今こそ決死のダイヴ

――――― あれは確か、友人と出かけた時だった。
近くに寄ったついでにと入ったゲーム店で、友人がやけに熱心に語ったそのゲームを、もさすがに見聞きして知っていた。発売した当初は至るところにポスターが飾ってあったのだから、目にもつくというものだ。特に友人が力を入れて話したのが、そのゲームのパッケージを飾るモンスターだった。
曰く、「めちゃくちゃ美しい。のに、クソ強い」とのこと。
まあ確かに格好いいなあとは思った。手をつけたことのないゲームではあったが、実際に友人がプレイするのを傍らで見て、楽しそうだからやってみようかなと思った。
そのパッケージを飾ったモンスター《ジンオウガ》の出現する、《モンスターハンター3rd》を。

それは、この世界に落とされる数日前のことだった。

( 何故、あのゲームの世界に来たのだろう )

改めて思う疑問は、様々な意味を含み、意識と共に暗渠へと落ちていった。




――――― ピチャン

鼻先に滴った冷たい雫で、は目覚めた。ゆっくりと開く中、次いでやって来るゴツゴツとした感触。
少しぼやけた視界に、薄暗い岩肌の天井が映る。普段寝起きする場所とは異なると判断したのは、それから数秒後のことであった。
のそりと身体を起こし、目を擦る。少し身体のあちこちが痛かったが、気にするほどでもない。もっと気になるのは、自分が眠っていた場所なのだから。

「……はて」

は首を傾げる。
先ほどから、隣よりずっと寝息が聞こえていて、その息が頬に当たっているのだ。そして、どう見ても周囲は碧色と金色の何とも見た覚えある二色に包まれている。もしかしなくても、これは。
獣の体躯と四肢、竜の強靭さと美しさを兼ね備えた、大きなモンスター《ジンオウガ》の前足である。
その上に座っているは、この状況はなんぞやと困惑した。前足の側面に生えたふさふさの白い体毛がちょっと気持ちよかったが……しばしぼんやりとし、顔を真横へ向ける。深い寝息を立てるジンオウガの横顔は、眠っていても妙に勇ましく美しくて、そしてある意味一目惚れしてゲームの購入を決めたあのモンスターそのもので、不思議な気分になった。寂しさ、疑問、不満……まあ良い感情ではないけれど、改めて今後をどうしようかと思った。いや、どうしようかと言ってもやるべきことはただ一つ、生きていく他ないということだ。だがこの不思議な感情から抜け出すには……もう少しだけ、背中を押してくれるものが欲しくなったのも、事実だった。

( それにしても、アイルーの姿を見て気付くべきなのにね )

混乱の真っ只中で、頭がそこまで動かなかったということなのだろう。記憶の中で、インパクトは【ジンオウガ>>>アイルー】となっているのか。は力の無い笑みを浮かべ、自身の手を見下ろす。ピンクのプニプニな肉球の、猫の手。人間には程遠い。

「――――― 起きたか」

不意に響いた、重厚な低い声。岩窟内で反響し、の耳に飛び込む。
真横にあったジンオウガの目は、寝起きのわりにはっきりとしを見ていた。剣呑な鋭さではなく、雄々しい眼光を秘めたジンオウガのそれは、居心地の悪さは感じなかった。
ペコリと頭を下げ「おはようございます」と言った後、何故ジンオウガの前足に抱えられていたか尋ねた。そうすると、呆れ混じりに目を細め、首を起こした。

「……昨晩、急に倒れたのは何処の誰だ」
「へ?」
「全く、放り投げていても良かったが……借りもある」

ジンオウガが言うことには、なんと昨晩突然ぶっ倒れ、起こそうにもなかなか起きず、置いていくには彼のプライドが許さなかったのか仕方なくくわえて寝床に戻ったという。
声の雰囲気からして、三十代前後の低い声だ……会って間もない男性と一夜明かしてしまったか、などという考えはになく、申し訳なさにペタリと頭を下げて「すいませんでした」と平謝りである。なんたって相手は、あのジンオウガである。もといた世界でゲームの購入を決めはしたものの実際に手にしてはいなかった、が、パッケージを彩った存在が目の前にある。生きているがゆえの、リアルな王者の気迫は反抗心を奪う。もとから、そのようなものないが。

「……アイルーのくせして、ずいぶん殊勝な態度だな」

く、くせしてって……。

アイルーとはこの世界だとどんな扱いをされてきたのか、図らずも予測可能な言葉である。は乾いた笑い声を漏らし、「よく言われます」と返した。
だがよくよく思えば、あのジンオウガの前足にいつまでも乗っている体勢だった。

「あ……すみません、重い……ってことはないですが、お邪魔なのでそろそろ」

ジンオウガの前足から、四つん這いになりながらいそいそと降りる。前足の爪の、その鋭さに注意しながら避けて、ぺこりと頭を下げる。
その視界の片隅に、後ろ足が見えて、は「あ」と思い出しトコトコと近付く。深く刻まれていた、傷跡のあった箇所を見た。回復薬なるもののおかげが、すっかり生々しい切傷はなく、肉はぴったりと塞がっている。

「甲殻、ていうんですか? やっぱり砕けたまま治らなかったですね……でも、傷が消えて良かった」
「ああ……」
「痛みって、無いんですか?」
「まあ、な」

短い返事だったが、会話としては十分で、「キノコと草とハチミツって凄い」とある意味感動した。
砕けてしまった堅殻が戻らなかったのは残念だが、痛々しい生傷が消えたのは幸いだろう。がうんうんと頷いていると、ジンオウガの無言の眼差しが頭の天辺に落ちてくる。

「……」
「……? どうか、しましたか?」
「いや……」

ジンオウガは、低い声に困惑を浮かべた。

「お前との会話は、どうもモンスターらしかぬように思えて、な」
「らしかぬ、ですか……」
「モンスターというのは、もっと短慮で本能に忠実なのだが」
「この口調のせいかもしれませんね、ニャアってつけましょうか?」

何かのプレイみたい、と思ったが、残念なことに今してもプレイではなく本物に見えてしまう。言ったそばから、へこみそうになった。

「別にそのままでも良いが……妙に、懐かしいな」
「懐かしい?」

ジンオウガはハッとなりその瞳を見開き、太い首を振った。「いや、何でもない」そう付け加えたものだから、は不思議がりながらもあまり深く気にしなかった。

「また何かあったら、薬作りますね。今度は、ハチミツを入れると強力になるって覚えましたから……あと本をもっと読んできます」

お邪魔して、すみませんでした。
ぺこりと下げた頭に言葉は落ちてこなかったが、何か言いたげな視線は終始感じた。けれど、今はも少しだけ考えたい時間が欲しく、静かに去った。



洞窟を抜けてみれば、陽は高く昇っていた。朝、ではなく、もう昼間だったらしい。

「……眩しいなあ」

これがまさか、あの《モンスターハンター3rd》の世界だとは。
非現実なもののはずだ、あれは。架空のもので、そこにいるなんて自分でも信じられない。度が過ぎた夢であって欲しいけれど、足の裏の水の冷たさも、視界に映る風景も、空の高さも……夢であるにはリアルな感触がそれを阻むようだ。

「何で、だろう」

疑問は山ほどある。だが今もっともの心を埋め尽くしたのは。


――――― この場所で、私はやっていけるのだろうか。


記憶がはっきりした今、とにかくこの場所がいかに危険であるか分かった。
ここだけではない、他にもきっと様々な土地があり、人里離れた自然はモンスターが数多く生息しているのだ。
中身は文明に囲まれいた現代人であり、極めつけは非力なアイルーの姿だ。いかにして、生き延びる?

それは、迷いであった。最初は確かに頑張ろうと思っていたが、いざモンスターハンターの世界であると思うと……。

「ニャー! ようやく見つけたニャ、!」

ズボッと地面から飛び出した、小さな影がの前で仁王立ちする。もうずいぶんと親しくなったカルトだ。またいつものように説教が飛んできそうだったが、今のにはそれを聞く気力がない。
カルトもそれに気付いたのか、表情を素っ頓狂にさせ、そして訝しく歪めた。

「……何か、あったニャ?」

何だかんだでカルトは義理堅い性格だから、話を聞いてくれた。
腰に巻いた竹筒から、取り出した果物を半分に割って、一つはカルト、もう一つはが受け取り、シャリシャリとかじる。せせらぎの側に転がっている大きめの岩に腰掛けて、ぶらぶらと足を揺らす。

「この場所で頑張っていくって決めたんだけど……何か、もう少しだけ勇気っていうの? それが欲しくなってね」
「ニャ? 何でニャ?」
「流れのモンスターに会ったら、そう思うようになって―――」
「流れのヤツに!?」

案の定、煙が出るくらい怒ってるカルトだが、今のには怖くも無い。

「……そういえばね、そのモンスターに、『覚悟はあるか』って言われちゃった」
「……ニャ? 覚悟?」
「『その薬は人間が使うもの。襲われる可能性もある。その覚悟は』って」

覚悟……か。改めて思えば、何処か夢みたいで今も眠って覚めれば自室の天井じゃないかと思っている。けれどあの言葉の重みと、未だ残る声音は本物なのだと、再確認したのかもしれない。
だから余計に、妙に引っかかってしまうのか。
カルトは不思議そうにし、意味をよく理解はしていない様子である。まあ野生のものならば、そのようなこと……―――――。

( ……? となるとあのジンオウガは、ずいぶん人の暮らしや感情を理解していることになるわね )

一瞬、そのような疑問も浮かんだが、すぐに無くなった。小さくなったことをも含んでも、あの巨体だ。おそらく長く生きていて、賢く知恵があるのだろう。
それよりも、今の大部分を埋め尽くすのは、この世界でどうするか、だ。

「……ううん、いいの。ごめんね、カルト」

「少し、考えたいことが出来ちゃったみたい」

上手く笑ったつもりだったが、カルトの訝しげにひそめた目を見ると、どうやら失敗したらしい。


空瓶を眺め、トボトボトと進む渓流は、今日は妙に曇り空だった。今の自分には、ちょうどいい天気だ。普段にも増して湿り気を帯びた空気は、鼻先を濡らす。

「覚悟、かあ」

ジンオウガの、言葉。それはそのまま、この場所が何か分かり今後改めてどうするか、それに続いているような気がした。
向こうは手負いのモンスターで、モンスターとしての言い分だろうが、この世界で生半可な気持ちを持つなというようにも取れる。

難しいなあ……。

人間に戻ることを諦めたわけではないけれど、身の振り方をもっと考えなければ。
そういえば、アイルーって確か、ゲームの中でも人間の村にいたりしなかったかしら。はプレイ画面などを思い出すが、はっきりとも言いがたくうろ覚えの方が強い。実際に、話を聞けたり、体験とか出来れば一番良いが……。

「あーでも、そうするとますます人間に戻りたくなるよねえ」

頭に手をやれば、三角の耳がピコピコと揺れ、尻尾がスカートから覗く。水面に映る桜色の無地のアイルーは可愛いが、人間には程遠い姿だ。
慣れてしまったが、溜め息は毎回出る。よいしょ、と覗き込んだ水面から離れ、いつも持ち歩いているお手製の地図を懐から取り出す。今は、ちょうど荒廃した打ち捨てられた村の点在する、平地にいる。そのまま地図に対し、北に向かえば大河に面した湿地帯、南に向かえばガーグァやケルビなどの草食モンスターの暮らす場所に出る。
そういえば、その向こうには行ったことがないわね。
考え事ついでに、散策だ。は南に向かって歩き出した。立ち塞がるような岩壁に左右を囲まれた、緩やかな山道を登っていくと、緑が増え大木が頭上にしな垂れる。渇いた感触の大地も湿り気を帯び、足の裏に冷たい水がピチャリと当たるようになった。
目の前を、悠々と横切っていくガーグァの親子。親しげに寄り添う番のケルビ。大きなモンスターが入るには少々狭い地形もあってか、この場所だけは妙にのどかである。ただ、頭上ではジリジリと近付いてくるブラハブラなる赤い大きな虫のモンスターがいるが。これが結構、よく見るととても鮮やかな赤い色をして綺麗なのだ。
スカートの端っこをつまんで持ち上げつつ、空の色を映した水溜りを進む。の前に伸びる、緩やかな上り坂……そこから幾らか進んだ先からは、景色が急転し、大地が彼方へ遠ざかり切り立った絶壁の半ばに生みだされた道へと変わる。
この先は、見たことがない。

―――― だが、足をさらに進めようかと、思ったその時。
茂みの中に、つい目を擦るようなものが、転がっていた。

「……樽?」

ピコピコ、と耳を揺らし、おもむろに近付く。
樽である。猫の手形みたいな、可愛いマークがついているが、どう見ても樽である。

「??? こんなところに、転がってるものかしらねえ」

よいしょ、と樽を起こしてやる。何か入っているのだろう、カラカラ、カシャカシャ、様々な音が樽内部より聞こえた。誰かのものだろうか。少なくとも、野生のアイルーにはこんな繊細なことをする考えはない。 ( 全部腰の物入れに突っ込んでいるのを見ているため )
さてどうしたものか、と思案に暮れるだったが、それも直ぐに終わった。


「―――― ちょいと、待っておくんニャまし!」


……なかなか個性的な、江戸っ子口調の声が背後から聞こえた。
が声を探すと、ガサガサと茂みを掻き分けてくるものが見え、そこをじっと見た。

「どなたかは存じませんが、それはあっしの物でさ。持って行くのは、勘弁してもらえねえですかニャ」

ガサリ、と大きく茂みを割って現れたのは、同じ背丈のアイルーだった。いや、アイルーではなく、黒い毛のメラルーだ。だが、野生のメラルーとはどうも違うと、はその容姿で思った。というのも、現れたメラルーは……とても、粋な格好をしていた。
猫の耳の形の笠を目深に被り、紺色の風呂敷をまとっている。お腹には白いサラシを巻いていて、口調にも似合う姿だ。
そして何より思ったのが。

( ……格好いい )

口にくわえた葉っぱつきの草の茎といい、思わずも素直にそう思った。
これは絶対に野生のものではないな、と見つめていると、そのメラルーは「姉さん?」と首を傾げていた。

「あ、いえ、すいません、貴方のものでしたか。転がっていたものですから、誰のかと思って」
「申し訳ないニャ」

メラルーは、笠を直した。少年、というほど幼くはなくが、若い青年の声音だ。の感覚からすると、年下、なのだろう。

「どうかしたのですか? 何か、探し物でも……」
「いやあ、あっしとしたことが、届け物を運ぶ最中にアオアシラに追われちまいまして。道を踏み外して、落し物を……お恥ずかしい限りでさ。タル配達の名折れになりやすニャ」

……アオアシラに追われた。いやなんか嫌な予感がしたが、まさかアシラくんだろうか。幾ら彼でも、まさか……と思ったが、見た目によらず少年な彼なら面白がって追いかけそうだった。
だがしかし、それよりも気になる単語が混じっていた。

……タル配達?

聞きなれないそれに、首をかしげる。すると、目の前のメラルーは笠をぐっと持ち上げて外した。目深に被っていたせいで見えずにいた、メラルーのその顔が現れる。

「モンスターの狩りや採集に出かける、ハンター様方の手荷物を自宅までしっかり運び届ける。それが、あっしの仕事、タル配達ニャ!
気軽に、ニャン次郎と呼んで下せえ、姉さん!」

ピンクの花の形をした眼帯をつけた、すっと凛々しい眼差しのそのメラルー……ニャン次郎は、に向かって笑みを浮かべた。


――――― 人間の世界で生きることを選んだ、メラルーというモンスター。
出会ったのも縁と、渓流の景観を一望する絶壁の道を並んで進みながら、彼のしてくれた話はにとって非常に興味を誘った。
ハンター様方の役に立つこと、それは運び屋としても人間の世界に生きることを決めたものとしても、誇りなのだ。大切な樽に乗り、コロコロと器用に転がしながら進む彼は、そう言った。

「あっしは、野生の出身のメラルー。メラルーと言えば盗人であまり好まれニャいけれど、今じゃあ利用してくれる人も増えたニャ」
「へえ、凄いんですね。ニャン次郎のように、人の世界にいるアイルーやメラルーは、多いんですか?」
「そりゃあもう。農場で働いたり、ハンター様にオトモして戦ったり、別地方では料理を作ったりするものもいるニャ」
「へえー……」

ちらっとした話を聞かなかったが、どうやらこの世界には人間の世界へ進出するアイルーたちが多いらしい。
……少しだけ、やはり羨ましくも思った。

「……姉さんは、野生の匂いがあまりしないニャ」
「え?」
「妙に人間らしい喋り方ニャ。いや、理由は話さなくていいニャ、あっしが勝手に思っただけニャ」

ニャン次郎はそう言って、前に視線を移した。
しかし、さすが人と接する機会が多いと言える……人と話している気分になれる。

「……」

やっぱり私は、アイルーの姿をしていても《人間》なんだなあと、再確認した。

「……姉さん、何か悩んでいるようだニャ」
「えっ」
「あっしが言っちゃあニャんだけど、そういう時は気持ちに従って良いと思うニャ。アイルーが人の世界に行くのは勇気がいるかもしれニャいけど、飛び込んでしまえば何てことないニャ。姉さんなら、多分人の暮らしでも上手くいける気がするニャ」

……まあちょっと悩んでいる意味合いは違うが。ニャン次郎の言葉は、大体合っていて、は胸に留めた。
そのまま他愛ない会話で笑い合っていると。
絶壁の道を、視線で辿った先、小さいが何か松明の明りや大きな……青だろうか? その色彩に染まった箱などが見えた。
が目を凝らしていると、チリンと首に結わいた鈴を軽く鳴らし、ニャン次郎が静かに言った。「ここからは、あっしだけで」器用に、タルを操りその場で立ち止まる。

なるほど、ここが、渓流……モンスターの世界と、人間の世界の、狭間なのだろう。

踏み込むのは簡単だ、だがその一歩は今はには途方も無く大きくそして勇気のいることだった。見えぬ大きな線の、ギリギリのところに佇みは口を閉ざす。そして。

「……最後に一つだけ、聞いてもいいですか?」
「ニャ?」

ニャン次郎は、笠にそっと手を添えて見下ろした。

「――――― 人の暮らしに行くために、渓流で頑張るのもありですか?」

ニャン次郎はパチパチと瞬きをしたが、ニッと笑って、「ありだニャ」と返してくれた。

「そしたら、人里でもしや会うかもしれないニャ」
「いつになるか、分かりませんが」
「その時を、楽しみにしてるニャ」

背を向けたニャン次郎だが、は「あっ」と思い出し再度声をかける。

「ニャン次郎」

は、にこりと笑った。

「名前、っていうんです」

ニャン次郎は、はにかむように目を細め、笠に猫の手を添えたまま会釈した。

「また、縁があれば」
「はい、近くを寄った時に見かけたら、声をかけて下さいね」

そうしてニャン次郎は、ゴロゴロと樽を転がすスピードを上げ、颯爽と去っていった。にはその姿が妙に羨ましく、けれどそれ以上に真っ直ぐで格好いいと思った。それは人じゃないからだとか、モンスターだからだとか、そういったものを含んでのものでなく、率直な感情だ。
あんな風に、迷いが無ければ。
あっという間に、その粋なメラルーの姿は見えなくなった。けれど、それからしばらくの間ずっと見つめたままだった。
……その向こうの景色。思いを馳せ、いつか行ければと思う。

「……よし」

頬をムニッと叩き、も元来た道を戻る。
手負いのジンオウガの言葉を脳内で繰り返し、考えた。

難しいことは思わず、まあ、頑張っていこう。
結局、私はアイルーの姿になっても中身が人間なのだから、人間としての気持ちに従って良いのだ。

馴染んだ渓流に戻った後、薬草と青キノコ、ハチミツを探して、それらを抱えて洞窟へ向かった。まあジンオウガに呆れられるだろうが、自分なりにこれが良いと思うから、あまり深く突っ込まないでくれと願いながら。
再度、改めて思って頭上の空を見上げると、灰色の雲が晴れていた。



ニャン次郎は、カッコゥィイイイイイ! という管理人の想いを込めました。
私の中でニャン次郎は、人間年齢で推定15~17歳程度の少年。そんなもの理由はない。

ニャン次郎はこれからも出てきます。それにしても彼は何であんなにカッコイイんだろ。


2011.08.04