02

 ――グウィンと出会ったのは、今年の春だった。


 凍える風が止み、冷たい大地から雪が溶け出す。寒い季節を乗り越え、辺り一帯は陽の光に向かって芽吹く豊かな緑で包まれた。
 暖かくなる日中は、多くの人が出掛けるようになる。もそうだった。冬の間は出来なかった野草や薬草の採集活動を再開し、籠を持って王都の郊外へたびたび出掛けていた。
 地元で暮らしていた時も、薬草などを集めては薬師に渡して薬に変えていた。すぐ近くに薬局や医院などが無かったので、自然と身についた習慣だった。薬師の資格を得た今は、目利きと手作業の技術を少しでも向上させる名目で、採集活動に励んでいる。

 休日だったその日も、は意気揚々と籠を持ち、朝早くから動きやすい格好で繰り出していた。

 ――それが、災難の発端であった。



「いやぁぁああぁぁああ」

 全速力で木々の間を走り抜けるの背後からは、四つ足の魔物たちが迫り来る。牙を鳴らし、地面を鳴らす獰猛な気配は、一向に離れず付きまとっていた。もはや何処をどう走っているのか不明だったが、立ち止まっては終わりだ。は、ともかく必死な思いで走り続けていた。

 魔物除けの装飾品を付けているのに何故だ。実は不良品だったのか。もしくは、自分という一匹の餌ぐらい、魔物除けの壁を強引にぶち破れるのだろうか。

(せっかく奮発して新調したのに、こんなもの、店主の顔に投げつけてやるわ……!)

 何にせよ、は絶体絶命であった。

「あ……ッ?!」

 ガツ、と爪先が何かにぶつかる。
 バランスを崩し、身を投げ出すように倒れ込むと、迫り来る魔物たちはあっという間にを取り囲んだ。
 狼によく似た姿の、大きな獣型の魔物だった。
 に向けられた複数の眼は、ギラギラと血走り、知性なんてものは何処にもない。響き渡る獰猛な唸り声に両足は竦み上がり、力が入らず地面を蹴るばかりだった。

 魔物たちは身構え、逃げられないへと牙を剥き、躍り掛かった。

 しかし、上がったのはの悲鳴ではなく――魔物たちの悲鳴であった。

 思わず覆った顔をそっと上げると、目の前には、長剣を抜き払う何者かの背中が佇んでいた。
 大きな身体だと、場違いな事が真っ先に思い浮かんだ。
 呆然とその後ろ姿を見上げている間に、あれほど気勢のあった魔物たちは切り倒され、辺りには静寂が戻っていた。

 長剣を振り、刀身についた血を払ったそのひとは、ゆっくりと振り返り、のもとへ近付いてきた。
 その時、ようやく気付いた。翻った長い尾と、剣を握る手が、鱗に包まれていた事に。
 視線を、上半身からさらに上へと引き上げる。そこには、トカゲの頭があった。有鱗族のひとだと、すぐに理解した。

「――大丈夫ですか」

 手のひらを差し出されると同時に聞こえた声に、つい驚いてしまう。失礼かもしれないが、牙を擁したトカゲの口から放たれたものとは思えないほどに、とても穏やかで――優しげな低音だった。
 体格からそうだろうとは思っていたが、どうやら、男性らしい。
 は呆けながらも頷き、目の前に出された大きな手のひらへと自らの手を乗せる。人間が持つ事のない鱗は、少しひんやりとしていた。
 軽く引き上げられたので、立ち上がろうと片足を直す。
 瞬間、足首から痛みが迸った。
 が反射的に痛む場所を手で庇う。

「あ、つ……ッ」
「足にお怪我を……?」
「た、たぶん、転んだ時に捻ったんじゃないかと」

 ああもう、本当に踏んだり蹴ったりだ。は溜め息をこぼす。
 すると、目の前の有鱗族の男性は「失礼」と一言置くと、を素早く抱え、手頃な岩の上へと下ろした。

「見せて頂けませんか、手当てくらいは」
「そんな、とんでもないです。助けて頂いただけでも感謝ですので」
「しかし」
「私、薬師の資格を持ってるんです。こういう処置だって得意なんですよ」

 言いながら、はすぽんっと靴を脱ぎ、自分で応急処置を施す。
 へたり込んでいた女とは思えない手際の良さのせいか、有鱗族の男性はぽかんとしていたものの、最後は丁寧に靴を履かせてくれた。

「……ところで薬師殿、貴女は何故ここに。今日は外出しないようにと通達が回っていたはずですが」
「え?」
「郊外に複数個形成された魔物の群が出没したので、騎士団が討伐完了し安全が確認されるまで出てはならないと」

 初耳だ。

「あ、あの、たぶん朝早くに出てきてしまったからだと……」
「そんなに早くに?」
「えっと……朝の、六時か、それより少し前に」

 トカゲの瞳が、まん丸に見開かれた。
 陽が昇ったばかりの時刻ではないと見つからない薬草があるので、と付け加えてみたが、言い訳として説得力は薄かった。

「熱心なのは良い事ですが、次回からはくれぐれも気を付けて下さい」
「はい……すみません」

 は素直に謝罪した。
 聞き間違いでなければ、複数個の魔物の群と言った。という事は、あの魔物たちの他にも、まだ群の規模の魔物がうじゃうじゃといるという事だ。
 魔物除けの装飾品は、確かにを守り抜いていた。
 今度、あの店にお礼を伝えに行かなければと、心を改めた瞬間である。

「……ん? あれ、もしかして、貴方は騎士の……」
「ええ、騎士団第六師団所属の者です」

 そう言われ、ようやく男性の服装にも目がいった。長身の身体を包むのは、確かに国の騎士団の制服だった。そしてその腕には、黒の腕章が取り付けられていた。
 騎士団は、それぞれ役割を与えられた複数個の師団で形成され、またその師団ごとに腕章の色が異なるそうだ。黒といえば、野戦や遠征、討伐任務といった荒事に頻繁に駆り出される、対魔物戦に特化した師団の色である。
 薬局にやって来る住民たちがその戦歴を語っていくので、それだけはもよく覚えていた。

「そうですか……本当に、助かりました。すぐに戻りますね」
「はい、しかし……その足で一人で帰るというのも心許ないでしょう。ひとまず、団員たちが集まっているところがあるので、そちらに」
「え?! い、いえ、そんな!」

 ただでさえ、外出禁止令に気付かず飛び出してきた馬鹿者というレッテルが張り付けられているのに、そこをさらに多くの騎士たちに知られるなんて、恥の上塗りもいいところだ。
 と思って激しく首を振ったの心を、知ってか知らずか、彼は。

「一般市民が魔物に追われていた事は、すでに団員たちは知っています。大丈夫ですよ、邪険に扱うような非道はしませんから」

 ああ、そう、なんですね……。
 外出禁止令をぶち破った愚か者として、すでに広く知られ渡っているらしい。
 二年暮らしていながら犯した大失態に、の心はゴリッと抉られた。

「さあ、こちらへ。周囲にはもう魔物は居ないでしょうが、気を付けて」
「はい……」

 は彼に支えられながら、導かれるままにしょぼしょぼと着いてゆく。

「あ、あの、お名前をお伺いしても、良いですか?」
「私の、ですか?」
「はい」

 せめて後日、何かお詫びをしなくては。そうしなければ、この羞恥心はきっと消えないだろう。
 そう思って尋ねると、そのひとは僅かに困惑を浮かべ、それからゆっくりと告げた。

「グウィンと、申します」
「グウィンさん……」

 黒の腕章、第六師団の、グウィンさん。
 何度も繰り返し、はしっかりと覚え込んだ。




「――というのが、私とグウィンさんの一番最初の出会いです」

 今も鮮明に残る大切な思い出を語り終えると。
 に向けられたのは、不思議な物体を目撃したような眼差しであった。

「何処にどうときめけば良いのか全くわからない」
「それただの武勇伝じゃないか」

 ちょっと、聞きたいって言ったから熱く語ったのに! その言い草は酷くないですか先輩方!
 は憤慨しつつ、昼食のパンをもりもりと食べた。

 がお付き合いしているという人物が有鱗族の騎士と知られた、その翌日。昼の休憩時間に入った従業員が集う事務室にて、はさっそく質問攻めに遭った。そのほとんどはこれまでも周囲に聞かれてきた事なので、内容は省くとして……そんなに、変だろうか。

 黒い腕章の騎士団第六師団――対魔物戦特化の強者揃い。
 そこに名を連ねた、有鱗族の男性。(御年二十八歳。全然分からない)

 人間の小娘が好意を抱くのはおこがましい事かもしれないが、あの出会いを経ていつの間にか宿ったこの感情は、けして嘘などではない。

「それにしても、春先の魔物の群って、あれでしょ。何個かの師団が集まってやっつけたっていう、今年一番の大事件のやつでしょ」
「そんな時に出ちゃった上に魔物と遭遇して、逃げ続けたなんて……さん、物静かそうに見えて剛胆なんだな」
「でも最後は盛大にこけて、家に帰ってから腰が抜けました」

 じゅうぶん剛胆だよ、と苦笑が返されてしまった。

「ねえ、ちゃん。こんな事を聞いたら失礼かもしれないけれど、どうしてお付き合いをしようと思ったの?」

 向けられた優しい眼差しへ微笑むと、はただ一言告げた。

「――素敵なひとだったんです」

 有鱗族という種族の特長や、人間との違いなんてものを、通り越してしまうほどに。
 本当にグウィンは、素敵な人物なのだ。
 有りっ丈の想いを込めた言葉が、出来るものなら彼本人にも届いて欲しいと、は静かに願う。


◆◇◆


 異種族同士で結びつくのは、今や珍しくはないとされる時代。
 町を歩けば、獣人と人間の家族や恋人たちがいたるところで見かけられる。彼らに石を投げつけたり、蔑んだりする人々は、何処にも存在しない。
 しかし、それでもやはり、問題が全くないとは言えず。
 まして、獣人ではなく、トカゲや蛇などの性質を持つ種族では――。

(人間と有鱗族じゃあ、外見とか違いすぎるから)

 不思議に思われても仕方がない事だ。も自身でもそれを理解しているし、グウィンとお付き合いをするまでに葛藤がなかったわけではない。




「んん~……ッ!」

 書架の一番上の段に、爪先立ちで手を伸ばす。あともう少しという、絶妙なところで指先が届かない。
 本屋なのに、脚立などの類が見えないのはどうしてだろうか。
 が唸り声をこぼしていると、隣に聳えた黒ずくめの人物が代わりに本を取ってくれた。

「あ、ありがとうございます」
「いいえ。の役に立てるのなら、この身長も悪くはないですよ」

 もこもこの毛皮が付いたフードを外し、露わになったトカゲの頭部は、物語に出てくる竜のように凛々しい。なのに、そこから響くのは、この優しげな魅惑の低音である。
 の心臓は、今日も勢いよく射抜かれた。

「魔術薬師の本ですか」
「あ、は、はい。新しいのが出たなあって思って。今は初級ですが、中級の資格にもいつかは挑戦したいですし」

 とはいえ、当分は学びに徹するので、試験を受けるのも合格するのも未来の話である。

「確か魔術薬師は、薬学だけでなく魔物対策などの知識や応急処置にも精通していないとならないんでしたよね。同僚にも持っている者がいるので、話を聞くたび驚きます」

 グウィンは書架から本を抜き取ると、表紙を開いて中身を見る。私にはさっぱり分かりません、と肩を竦めた。

「あはは、私も最初はそうでした。民間療法程度の事しか知らなかったから、もう気合いで取るしか」
「立派な事ですよ。私は武芸しか得意ではないですし。努力家のなら……中級の資格もすぐに取ってしまいそうですね」

 刺状の鱗で縁取られた爬虫類の瞳が、緩やかに細められる。それはきっと、グウィンの微笑みの仕草だ。

 たとえ外見が“これぞ有鱗族”だとしても。
 たとえ冬の寒さ対策が暗殺者の格好であっても。
 その物腰は穏やかで、正しく紳士。常に添えられた穏和な雰囲気と、魅惑の低音でさらりと告げる殺し文句は、破壊力抜群である。
 そんなだから、が過去に抱いた葛藤は、あっさりと吹き飛んでいったのだ。


 手に取った本を購入したは、グウィンと共に二階部分に併設された休憩所に移動し一息つく。

「そうだ、グウィンさん。実は今日、新しい商品が完成して、試供品がたくさん出来たんです」

 は鞄の中から透明な小袋をいくつか取り出すと、グウィンの前へ並べた。
 一回分のみの、タブレット型の入浴剤である。
 薬局でありながら、寒い季節には薬の売り上げを追い越す、イチオシの入浴用品だ。ちなみに従業員とおばあさん店主からはきちんと許可を貰っている。

「新しい花の匂いのも完成したんですが、グウィンさんには木の匂いの方を」
「おや、初めて見る名前のものですね……本当に、頂いても」
「もちろんです、今度こっそり感想を教えて下さい」

 鱗に包まれたグウィンの手が、静かに小袋を持ち上げる。鼻先に近づけると、軽く匂いを吸い込んだ。

「ああ、良い匂いですね」
「ふふ、グウィンさんはお花や果物より、こういった匂いの方が好きなんですよね」

 グウィンの反応は、見る限り悪くない。鼻のいい異種族向けの商品として、店頭で説明しても良さそうだ。

「いつもありがとうございます、

 グウィンは小袋をコートの内側へしまい込む。丁寧に扱う仕草に、は笑みを浮かべる。

 有鱗族の人々は、人間と違って頻繁に入浴する必要はないらしい。彼らの持つ鱗は汚れに強く、水拭きでも十分に落とせるそうだ。だが、入浴行為は彼らにとっても良いことがたくさんあるようで、特に今の寒い季節は湯船が大活躍しているらしい。
 湯上がりの後もぽかぽかとする入浴剤なんかはとても重宝すると、グウィンは言っている。
 湯船にトカゲが浸かる光景は、想像すると微笑ましいというか、和むというか……。


「……そういえば」

 ふと、グウィンが呟いた。

「二度目に貴方がやって来た時も、これを持ってきて下さいましたね」
「……あ、はは、そうでした」



 ――春先の、あの魔物の事件の後。

 は後日、迷惑をかけたお詫びと助けてくれたお礼と称し、再びグウィンを訪ねた。
 黒の腕章、第六師団、有鱗族のグウィンさん。
 きっかり覚えた言葉を胸に、本部ではなく王都の町中にいくつか存在する騎士団駐在所へ赴いた。応対してくれた騎士の中にあの日討伐に参加していた人が居たため、意外にもすんなりとグウィンを呼んでくれたが……何故あんなに慌てていたのか、今も不思議である。

 その数時間後、呼びに行った騎士たちにせっつかれながら、有鱗族の騎士――グウィンはやって来た。
 は彼にあの日の礼として、店の商品の詰め合わせを差し出したのだ。染み着いた血の匂いもすっきり消してしまう石鹸や、疲れた身体を癒す入浴剤・森林の香りを。
 グウィンは少々困惑していたが、が「何なら師団の皆様で使って下さい」と言い募ったので、苦笑いをこぼしながらも受け取ってくれた。

 ちなみにこれが、後にグウィン所属の第六師団にバカウケし、騎士と思しき人々が買いに来てくれるようになった。地味に顧客上昇に繋がったが、そのおかげで、とグウィンは顔見知りとなったのだ。

 その時は、ただの知り合いの騎士であったのだが――。



「ちょっと強引ではあったなって思いますが……グウィンさんと仲良くなれて、良かったです」

 はしみじみと笑った。

、貴女は……」

 正面で、グウィンが何かを言い掛ける。けれど、彼はの瞳を見つめると、何でもないと首を振った。

「……ああ、外はもうすっかり暗いですね。送っていきましょう」
「あ、は、はい」

 胸に引っかかるものを覚えながら、は頷いた。
 最近のグウィンは、何かを言い掛け、それを飲み込む事が多くなったような気がする。


 店の外へ出た途端、冷たい空気が押し寄せた。さむ、と思わず呟くの隣で、グウィンはフードを被ると冴え渡った夜空を見上げた。

「道も凍り付きそうな寒さですね……、気をつけて。あの日のように、転ばないよう」
「む、あの時は仕方ないじゃないですか。むしろあれだけ逃げられて、大したもんだと思います」

 グウィンはくつくつと笑い声をこぼし、へ手を差し出した。
 手の甲には暗褐色の刺状の鱗が揃っているが、指の腹や手のひらは薄い黄褐色の平らな鱗で包まれている。綺麗に揃えた長い五本の指の先端には、鋭い爪が並んでいる。
 人間の、それも女の手なんかより、ずっと大きく立派な手。
 こうして比べると、自分の手は子どものように小さい。は口元を緩め、差し出された彼の手を取る。鱗の凹凸が感じられる手のひらは、ほんのりと温もりを帯びていた。

「……」
「グウィンさん?」
「……あ、いえ、何でもありません」

 グウィンの手のひらは、そっとの手を包む。壊れ物を扱うように、丁寧で優しく――そして、怖々とした仕草だった。
 行きましょう、と歩き出した彼の隣へ、は静かに並ぶ。フードを被ってしまったので、の位置からは凛々しい横顔ではなく鼻先くらいしか見えない。
 彼は、どんな表情をしているのだろう。いや、きっと表情らしい表情は無いのだろうが、どんな感情で彩られているのか――はとても気になってしまった。




 顔見知りの、職務に真面目で、親切な有鱗族の騎士。
 知り合いになった当初、がそう思っていたのは確かだ。だが、異性として好ましく思うようになるなんて、想像もしていなかった。

 人間の成人男性を超える身の丈で、全身には鱗が生え、トカゲの頭部と尾を持つ、獣人の種族とはまた違う威圧感に満ちたその外見。
 怯まなかったといえば嘘になるし、何処か好奇心のようなものを抱いていたのは、正直なところ事実だ。
 しかし、言葉を交わすようになり、グウィンという人物の事を知った。いかなる時も理知的で、静かだがとても穏やかで、低い声が驚くほどに素敵なひと。外見に滲む威圧感をことごとく裏切る真実に、は顔を合わせるたび衝撃を受けた。

 嫌悪感は最初からなかったが、好ましく思うようになるのはすぐだった。
 そして、その好意が恋慕に変わるのも、早かった。

 一応、それなりに葛藤というものはあった。
 相手は、王都の住民たちの間では特に話題になる、黒の腕章の騎士。長身なひとばかりだという有鱗族出身で、自分なんかよりもずっと立派なひとだ。ついでに、全く分からなかったが御年二十八の年上。
 しがない初級薬師で、特に鍛えてもいない人間の年下の小娘。おこがましいにもほどがある。
 何度もそう思ってはいたが……外見を裏切るグウィンの紳士ぶりに、の心臓は鷲掴みにされる一方だった。
 葛藤の壁が立つその端から、華麗にぶち破るグウィンの破壊力の方が、遙かに勝っていたのだ。

 そしては、自らの恋心をトカゲの騎士へ明かした。

 現在、晴れてお付き合いの間柄にはなったが……。

(グウィンさんは、とても良いひとだから。本当はどう思っているのか、今も分からない)

 想いを告げたのも、お付き合いを申し出たのも、全ての方からだ。
 口から心臓が飛び出しそうになるのを必死に抑え、一生分の勇気を絞り出して、好きです、とたった一言だけ告げたあの時。グウィンから返されたのは、酷く困惑し、の言葉の真意を必死に探る、複雑な眼差しだった。
 無理もない。同じ有鱗族の女性ではなく、人間の小娘なのだから。
 は付け加えた。私の気持ちが本心なのか、きっとすぐには信じられないでしょう。だから、今は友人の延長と見てもらって構わない。その上で、男女の関係になれるかどうか、改めて教えて欲しい、と。




 少し強引だった事は、今はとても反省している。
 なので現在は、グウィンの側で過ごせる事を、素直に喜ぶようにしていた。まあ、有鱗族と人間とでは、何をどうしてお付き合いすればいいのかさっぱり分からないという部分もあるのだが。

 そんな経緯があるので、とグウィンの関係はとても清く、手は繋いでも抱擁の一つもない。本当に、友人関係のようなものだった。お付き合いしていると、声高らかに周囲へ宣言していないのも、それが僅かながら関わっている。

 がグウィンに恋をしている事は、今も変わっていない。どれだけ人から驚かれようと、色眼鏡で見られようと、少しも揺るがずの中に宿っている。こうして側に居られるだけでも、は嬉しかった。


 あの約束から、半年が経つ。それがまだなのか、あっという間なのか分からない。
 グウィンからは、まだ何も言葉をもらっていなかった。
 隣にいる自分という存在が迷惑なのか、そうでないのか、それすら凛々しいトカゲの頭にはなんにも表れてこない。

 だが、この半年の間で、ほんの少しくらいは自分の存在が許されたのなら……とても嬉しいと思う。

 嘘では、ないのに。

(でもほんのちょっと、寂しい気がする……)

 怖々と触れるトカゲの手を、は強く握り返した。



2017.02.11