13

 身体を寄せ、手を繋いで共に歩む帰路は、くすぐったいほどの幸福感に溢れていた。
 ずっと欲しかった言葉を貰った事。仲間として、伴侶として求められた事。とどまらずに溢れる喜びに、は微笑みをこぼすばかりだった。
 荒野を生きる獣らしい無骨な手で、の手を引いているザナも、同じだろうと信じている。口数は特別に増えたりもしないが、の小さな手をすっぽりと包む仕草は、殊更に優しかった。ぎこちなく、けれど温かい、大きな獣の手のひらは、大切な宝物に触れるようだった。

 むず痒い緊張と気恥ずかしさが、とザナの間に流れる。けれど、初めて荒野の世界を美しいと思った時のような、心臓が熱く高鳴るその時間は――いつまでも浸っていたい、不思議な心地好さに溢れていた。




 ゆっくりとした歩みで群れへ戻った時、空は傾き始め、黄色がかった乾いた草原は赤みを帯びていた。
 夕刻が近付いている。群れの仲間も全員、戻ってきているはずだ。まずは皆に報告をしよう。
 とザナはそう決意を交わし、緊張と共に戻ったのだが――そこは、宴の最中のような賑やかさに包まれていた。大物を仕留めた時、いや下手したらその時以上の沸き立つ空気が、そこかしこから漂っている。その上、よくよく見ると珍しく酒まで出ているようだった。こんな風に酔い、ガヤガヤと騒ぐ風景は滅多に見られるものではない。

「めでたいなあ、ようやくあの二人がくっついたぞ!」
「ちくしょー! しこたまぶん殴られるの覚悟して勇気出したっていうのに!」
「どうせこうなるだろうとは知ってたけどよー! 何でザナなんだよー!」
「あんなぶっきらぼうがいけるなら、俺だっていけるだろうがよー!」

 包帯を巻いた一部の若い雄の獣人達は、泣きながら酒を煽っている。陽はまだ出ているというのに、既にベロベロに酔っ払い、醜態を晒していた。

 怪我人の風貌をしている、若いハイエナ達――ザナが力でもって退けた、へ求愛した雄達である。

「えっと、これは……」

 は、ぽかんと呆ける。隣のザナは、額を手のひらで覆い溜め息を吐き出していた。

「――ふふ、分かるに決まっているだろう。二人で出て行ったら」

 賑やかな仲間の間をすり抜け、やって来きたジルダは、朗らかな笑みを浮かべていた。

「姉さん」
「緊張した顔と空気。ようやく求愛だと、誰だって気付くさ」

 ちなみにお前らが出掛けてすぐにこの状態だ、と笑う女長に、今度はが顔を覆う。全て、筒抜けであったなんて。賑やかな仲間達の笑い声、あるいは叫び声に、ただただ恥ずかしさが増すばかりだ。
 すると、の肩に、ジルダの手がそっと重なった。

「ふふ、言っただろう、。心配する事はないと」
「……うん。ありが……」

 ありがとう、と続くはずだった言葉が、途中で引っかかる。
 肩を包むジルダの手のひらに、不意に力が篭もったのだ。
 は視線を下げ、姉の手を訝しげに見つめる。

「ザナ、ようやくに求愛したようだな」
「ああ」
「そして、もそれを受け入れた」
「姉さん……?」

 にこやかに微笑むジルダに、奇妙な違和感を覚える。
笑っているのに、その奥にもっと別のものを燻らせているような……――。

「私の群れに、新しいつがいの誕生だ。実にめでたい、心から祝福する――と、言いたいところだが」

 次の瞬間、優しい微笑みを湛えた女長の顔が、豹変する。

 朗らかな微笑みが、煮えるような激情に染まる。骨をも砕く鋭い牙が剥き出され、鼻梁にしわが浮かび上がる。
 それは紛れもなく、“激怒”の感情だった。

「姉さ……ッきゃ!」

 ジルダの手が、を引っ張る。男の人と何も変わらない太く逞しい腕が、の小柄な身体を抱きしめる。それはまるで、ザナからを守るような仕草だった。

「……私の」
「ね、姉さん?」
「私の可愛い妹を、一度ならず二度も泣かした雄なんて、そう簡単に認めてはやらん……!」
「姉さん?!」

 さっきと言っている事と雰囲気が違い過ぎる!

 祝ってくれる場面ではないのかと、必死にジルダへ呼びかけるが、腕で口元を塞がれてしまった。同じ女のはずなのに、とてもそうとは思えない膂力である。
 もごもごとくぐもった声を出すを他所に、ジルダはザナを睨み据え、鋭い眼光を浴びせた。

「ザナ、武器を取れ――私の大切な“花”を得ようと言うなら、私に力を示してみろ」

 激情を剥き出す姉の、強靭過ぎる腕の中で、は両目を見開いた。



正直、一番のライバルは、ジルダ姉さんだと思っています。


2021.02.14