交易と外交のみで繋がっている浮島の国《カリフォス》には、何の関係もなかった。
 海原のただ中に浮かんでいる事で、滅多に大陸の厄介ごとが流れ込んで来る事がなく。
 また、島国特有のアットホームな交流感覚で、人と獣人たちの間に壁がなく。
 ついでに、大陸の大都市のように恵まれた利器と便利さにも囲まれてもおらず。

 まあ要するに、特別勝った活気と財力があるわけではないけれど、長閑でゆったりした時間を過ごせる素敵な田舎であった。

 田舎というだけで大陸本土から人が来そうにないイメージが付き纏う《カリフォス》であるが、その実周囲の諸島も統べ、中心となる島もそれなりに大きく、この海域では立派な国である。一応、戦闘部隊だって存在している。
 だが、人と獣人たちの間に壁がないという、アットホームな風習が一部の人々にはアピールポイントとなり、隠れた旅行地になっているらしい。

 《カリフォス》がこのご時勢で平和である事は、少なからずこの国の王と王妃、そして貴族などにもあると思う。
 数代前の王であったある人間の王が、とある一般市民の女性に一目惚れして口説き落とした事が、始まりであろう。此処で反発が起きなかったのが島国の良いところで、「良いじゃんそれ!」と賛同した貴族たちも血筋構わなくなった事が現在を造ったと言って過言でない。
 ちなみにその時の王が口説いたのは、縞模様の猫人の女性だったらしい。とても気が強い、美人であったとか。
 そして、現在の王である猫の亜人の男性は、下半身が魚な魚人――いわゆる人魚の女性に一目惚れし、熱烈なプロポーズを果たしたとか。カリフォスは昔から、王族などを筆頭とし異種族の壁を平気でぶち破る風習があるらしい。
 ちなみにその時の、王の口説き文句ときたら「肉付きといい色艶といい、君ほど完璧な魚のひれの持ち主はいない!」で。揚句のプロポーズは「どうか食卓でも寝所でも、私の食欲をずっと煽って欲しい!」ときた。何という文字通りの肉食系であろうか、正直何処にときめく様子があるのは不明である。
 それを何でまた「はい!」と嬉しそうに受けてしまったのか、大概王妃も王妃だ。

 だが、今日の《カリフォス》の平和は、この猫亜人な王と、人魚な王妃というデコボコ夫婦のおかげだった。
 異種族夫妻、万歳。



 ――――― そんなある意味自由で、平穏な国の一般事務官
 下っ端事務雑員で、王宮の隅の事務室で雑務に勤しみ、たまに王宮の菜園場や広々した中庭の花壇に蹲って花を密かに楽しむ程度の、平凡な人間の女。彼女自身も、そう思っている。十代の若さはなく、ちょっと肌質が変わってきてへこむ二十代半ばの、普通な女。
 長閑な気風とゆったりした空気は好んでいるし、国の上に立つ者達が異種族恋愛ドンとこいという姿勢と普段過ごす環境もあって、特別獣人への嫌悪感も無い。

 ……ないが、しかし。

 まさか、その獣人から想いを告げられ異性の対象に見られていた事は……。
 さすがに、予想も何もしていなかった。

( ……本当に? )

 ぽかん、と呆けたの前では、思いを告げてきた相手―――獣人の男性が、静かに佇んでいる。
 の反応を、待っているのだろうか。彼女は慌てて、意識を戻すとその人物を見た。

 その人は……―――――。



《カリフォス》の戦闘部隊第三隊長、犬獣人

《カリフォス》中心島の周辺海域にて漁師をしている、シャチ亜人



カッとなった新しいシリーズ。
海に囲まれた長閑な島国で、こっそりと始まる異種族恋愛。もしくはギャグ的な意味の擦れ違い。

長編ではなく、短編形式で。
夢主とキャラが、すったもんだしてる。二人の仲を引き裂く要素は皆無な、幸せシリーズ。
で、ありたい。 ( 願望 )

気がついたら増えてるような感じですが、気楽にお付き合い下されば幸いです。

2012.07.13