06(18禁)

 もくもくと立ち上る白い湯気で満ちた浴室も、リビングと同様、家の主であるグウィンが使用するのにちょうど良い造りをしていた。
 尻尾の動く範囲も考慮しているようで、ゆとりある広さや高い天井から、手狭な印象は受けない。そこに堂々と鎮座する浴槽も、グウィンの身体がすっぽりと入るよう作られている。
 従って、から見れば、十分に大きく立派だった。同じくらいの背格好の人なら、二人一緒に入っても全く窮屈に感じないだろう。下手したら浴槽で泳げる。
 いやはや、本当に小人になってしまったような気分だ。


 ――などという事を考え、羞恥心から逃げようと試みたが、無理であった。

 その立派な浴槽に裸身を沈めているは、現在、微動だにせず身体を丸めていた。

「……、もうそろそろ力を抜いて下さりませんか」
「む、む、無理です……! グウィンさんの素敵な引き締まった肉体に対して、この貧相な身体はあまりにも失礼です!」

 同じく浴槽に浸かるグウィンに、背面から抱きしめられて。

 グウィンはさも困ったように笑っているが、楽しそうな気配はその声色から隠れていない。
 実際、獣人族と肩を並べる有鱗族の彼からしてみれば、人間の小娘の抵抗は微々たるものだろう。つんつんと突いて、面白がっている節さえある。

「そんな風には思いませんよ……それより、身体が冷える。肩まで浸かって下さい」

 大らかな、優しさに満ちた言葉。しかし、それとは裏腹に、彼の尻尾はどうだ。ちらりと、は視線を斜め前へ向ける。
 の身体を挟むように置かれた、彼の両足の隣には、尖った鱗の生え揃う尻尾が泳いでいる。温かい湯の中をくねり、水面に波紋を生み出すそれは、酷く楽しそうにしていた。水面から突き出た尻尾の先端は、踊るようにぷるぷると揺れている始末。
 に、憎らしいのに、ちょっと可愛い!
 八つ当たりの意味を込め、隣でゆらゆら踊る尻尾をほんのりと叩く。グウィンは少し驚いた様子を浮かべたが、にやりと笑うと、器用に持ち上げの頬や二の腕を撫でた。それだけ別の生き物のようにも見え、可笑しくて口元を緩める。

「ようやく、力が抜けた」
「え……きゃッ?!」

 バシャリ、と湯の水面が跳ね動く。
 背後から伸びたトカゲの両腕が、の上半身へ巻き付き、引き寄せた。グウィンの広い胸に身体を凭れるような格好で、は横向きに抱え上げられる。
 人間の肌とは根本的に違う、厚みのある硬い感触と、独特のざらつきと凹凸のある鱗が、の裸体に重なった。

「子猫のようで可愛いですが、ようやく触れられたんです――あまり、つれない事はしないで下さい」

 艶やかさを帯びた低い声が、吐息を混ぜ、耳元で響く。
 普段は絶対に聞けないだろう、甘やかな声色に、の肌が戦慄く。背中どころか腰にまでぞわぞわと震えが走った。
 やばい、グウィンさんの、本気の低音ボイス……!
 ひえええ、と内心で絶叫を上げながら、グウィンの腕の中に小さく収まった。

 の反応に小さく笑い声をこぼし、グウィンは浴槽の縁に背中を凭れる。吐き出した息は、心地よさそうに安らいでいる。
 湯に浸かって寛ぐ、黒っぽい鱗の凜々しいトカゲ――。
 客観的に考えたら、少し、和んできた。からは次第に緊張が薄れ、ゆったりと彼に身を預けていた。

「……そういえば、このお湯」

 浴槽を満たす湯は、透明感のある綺麗な薄緑色をしている。そして、ふわりと鼻腔に届く清々しい香りは、とても覚えがあった。

「以前、に貰った入浴剤の試供品です」
「やっぱり。どうですか、気に入ってもらえましたか?」
「とても。冬の辛さも解消されますしね、ありがたい限りです」

 良かった、とは笑みを浮かべる。
 ふと、グウィンは凜々しいトカゲの頭を下げ、の肩口に鼻先を埋める。二股に分かれた舌がシュルシュルと出て、首筋がこそばゆい。の口から、ふふ、と笑い声がこぼれた。

「……は、軽いですね」
「そ、そうでしょうか」
「ええ。……それなのに、あんなに足が速いとは……驚きました」

 足が千切れるかと思いましたよと、冗談なのかそうでないのか分からない顔つきと声色で、グウィンは呟いた。(トカゲの頭なのだから仕方ないが)
 あれは、あの時限りの、火事場の俊足である。平素のでは、あんな速度出るはずがない。
 苦笑を浮かべていると、上半身を抱えていたグウィンの手が、不意にの手を取った。微かな音を立て、湯の中から引き上げた小さな白い手に、グウィンの静かな眼差しが落とされる。

「……折れてしまいそうだ」

 呟いた低い声は、関心だけでなく、恐れも含んでいたように聞こえた。

「そんなに、弱々しくはないですよ。私」
「分かっています。ですが……“私”から見れば、あまりにも、頼りない」

 細くて、小さくて、柔らかくて。もしも加減を間違えてしまったら、きっと、呆気なく折れてしまう。

「本当に、私とは違う」

 暗褐色の鱗に包まれ、鋭い爪の生える長い指が、の指をなぞる。
 こうして並べば、確かに、違いがよく分かる。男女の差、付け加えて異種族の差は、あまりにも明確だ。
 は、グウィンの腕の中で身動ぎ、身体の向きを変える。彼の逞しい太股に座り直し、ゆっくりと顔を向かい合わせた。思っていたよりもずっと近い場所に、グウィンのあの凜々しいトカゲの頭があった。

「そうですね、グウィンさんは……私よりも、とても頑丈そう」

 頑丈そう、ではなく、実際に頑丈なのだろう。
 よりもずっと長身で、鍛えられ引き締まった身体。
 人間の肌なんかよりもずっと防御力があるだろう、肉体を覆う鱗。
 大きな手、長い足、鞭のようなしなやかな尻尾。
 何処を見ても、なんかでは太刀打ち出来ない、屈強な存在そのものだ。今もこうしてが身体の上に乗っているのに、苦しげな様子はなく、びくともしない。
 そういう意味では、同じところなど確かに一つも見当たらなかった。

 は、そっと両手を伸ばす。小さな手のひらは、グウィンの胸に重なった。
 背面の鱗と前面の鱗では、硬度や形状が異なるらしい。一枚一枚が存在を主張する刺状の黒い鱗とは違い、胸部から腹部に掛けては平らでつるりとした黄色がかった白い鱗が生えている。でこぼことした感触や独特のざらつきはあるが、刺々しさはなく比較的なだらかで柔らかい。
 しかし、面積の広い胸や、幅のある肩回りには、男性であり、有鱗族であるという事をまざまざと語るものがあった。

「……恐ろしくはないですか。私は、貴女とこんなにも違う」

 グウィンは、爬虫類の眼をゆるりと細くし、へ問いかけた。
 人間のように表情豊かではない作りのトカゲの頭部を、はじっと見つめる。そこにあるのは、微かな怯えか、緊張だろうか。
 何かを言おうとしては、結局出す事なく、言葉を飲み込んでいた、近頃のグウィンの仕草。
 もしかしてその問いかけが、飲み込んできた言葉なのだろうか。しかし、がその眼差しを逡巡させる事はない。ふわりと口元を緩め、真っ直ぐと告げた。

「怖くないですよ、何言ってるんですか」

 あんまりにも軽やかに言ったせいか、グウィンは一瞬、呆気に捕らわれた様子を見せた。
 そういう表情の変化は、とても分かりやすいらしい。

「一番最初に会った時から、ずっと、思ってたんですから」

 優しくて、強くて、かっこよくて、物静かだけど穏やかな空気を纏うひと。
 その印象は、今も変わらないし、むしろ最初の頃よりも深まっているくらいだ。

「グウィンさんは、私にとって――憧れであって、かっこいい、素敵なひとなんです」

 嘘ではなく、心の底から、そう思っている。
 だから私はグウィンさんが好きなんですよ、とが笑えば。
 当のグウィンは――何故か頭を仰け反らせ、天井を仰いだ。

「死にそうです……」
「何で?!」

 思わず飛び出した声は、浴室内に反響した。
 グウィンは、しばらく白い喉を晒し、呻くような声を漏らしていた。頭の位置を戻し、再びに凜々しいトカゲの頭を向けると、改めてぎゅうっと抱きしめる。
 全身に押しつけられる鱗の感触と、それを通して伝わるグウィンの温もりが、力強くを包んだ。

 有鱗族――蛇やトカゲの血を持つと同時に、人間の肉体も持つ種族。

 の細い裸体を抱きしめるのは、確かにトカゲのものであるが、間違いなく、異性の身体でもある。忘れていた恥ずかしさを思い出したが、ふと見下ろした湯の中では、細長いしなやかな尻尾が激しくうねっていた。時折、の足首を撫でたり、巻き付いてみたりと、いやに忙しなく動き回っている。
 これは……照れているのだろうか。
 無を貼り付けたこのトカゲの頭部で、と思うと、グウィンの意外な一面を垣間見たような気がした。

「それに私、爬虫類などの生き物に、もともと怖さは感じてないんです。地元でもよく見かけていたし、なによりお薬の材料としてよく見ていますから!」
「……色々と台無しです、。薬と一緒にされるのは私も困ります」

 は悪戯っぽく笑う。目の前のグウィンも、楽しそうに肩を揺らした。

「……グウィンさんは、あの、どうですか」
「ん?」
「私が、隣に並んでいて……グウィンさんが指を指されたり、笑われたり、しないですか?」

 恐る恐ると尋ねる。グウィンはふっと呼気を漏らすと、額をこつりと合わせた。

「しないですよ。仮にそうなったとしても……私は、貴女が隣に居る事の方が嬉しいので、問題なんて何一つありません」
「……良かった」

 は口元を緩め、グウィンの硬い額に自らの額を擦り寄せる。
 クウウ、と不思議な音が聞こえた。グウィンの、喉の音だろう。そういう風に鳴らしたりもするのか。驚きながらも、胸を温かく満たすものを感じた。

 は額を離し、代わりに唇を差し出す。でこぼことした額に触れ、鼻筋や鼻先へそっと唇を這わせる。尖った鱗に人間の肌ほどの感覚はないだろうが、想いよ伝われ、という心では口付けを降らせた。
 顔を離し、グウィンを窺う。彼はいたく驚いた様子ではあったが、機嫌を悪くはしていない。真ん丸に見開いた瞳が、を見つめている。じわじわと滲む恥ずかしさを誤魔化すように、柔らかくはにかんでみせた。
 すると、今度はグウィンの顔がへ近付き、二股に分かれた赤い舌を伸ばした。シュルシュルと出し入れしながら、舌先はの唇を舐め、頬を掠める。そのまま、首筋へと下りて、鎖骨をなぞった。
 その仕草は明らかに、先ほどとは違った。
 ただ舌を伸ばしているのではなく、の濡れた肌を味わうように、妖しくうねっていた。

「ふぁ……ッ!」

 鎖骨の窪みをなぞり、胸元を這う舌先の動きに、こぼれた吐息が弾む。
 は思わず口を手のひらで覆い隠したが、しっかりと、グウィンには聞こえたらしい。目の前のトカゲは、目を細めていた。表情はないけれど、きっと嬉しそうに、にんまりと笑っているに違いない。
 は無意識に腰を引き、後ろへ下がる。その時、お尻に何かがぴたりと触れた。
 首を傾げ、もぞもぞと身動ぐ。目の前のグウィンが息を詰め、肩を強張らせた事にはまったく気付かず、お尻でそれを確かめた。

 鱗の感触はなくつるりとしていたので、グウィンの足や、尻尾ではない。浴槽を満たすお湯よりも熱を帯びていて、むっちりとした肉のような――。

 そこまで考え、あ、とは思い至った。身体を捻って振り返り、視線を湯の中へ下げる。の柔らかいお尻に触れていたのは、隆々と立ち上がっているグウィンの陰茎であった。

 さ、さっきまでは、なかったような気が。

 湯気のせいだけでない熱さで、の顔が真っ赤に染まる。それよりも今し方、お尻なんかでもぞもぞとしてしまった。猛烈に謝罪したい気分に襲われる。

「……普段は、体内に収まっているのですが」

 グウィンの腕が、遠ざかったの身体を再び抱き寄せる。しかし今度は、ただ身を寄せるだけでなく、隙間が無くなるように肌と鱗を密に重なり合わせてきた。

「こんな状況では、どう足掻いてもこうなります。……ずっと、貴女に触れたくて仕方なかったのだから」

 物静かで理知的なグウィンの声が、甘やかな熱を浮かべる。
 を見つめる爬虫類の鋭い瞳にも、声色同様の甘さと、焦熱にも似た欲望が宿っている。普段になくはっきりと読み取れるグウィンの感情は、真っ直ぐと、に向けられている。目眩がしたのは、浴室の熱気のせいだけではないだろう。

「触りたい――いえ、欲しいです。貴女が」

 見た目は、こんなにも凜々しく勇ましいのに。どうか拒んでくれるなという懇願と、切実に求める欲望が、彼の低い声に滲んでいた。
 はグウィンの広い肩に手のひらを重ね、彼の熱い眼差しを見つめ返すと。

「……いい、ですよ」

 小さく、頷いてみせた。グウィンの肩が、ぴくりと、小さく跳ねた。

 そもそも、こんな状況にあって、何も考えていないほど脳天気ではないし、グウィンが初めて見せた切実な表情を、無下に扱うなんて困難だ。
 なにより――逃げようという考えが、の中にはない。

「……

 グウィンは僅かに両目を見開かせたが、次第にその炯眼はうっとりと甘く蕩ける。鱗に覆われた喉の奥から、感極まったような低い声が溢れた。
 グウィンは抱き寄せたの身体を、さらに強く掻き抱くと、口を開く。そこから覗いた牙は鋭く、綺麗に並んでいた。
 真っ直ぐと近付いた牙は、の首筋を食んだ。
 一瞬ぎくりとしてしまったが、その牙が皮膚を突き破る事はない。牙を肌に当てるだけの甘噛みで、ひたすら、歓喜を溢れさせているようだった。

 そういえば、獣人族の男性は相手の首筋を噛んでしまうという話を、よく耳にする。
 有鱗族の男性にも、そういった癖があったのだろう。

 重ねられた牙の向こうから、ふっふっと、息遣いがこぼれている。もどかしいような、くすぐったいような感覚が、首筋からじわじわと広がっていった。

 ひとしきり甘噛みをした後、グウィンの口が離れる。だが、伸ばされた赤い舌は、の首筋を名残惜しそうにちろちろと舐め、胸元へ下がっていった。

「グウィンさ……ッわ……ッ!」

 グウィンの大きな手が、背中から脇腹へと伝う。鱗に覆われ、鋭い爪を持つ指先は、濡れた肌を押すように撫でていった。
 ぞくぞくと震える背筋が、僅かに仰け反る。吐息を噛むを余所に、胸元にあった舌先は、小ぶりな二つの胸の間を行き来した。そうして、片方の胸に舌先を伸ばすと、下側からすくい取るように大きく舐め上げる。
 その振動でふるりと上下に揺れた胸を見て、グウィンは酷く嬉しそうに声をこぼし。

「ああ、貴女は、本当に何処も柔らかい――」

 両手を差し出し、急き込むようにの細い身体をまさぐった。
 胸に伸びた真っ赤な長い舌も、激しくうねり、何度も肌の上を這う。は驚いて思わず飛び跳ねたが、グウィンの身体はびくともせず、浴槽の湯がばしゃりと激しく音を立てただけだった。
 グウィンは低く喉を唸らせ、尻尾をしならせる。隅々まで撫で上げてゆくトカゲの動きには、の身体の輪郭や上気した肌の柔らかさを確かめ、あるいは味わうような、執拗さもあった。

「ああ……ここも、ここも、柔らかくて温かい」

 凜々しいトカゲの顔をちらりと見下ろし、は震えた。
 普段になく激しく昂ぶった両目に宿る、獰猛な荒々しさ。
 いつもの物静かさや落ち着きは、そこにはない。忘我し、夢中になって追いかける、急いた情欲だけがありありと浮かんでいる。

 獲物を前にした捕食者の面影を、彼からも、確かに感じ取った。

「グ、グウィンさん……!」

 大きな声で呼びかけると、グウィンの眼がハッと瞬き、を見上げた。

「ああ、すみません、……怖がらせ、ましたね」

 大きく吐き出した息は欲望で震えていたが、グウィンの面持ちはいくらか冷静さを取り戻している。は息を弾ませながら、小さく首を振った。

「怖い、というか、その……ッん」

 の唇に、赤い舌が差し出される。なぞるように舐めていったその舌は、ゆっくりと口の中へ戻る。

「こんなに柔らかいとは……想像も及ばず。つい、夢中に」

 グウィンの手が再びの身体を這ったが、今度は穏やかな仕草だった。
 夢中なんて、このグウィンも、そうなってしまう事はあるのか。
 関心していると、背面に回っていたトカゲの手が、前へと移動する。の手の倍はある大きな手のひらが、ふわりと、胸を包み込んだ。
 爪の生えた指先が、柔らかく埋まる。傷つけないよう、慎重に加減しているのが分かった。鱗に包まれた無骨な外見とは裏腹に、もどかしいくらいに、優しかった。

「グウィン、さ……ッ」
「大丈夫、傷つけたり、絶対にしませんから」

 ふわふわと触れていた指先が、少し強めに沈み込む。柔らかい輪郭を歪め、全体を愛撫するように捏ね回す。
 は細い眉を寄せ、吐息を漏らした。痛くは、ない。ぞわぞわとして、恥ずかしい。
 ただ、の胸部は、けして大きいとは言えず、控えめな厚みをしている。有鱗族の男性であるグウィンの手のひらには、残念すぎる事に全く足りていない。切なすぎる眼下の光景に、申し訳なさが込み上げてきた。

「ご、ごめんなさい、グウィンさん」
「何がでしょう」
「ち、小さくて……その……」

 は最後まで言えず、もごもごと声を濁す。グウィンは少し考える仕草をしたが、ふっと笑うように息をこぼすと。
 大きな手のひらに収めた、小ぶりな胸の頂を、指の腹で摘まんだ。
 の唇から声がこぼれ、反射的に彼の手を掴んだ。グウィンは広い肩を揺らすと、凜々しい頭を耳元へ寄せ「可愛い」と呟く。
 笑みを含んだ低い声は優しく響いたが――酷く、甘やかな熱を湛えていた。
 の背筋が、ぞくぞくと粟立つ。

「貴女は可愛らしいし、ひどくいじらしい――あまり、煽らないで」

 無自覚なのか、それとも、わざとなのか。
 浴室で反響し、耳元に注がれる低い声に、別の意味では泣きたくなった。

 ひとしきりグウィンに細い身体を堪能された後、は彼の腕に抱えられ、浴槽からざぱりと引き上げられた。何か言う間もなく、グウィンは正面の浴槽の縁に移動し、そこに再びを下ろす。
 目の前の縁に掴まると、背面からグウィンが覆い被さってきた。グウィンの分厚い胸と、の細い背中が、湯を滴らせながら重なり合う。

「グウィンさん……?」

 肩越しに振り返ったの頬に、二股に分かれた舌がちろちろと這う。

、ここも」

 呟きながら、グウィンの手がの両足に触れる。ぴたりと閉じていた太股の間に差し込まれたトカゲの指が、柔らかい輪郭をなぞりながら上っていった。

「あ、あ……ま……ッ」

 そして、秘所にそうっと押し当てられる、爪の感触。
 跳ねた腰が無意識のうちに持ち上がり、覆い被さるグウィンの腹部にぶつかる。
 恐る恐ると触れていた指先が、徐々にしっかりと肌に重なる。大きな手で秘所を覆われ、すぐ近くの尻たぶを柔らかく掴まれ、が浴槽の縁にしがみつくと。
 その頭上のグウィンの口から、はっと熱い吐息が落とされた。

「ああ、ここも、こんなに柔らかい」
「ん、う……ッ」

 グウィンの指の腹が、ゆるゆると、割れ目を上下になぞる。でこぼことした鱗の感触も往復し、の細い身体は跳ねるように震える。

「それに――熱くて、滴ってくる」

 陶然と囁く低い声の向こうで、にちゃりと、粘着質な水音が聞こえた。浴槽を満たす湯ではない、もっと別のものの音だ。いや、もしかしたら、わざと立てたのかもしれない。

 自分でも、分かってるのに。言わなくても良いではないか。しかも、そんなやたらと色気を滲ませる低音で。

 羞恥心のあまり、の目尻が滲む。と、その時、唐突に背中からグウィンの重みと陰影が消えた。が肩越しに振り返ると、グウィンは後ろに退き、大きな背を屈めているところだった。
 思わずぎょっとなって身体を捻ったが、すかさず、グウィンの手が伸びる。片方はお尻を、もう片方は腰を掴み、位置を固定してしまう。

 いや、あの、これじゃあ、グウィンさんにお尻を突き出しているみたいで嫌――。

 そこまで考え、グウィンが何をしようとしているのか、何となくだが分かった気がした。

「あ、あの、グウィンさ……!」

 お尻に置かれた手が、秘所へ下がる。柔らかい割れ目にそっと爪を差し込むと、あろう事か押し広げた。くちゃり、と粘着いた音が鳴った場所に、痛いほどの視線を感じ取る。
 見られている。グウィンの、あの爬虫類然りといった目で、じっと。

「……私のこの口では、まともな口付けもしてあげられない。まして、こんな指では、柔らかすぎる貴女を簡単に傷つける」

 ――だから。

 の下半身が、後ろへ引かれる。あっと声をこぼした時には、暗褐色のトカゲが身体ごと近付いていた。

「これぐらいしか、出来ませんが……私も、愛する事くらいは」

 ごくりと太い喉を上下させ、グウィンは顔を寄せる。爪の先端で押し広げ、晒された秘所の中心に、真っ赤な舌を伸ばすと――二股に分かれた舌先で、ぴちゃりと、こぼれた蜜と共に舐め上げた。

「ひあ、あッ?!」

 他人にまじまじと見られるような場所ではないのに、あまつさえ、舌で舐められた。
 その衝撃に、の大きな瞳は見開き、湯の水面を揺らして飛び跳ねる。しかし、グウィンの手は逃げる事を許してくれないらしい。腰を掴む指は、なだらかな括れをがっしりと掴み寄せ、もう一方の手は抱えるように太股へと回ってしまう。

「あ、あ……ッグウィンさ、グウィンさん……!」

 鼻先をぐりぐりと押しつけられ、舌が何度も往復する。柔い縁をなぞり、蜜を掬い、花弁の中心の粒を二股に裂けた舌の間でこねる。
 浴室に響く音は、ぺろぺろなんて、可愛い雰囲気ではない。ズルズルだかビチャビチャだか、言葉にするのも躊躇われる音だった。

 掴み寄せられた身体が、ぞくぞくと震える。与えられる未知の感覚に、どうしたら良いか分からない。
 けれど、心の底からの嫌悪は、まったく抱いていない。
 グウィンだからだろうか。爬虫類然りといった舌で愛撫されても、底冷えするような恐怖は全く込み上げなかった。ただひたすらに、恥ずかしい。

「は、あ……ッあ、う」

 次第に、の困惑が蕩け、身体の強張りもほどけてゆく。
 その時、グウィンの舌が動きを変える。綻んでとろとろと溢れる蜜口に舌先を進め、様子を窺うようにつついた。
 そして、ぬるり、とその舌先を内側へ侵入させた。

 はたまらず、全身を跳ねさせる。グウィンの大きな手のひらが、宥めるように腰を撫で擦った。
 蜜口から入り込んだ舌は、さらに奥へと向かう。狭い内壁を這い、なぞりながら、じわじわと侵していく。身体をくねらせて進む、蛇のように。
 は、はくはくと唇を喘がせ、必死に呼吸を繰り返す。自身でさえ触れた事のない場所を、まさか、好きなひとの“舌”が触れるなんて。
 鮮明な感覚は、にはない。しかし、なぞられ、広げられ、とんでもない場所にまで及ぼうとしているのは簡単に想像出来た。

 浅いところだけじゃなくて、真ん中も、その奥の深いところも、全部。
 全部、埋め尽くされる。


 ――きっと、食べられちゃう。中から、全部。


 獲物を貪り喰う光景が、ぐずぐずに溶けそうなの頭の中に浮かび上がった。
 これも端から見れば、巨大な暗褐色の鱗のトカゲが、小さな人間の女の秘所に喰らい付いているようなものだろう。
 異種族同士で結びつくのが不思議でない時代であっても、人間と有鱗族が睦み合う事が“普通”ではない事は、にも分かる。
 なのに、お腹の奥深く、身体の芯のような部分まで――ぞくぞくと疼いた。

 “普通”じゃないのは、私の方かもしれない。

 浴槽の縁に額を押し付け、片手でしがみつきながら、もう一方の手で自らの下腹部を掻き毟るように撫で擦る。疼きが増して、振り払えない熱が渦巻く。どうしよう、少し、怖い。これに慣れてしまったら、どうなるのだろう。
 どうしようも出来なくて、啜り泣くような声がこぼれる。

「――

 息遣いの混じるグウィンの低い声が、ふと、の名を呼ぶ。

、大丈夫だから、そのまま」

 舌を使ってしまっているので、その言葉は少し拙く不明瞭な響きであったが、不思議と聞き取れた。
 それが、何を意図しているのかまでは、分からなかったが。
 震える身体を支える腕に、宥めるように触れる手のひらに、包容する優しい低音に、何処かで安堵した。

 秘所に収められたトカゲの舌が、緩急を付けて秘所を出入りする。ズルズルと厭らしく立てられる音と、普段になく乱れた息遣いを聞きながら、は確実に上り詰め。
 細い身体を大きく戦慄かせて達した。

 長い舌が、ゆっくりと引き抜かれる。その感触は、内側に残される余韻を容赦なく煽った。舌が全て抜けると同時に、の身体からはくたりと力が抜け落ちる。浴槽の縁からずるずると崩れ沈みそうになると、グウィンが「おっと」と言いながら素早く立ち上がり、両腕で抱えた。再びを胸に抱き、グウィンは湯の中に座る。
 男性らしく厚い胸を覆う黄色がかった白色の鱗に、は額を押しつけ、肩を上下させる。

 なんか、もう、なんか。

「体温が上がって、匂いが増えた。上手に達したようで、良かった」
「う、うゥ……ッ」
「泣きそうにならないで――可愛かったですよ」

 だ、だから、そういうのがァァァ……!!

 真っ赤になった耳元から、容赦なく注がれる甘やかな魅惑の低音に、今度こそは泣いた。
 しかし、胸に抱えているグウィンは、酷く上機嫌であった。表情こそないが、雰囲気がそうと分かるほどに、弾んでいる。きっと刺状の鱗で覆われた長い尻尾も、湯の中で踊っているのだろう。
 恥ずかしさをぶつけるように、手のひらでグウィンの分厚い胸を叩く。ぺちりと小さな音を立てただけで、やはりダメージにはならない。

「……嬉しいんですよ、私は」

 グウィンは鱗に覆われた鼻先で、こつりとの額をつついた。

「“私のような者”でも、貴女を喜ばせられる――安心しました」

 その低い声は、本当に嬉しそうだった。彼を見上げようとし、寄りかかっていた身体を起こす。
 だが、すぐに動きを止め、首を傾げた。
 お尻に触れているものが、何だか、さっきよりも……。
 は恐る恐ると振り返り、湯の中を見下ろす。目を凝らして見つめた先にあったものを認め、仰天する。

 先ほどはなかったはずの、もう一本の生殖器が隆々と現れ、二本になっていた。

「――あの有鱗族の本、何処まで読まれたか分かりませんが、雄の我々は二つ持っていまして」

 それは有鱗族の男性が持つ特殊な身体構造で、ヘミペニス、あるいは半陰茎と呼ばれる。
 普段は一本ずつしか出ないのだが、極度の興奮状態に陥ると、意思とはもう関係なしに二本現れてしまう。
 グウィンは淡々と言ったが、さすがに羞恥心を抱いているようで、その低い声には微かな戸惑いが滲んでいた。が微動だにせず、じっと見つめてしまっているせいもあるのだろう。

「……気味が、悪いですよね」

 人間の男性は、そんな構造は持たないから。
 グウィンは心許なげに呟いているが、隆々と持ち上がった立派な二本の竿は、空気を読まず欲望で跳ねている。

 なるほど、これが、あの本に書いてあった……。
 実際に目の当たりにすると、衝撃が再び迸った。こうして見ると、さすがに驚きはするが……の胸に宿ったのは、嫌悪ではなく、喜びであった。


 ――極度の興奮状態に陥ると


 グウィンは、確かに、そう言った。

「あの、グウィンさん、もしかして」

 何処か期待を込め、は彼へ視線をやった。

「実は、余裕がなかったり、します……?」

 尋ねた瞬間、目の前の凜々しいトカゲの頭が揺れ、両目が泳ぐ。「……あるように、見えるのですか」やや投げやりにグウィンは呟いた。
 正直、彼の顔はぴくりとも動かないので、と比べたら随分と余裕がありそうに見える。しかし、そうなのだとしたら。

「嬉しい、です」

 苦しいほどドキドキとしていたのは、自分だけではない。グウィンも、同じなのだ。そして、自分の身体でも、そうなってくれる。有鱗族ではない、人間の小娘の、こんな頼りない身体でも。

「嬉しい――」

 私と、同じようになってくれている。は口元を綻ばせ、噛みしめるように何度も呟く。
 グウィンは太い喉を呻らせると、顔を寄せた。硬い鱗が、ごりごりと押し当てられる。少し、いやだいぶ痛いけれど、そんなに嫌な気分ではなかった。

「……、今だから、言える事ですが」

 グウィンは不意に声色を変える。

「有鱗族の、特に雄の間では、人間の女性というのはとても人気があるんですよ」
「……えッ?!」

 初耳である。驚くに、グウィンは言った。
 有鱗族は、男女ともに総じて背が高い。そして、蛇やトカゲ等の爬虫類の生き物を始祖に持つその種族上、体温というものが低く、環境に左右されやすい。様々な環境に適応する力を生まれながらに持つので、ある意味では非常に逞しい種族であると言える。
 だからこそ、有鱗族は人間に惹かれる。彼らの持つ柔らかさや温かさ、有鱗族とはまるで異なる小柄な体格は、実はとても言葉にしがたい魅力があり――特にその傾向は、雄に強く表れる、と。

「私自身、何度か耳にしましたが、その意味までは分からなかった。関心もなく、知ろうとしませんでしたしね。だが……今なら、よく分かる」

 温度を持たない鱗に覆われた肉体には、その温もりや柔らかさは、あまりにも心地よすぎた。触れたい、触れられたいと、危険な欲求を抱かせるほどの中毒性もそこに秘めているのだ。

「身をもって、思い知りました」

 不意に、グウィンの大きな手が、の小ぶりな胸をそっと包む。固く立ち上がった頂をこりこりと指先で弄ばれ、ぞくぞくと背筋が震えた。

「だから余計に、獣人族が憎らしい。どうして彼らは許され、“我々”では焦がれる事しか許されていないのか」
「グウィンさん……?」

 グウィンは緩やかに頭を振ると、何でもないですよと囁いた。

「これを知ったら、私もただの一介の雄になる。……そういう事ですよ」

 グウィンの両手が、の腰に回る。手のひらを滑らせ、鷲掴みするように臀部を包むと、立ち上がった二本の陰茎に擦り付けた。
 お尻の間と尻たぶに重ねられたそれが、緩やかに前後する。熱を帯びた硬い肉の感触が、の肌を押し撫でた。



 目の前のトカゲの顎から、吐息がこぼれる。舌などでは足らない、もっと欲しいのだと、その鋭い目とうっすらと覗く牙が告げているように思えた。
 それに否だなんて言わないが、しかし。

「あ、あ、ここじゃ……ッ」

 頑丈そうな鱗で守られたグウィンの肩を、震える指先で掴む。
 グウィンは酷く名残惜しそうに喉を呻らせていたけれど、分かっていますと囁き、を足の上から下ろした。側に掛けてあった大きなバスタオルを取り、自らの身体を拭きながら浴槽を出て、を抱き上げる。幼児を抱える要領で片腕で持つと、をバスタオルで包んだ。
 いくら人間の女とはいえ軽いはずがないのに、腕一本だけで支えるとは。見た目に違わない膂力に驚きつつ、くったりと力が抜けた今はありがたいばかりだ。
 は身体を預け、ほうっと息を吐き出す。グウィンはその状態のまま、苦も無く歩き出した。

「少し、水を飲みましょう。それから――私のベッドへ」





 魔道具で暖められた室内から、大きな明かりが落とされる。その代わりに付けられたベッドサイドの明かりが、落ち着きのある暖かい光で照らし出す。

 広々としたベッドに下ろされたは、バスタオルを取り除かれ、後ろへと倒される。仄かに照らされる天井を背にし、グウィンの長身な身体が覆い被さる。
 ぼんやりとした明かりのせいか、暗褐色の鱗はますますその色を深めていた。
 静かなように見えるが、そういう風に映るだけで、実際は違うのだろう。浮かび上がった爬虫類の眼には、剥き出しの鋭さと、隠さない昂ぶりが宿っている。人間はもちろん、獣ともまた違う、有鱗族の気迫がまざまざと見えた。ぶるりと、の身体が震える。

「寒いですか」
「い、いえ、平気です……」

 魔道具の力と、入浴の効果で、寒さはまったく感じない。
 むしろ、こうしているだけで、熱いくらいだった。
 の肌はほかほかと温かいままだが、それは寒さに弱い有鱗族にも認められた入浴剤の力というより、頭上から見下ろす彼の眼差しのせいでもあるのだろうか。

 二股に分かれた舌が、シュルシュルと出し入れされる。グウィンの両目はゆっくりと動き、仰向ける無防備なの身体を、隅々まで観察していた。何処か一番美味しいのか、見定められている気分になる。

 おもむろに、グウィンの腕が、の両脇に置かれた。たったそれだけで影が落ち、グウィンの姿しか見えなくなる。
 目の前へゆっくりと下がってきたトカゲの顔に、は無意識のうちに指先を伸ばす。鱗に包まれたグウィンの頬を、なぞるように触れると、鋭い眼が心地好さそうにゆっくりと瞬いた。

「触っても、感覚はあるんですか……?」
「鱗自体にはありませんが、触れられている、というのは分かりますよ」

 は手のひらを重ね、頬から太い首、そして胸へと伝い下りる。
 人間の肌とは違う、独特のざらつきと感触のある白い鱗は、不思議と温かい。湯上がりだからか、だとしてもけして生温くはないこの温度は、意外に思えた。黒い鱗の生える肩やその裏側などは、ほんのりと温い程度であるけれど……。
 が驚きながら、何度も手のひらを滑らせ触れていると、頭上でグウィンが小さく笑う。穏やかで優しい低音は、慈しむような響きが含まれていた。

「湯上がりというのもあるでしょうが、我々は周囲の環境に左右される種族ですので。これは……の体温も頂いたからでしょうか」
「私の……」

 この手のひらに感じる温度が、自らの体温の一部。
 そう言われると、急に恥ずかしさが込み上げる。

「……貴女と同じになれる事を、実感させてくれる。だから――どうかもっと、触れて下さい」

 普段の彼は何処に消えたのか、と叫びたくなるような懇願が、の耳を嬲った。
 トカゲの頭なのに、爪先や尻尾の先まで鱗なのに、心臓がドクドクと跳ね回る。
 言葉になり損ねた音ばかりをこぼすの唇を、グウィンの舌がなぞる。閉じた唇を割るように、舌先がぐっと押し込まれると、の口内へと滑り込んだ。
 薄くて、平たくて、おまけに長い。これだけでも多くの違いを感じさせられたが、嫌悪感はやっぱりない。
 は恐る恐ると自らの舌先を伸ばし、つん、と弱々しく小突く。グウィンは一瞬驚いたように舌をうねらせたが、笑い声に似た呼気をこぼし、同じように返してくれた。

「ん、ふ」

 裂けた舌先が、の舌へ緩やかに絡まる。チュルリ、と奏でられる音は、口蓋を突き抜け脳へと響いた。
 口付けというには、あまりにもはしたなく。しかし捕喰風景のようでありながら、全く乱暴ではない。
 世間一般でいう“口付け”とは程遠いかもしれないが――の胸は、十分に満たされた。

 ふと、グウィンの手が、の太股へ重なる。ゆっくりと撫で上げながら両足を柔らかく開くと、綻ぶ秘所にトカゲの指先を埋める。
 くぷり、と蜜が溢れたのをは自覚した。

「んん……ッぷはッ!」

 絡め合った舌が、音を立てて離れる。唇の端を伝った唾液を、鮮やか過ぎる赤い舌が舐め取ってゆく。



 吐息のような掠れた声をこぼし、鱗の手が両足を大きく抱え上げる。
 あっと息を弾ませた時には、の足の間にグウィンの引き締まった腰が寄せられており、隆々と立ち上がった二つの陰茎がの腹部に重なった。

 そういえば、二本もあると、どうするんだろう――。

 不躾なほどに見つめていると、グウィンは小さく笑い。

「さすがに、一度に二本とも使おうなどと、思いませんよ。今は」

 二本のうちの一本を無造作に握って、その先端をの秘所へ近付けた。
 もう一本は、の腹部に乗せられたままだ。

「んん……ッ」

 身体を覆う鱗とは違う、熱を帯びた肉の感触が、秘所をなぞる。くちゅり、くちゅり、と緩慢に上下する動きに、仰向ける胸が震えた。

「……恐ろしくは、ないですか」

 グウィンは息を乱しながら、静かに問いかけた。はもちろんですと返そうとしたが、さすがに声を詰まらせる。視線を逡巡させ、少しだけ、と素直に本音を口した。

「でも、グウィンさんだったら、怖くない」

 今だって、ほら、思い切り噛み付いてきそうな雰囲気なのに、気遣ってくれている。
 酷薄そうな外見に反した情の温かさは、が一番知っている。だからこそ、覆い被さる鱗の躯体に、安心して身体を委ねられるのだ。

 が微笑むと、グウィンは喉を呻らせ顔を近付ける。尖った口先で、の額を軽やかにつついた。それはまるで、口付けを落とすような仕草であった。

「貴女は本当に、可愛らしい方だ――」

 秘所をなぞっていた剛直の先端が、蜜口へ宛がわれる。
 びくりと跳ねたの細い身体を、大きな手が押さえる。
 ――瞬間、圧倒的な質量が、狭い入り口を潜ろうと押し込まれた。

 の喉が、引きつった音をこぼす。太股を抱えるグウィンの手に、自らの手を伸ばすと、爪を立てるように縋った。
 労るように太股を撫でながら、グウィンの腰はゆっくりと、確実に進む。少しずつ埋まる欲望が、の内側を満たし、侵していった。
 両足の間の秘めた場所と、下腹部の奥に、焦げ付くような熱さが迸っている。ぎちぎちと何かが軋む音も内側から聞こえてきて、穿たれる衝撃に息が止まりそうになる。

 本当に、食べられてしまいそう。お腹の中から、全部、このひとに。

 沈み込んでゆく剛直が、ついに、最奥へと辿り着く。
 鱗を持つ身体と、持たない身体が、ぴたりと重なる。その時にはもう、グウィンの存在で一杯になっていた。喜びか痛みか、まなじりに溜まった涙がぼろりと溢れ、頬を伝う。

「あまり、力を入れてはいけない。爪が割れてしまう」

 硬い鱗をかりかりと掻いていた指先を、爪の伸びる長い指が絡め取った。
 全部、入ったのだろうか。が恐る恐る瞼を押し上げると、目の前にグウィンの頭が飛び込む。彼は、大きな肩を上下させ、息を乱していた。思ってもいない姿を頭上に見て、は強張った面持ちに微かな驚きを乗せる。

「辛いですよね、。すみません」

 ――ですが。
 そう呟いた低い声には、酷く甘やかな熱が滲んでいた。

「“ここ”へ入った雄は、私だけのようだ……ああ、

 心の底から嬉しくてたまらないと、愉悦を滲ませるその声。普段の穏やかな物腰がどろどろに溶け、その向こうから、情欲に昂ぶる雄の本性が見え隠れする。

 ――有鱗族は、獣人族と比べて、穏健で理性的

 世間でよく語られる言葉が、遠くへと薄れてゆく。少なくとも、覆い被さるグウィンからは、獣と何ら変わらない獰猛な面影が宿っているような気がした。
 初めて知る事ばかり。
 恐怖よりも、喜びが勝った。感情の起伏は少なく落ち着きを払う彼が、それを剥き出しにして本当に嬉しそうにしているのだ。その喜びが何を示しているのかよく分からないまま、もつられてドキドキし、嬉しくなる。

 の体内に埋められた剛直が、柔らかく馴染み、痛みも曖昧に薄れるまで、グウィンは待ってくれた。
 頃合を計り、鍛えられ引き締まった腰が、慎重に揺すられる。小さく前後する動きは激しさとは無縁であったものの、痛みはぶり返し、じっとりと汗が噴き出す。微かな振動に合わせ、呻く音が唇の端から漏れた。
 けれど、嫌だと叫んだりはしなかった。
 抱えてくれる腕が、挟み込む足が、強張った頬をあやす舌先が、あんまりにも優しかったから。
 ねじ伏せる事も乱暴に扱う事も、彼にとっては造作のない事なのに。寄り添う大きな身体は、に惨い苦痛を与えず、ひたすらに温かい。汗ばむ肌に重なった鱗の感触も、すっかりと馴染んでいる。

 爪を生やした指も、全身を覆う鱗も、二つに裂けた舌も、長い尻尾も――既ににとっては、深い安心感を見出すものとなっていた。トカゲの彼に抱かれ、怖い事は一つも無い。

 次第に、を揺するグウィンの腰が、大きく動き出す。
 繋がった場所からは、鱗と肌がぶつかり合う音と、激しく立てられる水音が響いた。のお腹の上に乗せられたもう一本の陰茎も、ぐりぐりと擦り付けられ、粘っこく濡れていた。
 痛みなのかそうでないのか、区別の付かない熱に蝕まれながら、はグウィンの腕を掴む。彼は喉を呻らせると、の細い腰を持ち上げるようにがっしりと両手で掴み、大きく腰を打ち付けた。
 ベッドの上を、しなやかな尾が鞭のようにしなり、跳ね回る。低い声を色っぽく震わせ、グウィンは動きを止めた。
 吐き出された精の奔流が、の体内に注がれる。

「あ、あ……ッあ……!」
「う、ぐ……ッ

 互いの乱れた息遣いが、熱を帯びる部屋に響く。
 グウィンはしばらく、鱗が生え揃った大きな背中を戦慄かせた。ぶるぶると痙攣するように跳ねる尾が、何故だか少し、可愛らしい。腰を浮かされたまま、黒いトカゲを見上げるにも、ぞくぞくとした震えが爪先から走った。

 ……終わった、のだろうか。

 何が何だか分からないままであったが、満たされた心地が胸に広がる。惚けるの顎を、グウィンの舌がちろりと舐めた。大丈夫かと、尋ねられたような気がして、は赤く染まった頬を綻ばせた。

 グウィンはゆっくりと、持ち上げていたの腰を柔らかいリネンへ下ろす。そして彼自身も身体を退け、の中を満たしていたものを引き抜いた。
 悪寒めいた言い表せない感覚と共に、圧迫感が遠ざかる。

「あ、だ、だめ、グウィンさ……ッこぼれちゃ……ッ」

 思わず手を伸ばしたが、トカゲの指は丁寧に絡め取り、リネンに縫い付けてしまった。はぎょっとなって目を剥く。
 くぷ、と音を立て、先端が抜かれる。グウィンを受け入れ、彼の形で広げられたそこから、何かが下りてくる感覚がした。
 だめ、溢れてしまう。
 はぎゅうっと下腹部に力を込めたが、グウィンは何を思ったか仰向けになるを俯せに転がし、力の抜けた腰を持ち上げる。

 そして――ぐぷりと、再び剛直を押し込んだ。

「ひぁんッ?!」

 全く心構えのしていなかったところに訪れた衝撃に、上擦った声が飛び出した。

「ならば、こぼれないよう、栓をしておこう」

 爪の生えた大きな手が、の腰を支える。指の痕が付きそうなほど、強く、がっしりと。
 下半身だけを持ち上げられた恰好に、は困惑し振り返る。背面から突き入れたそれは、全く衰えていないような気がする。どうして、と思い巡らせた時、すぐさま気付いた。

 身体の“中”へ入ったものは満足しただろうが、“外”にあったものはどうだっただろう、と。

 今、入れたのは、もしかして――。
 考えた瞬間、大きく腰が突き動かされた。
 再び始まった律動は、先ほどは違った。最奥をひたすらに目指し激しい衝撃が、の全身を揺さぶっている。内側を満たしている精が蜜と混じり、動くたびに溢れてしまい、太股を伝った。ぐちゃぐちゃと、先ほどの比ではない音が、はしたなく響き渡る。

 そう言えば、彼は、何と言っていたか。


 ――さすがに、一度に二本とも使おうなどと、思いませんよ


 あれは、一本だけを使うという意味ではなく、順番に二本とも使うという意味だったのだろうか。

「あ、あ、グ、グウィン、さ……ッ!」

 こつこつと奥を叩きながら、グウィンの胸が背中に重なる。独特のざらつきがある鱗から、彼の体温と拍動が強く伝わる。

「普段なら、こんな風にはならないのに」

 苦しげな低い声が、の耳を嬲る。牙が並んだ口からこぼれる吐息は、想像以上に熱く感じた。

「まだ、足りない――もっと、下さい、貴女を」

 大きくて頑健な身体は、窮屈に縮まり、縋るようにの細い裸体へ折り重なる。

 並ぶ言葉だけは、理性的だ。けれどその声色は、欲望を剥き出して熱を帯び、にのみ向けられる。
 揺さぶられて、奥底が酷く熱くて苦しいのに――何故だかとても、ぞくぞくと疼いた。

「あ、あげ、ますよ、グウィンさん」

 一瞬、グウィンの身体が大きく震えた。

「わ、私だって、グウィンさんのために、ちょっとくらい」
「――

 不意に呼ばれ、後ろを見ようと振り返ると、赤い舌が目尻をなぞった。

「貴女が思うほど、私は潔癖な雄ではない。あまり、隙を見せない方がいい」

 ――ですが。

「そういう貴女であるから、私はどうしようもなく欲しくなるんですよ」

 静かに落とされた声は、蕩けそうな笑みが含まれていた。
 嬉しいのか、恥ずかしいのか、分からない。真っ赤に染まるだけの面持ちをぎゅっと顰め、背面から与えられる律動を受け止めるほかなかった。

 グウィンは大きく腰を振り立てると、獣とも違う鳴き声を漏らし、の身体を強く抱きしめる。埋められた二本目の剛直は、本能に抗わず欲望を放った。
 押し寄せる奔流は、先ほどよりも激しく、の中を満たしてゆく。染められるような熱さに、も全身を震わせ、グウィンの腕に縋った。

「は、あ、あ……ッ!」

 しなる背中に走る、甘やかな痺れ。
 どちらのもとか定かで無い、熱に浮かされた声が、激しい息遣いと共に響く。

 の身体は、崩折れるようにリネンへ伏せる。それを抱き起こしたグウィンは、覆い被さる恰好から、座位に移動し胡座を組む。その上にを乗せると、頑丈な腕で支え、抱きしめた。
 埋められたままの陰茎が、自身の重みでさらに深く沈む。微かに震えながら、背中をグウィンに預けてしな垂れた。

 とくとくと、まだ注ぎ込まれているような心地がする。
 腹部に宿る温かい充足感は、全身を包むように広がってゆく。

 すぐ側にあるグウィンの硬い胸に頭を擦り付けると、汗ばむ額や頬を彼の舌が優しく撫でた。眠くなってしまいそうな心地好さに、の瞼がとろりと下りてしまう。
 頭上で、彼が微かに笑ったような気配がした。

「……グウィンさん、私、卵を生むんでしょうか……」
「……安心して下さい。人間が卵を生んだという話は、同族の間でも聞いた事はないですよ。それに、我々は繁殖期以外には子どもを残さない身体の作りをしています」

 そうなんだ、とは呼気を漏らす。安堵に似たものを覚えたが、残念な気分も僅かにあった。

「……貴女に結びつく事は、今はなくとも」

 グウィンの手のひらが、のなめらかな白い腹部を撫でる。その奥に埋められたままの彼の楔と、栓をされ注がれた精を、優しく愛おしむように。あるいは、満たされる欲望に歓喜するように。何度も、何度も、トカゲの手が円を描き撫で擦った。

「私の存在は、貴女にきっと染みついた。、頼りなくて小さい、守るべき可愛いひと」

 どうか、これからも“私”の側に――。

 甘く囁くトカゲの声に、は満ち足りた笑みを浮かべた。
 異種族同士が繋がる事が当たり前の時代であったとしても、人と有鱗族がこんな風に身体を重ねる事は、全てのひとから受け入れられてはいない。
 それでも私は、このひとの、側に居られる事が嬉しい。
 は嘘偽り無く、純粋に喜んだ。


◆◇◆


 あの日の光景は、今でも鮮明に蘇る。

 ――好き、です

 小さな身体を必死に立たせ、すべらかな顔を真っ赤に染め、今にも倒れてしまいそうなほど酷く緊張した様子で、彼女は言った。
 有鱗族である自分に。人間とはどう足掻いても同じ存在になれない、トカゲの自分に!
 たった一言だけで、あの時、自分はどうしようもないほど喜んでいたのだ。



 今年の春先にあった、複数個の魔物の群れを討伐する、大規模な任務。
 その最中に嗅ぎ取った匂いの方角に向かって走った時、数頭の魔物に囲まれ、彼女は居た。間一髪で間に合い助け出したが、その時に足を痛めたようで、さすがに一人で帰らせるわけにもいかず、補給に帰還する仲間たちと共に王都へ戻った。

 ご面倒をおかけしました、ありがとうございました。
 ちょこんと頭を下げて礼をした彼女は無事に帰っていったが――二度目の出会いは、それからすぐの事であった。

 討伐任務の事後処理も終わったある日、王都の警邏に当たっていたところ、駐屯所に居たはずの同じ第六師団所属の同僚が、慌てた様子で駆け寄ってきた。
 お前に、可愛いお客さんが来てる! 唾を飛ばす勢いで言うその同僚は、何事か詳細を尋ねる暇も与えてくれず、背中を押しせついてくる。そうして強引に連れて行かれた駐屯所に、彼女が心許なそうに佇んでいた。
 あの日、魔物から助けてくれた礼だと言い、何かの詰め合わせを差し出してきた。片手に収まる程度の小さなその箱の中には、入浴剤や石鹸などが綺麗に並んでいた。なんでも、勤め先の薬局の商品だという。そういえば、彼女は薬術師だと言っていた。
 とはいえ、そんな風に礼を頂くほどの大それた事はしていないので、初めは遠慮しようと思っていたのだが……何故か仲間たちが「突き返すなんて事すんじゃねえぞ」と言わんばかりに眼光を鋭くしていた。

 忘れていたが、騎士団第六師団は、対魔物特化の戦闘部隊。多くの精鋭が揃い、様々な武勇伝を打ち立て、住民たちからも評判のいい師団であるが――実態としては、殺伐とした生活が長く続つあまり、ほのぼのとしたやり取りに夢見がちな集団でもあった。

 そんな裏事情は露知らず、彼女はどうか受け取って欲しいと穏やかに微笑んでいる。なんなら騎士の全員で使って良いからとも付け加えたので、ありがたく頂戴する事になった。
 使命を果たしたような、満足そうな彼女の面持ちに、少しだけ和んでしまった。

 その後、彼女からもたらされた詰め合わせは、騎士団の敷地内にある第六師団の建物の公共浴場に配置されたのだが。
 これが仲間内で、凄まじい好評を呼ぶ。

 曰く、野戦続きの汚れた身体が一瞬で綺麗になった。
 曰く、真正面から浴びた魔物の血の臭いが消え去った。
 曰く、湯冷めが無くなり温かいまま過ごせるようになった。

 などなど、そこかしこで話題となり、仲間たちからは「あれは何処で手に入れたァ!」と声を裏返しながら問いただされる事も間々あった。
 泥臭く、血生臭く、戦い続きの第六師団にもたらされた奇跡の入浴用品。それを教えてくれた人間の娘は、後に“薬局の女神”と主に第六師団の間で呼ばれるようになった。


 あの出会いを経て、縁の出来た薬術師――
 物静かそうな外見に反し、不思議と物怖じのしない娘。それが、グウィンがに抱いた印象であった。
 なにせ自分は有鱗族。蛇やトカゲといった鱗の有る生き物を始祖に持つ種族だ。外見については特筆するまでもなく、非常に目立ち、また他者を怯えさせる類のものであると、自身で認知している。
 だが、彼女は、自分を見て不安がる事はなかった。むしろ、好奇心に瞳をキラキラさせていただろうか。それを不快に思う事は、一度もなかった。
 たったそれだけだったが、彼女の存在は特別なものになった。
 そして、もとから好意的であった感情は、あっという間に、異性に向ける恋情へと変わっていった。


 自分から、それを明かす事など出来なかったし、するつもりはなかった。
 人間ではなく、有鱗族なのだ。自らの姿を思えば、とても口にする事は出来ない。この姿であるがゆえに怯えられ、嫌厭されてきたのは、他ならぬ自分なのだ。
 もしも想いを明かして、から笑みではなく困惑を向けられたら。あるいは、嫌悪を向けられたら。立ち直れる気が、全くしなかった。


 だから、の“匂い”が変化した事には、本当に驚かされた。
 自分に向ける感情が、変わった。自分が彼女に向けていたものと、まったく同じものになったのだ。
 信じられなかった。喜ぶ反面、疑問の方が強かった。
 ここで飛びつくのが、大嫌いな獣人たちだろうが、生憎、彼らとは違う。そこまで脳天気には振る舞えない。何かの勘違いかもしれないと、真っ先に思い、気付かないふりをした。
 恥ずかしそうに微笑み、甘やかな匂いを放つ彼女の可愛らしさに、何度も目を眩ませ、劣情を催しておきながら。


 ――好き、です


 あの日の自分は、彼女にどう見えていたのだろう。
 茫然と立ち尽くし、喜びと驚きで心臓が止まりそうになり、本当なのかと何度も心の中で叫んでいた。
 だが、結局、口から出たのは不明瞭な呻き声だけで、ろくな言葉すら口に出来なかった。
 そんな自分に、彼女はさらに言った。きっと貴方は、すぐに私の言葉を信じられないでしょう。だから、私の気持ちが嘘ではないと分かる時までお試しでいい、その後で改めて教えて欲しい、と。

 そこで、きちんと言えば良かったのだ。そんな事はない、私も同じ気持ちだと、言ってしまえば何の問題もなかったのに。
 喜ぶ一方で、恐れていた。いつか彼女の方から、やはり勘違いであったと、何かの間違いであったと言われるに違いないと。

 だったらそれまでは――この温かい、可愛い存在は、自分のものだ。

 ほんの一時でも、雄として側にいられるなら、後でなんと言われようと構わない――頭に過ぎった、利己的で独りよがりな浅はかさを隠し、頷いていた。伝えるべき言葉を、愚かにも飲み込んで。
 思えばあの時から、自分は情けない雄であったのだ。



 いくら今が異種族同士で結びつく時代とはいえ、人間と有鱗族の組み合わせは、人目を集めた。特に、に向けられるものは圧倒的に多い。自分が気付いているのだから、彼女が気付かないはずがないのだ。
 なのにその不満を僅かとも見せず、彼女はこの鱗に覆われた手を握って、微笑んでいた。けしてその唇から、もう止めにしましょうと、言わずに。

 ――何故、笑っていられるのだろう。

 その疑問をへ告げる事は出来なかった。
 尋ねていれば、後になって彼女を傷付ける事はなかったのだろうに。


「迷惑をかけて……ごめんなさい」

 泣き出しそうになりながら微笑んだ彼女は、自分に背を向けて走り去った。
 それを望んでいたのは、いずれ訪れるものと覚悟していたのは、他ならぬ自分であったくせに。
 そんな顔をさせるため、黙っていたわけではない。彼女が離れた時、有鱗族と付き合っていたという事が“汚点”にならないようにと思っただけだ。
 実際、酒場で仲間たちに囲まれた彼女は、素直に違和感がなかった。
 当たり前か、鱗を持つ自分が、彼女に相応しいはずがない。
 分かりきっていた事なのに、それでも、あの温もりを知った以上――他の雄が並び立つなんて許せないとも、思ったのだ。

 遠くで見守りながら、心の奥底では嫉妬が渦巻いていた。自分にもこんな感情があるのかと、初めて思い知った。

 ……いや、誰にも言わなかったのは、彼女のためではない。
 彼女の魅力を誰にも知られる事なく、自分だけのものであって欲しいと、みっともなく思っていたからだ。



 結局、自分は何の覚悟も決まっていなかった。
 恐れるばかりで自ら動きもせず、近づく事も遠ざかる事も出来なかった。
 彼女のためともっともらしい事を言い訳にし、それで彼女を傷付けたのだから、どうしようもない愚か者である。
 これならまだ、本性を包み隠さず剥き出しにする、獣人どもの方がましだ。

 いつか彼女の方から離れる――そんな覚悟は、最初から出来ていなかった。



「……私を好きだなどと言うのは、貴女くらいなものでしょうね」

 ベッドの中に横たわり、鱗の身体に擦り寄るは、安心しきって眠っている。乱れた髪を撫で付けると、彼女はくすぐったそうに身を捩った。

 小さくて、温かくて、居心地の良い可愛い人。

 先に踏み込んでくれていたのは、常に、彼女の方だった。
 ならばそれに、自分も応じよう。これまでの失態を払拭するため、今度こそ。

 酒場での一件から会えなくなった時、あれが最大の機会だった。が偏見の眼差しを浴びずに済むよう、手を振り解いて遠ざかる事の出来る、最大の機会。だが実際、その場面がやって来た時、案の定だった。
 余計にの存在が増し、恋しくなり、欲しくなった。
 それこそ、気が狂れるその手前に陥るほどの、みっともない渇望感が喉に絡みつくほどに。

 獣人たちは、嫌いだった。同じ“異形”の種族でありながら、彼らは人間の隣に並んでも、結びついても、許されるのだ。
 彼らの持つ、浅ましいまでの我欲の強さと、自らの感情を剥き出しにして押し通す、その獣らしい本能としたたかさが――憎らしくて、羨ましかった。

 それを嫌うのが有鱗族の矜持の一つであったが、嗤っていた頃にはもう、戻れないらしい。

「――逃がしませんよ、

 絶対に、この存在だけは。

 太い腕で、細く頼りないを抱き寄せる。温かい彼女の身体からは、柔らかい肌の香りと、破瓜の血の甘い香りが漂っている。そして、彼女に注がれて混ざった、自分の精の匂いも。
 これでもう、染みついただろう。誰にも暴かれていない綺麗な身体に、冷血なトカゲの存在が。
 喜びで恍惚とし、雄の劣情が満ちてゆく。恋い焦がれた女性を胸に抱き寄せ、眠るベッドは、普段よりも温かく――幸福感に満ちていた。



 獣人族と有鱗族の違い。
 多くの人々は外見と生態を示すだろうが――逆を言えば、それしかない。
 有鱗族とて、本性の根幹部分には、獣人族と酷似した獰猛性を秘めている。だが世間では、どうやら正しく認知されていないらしい。が自分を知るためにと、いじらしく買った本にも、記述されていなかった。

 獣人族と比べ、温厚で礼儀正しく理性的だとあるが、少し違う。
 顔の作りも含まれるが、剥き出しの本性を曝け出す事に嫌悪したのが有鱗族なのだ。だから単純に、表に出ていないだけでもある。

 そして、普段は隠した本心が剥き出しになる時――その執念深さと嫉妬深さは、獣人族を超える。

 恐らくはまだ、は知らないだろう。それならば、知らないままでも良いと思う。
 彼女にとっての“紳士”であれば、あとは些末な事なのだ。



毎回恒例、ハゲそうになりながら書いた18禁シーン。
率直に思う――なっげえ。
情熱と毛根を捧げた結果、こうなりました。

不安になりながらも、まあいっかと投下してみます。
(二輪挿しとか二穴挿しとか、一瞬夢見たけど、無茶はさせたくない親心。でもいつかはエロ小説の鉄板ネタを使いたい)

グウィンは、表側は穏やかな紳士だけど、裏側はドロッドロに煮崩れてそう。そういう意味では、歴代ヒーローで一番ヤバイ気がいたします。
【アサシン系紳士】というありがたい名を賜りましたが、果たして皆様の反応は(笑)


それはさておき、皆様に今一番言うべき事は。
グウィンが【無自覚言葉攻め】みたいになってしまってすまなかった。


2017.03.06