英雄と紅葉の村(5)

「では早速、ユクモ村の見学にまいりましょう!」

元気よく手を上げたレイリンに、とカルトも「おー!」と短い手を上げる。それに混じり、コウジンも乗り気だった。
集会浴場の前だったため、湯治客やハンターらしき人々などからクスクスと微笑ましい眼差しを受けた。

あの後、レイリンは酔っぱらって倒れた影丸を引きずって自宅へ連れて行き、高速で温泉に入った。
その間、とカルトは集会浴場の長椅子でドリンクを飲みながら大人しく待つ。ドリンク屋がサービスしてくれたのだ、粋な計らいである。
コクコク、と喉を通るその飲み物はセレブリティーという名前のもので、紅茶のような味がした。ほんのり甘く、鼻腔に残る優雅な茶の香りが素敵な飲み物で、カルトも美味しそうに口にする。この子、ユクモ村に来てから食べ物に異様に食いついてる気がする……気に入ったのだろうか。
そうするうちに、レイリンとコウジンは戻ってきて、「師匠はベッドで休んでます」と遠い目で言い、そして社会見学の今日を含めた残りの三日間はとカルトの引率係に専念するように、とも言われたらしい。
影丸なりの、気遣いだろうか。
先ほどの、彼のことも、渓流の流れのジンオウガとのことも気になったが、今はそれを口にしないようにした。

さんたちが村にいる間は、依頼などは受けませんから! 一緒に居られますね」

そう笑ったレイリンは人懐っこくて、思わずは胸キュンした。
が、その瞬間、隣でコウジンが凄い目で見て来た……良いじゃない、別に。

さて、ということでとカルトの社会見学、二日目が本格的にスタートすることとなった。
レイリンが、何だか小脇に隠していた小さな旗を持ち出す。何て書いてあるかは、一部の文字しか分からないものの恐らく《ユクモ村見学アイルー御一行》辺りだろう。さながらバス引率のガイドのようだ。
結構彼女も、ノリノリである。
が、歩きだした瞬間、直後に横転し、レイリン自らの身体の下敷きにし真っ二つに割れた。



まずは、村の大通りから説明して回ることになった。レイリンとコウジンを先頭に、集会浴場の階段を下りて行く。村長が座る長椅子を過ぎ、市場の通りへ向かう。
温泉に入る前は、まだ早朝で開店準備などで静かであったが、今やもう活気で賑わう。立ち並ぶ店先には、平台に産物や道具類が置かれ、店主らが笑みを浮かべて接客する。市場は、村人らはもちろん、ユクモ村の身なりでない、恐らく湯治客や、武器を背負ったハンターなどが見え、各々が眺めている。
さすがは温泉で有名らしい、ユクモ村。湯治場として、人の入りは、多いようだ。
旗を早々に真っ二つに折りへこんでいたレイリンだったが、ようやく復活したようで、とカルトへ店の種類などを説明する。
すると、階段付近の道具屋の若い女性が、たちへ声をかけた。

「こんにちは! 早速、社会見学?」

カウンターから出て、にっこり笑った彼女は、温泉に向かう際に、こんがり肉をプレゼントしてくれた人だ。は忘れずに礼を言うと、「良いのよ、それは」とにこやかに言った。

「何か協力しよっか。まだ午前中だから、結構余裕あるのよ」
「本当? じゃあ、お願いします」

レイリンは、とカルトを見下ろすと、「人間の世界にある道具、見てみませんか」と笑った。
ほう、道具か。それはとても良い勉強になりそうだ。は頷き、カルトを見る。すでに、彼は陳列された道具を眺めていた。コウジンが隣であれこれと説明しているが、先輩の気分なのだろうか。何だかんだで、調子の良い二人だ。とても微笑ましい。

「ふふ、どうぞ何でも聞いて。答えられることは、何でも答えるわよ」

女性の好意に甘え、は気になったものを尋ねていく。「このドリンクみたいのは何ですか」と尋ねれば、「それは凍土や火山で、行動出来るように身体を温かくしたり冷やしたりするものよ」と言ってくれた。
……凍土? 火山? この世界の人々は、何とまあ危険地帯に逞しく向かうのか。
火山ならまだしも、凍土など聞いたことがない。だが、その響きから、とにかく寒い場所ということは分かった。

「凍土とか火山とか、レイリンちゃんも行くの?」
「はい、これがなかなか凄い場所なんですよー。凍土なんて、大地すら凍りついて、いっつも雪が降ってるんです。火山は、麓から蒸し暑いですね。
ホットドリンクとクーラードリンク、どちらも必需品なのですよ。あ、他に砂原なんて場所もあります。砂漠ですね、思いきり」

……ハンターとは、かくも逞しいものか。
その大自然立ち向かう強靭さが、羨ましくもなる。

「ニャ、これは何ニャ?」

カルトが、ピッと立てかけていたあるものを指差した。さすがのも、それは分かった。
女性は、ああ、と頷くと、カルトへ言った。

「それはね、ピッケルよ」
「ぴっける?」
「鉱物が出る場所が、結構色んなところにあるんだけど。そこで、これを使って鉱物を削り出すの。折れることもあるから、消耗品だけど」

ふうん、とカルトは声を漏らし、そして残念そうに肩をすくめる。

「ニャんだ、武器じゃないのニャ」
「ぶ、武器?」
「これで、こう、敵と戦うのかと思ったニャ」

それはちょっとグロテスクなことになるだろう、とはカルトを押し留める。

「ニャッニャッ! ピッケルの使い方くらい、ボクだって分かるニャ。やっぱりアンタ阿呆ニャ」
「ふん、いちいち上げ足を取るのは、子どもの証拠ニャ。オレはその点大人ニャ」
「ニャ!?」

……仲良く、しているような、していないような。
と同じく、レイリンと女性も苦笑いをこぼす。そしてまたレイリンが、魔法の言葉である「ヒゲツさん呼ぶわよ」でコウジンが大人しくなった後、道具について教えてくれた。道具屋といっても、ハンターなどが多様するものだけじゃなく、雑貨も取り扱っていて、和風なカンテラや和傘がとても素敵だった。お店自体はこじんまりしているけれど、品数はとても多い事がうかがえる。

「ねえ、貴方、武器とかが気になるの?」

女性が尋ねると、カルトは強く頷いた。それを見て女性は、「それなら、次はあそこに行ったらどう?」とレイリンへ言った。両手を合わせ「良いですね」と笑うレイリンを、とカルトは見上げたまま首を傾げる。



市場の通りにありながらも、その一角だけ異様な熱気があった。もちろんそれは、温泉のものではない。巨大な竃で、煌々とする赤い炎の、滾る熱だ。の前で、火花を散らして爆ぜる様は、美しくも激しい。
カン、カン、と鋼を打つ男性らからは汗が流れ、火の側でハンマーを振るう。ある者は、防具だろうか……丹念に作り上げ、一枚一枚何かの鱗を繕っていく。
何かの、工房のようだ。だが、皿を作ったり花瓶を作ったりの、単なる工房ではない。内部の壁には、所狭しと並ぶ太刀、剣、弓……道具だろうか、天井からはバケツが吊るされ、そばには樽が置かれている。それだけで、物々しさは感じ取れた。

「こ、こは……?」
「武器を作るところで、加工屋と言います。私や師匠も、ユクモ村に来るハンターさんたちは皆、ここを利用するんですよ」

へえ、とが工房……加工屋を眺めていると、中からアイルーほどの背丈の小柄な老人が歩み寄ってくる。黄色みの強い肌色をし、飾りのない粗忽なハンマーを担いでいる。真っ白なちょんまげが頭の天辺に出来あがって、職人気質な中にも、朗らかさの感じる面持ちだ。

「アイヤー! なんじゃあ、レイリンさんかい。用があるんかね」

独特な掛け声とともに、老人は手を上げた。
レイリンはやカルトのことを説明し、見学の旨を伝えれば、老人は手のひらを打ち頷く。

「村長が言ってたんは、それけえ。ワテは見た通り武器と防具を作ってるから、あんまり役にゃ立たんかもしれないが、手伝ってやるけえの」

老人に、ポンポンと頭を撫でられている間、カルトは早速工房を爪先立ちして覗いていた。
そうね、カルトはいつもどんぐりハンマー抱えているものね。興味あるよそれは。
そう思っただが……何故か、あまり気分は浮上しなかった。

「ニャ、この武器とかは、どうやって作ってるニャ?」
「そりゃあ秘密だて。んだが、まあ簡単に言やぁ、モンスターの素材を使うんじゃよ」

モンスターの、素材。
ゾクン、との背中が何故か戦慄いた。

「つまりはまあ、倒したモンスターの鱗だとか尻尾だとかが、使われるんじゃな。そこのレイリンさんのもそうじゃ」

獣、水獣、竜、海竜、獣竜……世界に存在するモンスター。彼らの力を戴き、ハンターは挑むための装備を整える。
カルトは、ふーんと興味があるんだか無いんだかわからない返事をし、加工屋の老人の言葉を聞いている。
は、そっとその場を離れると、近くの源泉の溜まっている池の縁に座る。

さん……? どうしたんですか?」

ベコバコ、と気付いたレイリンが歩み寄って来る。
は、緩く首を振ると、少しだけ曖昧に笑った。

「……ううん、ハンターって、そういうのが仕事だものねって。改めて思っただけ」
「そういうのって……?」

レイリンが、隣へ座る。コウジンもの隣へ座り、丁度二人の間に挟まれるような格好になった。

「モンスターを倒して、そのモンスターの……要は肉体の一部でしょ? それを使って、防具や武器を整える。
それを、改めて思ったら……ちょっとだけ、へこんだだけ」

レイリンは、「あ……」と思い出したように、小さな声を漏らす。せっかく案内してくれている彼女に、そんなことを言うのも心苦しいが、しかし……。
今、職人が鍛えている剣も。壁に立てかけられた弓も。飾られた太刀も。
全て、モンスターの命なのだ。

……もしかしたら、ジンオウガさんの肉体で造る武器も、あるのかしらね。

これは、ハンターという生業の一部。人々を守るハンターは自らを鍛え、倒したモンスターの力を得て一層高みへ向かう。
も無論人間、いずれはその中で守られるようになるのだろう。
だが……。

「ごめんね、こんな話。すっごく暗くなって」

パッと声音を変えて言えば、レイリンはブンブンと首を横へ振る。そして、「ごめんなさい」と謝った。
彼女が謝る必要など、何処にもない。は驚いたが、レイリンは大きな瞳を切なそうに伏せ、呟く。

「ごめんなさい、カルトさんがとても興味を持っていたから、加工屋に来てしまいました。
さんもアイルーで、渓流には……アオアシラもいるのに。こんなの見たら、気分悪くなりますよね」
「うーん、まあ……」

あの、コロコロして小さなアオアシラ。彼もまた、ハンターから見れば素材なのだろうか。
レイリンは妙に肩を狭めて、申し訳なさそうに委縮していく。けれど、はそこで一つ尋ねる。

「レイリンちゃんは、ハンターをしていて、どう思ってるの?」
「え?」
「ほら、たとえば、モンスターを倒したり。倒した後とか」

彼女は、答えていいものかと迷っているようだったが、何かをぐっと意気込むと、へと静かに答えた。

「……正直、ハンターの仕事って、辛いんです」
「辛い?」
「重労働だし、どんな依頼に行くか分からないし、師匠の後について言ってもあまり役に立てないし。でも……」

レイリンは顔を上げて、空を見上げた。

「近くの村に、依頼の後寄るとね。ありがとうって、言ってくれるんです。助けてくれてありがとうって」

あの笑顔が、全部を拭ってくれる。ああ、私はちゃんと人の役に立てているのだと。ハンターをしていて良かったと。

「だから、その時ハンターをやっていて、良かったと思います。モンスターを、倒すというか、命を奪うのですが……それを超えて、奪った命を生かして、私は頑張らなきゃならないのかなって」

レイリンは、それからまたを見た。
二十歳にも満たない、少女のその瞳は、はっきりとを見た。その眼差しに、くすんでいたの心が少しだけ晴れる。

「……そっか、そういう風に思っていてくれるハンターさんが居るだけでも嬉しい」

もしも、例えば私が、死んだ時。
レイリンちゃんなら、きっと、活かしてくれるんだろうな。

まあもっとも死ぬ気は毛頭ない。それどころか、アイルーの姿から人間にいつか戻ってくれようぞ、と思っている。
けれど……そんな風に、は少しだけ思えた。それは、彼女へ言わなかったけれど。

「――― あったり前ニャ、ボクの旦那様はそんじょそこらのハンターとは違うニャ!」

黙っていたコウジンが、急に腰かけていた岩から飛び降りると、の前で胸を張った。

「うちの旦那様は、モンスターを殺すことを目的にハンターしてるんじゃないニャ! みんなのために頑張ってるんだニャ!」
「そうみたいね、凄いね」
「ふふん! そうニャ」

コウジンは得意げに笑う。「だから、あんなヤツとは全く違うのニャ」
付け足したその言葉に、は「え?」と目を丸くする。

「あんなヤツって……?」
「生意気にも旦那様の師匠なんてやってる、影丸ニャ。アイツは、モンスターを殺すことをきっと目的にしてるニャ、人のためじゃないニャ」

そう言ったコウジンは、何処か軽蔑するような眼差しをした。
殺すことを、目的? あまり、明るい言葉ではない。はどう反応すれば良いか迷い、言葉を探す。
だが、そのコウジンを、レイリンが普段にはない強い声で諌めた。

「師匠のこと、そんな風に言わないで」
「ニャッ?! で、でも、アイツ、ずっとずっと、モンスターの狩猟ばっかりしてるニャ……」
「師匠にだって、考えとか、昔とか、あるの。そんな風に、言わないであげて」

レイリンは、途端に寂しそうにした。コウジンは激しくうろたえ、「分かったニャ」と呟いたが……その目は未だ、影丸に対する猜疑心で満ちているように、思えた。


「――――― 命とは、繋いでいくものでごニャる。本人が、自覚あろうとなかろうと」


不意に響いた、第三者の声。けれどそれは、独特な口調であった。

「我々が生きるため、モンスターを殺し、食物を食べるのと同じでごニャる。モンスターもまた、生きるために食べる。
この世は、そうやって成り立つのでごニャるよ。若者」

ト、ト、とゆったりした軽い足音。加工屋の隣から、近付いてくる。その方向を見れば、一匹の老いたアイルーが佇んでいた。とても滑らかな人の言葉を話すそのアイルーは、衣服を着こみ、頭に紅葉の葉っぱをあしらった兜を被っている。
とても優しげな、にっこり笑うような面持ちだ。

レイリンは「モミジイ」と呟くと、腰を上げた。
モミジイ、と呼ばれた老アイルーは、笑いながらたちの前にやって来る。

「難しい話をしているようだから、ワシも入ってみるニャ」

返事を待たず、彼はの隣に座る。

「で、お主と、あの加工屋にいるアイルーが、見学のもんでごニャるな」
「は、はい。です」
「ブニャウ……なかなか、野生のアイルーにしては面白い若者ニャ」

ドキリ、とは肩を跳ねさせた。
モミジイは、それには気付かず、笑みを浮かべたままだ。

「ほっほ、若者よ、お主から見れば人間の所業とはかくも残酷かと思うでごニャるな?」
「それは……」
「よいよい、ワシとて老いたがもとは野生の生まれ。気持ちは、分からないでもニャい」

レイリンが、しょんぼりと肩を落とすのが見える。はオロオロとしたが、当のモミジイは遠慮なく言っていく。

「ワシらは獣人種のモンスター。種族違えどモンスターを狩る姿は、恐ろしいニャ。
けれど、人間とは、知恵あり賢い。ワシらが、及ばぬところに向かう」

モミジイの声は、不思議と、の耳に滑り込んできた。優しくて、悟すような深みもあるからか。

「倒したモンスターの肉体を、防具や武器に込める。それはより強いモンスターに挑むためでもあり、人々を守るため。まあ中には、娯楽のためのもんもいるでごニャるな。
じゃが、そうして敵から知恵を得て、力を得て、共に生きるのニャ。ワシのように、人間の社会に居るものは、その人間に惚れてしまったでごニャる」

そして、そうやって強くなったものも、いつかは消えていく。

「万能なものなどないのでごニャる。若者、モンスターの数は激減していると思うかの?」

不意に尋ねられ、は考える。
モミジイはほっほっと、笑うと、手を振った。

「――――― 逆じゃ逆、ハンターの方が少なくなるのでごニャる」
「……」
「当たり前じゃの、知恵もつ狩人とて、モンスターの前では一瞬の油断が命取りとなる。ハンターになろうとする者、志果たした者はここ最近増しているけれど、同時に姿を消すハンターも多い。夢破れたものか、それとも不慮の事故か、強くなればなるほどその危険も高まるのでごニャる。
それでも人間は、あえてその場に立とうとする……面白いニャ、ワシもそれが面白くて、かつてオトモアイルーになったのニャ」

モミジイは、にっこりと優しい笑みを浮かべたまま、を見た。

「不思議ニャね、ワシはそれがこれからも連綿と続くと思うのでごニャる。
そうやって、世界は続いて、人とモンスターは競争し共存し、そして……人の想いもそこに生きていくのでごニャるな。
この村の、あのハンターのように。人の想いに生かされているものもいれば、人の想いを排他し強さを求めるものもいる。
途切れても、無くならない命の記憶。まあ、老人の戯言と思えば良いでごニャる」

ブニャウ、とモミジイはヒゲを撫でて、言葉を止めた。
オトモアイルー……この老いたアイルーは、過去ハンターにつき従っていたわけなのか。
全てが一見脈絡のない話のように思えても、何処かで一つの場所に辿り着く、深い言葉に聞こえた。今のには、老いた戦士の真意は測りきれないが、それでも……その深い言葉は、とても響いて不安にざわついた胸が凪いでいく。

「人の世界とは、まこと面白いのでごニャるよ。さて……老人の長会話はこの辺にして」

よっこいせ、とモミジイは立ち上がると、らを見て「ちょっと、こっちへ来てみるでごニャる」と手招きする。
加工屋に居たカルトも呼び、モミジイの後を着いていくと、こじんまりとした小さな工房に到着した。加工屋の物々しさは少ないとはいえ、アイルーが持つサイズの武器や防具が並ぶ光景は、なかなか圧巻だった。

「ここは……」
「ここは、オトモアイルーの装備を作る場所ニャ!」

えっへん、とコウジンが胸を張って言った。

「そう、ワシはここの店主というわけでごニャるな。人の強さに着いていくアイルーらの、手助けをする場所ニャ」
「人の強さの、手助け」
「それがオトモアイルーでごニャる。ハンターさん方が命をかけて集めた素材で作る装備……その過程で余った端材で、作るのでごニャる」

よいせ、と小さなカウンターにモミジイは座ると、カルトを見下ろした。

「そこの若者」
「ニャ? オレのことニャ?」
「そうでごニャる。お主が、見学に来てるカルトとやらでごニャるな?」

モミジイの目は、カルトが背中に負っているどんぐりハンマーを見つめている。
「それはもともと、オトモアイルーの武器。何処かで拾ったのかニャ」そう尋ねられたのを見て、はふと思った。そうか……ずっとお手製のものかと思ったけれど、そのハンマーはそういった武器なのか。
カルトはモミジイへ頷くと、そのハンマーを手に持った。

「これを持つと、不思議と手に馴染むのニャ。拾ったのは住処ニャ、落ちてたのニャ」
「そうか……。恐らくそこで、命を落としたオトモアイルーが、居たのでごニャるな」

カルトの耳が、ピクンッと動いた。

「我らアイルーもまた、命をかけてハンターに着いていく。その武器は、そのかつての持ち主の想いが込められているかもしれんの。
ブニャウ、お主にはその素質があるのやもしれぬな」

レイリンとは視線を交わし、それから再びカルトを見つめた。

「貸してみなされ、若者。その武器の手入れをしてしんぜよう」
「!」
「ニャ、ずるいニャ! ボクのもして欲しいニャ!」
「こらコウジン」

レイリンに叱られ、コウジンはムスッと頬をむくれさせる。
カルトは、素直にそれを渡すと、モミジイが慣れた手つきでハンマーを修繕していく様子を一心に見つめている。
トントン、カンカン。一定のリズムで、モミジイの振るうハンマーが音を立てる。

「そういえば若者、お主さっき加工屋に居たな。武器に興味があるのかニャ?」

カルトは、力強く頷いた。それを見つつ、モミジイは笑みを絶やさず「そうかそうか」と言った。

「して、それは何のためかニャ?」
「何の、ため……?」
「そう、目的でごニャる。お主にも、あるのでごニャろう?」

カルトは、しばし押し黙った。ふと、チラリとを肩越しに見て、そして言った。

「守りたいのがあるニャ。オレは、だからそのハンマーも大事に持っていたニャ」
「お主の群れ、か?」
「それもあるけど、今は……」

カルトと眼差しがぶつかったが、には分からず、首を傾げ見つめ返す。
カルトは慌てて顔を振り、「とにかく、オレは強くなりたいのニャ!」と言った。小さく、非力なアイルー……けれどその背が、少しだけ異なって見えた。ユクモ村に見学に来て、何か変わったのだろうか。

レイリンとは、くすりと微笑んでカルトを見守った。

――――― だが、それを微笑ましく見て居られないものが、ここに一人いた。

「ブ……ニャッニャッニャッ!」

突然、笑いだしたコウジンに、カルトが肩を揺らして振り返る。

「何がおかしいニャ」
「守るニャ? 何を守るかニャんて知らないけど、ボクにだって勝ててないのにどうやってそれを守るニャ」

……普段の、冗談ではない。仮にこれが冗談だとしたら、あまりにも性質が悪い。
にわかに不穏な動きを見せて来た空気に、レイリンもオロオロとし始める。

「コ、コウジン」

も、少しばかり不安になり事態を見守るが……モミジイだけは、むしろ楽しげに見つめていた。

「ブニャウ、若者とは良いものでごニャるな。放っておきなされ」
「モミジイ……?」

トントン、カンカン。何事も無いように、どんぐりハンマーを整備していく。
しかしコウジンとカルトの空気は、一気に険悪なものへとなっていた。渓流で初めて出会った時と、ほぼ同じ……いや、それ以上だった。

「お前なんか、すぐに勝てるニャ」
「ふーん、へー、ニャ」

珍しく、コウジンが嫌みったらしい笑みを浮かべている。
カルトの毛が、どんどん逆立っていく。

ああ、市場を行き交う人々の視線を集める。
これはこれで不味いと、とレイリンはそろそろ止めようと思ったが。
コウジンが、カルトへ向かい木刀を突きつけた。

「じゃあ、勝負ニャ」
「ニャに……?」
「守るんだろ、アンタが言う守りたいヤツっての。ニャら、ボクに勝ってみればいいニャ」

ちょっと、コウジン。レイリンが手を伸ばすが、コウジンは珍しくそれに従わず、むしろ「旦那様は黙っててニャ」と言う始末だ。
恐らく初めてのことなのだろう、コウジンの様子にレイリンは困惑を露わにする。

「……アンタがいつも持ってる武器を見てから、ずっと思ってたニャ」

コウジンは、ふと声を急に潜めた。

「何で、それを持ってるのかって。そしたら、拾ったって。正直、ちゃんちゃら可笑しいニャ。
ボクらは、そんな軽い気持ちで、この武器を持っていないニャ。自分なんかより、もっと強くてもっと大きなモンスターに挑む旦那様と一緒に戦うために、それを持つニャ。野生のアンタに、その武器の重みなんて分かるはずないニャ」

コウジンは木刀を背中に戻すと、カルトをギュッと睨みつける。

「だから、勝負するニャ。さあ、どうするニャ」

挑発するように、コウジンは言った。カルトはしばし黙ったが、すぐに口を開く。

「分かったニャ」
「! カルト」

は呼んだが、彼はを見なかった。
その横顔は険しく、何かを……秘めているようだった。その鋭さは、以前彼が無謀にもジンオウガへ挑んだ時と、同じもののように思える。
彼は、何を思っているのだろう。何を思って、承諾したのだろう。
その後、市場には迷惑がかかると、レイリンの農場へ移動することにした。彼女も、やはり困惑し事態をどう見れば良いのか分からないようだった。
そしても……判断出来ないまま、カルトとコウジンの後ろに着いていくことになった。
ゲーム中では、ハンター無敵だけど。
現実的に考えると、きっとハンターとモンスターの力加減なんて、圧倒的にモンスターの方が上だと思う。
もともとモンハンの世界観は、ファンタジー要素を排他した原始的なものだから、余計にそう思うのかもしれないです。

きっと激減していくのは、人間の方。
けれど、上手く釣り合っていくため奮戦するのも、人間の方。

そんな真面目なことを考えつつ、モミジイLOVE ( 台無し )
モミジイって、アイルーたちの大先輩って感じがする。

そして、一悶着の予感な、コウジンとカルト。
この話の、一つのメインイベントです。

2011.12.14