其は無双に誉れ高き(3)

――――― その日の、夜。
冴えた月明かりの眩い晩を迎えた渓流だったが、やはり仄かな緊迫感と張り詰めた静寂が漂っていた。
それは、ちょうどが、雷光虫の群衆に出くわした時と、同じ空気である。すっかりお馴染みになった、森林部の岩壁の中で、ガーグァ羽根ベッドに埋もれたは、外をうかがう。簾のように入り口を隠す蔦の間からも、月光が差し込み、特に今夜が明るいことを示している。宵闇に浮かび上がった渓流はさぞ美しいことだろう、とは思うけれど、の頭にあるのは手負いの大型モンスターだった。
後ろ足の酷い切傷……あれは何により刻まれたのだろうか。見るからに堅そうな、あの甲殻を打ち砕いてその下の筋肉を裂いたのだから、の想像にはつかないほどのものが原因かと思うとゾッとする。

「……怖いけど、妙に穏やかだったというか」

カルトの方が、よっぽどガサツだと思えたほどだった。それをカルトに言えば、烈火のごとく怒り狂うだろうが。
ただ、胸に残ったままの、モヤモヤとした言いがたい感覚に、からは眠気がすっかり無くなっていた。のそりとベッドから起き上がり出ると、ミニチュアテーブルの上に置いた竹筒を見やり……そっと、掴んだ。キュッと腰に縛り、それから緑色の薬の満たす瓶を取ると、筒の中へコトリと入れた。



ハチミツを塗った木の棒を、提灯のように掲げた桜色アイルー……もといは、涼しさに少しだけ肩を震わせ、幅広なせせらぎの側をトコトコと進んでいた。頭上で広がる濃紺色の空の輝かしい月が照らしてくれるおかげで、宵闇もずいぶん薄れている。あとは猫の目のおかげだろうか、暗がりにも関わらずはっきりと物と物の境界が区別出来る。が、足元は少し頼りないため自然の灯りが僅かながら役に立つ。
木の棒に集まる、雷光虫のおかげで。
それに混じって別の虫も居たりするが、気にしない。むしろ、遠くで聞こえる遠吠えの方が気になってしまう。
夜道に気をつけろ、どころじゃない環境なのはも分かっているけれど……。

「あ、見えた」

カーテンのように、流れ落ちて広がる滝。そして、その向こうに透けて見える、真っ暗な洞穴。
その光景は、さながら大口開けた闇のよう。
は、ギュウッと木の棒を強く握ると、頼りない灯りを先頭にして向かう。
そうして、バシャリと全身にかかる水。
激しくは無いけれど、身体に伝う冷たさは全身を静かに濡らした。おかげで自然の提灯であった虫は何処かへ去り、ただの棒切れを掴んでいるだけになってしまう。仕方なく、ハチミツの微かな匂いを漂わせながらそのまま進んだ。
昼間もあまり陽の差し込まない場所……夜ともなればますます暗かったが、岩の壁を伝うようにぴったりと端に寄り歩けば何とか進める。物音を立てないよう、慎重に進むが、どうしてここに来ているのか分からなくなり始めていた。いや最初から、目的というほどのものも無かったのだけれど、ただ、もう一度だけ《会ってみたかった》のだ。踏み込んだはいいが早々に帰りたくなって、私はやはり小心者だと嬉しいんだか悲しいんだか、微妙な気分になった。むしろ怖いなら来なければいいものを……とブツブツ思っていると。

――――― ふわり、と視界の片隅に浮かぶ、仄かな明かり。

息を潜めてそれを見ると、ぼんやりと淡く光を放つ雷光虫だった。ハチミツの染み込んだ棒切れに寄って来たのだろうか、と思ったのだが、それはを横切り薄暗さの中を悠々と飛んでいく。天井を支える自然の石柱をくるりと回り、洞窟内に流れる地下水の道へと行った。それだけならば、何ということもないのだけれど、その後を続くように一匹、また一匹と視界に飛び込んでは同じ方向へと向かう。
それは、こないだの晩と、似た光景だった。あの時は凄まじい群集と遭遇したけれど、今目の前にあるものはそれと酷似している。そういえば、雷光虫の群れの疑問は結局晴れていなかった。あの獣の四肢を持ち、碧色と金色の堅殻で美しい二本角の大型モンスターが流れ着いたものだが、この雷光虫は……何なのだろうか。
……超巨大な虫モンスターがいたら、どうしよう。
別の意味で恐怖したが、線を緩やかに引くように光の軌跡を残す小さな灯りに、はそっとついていった。
雷光虫は、洞窟内を流れる地下水脈へと下りていき、川縁を縫うようにふわふわと漂う。その数は、決して多くないけれど、光を灯していることで十分に辺りを仄かに照らしていた。もよじよじと一段、二段と順々に下りて、川縁に立つ。そこは、下りたことで初めて気付いたがファンゴが5体横へ並んでも十分歩けるほど広かった。だが今の時刻では、人間が歩けばドボン、ギャー!であっただろう。
見失わないようにと、トコトコ後ろを足早に追い、一層洞窟内の深みへと進む。……ここまで来たことはないが、段々と道幅も狭くなってきている気がする。水の流れる音、自身の歩く小さな足音など、静寂に吸い込まれてしまい不気味さを煽る。明かりも、雷光虫の明かりだけだが……ちょっと、コイツら別に目的があるわけではないのだろうか。なら今ついて行ってる自分は、改めて思えば阿呆そのものか。
は、小さく溜め息をつき、ふと足を止めたのだが……。

――――― 目の前の十数匹の雷光虫が、突然真横へ曲がり消えた。

「あれ?」とはトトトッと駆け寄り、その方向へ向かったが。
その瞬間、息遣いが響いた。
反響したそれに、はピタリと足を止めるも、引き返すことが出来なかった。というのも、雷光虫は確かにその窪んだ穴の中に居た。居たのだが、その明かりに照らされているものまで見えたのが問題だった。


――――― ここに、居たの。


は、顔を天辺に向けるくらいに真上に見上げた。
明かりに照らされて、暗闇の中で浮き上がっている大きな影――否、獣によく似た輪郭の生き物。上下する屈強な体躯に、ふわりふわりと漂い光を放つ雷光虫が寄り添う。

「……今俺のところへ来ても、何の恩恵も得られないというのに……」

力なく呟いた低い声は反響して、の前で首をもたげ起こす。

「――― そこにいるのは、誰だ」

暗闇の中で輝く、碧と金の堅殻を纏った美しいモンスター……昼間にも会っていたが、やはり惹きつけるものがある。雷光虫は、なるほど、このモンスターに集まるのか。
疑問が解決したところで、はガバリッと足元で土下座宜しくとばかりに身を伏せた。

「ね、眠っているところ、お、お、お邪魔しましてすいませんッ」

……謝ってどうすんだ自分。謝るくらいなら来るなっての。
も思わずそう言いそうになったが、目の前のモンスターは鬱陶しそうに再び首を下げて横になる。無視をするらしい。まあそれならそれで良いのだけれど……。はそろりと顔を上げて、再び寝る体勢になったそのモンスターを見上げる。襲われないことを確認した後、腰に巻いていた竹筒バッグを、お腹の前にくるりと回して蓋を開ける。カパ、という音にモンスターの耳が僅かに揺れたが、は気付かず中に入れていた瓶を取り出した。緑色の液体の満たす、それを。
タプン、と傾けて揺らした後、それをモンスターの前に置いて、立ち上がる。

「あの、お昼の……お礼に……つ、使って下さい」

薬効のほどは、保障のしようがないが、もしかしたら……その後ろ足の傷に効くかもしれない。
背を向け、早く帰ろうと思ったその矢先に、「待て」と低い声がかかる。背後で動く気配がし、が振り向こうとした時にはそのモンスターが立ち上がっていて、太い前足での身体を地面に押し付けていた。痛くはなかったが、やはり真上から見下ろされると恐怖が強まる。

「アイルー、どういうつもりだ」
「う、重……ッつ、つもりも何も、ふ、深い意味なんて……怪我、しているから」
「嘘は身を滅ぼす。先ほど出したそれは―――――」

目の前のモンスターは、不意に言葉を止め、訝しそうに顔を下げた。グルル、と重厚な唸り声が、耳元で響く。

「アイルー、俺の言葉が分かるのか……?」

ようやく、会話が成り立っていることに気付いたらしい。は目をキョロキョロとさせた後、小さく頷き、両手を頭の上にやり降参のポーズをする。敵意はございません、と目で必死に訴えると、そのモンスターは長い沈黙を挟んだ後に、ゆっくりと前足を退かした。危うくスタンプにされるところであったが、本気になれば簡単に虫を潰すように殺せただろうに……。

( やっぱりこのひと、優しい )

いや人では、無いけれど。
けれど威圧感は半端ないため、ちょこんと大人しく正座をし無駄な動きはしないようにした。

「珍しいアイルーも居たものだが……お前まさか昼間の」
「はい」
「木の中に頭突っ込み、尻出していたアイルーか」
「実に不本意かつお恥ずかしい限りですが、そのアイルーです」

よりにもよって、それか……!

あまりな覚え方に、恥ずかしくて消えてしまいたかった。モンスターの目も、「何してたんだあんな所に突っ込んで」と語っている。よほど奇天烈な光景だっただろう、女として早く忘れて頂きたい。
女の姿では、ないけれど。
すでに、もう一度この洞窟の中でジャギィに遊ばれているところ出会っていたが、昼間の方がよほどインパクトがあったことだろう。そのことは、忘れているようだった。

「……」
「あ、あの……?」

モンスターはじっとし口を閉ざしていたが、ハッとなり視線を合わせた。剣呑に煌いた瞳と、横顔は、獣というより本の中で見てきた竜によく似ていた。「お前はそれを、何処で手に入れた」そう重く訊ねる声は、警戒心もある。
ああ、それもそうか……モンスターには見慣れない代物だろうし、なにせこれは彼らの天敵とも言える狩猟者《ハンター》なる者達が多用する回復薬なのだ。は、声を潜ませつつ、山菜爺から譲ってもらった本のことやそれを見て作ったことなどを伝える。モンスターは変わらず警戒心を纏ったままだったが、「アイルーにも頭の良いものがいるか」と呟き、身体を横たえる。ズシン、とその振動が正座した足に伝わってくる。

「礼、か。この場所で礼などという言葉は存在しない。俺でなければ、噛み殺されていたがどういうつもりだ」
「え、と……」

まさか特に何も考えていなかったなんて、言える空気でもないため、「足の怪我が気になったから」とだけ小さく返す。

「……野生のアイルーの傾向、か。平和主義、人間の生活に憧れている……にしてもずいぶん無防備なアイルーだな」
「はあ……すいません」

もとが人間だなんて、言っても信じないだろうからそういうことにしておこう。
しかし、豆と岩の対比になりそうな体格差の割に、このモンスターはとても穏やかな口調だ。下手したらあの突き出た二本の角でグサリとか、前足についた鋭い爪でザクリとか、あっても可笑しくはないが……一向にその兆候がない。命拾いをした……やはりあまりで歩くのは良くない、今さら過ぎるが。カルトにもしも言おうものなら、「馬鹿じゃニャいか!!」と殴られるに違いない。

モンスターは、地面にコトリと置かれた回復薬を見下ろす。

「……何を混ぜた」
「え?」
「材料だ」
「薬草と、アオキノコを……ゴリゴリと……」
「それだけか」

は正座のまま、「他に、入れるのなんて書いてなかったです」と返すと、そのモンスターはしばし考えた後、太い四肢で立ち上がった。その振動にコテンッと横へ倒れるも、「その瓶を持て」と言われたため、転げたままとりあえず掴む。一体何を、と見上げた矢先。
の視界が、急激に上昇する。暗闇の中では定かでないけれど、この浮遊感は確実にそうであろうが、また持ち上げられたらしい。しかもスカートを噛まれているため、お尻丸出し状態再び。の恥じらいなど気にもせず、その大型モンスターは歩き出してしまった。

「え? あの、どちらに……?」
「外に出る。ハチミツを獲りに行く」

……? ハチミツ??
お尻を高く持ち上げられたまま、ダラリと腕を垂れるに拒否権はなく、ズンズンと進むその大型モンスターは地下水脈から石柱の並ぶ洞窟の平地に移動する。滝の流れる入り口ではなく、高地に続く上り坂へと向かっていった。その間は身動き一つ取らず、ひたすらその体勢のまま大人しくしている。お尻に当たる生暖かい吐息が、「すぐに噛み殺せるからな」と言っているようなのだから。
回復薬の瓶を落とさないようじっとする数分後、洞窟のこもった湿る空気から、涼しい夜風に変わるのを感じる。そうして、目の前に月光が差し、柔らかく視界を染めた。
高地にあるため、周囲は近付いた空に囲まれ、風が自由に行き交う。
藍色の夜空が、なんと明るいことか。
わー綺麗、と思っていたかったが、明るくなったことで同時に己がどれだけ地面より離れたところで宙ぶらりんになっているかを思い知る。
ああ、オルトロスがあんなに小さい……。
蜘蛛の子を散らすように逃げていくものだから、一層その姿も小さく遠ざかる。このモンスターの、存在感がものを言うのだろうか。
ズンズンと変わらず足を進めるモンスターは、目当てのハチの巣に辿り着くと、その前でを下ろした。
ころり、と転がって地面に座るのその真後ろには、城塞並みの圧力を与える無言の巨大なモンスター。見上げてみるが一層鋭さを覚えただけで、何の効果もない。大人しく、言うことを聞く。

「えっと、ハチミツ、ですか」

モンスターは低い声音で「ああ」とだけ言うと、回復薬の中に入れるよう手短に言い、口を閉ざす。
……あまり飲めたものでないことを知っているのだろうか。
は言われた通り、巣から染み出て垂れるハチミツを、真下に瓶を置き直接入れる。瓶の中の薬が、半分からもう数センチ増したところで背後から「それくらいでいい」と声をかけられ、パッと離す。背後のモンスターをうかがいつつ、そこらの細い木の枝を掴み、土埃などを払うと、瓶の中をカチャカチャとかき混ぜる。

……ところで、この光景は、一体何だろうか。
大きなモンスターが見下ろす中、ちょこんと調合するアイルー。恐らく、ひどく不可解なものに違いない。

「あ、あの……」

太い前足を伝うように見上げると、鋭い眼差しとぶつかる。

「その緑色の液体に、ハチミツを入れるとより強力なものになる」
「え?」
「……ハンター共の相手をしていれば分かることだ。お前の言う本にも、書いてなかったか」
「あーいえ、多分、まだそこまで見ていなかった、かと……」

モゴモゴと言うと、無言の視線が落ちてくる。う、凄い威圧感……!
は、誤魔化すようにその瓶を差し出す。

「え、えーと、とにかく、どうぞ」
「……これを渡し、お前は俺に殺されても文句は言えないぞ」

モンスターは、不意にそう言った。

「お前の持っているそれは、人間の、しかもハンターが使うものだ。ハンターと戦ったことのあるものであれば、それを見た瞬間襲い掛かってくることも有り得る。
そしてお前も見た、この後ろ足の情けない傷はハンターによるもの……この身体にある傷跡もな」

言われて、は初めてその美しい堅殻をまじまじと見た。月光に照らされ一層輝いていたが……幾重に走る切傷の痕が、その表面に見えた。深いというわけではないけれど、十分に痛ましさを感じた。はそれをどう見つめれば良いか分からず、ただ困惑し口を閉ざす。

「アイルーといえど、場合によっては容赦されない。人の生活に溶け込むものもいるくらいだ……その覚悟は」

モンスターは、重く問う。はしばし考えた後に、小さく笑ってやはりその回復薬を差し出した。「私はそこまで、深く考えていません」モンスターの目が、僅かに見開かれる。

「正直、今が手一杯で、考えられないのが本当のところなんですが……私を同じ《モンスター》として扱ってくれるなら、この薬を手渡すのも《モンスター》とし心配していると取ってもらえませんか。も、もちろん、危なくなったら……全力で逃げようとは思いますが……」

そのモンスターが負った傷は、同じ人間が与えてしまったもの。言葉が分からなければここまで気にもしないだろうに、理解出来るがゆえの奇妙な罪悪感から、なのかもしれない。そんな甘いことを言っていられる世界ではないと、この目の前のモンスターも明言しているけれど。
この薬を手渡すことは、今は間違っているとは思えなかった。

張り詰めた静けさが、辺りに漂う。無言のままな大きなモンスターの目は、を見つめる。それを逸らしてはならない気がし、は奮い立たせしっかり見つめ返した。
すると、先にその緊張を解いたのはモンスターで、ふっと目を細めると「変わったアイルーだ」と呟く。の手にある瓶を顔を下げ口にくわえると、ぐいっと逆さまにして中身を一口に飲み干す。
一瞬身構えたが、ぺっと空の瓶を吐き出したそのモンスターの後ろ足に、すぐさま変化が訪れる。


――――― あんなに、深かった傷が……。


映像を逆再生されたような、不思議な感覚だった。膿んでいた傷跡が塞がり、堅殻に走っていた無数の痕も消えていく。後ろ足の砕かれた堅殻はもとには戻らなかったけれど、十分な効果だろう。
この世界の薬というのは、一体どういう仕組みなのだろうかと心底驚いた。

「……不思議」

ぼけっとそう呟くと、頭上から感じた視線。
ハッとなり見上げると、案の定そのモンスターである。先ほど言われた通りになるのだろうか、と僅かに下がると、「別に何もしない」と淡白に言った。

「……アイルーとはやはり、平和主義だな」
「えっと、すいません……」
「……お前を殺し、俺に損も無ければ、得も無い」

分かりづらかったが、要約すると殺しはしない、ということだろうか。
はぺたりと座ったまま、しばし呆然としたが、ようやく緊張が解けたのか長い溜め息が出た。へにゃりと気の抜けた笑みを浮かべ、「ありがとうございます」とそのモンスターへ言った。
不思議そうに首をもたげたが、何か思い出したように目を開く。

「――――― 久しく聞いた、言葉だな」
「え?」
「いや、こっちの話だ。アイルー、感謝する」

獣とも竜ともつかぬ獰猛な顔に、穏やかさが浮かんだ、ように見えた。
はパタリパタリと尾を揺らし、正座スタイルのままだった足を伸ばして楽々と座り直す。

「それにしても、格好いい容姿ですね。お名前、聞いてもいいですか?」
「名前……? 人間が俺を呼ぶ時の呼称か?」
「まあ、そうです」

の前で腹這いに伏せたその大きなモンスターは、頭上の銀月を見上げた。その月光を受けた輪郭は雄雄しくも美しく、傷が癒えたことでより存在感を増していた。
だが、しこりになっていた違和感も、胸の中で増した。

――――― また。何処かで、見たような。

記憶を探しているうちに、モンスターの顎が開き、鋭い牙を覗かせて言った。

「――― ジンオウガ。そう呼ばれている」



――――― 人の記憶とは、実はとても曖昧なものなのかもしれない。

が最初この世界に落ちた時、その場所の風景に全く覚えが無かった。
二足歩行の猫の姿をしたアイルーに出会った時も、龍人族の山菜爺に出会った時も、この世界のことを知った時も、それらしい記憶は無かった。ただ曖昧な、違和感だけ。
だがそれが、今になって明確な記憶を呼び戻させるとは。
脳裏に駆け巡る、かつていた世界の光景。その中で、は。

《この世界を、知っていた》。



「ジン、オウガ……?」

ふらり、と身体を揺らしたに、目の前の大きなモンスター《ジンオウガ》は、訝しげにグルグルと喉の奥で唸る。

「……おい、アイルー?」



そして今、自分の変化したアイルーが何なのか、同時に思い出した。



「無双の、狩人……嘘でしょ、ここって……」
「アイルー?」

「―――― モンスター、ハンターの……」



最初の時のように、目の前が暗くなった。
ジンオウガ、登場。パッケージを彩る彼は早々に出してしまいたかったがために、こんなことに。
ジンオウガのことに関しては、また後々書こうと思いますが、夢主ここが何処の世界か気付きました。

2011.07.18