04(18禁)

 今までは腐乱したごみをばら撒いたり、店に泥をぶつける程度だった。しかし今日、いよいよ直接的な手段で営業の妨害をしてきた。
 神田屋も否定はまったくしなかったし、この根比べも、ここからが本番かもしれない。

 ――とはいえ、さすがにあんな事があっては、贔屓にしている他の職人や問屋に迷惑が掛かってしまう。
 何か手を回されてしまったら困るので、しばらくは商品の仕入れを止める事になった。命より大切な客と店、そして懇意にしている職人を守るためだ。当然の措置である。
 しかし……。

(新しいかんざしの仕入れが止まったし……困ったなあ、店にとっても、俺にとっても)

 千影への贈り物は、落ち着くまで出来そうにない。

 一方的な嫌がらせに、黙って泣き寝入りするつもりは毛頭ないので、あまりに酷くなるようなら町の取締組に訴えようと決めた。伊月屋だけでなく、他にも迷惑を被った店は多くあるだろうから、彼らとも結託する予定だ。だが、神田屋の、あの妙に余裕のある態度が気になる。裏で何かもっと別の事をしているにしても、その尻尾は掴ませないだろうし、今の段階で神田屋の仕業と糾弾したところで、口頭注意しかしてくれないだろう。取締組を動かすには、悪事を示す具体的な証拠が無ければ。

「んんー……ッどうしたもんかな」

 ごろりと仰向けになったの側に、千影が腰を下ろす。

「周りの人達も困っているのにね。取締組が動いてくれないなんて、悲しいわ」
「あいつらは他人を捕まえて罰する事が出来る分、決まり事に縛られるから。仕方ないと言えば仕方ないんだよなあ」

 千影の方でも、町に居るあやかし仲間から、神田屋の噂を耳にしているらしい。どうも神田屋はあやかしの客をあまり好いてはいないようで、あまり良い対応をして貰えないそうだ。年齢はそこそこいっていたし、昔の古い考えを捨てられないのだろう。
 あやかしとは、人間に悪さをする輩である、と。
 そりゃあ、あやかしにだって様々な者が居るだろう。人間にだって悪さをする奴らがいるのだから。人とあやかしが共に暮らすようになって、もう随分と経つというのに、まだ一昔前の考えが残っているとは。

「あやかし達がいて、助かる事や、生活が回る事もあるってのにな。情けねえや」
「……でも、しょうがないのよね。そう思う人がまだまだいるのが現状で、人間を嫌うあやかしだっている。距離が近付いても、理解し合うための時間は、まだ少し必要なんだわ」

 千影の言葉には、重みがあった。幼い頃、悪ガキ達にからかわれていたのは外ならぬ千景だから、思うところはあるのだろう。しかし、その表情に憂いはなく、凜とした眼差しが浮かんでいる。

「でも、あやかしはそんなに柔じゃないから、そこはそんなに心配しなくて平気。心配なのは、伊月屋さんの方だわ」
「そうなんだよなあ、どうしたもんだろ……」

 がしがしと頭を掻き、悩ましさに唸り声をこぼす。
 すると、不意に、千影の笑い声がの耳へ届いた。

さん、すっかり丸くなったわね」

 昔はすぐに喧嘩していたと、揶揄するような声音だった。は吹き出すように笑うと、寝転がった身体を起こす。

「そりゃあ俺だってガキの頃と変わるさ。あんなすぐに手を出してるようじゃ、いい加減、みっともないだろ。よ、嫁がいるのに」
「ふふ。でも、さんが喧嘩するのは、いつも誰かのためだった」

 私の時もそう――。
 遠い過日を懐かしむように、千影の赤い瞳が柔らかく伏せる。

「私は、昔からこんな目つきだし、根暗で不気味な鬼の子と嗤われたわ。でも、さんが代わりに戦ってくれていた。時々、私の方が、酷く子どものように感じる」
「そんな事はねえだろう」
「いいえ、本当に。昼間だって、さんが止めてくれなかったら……私はあの人達の事、どうしていたか分からないもの」

 日中、伊月屋に無頼漢がやって来た時。
 確かにあの時、ほんの一瞬だが、千影のしとやかな空気が激情に染まった。が留めていなければ、どうなっていたか分からない。

「お前の手は、子ども達の手習いにあるんだから、あんなつまんねえ奴らなんかに使わなくて良いんだ」

 が強く言えば、千影は細い瞳をさらに細くし、嬉しそうに微笑む。

「ふふ……さんはきっと、鬼の私を留めてくれる、大切な“良心”なんだわ」

 千影はそっと距離を詰め、の身体にしな垂れる。ふわりと鼻下を掠める柔らかい匂いごと、千影をぎこちなく抱きしめた。華奢な肩は小さく、それに薄い。なだらかな背中も、ほっそりとした腰回りも、ぎくりと心臓が跳ねるくらいに女らしくて頼りない。鬼というあやかしである事を、忘れかけてしまうほどに。

 だけど、そう思えるという事は――少しくらいは、あの無鉄砲な子ども時代から成長できているだろうか。

「……昔は、お前の方が身長もあって、中身も大人だった。まあ、中身は今も追いつけてねえけど……こうやって、守る事は出来る」


 ――私はね、欲しいと思ったものは欲しがるタチなんですよ。物も、人妻も。


 絶対に、あの狸親父に屈してなんかやらねえ。
 今日の件で、絶対に折れてはならない理由がまた一つ増えた。もしも本当にあの男が千影へ手を出そうものなら、生きたまま脊髄を引っこ抜いてやる。

「お前の親父さんに、ぶん投げられてきたおかげかな。身体だけは昔っから頑丈なんだ。こういう時にこそ役に立たねえと」
さん」
「大丈夫、あんな小物じみた嫌がらせ、訳ねえからな」

 心配させないよう、満面の笑みを浮かべる。千影は小さく、そうね、と囁いた。

「……さんは、いつもそう。子どもの頃から、真っ直ぐで、芯のある、優しいひと。今も昔も、お慕いしてる。けれど」

 千影の指先が、の頬をなぞる。彼女が触れている間、殴られたその場所から痛みが引いていくような、不思議な心地がした。

「でも無茶だけは、どうか、しないで」
「……おう」

 不安を湛える赤い瞳と、視線が深く交わる。気付けばは顔を下げ、千影も引き寄せられるように顔を近付けていた。
 そして、どちらかともなく、唇を重ねる。そうっと触れるだけの口付けを交わし、もう一度、互いの顔を見る。
 揺れる蝋燭の火が、千影の横顔を照らし出す。ぼんやりとした明かりの中に浮かぶ、彼女の真紅の瞳は、熱っぽく潤んでいるように見えた。
 それに誘われるように、は再び顔を寄せ、千影の肩を抱く。彼女の方からも、しなやかな手が背中へ回され、距離を詰めてくる。互いを抱き合うように隙間を埋め、胸と胸を押し合いながら、深く唇を食む。
 は息を漏らしながら、鬼の一族らしく尖った彼女の歯を舌先でなぞり、上顎をくすぐる。千影は微かに身動ぎ、熱っぽい吐息をこぼす。そうして、悪戯を返すように、彼女の柔らかい舌が絡みついた。
 普段のしとやかな静けさが嘘のような、艶めかしい仕草。蝕む合間にこぼれた声は、千影のものだけではない。

「千影……ッ」

 華奢な身体を弄り、薄い寝衣を力任せにぐいっと割る。勢いばかりの少年のよう。好いた女子なのだから、もっと優しくしなければと思うのに、いつもこんな体たらくだ。
 それでも、千影は熱っぽく声を震わせ、情けなさを責めたりはしない。むしろ、それを望むように、を見つめている。

 三日月のように切れ長な、真紅の瞳。すべらかな額に生えた、小さな二本の角。それらが示す通りに、千影は鬼の一族の一人。火と剛力に恵まれた彼らは、人間だけでなく八百万(やおよろず)と存在するあやかし達の中でも、その存在を強く示してきた。
 良い意味でも――悪い意味でも。

 魔性の血は、全ての鬼に等しく流れている。普段は物静かで、時に凜と勇ましくなる、美しい千影にも、だ。

 こういう時、彼女のその秘めた部分が、剥き出しにされる。
 寝衣がはだけ、蝋燭の頼りない明かりに照らされた、白い肌の華奢な身体。細い首筋も、薄い肩も、手のひらにちょうど収まる小ぶりな乳房も、繊細さを感じるのに――匂い立つような艶やかさが、その身から惜しげもなく放たれている。を、魔性の虜とするように。

さん、ねえ、好きなように……たくさん、触って……?」

 強請るような甘い声と、温もりを帯びた肌の香り。誘うように、彼女の細い手が、の手を引き寄せる。
 の喉が上下に震え、無意識の内に、千影の白い身体を畳の上に押し倒した。
 はだけた薄い寝衣を開き、露わになった彼女の肌の上に手のひらを重ねる。括れた腰から微かに震える胸の膨らみまで撫ぜると、しっとりとした温かさがの手に伝う。男とは根本的に違う、女の肌の柔らかさと儚さ。あるいは、あやかしという人ならざる存在ゆえの色香か。この感触は心地よすぎて、どうにも未だに余裕が保てない。

 けれど。

さん……あ……ッ」

 掠れた声が、熱を帯びる息遣いと共に、耳元で響く。
 掻き抱くように触れるの肩を、彼女は嬉しそうに撫ぜ、やんわりと引き寄せる。

 普段は、取り立てて口数は多くなく、穏やかかつ物静かな立ち振る舞いなのに。
 しかしこの時は、この時ばかりは、普段のそれが崩れる。
 凜とした声は、少女のようにいとけなく鳴り、しなやかな細い身体がほんのりと色づき、目眩がするような香りを立ち上らせる。そして、想像つかないほどの甘えた声で、さん、と呼ぶのだ。
 この瞬間が、はいつも、たまらく興奮した。自分だけが知っていると思うと、余計に情欲が募るというものである。
 畳の上に無造作に広がる黒髪を片隅に見ながら、千影の裸体に何度も手のひらを這わせる。手のひらに収まる小ぶりな乳房も、柔らかい弾力の小さな臀部も、全て。

 ――と、その時。
 の下半身に突然、ぞわりと震えが走った。身体を離し見下ろせば、千影の細い指が寝衣を割り、その向こうを悪戯になぞっている光景が映った。

「お、おい、千影……ッふ」

 下帯の上から、硬く膨張しているものをつうっとなぞられる。ぐっと吐息を噛み、制止させようと彼女を見るが、千影は薄く微笑むばかりだ。

「ふふ……さん、もう、こんなになってる」
「う……ッ」
「嬉しい」

 千影は上体を起こすと、の肩に手のひらを乗せ、横へと押した。思いもよらぬ強い力だったため、と千影の位置が呆気なく入れ替わってしまう。
 半ば倒れるような格好で寝転がったの上に、千影は艶然と微笑みながら乗り上げると、おもむろに下半身の方へとずり下がってゆく。そうして、ゆっくりと寝衣を割り、下帯を緩めると、反り返りながら飛び出したのものを熱っぽく見つめた。

「大丈夫、歯は、絶対に当てないから……んッ」

 傾げた顔を寄せ、小さな舌を伸ばす。竿の側面から膨らんだ先端まで、ゆっくりと温かい感触が這った。繰り返されるそれは、心地好いのだけれど、くすぐったいもどかしさばかりが強くなる。その物足りなさを訴えるように、腰が揺れ始めると(いや本当、情けないんだけど)、千影は膨らんだ先端に口付け――そのまま、唇の奥へと飲み込んだ。

「千影……ッ」
「は、む……ッんん」

 千影の頭に手を伸ばし、流れ落ちている黒髪を掻き上げる。隠れがちになっていた彼女の頬をなぞると、赤い瞳が恥ずかしそうに細くなった。
 が見つめる中、やがて、千影の頭がゆっくりと上下し始める。
 絡みつく舌と、温かく包む粘膜が、ぞくぞくするほど心地好い。もどかしさが全て快楽に変わり、下半身に広がってゆく。
 小さな口で懸命に頬張り、甘く鼻を鳴らしながら愛撫しようとするその光景だけでも、にはだいぶくるものがあるのに。意思とは関係なく腰が跳ね、吐息が漏れると、千影は嬉しそうに目元を染め、さらに献身的にのものを吸い上げてくるから、たまらない。

「う、く……ッあ、やば……ッ千影、もう……ッ」
「ん、んんッ」
「うあッ?! あ、待て、もう……!」

 せり上がる感覚が急速に訪れ、は上体を起こしながら、彼女の細い肩を押す。だが、千影は首を横に振り、上下する速度を早め、下半身から離れようとしない。見上げる赤い瞳が、このままと、言っているような気がした。

 いやいやでも、さすがに、このままは……!

 背中がぞくりと震え、劣情を催したのも事実だけれど、彼女の口を汚したくはない。力の抜けそうな身体を強引に動かし、千影の熱い口内から自身を引き抜く。寸でのところで暴発するのを抑えられた事にはほっと安堵したが、千影はというとやや不満げに唇を尖らせている。

「そのままで、良かったのに」
「う……ッ駄目だ、俺が馬鹿になるから、それは駄目だ」

 手を伸ばし再度口に含もうとする千影を、畳の上へ寝転がす。横向きになった彼女の背中へぴたりと胸を寄せ、腕を身体の前へ回して乳房と腰の括れを撫でると、吐息をこぼした。

「ん、さん……ッ」
「今度は、俺が」

 尖った耳を口に含みながら告げれば、千影の細い肩が跳ねた。
 柔らかい膨らみに指先を沈め、手のひらで捏ねながら、もう片方の手をほっそりとした太股に滑らせる。微かに震える臀部から、身動ぐ足の間へと割り入れさせ、先ほど自分がそうされたように彼女の秘所に指先を這わせた。

「あッさ……ッん、う!」

 既にもう、温かい蜜が溢れていた。の指先へと滴るほどに。

「すげ、もうこんな……俺の舐めながら、興奮してた?」
「ッもう、さんのばか……ッあ」

 腕を叩かれたけれど、痛くないし、嬉しいだけだし、余計にぞくぞくした。
 恥じらいで赤く染まる尖った耳を、唇で挟む。綻ぶ花唇をなぞり、その奥の泥濘みへ指を沈ませる。
 途端に、千影は甘く喉を鳴らし、汗ばむ身体を跳ねさせた。

「あ、お、奥、さんの指、あ……ッ」

 きゅ、きゅ、と指を締め付けてくる千影の中は、蜜で溢れかえり、熱くうねっていた。そこに自身が入ったらどうなるのか――あまりにも容易く、鮮明に想像が出来てしまい、喉は上下し、ぞくんっと下半身が疼く。

「どこが、一番、いい?」
「あ、どこか、なんて……ッふう……ッ触れてくれるところ、ぜんぶ……ッ」

 切なげに甘えるに、眩暈がする。すぐにでも、貫いてしまいたかった。
 けれど、まだもう少し、千影の姿を見ていたい。凜とした気品のある彼女が、甘やかに声を奏で、長い黒髪を振り乱す姿を。五つ年下の自分が与える快楽に耽る、その無防備な可愛らしい姿を。
 たかだか五つの年齢差など気にした事はないが……美しい彼女を組み敷く優越感を抱く程度には、浅黒い部分が自分にもあるのだと、ははっきりと自覚した。

「千影」

 吐息をこぼし、彼女の顔を覗き込む。心地よさそうに潤んだ赤い瞳がを見上げ、さんと、名を囁きながら身体を寄せてきた。ふわりと香る、汗と肌の匂い。縋るように、の胸板や肩を、細い指先が撫でる。

さ、あ、もう……ッ」
「千影?」
「ゆ、指、だけじゃ……ッん、せつない……ッ」

 耐えられないと、懇願する嬌声が、あまりにも艶やかで。
 顔どころか下半身にまで、熱が一気に集まった。

 ――もう少し見ていたいと、思うけれど。
 結局、余裕がないのは、いつも自分の方なのである。

 男として上手く導いてやりたいと、これでも思っているのだが……いつも呆気なく飲み込まれてしまうのだから、格好もつかない。
 堪え性のまったくない欲望に押され、は千影の上に跨がる。ほっそりとした両足を抱え、力なく開いた太股の間に腰をねじ込ませる。蜜が溢れかえる秘所へと、痛いほど膨張した自身を押しつけ、上下に滑らせる。
 くちゅり、くちゅり。蝋燭の火で照らされる薄暗い部屋に、粘着いた水音が響く。

「あ、あ……ッ」
「千影」
「ん……ッ」
「いいか、もう……ッ」

 みっともない声を漏らすに、千影は微笑んだ。熱っぽく、うっとりと、心の底から歓喜するように。

「我慢、しないで……私の中へ」

 震える千影の指が、の手を撫でる。
 たまらず、腰をぐいっと進め、半ば強引に剛直の先端を狭い入り口に押し込んだ。
 途端に絡みつく、ねっとりとした熱さと、蠢く内壁に、は奥歯を噛み締める。せり上がるものを必死になって抑え、ゆっくりと内奥に沈ませてゆく。全てを彼女の中に収めてから、ようやく息を吐き出した。

 ――と、その時。
 千影のしなやかな身体が、何かを堪えるように震え始めた。膝を抱えるにも、その振動が伝わってくる。

 ああ、そうか。そうだったな。

 は、抱えた彼女の両足を撫で、それから全身に手のひらを這わせた。捩れる身体の震えが、一段と増した。

「あ、あ、だめ……ッ」
「良いから、千影」
「でも、あ、あァ……ッ!」
「――見せて、俺が見たい」

 細く開いた赤い瞳が、怖々とを見上げる。それを真っ直ぐと見つめ返し、汗で濡れる頬に笑みを浮かべた。

 ――すると、耐えかねたように、千影の身体が艶やかにしなった。

 悶えるように震える裸体へ、上気する色とは異なる薄紅色が広がってゆく。それは人のものではなく、人ならざる存在である事を示す肌の色だ。
 四肢の全てが薄紅色で染められると、今度は額から伸びる小指の長さほどの二本の角が瞬く間に長く伸び、やがては鋭利な輪郭の大角へと変わる。細い指先の爪や、唇の向こうの牙も同様で、その様は獣以上の存在感が放たれている。
 そして、三日月を彷彿とさせる目の、白い部分がじわりと黒く染まり――赤い瞳がより妖しい輝きを放った。

 薄紅色の肌、二本の大角、鋭利な爪牙、赤黒い瞳。
 の眼下で、しどけなく横たわる千影の、今の姿は――正しく“鬼”というあやかしそのものであった。

 普段、彼女は限りなく人間に近い姿で過ごしているけれど、感情が昂ぶったり心身の気が緩みきったりすると、どうにも抑えが効かなくなるらしく、こうして“鬼”本来の姿に戻ってしまうのだという。夫婦(めおと)になるずっと前、こっそりと打ち明けられて知った事だが、いつ見ても惚れ惚れする。目を奪われるとは、こういう事を指すのだろう。
 何処か危険で、恐ろしく、それでいて艶やかな美しさ。人ではない存在だからこそ放つ美貌に、は陶然とした心地をいつも見出す。

「やっぱり綺麗だな、お前は」

 を見上げる、赤と黒の二色を宿す双眸が、恥ずかしそうに瞬く。牙の突き出る口元にも、微かな微笑みが浮かび上がる。

「……そんな事を言うのは、さんくらいよ」
「んな事はねえだろ、絶対に」

 そうかしら、と千影は不思議そうに微笑むが、本当だ。千影は、綺麗だった。幼い少女の時代から、ずっと。
 たぶん、千影をからかっていたあの悪ガキ達も、本心ではそう思っていたはずだ。いや、絶対にそうだろう。だからといって、許すつもりもないが。

 は気にした事はないが、千影本人が普段この姿で過ごさないのは、彼女なりに思うところがあっての事なのだろう。
 人とあやかしが同じ里で暮らすようになった現在でも――鬼はいつだって、悪者扱いされてしまいがちなのだ。

「ふふ、さんは優しいね……私、貴方にそう言ってもらえるのが、一番嬉しい」

 薄紅色のかんばせに笑みを浮かべる彼女は、幼い少女のようにあどけなく見えた。いつもは落ち着いた品のある佇まいをしているのに、突然、そういう可愛い仕草をしてくるから困る。
 情緒もなくズクンと疼いた下半身を情けなく思いながら、千影の脇に手をつき、押し込んだ腰を揺すった。

「きゃ、あ……ッ!」

 千影のしなやかな身体が捩れ、震えた声が甘やかに鳴る。熱いくらいの彼女の中も、柔らかく蠢き、けれど埋めたのものを強く締め付けてきた。
 頭の中心まで、そのどうしようもなく甘美な感触に支配されそうになる。それに抗っているのか、飲まれているのか、曖昧になりながら彼女を揺さぶった。

「あ、い……ッはあ、ん……!」

 牙の突き出た千影の唇から、形にならない声が溢れる。それを舌先でなぞり、吸い上げ、尖った耳へと這わせる。角が当たっても気にしないくらいに、夢中になってかぶり付く。

「あ、ああッだめ、耳は……ッふあ!」
「耳、確か、こうされるの好きなんだよな……ッふ」
「ん、もう、さ……ッああ……!」

 薄紅色の手が、の汗ばむ身体を撫でる。強請るような、縋り付くような、そんな仕草。普段の彼女を思えばこそ、なおさら興奮した。

 自分だけでいい。千影がどういう風に鳴くのか、甘えるのか、表情を変えるのか、知るのは自分だけでいい。

 浅黒い欲望を抱きながら、は千影を突き上げる。次第に、込み上げてくる衝動が耐えられるものでなくなり、律動も焦燥に駆られるような激しさに変わる。たまらず千影の身体を抱き起こし、向かい合う形で自らの足の上に座らせた。僅かな距離すら疎むように強く抱きしめ、深く深く、彼女の中を穿つ。
 千影の声が上擦り、華奢な背中が反れる。薄紅色の細い両腕が、の汗ばむ身体に縋った。

「ん、さ……ッお前様……ッ!」

 千影の背を、腰を、押さえつけるように乱暴に掻き抱き、したたかに突き上げる。
 せり上がるものを抑える事なく、熱く泥濘んだ千影の中へ放った。
 それと同時に、千影の身体がびくんっと跳ね、一際凄艶に声を奏でる。彼女の中は、それまでになく激しくうねり、のものを強く締め上げた。

「あ、あ、お前様……ッ」

 上り詰め、断続的に震える身体が、やがてゆっくりと弛緩する。
 狂おしい快楽の余韻に朦朧と浸りながらも、凭れ掛かる千影はけして離さず、腕の中に抱え込んだ。

「はあ……ん、う……あったかい……ッ」

 すり、と首筋に頬を当てた千影が、ゆっくりと顔を上げる。覗き込んだ赤い三日月の瞳は、鋭い牙を擁した口元は、蕩けるような歓喜で溢れていた。
 千影の指が、汗で張り付いたの髪を優しく払う。頬をなぞり、首筋へ下り、後頭部を撫でる。そうして、そっと頭を引き寄せると、彼女の柔らかい唇がの顔中へと押し当てられた。まるであやすような、優しく、たおやかな仕草だった。

 鬼というあやかしが持つ、危うい魔性と、無尽蔵の妖艶さ。
 やっぱり、本当に、綺麗だ――。

 背筋が震えるだけでなく、欲望を吐き出したばかりの下半身が見境なく疼いた。じわじわと熱が再び集まり、萎えたはずのものが力を取り戻すのを、千影も感じ取ったのだろう。糸のような赤い瞳が、猫のように細くなる。

「……ん、お前様、ここで、また大きくなってる」

 鋭い爪の伸びる指先が、自らの腹部をくるりと撫でる。その下に埋められたものを、示唆するように。
 は僅かに視線をさまよわせたけれど、目の前の赤い瞳を見つめ。

「……その、千影」
「あい」
「その……もう一回……良いか」

 みっともなくがっついて、子どものようだと、呆れられるかもしれない。
 もっと、こう、男としてかっこよく彼女を導いてやりたいと、思うけれど。てんで上手くいっている気がせず、負けの二文字が頭に浮かんでくる。

 恐る恐ると問いかけるに、千影は蕩けるように微笑んだ。求められる事が嬉しいのだと、その眼差しが語っている。

「ふふ……あい、お好きなように。私を、満たして下さい」

 ――貴方だけで。貴方という存在だけで。

「私の中が、全て溢れてしまうくらいに。お前様」

 赤い瞳を輝かせる、二本角の黒髪の鬼が、甘くこいねがう。
 その囁きに抗わず、は再び、彼女の身体を畳の上へと倒した。



静かな人ほど乱れると凄いという、創作の鉄板ネタは守るべきですよね。
気分はさながら男性向けのエロゲーでした。

年上な女性優位の誘い受けも……よきものだね……?!

新しい何かが開きました。


2018.08.25