英雄と紅葉の村(8)

――――― ユクモ村社会見学の、三日目。

今朝からカルトは意気揚々と、貸してもらったハンマーを抱え影丸のところへと向かっていった。午後に行われるコウジンとのリベンジマッチに向け、最後の特訓と言ったところだろう。最初に来た時は、コウジンの鼻っ柱を折ってやると意気盛んな子どものようであったが、今では彼の中でも変化があったようで、小さい背がピンと伸び渓流で見ていた時よりぐっと大人びたように感じる。

此処に来て、カルトも良かったかな。

は微笑ましさ半分、自分ももっと精進しなければ、と思った。せっかく人里に足を運ぶ機会を得られたのだから、もっと多くを学んで渓流へ戻らなければ。
……気づけばもう、三日目。明日には、帰らなければならないのだ。
アオアシラや、ジンオウガは、どうしているだろう。たった四日ではあるけれど、何事もなく過ごしていると嬉しいが。
そんな風に思いながら、の午前の予定は、レイリンや影丸の手伝いに割り当てた。昨日の差し入れを作らせて貰う条件に、手伝いをみっちりさせて頂くと言ったのだから。
レイリンは渋りながらも、折角だからと掃除を手伝って欲しいと言った。それくらいならお安い御用だ。竹箒を一つ取り、自宅前をせっせと払い、落ち葉を全て取り除く。村人から、小さな子どものお手伝い風景を見るようなとても微笑ましい眼差しを受けたものの、完璧に終えて食器洗いなども行った。レイリンは本当に良い子で、一八歳なのにとてもしっかりしている。良い子すぎて、此処に来てからの心はすっかり潤いで満ち足りていた。
レイリンの手伝いは、大体が家事の補佐や買い出しの荷物持ちなどで、そう苦では無く楽しかったりもしたのだが。

――――― 一方の師である影丸は、容赦が無いとこの後学ぶことになった。


レイリンと別れて影丸の自宅に向かうと、彼はあの漆黒の隠密防具ではなくユクモ村人たちの衣服を着てを出迎え、そして唐突に「じゃ、農場行くぞ」と連れ出した。何の説明が無いままだが、は彼の後ろを着いて行き、道すがらその背をじっと見上げていた。昨日の、彼の奥底に隠れている感情を吐露した件は、微塵も感じられないスッと伸びた背中……は口にはしなかったが、それを思うとこの背の広さすら彼が修羅になった証にも見えていた。
昨日もやって来た農場には、ヒゲツとコウジンの姿だけがあった。他のオトモアイルーは居ないのだろうかとも思ったが、何でも皆モンニャン隊に出かけているらしい。確か、アイルー向けの探検クエストだったか。すっかり馴染んだヒゲツと挨拶がてらそう話をすると、今日もお願いしますと頭を下げる。もちろん、カルトの件だ。彼は今朝からとても涼しい瞳をし、「ああ」と頷いてくれる。

さて……ところで此処に連れて来て、一体何なのだろうか。が影丸を見上げると、彼は意味ありげに笑いながら、「三匹も居りゃ何とかなるな」と呟いた。

……何、その、悪人のような笑顔は。

の背に、嫌な予感がふっと駆け巡った。だが、もう既に遅いと、次の瞬間には知らしめられることとなる。

「何でも、手伝うって、言ったよな?」
「え、ええ」
「よし、聞いたぞ。じゃあ早速、手伝って貰おうか」

にこりと、胡散臭いほどの爽やかな笑顔に、は早くも帰りたくなった。



「うわァァァァん!! 嫌だァァァァ!!」

そしては、空高く舞っていた。正しくは、空高く飛ばされていた。

大きなシーソーの上に、突然とカルト、ヒゲツが乗せられたと思うと、虫取り網を一本ずつ影丸から持たされる。カルトは不思議そうにし、ヒゲツは慣れたように持ち構える。はというと、冷や汗が止まらなかった。その時点で、嫌な予感はしていたのだが、よいしょ、と高台に向かった影丸がグルングルンと腕を回し始め、屈伸運動をしたのを見た時、その予感は現実の物となる。

「ねえ、あの、何するの」

ひく、と引きつる口元から落ちた言葉に、影丸はあっけらかんと返す。

「虫取り」

んなもん、虫取り網持たされた時に大体分かったわ!
は内心不安のあまりキレたが、言葉を補うようにヒゲツがとカルトへ説明する。

「これを持って、この樹の天辺に集まっている虫を取るのニャ。旦那があそこから飛び降りて俺たちを飛ばすから、俺たちは一心不乱に虫取り網を振り回し捕まえる」

……今、さらっと恐ろしいことを言わなかっただろうか。彼。
の表情が、いよいよ凍り付く。シーソー、虫取り網、そしてヒゲツの言葉。まさかとは思うが、この設備は―――――。

「おっし、行くぞー」

の不安など僅かでも汲み取らず、影丸は高台から懇親のジャンプで飛び降りた。そして、シーソーを思い切り踏みつけた瞬間、やっぱりかという思いと、恐怖で、腹の底から久方ぶりの大絶叫が響き渡った。
重力を無視して飛び立ったベテランヒゲツと、初心者カルトは、樹木の最も高いところで虫取り網を振り回し、そして静かに落ちていく。当然は、そんなことも出来るわけがない脱落者で、半分泣きながらただ宙を舞った。虫取り網を強く抱いてみても、何の助けにもならず、全身を包む浮遊感が一層研ぎ澄まされただけだった。
後で、絶対引っかく。
呪い言を胸中呟き、は放り投げられた格好のまま落下していく。だが、スタッと華麗に着地したヒゲツが虫取り網をカルトへ投げ渡すと、背中から落ちるを颯爽と横抱きにキャッチする。あまりの王子様的シチュエーションだが、はそれに突っ込む気力もない。

「……おい、大丈夫か」
「う、う……ッ何の説明もない挙げ句、いきなり空に……ッ」

両手で顔を覆って、ガツンッとヒゲツの漆黒の鎧に額を押しつける。
こんなに小さなアイルーがとてつもなく頼もしく感じたのは、サバイバル教官のカルト以来だった。
「ヒゲツ、格好良い……!」とカルトが虫取り網を二本持ち感動している側では、影丸がシーソーの隣で大爆笑している。マジで後で引っかいてやる。恨みを込め、ギッと見ると、「何でも手伝うんだろう?」と嫌な笑顔付きで返され、はそれ以上言えなくなった。
カルトは初めてやった割にはとても楽しそうで、むしろ様になっている。あんな地上数メートルまで放り投げられても楽しいだなんて、彼は中々胆が座っている。そういえば、彼はジンオウガに対しても堂々と挑んでいたか……。

……ヒゲツ、私の命は貴方に預けた。
はぎゅう、と彼にしがみついたが、返ってきたのは硬直だった。

「はいはい、次々」

村人衣装を着崩した影丸が、虫を箱に入れた後歩き出す。今度は何だよ、とは自棄になり影丸の背を睨むも、彼はむしろ楽しそうにしている。いや、確実に楽しんでいる。レイリンの頭を握り潰そうとした初日の光景が浮かび、二の舞になりつつあると知る。
そして、影丸が足を止めた場所は、農場のすぐ側を流れる、雄大な大河の水辺であった。魚を入れるのだろうか、大きな籠がデンッと鎮座し、その隣には箱がある。蓋を開けた影丸の隣から中を覗き込むと、緑や赤、金色、ピンクと色とりどりな餌が仕切られて納められていた。……あの、何か温泉たまごまで入っているんだけど、これも餌なの?首を傾げただったが、頭上からまたあの意味ありげな笑みを向けられ、ぞっと背が震えた。


「……で、今度は何?」

そしては、ヒゲツとカルトと共に、サバーンと寄せる川の中に居た。穏やかな流れであるが、腰まで浸かって服は濡れている。レイリンちゃんごめん、後で影丸に文句言うから!

「これならアンタも叫ばないだろ、撒き餌漁だから」
「まきえさりょう?」

カルトが、不思議そうに首を傾げる。

「撒き餌漁って、確か餌を投げてそこに集まる魚を捕るっていう……」
「知ってるなら、話が早い。餌をそっちに投げるから、集まる魚を全力で全て捕って、ここに入れてくれ」

影丸の手が、カゴを指し示す。
え、全力で捕まえるって……。素手ですけど。
またも、嫌な予感がの背に。

「しかも今回は、黄金ダンゴとツチハチノコ、ユクモ温泉たまごを混ぜた餌だ。小金魚やイチノタチウオ、古代魚の高級魚が確実に集まるから、死ぬ気で捕れ」
「え、死ぬ気?!」
「売ると高いんだから、金は逃すなよ」

ちょっと待って、とが言った時には、影丸は既に餌を高らかに撒き散らしていた。金色の餌がふわりと舞い、たちのもとへと落ちて沈む。
その瞬間だろう、足下へと一斉に押し寄せる何かに、鳥肌が駆け巡った。

「ヒィィィィィィ!!」

見下ろすと、の腰周りで、魚が所狭しと餌を啄んでいる。これが金魚などなら可愛いものだが、どう見ても可愛さからはほど遠い見たことのない魚ばかりだ。うぞうぞ、と魚が寄ってくる感触に結局悲鳴が出た。
隣では、ヒゲツが黙々と魚を弾き飛ばし、カルトも面白がって見様見真似で捕まえていく。だがだけは異なり、この状況から逃げ出したい一心で両手を使い弾き飛ばしていった。宙を舞った魚が影丸に激突しようが、この際構わない。
そんなの頑張りもあってか、撒き餌漁はかつてない豊漁に恵まれ、歴代の記録を塗り替えたらしい。

その後は穏やかで、最新型のハチの巣箱でハチミツ採取を経験したり、畑から作物を採ったり、《10連よろず焼き》なんていう一度に肉や魚を大量に焼ける設備で大きな団扇を仰いでみたりと、疲れたもののとても楽しかった。特に、よろず焼き機で上手にこんがり焼いた後の、影丸が楽しかった。ハッ!と声を出したかと思うと、肉の連なる串を高らかに掲げる鼻歌を歌っていた。隣でヒゲツが囃し立てる風景もなかなか、見応えがあり、カルトと共にぽかんとしていたが。
焼いた肉は、早速美味しく頂いた。
ハンターの生活の一片に触れ、は改め彼らの逞しさを知った。



「ところで、カルトはヒゲツさんとトレーニングしなくて良いの?」

よろず焼き機の側の、大河のほとりで休憩するたちだが。
カルトはもう少ししたら、コウオジンとリベンジ戦を控えている。すると、ヒゲツが静かに座ったまま、「根を詰めても、良い状態では戦えない」と言った。

「昨日あれだけやれば、恐らくコウジンは怖くないだろう」
「ああ、そういえば夜もやってたって聞きました」

昨日は、みっちりとしたトレーニングを行ったのだろう。夕飯の時には戻ってきたけれど、疲労困憊状態だったカルトの姿が鮮明に思い出された。

「それに、あの虫取りや撒き餌漁は、俺たちオトモアイルーのトレーニングにも十分繋がる設備だ。あとは、十分な鋭気を養えば良い」

さすがは先輩というべきか、とても的確な言葉には関心する。これは、コウジンには申し訳ないことをしたかもしれない、とほんの少し思うくらいに。
午後が楽しみね、とクスクス笑うに、ヒゲツがふと尋ねた。

さん、旦那のことを、影丸と呼ぶのだな」
「え? ああ、そうなの、この人がそれで良いって言ったし」

あ、もしかして報告しなかったことかしら。は慌てて説明しようとしたが、ヒゲツは緩やかに首を振ると、「なら俺も、それで良い」と言った。

「旦那がそう言ったのならば、オトモアイルーの俺も同じで良いニャ」
「そ、う? ありがとう、じゃあ、そうさせて貰うね。私のことも、呼び捨てで良いから」
「ああ」

金色の瞳が、ふっと細められた気がした。

「……本当、お前にしては珍しいな」

丸太の吊された樹木の根本で、幹に寄りかかり寛いでいた影丸が笑って言った。
そういえば、影丸は幾度かそれに似た言葉を何度も言っている。が振り返ると、ヒゲツもまた影丸を見て「旦那」と静かに言う。けれど、影丸はふっと苦笑いにも似たものを浮かべると、「お前は俺に似ているからな」と意味深に呟くだけだった。
言い難く不思議な空気が覆ったが、そこはカルトが無遠慮に引き裂いてくれた。

「そういえば、ヒゲツや影丸は、たくさんモンスターを見てきたのニャ?」
「ん? ああ、狩猟のこと? 何だ、興味があるのか」

よいせ、と影丸は身体を起こした。
カルトは飛び跳ねるように頷くと、「聞いてみたいニャ!」と明るく言った。

「それは、私も少し聞きたいな」

も便乗してみると、影丸は肩を竦めてヒゲツを呼ぶ。

「じゃ、渓流でしか暮らしたことのない狭い世界のお前たちに、聞かせてやりましょうかね。ヒゲツ、悪いけど箱から図鑑とか持ってきてくれるか」
「了解したニャ」

意地の悪さも含む言葉だったが、不思議なことに全く気にならなくなったのは、多少は彼と親しく慣れた証拠なのだろうか。は思いながら、彼らの狩猟生活の話と、戦ってきたモンスターの話を聞くことになった。



――――― そして、ついに訪れる午後の約束の時刻。

影丸の農場から、レイリンの農場へと移動したたちの前に、手を振るレイリンが佇んで待っていた。そして、広くならされた平地には、変わらず堂々と腕を組んでふんぞり返るコウジンが居た。
何だかんだで楽しみだったため、影丸やヒゲツも端に座って観戦することになり、やレイリンもその隣に座った。

「ふふ、何だか物語みたいな光景ね」
「そうですね。カルトさん、何だか目がとっても真っ直ぐです」

さて、勝負はどうなるだろうかと、は二匹を見守る。

カルトは、トコトコとコウジンの前に現れる。カルトを見るや、コウジンはニャッニャッと笑い、木刀を握った。

「誰かと特訓でもしてたニャー? でもボクには勝てないから、止めといた方が良いニャ、また負けるニャ」

カルトはむっとしたように目を細めたが、以前のように噛みつくことはない。その様子に、本当に成長したなとは目尻を拭う胸中だった。
しかし隣からは、ヒゲツの低い声で「アイツは本当に、後で礼儀作法を叩き直してやらないと」と呟かれていて、コウジンのこの後のことが不安でもあった。

カルトは、フーッと長い息を吐き出すと、借りたハンマーを握りしめ構える。

「今度は勝つニャ、強い人に色々と教えて貰ったから。絶対に」

コウジンの目が、少しだけ見開かれた。

「……ふーん、ニャ。じゃあさっさと終わらせるニャ、ま、ボクが勝つけど!」

コウジンの木刀を握りしめる手に、力が込められる。
二匹は静かに、対峙した。
さて、ヒゲツは確か「コウジンには有効な手段はある」と言っていたが、それは何だろう。それを確かめる意味でも、は見つめた。その後ろでは、影丸の眼差しが静かに、けれど鋭く、二匹に向けられていた。

武器は互いに構え合ったまま、一寸も動かない。微動だにしない空気に、風の音や側を流れる大河のせせらぎだけが聞こえる。以前はカルトが真っ向から突撃していったが、今はぐっと待っているようだった。そしてそれの意味は、すぐに判明する。
静かに見合っていた二匹だが、コウジンの方に変化が訪れる。忙しなく身体が揺れ、木刀が振れる。表情も、悠々と余裕に満ちたものから、苛立ったものへと変わる。

それを見て、隣でレイリンが苦笑いをこぼす音が聞こえた。

「――――― 確かに、コウジンには最も有効ですね」

小さく呟かれた瞬間、コウジンが突如「ニャー!」と叫び、頭を掻きむしった。どうやら、忍耐の緒が千切れたらしい。

「何なのニャ、さっさと来るニャ!」

プンプンと怒るが、カルトは静かなままだ。その様子にコウジンはますます苛立って、ついに踏み込む。木刀の切っ先が、カルトへ真っ直ぐに向かった。その時、カルトの目がキッと光り、素早く受け止める姿勢を取ると足を踏ん張らせた。
ヒゲツのあのスパルタ特訓が、功を成した瞬間だった。
カルトはそれを受け止めると、ハンマーの柄を返し持ち、木刀を巻き込みながら下段から振り上げた。
「ゥニャー!」という掛け声と共に、コウジンの手から木刀が抜けて、宙に舞い上がる。力押しばかりだったあのカルトが、急にそんな技を使ったことにコウジンは驚き、動きを止め隙を作ってしまった。そこからは、カルトが素早かった。木刀が宙に放り投げられたところを、すかさず身体を低くし豪快な足払いを仕掛ける。コウジンの縞模様の青い身体が地面へと仰向けに倒れ、カルトのハンマーが鼻先に突きつけられ、木刀が静かに彼方へ落ちた。

は、カルトの鮮やかな技につい息を飲み。
ヒゲツは満足そうに笑い。
レイリンは苦笑いを浮かべながらも拍手をし。

勝負は、焦りを誘いほんの一瞬の隙をついたカルトを勝者に選んだ。

カルトはしばし肩で息をしていたが、状況をよくよく確認し、そして飛び跳ねて喜んだ。

「やったのニャ! 野生の意地を見せたのニャ!」

はレイリンと共に、パチパチと拍手を送った。カルトの満面の笑顔に、つられて笑みがこぼれる。

「カルトさん、凄いです」
「本当。何処で覚えたのそれ」

カルトは得意げに胸を張ると、尻尾を高速で揺らしながら言った。

「オレには特訓の師匠が居るのニャ。昨日はずっとこれを練習してたニャ」

がちらり、とヒゲツを見ると、彼は笑みを静かに浮かべていた。

「コウジンに最も有効なのは、我慢比べだからな。アイツは、いつも集中力がない。だからいつも直ぐに踏み込んで大振りな攻撃しかしなくなる」
「仰る通りです」

レイリンは、頭の後ろを掻いた。少し恥ずかしそうにしていたが、カルトの勝利を茶化す素振りはなく、仰向けのまま呆然とするコウジンの側へと歩み寄った。「コウジン、残念ね」と腕を伸ばすが、それを遮ってコウジンが元気よく飛び起きた。

「~~~何なのニャ、こんなの間違いニャ! ボクが負けるなんて!」
「こらコウジン、勝負は勝負でしょ?」

レイリンに諫められ、コウジンは唸り声を上げる。よほど、予想外な負け方だったのだろう、その瞳は鋭くカルトを睨んだ。

「誰ニャ、誰にこんなこと教えて貰ったのニャ!?」
「えー何で言わなくちゃいけないニャ」
「良いから言うニャ、今度そいつに会ったら、ギッタンギッタンにしてやるニャ!」

……死亡フラグが立ったと思ったのは、だけではないだろう。見れば、レイリンの苦笑いが増している。
見守っていたヒゲツが、ここで立ち上がると、静かなオーラを纏わせ二匹に歩み寄る。

「ギッタンギッタンか……。コウジン、お前は全く変わらないな、スポーツ精神はないのか、みっともない」
「で、出たなヒゲツ……! でも今は怖くないニャ、お前は引っ込んでろニャ」
「お前が言うから、出てきてやったんだろ。わざわざ」

ピタリ、とあれだけ両腕を振って喚いていたコウジが、急に静かに黙りこくった。ヒゲツの言葉の意味を整理しているのだろう。

「ニャ……も、もしかして……」

ヒゲツの金色の瞳が、静かに瞬く。狩場ではないのに、獅子の横顔になっていた。コウジンは、カルトの特訓相手が誰だったのかようやく察したらしく、声にならない悲鳴を上げて顔を真っ青にさせた。

「ニャ、ニャんで、そいつの……」
「勝負を邪魔したし、それで帳消しにすることにした。それにカルトは野生で生きてきたアイルー、人間の暮らしが長く技術あるお前には敵わないだろう、対等になるよう手伝っただけニャ。平等精神だ」
「平等って……ボクには不平等ニャ!!

ごもっとも。
は頷いたが、しかし今のヒゲツを前にそれを口にする気も起きない。

「それにお前は、別に特訓するなとも言っていないだろう。それに自分でリベンジ戦を受け入れたんじゃなかったのか」

正論を言われ、コウジンはうぐぐと声を詰まらせる。ヒゲツは一度息を吐き出すと、「さて」と両腕を組むと、コウジンを見下ろした。

「――――― では、もう一度聞くとしよう。誰が誰を、ギッタンギッタンにするのか」

その時、ヒゲツの後ろには閻魔の気迫が背負われおり、コウジンを不憫に思った。
コウジンが、別の意味でも呆然と黙りこくった時、カルトはトコトコと彼に歩み寄る。コウジンは気づくと、ふんっとそっぽを向いて、取り上げていたカルトのどんぐりハンマーをぽいっと地面へ置いた。カルトはそれを握ると、背負って装着し、戻ってきた愛用武器を満足そうに叩く。

「ふんニャ、一度ボクは言ったし……謝るニャ。馬鹿にしたこと」

ぶすっとコウジンは言ったが、カルトはそれに対し首を振る。「別に、謝らなくても良いニャ」と、彼はその口で確かにそう言った。は驚いて、その背を見つめた。あんなに、勝つことに執着していたのに。その姿は、誰の頭の中にもはっきりと浮かんでいた。もちろん、コウジンも同じように目をまん丸にしていた。

「おかげで、オレも強くなれることが分かったし、武器の使い方も分かったし、何かもう良いニャ」

カルトはニッと笑った。

「それに、オトモアイルーのこと、ちょっと分かった気もするニャ。だから、ありがとうニャ」

すっと伸ばされたカルトの手は、自然とコウジンの前に出された。コウジンはしばし黙っていたが、ふんっと鼻を鳴らすと、パチンッと弾くように手を叩く。

「野生のくせに、カッコイイこと言うんじゃないニャ」
「ニャッニャッ、負けたのがそんな悔しいのニャー?」
「~~~違うニャ、ボクはあえて負けてやったのニャ! 本当はこんな風にならないニャ!」
「はいはい、ニャ」

二匹のやりとりは、相変わらず喧嘩腰であったけれど。
以前より、ぐっと距離が近づいたように感じたのは……気のせいだろうか。はレイリンと共にクスクスと笑い合い、二匹を見守る。ヒゲツは呆れたように背を向けるも、その横顔は、穏やかであった。

その風景を静かに見つめていた影丸は、人知れず穏やかな笑みを浮かべていた。
コウジンに対する最も友好的な手段は、我慢比べ。(笑)
そう思う管理人です。

というか、この後コウジンくんがヒゲツよりフルボッコにされないか気遣われます。

2012.01.08