英雄と紅葉の村(2)

ネコタクから降りて、見上げた光景にはおのぼりさんになって魅入っていた。
石畳の階段と、鳥居を思わす朱色の大門。その先にある家々と、さらに続く階段。大きな建築物が天辺で湯気を纏っている。
空気を吸い込むと、温泉の匂いがしたが、決してむせるような不快感はない。紅葉の色と、草木の匂いが視覚をも彩る。傾いた、やや赤みを帯びた陽射しに伸びていく影すらも。

これは、確かに美しい村だ。

とは異なるものの、カルトも初めて見る人間の村に、興味津津といったようで大きな目が珍しくキラキラしている。

「どうですかさん、綺麗なところでしょッンブ!!

ビターン、とレイリンが顔面から地面へ落っこちる。ネコタクから降りる際、縁に爪先を引っ掛けてしまい前のめりになったらしい。ネコタクを引っ張ってきた運転手のアイルーらがノー突っ込みなところを見ると、やはりここでもお馴染みの光景らしい。
はいはい、とは手を伸ばして土を払い立たせる。

「ハンターはみんな、こんな感じにドンくさいのニャー?」

カルトの思わず出た一言に、レイリンの口から「うぐ……ッ」と苦い声が漏れる。
……否定のしようがなく、共感してしまったがいた。

「わ、私はまだまだ至らないハンターですけど、他の方々や師匠は凄い人ですから!」

胸を張った彼女に、カルトは半眼である。初めて見たハンターがレイリンであるから、そうなるのだろうが。

( レイリンちゃんのお師匠様かあ……どんな人かな )

確か、男性だと言っていた。よりも年上で、筋骨隆々とした大柄な人だろうか。なんて、想像の師匠像を勝手に思い浮かべていた。

「さあさ、まずは村長さんのところへ行こうかしらね」

ネコバアの優しい手が、の頭を撫でる。山菜爺のように、わっしゃわっしゃとかき混ぜるような乱暴な仕草でないのが、この人がアイルーの扱いに上手いことを表す。
そうすると、共にやって来たニャン次郎が「それじゃあ、あっしはちょいと用事があるもんで」と、タルに足をかけた。は振り返って、彼を見上げる。

「これから、また配達の仕事?」
「あっしは、狩場に向かうハンター様方の運び屋でさ、ちょいとギルドに出かけたハンター様が居ないか聞きに行ってくるニャ」

もし居たら、あっしも行かないとニャ。
ニャン次郎はそう言って、タルへ乗っかる。器用に横向きへ直し、コロコロとその場で回す。

「もし時間あったら、後で姐さんと温泉で一献交わしたいものニャ」
「あら、それは良いね。時間が合えば、是非」

ニャン次郎は笠を被りなおし、ニッと笑った。うわあ、格好良い、と素直にが感想を思う隣では、カルトが酷い顔つきだった。
だから、何なのだ一体。
ニャン次郎はカルトの眼差しに肩をすくめると、一礼し階段を器用に駆け上っていく。それを見送った後に、たちも歩き出した。大門のところに座り込んでいた男性に挨拶しつつ、市場を横切り、さらに上へ。至るところに、温泉が湧き出ているようで、程よい蒸気がの鼻頭を湿らす。
レイリンが誉めそやした紅葉は確かに美しかったが、ふとその下の朱色の長椅子へ優雅に腰掛けている女性の姿を見つけ、は見惚れた。
山菜爺と同じ、人間とは異なる長い耳。黒髪を束ね、着物に似た和風の衣装を纏う様は、舞い落ちる紅葉にも負けず存在感を放つ。

「村長さん、ごめん下さい」

ネコバアは、あの巨大なカゴを背負ったままトコトコと女性へ歩み寄る。
女性は、切れ長な細い瞳を向けると、赤い紅で彩った唇へ緩やかに笑みを浮かべる。

今、村長と言っただろうか。

が、レイリンの足元でネコバアとその女性のやり取りをうかがっていると、頭上で少女の声が響く。

「ユクモ村の、村長ですよ。龍人族の女の人ですが、皆から慕われてます」

は感心しながら、女性を見た。第一印象は、とても若い。といっても三十代前半かあるいは後半ほどだろうが、とても穏やかな微笑みは美しく、同性のですら羨む優雅さだった。
すると、女性がそっと顔を向け、長椅子から立ち上がると、とカルトの前でしゃがんだ。

「まあ、可愛らしいですこと。レイリン様が夜更けまで何か作ってらしたのは、もしかしてこの子に着せるお洋服だったのでしょうか?」
「そ、村長!」

嘘、何で分かったの、とばかりにレイリンが目を真ん丸にしている。女性は楽しげにコロコロと微笑み、「隠せてはいませんでしたよ」と囁いた。

「最近、すっかり同じ渓流にばかり向かわれてますし。その前は、道具屋から布生地を買っていたじゃないですか。夜なべして何か作ってるって、オトモアイルーや、お師匠様が申しておりましたもの」
「え、師匠にまで……?!」
「まあ、お師匠様に至っては最初から気付いていらしたようで、『本人は隠してるつもりらしいから、黙っててやる』とのことですわよ。今日も、お師匠様に内緒で行かれたでしょう? クエストに出かけられる前、そう言っておられましたわ」
「え、えェェェー……」
「野生のアイルーと仲良くなっていたとは、私も思いませんでしたが」

恥ずかしいのか、レイリンは俯いている。
布切れで作ったなんて言っていたが、やはりわざわざ新しい布を買ってくれたのか。
いやそれより……。

( アシラくんのことも、頻繁に渓流へ来ていたことも、内緒にしていたんだ )

はレイリンの足をトントンッと叩き、こっそり「ありがとう」と笑った。二重の意味を含んだそれをどう受け取ったかは分からないが、レイリンはゆっくりと首を振りはにかんだ。
女性は改めてとカルトへ視線を合わせると、静かに言った。

「ふふ、ユクモ村の代表とし、アイルーの見学は心より協力させて頂きますわ。
このようなことは、初めてですが……自由に見ていらして下さいね」

たおやかな声は、心地良く響く。
近付いたことで一層彼女の美しさを感じ取り、惚けてしまいそうになる。必死に頷き、「宜しくお願いします」と礼をする。隣のカルトの頭を下げさせるのも忘れない。「まあ、お行儀が良いのですね」と褒められ、何だか満更でもない気分になる。

「他のところでは、やってたりするけどね。ユクモ村では初めてかもしれないわねー」
「……ネコバア様、そういえば村の中の案内は、どなたに?」

村長が尋ねると、ネコバアは「アタシがやろうと思うんだけどね」とやや歯切れが悪く言った。

「ハンターちゃんたちの、アイルーのスカウトもあるから。少しの間しか出来なくてねえ。良かったらユクモ村から一人つけてくれないかい?」

そういうと、レイリンがパッと表情を明るくさせ、挙手した。「あ、あの!」

「あ、案内役、私がやっても良いですか?」
「レイリン様が……?」

村長が驚いたように呟いた。

「もともと、見学に来ないかって言ったのは私ですから。寝泊りする場所も、家で良いですか?」

レイリンはを見下ろし、「良いかな?」と視線で尋ねてくる。もちろん、にもカルトにも、見知らぬ人物についていくよりも見知ったレイリンの方が断然良い。
「レイリンちゃんが良いっていうなら、そうして貰おうかね」とネコバアが笑う。その隣で、村長も微笑んだけれど、ふと思案するように言った。

「でも、宜しいのですか……? お師匠様はご存じとはいえ、見学のことをお話しておられませんでしょう……?」

村長は、不安そうにたおやかな手を頬へ重ねる。途端に、レイリンの顔が苦く歪んだが、ぐっと両手を握り締め、「師匠には、話つけます」と男らしい言葉を返す。が、その手が震えていたことをはばっちり見ていた。
……一体どんな人物なのだろうか。その師匠とやらは。
村長の微笑みから、悪い人物ということはうかがえないが……。

ともあれ、とカルトのユクモ村見学を引率する人物はレイリンとなった。
ネコバアは、ギルドへ報告をしてくると言って、相変わらず重そうなゴツいカゴを背負って石畳の階段を登っていった。
たおやかに微笑を浮かべる村長から「自由に見学していって下さいませ」と手を振り見送られたたちは、まずはレイリンの自宅へと向かうことになった。自宅は、市場の外れにあるらしいが、コウジンを留守番させていたので迎えに行くとのこと。
「こっちですよー」と張り切って先導するレイリンの後ろに、とカルトが続く。物珍しくキョロキョロとするカルトの手を引っ張ると、彼は嫌そうに振り払おうとしたが、すぐに大人しくなって手を繋ぐ。弟を連れて行く、姉のような気分がした。
市場の賑わいを離れ、小道に入っていくと、小さな民家が佇んでいる。木造建築のようで、玄関部分には扉ではなく生き物の角飾りつきな手染めの長暖簾が下がっている。側には、布や木の実が干されていて、和やかな生活感が溢れている。
の世界の構造のものは、この建物を見ても何一つとしてないが、人の住まいを長らく見ていなかった彼女にとって、それは一種の感動でもあった。

「ここが、村長から借りた家です……? さん、どうしました?」
「ううん、何でもない。綺麗なところねって」

がにこりと笑うと、レイリンも笑みを返して、「どうぞ」と、長暖簾を押し上げた。

――――― 瞬間、爆発したような、凄まじい声が響き渡った。

「旦那様ボクを置いてくなんてニャんでだニャー!! 酷いニャ、狩り場にはいつもボクが着いてくのに!!」

鼓膜に、甲高い悲鳴が直接叩きつけられたようだ。レイリンに限らず、やカルトも耳を抑える。
ドバーン、という効果音を背負って、中より現れたる半泣きのアメショーアイルーのコウジン。
暖簾を裂く勢いで飛び跳ね、涙を散らすぐらいの壮絶な何かを抱いているような。
「ちょ、コウジン、落ち着いて」とレイリンが宥めても、よほどたまりかねてるのかその声が止まることはない。事情は分からないが、置いて行かれたことがとても気に食わないのだろう、ということだけは分かった。久しくは会っていなかったが、変わらず……元気なようだ。( 耳が痛いけれど )
そうしてついには、優しいレイリンも眉を上げ、「もう!」とコウジンを見下ろし睨む。

「コウジン、もう、謝るからちゃんと話し聞いてよ!」
「だって、旦那様、ボクを置いて一人で、」
「――――― 聞いてくれないと、ヒゲツさん呼んでくるわよ」

彼女が声をひそめ言えば、散々大喚きしていたコウジンが急に静まり返る。逆立っていた毛も収まり、警戒し立っていた尻尾が丸まって下がる。見れば、顔は青ざめ、カタカタと肩が震えていた。
え、何、今の。魔法の言葉?
耳を押さえていた手を外し、レイリンとコウジンを見守る。

「べ、べ、別に……アイツなんか呼んだって、怖くも何とも……」
「あらそう、じゃあヒゲツさん呼んで来るね。ずっと居てもらおっか」
「止めてニャ、アイツと一緒に居るとろくなことないニャァァァァ!!」

今度は別の涙が滲んでいるようだ。レイリンが打って変わり、「じゃあ少し落ち着こうね」と笑うと、彼はコクコクと頷いた。
……ヒゲツというのは、誰だろうか。コウジンがすっかり気勢を削がれてしまう相手らしいが。
ともあれコウジンがようやく落ち着いてくれたので、レイリンの家へ入ることが出来た。
その時に、ようやくとカルトの存在に気付いたらしいコウジンへ、ユクモ村の社会見学にやって来たことを伝える。彼は「そういえばそう言っていた」と思い出したらしいが、よほどレイリンに置いていかれたことが重大事項らしい、は苦く笑う。

建物内部は、こじんまりとしそう広くはなかったけれど、きちんと整理されていて、レイリンの性格がうかがえる。台所には、調味料らしいものが多くあり、の目を引いた。もちろん、の世界にあるものとは少々異なる名前で、台所も現代のキッチンではなく一昔前の窯を使う仕様だった。
部屋の真ん中には、木の机と椅子が並び、和柄なコースターが置かれている。随所に、女の子らしさが溢れ、の目が久しく潤った。

来たついでだから、少し休憩しましょう。レイリンがそう言ったため、椅子に座らせてもらい、用意してくれた緑茶を啜った。久しぶりに口にした緑茶は、妙に甘くて美味しくて、泣きそうになったがこらえる。
馴染むとは反対に、カルトは人間の使う道具や家具などに触れたことはないため、椅子に座るにしても戸惑って警戒したが、そこはコウジンが得意気に「ふふん、これはこうするのニャ」と教えていた。人間に混じった生活はコウジンの方が長いため先輩だ、弟分が出来たような心境なのだろうか、自慢げな様子は笑みを誘う。

「どうですか、美味しいですか?」

そわそわと、レイリンが尋ねてくる。「とても、美味しいですよ」が笑うと、彼女は安堵したように肩を撫で下ろした。

「そういえば、さんやカルトさんがユクモ村に居られるのって、何時までですか?」
「あ」

ネコバアから、それに関してはそういえば聞いていなかったことに気付いた。
そう長くはないと思うが……と、が考え込んでいると。
「ごめん下さいな」と、ほっこりした老婆の声が、玄関にかけられた長暖簾の向こうで響いた。この声は、ネコバアだろう。立ち上がったレイリンに続いて、も椅子から飛び降りて着いていく。
暖簾を押し上げると、ネコバアがほっこりした笑顔で佇んでいた。「どうしましたか?」とレイリンが尋ねると、ネコバアは小さな手に握った羊皮紙を一枚を差し出した。上質な紙で、何が書かれているか分からないが、朱色のインクのサインから特別なものということだけは理解した。

「ほら、一応アイルーちゃんたちは野生の子でしょ? ギルドに話したら、簡単なものだけど滞在期間兼許可証なんてものを書いてくれたの。とりあえず持ち歩いて、困ったことがあったら出してね」

差し出された紙を、は受け取る。レイリンは覗き込むと、書面の文字を追っていく。

「えっと滞在期間は……今日を含めて、四日間? 結構、長めですね」
「四日間か……」

は、レイリンの言葉を反芻する。四日間で、出来るだけこの世界の人間の暮らしや、ギルドとハンターのこと、出来る限り覚えていかなければ。そう思うと、長いようで短い期間だった。
その羊皮紙は、が持つこととなり、腰に巻いた物入れへ丁寧にしまう。後ろでコウジンと騒いでいるカルトに渡したら、一瞬で無くしてしまうだろうから。

「じゃあ、レイリンちゃんに後はお願いするわね。何かあったら言って頂戴」
「は、はい!」

頑張ります、と彼女は声を大きくして言った。ネコバアはそれだけ伝えに来たらしく、静かに背を向けた。けれど、ふと足を止め、振り返る。

「そうそう、忘れてたわ。レイリンちゃん」
「はい?」
「集会浴場で、ドリンク屋さんと番台さんが呼んでたのよ。行ってあげてくれないかしら」

――――― その瞬間、レイリンの朗らかな笑みが凍りつき、引きつった。
はギョッとし見上げたが、レイリンは諦めたように肩を落とすと、「すみません」と呟いた。

「私、これから集会浴場へ行かなくちゃなりません……」
「シュウカイヨクジョウ?」
「集会浴場は、ハンターが依頼を受けたりするギルドカウンターのある、温泉のことニャ」

ふふん、と得意気に胸を張ったコウジンが、後ろに佇んでいた。「どうせいつものヤツニャ、アイツも駄目ニャ」と呟いている。
が首を傾げると、ネコバアが楽しそうに言った。

「あらあら、また師匠ちゃんかしら」
「師匠って……ああ、レイリンちゃんの、先輩ハンターさんですか」

しかし隣では、「うう……師匠また……」と潰れた声がし、見れば赤面し湯気すら上りそうだった。……何があるのだろうか。

「アイルーちゃん、知ってるかい? この子の師匠ちゃんは、村の英雄なんだよ」
「英雄……?」
「ネ、ネコバア、その話は」

慌てたように、レイリンが口を挟んだ。それに対しネコバアは、緩やかに首を振る。「社会見学に来たなら、ユクモ村のこと知ってもらわなくちゃ」と、何処か寂しそうに笑った。
華々しい言葉とは裏腹な、踏み込んではならない線を感じた。けれど、それは聞いておかなければならないような気もし、はネコバアを見つめた。

「英雄って、何ですか?」
「アイルーちゃんは知ってるかしら、ユクモ村が以前、あるモンスターが住み着いたことで危ぶまれたこと」

あるモンスター。カルトが以前話をした、あれのことだとすぐに気付き、「ジンオウガ、ですよね」と呟く。

「そう……そのモンスターを退けたとされるのが、レイリンちゃんの師匠の、ユクモ村の専属ハンターなのよ」

……一見すれば、何て誉れあることだろう、そう思うのだが。
自らの師が英雄にも関わらず、浮かない面持ちのレイリンを見ると、そう安易に声を出すことが出来なかった。彼女にとってその話は……あまり良いことではないのだろうか。それに、確かその話の続きは……。

( ユクモ村にはもう一人のハンターがいて、けれど片方が命を落としたって…… )

さすがに口にすることは、しなかった。
ネコバアは静けさを張り詰めた空気を払うように、「まあそんな感じでね、アイルーちゃんたちも覚えててね」と声音を改めた。
その後、ネコバアは去り、後に残る静かな余韻が周囲を覆った。レイリンは「とにかく、集会浴場へ行ってきますね」と、のろのろと動き出す。

「あの、レイリンちゃん?」
「はい?」
「私とカルトも、行って良いかな」

驚いたように、レイリンが見下ろす。

「だってほら、挨拶しなきゃでしょ? に、人間って。それに、温泉見て見たいし」

レイリンは一瞬迷ったような仕草を見せたが、「どうぞ」と笑みを返した。そこらを物色し始めそうなカルトを掴み、歩き出したレイリンやコウジンの後ろを、静かに従って歩く。
気がつけば空は、橙色と藍色の混じる暮れた空に変わっていて、近付いてくる夜の気配が風に含まれていた。

さん、あの……」
「はい?」
「さっきの、ことなんですが……」

歯切れ悪く、レイリンが呟いた。は何となく察して、「あんまり、言わない方がいい?」と、あまり声を重くせずに言った。少しだけ振り返った彼女は、ぎこちなく笑い、頷く。

「あんまり、師匠は……話をしなくて。その時の、ジンオウガ討伐の時の話は。だから」
「分かった、言わないから」

レイリンは、安堵した眼差しをへ向ける。けれど、すぐに沈んだ。

「そ、それとですね……あの、これから集会浴場に行くわけですけれども」
「うん」
「――――― 幻滅、しないで下さいね」

……ん? 幻滅?
予想もしていなかったマイナスな単語が飛び出し、は言葉に詰まる。温泉を誇るユクモ村、と彼女も言っていたが、その温泉が実はしょぼいとか、そういうことだろうか。それも何か意味を違えているような気がする。
レイリンはそれ以上言葉を口にはしなかったが、無言の背中が恥ずかしさを語っている。

「何かしらね……」
、オンセンって何ニャ?」
「温かい水溜まりのことよ」

適当な説明ニャー、とコウジンの突っ込みを浮けながら、高地に堂々と佇む建築物を見上げる。一際長い石畳の階段をトコトコと進むと、強く感じる温泉の匂いに、は心躍らせていた。
だが、この建築物――集会浴場――に入った時、はレイリンの言葉の理由を、知ることになる。



地上より離れた高地に佇む、ユクモ村の誇る温泉施設――集会浴場。内部は、が思い浮かべていたのとは、かなり異なっていた。雅に憩いの空間かと思いきや、入り口から燃え盛る松明が見え、その正面の奥には物々しい大きな掲示板、横広なカウンターが堂々と鎮座している。《ギルド》という文字がかろうじて読めたため、ハンターが関わる場所ということだけは分かった。
入り口の横には、脱衣場、そして温かい湯気が見えるため、これが温泉だろう。建物内部の大部分を占めるその存在感は、生粋の日本人のも早々に飛び込みたくなった。

……が、今は、脱衣場の前の、番台で、足を止めていた。

は、ポカンとし見つめて。
カルトは、ますます訝しげに目を細めていた。

なんたって、捻り鉢巻と前掛けを身に着けたアイルーと、頭巾を被り扇子を持ったアイルー、そしてレイリンとコウジンが。
困りながらも何処か呆れながら、ブッ倒れている男性を引っ張って起こそうとしているのだから。

「しーしょーおー!! 起きて下さぁーい!!」
「駄目だニャ、今日は旦那、普段に増して飲みまくっていたニャ」

大の字でうつ伏せに倒れている姿は、脱衣所の真ん前で通行人の邪魔になっているだろうなと思う反面。あそこまで豪快であると、いっそ堂々としすぎて清々しさすら感じた。
男性からは、低い呻き声で、「あー今日はちょっと飲み過ぎたわ……」と、言っているようだが、レイリンの「今日だけじゃないですから!」と痛烈に突っ込んでいることから、常習犯であるらしい事実も見え隠れしている。


――――― 幻滅、しないで下さいね


……なるほど、レイリンが言った言葉は、そういう意味か。
は、何となく察する。どうやらあの倒れている人物が、彼女の尊敬する師であり。
ユクモ村をジンオウガの脅威から守った、英雄のようだ。

「ハンターはみんな、あんな感じなのかニャー……?」

心底、不思議そうなカルトの呟きを、はまたも否定しきれなかった。
よっしゃァァァァ出せた!
けど相変わらず、彼のキャラの軸がないので、迷走しながら進んでいきます。

2011.11.26